勇者と五人目の魔王の話だけど
これは勇者と魔王のものがたり。
あるところにとても強い勇者がおりました。
勇者は怒っていました。なぜかというと、堕落の魔王がその圧倒的な力で、世界を滅茶苦茶にしてしまったためです。
堕落の魔王は幸福を満たす力を持ち、快楽によって世界を満たそうとしました。しかしそれを許す勇者ではありませんでした。
「魔王!」
「あら~、もしかしてあなたが勇者ちゃん?」
勇者に快楽の力は通じませんでしたが、堕落の魔王はとくに気にもとめていません。
「魔王、俺はお前を許さない。誰も彼もを無気力にさせ、堕落に誘うお前を!」
勇者はここに居ない仲間たちを思って、悔しさに涙を流しました。しかし、冒険で鍛えられた勇者にスキはなく、剣の切っ先に乱れはありませんでした。
「心外だわぁ。私はみんなが幸せを感じる気持ちを、すこ~し引き下げただけ」
「ふざけるな! お前のせいで、誰も彼もまともに立つことさえせずに、虚ろな瞳で不気味に笑い続けている。こんな狂った世界、俺は許さないぞ魔王!」
堕落の魔王は両手を頬に当て、にんまりと笑いかけました。
「人なんて、所詮は誰もそんなもの。何かを求めるという欲望を、下げて、下げて、どこまでも下げて、下げきっちゃえば、もう息をするだけで満足する存在に成り下がる……みんなは幸せものよ。幸福に包まれているの。ああ、愚かすぎて、醜すぎて、なんて愛おしいのかしら」
「違う! そんなものが幸福だなんて馬鹿げている! 幸せは、何かを好きだったり、楽しみだったり、ときには苦痛の中に見つけ出す、あらゆる個性の中に沸き立つ感動だ! 自由な意志の選択にないものが、幸せであるはずがない!」
「あらぁ、勇者ちゃん。それは違うわ。逆よ。友達とか、愛情とか、お金とか、地位とか、名誉とか……そうやって幸せに色々求めることに果てはないわ。だから幸福を分け合うには、誰もが幸せになるためには、空気があるだけで満たされるぐらいで丁度いいのよ」
「黙れ魔王! どんな理由があっても、他者を害するお前たちは悪だ!」
「うーん、困ったわねえ……」
「今すぐに皆を開放しろ! 開放する気がないのならば、斬る!」
「いやよ。私はみんなに一秒でも長く幸せであってほしいから」
「俺には守りたい世界がある!」
「もぅ、勇者ちゃんの分からず屋」
堕落の魔王が力を開放します。
堕落の魔王の力が際限なく高まりました。なんと、堕落の魔王の真の力により、意思のない物質や魔力でさえも存在意義が薄まり、世界が爛れ出していったのです。
「なんだか勇者ちゃんって自分勝手よね。愚かだし、醜いし、かわいくないわ」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
なんやかんやあって更なる"力"に目覚めた勇者は、堕落の魔王を滅ぼしました。どれだけ堕落の魔王が頑張っても、勇者には全くもって影響を及ぼせなかったのです。
世界の平和は、守られました。
つづく。