中編 NTRビデオレターを見た
主人公の発言は個人の意見です
約束の二時間が経ち、さらに4時間が経過したころ、ドアの新聞受けからコトン、と音がした。
次いで、廊下を全速力で駆け去る足音。
あの野郎、24発殴るって約束しただろうが!!!
慌てて廊下に出るもわずかに遅く、階段を転げ落ちるような音が遠ざかって行った。
ここは3階なので廊下の手すりを越えて飛び降りれば問題なく追いつけるが、今は動画の確認をする方が先だと冷静な判断を下して、部屋に戻った。
DVDにはタイトルも何も書いておらず、その簡素さがまた妄想をふくらませてくれる。
再び俺の海綿体に熱血の土石流がたぎりはじめた。
DVD読み込みを開始したパソコンを鋭い目つきで見つめる。
今、俺の精神はかつてない程に研ぎ澄まされている。
フォルダのウィンドウが開き、先ほどと同じく3つの動画ファイルが表示される。
先ほどとはアイコンの見た目が違う。
AVIファイルではなく、MP4ファイルだ。
否応なしに期待感が高まる。
メディアプレーヤーを起動し、左端のファイルを読み込ませる。
無音。
永遠のような数秒間。
そして。
そして、パソコン画面には薄暗いベッドルームが映し出された。
この時の感情を何と呼ぶべきか、俺は今でも分からずにいる。
歓喜。興奮。感動。
そんな言葉では決して言い表せない、尊い何かがそこにはあった。
数時間をかけて必死の編集作業をしたのであろう根鳥の肩を抱いて、称えてやりたかった。
天を仰ぎ、両手で顔を覆って、俺はもしかしたら泣いていたのかもしれない。
だが、戦端は開かれたばかりなのだ。
俺は気を取り直してパンツを脱ぐ。
画面には誰もいないベッド。
ヘッドホンからは、微かにシャワーを浴びる音とふざけ合うような男女の声。
ほう、こういう導入か。
誰も居ない舞台。
だがその光景は、この後行われるであろう激しいアクションを予感させる。
効果音には、遠くから聞こえる当事者たちのなまめかしい生活音を響かせてバランスもいい。
俺様の俺サマは興奮ではちきれそうだ。
30秒が無人のまま経過する。
いいぞいいぞ。
焦らすがいい。
俺の焦燥をスパイスに、お前は極上の料理になるのだな。
よござんすよ。
いかん、ついへりくだった物言いになってしまった。
主導権を握られてはいけない。
気を引きしめ直して画面に集中する。
4分が無人のまま経過した。
ちょっと長くないか。
ヘッドホンからはすでにシャワーの音ではなく、代わりに湯船に浸かっているようなパチャパチャという水音が響いている。
焦らすにも程がある。
しかしここで騒ぐのは素人。
俺は浴槽内でいちゃつく二人の姿を想像することで集中を保持する。
11分経過。
画面は一切変化せず、ヘッドホンからは画面外でドライヤーを使う紗世子と、テレビを見ながらビールを飲む根鳥の談笑する声が聞こえてくる。
ゆったりしてんじゃねぇぞこの野郎。
これはぼちぼち限界かもしれない。
股間が風邪をひいてしまう。
そうなったら貴様ら責任をとれるのか。
怒りが俺の胸に湧き上がる。
その時、画面の外に居た根鳥に動きがあった。
ついに画面にフレームインしたのだ。
そして。
「あやべ、これ動画撮影しっぱなしじゃん」
根鳥のへらへらした言葉と、紗世子の「ださーい」という声に続いて画面が激しく揺れたかと思うと、そのまま動画が暗転した。
どれくらいの時間、そうしていたのか。
俺はとっくに終了した動画を見つめたまま、今起こった出来事を理解するための努力をしていた。
事情は推察できる。
おそらく根鳥は、スマホでの動画撮影をする為の準備として、ベッドを正面から撮影できる位置にスマホを配置し、テスト撮影を行ったのだろう。
それ自体は称賛すべきことだ。
写真などと違い、動画撮影は一発勝負だ。
それだけに、確実に全体を収める事ができるカメラ配置やアングルを事前に確認しておくという、その姿勢には敬意すら感じる。
うっかり撮影ボタンを押したまま放置してしまったというのも、可愛らしい失敗に過ぎない。
だが。
なぜそれをDVDに入れた。
おかしいだろう。
いや、おまえ。
えー?
考えたらわかんないか?
いらないじゃん。
いるヤツ居ないじゃん。
肩すかしならぬ股ひやしをくらった俺は、しかし慌てる事無く次の動画の再生に移る事にした。
そうさ、これは意地の悪い精神攻撃のようなもの。
最愛の恋人を寝取ったのだから、そこに悪意があるのは疑いようもない。
だから、これくらいのイライラは許容しておもむろに本編動画に想いを馳せるべきなのだ。
2つめの動画は、スマホの録画をスタートした手がドアップで映る所から始まっていた。
そうそう。
こういうのでいいんだよ。
編集もされずにスイッチオンからオフまでを余す所なく、生々しく記録した感じ。
これがNTRビデオレターってヤツなんだよな。
根鳥もわかってきたじゃないか。
しかし画面が暗いな。
根鳥はえっちする時は部屋を暗くするタイプか。
それならそれでこう、スポット照明とかなかったのか。
画面が暗い。
いやまあ、シルエットだけで二人の様子を見せつけられるというのもオツな物ではあるが。
えっ、いきなりベッドインするのか。
せっかく正面から撮影してるのに、動画を見てる俺に対するアレとかないのか。
あのー、なんていうのかな「やっほー豪己くん見てるー?」みたいな。
紗世子の身体を見せつけながらイチャイチャしたりとか、そういうのもっとこう……あるだろう!!
ちゃんとしろよ!
手順すっとばすなよ!!
俺らもう社会人なんだぞ!!!
しかもなんでお前はバッチリ布団かぶって行為にふけってんだよ!?
見えねぇよ!
なんか声も聞こえてるけど、布団でくぐもってロクに聞こえねぇよ!
あ、今なんか聞こえた。
なんだ、タイムライン戻すぞ、何を伝えたいんだよ?
「おなか鳴りそう」
知った事かよ!
ころすぞ!!
……えっ、俺ほんとどうすりゃいいの?
もうパンツ履いていいの?
あ、ほんとにお腹なった。
笑ってんじゃねえよ!!
緊張感持てよ!!!
撮影してんだぞ!!!
人様に見せるんだぞ、お前ら分かってんのかそれ!!!!
遊びじゃねぇんだぞ!!!!
あ、なに?
根鳥が布団出て……スマホ回収して……手持ち撮影か!!
いいぞ!やっちゃえ!
至近距離ならスマホのライトもあるしな!
いい戦略だようん!ほめてつかわす!
ああ紗世子の顔がこんな近くに……首筋……肩……お、お……。
なんでインカメラに切り替えたいま!?!?!?!!?
スマホのどこ触っちゃったんだよ!!
根鳥の顔ドアップじゃねぇかよ!
しかも広角か!
顔が!横に!長い!!
きめえよ、割と真顔やめろ!!
根鳥、乳首に毛ぇ生えてる。
やめろ、スマホを色んな角度に動かすな。
お前は紗世子のいやらしい姿を撮影できてるつもりかもしれんが、映ってるのはお前の真顔と天井だ。
酔うんだよ!!
そして動画は唐突に終わった。
直前に電子音が鳴っていたので、おそらくスマホのバッテリーが切れたのだと思われる。
え、俺は何を見せられたんだ。
ぱんつを脱いだのに。
あんまりだ。
こんな仕打ちってあるか。
これが根鳥のやりかたなのか。
こんなに心をへし折られたのは初めてだ。
悪魔だ。
やつは悪魔に違いない。
ひどい。
ひどすぎる。
ころしてやる。
いやまてまて。
まだ動画はひとつ残っているよ?
あきらかなミス撮影動画を一緒に入れてくるような根鳥だ。
いま見たグダグダ極まりない動画もミス動画で、ちゃんとしたのは最後のひとつなんだよ。
きっとそうだ!
根鳥の薄汚い性根を信じて!!!
みっつ目の動画には、どっかの会社の呑み会で乾杯の挨拶をする見知らぬオッサンが映っていた。
根鳥の職場は結構アットホームないい所らしい。
俺は怒りと絶望のあまりそのまま床につっぷして意識を失った。
白々と朝の光が差し込んでいた。