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前編 NTRビデオレターが届いた

ほぼ私小説みたいなもんです

 いつものように終電で帰宅すると、宅配便の不在票が届いていた。


 宛名に江原豪己(えばら ごうき)と自分の名があるのを確認し、次の休日に改めて届けてもらうよう手配をしておいた。

 宅配便のドライバーに申し訳ない、と少し思った。


 遅い夕食を摂り、シャワーを浴びて、最愛の恋人である紗世子(さよこ)に就寝前のLINEを送る。

 新しいプロジェクトの主任に抜擢されてからは残業続きの毎日で、紗世子とはもう三週間も会えていない。


 俺はリラックスした笑顔の自撮りを彼女に送信した。

 添えた文面はこうだ。


「君がいま何をしているのか想像するだけで愉快な気持ちになる」

「会うのが楽しみでたまらない」


 すぐに既読が付いたが、返信はなかった。

 よほど照れ臭かったらしい。

 そんなところもかわいくて素敵だ。



 紗世子は俺なんかには勿体ないほどの素敵な女の子だ。


 健康的な褐色の肌と、金と黒がカラメルプリンのような美しいコントラストを描く髪。

 メイク映えのする素朴な顔立ちに大胆な化粧を施し、いつも俺のために可愛くあろうとしてくれる。

 肉感的な身体はとても魅力的で、そのセクシーさを際立たせる服装は蠱惑的としか言いようがない。


 紗世子との出会いは、中学時代の同級生である根鳥(ねとり)の紹介だった。


 あまり素行が良くなかった根鳥とは大した交流もなかったのだが、同窓会で連絡先を交換する事になり、後日誘われて飲みに行くと紗世子を紹介された。


 紗世子はこんな俺に一目惚れをしたと言い、その日のうちに肉体関係を持った。


 大学までラグビーばかりやっていて色恋沙汰に縁がなく、以来その時まで女性経験のなかった俺は一晩で紗世子の肉体に夢中になった。


 恋人同士になってから4ヶ月の間、毎日五回から十七回は彼女を抱いていたと思う。


 しかし仕事が忙しくなってからこれまでの三週間、俺は紗世子を抱いていないのだ。


 そろそろ理性の臨界点も近いのだが、来週になれば仕事が一段落する目途がついている。

 来週の休みに紗世子を抱き締めるのを想像しながら、俺は眠りについた。




 その週末、ようやく仕事の区切りがついた俺は、久しぶりの定時退社に安堵のため息をついていた。

 本当ならすぐにでも紗世子(さよこ)に会いたい所なのだが、今日の仕事が終わるまではどんなトラブルが発生するか分からなかったので、会う約束をしていなかった。


 それに、疲労もずいぶん溜まっている。

 今日だけは大人しく帰宅して、ゆっくり休もうと思ったのだ。


 自宅でシャワーを浴びて、夕食を食べてもまだ7時すぎ。

 こんなにのんびりした時間を過ごすのが久しぶりでうれしい。


 その時、インターホンが鳴った。

 そういえば、宅配便の再配達が来ることになっていた。

 荷物はさほど大きくもない包みで、中にはDVDロムが一枚と、手書きの文面。


 そこには、衝撃的なことが書かれていた。


『お前の大事な紗世子が、俺に抱かれてみっともなく乱れる姿を楽しむといい』


 なんだこれは。

 紗世子が。

 俺の大事な恋人である紗世子が、手紙の送り主である男に抱かれたと言うのか。


 くつろいだ気分は吹き飛び、胃の辺りが気持ち悪くなる。

 胸が苦しく、呼吸さえまともにできない。


 手紙にはまだ続きがあった。


『紗世子は元々俺の女だ。だからそろそろ返してもらう。

 半年間、散々楽しんだんだからいいだろう』


 なんという事だ。


 送り主は根鳥(ねとり)だった。

 最初から俺をいたぶる為に、紗世子との出会いから今日までの日々を仕組まれていたのか。

 手紙にはさらに、送りつけられたDVDに納めたと思しき、根鳥と紗世子が愛し合った様子が赤裸々につづってあった。


 信じられなかった。

 だが、手紙に添えられた写真には、全裸で根鳥と抱き合いながらカメラに向かってWピースをする紗世子の姿。


 抱かれたのか、俺以外の男に。

 何故だ。なぜこんなことを。


 そして何故だ。

 なぜ、俺はこんなに興奮しているのだ。


 そうだ、俺は禁欲生活を送っていたのだった。

 だから、こんな背徳的な出来事が起こった衝撃で、理性がどうかしてしまったに違いない。


 俺の股間はかつてない程に硬くなり、全身がガクガクと震える。

 目は充血し、気を抜くと今にも腰を抜かしてしまいそうだ。


 なんと情けないことに、俺は紗世子が寝取られてしまったという事実に、激しい性的興奮を覚えているのだ。

 もはや自尊心など地に堕ちた。


 今はただ、紗世子の痴態が記録されているという、このDVDの中身を見たくて仕方がない。

 そして、動画の中で俺以外の男に抱かれて嫌らしく乱れる最愛の恋人の姿を見ながら、自分を慰めるのだ。

 いつまでも、いつまでも、ひとり寂しく。


 指先がふるえて、パソコンを起動する事にすら苦労しつつ、ようやくDVDをセットする。

 シュイーン、という読み込み音が何度が続き、DVDの表示を確認するウィンドウが現れる。


 中には、動画ファイルが3つ入っていた。


 俺はケモノのように荒い息を吐きながら、一番左端のファイルをダブルクリックする。

 メディアプレーヤーが起動し、ファイルを読み込んでいく。


 ああ。

 ああ。

 ついに、紗世子のNTR動画が。

 

 その瞬間。


 てぃーん、という音とともに、小さなウインドウが現れた。


【ファイルを再生できません。ファイルがサポートされていないコーデック形式で作成されているか、コンピュータに認定されているインターネットセキュリティの設定が高すぎます。ブラウザのセキュリティ設定を低くしてから、もう一度実行してみてください。】


 閉じる or 詳細情報(M)



「……は?」



 俺はこめかみに太い血管が浮き上がるのを感じつつ、つとめて冷静にネット情報を探り、ネットセキュリティ設定とやらを変更した。



 そして、再び動画ファイルをダブルクリック。


 てぃーん。


【ファイルを再生できません。ファイルがサポートされていないコーデック形式で作成されているか、コンピュータに認定されているインターネットセキュリティの設定が高すぎます。ブラウザのセキュリティ設定を低くしてから、もう一度実行してみてください。】


 閉じる or 詳細情報(M)



「……あ?」



 何度も、何度も試した。


 ネットを検索し、ありとあらゆる情報を漁った。

 ヤフー知恵袋も、2chも、それらしい解決策を提示してくれはしたが、実際の解決には至らなかった。

 窓の杜とかいう怪しげなサイトのガイダンスに従い、特殊なコーデックとやらも導入してみたが、動画は開けなかった。


 間違いない。


 ハナから動画ファイルがパソコン視聴に対応していない。


 俺は、自分のこめかみからブチブチ、という音がするのを聞いた。


 ヘッドホンをむしり取って壁に叩きつけ、怒りのあまり握り潰してしまいかねない勢いでスマホを掴み、根鳥にLINE通話をかける。


 5秒。


 出ない。

 

 10秒。


 まだ出ない。


 15秒が経った。


 俺は一旦呼出しを中止し、LINEにメッセージを送る。


電話出ろ 23:19

返事しろ 23:19

未読かこの野郎 23:19

さっさとスマホ見ろ 23:20

まだかコラ 23:20

いますぐ電話してこい 23:20

ころすぞ 23:20

既読になったな 23:20

なんで返事しない 23:20

よし、殺す 23:22

お前の家〇〇町だよな 23:22

まずお前の母親から殺す 23:22

もう電話しなくていいわ 23:22

じゃあな 23:22


 そこまで送信してから動きやすい服装に着替え、大きめのビニール袋を持って出かけようとした所で、根鳥からの通話着信があった。


「お、お、おい!やめろよ!実家とかやめろよ!!」


 何をトンチンカンな事を言ってやがる。


「黙れ。てめぇには頭きてんだよ。いますぐにでもブチ殺してやりてえんだ」


 頭にきすぎて逆に冷静な声音になってしまった。

 そのことに一瞬ひるんだような気配があったが、根鳥はすぐに気を取り直して、嫌味な口調を返してきた。


「ははーん、その様子じゃあよほど俺の贈り物が(こた)えたみてぇだなあ?

 なんで先週送ったのに連絡が今なのか分からねぇけど、最高のビデオだったろ?

 ぜひ動画を見た感想を聞かせてもらいたいねえ!

 あと実家とか行くなよな」


 ぶちぶちぶち、と俺の血管が全開でキレていく。


「……だよ」


「あ?なんだって?聞こえねぇよ、紗世子が寝取られた姿を見て悔しいよなあ!?

 みじめだよなあ!?どんな気分だこの野郎!!

 あと俺の実家はこないだ引っ越してるから〇〇町にはねぇからなこの野郎!」


 意味の分からない事ばかり言う根鳥に、俺の理性は限界を超えた。


「寝取られたとか!!!どうでもいいんだよ!!!!!!

 肝心の!!!動画が!!!!再生できねえんだよこの野郎!!!!!!!」


 えっ、という根鳥の間抜けな声が聞こえたが、俺は構わず怒鳴り散らした。


「動画ファイルのコーデックがあわねぇんだとよ!!

 お前は能無しか!!

 ビデオレター作るなら一般的なMP4形式で保存するか、ようつべの非公開ファイルにアップしてURL送信するとかしろよ!!!!

 どうすんだ俺の股間よ、おぅコラ!!!!」


 俺はさきほどネットの人たちから得たばかりの知識で、あらん限りの対応策を示してやった。


「お、おう……わりぃ……。

 え、見れてないの……?」


「わりぃじゃねぇんだよ!!てめ今すぐ動画編集しなおせこら!!

 今日中に見れる形にしてウチ持ってこい!

 二時間な!!10分遅れる度にてめぇの顔面が1ヵ所陥没すると思えこらぁ!!!」


「ちょ、待て待て待て待て!!

 俺そんな編集技術ねぇよ、スマホで撮ったのそのままなんだよ!!」


 それを聞いて俺の怒りは頂点に達した。


ググれカスぅ!!!!(ネットで検索しなさい)


 そう言って通話をブチ切ると、おれは荒い息をつきながらベッドに転がった。


 股間の憤りは少しも収まる気配を見せなかった。




 

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