第7話「見守る者(前編)」(仮題)
前回のあらすじ
主人公は実家に帰って来た。
茫然と眺める先には、死んだように眠る私自身。
私は私の枕元に立っていた。
しばらく放心していたが、ふと我に返り寝ている私の口元に手をかざした。
「良かった、息はある。」
そのまま乱れた前髪を整えようとすると、空振った。
「んん?」
何度か試したが、自分自身に全く触れられない。それどころかすり抜けてしまった。
「これってもしかして、幽体離脱?」
まさかとは思いながらタンスの上の置物などに触れてみたり、お父さんの顔を突いてみたいした。
「うーん。さわれないなぁ。」
お父さんの目玉に指を突き刺して悪戯をしつつ、これからどうしようかと考える。
「自分の身体にはすぐに戻れなさそうだし、、、。」
「それならしばらく私と遊びましょ?」
急に耳元で囁かれ、驚いた私は尻餅をついた。
痛む尻をさすりながら、声の主を見る。
「、、、小さい頃の、私?」
「惜しいっ! これは小さい頃の貴女のお婆ちゃんの姿よ。」
そう言って彼女はクルリと回り、黄色い花柄のワンピースの裾を翻した。
「そう、なんだ。」
「そうよぉ? 貴女のお婆ちゃんはハイカラさんだったのよ。」
「ハイカラ?」
「簡単に言うと、お洒落さんってことね! 着物とか、モンペ姿を想像してたんでしょうけど、花ちゃん、あ、花ちゃんは貴女のお婆ちゃんの事ね。花ちゃんはこの姿の自分が一番好きだったのよ。 」
このお喋り好きそうな彼女は一体誰なんだろうか。
「私もこの姿の花ちゃんが大好きでね。あの子この服着てる時すごく嬉しそうに笑うのよ? その笑顔が可愛いったらありゃしない。あ、勿論今のお婆ちゃんになっても笑顔が一番可愛いけどね?」
「ねぇ。ちょっと、いいかな?」
話を遮られた彼女は気分を害した様子もなく、逆に自分のお喋りを反省したように「あらやだ、私ったらつい。なぁに?」と優しく聞く姿勢になってくれた。
「さっきから他人事のようにおばあちゃんの事を話すけど、貴方は私のお婆ちゃんじゃないの?」
「あら、自己紹介まだだったかしら?」
「うん。私もだけど、、、。」
少し後ろめたさを感じて目を泳がせた。そんな私に、彼女は自信ありげに胸を張り、その胸をとんと叩いた。
「貴方の事は小さい頃から知っているわ、だから大丈夫! この家を出てからの事は分からないけれど。最近どうなのか凄く気になるわね、良かったら聞かせて頂戴?」
「えぇと、、、」
「あ、そうね。自己紹介まだだったわね。私はメグル。えんにょうに、回ると書いて廻よ。カイって呼んだ人もいたかな。どっちでもいいわよ? 花ちゃんはめぐちゃんって呼んでくれてるんだけどね。」
廻さんはお茶目に片目を瞑った。
「じゃあ、私もめぐさんで。」
「ちゃんでもいいのよ?」
「年上っぽいから、それはちょっと、気が引けるかな。」
「その割には敬語使ってないじゃない? 呼び方も親しくちゃん付けで良いのよ?」
「見た目は年下だから、、、。あと、言いやすいし。」
もじもじと人差し指を突き合わせていると、廻さんはにっこりと笑って頷いた。
「分かったわ。私はローナちゃんって呼ぶからね?
で、早速だけど私と遊びましょ!」
「え、、、その呼び方って。」
私の呟きは聞こえなかったのか、それとも無視されたのか、彼女はその問いかけに答えず私の左手を握った。彼女の右手は氷の様に冷たかった。
「さ、行くわよぉ!」
一体どこへ、と言う言葉は口から発せられなかった。廻さんが私の手を思い切り引いて急に走り出したからだ。
私は足がもつれないように廻さんについて行くのに必死になった。彼女はかなり足が速く、力強かった。
寝室を出て座敷へ、そして玄関に続く廊下へ。廻さんが玄関を開け放ち、私達は外へと飛び出した。
「わぁ、、、!」
思わず感嘆のため息をついた。目の前には雲一つない青空の下、一面の花畑が広がっていた。
「ここは『めぐと花の思い出の場所』の一つよ。貴女も気に入ってくれると思って。」
そよ風に吹かれて揺れる色とりどりの花達に見惚れ、慈愛の目で私を見つめる廻さんに気付くのに数秒遅れてしまう。恥ずかしくなって繋いでいた手を思わず振りほどき、そっぽを向いた。
「、、、うん、気に入った。素敵な場所だね。」
それでもお礼はきちんと言わなければと、私は向き直ってしっかりと目線を合わせる。
「連れて来てくれてありがとう。」
そう言うと、廻さんは今日一番の笑顔を見せてくれた。
「どういたしまして。」
それから私達は花遊びに興じた。花占い、花冠作り、花籠作り。廻さんはとても器用で、教え方も上手だった。そう褒めると廻さんは花ちゃんの方がもっと上手だったと笑い飛ばした。
「ねぇ、ローナちゃん。…ううん、ひろなちゃん。貴女に話したい大事な話があるの。聞いてくれる?」
廻さんは今までの緩んだ笑顔と打って変わって、引き締まった真剣な顔をした。
だから私も気を引き締める。
「うん。聞くよ。だから、話して欲しい。」
廻さんは目を閉じてどこかに想いを馳せるように胸に手を当てた。
「私は人間風に言えば所謂、座敷わらしという存在なのよ。」
第8話「見守る者(後編)」(仮題)に続く。