閉じられた部屋
グッと目を瞑る事で逃避をしかけた瞬間だった。黒い空間からヤシロの声が私の鼓膜に届く。
するとミドリはびくりと反射的に反応し、私の元から離れた。
──遊びすぎだよ、ミドリ
パリンとミドリの心臓部分に仕舞われていた緑色の欠片が飛び出して、私の手元に落ちた。まるで自然の光を吸収したかのような輝きに目を奪われてしまう。
──綺麗だよね、ミドリの欠片
私が問いかける前にヤシロはそう言った。キョロキョロと辺りを確認をしてみるが、ヤシロの姿は確認出来ない。その代わり、胸を抑え込み、うずくまるミドリの姿が見えた。
『ぐぐぐ』
一体、何が起こっているのだろうか。私の頭は追いつかない、そんな状況をあざ笑うかのように、パリンと何かが割れる音が響いた。ミドリに移していた視線を自分の手元へと戻すと、そこには二つに割れた欠片の姿があった。
眩しい程に発光していた欠片は少しずつ輝きを失いはじめている。まるで心臓の鼓動のように感じた私は、何かに操られているように彼女の元へと駆け寄り、割れた欠片を渡した。
「大丈夫かい?」
『ふうふうふう』
問いかけに答える余裕はないようだ。苦しそうに脂汗を額に滲ませる彼女は影から色を取り戻していく。全てが見えた訳ではないが、そこに見えた顔には覚えがあるような気がした。
いつ、何処で見かけたのかは分からない。ただ理解しているのは彼女の苦しむ姿を見て、心が痛んでいる自分の心の声。
──彼女の身体に戻してあげればいいさ。少しは楽になるはずだから
戻すと言われても、どうやって戻せばいいのだ。簡単に言い切るヤシロはいたって冷静だ。その場にいなくても、私の背中で生きていたヤシロ。自分が成長をしていけば行くほど、ヤシロも大人になる。だから彼の口調に潜む『感情』の音色を知っている。
「どうすればいい? 戻すって……」
──彼女の身体に取り込めば『再生』する どう戻すかは、君に任せるよ
彼女の手に置かれていた欠片がカランと音を立てて、落ちた。焦るように拾うと、自分の口に含み、彼女の口を上向きになるように両手で固定する。初めて会う自分の一部の存在にこんな事はしたくない、だけどどうしても放置する事が出来なかった私は、彼女の唇に自分の唇を重ねる。
口の中でコロンと転がっている二つに割れた欠片を口移しで彼女の元へと戻そうと試みる。心臓にあてられていた両手は痙攣を起こし、助けを求めるように宙で踊っている。
──ゴクン
彼女が飲み込んだのを確認すると、重ねていた唇を離す。互いの唾液が蜘蛛の糸のように広がり、切れた。
それを合図に、拒絶をしているように風が吹き荒れる。飛ばされそうになる身体を守りながら、目を瞑ると『バタン』と部屋は閉じられた。