出会い
うるさいうるさいと何度言えばいいのだろうか。両耳を塞ぎ現実から逃避する私は幼い子供のように脆く、弱い存在だ。まるで昔に戻ったみたいだ。私は何もしていない、ただ彼と関わりを持っただけなのだから……。
彼と関わる事で私の運命が崩れるなんて、予測出来る訳ないじゃないか。落ちていく家族、愛する妻に何度手を伸ばしても、先ほどまであった感触と温もりは、どこにもいない。どこに隠れているんだ、聖花。私を一人にして、何をしているんだい?ああ、そうか。悪戯が大好きな君の事だから、私を驚かす為に隠れているんだろう。
悲しみは過去の悲しみだ。もうどうでもよくなった。諦めるってこんな簡単だったんだなと思い知りながらも、彼の誘惑の花にしがみ付いて、期待をしてしまったのだった。
私の心臓は二つの色と音で出来ている。一つは無色透明で無音、風が吹くように、水が流れるように、そうやって自然の中で漂いながら、私の一部となって存在している表の姿。そしてもう一つは、見たくもない、聞きたくもない赤黒い色と鳴き声の音。
「何も見たくないのだ、何も聴きたくない」
『……そんなに苦しいのなら、助けてやるよ』
「誰だ!」
一人の空間で泣き叫んでいた私を捕らえたのは、綺麗な青年だった。彼の隣には……誰かがいるような気がしたのだが、よく見えない。
『貴方にはまだ僕達がはっきりと見えないだろうね。現在はそのままの方がいいと思うよ?』
「お前は……」
『僕の名を知りたくば、貴方の大切なモノを取り戻す事の方が重要じゃないのかい?』
「……何が分かる」
闇に包まれているようで、光が軸に感じるような、曖昧な色の存在。彼が生きている人間かどうかも確かめる事が出来ない。もしかしたら、私が作り出した都合のいい妄想なのかもしれないのだから……。心の呟きに反応するように、彼の声が流れてくる心へ。
――妄想なんかじゃないよ?
ハッと見上げると、にっこりとした微笑みで私を観察している彼がいる。私は彼の何も知らずに、契約をしてしまったのだ。
『取り戻したいかい?聖花を』
「何故、私の妻の名を」
『さっき貴方が叫んでたじゃないか』
「……」
『取り戻したくはないかい?』
煙草の煙に塗れながら、怪しく微笑む彼が私に突きつけたものは『崩壊の序章』でしかなかったのだ。
(何を馬鹿な事を言っているんだ……彼は)