第三話 変貌
また倒れてしまった、大空誠一。
彼に生きる道はあるのだろうか。
ああ、今度こそ俺は死んだのだろう。タイムリープしたのか白昼夢なのか、そんなことを考えていても現在の状況を変えることはできない。
「…さん…誠一さん、大空誠一さん!」
呼ばれたので起き上がる。あたりを見渡すと島崎警視を含む複数人が立っていた。そして自分はベッドに横たわっていたようだ。やはり自分はまだ生きているようだ。
「大空誠一さん、目覚めましたか。」
そう声をかけてきたのは島崎警視だった。
「自分は何でこんな所に…」
「私たちが運びました。」
「そうは言っても、すみません…お恥ずかしいところを…」
「いえ、気にしないでください。あなたは重要人物なので、それを守る義務が私にはある。」
いや、さっきまで逮捕しろ!なんて言っていた人のことを信じろだなんて無理がある。だけど、今回は信じてみようと思う。
「すみません、今の時間を教えていただいてもよろしいですか?」
「今は、午後8時43分です。」
「え…こんな時間まで付きっ切りでいてくれたんですか?本当にすみません。」
「いえいえ、お気になさらず。」
「厚かましいですが食事のほうはありますか?」
「何でもありますよ、お肉や、野菜などがあります。」
「ではシチューをお願いします。」
「了解しました。」
それを聞いたのか、1人が部屋から出てシチューを作りに行った。この世界の料理はどうなんだろう…そして、窓の外を見ると異様な景色が広がっていたのだ。車が空を飛んでいる、そして大きなスタジアムがある。それを照らすように多数の照明が当てられている。
「島崎警視、何故車が空を飛んでいるのですか?」
「それは、そのような技術があるからです。」
「そうですか。」
決して顔には出さないようにしていたが、そんな技術が自分がいた世界にあったというのは聞いたことはない。国の軍事となればあるかもしれんが、大体そんな簡単に飛べていい理由がない。俺が過去人でこの世界が未来世界なら否定はしない、俺が未来人でこの世界が過去世界だからこんなことを思っている。この世界は古代核大戦直前の世界というのだろうか。そして俺がいた世界がその古代核大戦が起こってから長い時を経た世界……なのか。
「すみません、今って西暦何年ですか?」
「西暦?……何のことでしょうか?」
自分の知識が役に立たないのは余りにも痛い。情報が錯誤しすぎている以上どうしようもない。
「この国の基準の暦はありますか?」
「ジーメイル歴725年です」
「ありがとうございます。」
比較対象が少なすぎる、というより皆無に等しい。この国はジーメイルと言うのだろうか。ジーメイル……いい名前だと思っているうちにシチューが来た。普段から食べているようなシチューと同じ見た目だ。良し、このままだ、このままだ。味も変わっていないと願おう。金属製のスプーンを手に取り、シチューを一口取る。その温かいシチューからは無機質な香りがした。だが、味は悪くない、むしろ素晴らしいといえば良いのだろう。足りていないものとするなら、母親の愛情であろう。もう二度と母親の手料理が食べられないと思うと涙が出る。それを察したのか島崎警視が色々なことを聞いてくる。
「未来は何か素晴らしい機会があるのですか?」
「えっと……今、持っているのでしたらスマートフォン位でしょうか…」
「どれでしょうか……」
スマホをみて、島崎警視は愕然とする。
「未来でもこのようなものがまだ使われているのですか。」
「何か問題でもありしたか?」
「いえいえ、教科書でしか見たことがなかったものなので、珍しさの余り驚きました。」
困惑する自分がそこにはいた。自分が未来人なら、スマホのことが教科書に載るのか?いや、載るはずがない。自分が過去人なら載るのも理解はできる。が、同時に異世界人でもある。じゃあこの世界は平行世界なのか?はたまた、エヴェレット多世界解釈か何かなのか?
「すみません、教科書でしか見たことがないと言っていましたが、それはどう言うことですか?予想図とかを見られたのですか?」
そう質問すると、微笑むように島崎警視はこう返した。
「えっと、そうですね、ちょっと自分の口からは言えないので、天枷巡査部長から聞いてもらえませんか?」
ダメだな、この国の治安維持隊はおかしい、上がこんなんだと、もっと上は酷いだろうなぁ。
「ふざけるな!自分は島崎警視!あなたに聞いているんです!あなたに聞いているのに、なぜ他人の名前が出てくる!所詮キャリア組は勉強しかできないただ飯喰らいしか居ないのか!言われた事を他人に流して、他人が失敗したら嘲笑う。そんな事しかできないのか!」
激昂してしまい、言ってはいけない事を言ってしまった。そう気付いた時にはもう遅かった。止むを得ず、島崎警視に表に出るように言った。
「あぁ、もう終わりだなぁ。あんなお偉いさんに楯突いて自分の身はどうなるのか目に見えてわかる…追い出すんじゃなかったな…後で菓子折り持って謝りに行かないとなぁ。」
いつの時代の官僚にも底なし沼のように強欲な輩はいる。そのような輩に限ってすぐに逃げ出したりする。過去の色々な苦い経験からはそれは若造の自分でも分かっていた。かと言って、憤怒するほどでもなかった。そう思いながら眠りにつく。電気を消す場所がないが、多分勝手に消えるのだろう。