第二十六話 傍道
3ヶ月間の休養を取って復帰させていただきました。長らくお待たせして申し訳ございませんでした。
天枷さんはアクセルペダルを踏み込み、アスファルトをタイヤで切りつけるように走らせる。辺りの景色は流れるように後ろに移り変わっていた。ここは街の方とは違い、少なからずな自然がある。それによるものからなのか心も少し落ち着く。辺りを見渡し、耳をすませてみると風によって葉が擦れる音が聞こえる。小動物も確認ができ、車内から見てもそれは可愛らしい。
「少し寄り道していく?」
天枷さんが唐突に話題を振ってきた。それに対して自分は一呼吸おいてから承諾した。それを聞いたからなのか、天枷さんの表情が少しばかり緩んだように見えた。暫くすると左手に月光を反射している海が見える。海面からカメラのフラッシュを焚くように見えるそれは一種の神秘的な何かに捉えられた。そのうちに車は海岸沿いの駐車場に停まり、自分達は降りることとなった。砂浜に続く階段を降りると足が砂に取り込まれそうな感触がした。それ程までにこの砂は柔らかいのである。後ろを振り向けば天枷さんとの足跡がこちらにまで続き、前を見れば揺れる月を映し出す水面がそこには存在している。少しずつ歩みを進め、あと五メートルで波がたどり着くところで深呼吸をした。足は微かに沈んでいくような感覚はあったものの、自分は暗い海に対して叫んだ。
自分の想いを大きな海という存在に伝えたところでそれに背中を向けた。空を見上げると幾千、幾万との星が我こそはとばかりに光を放っている。この世界にも星座はあるが、自分はそのことに関しては、どれがどの星座となるのか全く分からない。何でこんな事を考えているのだろう。そんな無力的な感情さえ浮かんできた。そんな時に後ろから水が襲ってきた。波かと思ったがその正体は斜め後ろにいた天枷さんが水をかけていたのだ。大人というのは時々年甲斐もなくはしゃぎたくなる時があるのだろうか。こんな事なら寄り道する意味がなかったと思う。
「水遊びは好き?」
そう問われても自分は無言のまま、こくりと頷いた。聞こえるのは波が浜辺に打ち付ける音だけ。そんな状況を破るかのように天枷さんは水をかけてくる。もし、水をかけていたのが星原さんなら自分はどのような行動を取っていたのだろう。そもそも、面と向かい合って話すことができていただろうか。多分できていないだろう。天枷さんからかけられた水の感触はいつしか鉄の針のように深く刺さるようになった。
水遊びも終わったのか天枷さんは階段に腰を下ろした。自分もそれに習うように少しばかり距離を置いて座った。沈黙が場を支配した。それを破るのは天枷さんであった。
「さっき、星原さんという単語聞いて少し驚かなかった?」
図星だ。実際にさっきも同じ事を聞かれた。そんなに星原さんの事が気になるのだろうか。嫉妬?そんなことも考えたがそれは天地がひっくり返ってもありえない。単に親切心から聞いてくるのだろう。
「いえ、驚いていませんが。」
「そう?ならいいけど。」
天枷さんも思わせぶりなところがある。自分の思い込みかもしれないが。
「次来るときは他の人と一緒に来ようか?」
突然の事だが、すぐに承諾した。その声は闇夜の波に掻き消されるほど小さいものだが、決して砕かれる事ない、芯のあったものだった。
そして、自分達は乗ってきた車に再度乗り込む。自分は運転席の後ろの席に座ろうとしたが、天枷さんに来た時と同じ助手席に座るように促された。浜辺を後にした自分達は来た道とは逆方向に進んでいった。助手席から見える景色は席の都合上山しか見えない。だからと言って海を望もうとすると運転席にいる天枷さんが必ず視界に入る。大したことのない問題といえばそうだが、これが今の自分にとっては何かと心の芯が揺さぶられるような気がした。
海岸を走り抜け、署に戻って来た時間は未だに暗い朝の4時であった。こんな時間だと風呂に入ることさえ面倒だが、海水を含んだ服を着ているとジメジメという不快感が募るばかりなので、かったるいと思いながらも湯を張ることにした。その間はテレビを点けて情報を集めることにした。とは、言ってもこの時間に報道番組があるわけでもないのでパソコンを使って読み漁ることにした。それなりに資料が集まってきたところで風呂が沸いたのでおもむろに立ち上がって浴室に向かう。風呂から出た後は先ほどの情報の精査を行おうと思いながらも湯船に浸かっていたが時間が時間なので仮眠を取ってからしても遅くはあるまい。
風呂から出てから着替えたのでフカフカのベッドに横になり、暫しの休息を取る。
「夢なら覚めてくれ。元に戻してくれ……」
そんな弱音を吐いたところで元の世界に戻れるわけはなく、寧ろ強くなっていく睡魔に襲われて深い谷の底に落ちるように寝た。




