オフ・ラインで乾杯を
明治通り沿いの薄汚れた戸建の居酒屋。その二階の座敷こそが、”いつもの場所”だった。古めかしいマルチ・クッカーで作るツマミは一味違うとのことで、割と人気の店だ。そして、ここは給仕ロボットを導入しておらず、マリコというお婆さんがオーダーから配膳までを一人でこなしているというのだから驚きだ。
「センナミさんって、あんなに熱い人だとは思いませんでした」
隣に座っているマツモトが話しかけてきた。
彼女はカシス・ウーロンで、ソウマはビールだった。
「あの、さっきは申し訳ない。確かに、つい熱くなってた」ソウマは頭を下げた。
「いえ。大丈夫です、気にしないで下さい。……なんだか、いいなあ。って思いました」
「え? 何が?」
「情熱っていうか、真剣さ、っていうか……ああそうだ! ”誠実さ”だ」
「俺が?」
「そうですよ。この分野に関わっていく、その本質をちゃんと見つめようとしている気がしました」
それは少し違う。戦場の、そこにある真実を知っているだけだ。
そう思ったが言わないことにした。
「センナミさん、派遣やってるんですよね。やっぱり実際に撃ち合ったりしてるんですか?」
「……してるよ」
と言っても、そのような現場に行ったのは前回の一回だけだ。
「そうかあ。……やっぱり、現場を知ってるっていうのも大きいんですかねぇ」
そう、その通り。大きいもなにも、それだけだ。
ソウマはジョッキを飲み干すと、チラリとテルリの方を見た。
テルリは少し離れた席で、ハナサキ教官と何やら真剣な議論を楽しんでいるようだった。
「センナミさん、何飲みます?」マツモトが聞いてきた。
見れば、マツモトもカシス・ウーロンを飲み干したようだった。
「どうしようかな。ワイン、なんてないよな?」
「あるんじゃないですか」そう言って、マツモトはアイウエアでこの店のメニュー表にアクセスしてみた。「残念、ないみたいです」
「じゃあ、ビールで」
「じゃあ、……すみません! ビールとカシオレを!」
マツモトはアイウエアから店員のマリコさんにダイレクト・アクセスしてオーダーを伝えた。
「すごいですよねー、このお店。代理人格が同期しないって、大昔は居酒屋もみんなこうだったんですかねぇ」
考えたこともなかったが、ひどく不便だろうなぁ、とソウマは想像した。
「……センナミさん。……こあと、二人でワインが飲める店に行きませんか?」
ソウマは驚きを悟られないようにマツモトの顔を見た。
黒髪の下の幼い表情。アルコールのせいで頬に少しだけ赤みを帯びた白い肌。少々丸みのある顔のせいで、決して美人だとか可愛いという分類には当て嵌まらないが、妙に愛嬌のある顔だ。
「……うん。いいよ。……」そして、「ちょっとごめん」そう言ってソウマは席を立った。
トイレに入ると、アイウェアでメッセージ・ボックスを確認した。
最新の着信は通信省からだった。
開いてみると、やはりそれは、センナミ・ソウマの代理人格と、マツモト・カノンの代理人格の適合シュミレーションの結果、『可』を伝えるものだった。もちろん、マツモトにも同じメッセージが届いていたのだろう。
ソウマは、正直なところ、少々めんどくさいなぁ、という気持ちになった。