人間の仕事
アイウエアを外すと、目の前にはステーキとライスが置かれていた。代理人格が注文しておいてくれたのだろう。確かに腹が減った。
ソウマはステーキを一切れ食べたがなんだか味がしなかった。グラスビールを飲み干すと、かわりにワインのデキャンタが運ばれてきた。
窓の外を見ると、ちらほらと人が歩いていた。今日は晴れているので、気まぐれに外出した人間も多いのだろう。
試しに、アイウエアをかけて、窓を見てみた。
そこにはホログラムで広告が映っていた。
軍服を着た人気アイドルが、アフリカかどこかの戦場でライフルを撃ちまくるCMだった。CMの最後に、
”ハッピー・アーミー、ハッピー・アーミー、僕らがつくーる平和をー♪”
”ハッピー・アーミー、ハッピー・アーミー、君を待ってる明るい未来ー♪”
と、暢気なCMソングが、骨電動で聞こえてきた。
ピース・キャストと並ぶ、大手の派遣会社のCMだった。
ソウマはアイウエアを外した。
もう一口ステーキを食べたが、やはり味気ない気がした。
ワインを一口飲む。静かに窓を見続けていると、何故だか急に、日中、現場で食べた粗野な昼食の味を思い出した。
”私の、名前、××××××。……忘れないで下さい……”
ペーパーナイフを売っていた少女のことも思い出した。しかし、その名前はもう忘れてしまっていた。
”……忘れないで下さい……”
そう言われたのに。
「お土産ありがとう」
不意に、教官のハナサキ・ジュンコは目を合わせず呟いた。
「気に入りましたか?」
「うん。とっても……。大事に使うわ」
使う? どうやって?
と思ったが、ソウマは聞かないことにした。
ハナサキの打つキーボードの音が響く。
窓を見るとミーティング・ルームの外は、雪がちらつく海辺だった。今日はそういう設定になっているらしい。
そういえば、今、季節はなんだったか? とソウマは考えた。
福生まで行った時は暑いとも寒いとも感じなかった。だとしたら、春か秋だろう。カレンダーを確認してみると、秋が正解だったようだ。
「……ねえ!」ハナサキが手を止め、突然聞いてきた。「……戦場って、どんな感じ?」
「は? どんな、っていうのは?」
「どう感じるの?人が……目の前で、撃たれて、死んでいくところを見るのは?」
「別に、普通のことでしょ? それに、俺はタクティカル・ランクの高い現場には行かないんで。人が死んだりっていうのは、……まだ」
「そう……」なぜかそれでハナサキは話を終わらせてしまった。再びキーボードを打つ音がはじまる。
撃たれて、死ぬ……。
今頃、まさに昨日行ったあのの現場では銃弾が飛び交っているのだろう。そして、人が死んでいる。ソウマと同じ派遣の人間達だ。そして、地元の住民達が巻き添えになることだっていくらでもある。
ソウマは、ぼんやりと、あの少女のことを考えた。
三日後、ソウマはニュースであの現場がどうなったかを知る。しかし、それは要約された事実のみを極めて客観的に、理路整然と伝えるものだった。
それによると、メタン・ハイドレートの掘削精製プラントの利権は、アジアの企業が勝ち取ったとのことだ。
つまり、ピース・キャストのクライアントであるEUの企業が負けたのだ。予想どおりに。
もちろん、派遣の人間が大勢戦死したはずだが、それが公表されることはない。当然、あの小さな村と、ペーパーナイフを売っていた少女がどうなったかということもだ。まるでそれには価値がないように。価値どころか、存在すらしていないように。ニュースはデータ化した事実のみを伝える。
そのニュースを見たソウマの胸には、小さなざわつきが生まれた。
風の匂い、老人の歌声、ニシンの缶詰……、ペーパーナイフを売っていた少女。
それらを、ありありと思い出すことができた。
あそこにあったすべては”ホンモノ”だった。しかし、すべてはもうない。
企業間競争における、特に利権の獲得を武力により解決する、”タケシマ・センカク条約”ができたのは約八十年前だ。
近代化によって、どんどんと企業、国家を取り巻く事情が複雑化していった。様々な人種が様々な場所で渾然としていった。地球そのものが人種と民族のサラダ・ボールと化した。しかし、それが各地で小さな諍いの火種を生んだ。答え合わせのできない歴史観、考古学的レベルの戦争責任、感情の入り込む隙のない完璧なAI政治。ありとあらゆるバカバカしい事情によって、企業間の自由競争は歴史上最悪に窮屈なものになっていた。
そこで、ある、単純にして明解な解決案が出された。
それは、人類、いや生物としての本懐に立ち返るような、極めて原始的にして画期的なものだった。
要するにそれは、”欲しい物は戦って勝ちとる”、ということだ。
それ以後、企業は戦力を有した。
企業間での争いは、すべて戦争という方法で解決されるようになった。
その法案は、この国だけでなく、世界中で起こっている問題を粗方解決してしまった。特に、人口増加、貧困、そして、職のない物質的労働者の問題をだ。
ありとあらゆる産業が機械にとって代わり、あらゆる事務作業がAIによって賄われてしまう世の中で、物質的労働者は、最も人間らしい仕事を手に入れた。……そう、殺しあうこと。
戦争こそが、もっとも人間的な行為だったわけだ。