エピローグ
休日の昼下がり、いつものファミレスのテーブル席に腰掛けると、ぼくは三人の幼馴染みたちと異世界フィーラルについて話をする。
あれから集客率は右肩上がりだ。日を追うごとに新規の冒険者が増加している。離れていた冒険者たちも、全員とまではいかないが半分以上は戻ってきた。
武器や防具などの品揃えも以前より豊富になって、冒険者ギルドに協力してくれる魔物の種類も増えた。
あんなに薄まっていたゲートも、はっきりとした形をとり戻している。現実世界にいる多くの人々が、異世界を必要だと想ってくれていた。
フィーラルは冒険者が好きなだけ冒険を楽しめる、立派な異世界になった。
今度こそまちがいなく、安定軌道に乗るだろう。
だからもう……ぼくたちの役目はおしまいだ。ぼくたちが助言したり、手をかさなくても、あとは冒険者ギルドのほうでうまく回していく。
短かったけど、充実していた異世界の改善は幕を下ろした。
「ようやく独り立ちできたといったところか。ほんと、世話の焼ける異世界だったな」
輝美は肩の荷が下りて一安心といった体裁で喋っているが、ほんのちょっぴりさびしそうだ。輝美だけじゃない。清音や和貴も、そしてぼくも……胸にあいた穴のなかに冷たい風が吹いているような空虚さを感じている。
いっぱい不満や文句や愚痴を口にしていたけど、なんだかんだ言って異世界フィーラルを手がけていた時間はおもしろかった。いいことばかりじゃなかったけど、むしろ悪いことばっかりだったけど、それでもおもしろかった。
異世界フィーラル。それはぼくたちにとって、掛け替えのない思い出になった。きっと大人になっても、あそこで過ごした日々は忘れない。
ずっとぼくたちの胸のなかで、思い出として息づいていく。
「ねぇ、みんな。最近はバタバタしていたから、小説サイトに投稿している作品のほうがお留守になっていたよね。久しぶりに続きを書こうと思っているんだ。なにかいいアイディアはないかな?」
以前から執筆していた作品の話題を持ち出すと、みんな生色をとり戻して顔に明るみを帯びていく。
ぼくたちは、これまでの異世界の冒険から現実世界の日常へと戻るように、自分たちの小説に想いをめぐらせる。
でも最後に一言だけ、心のなかで、異世界にさよならを告げておいた。
「大変です! みなさん!」
……すごく見知ったエルフが店内に駆け込んでくる。泣きべそをかいて、ぼくらのもとまでダッシュでやってきた。
せっかくいい感じに締めよううとしていたのに。もう「了」ってつけてもよかったのに、台無しだ。
レイナはここまで全力疾走してきたのか、切れ切れの呼吸をもらすと、勝手に清音のコップをつかんでお冷やを口に流しこむ。ぷはっ、と一息ついて落ち着いたようだ。けど清音は憮然とした目つきでレイナを睨んでいる。ムカついたみたいだ。
「えっと、レイナ。できれば聞きたくないんだけど……なにかあったの?」
「そうなんです!」
ぐっと前のめりになって身を寄せてくる。豊満な二つの乳房がくっついて深い谷間をつくった。ぼく的にはグッジョブだが、清音のイライラは増している。
「数名のギルド職員を引き連れて、今度オープンする予定の災厄の要塞へ視察に出向いたんですが、そしたらトラップが誤って発動しちゃって、要塞内でスタンバっていた魔物たちが正気を失い暴れ出しちゃいました。しかもバーサーカー状態なので戦闘能力が強化されてて手がつけられません。攻略不可能な高難易度のステージになっちゃってます!」
機関銃のようにまくし立てられる途方もない話を、ぼくらは茫然自失となったまま聞き入るしかなかった。しかもレイナの長広舌はまだ終わりじゃない。
「それから狂乱した複数の魔物たちが要塞の外に出てきて、近くの町や村を襲っています。異世界の住人たちも、冒険者であるお客様も大混乱で収拾がつけられません。未曾有の大ピンチです! どうかみなさん、力をかしてください!」
レイナの泣き顔から察するに、切羽詰った状況になりつつあるようだ。
「そのまえに一つ、確認しておきたいことがある。そのトラップを誤って発動させたのはどこのどいつだ?」
「えっ……そ、それはその……」
輝美が厳しい目で問いただすと、レイナは口をもごもごさせた。
「誰なんですか? 答えてください」
清音が更に追及する。
レイナは観念したように両肩を落とすと……恐る恐る右手を小さくあげた。
「…………わ、わたしです」
予想どおりの答えだった。
「やっぱりか? やっぱりおまえか、このダメエルフ」
「ほんと余計なことしかしませんね。毎度毎度、異世界にピンチが訪れる原因はあなたにあります」
「ごめんなさいごめんなさい! でもでも、しょうがなかったんです! ちゃんとした事情があるんです! あのときは酔っていたからっ!」
……ん? 酔っていた?
「レイナ、宝箱に最強装備を入れ間違えた件から、飲酒は絶っていたんじゃなの?」
「はっ! しまった!」
慌てて口を両手でふさぐが、もう遅い。輝美と清音が立ちあがって、左右からとんがり耳を思いっきり引っぱる。
「ち、ちがうんですよ! 飲むつもりはなかったんです! まったく飲むつもりはなかったんです! なかったんですけど、ルイシスさんからいい酒が入ったと誘われて、いけないなと思いつつも一口飲んでみたらまぁうまいうまい! ガバガバすすんじゃって、とっても幸せな気分になっちゃんですううううううううううう! 耳痛いから引っぱらないでえええええええええええ!」
またお酒でやってしまったのか……。学習能力がないな。そしてレイナだけじゃなくてルイシスもどうにかすべきだ。
とんがり耳から手をはなすと、輝美は深々とため息をついた。
「おまえとあのバカ勇者は二人まとめて処分しないといけないな」
「二人とも縄で縛って、狂乱した魔物たちのなかに放り投げましょう」
清音は恐ろしい提案を口にすると、とんがり耳から手をはなして、憎悪をこめながらレイナのおっぱいをむぎゅむぎゅともみはじめた。
「や、やめてください! どうか許してください! 魔物のエサにするのだけは、それだけはご勘弁を!」
口では嫌がるレイナだが、両目はとろんとして恍惚におぼれている。やばいな、このエルフ。本当に魔物のなかに放り投げて処分したい。
「輝美。それで、狂乱した魔物のことはどうするの?」
問いかけると、輝美はニッと頬をあげた。
「そんなの、決まっているだろ」
その答えを聞けて、ホッとする。それと同時に胸が高鳴った。
まだ終わりじゃない。そう思うと、わくわくしてきた。体の内側が火照ってくる。
「へっ、いいぜ。異世界の魔物ぜんぶまとめて相手にしてやんよ」
「ふつうに死にますよ」
気炎を燃やす和貴を、清音はジト目で見ている。
「まぁ一度乗りかかった船ですからね。最後まで面倒を見てあげますよ」
気乗りはしないといった態度を装っているけど、それが清音の本心でないことはみんな承知していた。
「み、みなさん……わたしのために」
「おまえのためじゃない」「あなたのためじゃないです」
輝美と清音が声を重ねて否定すると、レイナは恋人からフラれたみたいにショックを受ける。
「うぅ……それじゃあみなさん、異世界フィーラルのために力をかしてください」
異世界のために、それなら輝美も清音もこころよく引き受けることができた。
席から立ちあがると、不意に輝美と目があう。
輝美は新しい物語のページをめくるような、期待に彩られた微笑をたたえていた。
あのときと同じ笑顔だ。はじめて出会ったとき、児童向けのファンタジー小説をかしてあげたときに見せてくれたあの笑顔が、そこにある。
まだまだ、おもしろいことはつづいていく。そう確信できた。
ぼくらはファミレスを出て、異世界にむかって走りだす。
ご愛読、ありがとうございました。




