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ぼくと幼馴染みたちの異世界改善  作者: 北町しずめ
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冒険者討伐編




 一日五千人以上の冒険者が訪れるようになって、以前とは比べ物にならないほど異世界フィーラルは活気づいてきたが……どういうわけか、また集客率が伸び悩みはじめた。伸び悩みはじめたというか、ぶっちゃけ客足が遠のいてきた。右肩下がりだ。

 あんなに濃かったゲートが、またぞろ薄まってきている。


「ついでにうちの親戚のおじさんの頭もさらに薄まりました」


 清音がおじさんの頭の近況を報告をしてきたが、それは異世界とは無関係なのでスルーした。

 どうして客足が減ってきたのか調査してみると、ツイッターのほうで「異世界フィーラルはヌルゲー」とつぶやいている連中を発見した。それにキレた清音が「死ね死ね死ね」や「おまえらは現実世界でのステータスが低すぎ」などとリプライしたらしい。

 そしてヌルゲーとつぶやかれているのは単なる誹謗中傷ではなく、ちゃんとした根拠があるようだ。

 なんとフィーラルの魔物たちが、冒険者に瞬殺されまくっているそうなのだ。ザコキャラのゴブリンやスライムだけでなく、ボスキャラであるゴブリンキングやオークロードまでもが瞬殺されている。本当の意味でヌルゲー状態が発生していた。

 その現象はここ最近になって頻発するようになった。魔物を瞬殺してくる冒険者は同一人物ではなくて、日によって違うみたいだ。

 やられた魔物たちから事情を聞いてみると、瞬殺してくる冒険者には共通点があった。みんな必ず一つは華美な武器を所持していたそうだ。

 その武器によって、魔物たちは瞬殺されていた。



     ◇



 ジェネイラやスカーラに監視役の妖精やギルド職員を派遣したところ、それらしき武器を手にした冒険者が英雄王の洞窟に向かったとの報告があった。

 さっそくぼくらは馬車に乗り込み、洞窟の入り口に先回りして待ち伏せする。

 入り口のそばにある茂みに身をひそませていると、三十分も経過しないうちに、それらしき武器を持った冒険者が現れた。男女二人ずつの四人組パーティだ。まだ初期装備しか身につけていないので駆け出しだろう。

 しかしそんな駆け出しパーティのなかで、女の子の魔術師だけがクリスタルで造られたロッドという豪華な武器を持っていた。どう見ても初心者には不釣合いな武器だ。


「なんでしょう。リア充臭のぷんぷんするパーティですね。爆発すればいいのに」

「清音、着眼点が違うから。ちゃんと魔術師が握っているロッドを見て」


 クリスタルロッドを目にすると、清音は「あっ」と声をもらした。

 そう、ぼくらはあのロッドに見覚えがある。なぜならあれは……。


「ルイシスさんからもらった、仲間の魔術師が使っていたというロッドですね」


 レイナがいつになく真剣な口調で言う。そう、あれはルイシスの仲間、勇者パーティの魔術師が使っていたロッドだ。


「なんであの武器が駆け出し冒険者の手に渡っているのかな? ルイシスからもらった装備品は、ぜんぶ冒険者ギルドで管理しているはずじゃあ……」

「わたしにも、経緯はわかりません。洞窟に入っていくみたいなので、とりあえず彼らを追跡してみましょう」


 ぼくらは冒険者たちに見つからないように距離をとって、洞窟に踏み入った。

 洞窟内の壁にはランプが常設されるようになったので、明かりに困ることはない。デコボコだった地面も土属性の魔術で削って平坦にしたので歩きやすくなった。

 洞窟に入ってしばらくすると、先行している駆け出し冒険者たちは、いきなり甲高い声をあげた。一体のオークと遭遇したようだ。かなり浮き足立っている。どうやらオークとの戦闘はこれが初めてらしい。ゴブリンやスライムなんかのザコと違ってオークは強敵だ。下手をしたら全滅の憂き目を見るかもしれない。調子に乗った駆け出し冒険者は、よくそれで痛い目にあう。

 オークが威嚇してくると、みんな情けない悲鳴をもらす。戦士の男の子なんかは腰が引けて鞘からロングソードを抜けないでいた。

 魔術師の女の子が目をつむりながらクリスタルロッドを前に突き出す。そしてファイアーボールを放った。するとどういうわけか、ロッドの先から洞窟内の影を余さず払うような煌々とした爆炎が噴き出し、オークを一撃のもとに灰に変えてしまった。

 その光景を見ていたぼくたちも、当事者である冒険者たちも呆気にとられる。目の前を舞う灰がオークだと認識すると、冒険者たちは歓声をあげた。俺たち最強じゃね、これがあれば楽勝じゃん、などのセリフがとびかう。

 ぼくは前方にいる冒険者たちにばれないように、小声でみんなにささやく。


「今のってファイアーボールだよね? そのわりにはすごい威力だったけど。もうファイアーボールっていうかメテオみたいなものだったけど」

「ファイアーボールだって、いつまでもファイアーボールじゃない。メテオになりたいときもある」

「そういうお年頃ですね」

「意味わかんないから。ファイアーボールはいつまで経ってもファイアーボールだから。一生メテオにはなれないから」


 ならさっきの爆炎はなんだったのか、という疑問が浮上してくる。


「あのクリスタルロッドの力ですね。あれのおかげで、しょぼい魔術もめちゃくちゃ強化されているんです」


 レイナの説明のおかげで、疑問が氷解する。

 駆け出し冒険者たちの追跡を続けると、その後も彼らは殺虫スプレーを振りまいて害虫を駆除するように楽々と立ち現れるオークたちを強化されたファイアーボールで灰燼に帰していった。

 うぇ~い、なんて掛け声をあげてハイタッチをしている。働いているのは魔術師の女の子だけなのに、他の三人も自分の手柄のようにはしゃいでいた。


「ね? 爆発すればいいと思うでしょ?」


 彼らにはすまないけど、今は清音の言葉にうなづくことができた。

 そして彼らは洞窟の下層にあるボスの間まで進むと、待ち構えていたオークロードを大剣や鎧ごと燃やしつくしてしまった。あのオークロードでさえも、強化されたファイアーボールの前では無力だった。

 ものの数分でダンジョンを攻略されてしまった。傍から見ていたら、ほんとにヌルゲーだ。

 彼らが引き返してきたので、ぼくらは急いで岩陰に身を隠す。「どうしたんですか、みなさん?」とレイナが首をかしげて動こうとしなかったので、清音が杖で殴って岩陰に引きずり込んだ。そのせいでレイナの首がおかしな角度に曲がったが、本人は痛がりながらもだらしない笑みを浮かべていたので放っておく。

 冒険者たちは洞窟を出るとスカーラに戻っていく。その背中を追いかけていたら、レイナが動くたびに「首が! 首が!」とうるさかったので、清音が嫌々ながらもヒールをかけて治療して黙らせた。

 スカーラのギルド支店で倒したオークのぶんと、ボスキャラであるオークロードを倒したぶんのゴールド、それにボスを打倒した証である贈呈品のアイテムを受け取ると冒険者たちは馬車を借りてそのままジェネイラに向かう。ぼくらは馬車に乗って彼らの後を追跡した。

 ジェネイラに到着すると冒険者たちは馬車を降りて、飲食店が軒を連ねる西街に歩いていった。彼らの表情には……もう覇気がない。洞窟に入る直前のうきうきした感じや、洞窟から出た直後のはしゃいでいた感じは失われている。なんだか飽きたゲームをプレイしているような、退屈しきった顔になっていた。

 冒険者たちは路地裏に入ると、細道を進んでいく。

 その先には……別の三人の冒険者が待っていた。

 三人とも中年のおじさんだ。真ん中に立っているリーダーっぽいおじさんは、ひょろりとしていて眼鏡をかけている。首から下には金塊のような黄金の鎧を身にまとい、右手には黄金の剣を握っていた。

 右側にいるおじさんは、太っていて眼鏡をかけている。たらたらと顔中から脂汗をにじませて呼吸が荒い。恰幅のいい肉体には新雪のような銀色の鎧を装着し、背中には虹色に輝く両手剣を背負っていた。

 左側にいるおじさんは、頭がバーコードみたいにハゲていて眼鏡をかけている。他二人のおじさんと違って豪奢な鎧はまとっていないが、美しい紅蓮のローブを羽織っていた。


「あれは……」


 輝美がおじさんたちを見て声を震わせる。ぼくにもその理由はわかる。一目瞭然だ。


「全員……眼鏡だな」

「いや、そうじゃなくて」


 思わず大声を出しそうになったので、慌ててボリュームを調整する。危なかった。


「どう見てもおじさんたちが装備しているあれって、ルイシスからもらった武具だよね」


 クリスタルロッドと同じく、冒険者ギルドで管理しているはずのものだ。どうして最強クラスの剣や鎧が、こうも冒険者たちの間に出回っているんだ? わけがわからない。


「なにか話しているみたいですよ」


 レイナがとんがり耳を傾ける。ぼくも冒険者たちの話に耳をそばだてた。


「どうだったでござるか? 拙者たちの授けたロッドの威力は?」


 ひょろい眼鏡のおじさんが、にやつきながら駆け出し冒険者たちに尋ねる。


「オークなんて相手にならなかったよね?」


 太っているおじさんが、ハーハーと暑苦しい息を吐きながら言う。


「プスススススス。わたくしのクリスタルロッドさえあれば、ボスキャラさえも瞬殺だったはずです」


 ハゲているおじさんが、キランと眼鏡を光らせて恩着せがましい言い方をしてきた。


「三人とも、喋り方がキモイです」


 清音は生ゴミでも見るような目でおじさんたちを睨んでいる。いや、まぁキモイけれども、そんな目で見るほどキモくはないよ。


「あれはまちがいなく重度のオタクだな」


 輝美が確信を持って言い切る。喋り方からして、そう考えていいだろう。

 リーダーらしきひょろいおじさんは前に出ると、冒険者たちに歩み寄った。


「それでは拙者たちのクリスタルロッドを返してもらうでござるよ。もちろんレンタル料のほうもいただくでござる」


 逆らえばどうなるかわかっているな、というニュアンスを最強装備を身につけた三人のおじさんたちは言外に伝えてくる。

 その威圧感に鼻白むと、駆け出し冒険者たちは渋ることなくクリスタルロッドをハゲたおじさんに返した。

 そしてレンタル料……オークたちを倒して得た何枚かの金貨も手渡す。


「しかと受けとったでござる。また使いたくなったらいつでも声をかけるでござるよ。特別に三割引で貸し与えるでござるから」


 金銭の受け取りが終了すると、おじさんたちと駆け出し冒険者たちは別々の道に分かれて歩いていった。


「今のって……」

「金銭で武器の貸し借りをやっているみたいだな」


 輝美はぶっちょう面になってつぶやく。感心できることではないみたいだ。


「で、どうするの? 追跡対象が二組にわかれちゃったけど」

「両方とも尾行するしかないだろ。わたしと和貴で、駆け出し冒険者のほうに話を聞いてみる。ユウと清音とレイナはオタクどもを頼む。くれぐれも下手なまねはするなよ」


 戦っても勝てそうにないからな、と輝美は小声で付け足した。やはり輝美でも、あれだけの装備をそろえた相手には手も足も出ないみたいだ。


「任せてください、わたしは慎重な女ですから」


 一番軽薄そうなレイナが拳を握って快活な笑みを浮かべる。不安だ。


「頼んだぞ、ユウ、清音」

「うん」「わかりました」

「え? あれ? ねぇ、輝美さん、わたしは? わたしのことは頼りにしてくれないんですか?」

「当たり前だろ」


 きっぱりと戦力外通告を受けると、レイナはガーンとショックを受けていた。ショックを受けたあとに、嬉しそうに口元をほころばせていた。こんなエルフは頼りにしないよ。

 輝美と和貴が駆け出し冒険者たちを追いかけると、ぼくと清音とレイナはおじさんたちを追いかける。

 目立つ装備をつけているので、路地裏を出たらすぐに発見できた。おじさんたちは雑談をかわしながら酒場に入っていく。ぼくらも酒場に入ると、おじさんたちが陣取っているテーブルの近くに腰を降ろした。


「いやはや、やはりチート武器というものは誰しも使いたがるものでござるな」


 おじさんたちは、武器の貸し借りについての話をしていた。

 どうやらさっきの駆け出し冒険者たちだけでなく、他の冒険者にも武器を貸し与えているみたいだ。相手によって黄金の剣や、虹色の両手剣、クリスタルロッドと貸す武器を変えている。

 レンタル料は貸すときの前金と、返してもらうときの後金に分けてもらっているらしい。借りパクや料金の未払いを防ぐために、冒険者たちと会うときは他二つの最強武器と最強防具で身を固めていくそうだ。

 これで決まりだな。このおじさんたちが元凶と見てまちがいない。異世界フィーラルがヌルゲーと言われるようになって、客足が遠ざかっているのは、このおじさんたちのせいだ。

 ぼくらやギルド職員、魔物たちが懸命に働いて、ようやく伸ばした集客率を台無しにしてくれた。煮えたぎるような熱い怒りがこみあげてくるが、輝美に釘を刺されているのでこらえる。

 聞き耳を立て続けていると、三人のおじさんたちの名前もわかった。

 リーダーのひょろい眼鏡の人がヨシキ。時代劇や時代小説をこよなく愛する戦国武将オタクで、自分の前世は侍だったという設定を忠実に守っている。だから拙者やござる口調を使っているんだ。

 太った眼鏡の人がキサラギ。アニメやゲームや漫画が大好きな典型的な二次元オタクで、二次元キャラを本気で愛している。ある意味、ルイシスと通ずるところがある。

 ハゲている眼鏡の人はタクマ。重度のネットゲーマーで、異世界フィーラルを訪れるようになったのも、この人がホームページを見かけたのがきっかけらしい。

 おじさんたちの情報が耳に入ると、清音は手にした木製コップをぎゅっと握りしめる。


「ヨシキ、キサラギ、タクマって……ぜんぜん外見と名前が一致してませんね。そんなヴィジュアル系バンドのメンバーみたいな名前を使っていいのはイケメンだけです。彼らはガリ、デブ、ハゲに改名すべきです」

「それだと名前と外見が一致しすぎちゃうよ」


 というか清音がキレるところはそこなんだ。

 おじさんたちは軽く飲み食いをすると酒場から出て行った。ぼくらも店を出ようとしたが、レイナが「あと一杯、あと一杯だけお願いします」と酒を飲もうとしたので、清音が杖で殴ってテーブルから引っぺがした。

 酒場から出たおじさんたちは、さっきとは別の路地裏に入っていく。ぼくらはばれないように距離をあけながら尾行する。


「次の客とはここで待ち合わせでござったな」


 ヨシキが「次の客」と言った。次の客というのはつまり……さっきの駆け出し冒険者たちとは違う冒険者を指している。

 あのおじさんたちは何人もの冒険者に強力な武器を貸して、ステージやダンジョン、クエストを楽勝にクリアさせている。そんなやり方でクリアしたところで達成感はない。一時的に浮かれたりするけど、自らの実力で成し遂げたわけじゃないのでその熱はすぐに冷めてしまう。あの駆け出し冒険者たちのように……。

 その結果、ヌルゲーという感想だけが残ってしまい、冒険者たちは異世界フィーラルの本来のおもしろさを知ることなく去っていく。

 一人が去れば二人、三人とその規模はふくらんでいく。客足が遠ざかっているのは、そいうことだ。

 ゲームでもチート武器を使っているときは爽快で楽しいけれど、そのぶんあきるのが早まる。ゲームそのものの純粋なおもしろさを損なってしまう。それと同じで、あのおじさんたちの行為は異世界フィーラルのおもしろさを貶めていた。

 小説もそうだ。ぼくは輝美から「おもしろい」の一言を引き出すのに、三年以上の時間と労力を費やした。何度も何度も書いては「つまらない」と言われ続けた。そしてようやく聞けた「おもしろい」の一言に、ぼくは筆舌に尽くしがたい達成感を覚えたんだ。もしも最初から輝美を満足させるような作品が書けていたら、あの達成感は味わえなかった。

 苦労したから、挫折したから、がんばったから、地道に一歩一歩進んでいってそこにたどりついたから、自分をほめることができた。一足飛びでゴールしても、心に何かが生まれることはない。

 おじさんたちは、そのことに気づいていない。自分たちだけでなく、他の冒険者にも異世界をつまらなく感じさせていることに。

 ぼくはそれが悲しい。よりにもよって異世界を楽しんでもらうはずの冒険者が、その異世界をつまらなくしていることが。

 その行為をあのおじさんたちは悪意があるわけでもなく繰り返している。そして今からまた繰り返そうとしている。ぼくらの目の前で。

 歯がゆいけど、こらえなきゃいけない。出て行ったところで、最強装備で身を固めているおじさんたちを捕らえる術はない。だからこらえるんだ。こらえろ。

 くそっ。こんなにも自分の力なさをもどかしく感じたことはない。ぼくにもっと力があれば止められるのに。


「あなたたち! そんなことが許されると思っているんですか!」


 ……おかしいな。ぼくは必死にこらえようとしていたのに、なんか別の人が先に出ていっちゃったぞ。


「どうしましょう、ユウ先輩。あのエルフ、勝手に出ていっちゃいましたよ? 止める間もなく出ていっちゃいましたよ?」


 怒りに身を任せて飛び出したレイナは、犯人を名指しする名探偵よろしくおじさんたちをビシッと指差す。おじさんたちは「なんだこいつ?」みたいな困惑顔になっている。


「どうします、ユウ先輩。あのエルフは見捨てて、わたしたちだけ帰ります?」

「いや、それはかわいそうだから」


 あんなエルフだけど、ぼくはレイナのことを仲間だと思っている。仲間を見捨てていくことはできない。それにレイナが怒って飛び出してくれたおかげで、胸にたまっていた鬱憤が晴れた。

 ぼくと清音はそっと出ていくと、レイナの隣に並び立つ。人数が増えたことに、おじさんたちはますます顔色を曇らせた。


「なにやら気に食わぬことがあるようでござるが、拙者たちはお主らに無礼を働いた覚えはないでござるよ」

「十分無礼を働いてますよ! わたしたちにも他の冒険者にもね! 他人に武器を貸して金銭を稼ぐなんて、そんなことがまかりとおると思っているんですか!」

「ぐっ……なぜそのことを?」


 後ろめたさはあったようで、ヨシキはたじろぐ。キサラギとタクマもわずかに肩をびくりとさせる。


「ふっふっふっ、なぜわたしたちがそのことを知っているかって? それはですね。あなたたちをび、ふぎゃん!」

「あなたたちが酒場で話しているのをたまたま耳にしたからです」


 尾行していたことをばらそうとしたレイナを杖で殴り、清音が代わりにそれらしいことを口にする。ナイスな当意即妙だ。

 おじさんたちは額から汗を流すと、顔を見合わせる。そして意思疎通をはかるようにうなづいた。


「他人に武器を貸して、金銭を稼いではいけないというルールはないでござる」

「そうそう。チート武器があるよって呼びかけたら、みんな喜んでゴールドを差し出してきたからね」

「プスススス。その通り。それにこれらの武具はわたくしたちが正当な手段で入手したもの。どう使おうが難癖をつけられるいわれはないのですよ」


 居直りやがった。いい歳したおっさんなのに居直りやがったよ。ルールとかじゃなくて、ぼくらが話しているのはモラルの問題なのに。


「この人たち、やっぱり喋り方がキモイですね」

「キモイっていうより、ぼくはこわいよ」


 ロールプレイみたいなものでキャラづけしているんだろうけど、おじさんがそれを実際にやっているのを目にすると、正直ぞっとする。

 いや、それよりもタクマって人が気になることを言っていた。


「正当な手段で入手したっていうのは、どういうことですか?」

「どうもこうも言葉どおりの意味でござるよ。この剣や鎧は最初のステージ、コモレビの森で入手したものでござる」

「宝箱を開けたらなかに入ってたんだよね。ほんとぼくらって超ラッキー」

「しかも一ヶ所に密集した宝箱のなかに、ぜんぶ入っていましたからね」


 衝撃の事実に、ぼくは頭が真っ白になった。

 初っ端のステージに勇者の武具が入った宝箱があるとかありえない。というかそれらはぜんぶ冒険者ギルドで管理していたはずだ。どうしてコモレビの森の宝箱に入っているんだ?

 いや、待て。このおじさんたちの言うことを真に受けちゃいけない。なんたって武器を金銭で貸し与えている連中だ。虚言を吐いている可能性だってある。


「あっ、もしかして……」


 レイナがなにか思い出したように手を打った。


「レイナ、心当たりでもあるの?」

「い、いえいえ! なんでもないです! ほんとなんでもないですから!」


 どう見てもなんでもなくはない。だってレイナは忙しなく目を泳がせているからね。

 ぼくは清音に目配せする。清音はこくりと首を縦に振った。


「そこのダメエルフ。なにか知っているなら正直に吐いてください。ルイシスさんからもらった武具はどうしたんですか?」

「あっ……ちょっ、やめてください! そんなおっぱいをぎゅうぎゅうしないで! この感覚、久しぶりでぞくぞくしちゃいますぅ!」


 清音は牛の乳でもしぼるように、レイナのおっぱいを両手でもみしだく。レイナは顔を紅潮させると目尻に涙をためてイヤイヤとかぶりを振るう。本気で嫌がっているのかは探らないでおこう。

 その光景におじさんたちは、ごくりと喉を鳴らした。まぁエロイからね。男なら見入ってしまうよね。

 清音が両手をはなすと、レイナは扇情的な甘い吐息をもらしてあえいでいた。


「さぁ白状してください」


 うぅ、と涙をぬぐうとレイナはおじさんたちには聞かれないように、声をひそめて語りだした。


「実はその、けっこう前に宝箱に装備品を入れる仕事がありまして……その仕事をやるときにちょっとだけルイシスさんとお酒を飲んだんです。ほんとちょっとだけなんです。ちょっとだけのつもりだったんですけど……そのお酒がなかなか手に入らないフィーラルの果実をしぼって醸造したもので、まぁ美味しいのなんの。それで予想以上にお酒がすすんでしまいまして……」

「ぐでんぐでんに酩酊したわけですか?」

「イエス」


 イエスじゃねぇよ。

 清音は無言のまま、レイナの向こうズネをドスッと蹴った。ひゃん、とレイナは嬌声をあげる。


「それで、どうなったんですか?」

「そ、それでその……記憶はおぼろげなんですが、本来宝箱に入れるはずの装備品ではなくて、ルイシスさんからもらった装備を宝箱に入れたような気がします。あと、本当は宝箱をばらけて配置させるつもりだったんですけど、なにしろ酔っていましたからね。面倒になって、まとめて一ヶ所においちゃいましたよ」


 つまりなんだ、全てのはじまりは、このエルフが酔っ払ってミスをしたことにあるということか。


「ほんと、ろくなことをしないエルフですね。死ねばいいのに」

「ごめんなさい、ごめんなさい! わたしもそう思います! ろくなエルフじゃないですね、わたし!」


 レイナは祈るように両手を組み合わせてマジ泣きしながら謝罪してくる。


「清音さん。こんな愚かなエルフであるわたしをどうか罰してください! さぁ、好きなだけ胸をもんでメチャクチャにしてください! ほらほら、遠慮なんてしてないでやっちゃってください!」


 レイナは背中を反らしてたわわな二つの乳房を突き出してくるが……清音は完全無視だ。レイナを見ようともしない。


「ぐぅっ! し、視界にさえ入れてもらえないだなんて……そんな価値すらわたしにはないってことですね!」


 無視されることで快感を得ている。もうこのエルフやだな。


「レイナ、今度からは宝箱の中身を入れ間違えないように気をつけて」

「はっ、了解です」


 軍人のように敬礼してくる。本当に大丈夫なのかな?

 内輪での話を終えると、ぼくらはおじさんたちに向き直る。


「とにかく、あなたたちの行為は見過ごせません。それらの装備品を返してください」


 レイナは厳しい声音でおじさんたちを責め立てた。


「返す? なぜ拙者たちの装備をお主らに渡さねばならないでござるか? 正当な手段で手に入れたものにケチをつけられる筋合いはないでござるよ」


 悔しいけど、ヨシキの言い分は正しい。チート武器とはいえ、彼らは不正を働いて入手したわけじゃない。あの武具が彼らの手に渡ったのはこちらのミスだ。こちらていうかレイナのミスだ。

 レイナがギルド職員の関係者だと打ち明けて没収するという手段もあるが、それだと筋が通らない。こっちのミスなのに、権限を行使してお客から無理やり武器を取りあげるなんてあまりにも理不尽だ。そんなことをやったと他の冒険者たちに知られたら、せっかくあがったフィーラルの評判が下がってしまう。

 おじさんたちが正当な手段で装備を入手したのなら、やはりこっちも正当な手段で奪い返すしかない。


「こうなったら力ずくでねじ伏せるまでです。ウインドブレイド!」


 なんか強盗みたいなことを言って、レイナがいきなり魔術で攻撃をしかけた。冒険者ギルドの関係者とは思えない横暴な言動だが、思いつく手段はこれしかない。

 しかしレイナの右手から放たれた突風の刃はヨシキに直撃しても、傷一つつけられなかった。


「あ、あれ……? ウインドブレイド!」


 再び突風の刃を放つが、ヨシキは被弾しても微動だにせずそこに立っている。


「無駄でござるよ。この黄金の鎧にちんけな魔術攻撃は通じないでござる」

「そういうことだよ。もちろん魔術攻撃だけじゃなくて、剣を使った通常攻撃もきかないけどね」

「プスススス。この装備があるかぎり、わたくしたちは最強の冒険者なのですよ」


 勇者の防具だけあって、あらゆる攻撃がきかないようだ。輝美の予想どおり、戦闘では敵いそうにない。


「仕方ありませんね。できればこれは使いたくなかったんですが……奥の手です」


 レイナの目つきが変わる。いつもの情けなさは消えて、熟練のハンターのような精悍な表情に切り替わった。

 もしかして、ウインドブレイドを上まわる強力な魔術を使えるのか? それこそ、あの黄金の鎧を打ち破れるほどの魔術を。

 たのもしさすら感じさせるレイナはゆっくりと膝を折ると、両手を地面につき、そして……。


「ごめんなさい。許してください」


 頭を下げて地面にくっつけた。……土下座だ。エルフが土下座した。

 ぼくと清音は、ぽかんとする。

 キサラギたちは互いの顔を見合わせると、腐敗した貴族のようにニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。


「ずいぶんとまぁ虫がいい話でござるな。いちゃもんをつけておきながら、勝てないとわかるやいなや許しを請うとは」

「まったくだよ。ぼくらのピュアな心は傷ついたっていうのに」

「ですがわたくしたちは寛容。それなりの誠意を見せてもらえば、水に流しましょう」


 おぉ~とヨシキとキサラギはうなり、小さく拍手する。


「誠意? 誠意ってなにを……」


 恐る恐るレイナは伏せていた顔をあげる。

 三人の男は、ねっとりとしたいやらしい眼差しでレイナの豊かな乳房から細い胴回り、丸みを帯びたお尻と、熟れた肉体を余すところなくなめまわした。

 胸のあたりで不快感が生じる。傍目でもこれだけの嫌悪を感じるんだ。標的にされたレイナは、それこそ怖気がしているだろう。

 三人の男は鼻の穴をふくらませると、嗜虐的な笑みを口元に刻んで獣性をむき出しにしてきた。


「まさかリアルエルフとしっぽりむふふできる日がこようとは、夢にも思わなかったでござる」


 息づかいが荒くなる三人の男たちに、レイナはぞわりと身を震わせる。


「い、いやです! そんな、いけません! わたしの体は、わたしの体は、清音さんだけのものなんですからっ!」

「べつにいりませんけど?」

「えええええええええええええええ!」


 あっさりと見捨てられてレイナは愕然としていた。


「ぼくらは痛いことはしないよ。ちょっと気持ちよくサービスしてくれれば、それだけでいいからさ」


 キサラギは汗でしめった手を伸ばして、レイナの二の腕をつかんでくる。イモムシのような太い指が、蝕むように柔肌にからみつく。


「いやっ! ほ、ほんとうにやめてください! 触らないでください!」

「や、やわらかい。リアルエルフの二の腕、ぷにぷにしててやわらかい」

「イヤがる素振りが、たまらなくそそりますな」


 醜い虫の群れが体中にたかって素肌を侵してきたかのように、レイナの顔が真っ青なる。

 これは本格的にまずい。どうにかしないと。

 だけど正攻法で立ち向かったところで勝算はない。

 だったらどうする? どうするもなにも、やるしかない。

 正攻法以外で立ち向かうんだ。

 ぼくは人差し指で地面を指差して、隣にいる清音に目を伏せるように伝えた。指示どおりに清音が顔をうつむけると、魔術を発動させる。

 フラッシュ。まばゆい閃光が宙で弾けて、路地裏を明滅させる。


「ぐわっ! な、なにごとでござるかっ!」


 突然の目くらましにヨシキたちはどよめく。ぎゅっと目を閉じて、無闇やたらと両腕を振り回している。魔術攻撃はきかなくても、これは功を奏したみたいだ。

 でも視界を潰せるのは一時だけだ。すぐに目は見えるようになる。

 その前に、レイナを連れて逃げないと。


「目があああ! 目がああああああああああ!」


 そのレイナは、しっかりと目潰しをくらっていた。ここにいる誰よりもうるさい。


「しずかにしてください」

「あぐっ!」


 清音は杖でレイナの頭を叩いて黙らせると、手を引いて一緒に駆け出す。ぼくも二人に遅れて路地裏から逃げ出した。


「えっ? いまわたし手を引かれてます? 清音さんに手を引かれてますか? ど、どうしましょう、ときめいちゃいます!」


 ぱっと清音が手をはなすと、まだ視力か回復しきってないレイナは「ふぎゃん」とずっこけた。


「ユウ先輩。あとはおねがいします。わたしはそのエルフに触れたくないです」

「あっ、うん……」


 こういうときも清音は徹底して冷たい。

 ぼくは半べそをかいているレイナを立たせると、手を引いてなるべく路地裏から遠いところまで走った。




 冒険者ギルドのバックヤードに行くと、先に戻っていた輝美と和貴に、ぼくらが見聞きしたことを細大もらさず説明した。


「よし、そいつら裏に呼び出して締めよう」

「へっ、焼きを入れるのなら協力するぜ」


 二人とも古風なヤンキーみたいなことを言ってきた。もちろんそんなことはしないけど。

 輝美と和貴が追跡していた駆け出し冒険者たちの方は、特に問題は起こさなかったようだ。素行も悪いところはなく、武器のレンタルを持ちかけてきたのもヨシキたちかららしい。もしもヨシキたちが誘ってこなければ、真面目な冒険者として普通に異世界フィーラルを楽しんでいただろう。


「ユウたちのおかげで状況は把握できた。可及的すみやかに手を打たなきゃな」


 解決策として、輝美はギルド側で新しいルールを設けて冒険者たちに公布することにした。

 その新ルールとは、金銭による私的な武器の貸し借りを禁ずるというものだ。違反が判明した場合は、ペナルティーとしてその者の冒険者の紋章を剥奪し、再発行もできないようにする。つまり異世界から追放されるということだ。

 これでヨシキたちは、武器を貸し与えてゴールドを稼ぐことができなくなった。まさか無償で他人に武器を貸したりはしないはずだ。

 でもこの措置は、ルイシスの武器が他の冒険者の手に渡るのを防いだだけであって、ヨシキたちから武器をとり返したわけじゃない。根本的な解決にはなっていなかった。

 これもそれも宝箱の中身を入れ間違えたレイナが原因だ。そのレイナにも、きちんと罰が下された。ギルドでの労働をこれまで以上に課して、しばらくは酒を絶つことを強引に誓わさせた。


「お酒はぁ! お酒はわたしの生き甲斐なんですっ!」


 と泣きついてきたけど、あっさりと却下された。



     ◇



 新ルールを設けたことで最強武器が貸し与えられることはなくなったが、他の冒険者たちは白けきっている。というのもヨシキたちがステージやダンジョン、クエストなどを意図もたやすく攻略しまくっているからだ。もう完全に独走状態になっている。ずば抜けた武具を使ってチートで進んでいるようなものなので、やはりみんなヨシキたちが活躍するのは見てておもしろくない。

 そのヨシキたちは、ツイッターでいかに異世界フィーラルを容易に攻略できたかをつぶやいていた。魔物弱すぎ、ゲームよりも楽勝、一人でもクリアできる、とバカにしまくっている。それにキレた清音が反撃のリプライをしていたみたいだ。

 客足は回復していない。やはり一度離れた客はそう簡単には戻ってきてくれなかった。ヨシキたちの独走が続くかぎり、客足が安定することはないだろう。むしろこれからも減りつづけていく。

 ゲートは……かなり薄まっている。リニューアルする前の状態になりかけていた。

 このままだと現実世界の人々の想いが弱くなり、ゲートが閉じてしまう。そうなれば異世界フィーラルは消滅する。そんな最悪の未来が背後から迫りつつあった。

 ぼくにとって、異世界フィーラルが消滅するのはもう他人事ではない。レイナやイリーシャさん、ゴブリンやオークたち、ルイシスに佐田さん、女神エリアル様、フィーラルが消滅するということは、この異世界で出会った人たちの死を意味する。

 そんなの……見過ごせない。この異世界で出会った人たちには、これからも生きててほしい。

 それにせっかくここまでがんばってきたんだ。諦めたくはない。こんなところで終わらせちゃいけない。

 この異世界は、ぼくにとって思い入れのある場所になった。存続してほしいと、ぼく自身が強く想っている。それだけ深く関わってきたんだ。


「輝美。ぼくはもっと、現実世界の人たちにファンタジーのおもしろさを伝えたいよ」


 ぼくが胸の内を述懐すると、輝美は待っていたとばかりに薄紅色の唇を曲げて微笑んだ。


「そうだな。そうこなくっちゃな」


 おもしろいことと巡りあったように、輝美の瞳に光が灯る。輝美も諦めるつもりなんてさらさらないようだ。


「へっ、障害があればあるほど燃えるぜ」

「あのおじさんたちは気に食わないので、灸を据えてあげます」

「清音さん、わたしのために……」

「あなたのためじゃありません」


 清音が真顔で返すと、レイナはナイフでグサリとやられたように胸を押さえるが……なぜかうれしそうに笑っている。スルーしよう。

 なんにしても、このままヨシキたちの独走を許しておくわけにはいかない。放置すれば、また別の抜け道を見つけて、よからぬことを仕出かす可能性だってある。

 身につけていた武具を全て取り返さないかぎり解決ではない。


「レイナ、冒険者が意図して冒険者を攻撃するのは違反行為だが、今回は特例として見逃すようにギルド職員に伝えておいてくれ。もちろん見逃すのはわたしたちだけじゃなくて、あのオタクたちもだ」

「今回ばかりはしょうがないですね。でも、そうするとはやはりあの人たちと刃を交えるんですか? 勝算があるとは思えませんが」

「そこは自力でどうにかするしかないな」

「例え勝算がないとしてもな、やらなきゃいけない戦いってもんがあんだよ」


 和貴が熱臭いことを言ってきたが、誰のレスポンスもなかった。


「んで、あのオタクどもに対抗するために少しでも勝率をあげておきたいんだが、みんななにか良い案はないか?」


 ルイシスからもらった装備は他に残ってないのか尋ねてみたが、威力や耐久性が高いのは一つもないみたいだ。あるとしても幻王の牙のような、武器としてはあまり役に立たないものばかりだ。

 勇者がだめなら魔王である佐田さんから強力な装備をかりればいいのではという意見も出たが、魔王の装備は暗黒神ゴルフィスの加護が宿っており、悪魔やアンデッド以外の種族が装備したら呪われてしまうのでダメみたいだ。

 オメガカイザーの封印をまた解けばいいという案もあったが、英雄王は再封印したことを根に持っているようで、もう清音が呼びかけても応えてはくれない。そもそも清音はあんな恥ずかしい格好は二度としたくないと頑なに拒んできた。

 ぼくのジ・エンドもヨシキたちの鎧に防がれるそうなので用を成さない。てか、もうあれは二度と使わない。

 ルイシスや佐田さんに協力してもらえばヨシキたちを倒せるのではと清音が言ったが、クエストのサポートキャラとして表舞台で活躍している勇者と魔王が一般の冒険者に勝負を挑んで武具を奪うなんてことはできるはずがない。冒険者ギルドの関係者だとみんなにバレている時点で、あの二人の助力は望めなかった。

 いくら話し合っても、なかなか妙案は出てこない。


「しょうがない。成功するかどうかはわからないが、あの作戦でいくか」

「輝美、なにか策があるの?」

「ん? まぁな」


 輝美は思わせぶりな微笑をつくると、和貴を一瞥した。まったく勝機がない、というわけではないようだ。


「オタクどもの動向はどうなっているんだ? 監視に妖精をつけているんだろ?」

「はい。フェアリーからの報告によれば、来週の休日にグーリマン伯爵の遺跡に向かう予定だそうです」


 その遺跡はジェネイラの南方にあるそうだ。今は亡きグーリマン伯爵という錬金術師が造った建物らしい。なんでもエンシェントナイトゴーレムという伯爵の思念が宿った武器が封印されているとか。

 英雄王グオルグと設定が似ているので、あまり良い予感はしない。まともな武器ではなさそうだ。

 ヨシキたちは、その強力なゴーレムを手に入れるつもりだ。

 ルイシスの武具を身につけているだけでも厄介なのに、その上さらに伝説級の武器を手にされたら始末に負えない。なんとしてでも阻止しないと。


「ところでレイナ、新しくオープンする予定のステージはどうなっている?」

「災厄の要塞のことですか? 特に問題はないですよ」

「なに、その物騒な名前の要塞?」

「かつて高名な魔術師がトラップを仕掛けまくった要塞です。そのトラップは現在も機能しているので、危険きわまりない場所になっています。とりわけ危ないのが、対象を狂乱状態にするトラップですね。理性を失って暴れるさせるのに加えて、戦闘能力も強化されますから、いわゆるバーサーカーってやつになっちゃいます」

「バーサーカーだと?」


 和貴の中二アンテナがびんびんに反応している。そのトラップに興味があるみたいだ。ただでさえ剛腕な和貴がバーサーカーになったら収拾がつかなくなる。無闇に手出しはしないでほしい。


「そっちのステージをオープンさせる前に、オタクどもを片づけないとな」


 輝美は遊園地に出かける前の子供のように口元をほころばせる。早くヨシキたちと戦いたくてうずうずしているみたいだ。

 こんな逆境まで楽しめるなんて、常識外れというかなんというか、人間としての器が大きい。



     ◇



 ヨシキたちが行動を開始する休日になると、ぼくらは早朝から異世界に渡り、馬車を駆ってグーリマン伯爵の遺跡に先回りした。

 白亜の遺跡は、ネットの画像で見たことのある古代ローマ宮殿を彷彿とさせる外観だ。入り口には二つの石柱が並び立ち、五メートルほどの巨大な石碑が置かれている。石碑の表面には異世界の言語が掘られていた。冒険者の紋章の機能によって、その言語を読解することができる。


『我を讃えよ。そして汝らの絆を示せ』


 石碑にはそう刻まれていた。どうやらグーリマン伯爵の残した言葉みたいだ。


「レイナ、生前のグーリマン伯爵ってどんな人物だったの?」

「貴族なので生家はお金持ちでしたけど、多くの女性に告白してはフラれまくっていたそうです。あまりにモテないので人間不信に陥り、最終的には引きこもって錬金術の研究に没頭したとか。言い伝えによると、ちょっと女性にほめられただけでころっといっちゃうチョロい男性だったみたいですね」


 予想どおりの残念な伯爵だった。石碑に彫られている我を讃えよとは女性にモテたい願望の表れなのか? どちらにしても、これ以上はこの伯爵の話を聞きたくない。


「なるほど、典型的な引きオタが造った遺跡ですね。あのおじさんたちの墓場には持って来いです」

「清音、ぼくらはべつに彼らを殺して埋めるわけじゃないよ」


 一応なだめておくが、清音はやる気まんまんだ。やるという字は「殺す」と書いての殺るだ。つまり殺る気まんまんだ。ヨシキたちにかなり腹を立てているようだ。

 レイナを先頭において、ぼくらは遺跡内に踏み込む。通路にはたくさんの埃がたまっていたが、魔物の類は住み着いていないようで森閑としていた。ここもステージとして使えるな、と輝美は内部を見回しながら口ずさむ。

 構造は単調なので、迷うことなく遺跡の最奥である広間に到着する。広間の奥には平凡な顔立ちをした男性の石像が立っていた。あれがグーリマン伯爵か。


「普通の顔だな。こりゃモテないな」

「モテたとしても、それはこの人の魅力じゃなくてお金目当てでしょうね」


 伯爵が死んでいるからって、輝美も清音も言いたい放題だ。

 レイナの話によると、エンシェントナイトゴーレムはあの石像に封印されているらしい。それならヨシキたちは必ずここにやってくるはずだ。

 ぼくらは時間を潰しながら待ち伏せる。途中でレイナが不用意に石像に触れようとしたが、清音が杖で殴って止めた。殴られたレイナは、なぜかフヘヘヘと笑っている。きもちわるい。

 そして正午を過ぎた頃、三人分の足音が広間に近づいてきた。言うまでもなく、やってきたのは最強装備に身をつつんだヨシキたちだ。

 ヨシキたちは遺跡の最奥に先回りしていたぼくらを見ると、目を丸くした。


「やや、そこにいるのはあのときの少年と少女、それにエルフではござらぬか」

「もしかしてぼくたちがこの遺跡に来るのを聞きつけて待っていたのかい? やれやれ、追いかけまわされるのはトッププレイヤーのサガだね」

「わたくしたちは忙しいのです。この遺跡に封印されている強力な武器を入手しなくてはいけませんのでね」


 きみたちにかまっているヒマはないんだよ、と眼鏡をかけた三人のおじさんたちが見下してくる。


「こうやって直に言葉をかけられると、ほんと喋り方がキモくてイラッとくるな」

「でしょ?」


 輝美と清音はどうでもいいことに引っかかっていた。

 気を取り直すように輝美は首を傾けて骨を鳴らすと、前に出てヨシキたちを睨みつける。


「今日はおまえらに、決闘を申し込みにきた」

「決闘?」


 三人のおじさんたちは声をハモらせて疑問をいだく。


「そうだ。冒険者ギルドにかけあって許可はもらっている。決闘という形式だから、互いを攻撃しても違反行為にはならない」


 自分たちがギルドの関係者であることは伏せて、輝美は話を進める。


「で、もしも決闘でわたしたちが勝ったら、おまえたちが身につけている装備を全ていただく。わたしたちが敗れたときは、わたしの持つ魔剣をくれてやるよ」


 輝美の持つ魔剣とは、アクスレインのことだ。輝美はアクスレインを賭けて、この決闘に臨もうとしている。


「輝美、本当にいいの? あれってかなり貴重な武器だよ?」

「こっちだって相応のものを出さないと、あいつらは納得してくれないだろ」


 輝美は本気だ。負けたら本気でアクスレインを手放すつもりでいる。それほどの覚悟を固めていた。


「どうだ?」


 輝美の提案に、ヨシキたちは顔を寄せると小声でなにかをささやきあう。しばらくすると答えが出たようで、三人を代表してヨシキが口を開いた。


「その申し出は聞き入れられないでござる。そちらが差し出すのは魔剣一本に対し、こちらは剣だけでなく杖や鎧やローブも差し出すでござる。どう考えてもリスクとリターンの釣り合いがとれてないでござるよ」


 新しい魔剣を手に入れるよりも、いま身につけている装備を失うことのほうが怖いようだ。それに得るものよりも失うもののほうが大きすぎて、賭けとして成立してないのは事実だった。

 輝美はその返答を予想していたのか、事もなげな口振りで提示物を増やす。


「そうか。じゃあわたしたちが負けたら、そこのエルフをやるよ。勝ったらおまえらの好きにしていい」

「うえっ?」


 まさかの展開に、レイナは目をしばたたかせる。


「なんと!」

「あのリアルエルフをぼくたちのものに……!」

「好きにしていいということは、どんなことをしても許されるということですね」


 おじさんたちは悪魔のような笑みを浮かべると、だらりと口からよだれをしたたらせる。太っているキサラギなんか、興奮のあまり眼鏡のレンズが曇っていた。


「いいでござろう。それなら喜んで受けるでござるよ」


 レイナを物にできると知るやいなや、俄然ヨシキたちは乗り気になる。


「えっ……ちょっ、輝美さん! なんかわたしの知らないところで、わたしの運命が決まっちゃったんですけど! マジですか! これってマジですか! 冗談とかじゃないんですか!」

「そもそも今回の件はおまえが原因だろ。少しは責任をとれ。それに、勝てば何も問題はない」

「負けたら負けたで、厄介払いができますしね」

「ひどい! 清音さん、わたしを捨てるつもりですか! もうわたしの体にはあきたんですか! あんなにわたしをもてあそんで調教しておきながら、あきたらポイしちゃうんですか!」


 ぴーぴーとヒヨコみたいに泣き叫ぶレイナを、清音はうざったそうに睥睨する。本気でいらない子だと思っているみたいだ。


「心配するな。ちゃんと策は考えてある。……たぶん」

「たぶんってなんですか、たぶんって! そこは絶対だと断言してください!」

「あ~、うん。絶対絶対」


 輝美はすごくテキトーに絶対という言葉を繰り返すと、泣きついてくるレイナの顔をむぎゅっと手で押して脇にどけた。


「そんじゃあ、始めるとするか」


 戦闘の開始を告げるように、輝美は腰のロングソードを抜剣する。和貴も背負っているバスタードソードを抜く。ぼくと清音は杖を構える。レイナは……まだ泣いていた。


「プスススススス。魔物ではなく人間との戦いというのも一興ですね」


 タクマはクリスタルロッドを向けてくると、その先端から火炎放射器の威力を何倍にもふくれあがらせたような炎の塊を噴出させてきた。ロッドの力で強化されたファイアーボールだ。


「全員散開しろ」


 輝美の指示に呼応するように、ぼくらは走ってばらける。

 爆音が炸裂すると、焦げ臭い風が吹きすさぶ。さっきまでぼくらが立っていた場所は黒ずみ、地面から濛々と煙があがっていた。事前にファイアーボールの強化版を見ていなかったら、驚きのあまり足がすくんで動けていなかっただろう。


「ユウ、あのハゲにミラージュを」


 ハゲって、呼び方がひどいがそこはいちいちツッコまずにぼくは魔術を発動させる。杖から光が放たれてタクマに飛んでいく。タクマはよける素振りすら見せずに、あえてミラージュを受けてみせた。

 効果は……ない。幻影を見ることなく、タクマは平然としている。


「プススススス。無駄ですよ。わたくしの羽織るこの紅蓮のローブには状態異常の魔術などききませんからね」


 左手で眼鏡のブリッジをあげると、肩を揺らして嘲笑してくる。ぼくの魔術は通じないみたいだ。


「清音、わたしと和貴にゴスペルだ」

「了解しました」


 清音はゴスペルを二回連続で発動する。輝美と和貴が橙色の光につつまれて、身体能力が強化された。

 前回はあれだけ和貴にゴスペルをかけるのを渋っていたのに、輝美の命令だとこうもすんなりかけるんだ。


「へっ、キヨキヨの愛が俺を強くするぜ」

「愛なんてありませんよ」


 清音はなんの感情もない平板な声で否定する。少しくらい和貴を愛してやってほしい。


「和貴はデブをやれ。わたしはあのムカつくござる野郎をやる」

「おう、任せときな」


 和貴はバスタードソードをキサラギに向けて睨み据える。


「レイナ。魔術攻撃をデブに当てろ」

「わかりました。ウインドブレイド」


 輝美の指示が飛ぶと、レイナは右手から突風の刃を放つ。ウインドブレイドはキサラギに被弾するが、銀色の鎧で守られているためダメージはまったくない。


「ぷっふふふ、そんなのきかないよ」


 キサラギはたるんだ頬を揺らして嘲笑してくるが、意味はある。わずかだが気をそらすことができた。その隙にバスタードソードを握りしめた和貴が突っ込んでいく。


「オラアアアアアアアア! くらいやがれええええええええええ!」


 全身を使って弧を描くように、和貴はバスタードソードを大上段から振り下ろす。

 金属音が響いた。キサラギは虹色の両手剣でしっかりとバスタードソードを受け止める。


「そんなしょぼい装備でぼくに勝とうだなんて、片腹痛いね」

「おまえはなんもわかっちゃいねぇな! 勝負ってのはな! 装備の優劣で決まるわけじゃねぇんだよ! もっと大事なもんがあんだろうが!」

「もっと大事なもの?」


 キサラギは怪訝そうに眉間をひそめる。

 和貴が言う大事なもの。それは……。


「筋肉だよ! 勝負は筋肉の量で決まるんだ! 覚えときな!」


 それはつまり、単純なパワーの多寡で勝負は決すると言っているようなものだ。他の人はどうかわからないけど、きっと和貴にとっては大事なことなんだろう。

 キサラギは釈然としない面持ちでフンッと鼻息を吹くと、なんと和貴を押し返した。怪力の持ち主である和貴をはねのけるなんて、どうなっているんだ?


「気をつけてください、和貴さん。そこのデブさんは鎧の恩恵によって身体能力が向上しています。スピードもパワーも、オーク以上にあるはずです」


 ぼくの疑問を解消させるように、レイナが警告をうながした。

 それで和貴の素早い攻撃を受け止める反射神経や、押し返せるだけの腕力があったのか。ということはキサラギだけでなく、黄金の鎧をまとっているヨシキも身体能力が向上していると見ていい。

 あとこれはどうでもいいことだが、キサラギの呼び名がデブに定着しつつあった。


「鎧の力で強くなっていようがいまいが関係ないぜ。俺は最強だからな。どんなヤツが相手だろうと負けねぇ」


 和貴は再び突撃すると、矢継ぎ早に斬撃を叩き込む。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!」


 和貴の雄叫びとともにバスタードソードが宙を乱舞するが、キサラギの迅速な剣さばきによって防がれてしまう。このままでは埒が明かないと判断したのか、和貴はスキルを使用した。


「くらえ! 爆烈破!」


 繰り出される強烈な一撃を、キサラギは虹色の両手剣で受けたが、太った図体ごと後退を強いられる。


「からのぉ、剛竜天翔ぉぉぉぉぉぉぉ!」


 コンボだ。スキルとスキルをつなげるコンボを、和貴はやってのけた。

 それはいいのだが、キサラギはひょいと左に跳んでよけていた。和貴は一人で高く飛びあがり、ゴンッと天井にぶつかった。頭から血を流して地面に着地する。


「どうだ!」

「どうだもなにも、みんな引いてますが?」


 清音の言うとおり、ヨシキたちは引いていた。スキルを使って自分にダメージをくらわせる戦士なんて初めて見たんだろう。ぼくも和貴以外にそんな戦士は知らない。


「清音、とりあえず和貴にヒールをかけてあげて。血が止まらないみたいだから」

「そのことなんですけどね、ユウ先輩。和貴先輩が戦闘で血まみれになるのって、いつものことじゃないですか?」

「まぁ……そうだね」


 戦闘をしたら、たいてい和貴は血まみれになる。敵の攻撃ではなくて、自分や味方の攻撃によって血まみれになる。


「ですので、わたしもいつもどおり和貴先輩を回復しないでおこうと思います」

「いや、なに言ってるの?」


 ほんとなに言ってるの、この子? どういう理屈でそうなったの?

 清音は和貴を治療しようとせずに放置する。この行動にヨシキたちは引いていた。負傷した仲間を回復しない聖術師を初めて見たんだろう。ぼくも清音以外にそんな聖術師は知らない。


「さて、わたしの魔剣を呼ぶとするか」


 輝美はロングソードを左手に持ち返ると、右手を虚空に伸ばす。


「こい、えっと……」

「アクスレインね」

「そう、アクアク」


 いいかげん名前を覚えてほしい。というかもう輝美は覚えるつもりがないな。


「くっ、あいつがきやがるのか……」


 和貴はバスタードソードを構える。前回みたく刺されないように周囲を警戒して睨めまわす。仲間の魔剣にまで注意を払わなきゃいけないなんて、どんだけ和貴の敵は多いんだ。

 それにしても静かだ。風切り音がしない。本当に向かってきているのか? いや、とつぜん壁を突き破ってくるかもしれない。

 そう思った瞬間、ピキッと音がした。音源は……和貴の足下だ。

 白亜の地面を突き破り、真下からいきなりアクスレインが飛び出してくると、ざっくりと青い魔剣が和貴の腹部をつらぬいた。

 ごはっ、と和貴は吐血する。


「はははっ、やるじゃねぇか。まさか足下から攻めてくるなんてな。見直したぜ」


 見直したんだ……。というか、なぜ和貴ばかりがあんなに魔剣に刺されるんだ? 


「和貴先輩、よっぽどあの魔剣から嫌われているんでしょうね」


 魔剣に意識があるかどうかは知らないけど、清音の言葉には妙な説得力があった。


「和貴、いいからさっさとそれよこせ」


 輝美は小遣いをねだる子供みたいに右手を出してせっついてくる。和貴を刺しても良心の呵責はないらしい。


「あいよ」


 和貴は左手で腹に刺さっている魔剣の柄をつかむと、一気に引き抜いた。「ぐわあああああああああ!」と和貴の絶叫と血潮がほとばしる。いつ見ても痛々しい光景だ。これを見慣れることはこの先もないだろう。

 和貴が魔剣を投げ渡すと、魔剣は見えない糸に引っぱれるように柄のほうからぴったりと輝美の右手のなかにおさまった。

 輝美は魔剣を空振りして付着した血をぬぐう。


「むむっ、それがお主の魔剣か……」

「そうだ。おまえらみたいに偶然入手したんじゃなくて、ちゃんと使い手として選ばれて入手した魔剣だ。ま、別にほしくはなかったけどな」


 自嘲気味に笑うと、輝美は右手のアクスレインと、左手のロングソードを構える。


「輝美、二刀流は……」


 使いづらくてできなかったはずじゃあ……。

 しかし輝美は、昂然とした笑みを見せた。


「ユウ、あれからわたしがなにもしてないとでも思っているのか? わたしだって日進月歩しているんだ」


 ということはまさか……二本同時に剣を使えるようになったのか? だとしたら輝美の攻撃力はこれまでの二倍になる。

 たらりとヨシキの頬を一筋の汗が流れた。二刀流となった輝美と向き合って、緊張しているみたいだ。


「いくぞ」


 輝美は一瞬で間合いをつめると、左右の剣を交互に打ち込む。


「ぬわっと!」


 繰り出される二連撃を、ヨシキは黄金の剣でさばき、すかさず跳びしさった。


「拙者の前世である侍の魂がたぎっているでござるよ。まさか現世でこれほどの武人と立ち会えるとは、感激のいたりでござる」


 あくまで前世が侍というイタイ設定を崩さずに戦闘を続けてくる。このヨシキって人、ひょっとしたら和貴と馬が合うかもしれない。中二的な意味で。

 フッと輝美はシニカルに微笑むと小さな呼気を一つ吐いた。かしゃりと左手のロングソードを鞘におさめる。


「……輝美。もしかして……」


 そうであってくれるなと念じながら、問いかけてみる。


「勢いに乗ればできるかなって思ったけど、やっぱこれムズいな。使いにくいったらありゃしない。ぶっちゃけあれから二刀流の練習とか一度もしてないし、できるわけないな」

「さっきなにもしてないとでも思っているのかって言ってたけど……本当になにもしてなかったんだね」


 ここはちゃんとできなきゃいけない場面だ。アニメや漫画の主人公なら、ちゃんとここで決めている。


「な、なんだよ、その目は? わたしだって忙しかったんだ。練習するヒマなんてなかったんだ。褒められはしても、責められるいわれはないぞ」

「そうですよ。輝美先輩がどれだけ身を粉にしてがんばっていたか、知らないユウ先輩じゃないでしょ? なんで輝美先輩のことをわかってあげようとしないんですか? なんで輝美先輩の気持ちを察してあげられないんですか? ユウ先輩は察してあげないとダメじゃないですか」


 輝美が多忙だったのはわかるけど……なぜぼくが咎められているんだ?


「そうだぜ、ユウ。輝美はなにも悪くない。悪いのは……俺だ。俺がぜんぶ悪いんだ」

「いや、和貴はなんも関係ないから」


 偽悪的なヒーローを気取りたいのか、和貴は脈絡もなく口をはさんできた。


「ていうか清音。いいかげん和貴にヒールをかけてあげて。さっきからずっとお腹から血がドバドバ出っぱなしだよ。なんか壊れた蛇口みたいになってるよ」

「今はそんなことどうでもいいです」

「よくないよ! そんなことってひどいから!」

「いいんだ、ユウ。悪いのは……俺だ。俺なんだからよ」


 まだ偽悪的なヒーローに浸っていたいらしく、和貴はニヒルな笑みを浮かべて回復を拒む。こんなことをしてたら、そのうちまた死にそうだ。


「ま、こんなひょろいオタク、魔剣一本で十分だけどな」


 輝美は二刀流をやめたのをごまかすように気丈に振る舞ってみせると、魔剣の平に手をかざした。


「夢幻剣」


 アクスレインの剣身を青い光がおおう。光は刃となって魔剣のリーチを長くした。

 なんと、とヨシキたちは驚愕する。


「へっ、コジロウササキスタイルだな」

「……敵よりも、まず先に和貴を斬りたくなってきたぞ」


 輝美はムカッときたみたいだ。どうかこらえてほしい。血みどろになっている今の和貴を斬ったら、トドメになっちゃうから。


「レイナ。魔術攻撃を撃て」

「はい」


 レイナは右手をヨシキにむけて、ウインドブレイドを放つ。同時に輝美も駆け出した。


「そんなのきかないでござるよ」


 黄金の剣を軽く一振りして、飛んできたウインドブレイドを打ち消す。その直後には、輝美はヨシキを魔剣の間合いに捕らえていた。


「先日アクアクから習得した新スキル、とくと味わえ。光魔乱舞こうまらんぶげき!」


 輝美はリーチが伸びた魔剣を叩きつける。ヨシキは長い刃におののきつつも、黄金の剣を構えて受け止めてみせた。

 その瞬間、四方八方から光の刃がヨシキに襲いかかり、装着している黄金の鎧に擦り傷を刻みつける。


「うおっ! ちょっ、なんだよこれぇ!」


 驚きのあまり、ヨシキはござる口調を忘れて素に戻っていた。

 輝美が前のめりになって魔剣を振り抜くと、ヨシキは弾きとばされておぼつかない足取りで後ろにさがる。


「今のはアクアク本体を振ると同時に、擬似的な魔力の刃を九本生み出す技だ。一振りで計十回の斬撃をくらわせることができる、スキルと魔術が渾然一体となった攻撃だな」


 スキルと魔術の融合技といったところか。伝説の魔剣だけあって、内包されている技も強力だ。


「生み出した魔力の刃の威力は使っている武器がもとになっている。その黄金の鎧に傷をつけることができたということは、アクアク本体でも同じことが可能ということだ。こっちにも全く勝機がないってことはなさそうだな」


 アクスレインなら、勇者の防具を打ち破ることができる。わずかだが希望が見えてきた。


「ていうかあいつ、さっきビビりすぎてござるキャラを忘れていたな。前世が侍とかいう設定はどうした?」

「せ、設定ではないでござる! 拙者の前世はまごうことなく侍でござった。現世のいずこかにおわせられる姫君の魂を求めて拙者は」

「あ~、はいはい。中二設定、乙」


 ひらひらと左手を振るうと、輝美はもう聞くつもりはないみたいだ。


「しかし厄介だな。アクアクの刃は通じるが、あいつに近づくのはあまり得策じゃない」

「どういうこと?」


 輝美は左手を鼻に当てると、深刻そうにうなった。なにか重大なことに気がついたみたいだ。


「あのひょろ眼鏡……加齢臭がすごい」

「なんという結界。それは不用意に近づけませんね」

「確かにそれはキツいかもです。でも嗅いでるうちに……クセになってきちゃうかも」


 変態エルフの発言はスルーしよう。とりあえず輝美には、加齢臭をがまんして戦ってもらうしかない。どんな戦いだ、これ?


「それともう一つ気づいたことがある。あのオタクども、黄金の剣や鎧で豪勢に着飾っているが、そのわりには使ってきた魔術はあのハゲのファイアーボールだけだ」


 するとハゲという単語が聞こえたのか、タクマは反論してきた。


「今わたくしのことをハゲと言いましたか? 言いましたね? まちがいなく言いました。やれやれ、勘違いしないでいただきたい。わたくしはハゲではありませんよ。ただ人よりも毛髪が薄いだけです」

「いいえ、あなたはハゲです。正真正銘のハゲです。現実を受け止めてください。うちの親戚のおじさんも昔は同じことを言ってました。俺はハゲじゃねぇって」


 清音が突きつけた残酷な真実に、タクマはボディブローを食らったように顔をこわばらせて硬直する。

 ……もしかしたら、この戦闘が始まって以来、最大のダメージを与えたのかもしれない。


「ま、なにを言いたいのかというとだな。あいつらは伝説の武具を持ってはいるが、そこからスキルや魔術は一つも習得できていない、本当にただ装備しているだけってことだ」


 びくりと三人のおじさんたちが身をすくめる。図星だったみたいだ。


「なるほど、使いこなせてないから武器に内包されている強力なスキルをインストールできてないんだね」

「そういうことだ」


 あのおじさんたちは最強装備をただ持っているだけだ。アクスレインからスキルや魔術を習得した輝美と違い、黄金の剣や虹色の両手剣から何一つ力を得ていない。宝の持ち腐れもいいところだ。


「ぐっ、お主の言うとおり、まだ拙者たちはこの剣からスキルを授けられていないでござる。というかタクマのファイアーボール以外、誰もスキルや魔術を習得していないでござるよ」


 ファイアーボールだけしか覚えてないんだ……。本当にド素人がチート武器を持って調子づいているだけなんだな、このおじさんたち。


「しかし諦めなければ、いつかは拙者たちだってスキルを習得する日がくるでござる」

「そうそう、ぼくたちはスロースターターなんだよね」

「わたくしたちはあくまで自分のペースを守っているだけなのですよ」


 おじさんたちは虚勢を張る。なにがなんでも自分らが未熟者であることは認めようとしない。


「無能な人間が負け惜しみを吠えているようにしか聞こえないんですが?」


 ばっさり切った。清音がばっさり切った。おじさんたちもばっさり切られたように立ちくらむ。


「だいたいいつかっていつですか? 今できないくせに、いつできるようになるっていうんですか? ねぇ教えてくださいよ? いつになったらできるようになるんですか? ねぇ?」

「や、やめろぉ! そ、そんな会社の有能な後輩みたいに責めるなよぉ!」

「ぼ、ぼくだって、ぼくだって、やればできるんだぁぁぁぁぁぁぁ!」

「わ、わたくしは無能ではない! わたくしは無能ではない! 断じて無能ではない!」


 清音の詰問によって、いい歳したおじさんたちがモロに動揺を露呈している。


「清音。それ以上はやめたげて。なんかもう精神的に追い詰められているみたいだから」

「そうですか。まだまだやりたりないですが、このへんで勘弁してあげましょう」


 やりたりないんだ。このまま清音の口撃に任せておけば、ふつうにあのおじさんたちを倒せる気がする。


「っと、もう夢幻剣の効果がきれるみたいだな」


 アクスレインの剣身をおおっていた光の刃が徐々に縮小していき消えてしまう。伸びていた魔剣のリーチがもとのサイズに戻った。長時間は効果を持続できないみたいだ。


「さて、そろそろ例の作戦をやるか。清音、和貴にヒールをかけてやれ。それとゴスペルの効果がきれそうだから、重ねがけをよろしく頼む」

「らじゃです」


 清音は言われたとおり、ヒールで和貴の頭と腹部の傷を癒す。輝美の命令ならすぐに回復してあげるんだ。和貴との格差がひどいな。

 それから清音は、また二人にゴスペルをかけた。


「キヨキヨの熱い想いが俺のソウルまで届いたぜ!」

「あっ、はい。わかりました」


 清音は早口であしらう。まともに付き合う気はないようだ。


「和貴、いいから準備しろ。おまえが作戦の要なんだから」

「へっ、そうだったな。任せておけ」


 ワキワキとゴムボールでも握るように和貴は左手を動かす。

 和貴の準備が整うと、輝美は指示を出した。


「まずはデブからだな。レイナ、無駄な魔術を撃って牽制しろ」

「む、無駄って言わないでください!」


 じわりと目尻に涙をにじませると、レイナは右手からウインドブレイドを放った。それに半秒ほど遅れて和貴が動き出す。

 突風の刃はキサラギに飛んでいくが、当然のごとく銀色の鎧に防がれて傷一つつけられない。


「無駄じゃありません! 無駄じゃありませんからね!」


 半べそをかいてレイナは自分の必要性を訴えてくる。なんかみじめだ。

 ウインドブレイドが消えると、疾走していた和貴はキサラギに接近した。キサラギは虹色の両手剣を振りかざして迎撃の姿勢に入る。


「このぉぉぉ!」


 虹のかけ橋でもつくるように、両手剣が七色の軌跡を描いて振り下ろされる。


「見え見えだつぅの!」


 機敏な体さばきで虹色の斬撃をかわすと、和貴は左手を伸ばしてキサラギの肩口に触れる。


「いただくぜ、ハイスティール!」


 盗み技を発動させる。

 輝美の作戦とは、和貴のハイスティールを使っておじさんたちの最強装備を奪っていくことだ。これなら防具を破壊しなくても取り返せる。


「よっしゃ、ゲット!」


 何かを盗むことに成功した和貴は、即座に後退してキサラギから距離をとった。

 そして左腕を突きあげて、握りしめたそれをかかげた。

 和貴が握っているもの、それは……白くて大きいひらひらした、ブリーフだった。

 まるで殺人現場を目撃したミステリー小説の登場人物たちのように、ぼくらは沈黙する。音がなくなり、広間が静寂に満たされた。

 みんなの異常な顔つきに気づいたのか、和貴は自分が握りしめているものを目で見て確認する。


「これは……なんだ?」


 なんだって、どっからどう見てもおっさんのパンツだ。


「ちょっ、股がスースーする」


 パンツを失ったキサラギが内股になって膝頭をこすりあわせる。見ていて気分のいい仕草ではない。


「なにをやってるんだ和貴。美少女のパンツならいざしらず、おっさんのパンツなんてゴミ以下の価値すらないぞ」


 輝美は左手で顔をおおって呆れていた。言ってることはめちゃくちゃキサラギに失礼だけど、激しく同意できる評価だ。


「ちっ、次は外さねぇぜ」


 ポイッと和貴は握ったパンツを投げ捨てる。


「なっ、す、捨てるな! ぼくのパンツを返せぇぇぇぇぇ!」


 パンツを返してほしいキサラギは、怒りの相貌で和貴に斬りかかった。ノーパンのまま虹色の両手剣を打ち込んでくる。ぞっとした。ノーパンなのがぞっとした。


「こいつでどうだ!」


 半身になって斬撃をよけると、再びキサラギに触れてハイスティール。今度はタンクトップを奪った。またハズレだ。

 キサラギは両手剣を我武者羅に振りまわして連撃をあびせてくる。和貴は器用に斬撃をかわしつつハイスティールを使いまくるが、盗むのは上着やズボンや靴下など、どうでもいい衣類ばかりだ。というか、キサラギは鎧の下が全裸になっている。


「もうあの銀色の鎧……着れないな。汗臭い太ったおっさんが裸で装着しているから」

「ですね。触るのも汚らわしいです」


 輝美と清音は若い女の子特有の、生理的に無理という嫌悪感をあらわにしていた。


「よくもわたくしの友をはずかしめてくれましたね。黒焦げになるといいですよ」


 タクマはクリスタルロッドを構えると、炎の塊であるファイアーボール強化版を発射してくる。

 和貴は舌打ちしつつ、巨大なファイアーボールを素早い身のこなしでよけた。今度は標的をタクマに変えて接近していく。

 タクマは逃げようとするが、間に合わない。和貴は肉薄すると、ポンッと軽く肩口にタッチしてハイスティールを使った。

 すると和貴の左手にボクサーパンツが握られる。またハズレだ。ていうかおっさんのパンツだ。


「ちょああああああ!」


 ヨシキが横合いから黄金の剣で和貴に斬りかかる。和貴はボクサーパンツを投げ捨てると、右手のバスタードソードで受け止めた。鍔迫り合いになると左手を伸ばしてヨシキの右腕に触れて、ハイスティール。

 和貴の左手に、今度はトランクスが握られる。


「……なんてことだ。とうとうオタクどもが全員ノーパンになったぞ」

「輝美、そんな窮地に陥った少年漫画の主人公みたいな顔で言われても困るよ」


 むしろ窮地に陥っているのはおじさんたちの方だ。だってみんなノーパンだからね。


「和貴先輩。あなたさっきからなにをやってるんですか? おじさんたちをノーパンにして、なにがしたいんですか? 教えてください、あなたがやりたかったことって、こんなことだったんですか?」

「お、俺だってまさかこんな結果になるとは思ってなかったんだよ! けどよ、ハイスティールを使ったら、なぜかおっさんたちのパンツが手のなかにあるんだよおおおおおおおおおおおおお!」


 和貴は号泣すると、左手のトランクスを投げ捨てる。バスタードソードの柄を両手で握り直すと鍔迫り合いになっているヨシキを押し返した。

 ヨシキは両足の踏ん張りをきかせると、転倒しないように体勢を保つ。かすかに呼吸が乱れている。自分の下半身が気になるのか、不安げな面持ちで見下ろしていた。


「ぐっ、確かにこれは、股がスースーして落ち着かないでござる」

「ぼくなんて股どころか全身がスースーするよ」

「しかしなぜでしょうね。これまで経験したことのない原始的な開放感といいますか、未知の高揚があります。なんだかわたくし、目覚めてしまいそうです」


 ポッと頬が赤くなるタクマに、輝美と清音は不快な目を向けていた。


「は、はいてないのって、そんなにいいものなんでしょうか……?」


 そしてこの変態エルフはよだれをこぼして興味を持ちはじめている。パーティから外したいな。

 へっ、と和貴は剣の平で肩を叩いて笑う。


「あのハゲたおっさんの気持ち、わからなくはないぜ」

「わからなくはないって、どうして?」


 ぼくが問いかけると、和貴はちょっとだけ照れくさそうに左手の指で鼻の下をこすった。


「なにを隠そうこの俺も、異世界にくるときは、たまにノーパンになってスースーしていたからよ」


 できれば一生隠しておいてほしい衝撃の事実を打ち明けてきた。


「それって……ノーパンだったってこと? なんで?」

「家を出るときにはきわすれることって、たまにあるだろ?」


 ないよ。どんなはきわすれだよ。

 たははははと和貴は気楽に笑っているが、こっちはまったく笑えない。


「……いまわたしのなかで、和貴への好感度が暴落している」

「はいてない戦士にこれまで守られていたなんて、想像するだけで身の毛がよだちます。もうわたしの半径二メートル以内には近寄らないでください」


 輝美と清音は犯罪者でも見るような白い目を、和貴に向けていた。


「っ、まさかここまで拒絶されるなんてな。だが俺はこれからもつらぬきとおすぜ! こんなことで折れたりはしねぇ!」

「なにをつらぬきとおすの? これからもノーパンでいくってことなの?」


 力の入れどころを間違っている。男のはいてないキャラなんていらない。


「ほんじゃあぼちぼち当たりを引いて、終わりにすっか」


 和貴は左手をワキワキさせると、キサラギに向かってダッシュした。キサラギは虹色の両手剣の切っ先を和貴に向けると刺突を繰り出す。

 タンッとダンスでも踊るようにサイドステップを踏んで和貴はよける。左手を伸ばしてキサラギの右手首に触れた。


「もらったぜ、ハイスティール!」

「ふわっ!」


 キサラギが面食らう。その手に握っていた両手剣が消えて、和貴の左手に移っていた。


「よっしゃあ!」


 和貴は快哉を叫ぶと、虹色の両手剣を見せびらかすようにかかげた。


「ようやくそれらしい当たりを引いたか。和貴、その両手剣は重いからレイナに預けておけ」

「わかったぜ。ほらよ、レイナ」


 和貴は左腕をしならせると、虹色の両手剣を思いっきり投げつけた。両手剣は風車よろしく縦に回転しながらレイナにむかって襲来する。


「ひぃ!」


 泣き顔になってよけると、飛んできた両手剣はばっちりレイナが立っていた位置に突き刺さった。よけてなかったら、たぶん悲惨なことになっていた。


「か、和貴さん! 気をつけてください! わたし危うく死んじゃうところでしたよ!」

「大丈夫だ! レイナならとれる! 俺はそう信じているぜ!」


 ニッと前歯を見せて和貴は爽やかに笑ってみせる。

 寄せられたくもない信頼を寄せられたレイナはげんなりすると、地面に突き刺さった虹色の両手剣を握って引き抜いた。


「柄が……デブさんの汗でねっちょりしてます。しかも臭いです」


 伝説の剣を手にしたというのに、レイナの顔は暗雲が立ちこめたように陰っていた。


「おらおら、どんどんいくぜ!」


 和貴は左手をワキワキさせると、キサラギに詰め寄る。両手剣を失ったキサラギは、もはや抵抗する術がない。


「くらいな、ハイスティール!」

「ふああああああああああああああああっ!」


 和貴はキサラギの身体のあちこちを触りながらハイスティールを使いまくった。銀色の手甲、肩当て、胴鎧、膝当て、足甲などを奪いとっては、後ろのほうに投げておじさんたちの手が届かないように遠ざけていく。

 ていうか太ったおじさんが全裸にされるシーンなんて、ちっともうれしくない。これ誰得なの? できればモザイクをかけて直視しないで済むようにしてほしかった。

 キサラギは一糸まとわぬ姿になると、両手で股間を隠してちぢこまる。これで戦闘不能になったわけだが……なんか衣服もなにもかも根こそぎ追いはぎに奪われた被害者のように残念な様相になっている。


「さぁ次はおまえらの番だぜ。観念しな」


 和貴はぺろりと舌なめずりをすると、左手を不気味に蠢かしてヨシキとタクマを睨みつける。ターゲットにされた二人は血の気が引いたように青ざめた。


「どうしましょう、ユウ先輩。わたし史上最高に、和貴先輩が変態に見えています」

「ぼくもだよ」


 なんたって、おじさんを剥こうとしているからね。やばいよね、これ。


「拙者たちが座してやられるのを待っていると思ったら大間違いでござるよ!」


 ヨシキは闘志を燃やすと、黄金の剣で和貴を迎え撃とうとするが。


「そうはさせるか、光魔乱舞撃」


 輝美がヨシキに躍りかかり、スキルを使用した。ヨシキは黄金の剣で魔剣を防ぎ止めたが、魔力でつくられた疑似的な九本の刃が斬り裂いてくる。黄金の鎧に擦り傷がつき、ヨシキはのけぞった。


「やれ、和貴!」

「おうよ!」


 和貴はのけぞったヨシキに迫ると、右腕にタッチしてハイスティール。ヨシキの握っていた黄金の剣が消えて、和貴の左手に移る。


「そいつはおまえが使え、和貴」

「わかったぜ」


 バスタードソードを背負いなおすと、和貴は両手で黄金の剣を構える。


「へっ、ついに正しき使い手のもとに巡ってきたってわけか。勇者の意思を受け継ぎし黄金の剣、まさしくこの俺に相応しい武器だぜ」

「そういうのはいいから、早く鎧も盗め」


 輝美から催促されると、和貴は武器を失ったヨシキの体中を触りに触りまくってハイスティールを連発。黄金の鎧や衣服や下着をとって全裸にする。奪うのは黄金の鎧だけでいいのに、なぜか衣類までとれてしまった。不便なスキルだ。

「このような屈辱を受けようとは……」

 全裸になったヨシキはキサラギと同じく股間を両手で隠すポーズをとってちぢこまる。

 和貴は左手に握っている黄金の手甲を後ろに放り投げると、最後のターゲットであるタクマに焦点を定める。


「残すはおまえだけだぜ」


 ニヤリと悪党のような笑みを浮かべる。全裸に剥いてくるのだから、ある意味とんでもない悪党だ。


「く、来るなぁ!」


 恐怖に駆られたタクマはクリスタルロッドを振りかざして、巨大なファイアーボールを撃ってくる。


「んなもんきかねぇんだよ! 爆烈破!」


 迫り来る特大の火炎を、和貴は黄金の剣で一刀両断した。あれほどの炎を打ち消すなんて、さすがは勇者の武器だ。


「ケリをつけてやんよ!」


 和貴は走ってタクマに肉薄すると、体中に触れまくりハイスティール。クリスタルロッドと紅蓮のローブ、そしてやっぱり衣服や下着を奪って全裸にしてしまう。

 タクマは股間を両手で隠すと、他の二人と同じようにちぢこまる。これで三人のおじさんが全裸になってしまった。なんて悲しい光景だ。

 和貴は紅蓮のローブを後ろに放り投げる。そしてクリスタルロッドは……。


「ほらよ、ユウ」


 投げ渡されたクリスタルロッドをキャッチする。右手の杖をベルトの間に差すと、ぼくは両手でクリスタルロッドを握りしめた。しびれるような、言い知れない感覚が掌にはりついてくる。普通の杖とは比べものにならない、とてつもない武器だ。


「ようやく目的達成だな」


 輝美はアクスレインの構えをといて脱力する。

 当初の予定どおり、おじさんたちから最強装備を取り返すことができた。そのおじさんたちはもう戦えない。

 この決闘は……ぼくらの勝ちだ。

 終わった。ようやく終わった。もう戦わなくていい。

 広間の空気がゆるむと、両肩から力が抜けた。風船がしぼんでいくように緊張感が一気に足下から抜けていく。口から自然と安堵の吐息がこぼれた。

 折りよく、輝美と和貴の身体をおおっていた橙色の光が薄れていき、ゴスペルの効果がきれる。

 さて、あとは散らかっている装備を拾い集めて回収するだけだ。

「輝美さん!」

 だしぬけにレイナが金切り声をあげた。

 ぼくらは一斉に振り返る。

 すると……ヨシキが広間の奥にあるグーリマン伯爵の石像に近づいていた。


「なっ……ぜ、全裸で動いているだと!」

「し、信じられません! 全裸で動くとか!」

「そこなんだ? 二人とも驚くとこそこなんだ?」


 びっくりしたけれども。全裸で動くとか、原始人みたいでびっくりしたけれども。今はそれよりも石像に近づくヨシキを止めるのが先決だ。


「一糸まとわぬ姿を、これだけの人の前でさらすだなんて……」


 レイナは危ない顔で息をあらげている。このエルフのことは、そっとしておこう。


「輝美、早く止めないと!」

「と、止めるってわたしがか?」


 ケツを丸出しにしたヨシキの後ろ姿を見ると、輝美は両耳を赤く染めて目をそむける。


「む、無理だ! わたしには無理だ! あんなのに近づきたくない!」


 子供みたいにぐずりだした。やっぱり下ネタは言えても、実物への免疫はないみたいだ。


「あんなの見たら目が腐ります。止められないのは無理からぬことです」


 清音は輝美をなぐさめると同時に、ヨシキのことをすごく扱き下ろしている。


「なぁ、あいつもう触ったみたいだぞ」


 和貴が指差すと、ヨシキはグーリマン伯爵の石像に触れていた。


「あ、あいつ、股間を隠していた手で石像に触ったぞ!」

「わたしが石像だったらブチキレているレベルです」


 確かに股間を隠していた手で触られたら、誰だってブチキレる。

 その肝心の石像は、両目の部分が発光しはじめていた。そして英雄王のときと同様、石像から声が響いてくる。


「我が武器を求めし者はだれだ?」


 成熟した男性の声だ。これがグーリマン伯爵……その思念が喋っている。


「はい!」


 グーリマンの問いかけに対し、輝美が真っ先に挙手した。


「はいはいはいはいはいはい! わたしわたしわたしわたし! わたしだから! わたしがおまえの武器をほしい人だから! これ絶対だから!」

「せ、せこいでござるよ! 先に石像に触れたのは拙者でござる!」

「はぁ~? 意味わかんないんですけどぉ? ちょっと意味わかんないんですけどぉ、このおっさん? やめてくんない? いきなりわけわかんないこと言うのやめてくんない? 先に石像に触れたほうが勝ちとか決めてないしぃ」


 輝美は頭のよろしくないギャルみたいな喋り方で屁理屈をこねる。仲間ながらに聞いていてちょっと腹が立った。


「そもそも全裸のおっさんの言うことなんて信用できるか」

「ぜ、全裸だからこそ信用してほしいでござるよ。拙者はもうこれ以上なにも偽ることができないでござる!」


 ヨシキは両腕両脚をひろげて、アメンボみたいなポーズをとる。全身を使ってなにも偽ることができないとアピールする。かなり変質者っぽいけど、説得力はあった。だって全裸だからね。そりゃあなにも偽れないよね。


「話し合いじゃあ解決しないな。しょうがない、ここは民主主義に則って多数決で決めよう」

「多数決でござるか……って、その手には引っかからないでござるよ! そっちのほうが人数が多いから、絶対勝つに決まっているでござろうが!」


 ちっ、と輝美は舌を鳴らす。そんな子供騙しの手口は通用しなかった。


「うおっ、マジだ」


 和貴が一人一人を指差して数えて驚いていた。子供騙しの手口が通用する男がここにいた。


「汝らには等しく試練を受けてもらう。それによって、どちらがエンシェントナイトゴーレムを授けるに相応しいのか、我が裁定を下そう」


 グーリマン伯爵の石像が条件を提示してくる。その試練で認められたほうに、エンシェントナイトゴーレムというものが授けられるようだ。


「そんなんしなくていいから、さっさとわたしによこせよ。試練とか、めんどくさいおっさんだな」

「輝美、あんまり生意気なことを言うと、取り返しがつかなくなるからやめて」


 めんどくさいのは輝美だけじゃない。ぼくだってめんどくさい。できれば試練なんてやりたくないよ。


「我の与える試練とは、汝らの絆を確かめるものだ。仲間に後ろめたいことを告げても絆が揺らぐことがないかどうか、試させてもらう。そのために汝らの心の声を響かせる」


 内面にある暗部を掘り出して、それを仲間に見せても平気かどうかを試すということか。なかなかにえぐい試練だ。大丈夫かな? かなり不安になってきた。


「へっ、楽勝だな。そのくらいじゃあ俺たちの絆は揺らがないぜ。なぁ、みんな?」

「そ、そ、そ、そうですね! き、きっと大丈夫でしゅ!」


 目に見えてレイナが焦っている。噛むほどに焦っている。


「どうしましょう、ユウ先輩。なんだかドキドキしてきました。これって恋ですか?」

「たぶん違うよ」

「よし、あの石像ぶっこわそう。変なことをばらされる前に」

「こわしたらダメだから。そんなことしたら伯爵はおじさんたちに武器をあげちゃうよ」

「秘密をばらされるのと、オタクどもに武器が渡るの、秤にかけたら今すぐ石像をぶっこわせという答えが出た」

「どんだけばらされたくない秘密があるの?」


 いろいろ必死な輝美を引きとめる。やっぱりみんな、知られたくないことの一つや二つは腹にかかえているみたいだ。


「まずは全裸の男たちからだ」


 石像の両目が一際強く輝くと、ヨシキ、キサラギ、タクマの肉体が淡い白光につつまれた。三人とも全裸のまま光っているので異様な姿になっている。これで背中に白い翼が生えて、頭にリングが乗っかれば天使に見え……見えないな、絶対。

 三人のなかでも、特にヨシキをおおう光が輝きを増していった。


「実は拙者は……」


 ヨシキが口を開く。しかしヨシキの顔はきょとんとしている。どうやらグーリマンの力によって、本人の意思とは無関係に喋らされているみたいだ。

 そしてヨシキの口から、仲間たちに隠していた秘密が語られる。


「実は拙者は……童貞ではないでござる」

「なっ……」

「なんですとおおおおおおおおお!」


 キサラギとタクマが驚愕して凍りつく。


「ど、童貞じゃないってどういうことだ! いつだ! いつ抜け駆けした!」

「わたくしたちは清らかな体を保った同盟です。だからこそ、こうしてパーティを組んでいたのです。だというのに女性と関係を持った経験があるだなんて、うらやま……同盟違反ではありませんか!」


 微妙にタクマは本音がもれていた。

 ヨシキはまごついた表情のまま、さらに喋り続ける。


「わずかな期間ではござったが、大学時代に彼女ができていたでござる。ほら、あの行き着けにしていた居酒屋の娘」

「ああああああ! あのバイトの女の子か!」

「あの少女はわたくしたちのマドンナであったはず! それを、それを……わたくしたちに内緒で独り占めするなんて、うらやま……なんたる非道な所業ですか!」


 また本音がもれていた。タクマは心の栓がゆるゆるだ。


「だけど拙者、その娘に八股をかけられていたでござるよ」

「「えっ?」」

「しかも拙者はそのなかの、いつでも切り捨てていい八番目の男で……のちに二番目の男に呼び出されてフルボッコにされたでござる。だから二人には言えなんだ」

「そ、そうだったのか……」

「とんだビッチでしたのですね、あの娘は……」


 さっきまで頭に血がのぼっていたキサラギとタクマだが、今は憐憫の眼差しをヨシキに向けている。それと居酒屋のマドンナの正体を知って、ショックを受けているようだ。

 語り終えると、ヨシキの肉体をおおっていた光が消失した。


「や、やっと元に戻ったでござる」


 ヨシキは息を吸うと自分の首でもしめるように、しきりに喉仏のあたりを触っていた。

 そして次は、キサラギの肉体をおおう光が輝き出す。キサラギも本人の意思とは無関係に口を動かしはじめた。


「実はぼく……二次元オタクを自称しているけど、ちょいちょい三次元アイドルのライブにも足を運んでいたんだよね」

「なんと、あれだけ二次元キャラに傾注していたのに、平生の姿は偽りでござったか?」

「どうするのですか? 星の数ほどいる二次元嫁はどうするのですか? フィギュアやタペストリーやおっぱいマウスパッドなどを購入しておきながら、三次元に手を出すとは、二次元嫁に対する裏切りですよ!」


 二次元嫁と三次元アイドルの両方に手を出すことを、ヨシキもタクマも看過できないみたいだ。正直どうでもいい。


「だけどさ、ぼくが秘かに応援していた三次元アイドルはメンバーのスキャンダルが次々と発覚していって解散したんだよね。ぼくのオキニだった女の子も、音楽プロデューサーとできていたみたいで、やっぱり二次元嫁こそが永遠の安らぎだと改めて知ったよ」

「そ、そうでござったか……災難だったでござるな」

「下手に三次元に手を出すと、トラウマを植えつけられるのですよ。やはり二次元こそが至高なのです」


 肉体をおおっていた光が消えると、キサラギは酸欠になったように何度も深呼吸を繰り返していた。過去の辛い経験を語って、本人にも精神的なダメージがフィードバックされたみたいだ。

 そして最後に、タクマの肉体をおおう光が輝き出した。


「ヨシキさん。以前わたくしがすすめたネトゲーを覚えていますか?」

「あのファンタジー系のMMORPGでござるな? 無論、記憶にとどめているでござるよ」

「あなたはあのゲーム内でプリマちゃんという女性プレイヤーと知り合い、交際することになりましたね。そして最終的には結婚にまで到りました」

「しかり。拙者とプリマ殿は幾度も逢い引きを重ね、やがて愛を誓い合って婚約の儀を交わした仲でござる。うるおいのないリアルな生活において、プリマ殿は拙者の癒しでござった」

「しかし、あなたはプリマちゃんと破局しましたよね」

「うむ……ゲーム内の結婚生活で睦言をささやきあっているうちに、プリマ殿の本当の姿が見たいという欲が出てきたでござる。それでリアルで会ってほしいとしきりに持ち出したら……プリマ殿は二度とログインしなくなったでござる」


 よっぽどリアルで会いたくなかったんだな。しょうがないといえば、しょうがない。そのプリマさんはゲームはゲーム、現実は現実と割りきっているプレイヤーだったんだろう。


「破局の責任は全て拙者にあるでござるよ。プリマ殿には一切の非はないでござる。しつこくリアルで会おうとした拙者が悪いのでござる」


 前世が侍という設定だけあって、侍らしくヨシキは自分の妻を庇う男気を見せる。

 そんなヨシキに、タクマは真実を告げる。


「実はプリマちゃんというのは、わたくしだったのです」

「……ん?」


 はてな、とヨシキは首をかしげる。


「申し訳ない、タクマ殿。よく聞こえなかったでござる。なにぶん拙者も歳なうえ、近ごろ耳が遠くなってきたでござるよ」


 はははははは、と乾いた笑い声をもらすヨシキ。目元や唇の端がひくついている。これちゃんと聞こえているな。聞こえた上で、真実を受け入れたくないから聞こえないふりをしているな。一昔前のラノベの主人公か。


「ヨシキさんと交際してデートをしたり、結婚して枕をともにしたプリマちゃんというプレイヤーは、わたくしだったのです」

「テメェエエエエエエ! ふざけんなよゴラアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ヨシキは鬼のような形相になって全裸でダッシュすると、同じ全裸のタクマにつかみかかった。走ったときに股間のあたりで何かが揺れていたので、輝美と清音はとっさに目をそむける。レイナは平気そうに見ていた。


「どういうことだ! プリマがオメェだってどういうことなんだよ! ちゃんと説明しろよ! あぁぁぁぁん!」


 すごい剣幕だ。もう前世が侍だったとか、そんな設定を忘れて激昂している。放っておいたらタクマをくびり殺すかもしれない。


「最初はちょっとからかって、すぐにネタバラシをする予定だったのですが、やっているうちにだんだんと楽しくなって……そしたらヨシキさんのほうも本気で熱をあげはじめたので、引くに引けなくなったのです。気づいたら結婚までいってしまい、とうとうリアルで会いたいと持ち出されたので、これ以上はマズイということで共犯者であるキサラギさんと話し合った結果、プリマというキャラを削除して永遠に葬り去りました」

「テメェもか! キサラギイイイイイイイイイイイイイイイイ!」

「ち、ちがうんだぁ! ぼくは途中参加だぁ! 参加するようになったのは初デートのときからなんだぁ! 主犯はぼくじゃない!」


 初デートって、なかなか早い時期から参加している。ていうかこのヨシキっておじさん、どんだけ女運?がないんだ。


「キサラギさんとは交代でプリマちゃんを操作していました。リアルでヨシキさんがしまりのない顔でプリマちゃんとのラブラブっぷりを話すたびに、わたくしたちのなかで罪悪感がふくらんでいったのです。……あと笑いをこらえるのが大変でした」

「うわああああああああああああああ! テメェらまとめてブッ殺してやるううううううううううううううううう!」


 ヨシキは両手で頭をかきむしると喉がはちきれんばかりの怒号を轟かせた。なんか怪獣が吼えているみたいだ。

 語り終えるとタクマの体をつつんでいた光が消失する。

 これでおじさんたち三人の試練は終わった。けど……絆のほうはぼろぼろだ。ヨシキが今にも殴りかかりそうな勢いで詰め寄り、キサラギとタクマがそれをなだめようと必死に説得している。三人とも自分が全裸だとか、そういうことはどうでもよくなってしまうほど感情が高ぶっていた。


「同じパーティの仲間同士で醜いな。ていうかもうあれ、修復不可能なくらいに関係をブレイクされたな」

「この戦いが終わっても、あの人たちは気まずい関係のままなんでしょうね。いい気味です」


 輝美と清音は全裸男たちを視界に入れないようにしながら感想を述べている。


「では、次は汝らが試練を受ける番だ」


 石像の両目が輝きを強めて、ぼくらにも試練を受けさせようとしてくる。


「いや、いい。わたしたちは試練とか、そういうの苦手だし」

「ですね。わたしたちは遠慮しておきます」


 よっぽど隠しておきたい秘密があるのか、輝美と清音は一も二もなく断りを入れる。


「ではエンシェントナイトゴーレムは試練を受けた男たちに与えるが、よいのか?」

「いいけど」

「えっ……? い、いいのか? あげちゃっても?」

「うん。いい」


 輝美のあっさりとした返答に、グーリマン伯爵は困惑する。


「輝美、さすがにそれはやめておいたほうがいいよ。伯爵の授ける武器がどれほど強力なものかわからないんだし、おじさんたちの手に渡るのを阻止できるならしたほうがいい」

「ユウ、おまえオタクどもが試練を受けたせいでどんな惨憺たる結果になったか見ていただろ? あれはマジでやばい」

「いや、やばいけれども……」


 そこは、わたしたちならどんなことがあっても乗り越えられる、とリーダーっぽいことを言ってほしかった。


「試練だろうがなんだろうがばっちこいや! 俺たちならどんなことがあっても乗り越えられるからよ!」


 和貴が、ぼくの言ってほしいことを代弁してくれた。


「承知した。では汝らにも試練を与えよう」


 石像の両目が閃光を発すると、ぼくら五人の肉体が淡い白光につつみこまれる。


「和貴っ! おまえなに勝手に話を進めてるんだ! このアホウ!」

「バカですか? バカなんですか、そういえばバカでしたね! このヴァ~カ!」


 時限爆弾のタイマーが動きはじめたように輝美と清音は狼狽しまくり、和貴に罵詈雑言をあびせる。


「大丈夫だ。俺たちの絆を信じろ」


 和貴は親指を立ててみせた。やらかしてしまった責任とか、まったく感じてないみたいだ。

 その和貴の肉体をおおう光が輝き出す。まずは和貴のターンから始まるみたいだ。


「実はよ……俺はみんなのこと、心のなかではちゃんとした名前で呼んでないんだ」

「ちゃんとした名前で呼んでないって……本名とは違う呼び方をしてるってこと?」


 あぁ、と和貴は首肯する。

 名前じゃない呼び方をしている……それはかなりやばい。悪意にまみれたあだ名とかつけられていたらへこむ。それこそ、和貴を友人としては見れなくなるかもしれない。

 グーリマンの力に操られている和貴は、重々しい口調で打ち明ける。


「俺は心のなかで……ユウのことを『クリエイトマジシャン』。輝美のことを『ファイナルロード』。キヨキヨのことを『イノセントブレイカー』。レイナのことを『異次元からの使者』。そして俺自身のことは『全てを極めし者』と、常にそういう異称で呼んでいるんだ」


 中二病がフルバーストだった。ていうかぼくらはそんな呼ばれた方をしていたんだ。どうしよう。今度から和貴に名前を呼ばれるたびに、『クリエイトマジシャン』という異称が頭にちらついてしまったら。

 口を閉じると和貴をおおっていた光が霧散していく。和貴は超然とした面持ちでぼくらを見回すと、


「だいたいあってるだろ?」


 ニッとなごやかな笑みを見せてきた。


「どこがですか? どのあたりがあってるんですか? ていうか自分のこと『全てを極めし者』って、どんだけ自己評価が高いんですか? あとわたしの『イノセントブレイカー』ってなんですか? わたしのどこが、イノセントブレイカーなんですか?」

「落ち着け、イノセントブレイカー」

「その名を二度と口にしないでください。クソ貴先輩」

「違うぜ、キヨキヨ。俺は全てを極めし者だ」


 キザな笑みを浮かべて訂正してくる和貴を、清音は半眼で睨む。和貴に対する好感度がまた一つ下がったようだ。

 まぁ交友関係に亀裂が入るほどのことじゃない。和貴がアレなのはみんな前から知っていたことだ。インパクトとしては薄い。

 ホッとしたのも束の間、なんと次はぼくの手足をつつんでいる光が輝き出した。きゅっと喉がしまる感じがすると、心音が加速した。緊張してくる。一体なにを言うつもりなんだ? 自分でもわからない。わからないけど、口は勝手に動き出す。


「実はぼく……大きなおっぱいが大好きなんだ。輝美やレイナのおっぱいが揺れるたびにちらちらと目が行ってしまう。気になってしょうがないんだ。そのことを思い出しては、にやけたりもしている。あっ、清音に関しては特になにもないから」


 言い終えると、手足をおおっていた光が消えた。自分の性癖を暴露されてしまった。恥ずかしいったらありゃしない。


「と、特になにもないってなんですか! ありますから! ちゃんとわたしも胸ありますから!」


 清音は涙目になって責め立ててくる。ほんと申し訳ない。そして忙しなく手足をバタバタさせても、やはり清音の平坦な胸は微動だにしなかった。


「お、おまえが巨乳好きなのは知っていたが……そこまで頻繁にわたしの胸を盗み見ていたのか……これからは注意しないとな」


 輝美はリンゴのように顔を真っ赤にすると、胸当ての部分を左腕で隠して上目遣いで睨んでくる。そんな目をしないでほしい。ぼくだって見たくて見ているんじゃない。なぜかおっぱいが揺れると、勝手に目がそっちに行ってしまうんだ。これは意識の根底に刻まれた本能によるものだ。ぼくにはどうすることもできない。だからその腕をどけてほしい。


「ユウさん。そんな……」


 レイナは煮え湯を飲まされたような寂しげな表情をしている。無理もない。仲間が自分の胸をちらちらと見ていたんだ。失望されても文句は言えない。


「……わかりました。ユウさん、これからも遠慮せずにどんどんわたしの胸を見ちゃってください! それこそ食い入るように見まくってください! わたしはいつも胸を見られているんだと意識しながら行動しますので!」


 両の瞳を震わせながら、ハァハァと息を激しくしている。この変態エルフには失望されたほうがよかったかもしれない。

 輝美と清音から多少の不満を買ってしまったものの、ぼくが巨乳好きなのは周知の事実。さして影響はなかったようだ。

 続いて清音の肉体をおおう光が輝き出す。


「わ、わたしですか……」


 清音は身をかたくすると、瞠目したまま口だけが不自然に動きはじめる。


「ユウ先輩は、みんなからアイディアをもらって小説を書いてますよね?」

「うん、そうだね」

「その小説って、ネットのサイトに投稿して好評価を得ているじゃないですか?」

「うん……一応は」


 どうやら清音の後ろめたいこととは、ぼく絡みのことらしい。やだなぁ。


「前々から思っていたことなんですけど、あれくらいの作品なら、わたしにだって書けちゃうんじゃないでしょうか。ていうかわたしのほうがユウ先輩よりもおもしろい小説を書けますよ。まぁ小説を書いたことなんて、一度もないですけどね」


 語尾を結ぶと清音の肉体をおおっていた光がなくなる。そして清音は早口でまくし立ててきた。


「ユウ先輩! あんな石像の虚言に騙されてはいけません! わたし思ってませんから! ユウ先輩くらいならすぐに追い抜けるとか思ってませんから! 巨乳キャラしか活躍させないユウ先輩の小説なんて相手にならないとか思ってませんから! さっきのはぜんぶ石像の作り話です!」


 巨乳キャラしか活躍させないぼくの小説なんて相手にならないと思っていたんだ。グーリマンに喋らされていたときよりも、素に戻ったあとに喋ったことのほうがショックってどういうことなの?


「えっと、そんなに気にしなくていいよ。ぼくも小説を書き始めた頃は、似たようなことを考えていたから。他のどんな作品よりも、自分の書いた小説のほうがおもしろいって。だから清音が思っていることは、おかしくもなんともないよ」

「ユウ先輩……」


 清音は瞳をうるりとさせると、両手を組み合わせた。


「ごめんなさい、ユウ先輩。実はわたし、さっき喋ったことを秘かに思っていました。巨乳キャラじゃなくて、貧乳キャラだけを活躍させる小説をわたしが書けば、ユウ先輩の小説よりもおもしろいに決まっていると、ずっと思っていました。どうかこんなわたしを許してください」

「うん。べつに怒ってないから……」


 貧乳キャラだけを活躍させるって……ぼくの小説と大差ないな。

 清音との和解を終えると、今度はレイナの肉体をつつんでいた光が輝き出す。


「わ、わたしの番ですか? ど、どうかみなさん! 例えどんなにわたしの醜い部分が露呈しても、大海のような広い心で受け止めてくださいね!」


 レイナが予防線を張ってくるが、みんな突き放すように黙っていた。


「なにか言って! なにか言ってくださいっ!」


 わんわん泣き叫ぶレイナにかまうことなく、その口は自動的に語り出す。


「前にユウさんが異世界フィーラルを題材にした小説を書いて、ホームページにアップしましたよね。初めの頃に、テンプレだの、よそから持ってきたものだの、キャラの使い回しだのと、たくさん酷評が書き込まれていたのを覚えていますか?」

「あれは、忘れたくても忘れられないよ」


 自分の作品を批判されたら、胸の奥をナイフで切りつけられたように心が痛む。だいぶ傷はやわらいだけど、今でもたまに思い出しては痛くなる。忘れることはできない。


「ったく、腹の立つ連中だったぜ。ユウの小説をバカにしやがってよ」

「まったくです。顔と名前さえわかれば、こらしめてやります」

「あの手の連中はどこにだってわいてくる。相手にしないのが一番だ」


 和貴も清音も輝美も、快くは思っていないようだ。みんながぼくと同じ気持ちでいてくれる。それだけで、沈みかけていた心がなぐさめられる。みんなが友達でいてくれてよかった。


「あの誹謗中傷の数々ですが、書き込んでいたのはわたしなんですよね」


 ……なんか、レイナがとんでもないことを口にした。


「えっと、どういうこと?」

「あの頃わたしはフィーラルのリニューアルオープンの仕事であちこち奔走させられて、奴隷みたいにさんざんこき使われていたじゃないですか。多忙のあまりストレスがたまりまくっていたんです。そのストレス発散のために、メッタクソな感想を書き込んで荒らしてやったんですよ。おかげですっきりしました」


 真実を語り終えると、レイナの肉体をおおっていた光が消えていった。

 清音は無表情のままレイナに歩み寄ると、自転車のサドルを握るみたいに乱暴な手つきでとんがり耳をひっつかむ。


「あなたが犯人だったんですね」

「痛い! 痛いです、清音さん! 耳を、耳を握り潰そうとしないで! わたしのチャームポイントを壊さないで!」

「……おまえ、これからフィーラルに客を集めなきゃいけないってときに、よくそんな自分の首をしめるような真似ができたな。呆れてかける言葉もないぞ」

「ごめんなさい、ごめんなさい! てか清音さん! いいかげん耳をはなしてください! あんまりしつこくギュウギュウされたら、気持ちよくなっちゃいますから!」


 レイナの唇がだらしなくゆるんでくると、清音はパッと手を引いた。汚らわしいものにでも触れたように苦り切った顔をしている。

 これで四人の試練が終わった。残すは輝美一人だけだ。


「よし、そろそろこの試練も終了でいいんじゃないか? もうこれ以上は続けなくていいと思う」


 自分にお鉢が回ってくると、輝美は中断を呼びかける。そんなの聞き入れてもらえるはずもなく、肉体をおおう光が輝き出すと輝美は渋面になった。本人の意思に反して唇は語りはじめる。


「みんな異世界フィーラルをよくするために、精一杯働いているよな。少しでも冒険者の数を増やそうと、できることはなんだってやっている。それこそ楽しそうに微笑んで」

「そうだね、実際楽しいよ。魔物の説得とか、大変なこともあったけど、それよりも楽しい気持ちのほうが勝っているかな」


 だから今は誘ってくれたレイナに感謝している。自分たちで異世界を手がけて改善するなんて、ふつうに生きていたら経験できない。壮大な冒険もいいけれど、こうやって異世界をつくっていくのも悪くない。和貴や清音もそう思っているはずだ。

 でも輝美はどうしてこんな話をするんだ? グーリマンは輝美から何を引き出そうとしているんだ?

 そして輝美の口から、耳を疑うような言葉がとびだした。


「みんなうきうきしながら異世界フィーラルを改善して、お客を集めることにやり甲斐を感じているみたいだが…………実はわたし、もうこの異世界にあきかけている」

「な、なんてことを言い出すんですか輝美さん! あきるとか、あきるとかありえないでしょう!」

「いや、なんかもうこの頃は異世界に来ても、早く帰ってゲームしたいなぁってよく考えるようになった」

「そんなこと考えないで! 考えちゃだめ! 異世界にいるときは、ゲームのことを考えちゃだめです! 異世界にいるときは異世界のことだけ考えるの!」


 レイナは取り乱して両腕をぶんぶん振りまわす。輝美の心を引きとめるのに必死だ。

 それにしても輝美はあきるのが早すぎる。そもそもあきてはいけない。異世界の消滅を防がなきゃいけないのに、あきるなんてありえない。

 みんなと一緒に異世界を手がけるのはおもしろい、という当初の情熱は輝美のなかで下火になりつつあるようだ。


「はい」


 と、清音が胸の前で小さく手をあげた。


「さっきから黙って輝美先輩の話を聞いていましたが、実はわたしもあきかけてます」

「えええええええええええ! 清音さんも! 清音さんまであきかけてるんですか!」

「はい。もういいかなって。こんな異世界は滅びても」

「ひどい! ひどすぎます! さっきよりもひどいこと言ってますよ!」


 清音の言葉は意訳すると「死ね」ということになる。確かにグーリマンに操られていたときよりもひどいことを言っている。


「輝美さんも清音さんもあんまりじゃないですか! 見捨てないでください! わたしを見捨てないでくださいよぉ! なんでも、なんでもしますからぁ!」

「ちょっ、ひっつくな」


 レイナは涙と鼻水とよだれで美しい顔をびちゃびちゃにすると、輝美の腰にしがみついてきた。


「そうだ、お金! お金払うから! 好きなだけお金払いますから! だから見捨てないでよぉぉぉぉ!」

「いや、わたし金持ちだし。金はいらない」

「あああああああああああああああ!」


 輝美の腰から両腕をはなすと、レイナは泣き崩れた。


「ひっぐ……うぅ……こ、こうなったら、わたしの体を差し出すしかありませんね。さぁ、清音さん! わたしの体を好きにしてください! 思う存分いたぶってください!」

「いりません」

「ああああああああああああああああああああ!」


 清音からも見捨てられたレイナはノックダウンする。ライフゲージがあったらゼロになっているな。

 やがて輝美の肉体をおおっていた光が消散していった。

 これでぼくらの試練も終了したが……あとに残ったのは、なんというか、むなしい気まずさだけだ。やっぱりこんな試練は受けなきゃよかった。

 なんにしても、これでグーリマン伯爵は裁定を下すはずだ。ぼくたちか、ヨシキたちか、どちらにエンシェントナイトゴーレムを授けるか選択する。


「おらっ!」


 とつぜん輝美がアクスレインを投擲した。ビュンと飛んでいった青い魔剣は石像の頭部にヒットして、グーリマン伯爵の顔面を打ち砕く。


「いきなりなに! なにしてんの?」

「おかしな試練を受けさせてきたお返しだ。そしてあの石像は悪魔の発明だ。みんなを疑心暗鬼にさせて、気分を滅入らせる。この世に存在しないほうがいい」


 輝美の言い分はもっともだけど、だしぬけに魔剣を投げつけるとか常識的に考えてありえない。これで石像が破壊されて、ヨシキたちの手にエンシェントナイトゴーレムが渡らなければ万事解決だが……。


「我の武器をどちらに授けるべきか、たったいま決定した」


 首から上がなくなった石像が声を響かせる。やはりそうは問屋がおろさない。


「我のエンシェントナイトゴーレムは、そこのヨシキという男に授けよう。童貞でないのは気に入らないが、八股をかけられていたという点は気に入った」

「なんだその理由? 選択基準がまったく理解できないぞ」

「そうですよ。なんでわたしたちじゃダメなんですか?」

「だってそこの女、いま我の顔を破壊してきたじゃん。超カチンときた。絶対に許さん」


 なんか、急にグーリマンの喋り方が砕けたものになった。格式張った口調をやめてしまうほどに業腹だったらしい。


「あんな顔くらい壊れてもいいだろ。破壊しても問題ない顔だった」

「そうです。大した顔じゃなかったです。むしろ壊れてよかったと思います」

「どういう意味だ、貴様らぁっ!」


 首から上を失った石像が、天国への入り口でも開くように激しい光彩を放ってくる。それに同期して、まだ半ギレ状態のまま全裸で突っ立っていたヨシキも輝き出した。光が花火のように弾けると、一瞬だけ広間が白濁となる。

 徐々に光彩がかすんでいくと……ヨシキは新たな武器を装着していた。

 大きい。二メートル以上はある白銀の大型鎧が立っている。メタリックな外見は西洋風でありながらも、どこか近未来的で、両腕の先端にはドリルのような形状のブレイドがついている。

 背筋に冷ややかな戦慄が這いあがってくる。一目であれがやばいものだと身体が理解した。この異世界で出会ったどんな魔物よりも危険なものだ。

 ゴーレムというから石の人形みたいなものを想像していたが、装着して使うパワードスーツのようなものらしい。


「これぞ我の開発した最高傑作、エンシェントナイトゴーレム。鎧の構成材質はミスリルになっている。堅牢な守りに包まれた装着者は決して傷つくことはない」


 鎧からグーリマンの声がする。ゴーレム本体にも思念が宿っているようだ。


「うおおおおおおおお! なんだかわからないでござるが、全身に力がみなぎってきたでござる!」


 ゴーレムの内部にいるヨシキが奮い立つように咆哮をあげる。


「やったね。ぼくらの逆転勝利だ」

「プスススススス。正義は必ず勝つものなのですよ」


 さっきまでヨシキと内輪揉めしていたキサラギとタクマは、すっかり掌を返して図に乗っていた。


「全裸でなに言ってるんだ、あのオタクどもは?」


 輝美は全裸の男たちを見ないようにしながら、うんざりしている。


「ヨシキといったか? 貴様はなにもせずともよい。ただ身につけてさえいてくれれば、あとは我がエンシェントナイトゴーレムを操ろう」


 ヨシキは入っているだけで、実際に戦闘を行うのはグーリマンということか。


「あのグーリマンとかいう伯爵、ゴーレムのことをいちいちエンシェントナイトゴーレムっていう長ったらしいフルネームで呼んでいるな。かっこいいとでも思っているのか?」

「輝美、それはどうでもいいから」

「どうでもよくねぇよ! かっこいいだろうが、エンシェントナイトゴーレムって名前はかっこいいだろうが!」


 どうやらぼくたちの会話が聞こえていたようで、グーリマンは両腕を振りまわしてプンスカと怒っている。見た目がメタリックだから、なんだか面妖だ。


「まずは先ほど我の顔を破壊してくれた女、貴様からだ!」


 ゴーレムが前傾姿勢になると、バンッと空気が弾けて砂埃が舞った。一瞬で輝美のもとまで迫ると、両腕のブレイドで突き刺してくる。

 輝美は地面を蹴って左斜め前方に跳ぶ。その拍子に壁に刺さっている魔剣を手元に呼び戻して斬り返す。ガラスの笛を吹いたような鮮烈な音色を奏でて青の斬撃が走る。そのときにはすでに、ゴーレムは後ろに移動して距離をとっていた。


「巨体のわりにすばしっこいな」


 輝美は両目を細める。油断ならない相手だと認識したようだ。


「次はそこの小娘だ」


 ゴーレムの頭が清音のほうを向いた。再び砂埃が舞い、目にも止まらぬ速さで躍りかかってくる。


「清音さん! 危ない!」


 即座にレイナは清音をお姫様抱っこして疾駆する。ゴーレムのブレイドが烈風のごとき音を立てて空を斬った。レイナがいなかったら、清音は真っ二つになっていたところだ。

 レイナは両腕のなかにいる清音を気づかわしげに見つめる。


「大丈夫ですか、清音さん?」

「気安く触らないでください」

「ひどい! 助けたのに!」


 うぅ、と泣きながらレイナは清音を地面に降ろす。悲しんでいるわりには、レイナの顔は上気している。そっけなくされて、ぞくぞくきているみたいだ。本人がうれしいなら特に言うことはない。


「おいおい、輝美やキヨキヨばかり狙ってないで、俺にもかかってきたらどうだ? この黄金の剣で斬り伏せてやんよ」


 和貴が黄金の剣を前後に振って、グーリマンを挑発する。早く戦いたくてしょうがないみたいだ。


「断る。男に用はない」

「えっ?」


 今の「えっ」はぼくらのではなくてヨシキの声だ。グーリマンの発言に毒気を抜かれたらしい。


「我は女を率先して狙うと心掛けている。生前、星の数にもおよぶ女どもに裏切られ、ちっともモテなかった。その憂さ晴らしのために、女を捕まえていっぱいエロイことをしてやる。女はマジ許さねぇ」


 最低だ。あの伯爵最低だ。言っていることがゲスでしかない。


「予想以上にきもちわるい引きオタだな」

「ですね。きもちわるいです。そりゃあモテませんよ」

「わたしも、ゴーレムとのプレイはまだ受け入れる自信がありません」


 うちの女性陣はそろいもそろってグーリマンを否定していた。あとレイナの言う自信は一生つけなくていい。


「ぐぅぅぅぅっ、これだから女は! 幼馴染みも妹系も姉系も、根はあざとい不思議ちゃんも、もう顔さえよければ性別なんかどうでもいいやと思って手を出した男の娘も、みんな我を捨てた! あれだけみついでワガママ放題させてやったのに、一発もやらせてくれなかった! 女などこの世から消滅すればいいのだ!」


 この伯爵の女運はさんざんだったようだ。生前の怨恨がたまりまくっている。それと顔さえよければ性別はどうでもいいって、すごいことを言った。そのへんは触れないでおこう。どんな話が飛び出してもこわい。


「ユウ、ファイアーボールを撃て。そのクリスタルロッドでなら、魔術が強化されて威力が高まるはずだ」

「わかった」


 クリスタルロッドをゴーレムに向けて狙いすますと、ファイアーボールを発動する。ロッドの先から、火竜の吐き出す火炎のごとき灼熱の塊が放たれた。


「威力は凄まじいが、当たらなければどうってことはない」


 ゴーレムは野生の獣さながら、敏捷なフットワークで飛来するファイアーボールをかわしてみせる。グーリマンの言うとおり、どんなに威力が凄くても当たらなければ絵に描いた餅だ。

 クリスタルロッドをつかんだ手に力をこめる。ファイアーボールが放たれる寸前……胸の奥で高揚と快感が波のように重なって押し寄せてきた。ゲームで強力な技が決まったときの気持ち良さに似ている。このロッドを使えば、異世界フィーラルの魔物を苦もなく打倒できる。まさにチート武器だ。みんながこの武器の魅力にとりつかれたのもわからなくはない。

 だけど、と自身を戒める。これは冒険そのものをつまらなくする。通常の冒険では使うべきじゃない武器だ。

 やっぱり冒険者のみんなには正当なルールのなかで異世界を楽しんでもらいたい。

 ぼくのファイアーボールの威力を視認すると、輝美は次の指示を出してきた。


「ユウ、あのゴーレムにミラージュをかけろ」

「いいけど、きくかどうかわからないよ。紅蓮のローブを羽織っていたタクマにはきかなかったし」

「おまえが手にしているものはなんだ?」


 なるほど。クリスタルロッドでファイアーボールが強化されたなら、ミラージュだって強化されるはずだ。あのゴーレムのボディがいかに堅牢で状態異常への耐性があっても、クリスタルロッドを使って発動したミラージュなら効果が見込める。


「よし、まずはファイアーボールを連発して威嚇しろ。それでわたしが合図したらミラージュをかましてやれ。いいな」


 んっ、と短い返事で答える。

 さっきの要領でロッドを構えると、強化されたファイアーボールを発射した。直進する炎の塊はあっさりとかわされる。続けてファイアーボールを二撃、三撃と放つ。ファイアーボール。ファイアーボール。ファイアーボール。ひたすらファイアーボールを連発する。

 当たらない。かすりもしない。縦横無尽に駆けまわるゴーレムは空を舞う飛鳥のごとくとらえどころがなかった。


「ちょっ……あんまり激しく動かれたら、拙者なんだか胃がムカムカしてきたでござる」


 ゴーレムのなかにいるヨシキは気分がすぐれないみたいだ。絶叫マシーンに乗っているようなものだから、三半規管が狂ってきているんだろう。

 都合二十発目のファイアーボールをゴーレムがかわすと、輝美はアクスレインを構えて疾走。瞬く間に距離を詰めて、青い刃で斬りかかる。


「むっ!」


 ゴーレムは器用に後ろへ宙返りしながら、青い斬撃をよけてみせた。


「やれ、ユウ!」


 輝美が指示を言い終える前に、ミラージュを発動する。クリスタルロッドから光が放たれて飛んでいく。宙から地面に着地しようとするゴーレムの足下にヒットした。

 ゴーレムは地に足をつけると、機能が停止したように沈黙してしまう。

 きいたのか? どうなんだ? じんわりとロッドを握る手が汗ばんでいく。

 ぎちぎちと錆びた機械のように首をまわすと、ゴーレムの顔がこっちを向いた。

 魔術を撃ってきたぼくを睨んでくる。やはりきかなかったのか?

 期待がしぼんでいくそのとき……ゴーレムが機敏な所作で体ごとこっちに向き直った。


「おぉ……あんなところに見目うるわしいおしとやかな美少女がいるではないか」


 美少女? 美少女って、輝美や清音やレイナのことか? でもゴーレムが見ているのはぼくだ。明らかにぼくを見ている。

 ってことはまさか……。


「すぐにつかまえて、たっぷりとかわいがってやろう」


 ドシンドシンと足音を立ててゴーレムが迫ってくる。

 やはりそうだ。まちがいない。ミラージュはきいている。きいているけど……ぼくが女の子に見えている。だとしたらやばい。なにがやばいかって、ケツがやばい。あんなのにかわいがられたら自殺ものだ。

 早く逃げなきゃという焦燥とは裏腹に、恐怖で足がすくみ思いどおりに動けない。こうしている間にも、どんどんゴーレムは近づいてきているというのに。


「させねぇよ!」


 側面から和貴が現れて黄金の剣で斬りかかる。ゴーレムは斜め後ろに後退して斬撃をよけた。迫っていた巨体が遠のくと、足の震えが止まる。


「大丈夫か、ユウ」

「和貴……」


 今なら心の底から和貴のことを親友だと呼べる。和貴が助けてくれなかったら、大変なことになっていた。ほんと大変なことになっていた。


「おぉ、こっちにも美少女がいるではないか。おしとやかなのもいいが、勝ち気な娘も我好みだ」

「……ん? もしかして俺のことを言ってるのか?」


 ゴーレムが今度は和貴を凝視してくる。どうやらグーリマンには、ぼくと和貴が美少女に見えているみたいだ。その代わり本物の女子である輝美たちのことは眼中にない。幻影によって性別が逆転しているのだろう。


「勝ち気な娘よ、すぐに我がものにしてくれよう」

「うおっ、やべっ!」


 劣情に駆られたゴーレムから、和貴は全速力で逃げまわる。つかまれば待っているのは阿鼻叫喚の地獄だ。


「ど、どうしよう輝美! このままじゃ和貴が! 和貴がっ!」

「落ち着け、ユウ」


 輝美は左の掌を見せてきて、やきもきするぼくを静めてくる。なにか考えがあるようだ。


「いいかユウ。和貴も……とうとう大人になる日がきたんだ」

「それはまちがった大人のなりかただよ! 和貴には正しい道のりで大人になってほしいよ!」

「しょうがないな。だったらユウ、和貴のためだ。代わりに掘られてこい」

「ユウ先輩、がんば。きっと新しい世界が開けますよ。肛門のあたりから」

「ユウさん。わたし、男同士もありだと思います!」


 だめだ。うちの女子たちはだめだ。和貴を見捨てようとしている。このままだと和貴が「アァー!」ってなるのに。


「……はっ! 我は一体……」


 お花畑を走る少女のように幸せそうに和貴を追いかけまわしていたゴーレムが急停止する。グーリマンが正気を取り戻したようだ。

 もうミラージュの効果がきれたのか。正常に戻るのが早い。クリスタルロッドで強化されていたとはいえ、やはりゴーレムにはききにくいようだ。


「うっぷ……ま、魔術で幻を見せられていたでござるよ。そ、それで男が女に見えていたでござる……うぶっ」


 ヨシキの酔いがさっきよりも悪化している。吐かなきゃいいけど。吐いたらゴーレムのなかにいるヨシキは悲惨なことになる。


「なんと! わ、我を男と合体させようとしていたのか? なんたる卑劣! 許さん! 許さんぞおおおおおおおおお!」


 憎悪の炎をたぎらせて、グーリマンが憤慨する。その怒りはよくわかる。ぼくもやられそうになって、はらわたが煮えくり返っているからね。


「怒りを買ったみたいだが、幻影が通じるのはわかった。ユウ、もう一度ミラージュをかけろ。その隙にわたしが」

「やだよっ!」


 ぼくの語気があまりにも激しかったせいか、輝美はびくっとしておびえた表情になる。


「い、いやって……なんで?」

「掘られるからだよ! あのデカイゴーレムに掘られるからだよ! 輝美の頼みでも、今回だけは絶対にきかないから!」

「そ、そうか……」


 しゅんとすると輝美は、おとなしく命令を取り下げてくれた。


「ユウ先輩が巨乳以外のことで、ここまで明確に意思を表すのは珍しいですね。そんなにいやなんですか? 試しに一回やってみません? 案外ハマるかもしれませんよ?」

「ハマらないから」


 ハメられても、ハマりはしないから。なんで好きこのんでそんなアブノーマルな世界に踏み込まなきゃいけないんだ。

 輝美は仕切り直すように一息つくと、顔つきを引きしめて戦闘モードに切り替える。


「清音はわたしにゴスペルを。レイナは無駄な魔術で牽制しろ」

「無駄じゃありませんから!」


 そこだけはゆずれないとレイナは懸命に主張してくる。

 清音がゴスペルを使うと、輝美の身体が橙色の光につつみこまれる。その間にレイナは右手をゴーレムに向けてウインドブレイドを放った。


「むっ、その程度の魔術、わざわざかわすまでもない」


 グーリマンはあえてウインドブレイドを受けてみせる。美麗な白銀のボディにはかすり傷さえつかない。ノーダメージだ。


「無駄じゃありませんからね! ほんとに無駄じゃありませんからね!」


 レイナはしつこくウインドブレイドが必要であることを連呼してくる。でも、きいてはいないみたいだ。


「ミスリルで構成したこのボディに並大抵の攻撃は通じない。それこそ伝説級の武器を持ってこなければな」


 勝利を確信しているグーリマンの声には、冷笑がにじんでいた。

 けど伝説級の武器って……それならいま、ちょうどぼくらの手元にある。


「てりゃ」


 グーリマンが能書きをたれている隙に、輝美は背後から忍び寄りアクスレインで斬りかかった。青の斬撃は鋭い摩擦音を響かせて、白銀のボディに直撃する。


「だから無駄だと……」

「おっ、これはいけるみたいだぞ」

「なに?」


 ゴーレムは身を反転させると、首をねじって背中を確認する。そこには、くっきりと斜めに斬撃の跡が刻まれていた。


「……あれ?」


 どういうこと、とグーリマンは目線でぼくたちに問いかけてくる。そんなふうに見られても答えられるはずがない。


「和貴、レイナ、やってしまえ」

「任せろ! おらあああああああっ!」

「この、この、こんにゃろぉ!」


 和貴は黄金の剣で、レイナは虹色の両手剣で、輝美を含めた三人でゴーレムを取り囲み、滅多斬りにして白銀のボディに傷をつけていく。


「ちょっ、ちょっと待て! ストップ! ストップストップストップ!」


 中断を申し出ても三人は攻撃の手を休めない。

 なのでゴーレムは垂直に跳躍して宙高く舞いあがる。地面に降り立って三人の輪から逃れた。


「なにそれ? えっ? なんで? なんでそんなエンシェントナイトゴーレムのボディに傷をつけられるの? びっくりしたぁ! 超余裕ぶっこいてたら、いきなりダメージもらったからびっくりしたぁ!」


 グーリマンの声は度を失っている。あそこまでゴーレムを傷だらけにされたのは初めてなのだろう。磐石だった自信も相当揺らいだようだ。


「この青い魔剣は……えっと、名前なんだったけ?」

「アクスレインだよ」

「そう、アクアクだ。なんでも最強の魔剣士が使っていたものらしいぞ」


 輝美は得々と語りながら手にした魔剣を見せつけるが……いまだにちゃんと名前を覚えていない。


「で、そっちの二人が持っている剣は勇者ルイシスが使っていたものだ」


 輝美の説明を聞くと、ゴーレムは右腕のブレイドで頭をかくような仕草をした。


「ないわ~。そんな反則な武器で挑んでくるとかないわ~。それだとエンシェントナイトゴーレムの防御力がぜんぜん際立たないじゃん。こいつにはどんな攻撃も通じないのか、っていう緊迫した展開にならないじゃん」


 やばくなった途端に愚痴をこぼしだした。そんな展開にしたかったんだ。


「だがしかし、まだ勝ったと思うなよ。いくら切れ味が鋭くとも、当たらなければ無用の長物。いくぞ、チェンジ!」


 両腕のブレイドを交差させて、エックスのようなポーズをとるとゴーレムの全身が激しく輝いた。

 変わっていく。ゴーレムの体色が変わっていく。白銀のボディが汚染されるように漆黒に塗り替えられていく。メタリックな外見が一転して、まがまがしい悪魔のような姿に生まれ変わった。


「変身した!」


 和貴が目をキラキラさせている。喜んでいるみたいだ。


「フッフッフッ。これぞエンシェントナイトゴーレムセカンドバージョン。ボディの構成物質をミスリルからダークマターに変えたので防御力は落ちるが、敏捷性はより強化された。もはや何人たりとも我に追いつくことはできまい」

「えっ……さっきよりも速くなったのでござるか?」


 ぼくたちよりも、ゴーレムのなかにいるヨシキのほうが焦っていた。最後までゲボらないようにがんばってほしい。


「いくぞ!」


 漆黒のゴーレムが攻撃を開始する。砂塵が舞い、残像を描いて疾走すると、輝美に肉薄してきた。両者は目で追えないほどの高速で打ち合い、刃音が何度も重なって弾ける。

 輝美は忌々しそうに歯噛みし、アクスレインで斬り返すが、ゴーレムは既に離れている。

 速い。速すぎる。ゴスペルで身体能力を強化しても、攻撃を当てることができない。


「こんのぉ!」


 和貴が突っ込んでいき黄金の剣で斬りかかる。だが斬ったのは残像だ。本体はすでに遠くに移動している。


「ウインドブレイド!」


 レイナはまず魔術攻撃を撃っておいて、ゴーレムが回避行動に移ったら虹色の両手剣で斬りかかった。しかし、ゴーレムはウインドブレイドも虹色の斬撃も造作もなくかわしてみせた。

 ぼくも何かしなきゃいけない。クリスタルロッドを構えて、ファイアーボールを撃つ。撃ちまくる。けど外れる。漆黒のゴーレムはいくつもの残像を描き、恐ろしいほどの速度でよけてくる。


「無理ゲーですね、これ」


 清音が辟易したように嘆息する。

 言い得て妙だ。こんなのは無理ゲーだ。速すぎて攻撃の当てようがない。敵の行動パターンや動きのクセが読めていたとしても、ダメージを与えられそうにない。


「どうだ見たか。これぞ我の本気よ」

「うぶぶぶぶぶぶ、おえっ、ぐえっ、るぅぅぅぅぅぅぅうぇっ!」


 本気を出すのは結構だが……ゴーレムのなかにいるヨシキが大惨事になっていた。


「ではそろそろ、幕引きといこうか」


 黒々とした凶悪な殺意がゴーレムから発散される。

 背中に冷汗がしたたり、心臓がしめつけられた。グーリマンは終わらせるつもりだ。畳み掛けて、決着まで持っていくつもりだ。

 ゴーレムはタメをつくるように前傾姿勢になると、地面を蹴立てて驀進。猛スピードで輝美に迫って連撃をあびせてくる。単調な攻めではない。ゴーレムは変則的に足場を移し、あらゆる角度から攻めてくる。輝美の周囲を複数の残像が取り囲む。まるで何体にも分裂したゴーレムが袋叩きにしているみたいだ。

 輝美は四方八方に魔剣を走らせ、辛うじてさばくが、全てはさばききれない。致命傷のみを防ぐ。上腕や太ももにかすり傷がついて血がとびちる。身につけている肩当てや膝当てが砕かれていく。

 このままでは手数で押し切られてやられてしまう。


「まさかここまでやるとはな。異世界で戦ってきたどんなヤツよりも手強い」


 輝美はぽつりと弱音をもらす。すると異常な事態が起きた。

 ぼくらは唖然として、それを見つめる。

 予期せぬバグが発生したように、いきなりゴーレムの動きがカクカクと不自然なものになって猛攻の手がやんだ。


「……なんだかよくわからんが、もらった」


 輝美は魔剣で斬り上げて反撃するが、直前で正常に戻ったゴーレムはバックステップで回避する。


「危ない危ない。まさかこのような不具合が起きようとは……」


 ふぅ、とゴーレムはため息をつくような動作をして肩を上下させる。

 不具合……グーリマンはそう口走った。創造者すら予期しなかったことがゴーレムの身に起きたんだ。

 カクカクとなる直前のことを思い出す。輝美は守りに徹しながら喋っていた。不具合の引き金があるとすればそれだ。

 輝美は弱音をもらしたつもりだった。けどグーリマンはそうとは受けとらなかった。

 だとしたら……試してみる価値はある。


「和貴。グーリマン伯爵とゴーレム、どちらでもいいからほめてみてくれないかな」

「なんでだ?」

「確かめたいことがあるんだ」

「よくわかんないが、ユウの頼みなら断れねぇな」


 和貴は親指の腹で鼻先をぬぐうと、黄金の剣の切っ先をゴーレムに向けた。


「伯爵さんよ。俺の見るかぎり、あんたは最高にいかした男だぜ」

「男にほめられてもうれしくないわ!」


 閃光と炸裂音が弾ける。いつの間にか和貴はふきとばされて背中を壁に強打していた。ぐはっと唾液をまきちらす。いきなり高速で攻撃されたが、すんでのところで黄金の剣を使いブレイドを防いだようだ。そこはさすが和貴といえる。


「ユウ……今ので、なんかわかったのか?」

「うん、ばっちりだよ」


 和貴が言葉をかけてもカクカクならなかった。たぶんぼくがやってもならない。

 グーリマン伯爵は生前、ぜんぜん女性にモテなかったらしい。そしてちょっと女性にほめられただけで、ころっといってしまうチョロい男性だった。ということは……。

 輝美に目配せする。輝美も気づいたようで、こくりとうなづいた。


「清音、レイナ。なんでもいい、あいつのことをほめろ」

「ほめるんですか? あれを? ほめるところなんて見当たりませんけど?」

「そこは頭をしぼってひねりだせ」

「わかりました。善処します」

「特に好きでもない相手ですが、死に物狂いで美点を見つけてみせますよ」


 清音もレイナも、さんざんなことを言っている。

 そして二人は指示されたとおり、無理やりいいところを探してほめた。


「えっと、そのゴーレムは見た目だけならかっこいいかもです」

「それと動きが速くてすごいですね」


 ゴーレムがカクカクなる。予想どおり、清音とレイナがほめたらゴーレムは動きが鈍くなった。やはりそういうことなんだ。


「今だ。和貴、レイナ、やってしまえ」

「おうよ! 爆烈破からの剛竜天翔っ!」

「こんのぉ!」


 和貴はスキルをつなげたコンボで右脇腹と右腕を斬りつける。レイナは刺突を繰り出して左脚をつらぬいた。

 すぐに不具合がおさまると、ゴーレムは逃げるように後方に跳ぶ。


「ぐぬぬぬぬ。女に讃えられると我の魂が浮かれてしまい、その反応がエンシェントナイトゴーレムの動作に影響するか……。まさかこのような不具合があろうとは」


 グーリマンは悔しそうに唸る。女子にほめられたら動きが鈍るって、どんな不具合だ。


「清音、ヒールを頼む」

「はい」


 清音から治療を受けて腕や脚の傷をふさいでもらうと、輝美はアクスレインを構えてゴーレムを見据えた。


「よし、もっとだ。その調子でもっとあいつをほめちぎれ」


 輝美から指示が飛ぶと、清音とレイナはほめたくもない相手を苦心してほめた。


「とっても大きいですね」

「ダークな姿が素敵です」

「変身とか、センスがいいと思います」

「硬くて頑丈で、たくましいです」


 あまり心がこもってない賞賛がとびかうと、ゴーレムがカクカクなる。その隙をついて輝美、和貴、レイナが猛攻撃を仕掛ける。三人の斬撃によって漆黒のボディがヒビ割れていき、かなりのダメージを蓄積させていった。

 ……だが、ほめ言葉はすぐにつきてしまう。


「しぶといですね。さっさと死んでください」

「カクカクしてるとき、微妙にキモイです」

「それもう悪口じゃん! それもう我のことほめてないじゃん! ほめるならちゃんとほめろよ!」


 和貴の斬撃が空振りする。ゴーレムが高速で動いて回避した。当たり前だが今の言葉では不具合は生じない。


「なんてことだ。もうほめるところがないぞ。こんなにほめるところがないヤツは初めてだ」


 輝美が真顔で、なかなか御挨拶なことを言う。


「いやいやいや、もっとあるだろう! もっとがんばれよ! もっとがんばって我のいいところ探してよ! 必ず見つかるはずだからさ!」

「ないだろ。おまえみたいな引きオタのいいところなんて」

「第一わたしたちは知り合いでもなんでもありませんし、いいところなんてわかるわけないです」

「まぁ知り合いでも知り合いじゃなくても、伯爵はわたしの趣味ではないですけどね」

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 女子たちはほめるどころか貶していた。それはそれでグーリマンの精神にきいている。


「貴様ら、もう許さんぞ! これだから女は嫌いなんだ! 捕まえたら口では言えないようなものすごいことをしてやる!」


 グーリマンは憤怒を爆発させる。言ってることは相変わらず下劣だ。

 そしてゴーレムが神速で動き、いくつもの残像を生み出す。轟々と吹き荒れる暴風と化して輝美に襲いかかった。

 複数の残像が同時に攻め寄せてくるのを、輝美はスキルを織り交ぜつつ魔剣でどうにかさばいていく。和貴とレイナも応援に駆けつけてゴーレムを攻撃するが、たやすくかわされるか、ブレイドによって弾き返される。

 まずい。輝美も和貴もレイナもやられて、ぼくと清音もやられてしまう。パーティの全滅という最悪の結末が、はっきりとした形を持って現実味を帯びてくる。

 ピンチだ。圧倒的なまでのピンチだ。敗色が濃厚すぎて、呑み込まれてしまう。このままではゲームオーバーだ。

 ……だというのに、こんな逆境のなかでも輝美は笑ってみせた。


「和貴、その黄金の剣をよこせ。こいつとの決着をつける」


 疾風怒濤の連撃をさばきながら、輝美はこの戦いの終わりを予告する。


「ぜ、ぜひとも早く決着を……うっぶ……ござる」

「ヨシキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」


 ゴーレムのなかの人が死に掛けている。キサラギとタクマは友の身を案じて全裸で叫んでいた。


「決着か……。いい響きだ。そういうことならしょうがねぇな!」


 和貴は颯爽と駆け出すと輝美のもとまで一瞬でたどりつき、黄金の剣を手渡した。同時に和貴は背負っていたバスタードソードを抜いてゴーレムに斬りかかるが、ブレイドで弾かれてしまう。よしんば当たったとしても、バスタードソードではダメージを与えられない。

 輝美は受けとった黄金の剣を左手に、そして魔剣アクスレインを右手に握る。再び二刀流となった。


「むっ……」


 身の危険を感じたゴーレムは暴風のごとき猛攻をおさめると、後ろに下がって輝美の間合いから逃れる。

 輝美はこれから強敵と立ち会う剣豪のような猛々しい表情をしているが、信じてもいいのだろうか?


「輝美。二刀流は使いづらいんじゃなかったの?」

「それでも決めなきゃいけないときがある。そしてわたしはそういうときに、ちゃんと決める女だ」


 ニヤッと怖いもの知らずなガキ大将みたいに唇を曲げると、左右の剣に夢幻剣をかける。光の刃が二本の剣身をつつみ、リーチを長くした。


「清音、ゴスペルを」

「はい」


 清音がゴスペルをかけなおすと、消えかけていた橙色の光が輝きを増して輝美をおおう。

 限界まで戦闘能力を強化すると、輝美は射抜くような眼差しでゴーレムを、そのボディに宿っているグーリマンの思念を睨んだ。


「おまえは自分が報われなかったことを、女を憎むことでごまかしているみたいだな。そんなに自分の人生と向き合うのが恐ろしいのか? そのむなしさを認めることが?」


「知ったような口をきくな。貴様にモテなかった我の気持ちなどわかるまい! あんなに心を砕いてつくしたというのに、女どもはことごとく我を裏切った! 誰一人として我を愛してはくれなかった! だから我は引きこもって錬金術の研究に没頭したのだ! それのなにが悪い!」

「なにも悪くはないさ。おまえがそれを、正しいと思っているのならな」


 輝美は久しぶりに再会した友人にでも見せるような、親しげな微笑をグーリマンに向けた。


「おまえはそれをやりたくてやったんだろ? それが正しいと信じてやり続けた。だったらそれでいいじゃないか? わたしはおまえのことを、大した男だと思っているぞ」

「我を……評価しているだと?」

「あぁ。大した男だよ、おまえは。錬金術を研究して、ここまで頑強なゴーレムをつくったんだ。一つの物事を極めるのは、誰にだってできることじゃない。そこは誇ってもいいんじゃないのか?」

「それは……」

「もしかしておまえ、自分を誇れないのか? こんな遺跡まで建てて、グーリマンという名前は死後も後世に伝わっているんだぞ。それっておまえがすごい人間だからじゃないのか? おまえが本当だと信じられるものを、最後までつらぬいたからじゃないのか?」

「っ……」


 グーリマンはおびえている。自身の劣等感と功績の狭間で揺れていた。


「我は女にはモテなかった。しかし、我の人生は無意味ではなかったのか?」

「そんなの当たり前だろ」

「我の人生は、価値のあるものだったのか?」

「おまえがそうだと信じていれば、それは無価値じゃない。誇っていいことだ。どうしても自信が持てないのなら、わたしが肯定してやるよ。わたしがおまえを、すごいヤツだと認めてやる」


 グーリマンは何を想っているのか。声にならない声をもらしたような気がした。


「そうか。そうだったのか……我の生き方は、まちがいではなかったのだな」


 よどんでいた魂が浄化されるように、ゴーレムの顔が天を振り仰いだ。

 輝美から賞賛の言葉をかけてもらったおかげでゴーレムは…………すっごくカクカクして身動きがとれなくなっていた。


「いまだ! オラアアアアアアアアアア!」


 輝美はリーチの伸びた二刀流を構えて走る。走り抜けてゴーレムのもとまで迫ると双影斬。すれ違いざまに二本の剣で一撃ずつ脇腹を斬りつけ、背後に回り込むと青と黄金の刃を交差させて斬る。そこから更に瞬風連斬。左右の剣を流麗に躍らせて斬る。斬って斬って斬りまくる。五連撃を倍にした十連撃。

 まだ止まらない。輝美の連撃は止まらない。輝美のコンボは、その先に行く。


「こいつでトドメだ! 光魔乱舞撃!」


 魔力で擬似的な刃を九本も具現化し、一振りで十連撃をあびせるスキルと魔術の融合技。それを魔剣アクスレインと黄金の剣で使い、二十連撃にして炸裂させた。

 双影斬からはじまり瞬風連斬、そして最後に光魔乱舞撃。十七連撃を倍増させた三十四の斬撃。輝美は二刀流による連続コンボをつなぎきった。

 その連続コンボの破壊力でもって、エンシェントナイトゴーレムの両腕と両脚を見事に粉砕する。

 ボディを支えていた手足が砕け散ると、ゴーレムは陥落した城塞のように崩壊していき、頭部のついたボディだけが地面に転がった。

 予告したとおり、決着はついた。勝者は、二本の剣を両手で握りしめて立ってる輝美だ。

 それはいいのだが、途中ちょっといい話みたいにしていたけど……あれはぜんぶ輝美の芝居だ。勝ち方があくどすぎる。最低だ。


「なっ! こ、これはどういうことだ! まさか貴様、我を、この我を騙したのか! さきほど我にかけてくれたなぐさめの言葉は全て偽りだったのか!」

「えっ? うん、そうだけど?」

「なにいいいいいいいいいいいいいい!」


 ゴーレムは首をもたげて慟哭する。なんて騙されやすい人なんだ。きっと生前もこんな感じで苦労したんだろうな。


「またか! また我は女に裏切られたのか! 生前だけじゃなくて死後も女にもてあそばれるってどういうことだよ、こんちくしょう!」


 ガンガンガンとゴーレムは頭を激しく振って地面に叩きつける。やめて。そういう自傷行為はやめて。見ているこっちまで心が痛くなるからやめて。

 しばらくするとグーリマンはヘッドバンギングを停止させる。がっくりと首をたらしてうなだれた。まるで自身の敗北を受け入れたかのように虚脱している。


「……ふっ、まぁこれでよかったのかもしれないな。どうしてか今は心安らかだ。我はずっと、我を倒してくれる者の登場を待ち望んでいたのだろう」

「うそつけ」

「負けたからって、なにかっこつけて締めくくろうとしているんですか? ごまかされませんよ」

「……我はずっと、我を倒してくれる者の登場を待ち望んでいたのだろう」


 言い直した。ばつが悪くなったから言い直した。


「グーリマンさん、往生際が悪いですよ。本当は負けて悔しかったんでしょ? そうなんでしょ? ごまかしてないで素直に認めちゃってくださいよ。さぁ、ほら。認めちゃったほうが楽ですよ。ね?」


 レイナがにこにこしながら追及してくる。かなりうざい。


「もういいじゃん! そこはごまかしてもいいじゃん! 最後くらい我にもかっこつけさせてよ! もうキレた! これだから女は嫌いなんだ! もう自爆してやる!」

「えっ……?」


 今の「えっ」も、ぼくらの声ではなくてなかにいるヨシキのものだ。


「ちょっと待って。俺、まだなかにいるんだけど……」


 動揺のあまりヨシキは素に戻って、ござる口調ではなくなっていた。


「ヨシキよ。女運が悪い者同士、我と共にいこうではないか」

「いやだぁ! いきたくない! こんな知らないおっさんとなんていきたくない! 死んでも蘇るとわかっていても痛いのはいやだぁ!」

「ヨシキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」


 キサラギとタクマが全裸で叫ぶ。叫びながら出口のほうに逃げていた。ヨシキを置いていく気まんまんだ。薄情だな。


「ここにいる連中をみんなまとめて消し炭にしてくれる! おまえも、おまえも、おまえも、全員道連れだ! 爆炎のなかで悶え苦しむがよい! ぐわっははははははははははははは!」


 開き直ったグーリマンの哄笑が広間に響きわたる。漆黒のボディだったゴーレムが燃えるたぎるような赤色に染まっていき、自爆のカウントダウンが始まった。

 どうしよう。このまま爆破に巻き込まれても、ぼくらは自動的に復活できる。けど死の痛みを味わうのはイヤだ。ていうか自爆に巻き込まれたらグーリマンに負けたみたいで後味が悪い。だったらぼくたちだけで逃げるか? でもそれじゃあゴーレムのなかにいるヨシキを見捨てることになる。それこそ後味が悪すぎる。

 輝美と視線を見交わす。輝美はしょうがないなというようにため息をついた。


「和貴、ハイスティールであのゴーレムを盗め」

「わかったぜ。この俺の左手に奪えないものはない。それが最強の錬金術師が生み出したゴーレムであろうとな」

「いいからさっさとしろ」


 輝美に尻を蹴られると、和貴は突き飛ばされるようにしてゴーレムの前まで近づいていった。

 へっ、と不敵に笑ってみせるとバスタードソードを背中に戻す。真っ赤に変色したゴーレムに両手で触れてハイスティール、ヨシキからゴーレムを盗みとった。


「え……? あれ? ちょっ、うそ?」


 和貴の両手に持ちあげられるゴーレムの残骸から、グーリマンの上擦った声がもれる。まさかヨシキと分離させられるとは思ってもみなかったようだ。そしてあれだけの重量の物体を持てる和貴の怪力はやっぱり常人離れしている。

 ヨシキはうつ伏せになって地面に倒れていた。顔が真っ青だ。紫色の唇からは黄色い液体がこぼれている。高速で動きまわるゴーレムのなかにいて苦しかったんだろう。


「これがゴーレムの重さか! なかなかだが俺は屈しねぇぜ! 最後までゴーレムを持ち続けてみせる!」

「おまえが何に挑戦しているのかは知らんが、それを持ち続けていたら爆破に巻き込まれて死ぬぞ」

「うおっ! そうだった!」


 ふん、と掛け声をあげて和貴は両手にかかえているゴーレムの残骸を投げ捨てる。地面に衝突すると「もっと丁寧に扱え!」とグーリマンの怒声が聞こえてきた。


「よし、じゃあここから逃げるぞ。和貴、そこに倒れているひょろいオタクに肩をかしてやれ。わたしはそいつに触りたくない。全裸だからな。あとデブとハゲ、おまえらも逃げろ。ただしわたしに近づくな。近づいたら殺す」


 輝美はキサラギとタクマを見ないようにしながら命じた。

 二人は全裸のまま敬礼する。全裸なだけに、もう逆らう気力はないみたいだ。


「清音、ここにいる全員にゴスペルを頼む。身体能力が強化されれば、足が速くなって逃げやすい」

「わかりました」


 清音はまず自分にゴスペルをかけてから、他のみんなにもかけた。


「もう魔力切れみたいですね。これ以上はゴスペルもヒールも使えません。あの、わたし先に失礼してもいいですか?」


 よっぽど爆破に巻き込まれたくないのか、清音は早く逃げたくてそわそわしている。


「ルイシスさんの防具はどうしますか? あれを放っておくわけには……」


 レイナは広間の片隅に放置されている最強装備と、ぼくらの顔を交互に見て視線を往復させた。


「あなたが一人で拾い集めればいいんじゃないですか? わたしたちは先に逃げますから」

「そんなぁ! それって死ねってことじゃないですか! 爆破に巻き込まれて死ねってことじゃないですか! わたし一人だけ置き去りにしないでくださいよ!」

「あなたが爆破に巻き込まれても、誰も困りません」

「しどい!」

「手間だが、後日ギルド職員を派遣して回収させるしかないな。勇者の防具だ、爆破くらいで壊れたりはしないだろ。あとオタクたちが全裸で装備していた鎧とか、個人的に触りたくない」


 後半が輝美の本音みたいだ。


「うぅ……わかりました。ルイシスさんの防具は日を改めてギルド職員に回収してもらいます。わたしも今回は、爆破でやられちゃうプレイをひかえましょう」


 どんなプレイだ? もしかして一人で置き去りにされて爆死するのもまんざらじゃないと思っていたのか、この変態エルフは。


「ちょっ、込み入った話をしているところ悪いのだが、装着してくれる者がいなければエンシェントナイトゴーレムは身動きがとれない。そして自爆もとめられないのだ。だいたい我もそこまで本気で自爆しようとは思ってなかったよ。ちょっとおどかしてやろうとしただけだよ。だから早くエンシェントナイトゴーレムのなかに誰かを入れ……って、うわっ! やっべ! どうしよう! これもう本当に自爆とまぇんねぇわ! なかに誰もいないからもうマジで自爆とめられなくなったわ!」

「逃げるぞ」


 輝美が合図を口ずさむと、ぼくらは一目散に駆け出した。広間を抜けて通路を爆走する。背後から赤々とした輝きが閃き、爆音がほとばしる。遺跡そのものが鳴動し、爆炎が激流となって押し寄せてきた。白亜の天井や壁が崩れていき、遺跡の崩壊がはじまった。

 逃げる。逃げる。逃げる。息せき切ってぼくらは逃げる。体中が汗まみれになって、喉がからからにかわく。清音のゴスペルと、火事場の馬鹿力が働いて、自分でも信じられない速度で走っている。

 爆炎の熱と遺跡の崩れる音が急激な勢いで迫ってくると……光が見えた。出口だ。出口に差している太陽の光だ。

 ぼくらは全速力でその光のなかにむかって駆け込んでいった。




 荘厳に屹立していたグーリマン伯爵の遺跡は、伯爵本人がゴーレムを自爆させたことによって崩壊した。今はただ瓦礫が積み重なっただけの、荒廃とした景色が広がっている。

 よく生き延びれたものだ。我ながら感心する。同じことをもう一度やれと言われても絶対に無理だ。

 一緒に逃げきった三人の全裸おじさんたちは、和貴の上着やノースリーブのタンクトップを破って腰に巻かせてある。大事な部分をそれで隠させている。

 上半身が裸になった和貴は、なぜかマッチョポーズをとってご機嫌になっていた。自慢の筋肉を披露できて満足なのだろう。

 で、股間を布で隠したおじさんたちは硬い地面に正座をさせられると、マッチョポーズをとる和貴を間にはさんで、輝美からこっぴどく説教された。配置がかなり異常だ。

 輝美にきっちり締められると、おじさんたちは……。


「もっと、もっと叱ってほしいでござる。なんだったら顔を踏みつけても構わないでござるよ」

「と、年下のJKに説教されるなんて、こんな幸運な機会はないよ」

「これからはあなたを女王様と呼んでもよろしいでしょうか? 女王様、どうかわたくしめをあなたの犬にしてください」


 おじさんたちは輝美に心酔していた。まったく反省の色が見えない。むしろ怒られて歓喜している。

 輝美はかぶりを振るうと、和貴に命じた。


「和貴。おまえの自慢の筋肉で、そいつらをガチムチに抱きしめてやれ」

「おう、任せな!」

「ひええええええええええええええええええええええええ!」


 和貴が全身の筋肉を隆起させて熱い抱擁をかわすと、おじさんたちは悲痛な叫び声をあげる。輝美が説教するよりも、こっちのほうがよっぽど効果的だ。


「輝美先輩に変な虫がつかないか心配です。あのおじさんたちは今のうちに抹殺しましょう」


 清音は物騒な提案をしてくる。もちろん抹殺はしない。


「布切れ一枚で正座させられて説教を受けるとか……うらやましいです。わたしもされてみたい。どうです、清音さん? ここはわたしと一プレイ?」

「気安く話しかけないでください」


 冷たくあしらわれると、レイナは「ぐほっ」と血を吐くふりをする。そして爽やかなスマイルを浮かべる。ぶれいないな、このエルフは。

 申し込んだ決闘はぼくらの勝ちだ。

 三人のおじさんたちには、今度からまっとうに冒険するように約束させてから、ジェネイラに送り返した。衣服は冒険者ギルドで貸し与えてもらえるらしいが、その冒険者ギルドにたどりつくまでの道中はほぼ全裸だ。後で聞いた話だと、行きずりの人たちから好奇の目を向けられて、かなり恥をかいたいらしい。

 そして翌日にはギルド職員が総出で崩落した遺跡にやってきて、瓦礫のなかから黄金の鎧や銀色の鎧、紅蓮のローブを透視魔術で捜索して発見したそうだ。

 ちなみに崩壊した遺跡は近いうちに再建し、新しいステージとして活用する予定だ。もしもグーリマンの石像が残っていたら、見つけ次第に封印することになっている。もうあの伯爵と関わるのはごめんだ。

 無事に勇者の武具を全て回収し終えた。これでおじさんたちも独走できなくなった。今回の件には片がついたといえる。

 あとは、離れてしまった冒険者たちが戻ってきてくれるのを祈るばかりだ。



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