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ぼくと幼馴染みたちの異世界改善  作者: 北町しずめ
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リニューアルオープン編




 そしてついに異世界フィーラルがリニューアルオープンした。

 宣伝効果もあって、出足は順調だ。レイナが前に言っていた十万人には遠く及ばないものの、二千人以上のお客が足を運んでくれた。その大部分がオタクみたいだ。

 多くの冒険者が訪れてきたおかげで、ジェネイラのなかは新作MMORPGの町みたいに賑やかになった。

 みんな異世界の建物や自然の風景、エルフやドワーフなどを目にして新鮮な感動を覚えている。なかには太ったエルフや髭を剃ったドワーフを見て落胆する人もちらほらいたけど、そればかりはやむをえない。やせろとか髭を剃るなとか、さすがに外見のことまでエルフやドワーフに強制することはできなかった。

 でもそんなマイナスは、プラスによって塗り替えられた。

 異世界の醍醐味である冒険に関しては、ほとんどの冒険者が大満足だったようで、連日続けてやってくる人もいた。急速に客足が増加していき、薄かったゲートも濃くなっていく。みんながこの異世界を必要だと想ってくれている。

 目に見えてフィーラルが救われていくのが実感できた。

 このまま鰻上りで冒険者が増えていけば、安定軌道に乗ることができる。

 ……そう思っていたが、一週間もしないうちに問題が発生した。

 ゴブリンだ。

 まともに活動しているステージがコモレビの森しかないので、冒険者の数が増えるのに比例してゴブリン族への負担が重くなる。

 ゴブリン砦にいるゴブリンを総動員して森に送り込んでいるが、それでもさばききれない。しかも連日の過労によってゴブリンたちの消耗が著しく、本来の実力を発揮できないので戦闘が歯応えのないものになっている。

 死亡したゴブリンはギルド職員が魔術で蘇生させているが、あまりに死にすぎなために蘇生が追いつかず、森での出現率が減少してしまう。これではまたゴブリンと遭遇しない森に逆戻りだ。

 やがて冒険者たちもゴブリンばかりとの戦闘にはあきたのか、右肩上がりだった客足は徐々に横ばいになっていき、少しずつ減りはじめた。

 そして「ゴブリンの異世界」というバカにした書き込みがネットで散見されるようになった。

 ゴブリンたちも相当ストレスが溜まっているようで、エスケープするゴブリンが出てきたりもした。そういったゴブリンはジグラに呼び出されて折檻を受けている。

 何度も死にまくっているのに、もう死にたいと言うゴブリンがいたり、もとからハゲているのに、ストレスでハゲると言うゴブリンが続出している。このままではゴブリンたちの精神がもたない。

 冒険者たちのほうでもトラブルや苦情は絶えなかった。

 ボスであるジグラは一度戦うと、近くで待機しているギルド職員から回復や蘇生魔術をかけてもらう。そのため次の戦闘を準備するのに多少の時間がかかる。なのでどちらが先にボスと戦うのか、冒険者同士でもめるみたいだ。

 対策として、ボスがいる地点に監視役の妖精を配置することにした。妖精の指示に従って冒険者たちにはきちんと順番を守らせる。

 その他にも、セーブポイントがないから好きなときに中断できない。アイテムストレージがないから装備やアイテムの持ち運びが不便。回復アイテムが売ってないから敵が倒せない。……などとゲームのような苦情がギルドに殺到した。

 ギルド職員がスマホやタブレットPCはギルドに預けるように忠告しても、それを無視する冒険者もいた。で、実際にスマホやタブレットPCをなくしたらギルドに文句をつけてくる。そういうときは反論せずにグッとこらえて、透視魔術や妖精の力をかりて紛失物を捜索せねばならない。接客業って大変だな。つくづくそう思い知らされる。

 それからレイナのミスで、もとから空っぽの宝箱を配置したり、アイテムや武具ではなくて役に立たないゴミが入った宝箱を配置したりして、冒険者から苦情が寄せられた。清音に胸をもまれて怒られると、レイナは泣いて謝っていた。

 あまりのトラブルの多さに、冒険者ギルドの職員は爆発寸前だ。実際イリーシャさんはバックヤードで爆発していた。ブチキレてテレビじゃ放送できないような禁止用語を言いまくっていた。デスメタルな歌詞を歌っているみたいだった。

 それらのことを耳に入れた輝美は嘆息する。


「まったく、最近の若い連中はこつこつレベルあげもできないんだな。新しいステージに入る前は、町の周辺にいるザコモンスターを倒しまくって、レベルをあげて、貯まったお金で装備やアイテムを万全にする。これは冒険の基本だろ。ステージに入ったあとも階層ごとにちびちびレベルをあげながら、ちょっとずつ進んでいくものだ」


 いつの時代のゲームの話をしているんだ? ていうかこの異世界にはレベルがないし、町の周辺にザコモンスターが出現したりもしない。

 とりあえず当面の目的は、ゴブリン以外にも協力してくれる魔物やボスキャラを集めて、他のステージやダンジョンを活動させることだ。

 コモレビの森にばかり冒険者が集中するせいで、どうしてもゴブリンたちの負担が過重になってしまう。それにステージやクエストで戦えるのがゴブリンばかりでは、やはりあきる。もっと魔物の種類を増やさないといけない。

 このままでは冒険者がこなくなって、またゲートが薄くなるのもそう遠い話ではない。

 しかし肝心の魔物たちはやる気がなくて非協力的だ。交渉に派遣したギルド職員も手を焼いている。

 このまえぼくらがジグラにやったように、この異世界の魔物は力で従わせれば命令を聞いてくれる。ギルド職員の手で倒せる魔物なら問題ないが、そうでない強者が相手となると交渉が難渋する。

 他の魔物との連係と、新しいステージやダンジョンのオープン。その二つの準備を進めながら、ギルド職員はあくせくと働いていた。



     ◇



 次の休日、ぼくらはレイナに案内されて駅の近くに建っている高層マンションのなかにきていた。


「本当にこんなところにいるの?」

「はい、間違いありません」


 五人でエレベーターに乗り込んで、上階に昇っていく。

 なぜぼくらが現実世界のマンションにきているのかというと、それは輝美が口にした一言に端を発する。


「やっぱり異世界には、勇者と魔王は欠かせないな」


 その通りだと思う。やっぱり勇者と魔王は欠かせない。勇者と魔王のいない異世界なんて、えび天のない天丼のようなものだ。アニメでいったらAパートとBパートが抜けている。もう本編がないと言っても過言ではない。

 ということで輝美の発案により、現実世界に居着いている勇者と魔王を異世界に呼んで、クエストなどのサポートキャラとして活躍させることにした。それで集客率をアップさせるという算段だ。

 勇者と魔王は定期的に異世界に連絡をよこしているので、レイナのほうで居場所は把握できている。

 ぼくらは『聖雷の勇者』という二つ名を持つ女性、ルイシスが住み着いているマンションまでやってきた。

 上昇していたエレベーターが停止すると廊下に出る。歩いて角部屋までくると、足を止めた。


「この部屋のなかに、勇者がいます」


 レイナは賓客を紹介する執事のように、手のひらを返して扉を指し示す。

 なんか、どきどきしてきた。このなかに勇者がいると思うと、心音がやけに頭のなかで響いてくる。


「ちょっ、タンマ! まだ心の準備ができてないから待ってくれ!」


 和貴も緊張しているらしく、胸に手をあてて時間をくれるようにお願いしてきた。


「わかりました、和貴先輩は好きなだけ心の準備をしていてください。わたしたちは先に行ってますから」

「だったら俺も一緒に行くよ! おいていかれるほうが辛いよ! むしろ後から一人で入っていくほうが気まずいだろ!」


 どうやら和貴のお願いは聞き届けてもらえないみたいだ。

 ぼくもまだ緊張が収まってないけど、ここでぐずぐずしていてもしょうがない。案ずるより産むが易し。思いきって行こう。


「では、いいですね」


 レイナはみんなに確認をとると、設置されたインターホンを押した。

 しばらくすると、扉の鍵が外される音が聞こえる。そして内側から、ゆっくりと扉が開かれた。

 わずかにあいた扉の隙間から、何かが顔を覗かせる。

 それは金色。金色のもじゃもじゃだった。なんだこれ? そう思ったけど、よく見たら金色の長い髪が滝のように垂れていた。

 ぼくはこの人に、見覚えがある。


「……もじゃ金だな」


 ぽつりと輝美が口にする。

 そう、もじゃ金だ。たまにコンビニで見かける、もじゃもじゃの金髪をした女の人だ。


「なに? なんのよう?」


 もじゃ金は長い髪の隙間から、クマのできた目でぼくらを見てくる。


「ルイシスさん。今日は折り入って話したいことがあります。あがらせてもらってもいいですか?」


 ……ルイシス。いまレイナは間違いなくルイシスと言った。異世界フィーラルの勇者の名を口にした。そうなんだろうなぁと薄々は感づいていたけど、認めたくはなかった。でもやっぱりこのもじゃ金が勇者ルイシスのようだ。

 もうフィーラルのことでがっかりさせられるのは慣れている。なのに改めてがっかりさせられた。それはみんなも同じで、輝美も清音も和貴も表情に落胆をにじませている。


「部屋にあがるのはいいけど、散らかってるよ」


 そう言ってルイシスは長い前髪を左手でかきあげて素顔を見せてくる。両目の下にはマジックで線を引いたような濃いクマができているけど……西洋風の目鼻立ちは端正でかわいらしいものだった。

 玄関で靴を脱いでルイシスの部屋にお邪魔すると……本当に散らかっていた。

 食べかけのカップ麺、タバコの吸い殻、潰れたビール缶、スナック菓子の袋、ゲームや漫画やアニメDVDがそこかしこに落ちている。カーテンは閉めきっていて、日光が入ってこない。部屋全体が上映中の映画館みたいに薄暗かった。ちゃんと換気していないのか、かなり埃っぽい。


「ゴミ屋敷だな」


 輝美はしかめっ面で感想をもらすと、閉じていたカーテンを全開にして窓を開け放つ。室内に温かな日射しと爽やかな空気が舞い込んでくると、ルイシスは「ぎゃああああああああ太陽がっ!」とちぢこまっていた。吸血鬼か。


「……くさいです」


 清音は鼻をつまんでむっつりとする。

 確かにこの部屋はくさい。ゴキブリなんかが出てきそうだ。けどくさいのはゴミだけじゃない。


「おまえ……くさいな」

「ん? わたし?」


 ルイシスは自分の顔を指差す。

 そう、この勇者はくさい。近くに寄ったら「おえっ」と吐き気がする。こんなに体臭のきつい勇者は初めてだ。


「あの、ルイシスさん……最後にお風呂に入ったのはいつですか?」

「ん~、いつだろ? もうずっと入ってないからわかんないや。下着とかも何日も変えてないから黄ばんでるし」


 マジか、この勇者。どんだけ自堕落なんだ。


「風呂に入ってないって、普段はどんな生活を過ごしているんだ?」

「家でネトゲーとかソシャゲとかやって、アニメや漫画を読んでごろごろしているけど」

「……完璧な引きこもりだな」

「引きこもりじゃないよ。ちゃんと外に出てるし。コンビニに行ったり、雀荘やパチスロにも行くよ」


 話を聞くかぎり、典型的なダメ人間だった。


「ルイシスさんって、現実世界ではお仕事とかやっているんですか?」

「やってないけど。そんなことをしているヒマはわたしにはない」


 なに当たり前のこと訊いてんの、という感じで言ってくる。いや、それ当たり前じゃないからね。


「働いてないのに、どうしてこんな怠惰な生活を送れてるんです?」


 ぼくが問いかけると、ルイシスはぎくりと肩をすくめる。


「言われてみれば、そうですね。ルイシスさんはこっちの世界のお金を、どのようにして入手しているんですか?」


 レイナは指を顎に当てて首をひねり、金の出所を追及する。


「それはほら……わたし勇者だから」


 勇者だから、なんだっていうんだ。ぜんぜん答えになってない。


「勇者といっても、現実世界では社会になんの貢献もしてないただの引きニートだろ」


 輝美の辛辣な言葉に、うぐっとルイシスは精神的なダメージを受ける。


「もしかしてルイシスさん。なにか後ろ暗いことを……」


 レイナはあわあわとしながら、ルイシスを凝視する。その不安は的中していたらしく、ルイシスはばつが悪そうにぼさぼさの金髪をかいた。ふけがたくさん落ちてくる。


「実はその……売った」

「売った? 売ったってなにを?」

「大昔にフィーラルで入手した宝石とか金塊とかを売った。だからどれだけ遊び暮らしても飢えることのない大金がある」

「それって……」


 明らかな条約違反だ。異世界のものを現実世界で売買するのは禁じられている。もしもルイシスが宝石や金塊を売ったことが表沙汰になれば、問題として取りあげられ、日本と異世界の関係に亀裂が生じかねない。


「な、なにをやっちゃてるんですか、ルイシスさん!」

「いや~、多少のリスクは犯さないと金持ちになって自堕落な生活は送れないかなって」


 罪の意識はないのか、ルイシスは犯行動機を軽い口振りで語ってくる。ていうか多少どころのリスクじゃない。


「ど、どうしましょう、輝美さん?」

「ばれそうにないなら放っておいても大丈夫だろ。仮にばれたときは、この勇者を突き出して責任を取らせればいい。とりあえず今後は、こいつが変な真似をしないように厳しく見張っておけ」

「わ、わかりました!」


 少なくとも今はルイシスの罪をおおやけにするつもりはないようだ。このタイミングでルイシスの罪が露呈したら、異世界への客足は確実に途切れる。フィーラルを救うことを優先させるなら、善悪は横に置いておくべきだ。


「そのことをわたしたちが口外すれば、おまえは今すぐにでも異世界に強制送還されるわけだ」


 にやりと輝美は人の悪い笑みを浮かべる。


「そうなったら、もうこっちの世界でネトゲーやソシャゲはできないし、アニメだって見れなくなるな」

「なっ、それは困る!」


 ダンッとルイシスは力強く拳で床を叩いた。ここにきてはじめて、勇者の真剣な姿を目にできた。真剣になる理由がちょっとあれだけど。


「なら取り引きといこうか。おまえのやらかしたことは不問にしてやる。その代わり、わたしたちに協力しろ」

「協力って……なにを?」


 輝美はフィーラルがリニューアルオープンしたことや、ルイシスに勇者としてクエストのサポートキャラになってほしいことを手短に説明した。

 話を聞き終えたルイシスは「なるほど」とうなづく。長すぎる髪のせいで表情はわからないが、神妙な空気は伝わってくる。


「話はわかった。わかった上で断る」

「どうしてだ? まさか働きたくないとかいう理由じゃないだろうな?」

「そのとおり」


 すがすがしいまでの即答だった。あまりのすがすがしさに、あぁなるほどって納得しちゃいそうになったよ。納得しないけど。


「なかなかのクズですね、この勇者」


 清音はもう呆れ果てている。勇者に対する憧憬とかはないみたいだ。


「だってもういいじゃん。わたしフィーラルを魔王の手から救ったんだから、もうがんばらなくてよくない? ぶっちゃけ本当の冒険なんてこりごりなんだよね、疲れるから。壮大な冒険をしたり世界を救ったりするのは、ゲームのなかだけでいいや」


 ファンタジーの代名詞である勇者が冒険を拒否するなんて、これはもう勇者ではないんじゃないか。


「ルイシスさん! フィーラルの命運がかかっているんですよ! いいんですか、自分の故郷が消滅しちゃってもいいんですか!」

「べつにわたしはどうでも……いや、よくない。よくないよ」


 今この勇者、どうでもいいと言いかけたな。でもレイナがあまりにも切実な瞳で見つめてくるので言い直したようだ。

 難解な暗号を解こうとするようにルイシスは腕組みをしてうなる。


「だけどわたしにだって、異世界に行きたくても行けないちゃんとした理由があるんだよね」

「ちゃんとした理由ってなんです?」

「うん。ダンナをほったらかして、わたしだけ異世界にいくことはできないよ。二人の間で決めた生活上のルールとかもあるしさ」


 ぼくらは唇を結んで、黙り込む。

 えっと……この勇者、なんて言った?


「ルイシスさん。ダンナって、どういうことですか?」

「ダンナはダンナだよ。夫。一緒に暮らしている家族」


 レイナは石化する。メデューサの裸眼でも直視したように石化する。ぼくもかなりの衝撃を受けているよ。

 レイナが喋れなくなったので、ぼくが代わりに話を進める。


「ルイシスさんって、ひょっとして結婚しているんですか?」

「うん、してるよ。わたしたちラブラブで愛し合っているから」


 ラブラブで愛し合っているのか……。こんな人を愛してくれる男性がいるなんて、世の中って広いんだな。


「その話は本当か? まさか適当なことを言って、わたしたちを煙に巻こうとしてないだろうな?」

「そんなつもりはないけど。もしかして疑ってるの?」

「疑いたくもなるだろ。おまえみたいな女が結婚できるはずがない」


 きっぱりと輝美は断言する。めちゃくちゃ失礼だけど、そのとおりだ。ルイシスの言葉を鵜呑みにすることはできない。


「信じてほしかったら、証拠になるものを見せてみろ」

「しょうがないな……」


 ルイシスは立ちあがってのっそのっそと歩き、ゴミのなかからスマホを探り当てる。画面を指先で操作すると、ぼくらに証拠を突きつけてきた。


「はい。これがわたしのダンナだよ」


 画面には……絵に描いたような美男子が映っている。

 だけどその画面のなかの男性は、漆黒の鎧をまとっていた。三次元ではない。本当に絵に描いた二次元の男性だ。


「てかこれ、暗黒騎士ゼギスだよね」

「暗黒騎士ゼギス? なんですかそれ?」


 石化がとけたレイナが、ぼくに訊いてくる。


「大作RPGの登場キャラクターだよ。この暗黒騎士ゼギスっていうキャラは、女性から絶大な人気があるんだ」

「なるほど」


 レイナは納得する。いやいやいや、納得したらダメだよね。これ絶対おかしいよね。だってダンナさんの写真を見せるはずが、なんでゲームのキャラを見せてくるの?

 そういったさまざまな疑念をこめて、ぼくらはルイシスを見た。


「この方は暗黒騎士ゼギスさま。わたしのダンナさまだよ。でへへへへへ!」


 やべぇ! この勇者やべぇ! 二次元キャラを本気で愛しちゃってる!


「この人、もうダメですね。手遅れです」


 清音はお墓参りでもするように合掌する。手を合わせたい気持ちはわかるけど、死んでないから。勇者としての品格は死んでいるけど、生物としてはまだ生きているから。


「なに、その目は? 言っておくけどわたしは冗談のつもりはないからね。わたしとゼギスさまは本気で愛し合って、結婚までたどりついたんだから」


 結婚って……それはルイシスが勝手に妄想を膨らませているだけじゃないのか? そもそも勇者のくせに、よりにもよって闇属性の暗黒騎士を好きになるとかミスマッチすぎる。


「おまえがそのキャラを愛しているのなら、それはそれでいいんじゃないか? 他人の価値観にまでとやかく口出しするつもりはない。ちなみに、その暗黒騎士の他に何人の二次元ダンナがいるんだ?」

「うんっと、千人は軽く超えているかな」


 どんだけ二次元の男キャラに惚れ込んでいるんだ。


「とんだビッチ勇者ですね」


 清音の目つきが呆れを通り越して、侮蔑のこもったものになる。


「おまえに二次元ダンナがたくさんいるのはよくわかった。けど、それなら異世界にくるのはなんの問題もないはずだ。相手が二次元なら、放っておいても文句を言われることはないだろ」

「そんなのダメに決まってるじゃん。たまに操作キャラとして使ってあげたり、ジーッと観賞してあげたり、ぺろぺろ舐めてあげたりしなきゃ」


 最初の二つはわかるけど、最後の一つだけは理解できない。理解したくもない。

 輝美はこめかみを指先で叩くと、数秒ほど目を閉じて考え込む。何かをひらめいたようで、まぶたを開けるとルイシスに語りかけた。


「おまえ、その暗黒騎士が大好きなんだよな?」

「大好きなんてもんじゃないよ。心から愛している」

「あぁ、うん。そうか」


 おざなりに受け流すと、輝美はとっておきの手札を切った。


「わたしの父親が経営している会社に、その暗黒騎士が登場するゲームを作っているブランドとのコネがある。わたしたちに協力してくれるのなら、市販されてない非売品グッズをまわしてやることもできるが、どうする?」

「やる! やります! どうかやらせてください!」


 エサを垂らしたら即行で食いついてきた。なんて現金なんだ。

 ふふん、と輝美は我が意を得たりと鼻を鳴らす。


「そうと決まれば、まずは勇者として見栄えをよくしてもらうぞ。そのみすぼらしい姿を見たら冒険者たちが幻滅する。今日からは毎日風呂に入って、身だしなみをきれいに整えろ。ちゃんと下着も変えるんだぞ。そしてなにより、そのもじゃもじゃの金髪を適度な長さにカットしておけ」

「えぇ~、髪切らなきゃいけないの? めんどくさっ」

「そうか。自分で切りたくないのなら、わたしが切ってやろう。清音、バリカンを持ってこい。今からこの勇者をマルボウズにする」

「らじゃです」

「切ります! 髪切りますから! マルボウズだけは勘弁してつかあさい!」


 ルイシスは声を張りあげて懇願してくる。自堕落な勇者でも、ボウズだけは許容できないようだ。なけなしではあるが、女心があったことに小さな安堵を覚える。


「おっ、なんだ? 話はついたのか?」


 これまで口をはさまないで、ずっと部屋にある漫画を読んでいた和貴が顔をあげる。部屋に入る前は勇者に会うということであんなに緊張していたのに、その勇者の実態を目にしたらすぐに緊張がほぐれたみたいだ。


「どうやら協力してくれるみたいだよ」

「そいつはよかったな。ところでよ、やっぱ勇者が使っていた聖剣や鎧なんかは、どこかに封印されていたりするのか?」


 わくわくしながら和貴が表情をほころばせる。

 そういえば、勇者なんだから伝説の聖剣くらいは持っているはずだ。売ったりしてなければだが。


「わたしの使っていた剣や鎧ならあるよ。あと一緒に旅した仲間の装備もちょっとだけならある」

「ほう。その武具は冒険者ギルドに預けることは可能か? 勇者たちの使っていた武具となれば、かなりの客引きに使える」

「ん? べつにいいけど。いらないし」


 いらないんだ。仲間と一緒に旅をした思い出とか、数々の強敵を共に倒してきた愛着とか、そういう想いはつまってないんだ。


「で、その剣や鎧はいまどこにあるんだ? 異世界の聖地や神殿とかに封印されているのか?」


 和貴は好奇心を前面に押し出して問いかける。ファンタジー好きとして、ぼくも聖剣の所在は気になった。


「剣や鎧ならこの部屋にあるよ。物置のなかにエロゲーと一緒につっこんである」


 なんちゅうもんと一緒に保管してるんだ! 勇者なんだから、もっと聖剣や鎧は重宝してくれよ。あんなに目を輝かせていた和貴が、急に老け込んだように悄然としている。同情を禁じえない。

 輝美は頭痛をこらえるように額に指を当てると、半目になってルイシスに尋ねる。


「おまえのだらしなさはよくわかったが、他の仲間と連絡はとっていないのか? できれば勇者パーティの面々にも、サポートキャラとして協力してほしいんだが」

「もう三百年前から連絡なんてとってないよ。あのときの仲間が生きてるかどうかもわかんないし」

「三百年前ですか……」


 途方もない年月に、清音は目を白黒させる。

 レイナにかりた史料にも、勇者ルイシスが仲間を引き連れて魔王サタークとの決戦に臨んだのは三百年前と明記されていた。想像していた凛々しい勇者とはちょっとどころかめちゃくちゃ違っていたけど……でもルイシスが三百年前からいるのは本当みたいだ。

 そんな永い時間を人間は生きることができない。異世界の人間だって、寿命は八十歳くらいだと聞く。ルイシスは異世界のなかでも特異な存在ということだ。


「あの、ルイシスさんって年齢はいくつなの?」

「わたし? えっと聖剣の加護を受けて不老不死になったのが十七だから、肉体年齢はそのときのまま止まっているよ。だからわたしは本当の意味で永遠の十七歳。ずっとお肌もぴっちぴち。他の人みたいにシワシワにならない」


 イェイとピースサインをつくる。

 女性陣三名はそれが気に食わなかったのか、氷柱で突き刺すような冷ややかな目でルイシスを睨んでいる。


「勇者の協力を得ることができたし、もうこのゴミ部屋に用はないな」


 お暇をするために輝美は腰を持ちあげる。


「はい。続けて魔王も説得しちゃいましょう。居場所ならわかっていますからね」

「なに? みんなでこれからサタークのところに行くの? じゃあわたしも行こうかな。ちょうどタバコきらしていたから、買っておこうと」


 永遠の十七歳なら、タバコは吸えないはずだ。そんな指摘をしたところで、実年齢は三百歳を超えているから大丈夫、という返しがきそうなのでやめておいた。



     ◇



 で、ぼくらがやってきたのはコンビニだ。書き入れ時である正午を過ぎたコンビニだ。とても見覚えのあるコンビニだった。

 だってここ、ぼくらが行きつけにしているコンビニだから。


「えっと、ここに魔王がいるの?」

「はい、まちがいありません」

「ふつうにいるよ」


 レイナとルイシスから確信のこもった返事がくる。

 そうか、ここにいるのか……魔王。こんな身近なところにいたんだ。ていうかあれだ。もじゃ金のルイシスが勇者だったという時点で、もう予想がついている。輝美と清音もそのことは察しているみたいで、顔から感情が消えていた。和貴だけは気づいておらず、緊迫した面持ちでいる。ある意味うらやましい。


「ちゃっちゃと行って、ちゃっちゃと済ませるか」


 輝美が歩き出すと、ぼくらも後に続いた。自動ドアをくぐったらチャイムが鳴る。


「いらっしゃいませ。あら、ユウくんたちじゃ……」


 いつものように営業スマイルで出迎えてくれる佐田さんだったが、レイナとルイシスを見るなり凍りついた。

 やっぱりそうなのか……。


「あのさ、レイナ。もしかしてだけど」

「はい。彼女こそが、三百年前に魔物の軍勢を率いてフィーラルを支配しようとした『黒炎の魔王』、サタークです」

「な、なんだってええええええええええええええええええ!」


 和貴が芝居がかってない純粋なリアクションをしてくれる。そのせいで他のお客さんが驚いて、こっちをガン見してきた。


「さ、佐田さんが魔王だったのかよ! じゃあ佐田さんは佐田さんじゃなかったってことなのか? なんで黙ってたんだ! 言ってくれればよかったのによ! 魔王なら魔王って、そう言ってくれればよかったのによぉ!」

「ふつう言わないでしょ。そんなこと」

「なに言ってんだこいつ、って思うな」


 ぼくと同じく佐田さんなんだろうなぁと感づいていた清音と輝美のリアクションは淡白だった。


「あの、和貴くん。あんまり大声で魔王とかって言わないでね。他のお客さんに迷惑がかかるから」


 佐田さんが引きつった笑顔で注意してくる。魔王と言われて迷惑しているのはお客さんじゃなくて、むしろ佐田さんのほうだ。

 どうやら本当に佐田さんが魔王サタークでまちがいないらしい。佐田という名前は、現実世界で使っている偽名だろう。


「佐田さん。わたしたちが今日きたのはお願いがあるからだ。つまり魔王になれということだ。わかったな?」

「ごめん輝美ちゃん。ぜんぜんわからない」


 輝美は気だるげにうなじをかくと、周りの客を気づかって、小声で佐田さんにクエストのサポートキャラになってほしい旨を伝えた。

 見る見るうちに佐田さんの顔が青ざめていく。答えは聞くまでもなかった。


「無理、協力はできない」

「どうしてだ? エルフと勇者がダメダメだからか? わたしもそう思う」

「輝美さん、何気なくわたしらのことをディスるのはやめてください。傷つきますから」


 レイナが抗議してくるが、輝美は馬耳東風とスルーする。


「わたし……もういやなの」

「いやって、なにが?」


 輝美が言及すると、佐田さんはぱっと顔をあげて、眼鏡のレンズの奥にある瞳を涙でうるませた。


「わたしもう、魔王とかそういう目立つ立場になるのはいやなの! 特別でもなんでもない平凡な人生を送りたいの! そのために現実世界で一からやり直しているんだから!」


 芸能界を引退したアイドルみたいな言い分だった。目立たない平凡な人生を求める魔王って、かなり無理がある。


「まぁ落ち着きなよ、サターク。とりあえずタバコちょうだい」


 ルイシスは空気を読まずに尻ポケットから財布を取り出す。そんな勇者に佐田さんはキッと鋭い視線をむけた。


「ルイシスは、輝美ちゃんの申し出を承諾したの?」

「したよ。だって暗黒騎士ゼギスさまの非売品グッズをまわしてくれるから。でへへへ」

「……物に釣られたんだ。ほんと欲望に忠実というかなんというか」

「サタークは自分に厳しすぎだよ。ていうかさ、なんで現実世界にまできてわざわざ働いてるの? サタークならもっと楽に稼げる方法はいくらでもあるでしょ? こんなコンビニで地道にこつこつやってる意味がわからない」

「ルイシスこそ、だらしなさすぎだよ。毎日毎日、酒やタバコやパチスロ、麻雀、ネトゲー三昧。生きているからには働かないと。労働こそが心身を健康にするんだよ」

「わたしネトゲーだけじゃなくて、ソシャゲもやってるから」

「なにをやってるかの話じゃないの!」


 ……勇者が魔王に説教されている。こんなシーンは見たことない。

 というかこの二人、三百年前に殺しあった関係じゃないのか。傍から見ていたら、仲の良い友達にしか見えないな。


「とにかく、わたしは協力できないから。ルイシスみたいに物で釣ろうとしても無駄だからね」


 佐田さんは頑として首を縦に振ろうとしない。物で釣れないとなると厄介だ。輝美の金力も当てにできない。


「どうしてだ? いいじゃないか、魔王サターク。協力してくれよ、魔王サターク」

「そうですよ、魔王サタークさん。魔王なんだから勇者とセットであるべきですよ。魔王サタークさん」

「なぁなぁ、佐田さんはなんで黒炎の魔王という二つ名で呼ばれているんだ? やっぱあれか? 黒い炎を出せたりするのか? かっこいいな! さすがは魔王サタークだ!」

「ちょっ、みんな、あんまり魔王サタークって呼ばないで。お客さんやバイトの後輩がじろじろ見てるから」

「えっ、なんだって? よく聞こえなかった、魔王サターク。もう一回言ってくれ、魔王サターク」

「なにを恥ずかしがっているんですか、魔王サタークさん。自分が魔王だったことを黒歴史にしているんですか? どんなにあがいても過去は消せないんですよ、魔王サタークさん」

「あんたが真の魔王だっていうのなら見せてみろよ! 黒き炎とやらを見せてみろよ! 魔王サターク!」

「わかった! わかったから! 協力する! 協力するからもうやめて! 魔王サタークって言うのやめて! わたしの平穏な日常をおびやかさないで!」


 魔王サタークという名前を連呼する輝美、清音、和貴の猛攻に、佐田さんの心がついに折れた。了承の言葉を口にすると、佐田さんは生気を吸い取られたみたいに、がっくりとうなだれる。


「やっと観念したか。はじめから素直に従っていればいいものを」

「まったくです。わたしたちに逆らおうとしたのが間違いでしたね」

「約束だぜ、佐田さん。あんたの黒き炎は、俺が消し去ってみせる!」


 和貴だけまだよくわからないことを言っているが、とりあえずかなり強引な手段でもって、佐田さんの協力を得ることができた。


「なんてえぐいやり口……」

「ね、びっくりでしょ? こういう外道な人たちなんですよ、このDQNたちは。どうかしてますよね?」


 ルイシスが引いている。最も引かれてはいけない相手に引かれてしまった。

 あとレイナは軽率な発言をしたので、また清音におっぱいをむぎゅむぎゅされて泣かされていた。


「ねぇサターク、早くタバコ持ってきて。ニコチンきれてイライラしてきた」

「あぁ……うん」


 佐田さんはとぼとぼと気落ちした足取りで、いつもルイシスが購入しているであろうタバコの銘柄をカウンターに持ってくる。


「そういや前から気になってたんだがよ。佐田さんっていくつなんだ?」


 疲弊している佐田さんにむかって、和貴がやばめの質問をぶっこむ。


「二十代くらいかなって思っていたけどよ、魔王ってことはもっと長く生きているんだよな? 実年齢はいくつなんだ?」

「ん? ごめん。よく聞こえなかった」


 まるで鉄壁の防御シールドを構えるように、佐田さんは営業スマイルを浮かべる。


「いや、だから年齢だよ、年齢。いくつなんだ?」

「ごめんね、和貴くん。お客さんにプライベートなことは話せないの」


 両手を合わせて謝ってくる。あくまで年齢のことは秘匿するつもりらしい。


「サタークは三百年前からもうかなりの年月を生きていたから、すごいBBAだよ」

「ルイシス。魔王には年齢なんてないの。だからBBAでもないよ」


 仮面のような笑顔を向けて訂正してくる。その仮面の下に、テメェ余計なことを喋ってんじゃねぇぞコラ、という激情が垣間見えた。魔王なだけに、怒らせたら怖そうだ。年齢のことは地雷みたいなので、今後はなるべく触れないようにしよう。

 ちなみに佐田さんも、三百年前に従えていた部下とは連絡を取っていなかった。なので魔王の部下の協力は得られそうにない。

 そのことについてルイシスは、


「学校を卒業したら、同級生が友達じゃなくなるのと同じだね」


 と例えてきたが……勇者の仲間や魔王の部下って、学校の同級生と同レベルに扱っていいものなのか?

 とりあえず、ぼくらは勇者と魔王をサポートキャラとして引き入れることができた。これで集客率のアップが望める。



     ◇



 学校が終わると、ぼくらは制服姿のまま異世界にやってくる。ジェネイラの東街の片隅に建っている教会に足を運んだ。

 屋内の窓は色とりどりの神秘的なステンドグラスが張り巡らされていて、床には長椅子が列をなして並べられている。奥には祭壇が設置されていた。

 教会なんて現実世界でも踏み入ったことがないから新鮮な気分だ。

 ぼくらが教会を訪れたのは、異世界にあるゲートの数を増やすためだ。現実世界には日本各地にゲートが点在するが、異世界にはジェネイラ一つにしかゲートがない。だから異世界を訪れた冒険者は、必ずジェネイラのゲートから出てくる。

 今後新たなステージやダンジョンがオープンすれば、ジェネイラからそのステージまで徒歩で移動するのは時間がかかる。なので訪れた冒険者が最初からジェネイラ以外の町からスタートできるように、異世界のゲートの数を増やすことにした。

 意図的に新たなゲートをあけることができる者は、フィーラルの地上には存在しない。地上ではなく雲の上に浮遊するという天空島、そこにいる女神エリアル様だけがゲートをあけることができるらしい。

 その女神様がぼくらの話を聞くために、今からこの教会に降臨してくれるのだ。


「いいですか、みなさん。くれぐれも非礼のないようにお願いしますよ。なんといっても相手は神様ですからね。勇者や魔王よりも遥かに格上の存在ですよ」

「この異世界のろくでもない神々の話を聞かされているから、もう女神だろうがなんだろうが敬う気にはなれないな」


 そんなぁ、とレイナは涙ぐむ。

 ぼくも輝美と同意見だ。神様といっても期待はできない。だって聖光神リアラと暗黒神ゴルフィスはアイドルになると言ったきり戻ってこないからね。そんな異世界の神様を敬えと言われても、はいそうですかとは頷けない。


「あっ、どうやら降臨なされるみたいです。ほら、みなさん頭を低くして」


 教会の天井から祭壇にむかって光が降りそそいでくる。レイナはしゃがみこんで祈るように頭をたれた。しゃがみこんだのはレイナだけで、ぼくらは立ったまま祭壇に注目する。

 ひらりと雪のような白い羽根が何枚も落ちてくると、降りそそぐ光のなかから女性が現れた。純白の髪に、純白の鎧を着て、背中から白鳥のような白い翼を生やしている。


「あれが、女神エリアルか?」

「いえ、あれは天使です。天使は天空島で暮らしていて、エリアル様と同じく滅多に地上には降りてきません。ですが今日は特別です」


 天使はおもむろに降下してくると、ばさりと両翼を羽ばたかせて祭壇の前に着地した。

 次の瞬間、天使の傍らで神々しい輝きが弾ける。一瞬だけ目の前が白濁となった。視界が回復してくると、生じた輝きが光の粒子となって散っていく。

 天使の隣には……絶世の美女が立っていた。

 ピアノ線のような銀色の長い髪に、この世の全てを超越した清麗な美貌。プロポーションのとれた華奢な身体には白い羽衣をまとっている。

 そこに現実感はともなわない。なぜならその美女は透けているからだ。幽霊のように半透明の姿でそこにいる。しかも地面に足をついていない。床からわずかに浮遊していた。

 これが異世界フィーラルにいる神の一柱、女神エリアル。

 エリアル様はぼくらの顔を見回すと……なぜかちょっとだけ唇をもごもごさせた。その唇をそっと隣の天使に寄せて耳打ちをする。


「おもてをあげなさい、と女神様は仰っておられる」


 天使が気品のある澄んだ声音でエリアル様の言葉を伝えてくる。

「はっ」とレイナがつつましく言って顔をあげた。

 なるほど……教会に来てみたら、しゃがみこんで頭を垂れているのがレイナだけだったから、エリアル様は困惑したのか。きっと異世界では誰もが等しくエリアル様に頭を垂れるんだろうな。

 そのことをいちいち咎めたりせずに、エリアル様はまた天使に耳打ちをした。


「こうして顔を合わせるのは初めてですね、現実世界の若者たちよ、と女神様は仰っておられる」


 お付の天使を介してだが、エリアル様は礼節をわきまえた挨拶をしてくる。これはひょっとして、他の神様や勇者と違ってまともな女性かもしれない。


「どうなってんだこれ? 魔術か? 立体映像みたいだな?」


 輝美はずかずかとエリアル様に近づくと、なんといきなり顔面にパンチをかました。すかっと輝美の腕がすり抜ける。エリアル様の姿は実体ではないのでダメージはないが、水面を叩いたみたいに半透明の姿がぶれている。


「ちょっ、輝美さん! いきなりなにをやっちゃってるんですか!」

「いや、これどうなってるのか気になって」


 輝美は何度もエリアル様の顔をつかもうとするが、指先は半透明の姿をすり抜ける。そのたびに、エリアル様の絶世の美貌がぐにゃりとゆがんで悲しいことになっていた。ほんと、なにやってんだろう。


「この翼って、本物なんでしょうか?」

「白い翼か……いつか俺も生やしてみせるぜ」

「一生かかっても無理だと思いますよ。……あっ、なんか引っぱったら抜けちゃいました」


 清音と和貴は天使の翼を興味深そうに触っていた。そのせいでたくさんある羽根が抜け落ちて床にちらばっていく。


「やめろ、と女神様は仰って……おられない」

「そうですか。女神様が仰ってないならかまわないですね。じゃんじゃん羽根を抜いちゃいましょう」

「おう! どっちがたくさん抜けるか勝負だぜ!」

「やめてください、二人とも! 天使にとって翼はなによりも大切なものなんです! 二人のやっている行為は髪の毛を抜くよりもむごいことです! 天使の翼をハゲさせないでください!」


 天使の翼からブチブチと羽根を抜きまくる二人を、レイナは躍起になって止める。


「ていうか、なんでこの女神、わざわざ天使に耳打ちして喋らせているんだ? そんなまわりくどいことしないで、自分の言葉で語りかければいいだろ。もしかして、そういうしきたりがあったりするのか?」


 輝美はエリアル様の顔をつかもうとするのをやめて、直接語りかけた。

 するとエリアル様は……ぷいっと顔をそらす。

 輝美は小首をかしげると、さっと動いてエリアル様の視線の先に立った。またエリアル様はぷいっと顔をそらす。輝美はまたさっと動く。またエリアル様は顔をそらす。

 それを何度か繰り返すと……エリアル様はきつく唇をかみしめて、羽衣の下の部分を両手でぎゅっとつかんだ。全身を震わせて顔をうつむけると、なんだか……目元を湿らせる。

 えっ? うそ? 泣いてる? もしかしてこの女神様、泣いちゃってる?


「やめてください、輝美さん! エリアル様はシャイなんです! 恥ずかしがり屋さんなんです! まともに人の目を見て話せないコミュ障なんです! だからそんなヤンキーみたいにからむのはやめてください!」


 レイナがとんでもないことを暴露した。まともな女性かもというぼくの期待は、あっさりと打ち砕かれる。

 この女神様は極度の人見知りだ。だから直接話さないし、実体も現さない。お付の天使がいなければ、ぼくらとコミュニケーションをとることもままならないのだ。要するに残念な女神だ。


「ふぅん。そいつは難儀だな」


 輝美はエリアル様を見やる。エリアル様は相変わらずうつむいたまま目元を湿らせていた。


「ま、それなら仕方ない。そこの天使を介して話をするとしよう」


 輝美は肩をすくめて微笑むと、ちょんと指先でエリアル様の二の腕のあたりをつついた。半透明の姿がわずかにぶれる。

 エリアル様は顔をあげて輝美と目をあわせるが……すぐに顔をそらす。輝美はおかしそうに口元をゆるめて、エリアル様から距離をとった。

 ちょっと百合っぽいな、と思ってしまったのは、おくびにも出さないでおこう。

 エリアル様は左手の中指で目元をなぞり、涙をすくいとると、仕切りなおすように凛とした表情になった。今さらそんな顔されても評価が戻ることはない。

 エリアル様は再びお付の天使に耳打ちをする。


「そういえばあなた方はフィーラルを題材にした小説を書いているらしいですね、と女神様は仰っておられる」


 どきりと心臓がはねた。……まずい。

 ぼくが書いてホームページにアップした小説は問題ないけど、許可している二次創作のほうは問題がありまくる。具体的に言えば、二次創作では勇者や魔王、そして女神エリアル様がとんでもないことになっている。早い話がエロイことになっている。そんなことがばれたら大変だ。

 輝美に目配せすると……下手なことは口に出さないで乗り切れ、と目線で命令してきた。はたしてぼくにできるだろうか? わからないけどやるしかない。


「はい。ぼくがフィーラルを題材にした小説を書きました」

「そうですか。その小説にはわたしも登場するのですか、と女神様は仰っておられる」

「えぇ、エリアル様も登場しますよ。といってもぼくが史料から情報を読みとって想像したエリアル様ですから、本物とは違います。別人だと思ってください」


 エリアル様はこくりと首肯した。ぼくの目を見てはくれないけど。


「よろしければ、今度その小説を拝見させてください。わたしがどのように描かれているのか非常に興味があります、と女神様は仰っておられる」

「あっ、はい。ぼくが書いたものでよければ」


 自信なさげに語尾を薄めながら輝美を見ると、うなづいていた。ぼくの書いた小説は読ませてもOKみたいだ。


「楽しみにしています、と女神様は仰っておられる」


 お付の天使がそう言うと、エリアル様はにこりとした。美人なだけに、その笑顔はきれいだ。

 これでどうにか危機は乗り切った。張りつめていた緊張がゆるまり、足下から力が抜けていく。こういう心労のかかるミッションは、できればやりたくない。


「エリアル様、エリアル様。ユウさんの執筆した小説もいいですけど、それより他の人たちが書いた二次創作の小説はもっと刺激的ですごいですよ。この前わたしがネットで発見したのなんて、エリアル様がローパーの触手でめっためたに……痛だだだだだっ!」


 余計なことを口走ろうとしたレイナのとんがり耳を輝美が引っぱり、清音が豊満な乳房をつかんでもみしだいた。


「あっ……ちょっ、き、清音さん、そ、そんなに、強くしないで……!」


 レイナは恋する乙女のように顔を上気させている。……なんだろう? いつもと違って、口元がだらしなくゆるんでいる。一体どうしたんだ?

 そして、誰もが予想せぬ事態が発生した。


「……ふへへへへ、もっといじめてください」


 ぞくりと清音は総毛立ち、もんでいたレイナのおっぱいから両手をはなす。輝美も感電したみたいに、急いでレイナのとんがり耳から指をはなした。


「――はっ! わ、わたしは一体なにを……?」


 自分の言ったことが信じられないとレイナは動転している。いや、信じられないのはこっちだよ。


「……おかしいです。あんなにイヤだったなのに……なぜかいま、もっと胸をむちゃくちゃにしてほしい。もっと耳をぎゅうぎゅう引っぱってほしい。そう思う自分がいました。わたしのなかで、これまで知らなかったわたしが目覚めてしまったみたいです」


 目覚めてしまったのか……。このタイミングで? 女神様がいる前で? もう最低としか言いようがない。


「すみません。なんだかわたしのせいで、おかしな空気になってしまって。すべてわたしが悪いですね。そうに決まってます。なのでどうか、こんなわたしを罰してください。いつも以上にむちゃくちゃにしてください。さぁ、どうぞ!」

「いや、いい」

「お断りします」


 すげなく輝美と清音は辞退した。

 ぐぅっ、とレイナは嬌声をあげて打ち震える。頬が紅色に染まり、ぬれた唇からあまやかな吐息をもらす。冷たくされて喜悦していた。

 なんてことだろう。ぼくらは異世界のエルフを、新たな属性に目覚めさせてしまった。セーブポイントがあるならロードしてやりなおしたい。こんなエルフはいらないから。


「あの、それで、レイナがさきほど口にしていた二次創作とはなんのことでしょうか、と女神様は仰っておられる」


 しまった。変態エルフのせいで、女神様に情報がもれた。ほんとろくなエルフじゃない。

 どうしよう? どうすればいい? どうするんだ? ドギマギしながら輝美を見る。

 輝美はわざとらしく咳払いをすると、微笑を浮かべてごまかす。


「現実世界の人たちも、小説に登場する女神を気に入っているということだ」

「なるほど、そうですか。それはなによりです、と女神様は仰っておられる」


 現実世界の人たちも自分を慕ってくれていると思い込み、エリアル様は相好を崩した。

 うそは言ってない。言ってないけど、輝美は肝心な部分を隠している。これじゃあ詐欺師と変わらないな。ぼくの胸中に罪悪感というさざなみが立つが、本当のことなんて言えるはずなかった。


「あ~、それでゲートの件なんだが」


 輝美は気まずい雰囲気を払拭するために、話題の舵を切って本題を持ち出す。


「スカーラに新たなゲートを開くのでしたね、と女神様は仰っておられる」

「そうだ。ゲートをジェネイラ以外の町にも設置してもらえたら、今よりも冒険者の利便性が増す」

「冒険者のことはわたしにはわかりかねますが、新たなゲートをつくることはフィーラルのためになるのですか、と女神様は仰っておられる」

「もちろんなる。というか利便性が悪いままだと客が離れていく。冒険者をつなぎとめておきたかったら、新たなゲートを設置すべきだ」


 エリアル様はまぶたを閉じて黙考する。ややあって両目をあけると、お付の天使に耳打ちをした。


「……わかりました。スカーラに新たなゲートをあけましょう、と女神様は仰っておられる」


 ゲートを設置することに合意してくれたみたいだ。

 エリアル様は、かつてフィーラルに召喚された日本人たちが現実世界に帰るためにしたように、意図的にゲートをつくりだせる。だがそれは、現実世界と異世界をつなぐジェネイラのゲートがあるからこそできる芸当だ。一度でもジェネイラのゲートが閉じれば、エリアル様でもこちら側からゲートをあけることはできない。

 故に冒険者がこなくなってゲートが閉じても、エリアル様の力で新たなゲートをひらけばフィーラルは消滅しない、ということはない。やはり聖光神と暗黒神と四大精霊、彼らが戻ってくるまで、現実世界の人々の想いでゲートをつないでおく必要がある。


「ではみなさま。わたしはこれにて失礼いたします。機会がありましたら、またお会いしましょう、と女神様は仰っておられる」


 半透明のエリアル様が、現れたときと同様に神々しい輝きを放つ。見えない穴に吸いこまれていくように輝きが収縮していくと、エリアル様の姿は跡形もなく消え去った。

 お付の天使は恨みがましい目で清音と和貴を一睨みすると、不承不承といった感じでおじぎをして両翼を羽ばたかせた。白い羽根を舞い散らせながら、天井から降りそそぐ光のなかへと飛んでいき、光とともにその姿は消えていった。


「なぜでしょう? すごい目で睨まれました」

「挑戦ならいつでも受けて立つぜ」


 二人ともめっちゃ天使の羽根をもいでたからね。むしろ攻撃をされなかっただけ感謝すべきだ。


「にしても変な女神だったな。この異世界の女神だからまともじゃないとは思ってはいたが……どうしてあんなに人見知りなんだ?」

「それはですね」


 レイナの話によると、エリアル様は前に現実世界に来たことがあるそうだ。そのとき道を行き交う人ごみの多さに困惑していたら、エリアル様の美貌と神秘的な格好に引きつけられた大勢の知らない人たちが、矢継ぎ早に声をかけてきて、スマホでパシャパシャと写真をとりまくってきたらしい。

 そのことがトラウマになって、天空島の自室に引きこもるようになった。むろんそれ以来一度も現実世界を訪れてはいないそうだ。

 天空島で暮らしている天使たちは、過保護なまでにエリアル様を擁護しているとか。

 ……哀れというか、メンタルが弱いというか、やはり残念な女神だった。

 二次創作のことを黙っておいたのは正解だったな。繊細な女神様が、他人の妄想によって自分がドエライめにあわされていることを知れば、新たなトラウマが生まれてしまう。

 この事実は、今後もエリアル様にばれないように気をつけよう。



     ◇



 次の休日、ぼくらは朝っぱらから異世界に行き、ジェネイラで馬車を借りて北西に向かった。ぼくらが借りた馬車は上等なものらしいが、やはり自動車に比べたら乗り心地がよくない。頻繁に揺れるので腰や背中に振動がくる。

 小一時間ほど走ると、スカーラに到着した。

 ジェネイラほど住民は多くないし、民家もそんなに密集していない殺風景な小村だ。暮らしている種族も人間だけらしい。

 スカーラに視察にきたのは先日の新しいゲートの件もあるが、もう一つ別件がある。それはこの村に冒険者ギルドの支店を建てることだ。

 スカーラに新たなゲートをあけるのはいいが、行った先に冒険者ギルドがなかったら冒険者たちが困ってしまう。なのでこの村に冒険者ギルドの支店を建てることにした。

 ただし預けた装備などは、ちゃんとそのギルドに行かないと返してもらえない。支店に預けた装備を、ジェネイラの本店で受けとることはできないということだ。そういった不便さは今後改善してかなきゃいけない課題だ。


「ここの村長には、もう話をつけてあるんだよな?」

「はい。貧乏な村なので輝美さんの言うとおり袖の下を渡して、ゲートをあけたらいっぱい来訪者がやってきて村の市場が賑わうことをほのめかしたら、簡単に許可してくれました。金の力って偉大ですね」


 エルフが晴れやかな笑顔で黒いことを言う。外見はきれいでも、心は腐っているな。


「ゲートは南側にある空き地にあけようと考えています。あそこは人も畑もない無駄に広い土地ですから、冒険者が一気に押しかけてきても混雑しません」


 無駄に広い土地って、この村の人が聞いたら憤慨しそうなことをあけっぴろげに言わないでほしい。


「冒険者ギルドの支店は中央広場に面した場所に建てる予定です。中央広場はスカーラのなかで唯一の観光名所ですからね。人が集まるにはもってこいです」

「観光名所? こんな何もない侘しい村に、わざわざ足を運んでまで見るものがあるんですか?」


 清音にはオブラートにつつむということを覚えてほしい。確かに何もなさそうな村だけど。


「スカーラの中央広場には、最強の魔剣士が使っていたという伝説の魔剣アクスレインが刺さっています」

「な、なんだって……!」


 和貴がガチガチと歯を鳴らして目を見張る。伝説の魔剣という単語に中二センサーが反応したみたいだ。


「あぁ、あの剣か」

「懐かしいですね。そのアクなんとか」

「二人とも、知らないことは知らないって言えばいいと思うよ」


 輝美と清音は、伝説の魔剣にそこまで魅力を感じていないようで、テキトーなことを口にしていた。この異世界ではさんざん酷いものを目にしてきたからな。すれるのもわかる。

 片や和貴は、いつまでも純真な気持ちをなくしてない。口角をあげて拳を握りしめている。


「よっしゃ! その魔剣とやらを俺のものにしてみせるぜ!」

「和貴さんのものにするのは難しいと思いますよ。その魔剣は、使い手を選びますから」


 そしてレイナに案内されて、中央広場にやってくる。

 広場の中心には、一本の剣が台座に刺さっていた。

 サファイアのように青くきらめく剣身に、優美で幻想的なイバラのような模様が鍔や柄に彫られている。

 目にした瞬間に全身の毛穴がひらいた。店で売ってあるような刀剣とは別格だとわかる。おそらくルイシスが使っていた剣にも引けをとらない。

 あれが伝説の魔剣アクスレイン。


「あの剣はもう何十年も台座から抜けていません。どんな力自慢が引き抜こうとしても、びくともしないんです」

「強情な魔剣だな。いつまであんなところに刺さりっぱなしでいるつもりだ。少しは外の世界を見るべきだぞ」

「きちんと将来のことを考えて、そろそろ刺さりっぱなしをやめるべきです。いつかは抜けないといけないんですから」


 輝美と清音の言い方だと、魔剣がちゃんと働いてないみたいだ。そのせいで、なんだか魔剣がだらしないものに見えてきた。

 レイナの話から推測するに、あの魔剣は相応しい者にしか抜けないようだ。使い手を選ぶ魔剣。ファンタジーのお約束だ。


「あいつが刺さりっぱなしだったのは、待っていたってことだろ? 今日この俺に抜かれる日をな」

「別に和貴先輩のことなんて待ってないと思いますが?」

「へっ、試してみりゃあわかるさ」


 シニカルな笑みを浮かべて、和貴は魔剣に歩み寄っていく。両手でつつみこむように柄を握ると、深呼吸をした。


「今こそ解放のときだ。魔剣よ、俺に力をよこせ!」


 もったいぶったセリフを口ずさむと、和貴は大根でも引っこ抜くように魔剣アクスレインを抜こうとするが……案の定、魔剣は刺さりっぱなしだった。


「ハァ、ハァ……こんのぉ!」


 背中をそらして全身の力を使い、さらに引っぱる。こめかみの血管がはちきれんばかりに脈打ち顔を真っ赤にしながら、んぎぎぎぎぎぎっと顎を食いしばった。

 それでも魔剣は抜ける気配がない。

 和貴は呼吸を荒くすると、魔剣の柄から両手をはなして不敵に笑う。


「やるじゃねぇか。だがこれで勝ったと思うなよ? 今は無理でも、いつかおまえを抜いてみせる!」

「あの人、魔剣になにを話しかけているんでしょうね? かなりイタイです」

「そこはほら……和貴だから」


 イタイのは大目に見てあげようよ。

 和貴が戻ってくると、入れ代わるように今度は清音が魔剣に近づいていった。文句を言いつつも、試してはみたいようだ。

 清音はそっと魔剣の柄に手をかけて引き抜こうとするが……やはり抜けない。すぐに諦めて戻ってくる。


「あれはかなりの意地っ張りですね。なかなかわたしに心をひらいてくれません」


 抜けなかったことが悔しかったのか、清音は魔剣を気難しい子供みたいに言ってくる。


「レイナは、あの魔剣を抜こうとしてみたことあるの?」

「はい、前に一度だけ。びくともしませんでしたけど」


 やっぱりみんな、一度は試してみたくなるものなんだな。自分が選ばれし者か、そうでないのか。


「はい、次はユウ先輩ですよ」


 ぽんっと清音が両手で背中を押してくる。


「えっ? ぼくもやるの?」

「当たり前です。わたしと和貴先輩が恥をかいたんです。ユウ先輩も、あの抜けないときの悔しさを味わってきてください」


 いやな勧められ方だった。

 まぁやるけれども。ぼくも試してみたいから。

 魔剣に歩み寄ると、右手を添えるように柄に重ねた。ひんやりとした感触が指先から掌に伝わってくる。鼓動が高まった。もしかしたらという期待感がふくらむ。

 力をこめて、思いっきり引き抜く。

 引き抜く……つもりだったが、右腕にジ~ンと痺れるような痛みが走っただけで魔剣は抜けない。セメントで固定されているように魔剣は台座と一体化している。とてもじゃないが人間の力では引き抜けそうにない。

 そして清音の言うとおり、これはなかなかの悔しさが込みあげてくる。もしかしたらという期待感がふくらんだだけに、抜けなかったときの失望は大きい。自信のある教科のテストで赤点をとった気分だ。きっと数えきれない人たちが、この魔剣に触れては背中を丸めて立ち去っていったんだろうな。

 ため息をついて魔剣から手をはなし、みんなのもとに戻る。


「どんまい、ユウ先輩」


 清音はにこにこしながら肩を叩いてきた。うん、はげまそうとしてないね。


「じゃあ最後は輝美だね」


 そう言って、まだ試してない輝美に水を向けるが……。


「いや、遠慮しておく。わたしってほら、潔癖症だろ。いろんな人間の手に触れられた魔剣とか無理だから」

「潔癖症だなんて、はじめて聞いたけど?」


 うっ、と輝美は顔をしかめると、すねるように唇をとがらせた。


「だってみんな絶対笑うじゃん。わたしが魔剣を抜けなかったら、絶対クスクス笑うじゃん。わたしもわたしで、やっぱり抜けなかったよってごまかし笑いをしなきゃいけなくなるじゃん。そんな修学旅行の学生みたいなノリはやりたくない」


 修学旅行の学生は、ノリで魔剣を抜こうとはしないと思う。


「笑わないから、やるだけやってみようよ」

「笑うヤツは、みんなそう言ってから笑うな」


 輝美は鼻を鳴らすと、難色を示しながらも魔剣のもとまで歩いていった。

 かったるそうに柄に手をかける。

 軽く腕に力をこめると……するりと固く結ばれていた糸がほどけるように、魔剣アクスレインが台座から抜けた。


「あっ……抜けた」


 青い魔剣を、輝美は呆然と眺める。

 ぼくらも呆然としたまま、その光景を見ていた。なにが起きたのか理解するまでに多少のタイムラグがあった。

 そして輝美は手にした魔剣アクスレインを……かしゃんと台座に刺し戻す。


「いや、戻しちゃだめでしょ! せっかく抜けたんだから!」

「抜いたらちゃんと戻さないとだめだろ。あと、そこまでほしくない」


 ひどい言われようだ。伝説の魔剣なのに、ひどい言われようだ。


「……おい、俺の見間違いじゃなけりゃあ、いまあの姉ちゃん、アクスレインを抜かなかったか?」

「あぁ……俺も見た。まちがいない。アクスレインを抜いたぞ」


 輝美が魔剣を抜くところを目撃していた村人たちが、にわかにざわめきだす。興奮は他の村人たちにも伝播していき、「なんだなんだ」と村中から人が集まってきた。


「ついに、ついにこの日が! 誰も抜けなかった魔剣の使い手が現れた!」

「最強の魔剣士様に並ぶ者がいたとは!」

「こんなめでたい日はない! 祭じゃ! 祭の準備をせい!」


 なんかすごい騒動になりつつある。どうしよう、本当に祭とかおっぱじめられたら非常に面倒くさい。

 しかし、口々に騒ぎ立てる村人たちの言葉をつらぬくように、ヒュンと風切り音が鳴った。青い閃光が瞬き、鋭い音色を奏でて、魔剣が村人たちの前に突き刺さる。輝美が魔剣をダーツみたいに投げ飛ばしたんだ。

 あんなに大騒ぎしていた村人が一瞬で静まりかえり、ごくりと生唾を飲む。


「たかだか魔剣の一本が抜けたくらいで騒ぐな。祭とかそんなのはいいから、おまえらはギルドの支店と新しいゲートを設置する準備に専念しろ。いいな」


 有無を言わさぬ輝美の迫力に村人たちは気圧されて「えっ、あっ、はい」と困惑気味にうなづいた。


「それでいい。ギルド支店と新しいゲートができたら、多くの冒険者がこの村を訪れる。そしたら物が売れて、今以上におまえたちの暮らしは豊かになるぞ。手を抜かずにしっかりやれよ」


 暮らしが豊かになるという言葉を聞いた途端に、村人たちは目の色を変えた。「よっしゃ、やるぞ!」「おぉ!」と活気づく。けれどまだ具体的にやることは決まってないので、気炎だけ燃やして散り散りになっていった。


「魔剣一本でこのテンションのあがりようとは、よっぽどなにもないんだな、この村は」


 大したことないみたいに輝美は言っているけど、何十年も抜けなかった魔剣が抜けたんだ。村人にとっては一大事だろう。

 輝美は地面に刺さっている魔剣を引き抜くと、再び台座に刺し戻した。結局戻すんだ。


「その魔剣アクスレインは使い手に選ばれた人が呼べば、どんなに遠く離れた場所にいてもすぐにやってくると聞きます。輝美さんが呼べば、いつでも魔剣は飛んできてくれるはずです」

「それはおもしろいな。気が向いたら呼んでやろう」


 伝説の魔剣も、輝美にとっては玩具の一つと変わらないみたいだな。


「武器といえば和貴、幻王の牙はちゃんと使い込んでいるか?」


 幻王の牙とは、ルイシスが「物置の奥をあさってたらこんなん出てきた」と言って、前に渡された剣や鎧とは別にもってきたダガーだ。

 ルイシスのパーティにいた盗賊が使用していたダガーで、切れ味の程は通常のダガーとさして変わらないが、稀少なスキルを習得できるレアスキル武器だ。

 そのスキルがおもしろそうだったので、輝美は和貴に幻王の牙を預けた。


「おう、ばっちり使い込んで習得したぜ」


 幻王の牙からスキルをインストールしたことを和貴は笑顔で告げてくる。

 ちなみに和貴は武器をロングソードからバスタードソードという大剣に変えた。大きい武器のほうが、敵をぶった斬れてしっくりくるそうだ。

 和貴はそのバスタードソードから高威力のスキル、爆烈破ばくれつはを習得している。

 新スキルを習得したのは和貴だけじゃない。

 ぼくは初期装備の黒い杖から、ファイアーボール、フラッシュ、ミラージュという三つの魔術を覚えた。ジ・エンドのような変な魔術ではなく、ちゃんとした魔術だ。

 輝美はロングソードから、瞬風連斬しゅんぷうれんざんという連続斬りのスキルを覚えた。

 清音は白い杖から、ゴスペルとサクリファイスという魔術を習得したそうだ。

 これだけ多くのスキルを覚えたぼくたちなら、コモレビの森くらいは簡単にクリアできる。それはお客である冒険者たちも同じだ。故にみんな簡単にクリアできるコモレビの森にあきている。

 だからこそ、一刻も早くゴブリンよりも戦闘能力の優れた魔物の協力をとりつけて、新たなステージやダンジョンを活動させなきゃいけない。


「レイナ。スキルについて前から気になっていたことがあるんだが、アクションRPGみたいに連続攻撃するスキルを続けて使用したら、コンボとかつなげられるのか?」


 輝美からの質問に、レイナは眉間の皺を寄せた。


「上級者なら可能ですけど、かなり難度の高い技術ですよ。スキルからスキルにつなげるタイミングは一瞬ですし、なにより肉体にかかる負担が大きいです」


 その点、輝美と和貴は問題なさそうだ。二人とも肉体のつくりは頑丈だから。


「ユウ、おまえ今わたしに対して失礼なことを考えただろ?」

「えっ……どうしてそう思うの?」

「そういう顔をしていた。言っておくがな、わたしをそこの筋肉バカと一緒にするなよ」

「そうだぜ、ユウ。俺の筋肉はオンリーワンだ。やすやすと他人に真似できるもんじゃねぇよ」


 和貴がずれたことを言ってくる。誰も筋肉の優劣なんて競っていない。


「ユウ先輩。輝美先輩はムキムキじゃないですよ。肌は白くてやわらかいし、手足や腰周りは細いですし、胸だって、胸だって大きくて……う、うらやましい!」


 なぜか清音が泣きそうになっている。大丈夫だよ、つるぺただって需要はあるから。ぼくは全く興味ないけど。

 しかし筋肉質じゃないのに、輝美のあのバカ力や腕っ節の強さはどこからきているんだ。人体って不思議だな。

 そう思って輝美の手足や腰周りをまじまじと観察する。

 輝美は不審者から身を守るように両腕で自分の肩を抱きしめると、ぼくから離れた。


「あんまりじろじろ見るな」


 すごい目で睨まれました。

 いやらしい気持ちはこれっぽっちもなかった……とは言いきれないけど、よからぬ誤解を招いてしまった。反省しよう。

 それからジェネイラに戻ると、スライム族とコボルト族が冒険者ギルドに協力してくれるようになったとの吉報が届いた。どちらもザコキャラではあるが、これで戦える魔物の種類が増えた。少しは冒険者たちの関心をつなぎとめておくことができそうだ。



     ◇



 休日になると異世界に行くのがすっかり習慣になってしまった。みんなと異世界を改善するのはおもしろいからいいけど、そのぶんゲームをプレイする時間がめっきり減った。そのせいで何本かの新作ゲームは積んだままになっている。

 今日も昼食をとり終えると、電子の異世界ではなく、実存する異世界に足を運ぶ。

 ジェネイラの冒険者ギルドで装備を整えると、また馬車に揺られて移動する。やってきたのはスカーラの北にある洞窟だ。

 英雄王の洞窟と呼ばれている場所で、新たなダンジョン候補になっている。ここに赴いたのは洞窟内を視察するためだ。

 ちなみに装備を身につけているのは、ここの視察を終えたら交渉が難航しているオーク族のもとにいくからだ。前回のゴブリンキングみたいに、戦闘になる可能性が多分にある。万全の状態でいってしかるべきだ。

 ぼくらは岩山にぽっかりとあいた大きな洞穴の前までくると、そのなかに広がる暗闇を見据えた。


「英雄王って名前がついているくらいだ。やっぱりここには何かあるのか?」

「はい。英雄王グオルグが使っていた武器、オメガカイザーが封じられているそうです」

「オメガカイザーだと……!」


 例のごとく、和貴だけが反応を示す。ぼくと輝美と清音は、ほぼ無反応だ。


「オメガカイザーの詳細は一切不明ですが、とてつもない破壊力を誇っていたと伝えられています」


 剣なのか盾なのか鎧なのか、その形状すらわかってないらしい。どうもきな臭い武器だ。


「とりあえず洞窟内の視察に行くか。なかはかなり暗いみたいだな。ランプか松明がいりそうだ」

「わたしもそう思います」


 こくりとレイナはうなづく。うなづくだけで、ランプも松明も取り出さない。


「え? なんですかみなさん? どうしてそんなにわたしのことを見るんですか? そ、そんなに見つめないでください……」


 ポッと赤くなって両手で頬を押さえる。なんで照れているんだ?


「えっと、レイナ。もしかして明かりになるような道具とか、持ってきてないの?」

「あっ、もしかしてわたしが持ってくる係りになっていましたか?」

「係りとかは決めてないけど、これまでレイナが必要な道具を事前に用意してくれたから、今回もそうなんだろうなって……」


 なるほど、とレイナは得心がいったように小さくうなづいた。


「すみません。何も持ってきてません。忘れてきました」


 レイナは素直に頭を下げてくる。あまりにも謝るのが早いので、本当に反省しているかは怪しいところだ。


「つくづく間抜けなエルフですね」

「や、やめてください、清音さん! 杖の先でおっぱいをつつかないで!」


 半泣きになっていやいやとかぶりを振るうレイナだが……なんだろう、以前と違って本気で嫌がっているようには見えないというか、嫌がる素振りのなかに喜びの感情がふくまれている。やぶへびなので、ツッコまないでおこう。


「わざわざこんなところまで出向いたっていうのに、どうすんだこれ?」


 輝美が白けた表情になる。暗闇を照らす道具がなければ、視察のしようがない。

 でも大丈夫だ。ぼくには問題を解決できる方法がある。


「あのさ、輝美。ぼくの魔術を使えば暗闇を照らせるよ」

「なるほど、ファイアーボールでレイナを燃やして明かりにするんだな」

「えぐいよ! そんなことしないから!」

「ファ、ファイアーボールで全身を焼かれるんですか……ぐっ、た、耐えきれるかどうかわかりませんが、どうぞ!」


 どうしてちょっと乗り気なんだ、このエルフ?


「ファイアーボールじゃなくて、フラッシュのほうだよ」

「あぁ、ハゲたおっさんに言ったらブチキレられる単語な」

「ブチキレられるのは間違いないけど、ぼくが言ってるのは魔術の話だから」


 フラッシュは光を発して敵の目をくらます魔術だ。けど光を弾けさせずに維持させれば灯りとしても使える。

 早速ぼくはフラッシュを発動させた。杖の先に野球ボールくらいの光の玉が灯る。光が弾けないように持続させる。これで暗い洞窟に入っても問題ない。


「このくらいの光だと、洞窟内では視界が良好とはいえませんね。処罰もかねて、やはりこのエルフを燃やしましょう」

「そういう残酷なことはしないから」

「ユウさん、わたしは一向にかまいません! やっちゃってください!」


 やらないから。というかやりたくない。やったらぼくまで変態プレイに参加したみたいになってしまう。

 みんなで洞窟に入ると、清音が危惧したとおり、フラッシュの明かりだけでは視界が良好とは言えなかった。ダンジョンとしてオープンする際には、ランプや松明のような明かりになるものを常設しないといけないな。

 加えて足場も悪い。でこぼことした悪路ばかりで非常に歩きにくい。これだと冒険者も魔物も動きづらくて、まともな戦闘ができない。歩きやすいように地面を均しておく必要がある。

 視界が悪くて道も悪い、そんな最悪の状況で進んでいたので、途中でレイナがこけた。


「大丈夫ですか?」


 清音はレイナに手を差しのべる……ことはせずに、なぜか転倒したレイナの背中を踏んづけた。ぐぇ、とレイナが小声でうなる。


「こ、こんな扱いを受けるなんて……」


 屈辱にまみれながらも、なぜかうれしそうに身震いしている。よし、ほっとこう。

 坑道の奥にある行き止まりまでくると、やけに仰々しい紋様の刻まれた石扉があった。


「もしかして、この扉の向こうにそのオメガなんとかが封じられているのか?」

「はい、この扉の向こうにそのオメガなんとかがあります」


 オメガカイザーね。レイナまで名前を忘れたら、本当にだめだ。


「だがこの扉は封印を施されていて誰にも開けることができない、ってところか」

「輝美さん、もうわたしがいちいち説明しなくてもわかるようになってきましたね。ひょっとしてわたし、いりません?」

「そうだな。だいぶ前からいらないな」

「もはや存在意義すらありませんね、このエルフ」


 二人の厳しい舌鋒にレイナ「うぅ」と半泣きになる。本当に泣いているのかどうかはわからないけど。

 輝美は試しに扉に手を当てて押してみるが……開かないみたいだ。


「和貴、やってみろ」

「おう、任せときな。こんな扉、俺の一撃でぶっ壊してやるよ」


 和貴は意気揚々と背負ったバスタードソードを抜くと、大上段に構える。


「くらえ、爆烈破!」


 右足を前に踏み出し、ハンマーを叩きつけるように全力でバスタードソードを振り下ろす。身をすくませてしまうほどの衝突音が鼓膜を震わせた。

 渾身の力をこめた和貴自慢の一撃だが、わずかな火花が散っただけで扉には傷一つついていない。


「これでも無傷とはな。根性のあるヤツじゃねぇか。さすがは我がライバル」

「扉もライバルなんですか?」


 木枯らしが吹きすさぶような冷たい声で、清音は問いかけていた。


「和貴の一撃でも開かないとなると、ちょっとやそっとの衝撃を与えても不毛だな。よし、あいつを呼ぶとするか」


 輝美は右手を開いたり閉じたりすると、虚空にむかって伸ばした。


「こい……えっと、あのアレ。この前わたしが抜いた魔剣、名前なんだっけ?」


 名前を忘れられていた。魔剣がかわいそうだ。


「狼牙冥悪剣だぜ、輝美」

「違うな。そんな中二臭い剣はいらない」

「みんなに見世物にされることで快楽を得ていた変態刺さりっぱなし剣です」

「とんでもない剣だな。使いたくないぞ」

「そうじゃありません。魔剣アクスレインです!」


 ようやくレイナの口から正解が出た。よかった、ぼく以外にも覚えている人がいて。魔剣が報われた気がする。


「アクスレインか……わかりずらくて長いな。アクアクに省略しよう」


 威厳もへったくれもない、かわいい名前に改名されてしまった。スカーラの住人が知ったら泣きそうだ。


「こい、アクアク」


 輝美が省略した名前を呼ぶと、洞窟の入り口のほうから強風を切り裂くような鋭い音色が聞こえてきた。音は段々とこっちに近づいてきている。

 そして青い閃光が流星のごとく飛来する。魔剣はレイナの横顔すれすれを通過していき、食い込むように壁に突き刺さった。

 ひぃ、とレイナは腰を抜かす。あと数ミリずれていたら、レイナの首から上はなくなっていた。


「ちっ、もう少しだったのに」


 清音が悪意に満ちた毒を吐く。わりと本気で言ったみたいだ。


「わたしの手のなかじゃなくて、ぜんぜん見当違いのところに飛んできたな。ノーコンな魔剣だ」


 輝美は下唇を突き出して不服そうに自分の右手を見下ろすと、壁に刺さっている魔剣に近づいていって引き抜いた。


「さて、それじゃあアクアクの初仕事といくか」


 ねじこむようにして扉の境目に魔剣を突き入れると、手首をひねって回転させる。あんなに堅固に閉じていた扉が、硬い音を立てて強引にこじあけられていった。


「よし、あいたな」


 あいたはあいたけど、魔剣の初仕事が魔物との戦闘じゃなくて扉をこじあけることって、使い方としては間違っている。

 封印されていた奥の間に入ると、そこはこれまでたどってきた悪路とは打って変わり、天井や壁や床が平坦に削られた正方形の部屋だった。明らかに人為的な手が加えられている。


「輝美先輩、あれ」


 正面の壁には、なにか四角いものがはめこまれていた。あれは……石版だ。扉と同じく仰々しい紋様が刻まれた石版がある。

 ぼくらが部屋の中央まで歩いていくと、やにわに石版が発光する。


「……わたしはグオルグ。オメガカイザーを用いて、霊山より出現した数多のブラッドドラゴンを殲滅した英雄王だ」


 光る石版から壮年の男性の声が響いてくる。


「英雄王はオメガカイザーを後世に伝えるために、思念の宿ったメッセージを残したと聞きます。あの石版がそうみたいですね」


 レイナが注釈を加える。やはりこの声は英雄王のものなのか。


「どうでもいいが、いきなり自慢話から入るとか、どんだけ自分のことが好きなんだ、このおっさんは?」

「きっとキモいナルシストですね」

「そこはほら、自分のことを知らない人たちのために、親切に自己紹介から入ったんじゃないかな?」


 真偽はわからないが、そうだと信じたい。英雄王がキモいナルシストなおっさんだったら嫌だからね。

 輝美と清音の不平をよそに、石版は語り続ける。


「わたしは悪魔に死の呪いをかけられた。この身は余命いくばくもない。故に遺言を残す。オメガカイザーを託すに相応しい者が現れることを信じて」


 死の呪いという言葉を聞いて、ぼくらは口をつぐむ。現実世界で語り継がれている英雄たちは悲劇的な結末を迎える者が多い。異世界の英雄もその例にもれないようだ。


「みなさんどうしたんですか? 急にしんみりしちゃって? お通夜モードですか?」

「いや、さすがに悪魔から死の呪いをかけられたって聞かされたら、しんみりもしたくなるよ」

「あぁ、そのことですか」


 ふふっ、とレイナはなぜか含みのある笑みを見せた。


「この身は余命いくばくもないとか言ってましたけど、その予想は外れて、英雄王は普通に八十くらいまで長生きしましたよ」

「……どういうこと?」

「英雄王グオルグは悪魔の呪いじゃなくて、寿命で亡くなったってことです。だって悪魔がかけた呪いって、死の呪いじゃありませんから。悪魔がかけたのは幼女を愛でたくなる呪い、つまりロリコンになってしまう呪いです。だから英雄王グオルグは小さな女の子が大好きでした。このメッセージを残したのは、英雄王の早とちりですね」


 なるほど。ぼくのなかで英雄王への評価が急激に下がっていく。


「早とちりで自分がもうすぐ死ぬとかいうメッセージを残すなんて、英雄王めっちゃ恥ずかしいですね。完全に黒歴史ですよ」


 さもありなんだ。自分が死ぬだろうなんて日記を書いて、それを他人に読まれでもしたら、ぼくだったら羞恥のあまりベッドのなかで悶え苦しむ。


「呪いが勘違いだったなら、どうしてこんなメッセージが残されたままなの?」

「えっと、勘違いに気づいた英雄王は思念の宿ったメッセージを消そうとしましたが、消し方がわからないので『まぁいいや』ってことで、オメガカイザーごとここに放置したそうです」


 なんてテキトーな。頼むよ、英雄王。


「オメガカイザーは相応しい者にしか身につけることができない。きみたちがオメガカイザーに相応しいかどうか、見極めさせてもらおう」


 ぼくらが呆れている間も石版は独白を続けていた。どうやらオメガカイザーを身につけるに値するかどうか、調べるつもりらしい。

 石版から一際大きな光の波が放出されると、ぼくらをつつみこんだ。すぐに光の波は凪いでいき、室内は元どおり暗くなる。今ので値踏みは終わったみたいだ。


「そこの背の高い娘とエルフ」

「ん? わたしとレイナのことか?」


 石版に呼ばれた輝美とレイナは顔をあげる。まさかこの二人のどちらかが、オメガカイザーの使い手として選ばれたのか?

 そして石版は裁定を下した。


「このデブめ! もっとやせてからこい! 無駄に乳ばかり育ちおってけしからん! このデブめ! おまえらのようなデブにオメガカイザーを身につける資格はない!」

「……よし、この石版砕こう」

「わたしも協力します!」


 輝美とレイナが本気の殺意を燃やして構える。


「二人とも落ち着いて。口は悪かったけど、ここで石版を壊したらオメガカイザーが手に入らないよ」

「そんなん知るか。あいつはわたしのことをデブと言ったんだぞ。しかも三回も。言っておくが、わたしはぜんぜん太ってないからな!」

「そのとおりです。わたしたちは太ってません。ちゃんとやせてます。ただ栄養がおっぱいに偏っているだけです」


 標的に狙いを定める闘牛みたいに鼻息を荒くしている輝美とレイナをどうどうとなだめるが、二人の殺意は消えそうにない。


「そしてそこの無駄に筋肉がある男と、これといった特徴のない少年」


 今度は和貴とぼくのことを呼んでいるみたいだ。特徴がないって、イラッとくるな。

 石版はぼくと和貴にも裁定を下した。


「このウドの大木が! ちょっと背が高いからって調子に乗るなよ! 身長が高くたって、いいことなんて何もないからな! おまえらなんかにオメガカイザーはやらん!」


 すごく私情の混じった文句をまくし立ててきた。

 というか、和貴はともかくぼくはそこまで高身長ではない。


「英雄王は矮躯だったので、生前はちっさいおっさんと陰口を叩かれているのを気に病んでいたそうです」


 ちっさかったのか、英雄王。


「へっ、どうせ恨まれるなら身長よりも筋肉で恨まれたかったぜ」


 和貴は自慢げに右腕の力こぶをつくってみせるが、誰も見よとはしなかった。


「そして、そこの少女よ」


 最後に石版は清音を呼んだ。

 変なことを言われるんじゃないかと、清音は杖を握りしめてしゃちほこ張る。


「きみのような少女にこそ、オメガカイザーは相応しい」

「……わたしですか?」

「そうだ、きみだ」


 意外にも賞賛を送られた。清音はいからせていた肩を落として吐息をもらす。


「よかったね、清音。オメガカイザーに相応しいって認められたよ」

「なんだかちょっと照れくさいです」


 ほんのりと清音は頬を桜色に染める。日頃はこういう表情をあまり見せてくれないから新鮮だ。なんだかぼくも嬉しくなる。


「そうだ。オメガカイザーはきみのようなチビで貧乳の幼児体形でなければ着られない。つるぺたこそ至高だ」

「壊しましょう。今すぐあの石版壊しましょう」


 一転して絶対零度もかくやの冷徹な表情になると、清音は石版を叩き壊そうとする。ぼくは慌てて清音の肩をつかみ引きとめた。


「清音、落ち着いて」

「落ち着け? なにを落ち着くっていうんですか? あいつチビって言いやがりましたよ、わたしのことチビって! しかも貧乳の幼児体形でつるぺただって三連コンボをかましてきました!」


 そうだね。清音の気にしていることをまとめてぶちこんできたね。そりゃあキレるよね。


「でもオメガカイザーをくれるみたいだし、ここで石版を壊すのはもったいないよ」


 泣きが入っている清音をやさしくなだめる。むぅ、と清音はぶすくれていた。

 ぼくだけでは説得できそうにないので、輝美に目線で助け舟を求める。


「もらっておけるものはもらっておいていいんじゃないか? 後々なにかの役に立つかもしれないぞ」

「輝美先輩がそう言うのでしたら……」


 ぐすんと鼻をすすって、清音は怒りを静めてくれた。


「ではきみに、一夜にしてブラッドドラゴンを殲滅した最強の武器、オメガカイザーを授けよう」


 石版から膨大な光があふれだして、清音の全身をコーティングするようにつつみこんでいった。惑星の消滅を思わせるほどの燦然とした輝きが発生すると、一気に弾け散る。

 そして清音は、伝説の武器オメガカイザーを装着していた。

 装着していたが……なんだ、それはどこからどう見ても、あれにしか見えない。

 あれというのは、ペンギンだ。大きいペンギンの着ぐるみだ。

 ぱっと見はかわいいのだけど、くちばしの下から露出している清音の顔が表情を失って無になっている。


「なんです……これ?」

「オメガカイザーだ。その衣装によって全身が魔力で強化され、凄まじい戦闘能力を発揮できる。一つ難点があるとすれば、それはわたしやきみのようにサイズの合う人間にしか装備できないことだ」

「他にも難点だらけのような気がしますが……とりあえず、いい歳したおじさんがこれを着てドラゴンの群れと対峙していたのを想像したら、シュールすぎて泣けてきます」


 かつての異世界の人たちは英雄王がオメガカイザーを装着して戦うことをどう思っていたんだろう? 表向きは讃えながらも、裏では笑い物にしていたんだろうな。


「かわいい……」


 レイナがうっとりとした目でペンギン姿の清音をじっと見ている。危険な香りがするのは、どうかぼくの気のせいであってほしい。

 みんなから向けられる視線に耐えきれなくなったのか、清音は着ぐるみから生えている二つの羽を意味もなくパタパタさせて石版を睨んだ。


「あの、恥ずかしいので、やっぱりこれ外してもらってもいいですか?」

「それはできない」

「できないって……どういうことです?」

「オメガカイザーは一度装着すると、数時間は外れないようになっている」


 装着したら外れないって、それはいわゆる……。


「呪われた装備じゃないですか」

「呪いではない、仕様だ」


 ピキッと清音はこめかみに青筋を浮かべる。てこてこと気の抜けるような足音を立てて壁にはめこまれた石版に近づいていくと、ペシンッと羽ではたいて石版を粉々に砕いた。見た目はあれだけど、全身が強化されているのは本当みたいだ。

「無駄だ。石版を破壊したところでオメガカイザーが外れることはない」


 砕けたはずの石版から声がすると、まるで時間が巻き戻るように石版の破片が元の形に戻っていき自動的に修復されていった。


「きみならばオメガカイザーを使いこなしてくれると信じている。では、さらばだ」


 一方的に話を打ち切ると、石版から放たれていた光が消えていく。

 そして室内が暗闇に閉ざされると、わずかな間、沈黙が流れた。


「……どうしましょう。わたし、しばらくはこの格好のままみたいです」

「いいじゃないですか清音さん、かわいいですよ。わたしは気にしませんから」

「あなたの意見なんて聞いてません」


 冷たくされると、レイナはしょんぼりとした。だけど腰をもじもじさせている。悲しんでいるのか喜んでいるのか判然としない。


「このあとはオーク族に会いに行く予定だったな……」


 輝美が歯切れの悪い口調で言う。かなり参っているみたいだ。

 ほんと、どうしようか……。



     ◇



 アニメやゲームなどのオークは体色が緑のものが多いけど、異世界フィーラルのオークは緑色の他にも青色や赤色、黒色のオークまでいたりする。身長が高くて筋骨隆々、とがった耳があって、猪のような潰れた鼻に、口からは鋭い牙が生えている。衣服の類は身につけておらず、男性だったら下半身に腰ミノを巻いているだけだ。女性だったら胸の部分も布で隠している。

 人間からすれば醜悪な容姿なので、十年以上前に現実世界にオーク族が来訪したときはかなり不気味がられたらしい。そのせいでオーク族は現実世界の人間にあまり好感を持っていない。冒険者ギルドに非協力的なのは、それも理由の一つだ。

 一族をまとめているのはオークロードと呼ばれるオークだ。そのオークロードが支配するオーク族は、スカーラから北西に進んだ先にある古城で暮らしている。そこは人々からオーク城と呼ばれている。

 古城なので色あせた雰囲気をたたえているが、決してボロいわけではない。外装も内装もしっかりとした造りになっているようだ。

 黄金色の夕焼けが差してくる茂みのなかに身を潜めて、ぼくらはオーク城の城門をうかがっていた。入り口には門番らしき二体のオークが立っている。体色はどちらも赤みがかったオレンジ色だ。


「ゴブリンもそうでしたけど、こうして直に目にするとオークが実在しているのが不思議でたまりませんね」


 そうだね。不思議でたまらないね。でも知ってたかな。今の清音だって、かなり不思議だよ。だってペンギンなんだもん。大きくて丸いペンギンの着ぐるみなんだもん。

 オメガカイザーが外れない清音をどうするか迷った末に、そのままオーク城に連れてくることにした。あのまま一人っきりにするのはかわいそうだし、置いていこうとしても勝手についてきそうなので同行させた。

 なので、茂みのなかから巨大ペンギンがオーク城を覗き見ているという、かなりおかしなシチュエーションが出来上がっている。


「ギルド職員が交渉に行っても、門前払いされたんだよな」

「はい。ろくに話すら聞いてもらえなかったそうです。しかも配給するために持ってきた武器だけはとられちゃって……」

「もらうものだけもらっておいて働かないとか、とんでもない連中ですね」


 ぷんぷんと清音が腹を立てるが……見た目がペンギンなのでいまいち迫力に欠ける。むしろかわいい。


「輝美、どうするつもりなの?」

「どうするもこうするも、相手が非協力的だとしても交渉するしかないだろ。というわけでレイナ、行ってこい」

「えっ? わ、わたし一人でですか?」

「そうだ。おまえ一人であのオークのところに行ってくるんだ。まずは当て馬としてな」


 当て馬って……輝美は本音を隠そうともしない。


「も、もしもオークたちに捕まってひどい目にあわされたらどうしましょう? そ、そのときはみなさん、助けにきてくれますよね? ね?」

「あ~、うん。行く行く」

「行きます行きます」


 ものすごい生返事だった。二人ともレイナが窮地に陥っても、助けに行くつもりはないみたいだ。


「あっ、でも助けてもらえないならもらえないで、見捨てられたという絶望感があっていいかもしれません」


 ごくりと喉を鳴らすとレイナは立ちあがって茂みから出て行く。こいつなに言ってんだ、って思ったけど誰もツッコまなかった。

 レイナが城門まで歩いていくと、門番である二体のオークが威嚇するように目尻をつりあげてきた。レイナはびくついたが、たどたどしい動作で話しかける。交渉を持ちかけているようだ。

 しかしオークたちは話を最後まで聞いてくれずに、がなり立てた。すかさずレイナはジャンプしてからの土下座を決める。地面に額をこすりつけて許しを請う。

 片方のオークが顎をしゃくった。立ち去れという意味だ。

 えへへへ、すいやせんね、というような追従笑いを浮かべてレイナは頭をかきながら立ちあがる。

 そして茂みのなかにいるぼくらのもとまで戻ってきた。


「どうですか!」

「なにがどうですかなの? 土下座して戻ってきただけだよね?」

「おまえがこれまでどんな生き方をしてきたのか、今のでだいたいわかった」

「きっとこれからも媚びへつらいながら生きていくんでしょうね、このエルフは」

「そ、そんな……勇気を出して先陣を切ったんだから、ちょっとくらいほめてくれてもいいのに……」


 涙目になってレイナはしゃがみこむが、微妙に口元はたるんでいる。もしかして喜んでいるのか?


「じゃあ次こそ本番だな。さぁ和貴、行ってこい」

「おうよ。真打は遅れてやってくるってな」


 悠然と茂みのなかから立ちあがると、和貴は胸を張って城門に歩いていく。あの自信はどこからくるんだろう? もしかしてなにか秘策でもあるのか?

 和貴が接近すると、先ほどと同じように門番のオークたちは眼力を凄めて威嚇してくる。それを和貴は、まぁ待てとでも言うように右手を突き出して押しとどめた。

 和貴は背負っていたバスタードソードを地面に刺すと、肩当てや胸当ても外した。しまいには上着まで脱いで半裸になる。そして口から大量の息を吸い込んで胸板をふくらませると、ボディビルダーさながらのマッチョポーズをとってオークたちに自慢の筋肉を見せつけた。

 オークたちは顔を見合わせるとうなづきあい、なんと和貴と同じようにマッチョポーズを決めて筋肉を強調してきた。おっ、やるじゃねぇか、というような笑みを浮かべると和貴は背中を向けて、今度は鍛え抜かれた背筋をオークたちに見せつける。オークたちも負けじと上腕二頭筋を強調してくる。

 そんなむさ苦しいことこの上ないやりとりが三十分ほど続くと、和貴は両方のオークと右腕をがっちりクロスさせて、熱いハグをかわした。どうやら互いの筋肉を認めあったようだ。

 衣服や鎧を着てバスタードソードを背負うと、和貴は重畳とした笑みを浮かべて茂みに戻ってくる。


「へっ、あいつらかなりキレテルな。キョーダイになってきたぜ」

「なにやってんですか、あなた?」


 さっさと死ねば、とでも言うように清音は軽蔑しきった視線を向けている。ほんと、なにをやっているんだ和貴は?


「しょうがない。次はわたしが行くか」

「輝美、大丈夫なの?」

「心配するな。荒事になりそうだったら魔剣を呼ぶ」


 その魔剣は荷物が嵩張るからとの理由で、英雄王の洞窟においてきた。伝説の魔剣なのに冷遇されている。

 輝美は茂みから出ると、迷いのない足取りで城門まで直進する。

 門番のオークたちは威嚇はせずに、またか……というような呆れ顔になっていた。さすがにもう疲れてきたようだ。

 よう、と輝美は気さくに片手をあげてオークたちに挨拶をすると、ごく自然な動きで城門を潜ろうとした。あまりにも自然すぎたので、オークたちはうっかり輝美を通しそうになったが、慌てて立ちふさがる。

 輝美はどうして止めてくるのかわかないといった怪訝な表情をつくる。まるでおかしいのはオークたちであるかのように。

 オークたちも、ひょっとしたらおかしいのは自分らの方ではないかと当惑したが、しっかりしろと言い聞かせるようにかぶりを振って輝美を威嚇した。

 輝美は不満そうに唇をとがらせると、自分の顔を指差した。ほら、わたしわたし、と言っているようだ。

 二体のオークは互いの顔を見合わせて考え込む。脳をフル回転して思い出そうとする。だが思い出せるはずがない。輝美のことを知るわけがないのだから。

 輝美は人のよさそうな笑顔で、わたしわたし、と言い続けて押し切ろうとする。オークたちはかなり戸惑っていたが、かたくなに首を縦に振ろうとはしなかった。

 これ以上は骨折り損だと悟ったらしく、輝美はあからさまにため息をつくときびすを返して茂みのなかに戻ってくる。


「やはり今どきわたしわたし詐欺は通用しなかったか」


 かなり惜しいところまでいっていたけどね。オーク城のセキュリティが心配になってきたよ。


「清音、頼めるか?」

「はい、任せてください。ささっとなかに入ってきますから」


 え……? 清音に行かせるの? 今はペンギンの着ぐるみだよ? 

 オメガカイザーを装着した清音は茂みから飛び出すと、てくてくと足音を立てて城門に歩み寄っていく。

 門番のオーク二体はギョッとして凝り固まる。そりゃあね。こんなのがいきなり出てきたらびっくりするよね。

 オークたちは当惑しながらも、巨大ペンギンが城門を潜らないように通せん坊をした。

 清音は立ち止まると、右の羽を扇子みたいに振るう。いいえ、違いますからと言っているみたいだ。そしてやわらかそうな胸のあたりを叩いて、パタパタと両方の羽を動かす。わたしはただのペンギンですから、と言っているみたいだ。

 身振り手振りで、清音は自分がペンギンであることを必死にアピールする。でもこんな巨大ペンギンはいないし、どう見ても不審人物なのでオークたちは警戒心を強める一方だった。

 やがて清音は諦めると、こちらに向き直り、てくてくと足音を立てて茂みのなかに戻ってきた。


「どうやらあのオークたち、ペンギンが嫌いみたいです」

「そういう問題ではないよ」


 というかなぜペンギンであることをアピールしていたんだ? ペンギンなら通してもらえるとでも思っていたのか? なんにしても、こんな着ぐるみを被っていたら絶対に通してもらえない。


「おまえら、さっきから一体どういうつもりだ?」


 怒気の混じった野太い声がする。顔をあげてみると、門番のオーク二体が茂みをかきわけて、すぐそこまできていた。あれだけ行ったり来たりを繰り返せば、不審に思われてもしょうがない。


「わたしたちは交渉にきた。おまえらに魔物として冒険者と戦ってもらうためにな。だからおまえらのリーダーと話をさせろ」


 輝美は挑戦状でも叩きつけるような毅然とした態度で目的を告げる。二体のオークは気後れように後ずさったが、ブタ鼻から息を吹きだすと両目を険しく逆立てた。


「ロードはおまえらとは会わない。協力するつもりもない。これ以上つきまとうなら力づくで排除する」


 取り付く島もなく、二体のオークは実力行使に出てきた。蛮族特有の獰猛な唸りを発して輝美に殴りかかってくる。

 すかさず清音はさっと動き、盾になるように輝美の前に立ちふさがった。二体のオークの拳が巨大ペンギンの腹部にヒットする。ぺよ~んと思わずズッコケてしまいそうな間抜けな音が鳴る。


「ぐっ……なんだこいつ」

「か、硬い……」


 硬かったんだ。あんな音がしたのに。

 オークたちの拳は血が滲んでいる。対してオメガカイザーを装着した清音は無傷だ。全身を魔力で強化されているので、不落の城塞のごとく防御力が増大しているらしい。


「てや」


 ペシンと清音が片方のオークをビンタすると、爆撃でもあびたようにはたかれたオークは勢いよくふっとんでいき、そのまま城壁に衝突して体ごとめりこんだ。

 壁と一体化したオークは白目をむいて、口から泡を垂らしている。まさかの一発KOだ。

 なんて凄まじい戦闘能力。正直なめていたよ、オメガカイザー。だってペンギンだからね。

 残った片方のオークは、一体全体なにが起きたのかわかっていないようで、絶句したまま壁にめりこんだオークを凝視している。


「というわけだ。おまえらのリーダーのところに案内してもらうぞ」


 輝美が底意地の悪い笑みで尋ねると、オークは我に返るようにハッとしてから頷いた。


「おまえらは強い。オーク族は強いヤツなら認める」


 どうやらオークロードとの面会許可が下りたみたいだ。


「わたしのおかげですね」


 えっへんと清音は誇らしげに胸を張る。でも見た目がペンギンなので、格好がつかなかった。



     ◇



 オーク城のなかは厳粛な空気が漂っていた。壁面には動物の牙や爪や骨、樹木で作った装飾品、そしてギルド職員から奪った武器が飾られている。

 通路は多少汚れているが、前のジェネイラほどゴミは散らかっていない。

 あちこちにいる様々な色のオークたちが攻撃的な目つきでぼくらを睨んでくる。なかには子供のオークもいて、その子らは敵意というよりも好奇心に駆られてぼくらを観察していた。そして清音を見ると、みんなギョッとする。


「これだけカラフルなオークがそろっていたら、戦隊ヒーローもののオークができるな」

「赤色のオークが超有利ですね。センターであるレッドポジションを狙えます」

「そんな戦隊ヒーローは見た目がごつすぎて怖いよ。悪の組織とどっちが悪者か区別がつかないし、助けにきたら子供たちが泣いちゃいそうだよ」


 他愛もない話をしながら、門番オークに案内されて玉座の間まで移動する。

 ゴブリン砦のときと同じく、大勢のオークたちがぼくらをとりかこむように壁に沿って立っていた。奥にある木製の玉座には、他のオークたちよりもガタイがいい灰色のオークが腰掛けている。灰色のオークはギルド職員から奪った鉄の鎧を身にまとい、足下には肉厚な大剣が横たわっていた。

 あいつがオーク族を支配するオークロードに違いない。

 オークロードはぼくらが……正確には清音が玉座の間に入ってきたらきょとんとしていた。オークロードだけじゃない、他のオークたちも「え?」って顔になっている。


「あなた方の言わんとしていることはわかります。わたしだって、こんな格好をした人が会いにきたら驚きます。ていうかふざけてんのか、ってキレます。だってペンギンですもん。ペンギンがこんなところにくるはずありませんもん。存在自体がおかしいですもん。でも気にしないでください。そしてなぜわたしがこんな格好をしているのかは訊かないでください。わたしはいたって真面目ないい子ですから」


 清音の釈明に、オークたちはざわついている。ペンギンに説得されたところで落ち着けというほうが難しい。

 オークロードも困惑しているが「そ、そうか」と頷いた。清音のことは捨て置くようだ。ロードだけあって度量が広い。

 案内役である門番オークが他のオークのなかにまぎれると、輝美はオークロードを見据えて単刀直入に切り出した。


「わたしたちの目的は既に聞いているんだろ? だったらギルドに協力しろ。おまえとおまえの手下のオークどもには、冒険者と剣を交えてもらう」


 居丈高な輝美の物言いを聞くと、オークロードは低い声で嘲笑う。


「どんなに言葉を尽くしたところで、俺は従わない。俺を従わせたければ……」

「……力を持って我らに示せ、か」

「そういうことだ。言葉はいらない。おまえが俺よりも強いなら従う。弱いなら従わない。それだけだ」


 オークロードは足下の大剣を握って玉座から立ちあがった。燃えるような戦意が総身からみなぎっている。

 魔物相手の交渉となると、やっぱりこういう展開になるのか……。


「ゴブリンよりもシンプルな連中のようだな。ま、嫌いじゃないが」

「あぁ、わかりやすくていいぜ。俺好みだ」


 輝美と和貴は剣を抜いて戦闘態勢に入る。やる気まんまんだ。

 オークロードは牙を剥いて笑うと、ダンダンッと地面を踏み鳴らした。壁際に並ぶオークたちのなかから、湾刀を握った赤いオークと青いオークが一体ずつ出てくる。

 今回は多対一ではないようだ。ゴブリンキングのときみたいに、ぼくらをなめてかかってはくれない。最初から本気で殺しにくる。

 ぼくも杖を構えた。使用する魔術はジ・エンド以外のものだ。あれは二度と使わないと決めている。魔力消費がハンパないし、なにより敵味方関係なく被害がおよぶ。それに今回は普通に戦いたい。普通に戦いたいけど、もう清音がオメガカイザーを装着している時点で普通ではなかった。


「この戦いに負けたら、わたしと輝美先輩とレイナは捕まってエロイことをされるんでしょうか? 美少女がオークにエロイことをされるのは定番ですからね。心配です」

「一般のアニメやゲームでは、そんなことにはならないよ」


 清音が言っているのは、明らかにそっち系のものだ。ていうか自分で自分のことを美少女って言うんだね。

 もし負けたら、本当に女性陣は酷い目にあわされるかもしれない。それこそ二次創作によって、大変なことになっている女神エリアル様みたいに。そう考えたら、この戦いは絶対に負けられない。みんなを二次創作のエリアル様みたいなことにはさせたくない。

 俄然、杖を握る手に力がこもる。いつでも輝美と和貴をサポートできるように、魔術の準備をする。

 オークロードたちも剣を構えて闘争本能を燃えたぎらせていた。

 いつ戦端が開かれてもおかしくない一髪千鈞を引くこの状況下で……まったく予期しない事態が発生する。

 突然ぱっとレイナが手をあげた。


「あの、すみません。こんなときに空気を読めてないと思われるかもしれませんが、ちょっとトイレを貸してもらってもいいですか? 実は城に入ったときからずっと我慢してて、もう結構やばいです」

「もっと我慢してろ」

「えぇぇぇぇぇぇ! む、無理! 無理ですよ、輝美さん! だってもうこれ来ちゃってますから! 入り口のすぐそこまで来ちゃってますから! 膀胱が爆発寸前ですから! こ、このまま戦闘をおっぱじめてしまったら、わたし……わたし……そ、粗相をしてしまいますぅ!」


 きゅっと内股になって、両手で股間を押さえている。おぼれた人が海面から顔を覗かせるように、レイナは苦しげに息をあえがせていた。


「で、ですが、どうしても我慢しろとおっしゃるのなら……げ、限界を超えることにチャレンジしてみます!」


 やばい。目がいっちゃてる。ていうかなんで口元をゆるめてにやついているんだ、このエルフは?


「あっちだ。さっさといけ」


 興をそがれたオークロードは憮然としながら、玉座の間から右側につながる廊下を指差した。


「ありがとうございます! でもここはあえて我慢させてください! 我慢することによって、わたしのなかで新しい何かが芽生えそうですから!」


 それは芽生えたらアカンやつだから。変態への道にまっしぐらだから。


「いいからさっさと行って二度と戻ってこないでください。邪魔です」

「うぐっ……き、清音さんにそこまで邪険にされるなんて……」


 目尻に涙をためてとろけそうな顔になると、レイナは内股で右側の廊下に歩いていった。


「……あっ、わたしのことはお気になさらず、どうぞ先にやっちゃっててくださいね」


 いいからさっさと行け、とうっかり杖を投げそうになったがグッとこらえる。

 膀胱が爆発寸前のエルフがいなくなると、ぼくらは仕切り直すように反目した。


「おまえらの力、試させてもらう」


 オークロードが地面を蹴って駆け出す。デカイ図体のわりに素早い。輝美に接近すると、重量のある大剣を軽々と右腕一本で振るってきた。

 輝美はロングソードを斜に構え、巧みな足さばきをまじえながらのしかかる剣圧を受け流す。

 その一合で輝美の力量を感じとったのか、オークロードは口元を曲げて歓喜する。


「次はわたしの番だ。いくぞ、瞬風連斬」


 輝美はロングソードから習得した新たなスキルを使用する。

 右斜め斬り、左斜め斬り、とエックスを描くように白刃を走らせて、また右斜め斬り、左斜め切りと繰り返してから、最後に垂直に斬撃を振り下ろす五連撃。それを一刹那で実行する。

 電光石火の連撃を、しかしオークロードは大剣を器用に動かして防いだ。


「さすがはオークのボス。ゴブリンとは一味も二味も違うな」


 必殺のスキルが通じなかったというのに、輝美は笑っている。戦闘を楽しんでいるのはオークロードだけじゃない。

 オークロードに続くように、他の二体のオークも動きだす。

 赤オークは湾刀の切っ先を和貴に向けて突撃をしかけてきた。


「おっしゃあ! ばっちこいやぁ! 超・爆烈破!」


 突っ込んできた赤オークに、和貴はバスタードソードで強烈な一撃をお見舞いするが、あっさりと軌道を読まれてよけられる。和貴の超・爆烈破はむなしく地面を叩いた。ていうかまた勝手に超とかつけていた。

 斬撃をよけた赤オークは間髪をいれずに和貴に襲いかかる。和貴はバスタードソードで湾刀を受け止めて、赤オークと斬り結ぶ。

 そしてもう一体の青オークはぼくを狙って走ってくる。

 ぼくのような普通の人間では、正面きってオークとやりあうことはできない。それに剣や鎧を装備していないので、斬られたら一巻の終わりだ。肉薄される前にどうにかしないといけない。


「ユウ先輩、わたしに任せてください」


 なんかいきなり大きな丸い物体が横から飛び出してきたと思ったら、清音だった。ペンギンの着ぐるみを装着した清音だった。

 青オークが立ち止まり、逡巡する。


「どうやらオメガカイザーの強力さを感じとって、ビビったみたいですね」

「たぶん違うよ」


 いきなりこんなでかいペンギンが立ちふさがってきたら、そりゃあ誰だって立ち止まるよ。一回頭のなかを整理したくなるよ。

 青オークは困惑しながらも、唸り声をあげて湾刀で清音に斬りかかってくる。しかも着ぐるみに守られていない露出している顔の部分を狙ってきた。

 だが、顔面もきっちりと魔力でカバーされていたようで、湾刀は鉄板でも叩いたような硬質な音を鳴らして停止する。清音の愛らしい顔には傷一つない。


「乙女の顔を狙うとは、なんたる卑劣。許せません」


 清音は右の羽でペシンとビンタをかました。それを湾刀で受け止めた青オークは、銃口から発射された弾丸よろしく身体ごとふっとばされて地面を転がりながら跳ねる。


「ふふふっ、今のわたしをただのペンギンだと思わないことですね」


 清音は勝ち誇った笑みを見せる。誰も清音のことを本物のペンギンだとは思っていないよ。

 とツッコんでいる場合じゃなかった。ぼくも加勢しないと。


「ミラージュ」


 敵に幻影を見せることで意識を奪う魔術を発動させる。杖の先から光が放たれて、ダウンしている青オークに直撃した。

 びくっと青オークは背筋を震わせると、むくりと起きあがる。そして……。


「ふひひひひっ、すべすべでいいでちゅね~。今夜もたっぷりとかわいがってあげるよぉ~」


 青オークは恍惚となって目じりを下げると、よだれをこぼしながら湾刀の平に頬ずりをはじめた。


「……ユウ先輩。一体なにをしてくれちゃったんですか?」

「いや、魔術で幻を見せたら……なんかキモくなったんだけど」


 はたしてあの青オークには湾刀が何に見えているのか? 知りたくはないが、すごく気になる。


「ですが一応動きは止められたみたいですね。きもちわるいですけど」

「そうだね。動きは止められたね。きもちわるいけど」


 ジ・エンドしかり、なぜぼくの魔術はまともじゃないのばかりなんだ。


「今のうちに支援魔術をかけます。ゴスペル」


 清音は左右の羽を戦闘中の輝美に向けると魔術を発動させた。輝美の全身が橙色の光につつまれて身体能力が強化される。


「おっ、内側から力が湧いてきて体が軽くなったぞ」


 ギアが一段上がったように輝美の身のこなしが加速すると、オークロードは苦々しい顔つきになる。これで輝美の勝率がより増した。

 ちなみにゴスペルのような支援魔術は重ねがけしても効果が倍になることはない。持続時間を延ばすことはできるが、定められた以上の強化はできないらしい。

 次は和貴だ。和貴をゴスペルで強化すれば、一気に赤オークを押しきって倒せるかもしれない。

 そう思っていたが……しばらく待っても、清音は和貴にゴスペルをかけようとしない。


「あの、清音」

「なんですかユウ先輩? ……ま、まさかユウ先輩までトイレに? やめてください。戦闘中ですよ、空気を読んでください」

「ぼくをどこかのエルフと一緒にしないで」


 そのエルフは、トイレに行ったきりなかなか戻ってこない。長いな。


「そうじゃなくて、輝美をゴスペルで強化したよね?」

「はい、しました。少しでも輝美先輩の助けになれればと」

「うん。それはいいんだ。じゃあさ、和貴は?」

「和貴先輩?」


 まるで知らない人の名前でも口ずさむような、ぎこちない喋り方だった。


「うん。和貴。和貴には、ゴスペルをかけてあげないの?」

「あぁ……」


 ようやく得心がいったのか、清音は赤オークと懸命に斬りあっている和貴をどこか遠くを見るような目で眺める。


「必要ですか?」

「必要ですよ! ていうか輝美へのひいきがすごいよ! どんだけ輝美が好きなの!」

「和貴先輩が一億人集まっても敵わないくらい、わたしは輝美先輩が大好きです」


 もう和貴は一生かかっても輝美には勝てないね。だって和貴が一億人集まっても清音は輝美のほうが好きなんだもん。


「好き嫌いは別として、和貴にもゴスペルをかけてあげないと」

「やれやれ、しょうがないですね」


 誰もやりたがらない仕事を押しつけられたように、清音はしぶしぶ和貴に支援魔術をかけようとしたが、


「んなもんいらねぇんだよ! 俺は俺の力のみでこいつを打倒するんだ! そう約束したんだよっ!」


 聞いているだけで火傷しそうなほど熱い叫び声をあげて、支援魔術を拒絶してきた。誰にいつ約束したんだろう……。特に知りたくはないけどさ。


「だそうです。和貴先輩には必要ありませんね」


 清音は本当にゴスペルをかけてあげなかった。支援役の聖術師としてはありえない選択だ。いや、もうペンギンの着ぐるみを被っている時点でいろいろありえないけど。

 和貴と違い、ちゃんとゴスペルで強化してもらった輝美はオークロードに向かって双影斬を繰り出す。

 すれ違いざまに脇腹を斬りつける一撃は、大剣の横薙ぎによってさばかれ、背後にまわりこんで斬りつける二撃目も、オークロードが身を反転させてさばいた。

 スキルを防がれた輝美はバックステップで距離をとると、唇の両端をわずかにあげてえくぼをつくる。


「技巧も大したものだ。単純な怪力バカではないみたいだな。しょうがない、こっちも切り札を出すか」


 輝美は空拳になっている右手の指をぴきぴきと鳴らす。切り札と言ったら、あれしかない。


「て、輝美……まさかおまえ、変身するのか!」


 なぜか和貴が見当違いなことを言ってきた。輝美は人間なんだから、変身なんてできるはずがない。


「そうだ。変身だ」

「え?」


 和貴のとんでもな発言に輝美は乗っかる。

 その言葉を真に受けて、オークロードは狼狽した。


「まさか現実世界の人間には、第二形態があるのか? 魔界に巣くう精強な魔物はそういった芸当ができると聞くが……それと同じことができる人間がいるとはな」

「同じ? おいおい、あなどってもらったら困るな。わたしは第二形態どころか第百形態まであるぞ。日常生活でもヒマさえあれば変身している。近所の奥さん方にも、また輝美ちゃんは第四十七形態になっていたわねって声をかけられる」

「なん……だと」


 驚愕のあまりオークロードはシリアス顔で凍りつく。


「マジかよ輝美。知らなかったぜ。おまえが近所でそんなふうに声をかけられていたなんてな」


 和貴はどうでもいいところに食いついていた。

 清音はやることがなくて退屈なのか、ぽりぽりと羽で着ぐるみのお腹をかいている。青オークはまだ幻影に囚われているみたいで、念仏のようにぶつぶつと何かをつぶやいていた。そしてレイナはまだトイレから帰ってこない。ほんと長いな。


「うそだが」


 輝美がネタバラシをすると、オークロードはハトが豆鉄砲を食らったような表情になっていた。顔をうつむけると、ぷるぷるとゼリーのように両肩を震わせて、憤怒の形相になる。


「よくも……よくもこの俺を騙し」

「ひどいぜ、輝美! うそつくなんて! 俺を騙したのかよ! この俺を! 俺たちは親友じゃねぇのかよおおおおおおっ!」


 先に和貴が泣き叫んだ。そのせいでオークロードはキレるタイミングを逸する。怒りの矛先を見失ってキョドっている。待っててほしかった。和貴には、せめてオークロードがちゃんとキレるまで待っててほしかった。


「ハッタリも戦法の一つだ。それに敵を騙すにはまず味方からっていうだろ。和貴、おまえが味方だからこそ、わたしはおまえを騙したんだ」

「よくわからねぇが……そういうことならわかったぜ」


 よくわからないけど、わかったんだ。友情の力ってすごいな。


「それに、切り札があるのは本当のことだしな」


 とがったナイフのような笑みをたたえると、輝美は握っているロングソードを左手にもちかえて、あいた右手を虚空に伸ばす。


「こい! ……えっと、ほら、あれ……あの魔剣、名前なんだっけ?」


 また名前を忘れられている。つくづく哀れな魔剣だ。


「天魔空斬剣だぜ、輝美」

「なんだその中二臭がぷんぷんする剣は? 持っているだけで恥ずかしいぞ」

「呼ばれたら、どこにだってほいほい駆けつけるイヌ奴隷剣です」

「やばいな、その魔剣。完全に調教済みだな」

「アクスレインだよ、輝美」


 正解が出る気配がなかったので、ぼくが正しい名前を口にする。


「あ~、そうだった。アクアクだったな。よし、こい、アクアク」


 飼っている愛犬でも呼ぶような、気軽な感じで輝美は魔剣を呼び寄せる。個人的にはもっとビシッと決めてほしい。

 魔剣が飛んでくるであろう後方の通路を見るが……なかなか現れない。飛来する風切り音すらしない。どうしたんだ、サボリか? いや、魔剣がサボるわけがない。

 オークたちもなんだなんだと疑問符を浮かべまくっている。そのときだ。突如として玉座の間の壁が外側から破壊された。アクスレインだ。アクスレインがオーク城の壁を外から突き破ってきた。

 幸いにも破壊された壁のところに観戦中のオークは誰も立っていなかったので、オークは一体も傷ついてない。そうオークは。

 青い光の筋を描きながら、猛然と飛んできた魔剣アクスレインは輝美の左手のなか……ではなく、またしてもぜんぜん違う方向に飛んでいった。赤オークと剣戟をかわしている和貴めがけて突撃し、ドスッと思いっきり和貴の脇腹に突き刺さる。

 ぐほっ、と和貴は吐血するが、すぐにニヤリとした。


「くっははははははははははは! やるじゃねぇか! まさかこんな攻撃を仕掛けてくるなんてなぁ!」


 和貴はまなじりを決すると、眼前にたたずむ赤オークを睨みつける。


「え……おれ? いや、なんもしてないけど」


 ありもしない罪を着せられて、赤オークは超困っている。


「和貴。いいから早くそれよこせ」


 脇腹を刺しておきながら、輝美は一ミリも反省していない。冒険者が冒険者を攻撃したことになるけど、これも悪意あっての行為ではないから違反にはならないんだろうな。理不尽だ。

 和貴は左手をつかって脇腹に刺さった魔剣を引き抜くと、「ぐわあああああ!」と苦痛にまみれた絶叫をあげる。


「っ……! ほらよ輝美、受けとれ!」


 和貴が投げつけると魔剣は磁石にでも吸い寄せられるように、輝美の右手のなかに飛んでいく。

 ぱしっと小気味良い音をさせて、輝美は魔剣の柄をつかみとる。

 右手に魔剣アクスレイン、左手にロングソードを握る。

 あれはまさか……。

 輝美は魔剣を振って和貴の血を払うと、二本の剣を同時に構えた。二刀流だ。


「へっ、ムサシミヤモトスタイルだな」


 どうして和貴は外人さんが日本人を呼ぶときのように、名字と名前を逆にしたのか? そこは普通に宮本武蔵と呼べばいいのに。


「とりあえず清音、和貴のことを治療してあげて。魔剣が刺さったせいで、脇腹からおびただしい血が流れているから」

「放っておいていいんじゃないですかね、あれ?」

「よくないよ! なんで? なんでそんなに和貴への対応がぞんざいなの? もっと和貴に優しくしてあげて!」

「わたし、人を選んで優しくするタイプなので」


 それって和貴のことは生理的に受けつけないと明言しているようなものだ。


「けどまぁ、しょうがないですね。今回は特別に癒してあげます」


 文句をたれると、清音は和貴にヒールをかけて脇腹の傷口をふさいだ。


「ありがたいぜ。キヨキヨの愛を、しっかりと胸に感じた」

「そういうのマジでキモイので、やめてください」


 接客中は愛想がいいのにプライベートになった途端に冷たくなるキャバ嬢みたいに、清音は和貴からの愛をはねつける。


「ここからはわたしも手加減なしでいかせてもらうぞ」


 二刀流になった輝美は、オークロードと向かい合う。

 オークロードはギリッと前歯を軋ませた。


「剣の数が多いからといって、強いとはかぎらないぞ」

「さてどうかな? 二刀流ってことは、二つ同時にスキルを使えるということだ」


 もしそれが可能なら、使用したスキルのヒット数も倍になる。二連撃の双影斬なら四連撃に。五連撃の瞬風連斬なら十連撃に。二刀流によって、相手に与えるダメージが倍加する。


「試せばわかることだ。いくぞ」


 輝美は自信に満ちた面持ちで前進すると、使い勝手を試すように両の剣を交差させて斬りかかる。

 二つの刃音が破裂する。オークロードは同時に襲いかかってきた二つの斬撃を大剣を横に構えて防ぐと、すかさず反撃に転じて斬り返した。

 さっと輝美は素早く後退し、まるで勝利の未来が見通せているかのように不遜な笑みを浮かべる。二刀流の手応えがあったということか?

 そして輝美は……左手のロングソードを腰の鞘に戻した。


「たったいま確信したよ。おまえ相手に剣は二本もいらない。一本で十分だってな」


 それはつまり……。


「輝美。まさかだけど……二刀流が使いづらい、とかじゃないよね?」

「おいおいユウ。何を言い出すかと思えば……」


 呆れたように輝美はかぶりを振るう。そして胸を張って言ってきた。


「実はそのまさかだ。これ、あれだな。ラノベとか漫画だとうまくいくけど、実際やってみたら無理だな。使いにくいったらありゃしない。剣を二本持ったままスキルを出すとか、できるわけないだろ」


 さっきまでの期待値が高かったぶん、できないと知ったときの落差でかなりがっくりさせられる。


「な、なんだよ、その目は! わたしだってできることと、できないことがあるんだ! なんでもかんでもわたしに期待するな! わたしは完璧超人じゃないんだぞ!」

「そうですよ、ユウ先輩。輝美先輩に勝手な幻想を押しつけないでください。プレッシャーになるじゃないですか。輝美先輩だって、わたしたちと同じ人間なんです。できないことだってあります。どうしてそれをわかってあげないんですか。ユウ先輩は幼馴染みなんだから、わかってあげないとだめじゃないですか」

「いや、まぁ……できないならできないでいいんだけどさ、なんでぼくがこんなに責められているの?」


 むぅ、と輝美はすねているし、ペンギン姿の清音はぷんぷんと怒っている。


「へっ、たとえムサシミヤモトスタイルじゃなくても、輝美、おまえは俺の親友だぜ。俺たちの友情に変わりはない」


 和貴はキラーンと白い歯を光らせてグッとサムズアップしてくる。


「とりあえずそのムサシミヤモトって言うのはやめろ。普通に宮本武蔵と言え。聞いてて腹が立ってくる」


 結構いいことを言ったのに、輝美の反応は手厳しかった。和貴の素敵な笑顔がほんのわずかだが憂いを帯びる。


「というわけで別の攻め手でいくぞ。和貴、幻王の牙から習得したスキルを試してみろ」

「おっと、そうだった。忘れていたぜ」


 忘れていたんだ。自分が習得したスキルなのに。


「くらいな、俺の新スキル!」


 和貴は迫力のこもった声をあげると、バスタードソードで打ちかかる。赤オークは警戒の色を強めて湾刀で受けたが、和貴の猛烈な気迫に押されてひるむ。その隙を突いて、和貴は左手の指先で赤オークの体にタッチした。


「ハイスティール!」


 幻王の牙から新たに習得した盗み技を使用する。技というよりも、どちらかといえば魔術に近いスキルだ。ハイスティールはその名のとおり、相手の持ち物をランダムに奪う。名前にハイがついているので通常のスティールよりも成功率が高いが、対象の体のどこかに触れてないと効果が発揮されないという条件つきだ。

 和貴は大当たりを引き当てる。赤オークが握っていた湾刀が消失すると、いつの間にか和貴の左手のなかに移動していた。湾刀を盗むと和貴は瞬時に赤オークから離れた。

 赤オークはいきなり手ぶらになったので、狐につままれたような顔になっている。


「どうよ! 俺のハイスティールは!」


 ドヤ顔で和貴はぼくらの方を振り向いてくる。


「見損ないましたよ、この泥棒」

「和貴……おまえはそんなことだけは絶対にしない男だと信じていたのに」


 清音と輝美は身内から犯罪者が出たようなコメントをする。


「なっ、ち、ちがう! 俺はやってねぇ! 俺はやってねぇんだ!」

「じゃあその左手に握っているものはなんだ? ん? 赤オークの湾刀じゃないのか? おまえはそれをどうやって手に入れたのか説明できるのか?」

「これだけの証拠がそろっているんです。言い逃れの余地はありませんね」

「ぐっ……おれは、おれは、本当に違うんだよ……」

「いやいや、なんで和貴が責められているの? 敵の武器を奪ったんだから、これはいいことだよ」


 そもそも和貴にハイスティールを使うように指示したのは輝美だ。指示しといて和貴を糾弾するとか、いろいろおかしい。


「ユウ……おまえってやつは、やっぱり俺のベストフレンドだぜ」


 和貴は屈託のない笑顔を向けてくる。この笑顔を守れてよかった、とは思わない。


「俺の武器を返せ!」


 湾刀をかすめとられた赤オークが相貌を歪めてつかみかかってくる。


「おっと」


 和貴は左手の湾刀を突き出すと、赤オークの腹部をぐさりと刺して制止させた。


「こいつでトドメだ! 真・爆烈破っ!」


 右手のバスタードソードでスキルを使用して、赤オークを袈裟斬りにする。真とかついているけど、ただの爆烈破なのは言わずもがなだ。

 和貴が左手をはなすと、赤オークは腹に湾刀を刺したまま、どさりと仰向けに倒れた。絶命したみたいだ。


「どうよ! まずは一体しとめたぜ!」


 和貴は左手で拳を握ってガッツポーズをとる。

 グゥッッとオークロードが悔しさと憎悪をないまぜにした声で唸った。後で蘇らせるとはいえ、仲間を目の前で殺されたらかなり頭にくるようだ。


「やり方はせこかったけどな」

「敵の武器を奪うとか、戦士の風上にもおけませんね。外道です」

「なんでだろうな……。勝ったはずなのに、俺はいま猛烈な敗北感に打ちのめされているぜ」


 小さな涙が和貴の目尻で光る。敵を討ち取ったというのに仲間から賞賛されるどころか非難をあびせられるとは、ちっとも報われない。


「……ん? 俺は一体、今までなにを……?」


 これまでぶつぶつと独り言をつぶやきながら湾刀に頬ずりをしていた青オークが正気に戻る。ミラージュの効果がきれたみたいだ。ミラージュをかけたぼくが言うのもなんだけど、正気に戻ってくれてよかった。さっきまではキモくて直視できなかったからね。

 青オークはきょろきょろと周囲の状況を確認すると、倒れている赤オークに目をとめる。ぽかんとすると徐々にその顔が怒りに染まっていった。


「おのれ、よくも!」


 青オークは湾刀を手に跳ね起きると、ぼくに向かって一直線に突撃してくる。背筋にぞくりと悪寒が走り、手足の毛穴が粟立つ。殺されると、そう恐怖したときには体が勝手に魔術を発動させていた。


「っ! ファイアーボール!」


 杖の先から火の玉を飛ばす。だが青オークは湾刀を振るってファイアーボールを打ち消した。だめだ。最下級の攻撃魔術では威力が低い。これじゃあ青オークを止められない。

 青オークは意味を成さない怒声をわめきちらしながら、目前まで迫ってくる。怖すぎて悲鳴をあげそうになったが、声が喉につまって悲鳴をあげることすらできない。


「ていやっ!」


 とつぜん横手から青オークにドロップキックをかませる丸い物体、もといオメガカイザーを装着した清音が現れる。打撃音が弾けると、特大の鉄球でぶっ叩かれたように青オークはふっとんでいき、観戦している数体のオークたちを巻き込んで壁に激突した。巻き込まれたオークたちはうめき声をあげながら頭や腰などをさすっている。

 青オークは……白目をむいて意識を失っていた。どうやら今の一撃で戦闘不能になったらしい。


「オメガカイザーを装着したわたしは無敵です」


 デ~ンという擬音がよく似合いそうなほど、偉そうに胸を張る。

 今の清音は確かに無敵だ。最初にオメガカイザーを装着したときは不安でいっぱいだったけど、まさかここまで高性能だとは思いもしなかった。


「残るはオークロード一体のみですね」


 清音はオークロードに視線を向けると、シャドーボクシングでもするように左右の羽でシュッシュッと空に高速パンチを打って挑発する。


「さぁさぁ、どうしますか? わたしが本気を出したら瞬殺ですよ、瞬殺。いさぎよく降参するのが賢明だと思いますが?」


 オークロードは眉間の皺を増やすと、敵意をこめた眼差しで清音を睨みつける。


「どうやら降参するつもりはないみたいですね」


 出来の悪い教え子に辟易する数学教師のように、清音は嘆息する。


「輝美先輩。わたしがやっちゃってもいいですか? あの灰色のオーク、やっちゃってもいいですか? ぱぱっと瞬殺しちゃってもいいですか?」


 清音はオメガカイザーをまとっているせいで慢心している。どんなに利口な人間でも力を持てば愚人になりえるが、清音もそのご多分にもれないみたいだ。ひょっとしたら英雄王は、オメガカイザーを託す相手を間違えたかもしれない。


「わたしが許可する。清音、やってしまえ」

「わかりました。では、やっちゃいます」


 清音はサディスティックというか、ザコキャラっぽい悪辣な笑みを浮かべるとオークロードをしとめにかかる。

 しとめにかかろうとしたが……清音が一歩踏み出すと、オメガカイザーから膨大な輝きが放たれた。


「あれ……?」


 放たれていた輝きがシャボン玉のように四散すると、清音は白のローブに白い杖を握った、標準的な聖術師の姿に戻ってしまう。

 どういうわけか、オメガカイザーが解除された。

 清音の前には、サッカーボールくらいの光の玉が浮いている。その光の玉から、英雄王グオルグの声が響いてきた。


「オメガカイザーは常に魔力でおおわれて強化されているが、その魔力は無尽蔵ではない。魔力が底をつけば、オメガカイザーは自動的に解除される」

「……いま外されたらいろいろとまずいので、とりあえず再装着してもらってもいいですか?」

「それはできない。一度外れたら数時間は魔力チャージが必要になる。それまではオメガカイザーをまとうことは不可能だ」

「この役立たずがぁ!」


 清音は光の玉を杖で殴って、かき消した。

 消えていく光のなかから、ぼとりと何かが落ちる。それは小さなペンギンのぬいぐるみだった。どうやらチャージ中のオメガカイザーの姿らしい。

 清音はハズレ番号の書かれた宝くじでも見下ろすような視線を、ペンギンのぬいぐるみにそそいでいる。

 そしてケホンケホンと芝居がかった空咳をすると、ぼくや輝美や和貴を見回して一言。


「というわけで、わたしには無理です」


 なんという掌返し。オメガカイザーが使えなくなった途端にこれだよ。


「なめやがって!」


 ビキビキと亀裂が走るようにオークロードの顔面にたくさんの血管が浮かびあがる。そりゃあ怒るよね、あれだけコケにされたら。

 オークロードは湾刀を握る手に力をこめて走り出した。


「まずいですね」


 オークロードの怒りを買ったというのに、狙われている清音は冷静だ。

 ていうかこのままだと清音が危ない。輝美や和貴は離れたところにいるので、あそこから走っても俊足なオークロードには追いつけない。となると一番近くにいるぼくが庇うしかない。


「わたしなら大丈夫ですよ、ユウ先輩」


 動き出そうとするぼくを言葉で制すると、清音は白い杖を和貴に向けて、魔術を発動させた。


「サクリファイス」


 すると和貴の頭上に紫色の光がそそがれる。


「ん? なんだ? キヨキヨ。いま俺に何をしたんだ?」

「それは見てからのお楽しみです」


 プレゼントじゃないんだから、きちんと説明しようよ。てか、名前からして不吉な予感しかしない。

 そうこうしているうちにオークロードは清音に肉薄すると、怒号を轟かせて大剣を振り下ろした。小柄な清音はぺしゃんこになってしまうんじゃないかと目をそむけたくなったが……清音はちょっと肩を押されたように後ずさっただけで、まったくの無傷だ。


「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああ!」


 ……なぜか和貴が、体から大量の血しぶきを噴いて絶叫する。


「ど、どうなってんだこれ! い、いきなり俺の体に傷ができたぞ! 胸当ては壊れてねぇのに! てか痛てぇ! 超痛てぇぞこれぇ!」


 和貴は不可解な現象の謎を涙ながらに訴えてくる。


「あの、清音……さっき和貴にかけた魔術って……」

「サクリファイスのことですか? あれは自分のダメージを味方に肩代わりさせる魔術です。つまりわたしの受ける傷は、すべて和貴先輩が請け負ってくれるということです。ただし、かけられるのはわたしが味方だと認識している人だけで、敵にかけることはできません。回復を務める聖術師にとってはありがたい魔術ですね」


 和貴を強化するゴスペルはかけなかったくせに、自分の身を守るための魔術なら率先してかけるんだね。こんな恐ろしい回復役は、いまだかつて見たことがない。


「ほらほら、どうしたんですか? 攻撃の手が止まっていますよ? もっとガンガン打ち込んできたらどうなんです?」

「いや、でも……」


 オークロードは和貴をチラ見しながら遠慮している。和貴は味方よりも敵に気遣われていた。


「和貴先輩のことなら気にしないで、もっと打ち込んできていいですよ。さぁ、ほら! どうしたんですか! もっとザクザクきちゃってください!」

「キ、キヨキヨ……俺これ、マジでやばいんだけど……」


 苦しそうに血反吐を吐きながら和貴は命乞いをする。


「和貴先輩。わたしたち友達ですよね?」


 その言葉を聞いて、和貴はハッと目を見張った。


「あぁ、そうだな。俺としたことが、どうかしていたぜ。キヨキヨ、俺たちは友達だ! どんなことがあっても絆が揺らぐことはないベストフレンドだ! 任せろ! キヨキヨのダメージはぜんぶ俺が受け止めてやんよ!」


 トモダチってなんだろう? そう深く考えたくなる。和貴は将来悪い女に騙されないか心配だ。


「本人の了承も得ましたので、はいどうぞ」


 清音は両手両脚をひろげて身を差し出す。その積極的な態度に、オークロードは逆に戸惑っていた。


「そちらからこないなら、こちらからいきますよ。てりゃあ」


 清音は杖の先っぽをオークロードのブタ鼻に押しつけると、ぐりぐりとねじった。ただでさえ醜いオークの顔がぐにゃりと歪み、もっとブサイクになる。

 さすがにムカついたようで、オークロードは大剣を乱舞させて容赦なく清音を滅多斬りにする。

 しかし清音はちょっと押されたくらいの衝撃を受けるだけでノーダメージだ。

 その代わりに……。


「うぎゃあああああああああああああああああああああああ!」


 和貴が噴水のような血潮をぶちまける。

 オークロードの連撃は続いていき、その後も和貴は清音のダメージを肩代わりさせられた。


「なんのこれくらいいいいいい!」

「まだぁまだぁ! 俺は、俺は耐えきってみせるぜえええええ!」

「もっとだ! もっとこいよおらあああああああああああああああああああああああ!」


 絶叫がエスカレートしていくと共に、だんだん和貴自身が真っ赤になっていく。これ以上は赤くなれないんじゃないかというくらい真っ赤になっていく。

 そしてついに限界に達したのか、和貴は喉が潰れたような奇怪な音を口からもらすと、地面にぶっ倒れてぴくりともしなくなった。


「あっ、ちょっと待ってください」


 清音が手を出して止めると、オークロードは律儀に攻め手をおさめてくれる。

 てってってっと清音は走って、オークロードの間合いから逃れるために距離をとった。

 その間に輝美が地面に突っ伏している和貴に近づいて、様子をうかがう。


「……死んでるみたいだな、これ」


 和貴の死亡報告を聞いて、ぼくはゆっくりと清音に視線を向ける。どうしてかオークロードを責める気にはなれない。

 ぐっと涙がにじんだように清音は目頭を左手で押さえる。本当に涙がにじんでいるかどうかは不明だ。


「よくも、よくも和貴先輩を……許せません!」

「いや、それは俺じゃなくておまえが……」

「許せません!」


 必死にオークロードを難詰することで、清音は責任の所在をごまかしていた。


「あの、遅くなってすみませ~ん」


 こそこそと右側の廊下からレイナが顔を出してきた。ようやく用を済ませてきたらしい。


「ってうわ! 和貴さんどうしちゃったんですか? 死んでません? ねぇ、あれ死んでません? いつの間にこんなことに?」


 いつの間にもなにも、レイナがトイレに行ってる間にだよ。


「ずいぶん長いトイレだったな。大きいほうか?」

「て、輝美さん! エルフ族はそんな大きいほうなんてしませんよ! わたしは小さいほうをずっと垂れ流していただけです!」

「弁明しているみたいだが、それはそれで卑猥だぞ?」


 なんですってぇ、とレイナは驚いているが、和貴が死んでいるのにお気楽でいられるレイナにぼくは驚いている。


「清音、和貴を蘇らせることってできないの?」

「無理ですね。わたしはまだ蘇生魔術を習得していないので」

「そっか……レイナは?」

「わたしも蘇生魔術は使えません。あっ、でも大丈夫ですよ。和貴さんは現実世界の人間ですから、放っておいても自動的にジェネイラの神殿で復活します。もしくは死体をジェネイラに持ち帰れば、教会かギルドに蘇生魔術を使える人がいますから問題ないです」


 なんだか、この異世界では死の概念がとても軽い。

 当面は和貴を蘇らせることはできないようなので、この戦闘では除外されたと見るべきだ。貴重な前衛が、清音のせいで削がれてしまった。


「和貴も倒れたことだし、そろそろ決着をつけるか。早く帰って録りためたアニメを見たいしな」


 輝美は魔剣アクスレインを両手で握って構えるが、ぽろりと後半のほうに心の声がもれていた。

 オークロードは改めて相貌を険しくすると、大剣を構えて輝美と向き合う。

 ヒュッと短い呼気を吐いて、輝美は打って出る。間合いをつめると青い魔剣で流麗な軌跡を描き、オークロードと斬り結ぶ。双影斬や瞬風連斬などのスキルをはさんで攻め立てるが、オークロードは的確に見切りさばいていく。やはり相当の手練れだ。

 間延びするような金属音が響くと、輝美は跳びすさって距離をあける。全身をおおっていた橙色の光が消えていた。ゴスペルの効果がきれたから一旦下がったんだ。


「清音」

「はい。ゴスペル」


 以心伝心で清音は魔術を発動させ、再び輝美の身体能力を強化した。和貴ともこれくらいスムーズな連係がとれたらいいのに。


「おっし、準備完了。これでおまえを倒せる」

「俺を倒すだと? ホラを吹くのも大概にしておけ」

「さて、どうかな」


 輝美は左の頬をかすかにあげると、アクスレインの剣先をオークロードにむける。そしてちらりと傍らに倒れている和貴の死体を見やった。


「和貴の仇、とらせてもらうぞ」

「いや、それはあの娘が」

「輝美先輩! やっちゃってください! どうか和貴先輩の仇をとってください!」


 清音はまくし立てて、オークロードの声をかき消した。なにがなんでもこの件からは逃れるつもりだ。


「ユウさんユウさん、本当に何があったんですか? どうして和貴さんは死んじゃったんですか? わたし超気になるんですけど?」

「詳しいことは後で説明するから、今は戦闘に集中しよう」

「ここで答えを焦らすとか……ユウさんもなかなかのサドですね」


 でゅふふふと口元をだらしなくするレイナ。……どうしよう。ぼくのパーティにはまともな仲間が一人もいない。


「いくぞ、夢幻剣むげんけん


 輝美が魔剣の平に手をかざすと、青い光が剣身をおおう。その光は刃の形となって剣先からさらに伸長した。魔剣のリーチが二メートルくらいまで伸びる。


「輝美、それは?」

「さっき打ち合ったときにアクアクから習得した魔術だ。魔力の光によって一時的に剣のリーチを長くする。光の刃の切れ味は武器と同程度になるから、伸びている部分だけ威力が落ちることはない」


 和貴が生きていたら、コジロウササキスタイルとかいって、ムカつかれていただろうな。


「剣が長くなっただけで俺に勝てると思っているのか?」


 オークロードは強気に出てくるが、顔には動揺が見てとれる。やはり剣のリーチが長いとやりづらいようだ。実際、自分から攻めようとはしてこない。


「どうした? 攻めてこないのか? そっちからこないなら、わたしから行くぞ」


 輝美は間合いに余裕をもって、リーチの伸びた魔剣で打ち込む。オークロードは大剣で防ぐが、さっきまでのように動きにキレがない。あそこまで長い剣が相手だと、やはり要領がわからないようだ。

 輝美が力強く魔剣を横薙ぎに払って叩きつけると、オークロードは身を硬直させた。その間隙を突いて、輝美は加速する。疾風となってオークロードに肉薄し、双影斬を決めた。擬似的に伸びた魔剣の刃が鎧を貫通してオークロードの脇腹の肉をえぐり、背後に回りこむと背中からも斬撃を加える。

 輝美の攻撃はそこで終わりじゃない。次いで瞬風連斬を使い、五連撃をあびせる。双影斬からの瞬風連斬、コンボを決めて七連撃を繰り出した。

 背中が傷だらけになったオークロードはつんのめるが、足の爪先に力をこめて踏みとどまる。

 連続してスキルをつなげるコンボを成功させた輝美は、全身を脱力させるように吐息をこぼした。


「思った以上に肉体への負担が大きいな。技を切り替える際に体中の関節が痛む。あまり連発はできなさそうだ」


 コンボを使えばそれなりの代償があるということだ。

 にしても、やっぱり輝美はすごい。レイナの話ではコンボは上級者じゃないと使えないはずだ。輝美はまだこの異世界に来て日が浅いのに、それをやってのけた。戦闘センスにおいては天稟があるのだろう。


「スキルをつなげてくるとは大した女だ。だが、俺はまだ負けてない」


 身を反転させると、オークロードは輝美に躍りかかってきた。振り下ろされる大剣を輝美はかわし、脇をすりぬける。

 オークロードはまた身を回転させて斬撃を放つ。輝美は右手一本で魔剣を握り、斬撃を受け流すと、左手を地面に伸ばして落ちているなにかの足首を握り、それで思いっきりオークロードをぶん殴った。

 なにかというか、輝美が思いっきり振り回したそれは、和貴だった。


「おまっ、それ、仲間の死体……」


 まさかそんなもので殴られるとは思っていなかったらしく、オークロードは仰天する。


「このっ、このっ、このっ! よくも、よくも和貴をやってくれたな! これは和貴の仇だ!」

「今その和貴を思いっきりぶん回しているから! 和貴が大変なことになってるから! なんかタオルみたいになっちゃてるから!」


 ムチのようにしなる和貴に殴られまくったオークロードは、ついに膝を屈する。輝美は眼光を鋭くして、右手の魔剣をすべらかに走らせた。オークロードの握る大剣を手元から弾きとばす。

 そして輝美は、武器を失ったオークロードの首元に魔剣の切っ先を突きつけた。


「さぁどうする? これ以上やるなら、わたしはおまえの首をはねなきゃいけないが?」


 グゥッ、とオークロードは歯軋りしながらうめく。まぶたを深く閉じると、おもむろに口を開いた。


「……俺の負けだ。おまえらに……従おう」


 ついにオークロードが敗北を認め、冒険者ギルドに協力することを了承した。

 ふぅ、と安堵のため息をつくと輝美は気さくな笑みをオークロードにむける。


「まさかここまでわたしを手こずらせるとはな、いい腕前だ。ボスキャラとして期待しているぞ」


 黙ったままオークロードは従順にうなづく。もう輝美に反発するつもりはないようだ。

 オークロードは立ちあがると玉座に歩いていき、観戦していたオークたちを呼び集める。今後の方針について、みんなに伝達しているみたいだ。


「これで一段落といったところか。はぁ~、疲れた」


 輝美は全身をリラックスさせると右手の魔剣を地面に突き刺し、左手に握っている和貴の死体を地面にしいて、その上に腰をおろした。ぐにゅうと和貴の潰れる音がする。


「ってなにしてんの! なんで和貴の上に乗ってるの!」

「いや、地面が硬いから座布団ほしいなって」


 死後もこんな扱いを受ける和貴には同情する。復活したら、ぼくだけは優しくねぎらってあげよう。




 そのあと清音は小さなペンギンのぬいぐるみになったオメガカイザーを再封印することにした。理由は二つ、肝心なときに役に立たないのと、外見的にやばいことだ。


「いいのか? 本当にオメガカイザーを封印してもいいのか?」


 英雄王の声がやたらと止めに入ってきたが、清音は聞く耳を持たずに封じ込めた。


「冷静に思い返してみたら……わたし、すごい格好で出歩いてました」


 遅まきながら羞恥心がわいてきたのか、清音はちょっとだけ頬を赤くしていた。



     ◇



 クエストのサポートキャラとして冒険者に協力することになった魔王サタークこと佐田さんは、かつてフィーラルを支配しようとしていた悪者だが、勇者に敗れて改心し、現在は冒険者たちの手助けをしている、という設定になっている。

 その佐田さんだが……冒険者からは絶大な人気が出ていた。コンビニのバイト経験で鍛えられた完璧な接客態度、そこに容姿の美しさもあいまって冒険者から引く手数多だ。魔王に会いたいがために異世界を訪れる冒険者までいる。

 冒険者が魔王に会いに行こうとするのはファンタジーとしては正当だが、動機がおかしい。魔王が憎いからじゃなくて、魔王が好きだから会いに行こうとしているのは正当ではない。ギルド職員の話によると、ひそかにファンクラブもできあがっているみたいだ。

 目立たず平凡に生きたいという佐田さんの夢は遠ざかる一方で、本人は裏でしくしく泣いていた。

 その佐田さんがギルドに述べてきた、たった一つの不満が装備を変えてほしいという要望だ。サポートキャラである魔王が強すぎたら、冒険者たちが楽しめないので佐田さんの装備は弱くしてある。

 その弱い装備というのが……フライパンだ。

 ダガーとかこん棒じゃなくてフライパン。料理道具だ。

 なんなら装備なしの素手でもいいと佐田さんは主張してきたが、輝美によってあえなく却下された。なぜかフライパンを持っていたほうが、冒険者たちのウケがいいみたいだ。なんでも家庭的な感じがして癒されるとか。もうフライパンが佐田さんのシンボルになりつつある。魔王なのにフライパンがシンボルとか、哀れすぎる。

 人気が絶大な魔王に比べて勇者はといえば……冒険者たちからまったく人気がなかった。もじゃもじゃだった髪を切って、かわいい外見になったのだが、クエストに対してはやる気がなく、しかも接客態度が悪い。それで冒険者が突っかかってきたら、殴ろうとしたらしい。最悪だ。しかも勤務中はタバコが吸えないので、常にイライラして貧乏揺すりが止まらない。

 よってイリーシャさんと同じく、輝美の家で雇っている家政婦長さんに締めてもらうことにした。ルイシスの今後に期待しよう。

 しかし魔王よりも人気がない勇者って、どうなんだろう。どうなんだろうというか、よくはない。

 この二人に関しては、ぼくが執筆してホームページにアップした小説とぜんぜん違うじゃんという苦情があった。ぼくが書いた勇者ルイシスと魔王サタークは巨乳、爆乳の女の子だ。なのに実物は人並みほどのサイズしかない。それを期待してやってきた冒険者たちには心の底から謝りたい。ほんとにごめんよ、巨乳じゃなくて。

 そして勇者と魔王のことだけでなく、ぼくの執筆した異世界フィーラルの小説については他にもいろいろ言われている。

 テンプレだの。よそから持ってきたものだの。キャラの使い回しで目新しさがないだの。巨乳キャラばっかで貧乳キャラの扱いがひどいだの。その手の酷評がしょっちゅう書き込まれた。

 もちろんおもしろいと評価してくれる人もいるけど、やはり批判のほうに目がいってしまう。


「ユウさんがどれだけ苦労して執筆したのかも知らずに、こんな心無いことを書き込んでくるなんて許せませんね」

「まったくだぜ。ユウが書いたものは全てにおいておもしろいに決まってんのによ。つまらないなんてありえねぇ。ユウ、俺だけは何があっても味方だからな、安心しろよ。仮に全人類がつまらないと批判してきても、俺は絶対におもしろいと言いきってみせるからよ」

「和貴先輩、あなたどんだけユウ先輩のことが好きなんですか?」


 和貴は熱心にぼくをはげましてくれたが、その思いやりが清音の瞳には異様なものに映ったらしい。

 昔からネットにアップしている異世界転生ものの小説も、叩かれることはままあったので覚悟はしていた。していたけど、いざ本当に叩かれるとかなりへこむ。

 こうしてみんなが怒ったりはげましたりして支えてくれなかったら、数日間は引きずって憂鬱になっていた。


「ユウさん、わたし思うんですけど、やっぱり小説内でもっとエルフを活躍させるべきですよ。そしたらよりおもしろくなって、批判してくる人も減ります」

「なにをトンチンカンなことを言ってるんですか、このエルフは?」


 はんっ、と清音は鼻で笑ってレイナの意見を一蹴する。


「エルフなんて増やさなくていいです。それよりも巨乳キャラを減らして、もっと貧乳キャラを増加すべきです。ていうか貧乳キャラの扱いがひどいという意見にはわたしも賛成です。ユウ先輩の小説は貧乳キャラの扱いがほんとにひどすぎます。もっと貧乳をあがめるべきです」

「それは……できないよ。巨乳キャラを減らすなんて、それだけは絶対にできない。ぼくにだって、曲げられない信念があるんだ」

「ユウ、おまえどんだけ巨乳好きなんだ?」


 内側から湧きあがる情熱を吐露したら、輝美が引いていた。清音も引いていた。

 けど、どんなに二人から引かれても、ぼくは巨乳キャラを減らさない。だってぼくは、巨乳が大好きだからね。

 小説の批判を受けたのはショックだけど、批判が多いということは、それだけみんな異世界フィーラルに関心を持っている証拠だ。

 事実、停滞していた集客率はまた伸びてきている。登場する魔物がゴブリンだけでなく、スライムやコボルト、そしてオークが加わった効果が早くも出てきていた。

 英雄王の洞窟も新ダンジョンとしてオープンし、洞窟内にオークが派遣されるようになったので、ゴブリン族にかかっていた負担を軽減させることができた。

 スカーラに新たなゲートがあいて、冒険者ギルドの支店も建てられたから、冒険者の利便性が増して、以前よりも異世界を楽しみやすくなったはずだ。

 回復アイテムのポーションの生成方法もわかったので、さっそく錬金術ギルドに調合させてアイテムショップで売り出している。これで回復魔術が使えなくても傷をふさぐことができるようになった。

 それと集客率とは関係ないが、輝美は戦士から上級職の魔剣士にクラスチェンジした。本来ならそんな上級職に転職できるほど多くのスキルや魔術を習得していないが、魔剣アクスレインから魔術を習得したからとの理由で勝手にクラスチェンジした。魔剣士という肩書きがかっこいいから早くなりたかったそうだ。本人がうれしそうならそれでいいだろう。

 和貴も「戦士から狂戦士にクラスチェンジするぜ」と息巻いていたが、みんなから中二全開ということで却下された。そもそも狂戦士なんて職業はない。

 リニューアルした異世界フィーラルは、確実に盛りあがってきている。お客が増えてゲートも濃くなった。みんなが異世界を必要だと想ってくれている。

 ここまでやったんだ。もう少しで安定軌道に乗るはずだ。

 ぼくたちの役目も、そう遠くないうちに終わるかもしれない。

 ……このときは、そう信じて疑わなかった。



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