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ぼくと幼馴染みたちの異世界改善  作者: 北町しずめ
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異世界改善編




 輝美がまず着手したのは、契約が切れる寸前の管理会社から異世界の経営権を買い取ることだ。相手の管理会社はもう異世界に見切りをつけているので、輝美のポケットマネーから大枚をちらつかせたら渋ることなく権利を売り渡してくれた。大人はお金さえ与えれば大抵のいうことをきいてくれる。世の中やっぱりお金なんだなぁっと、痛感させられて感傷的な気分になった。

 それから輝美は父親の経営する会社の職員に頼んで、異世界フィーラルの新たなホームページを作成させた。前の管理会社がネットに載せていたホームページは最低限の情報しか書かれてない文字ばかりのつまらないものだったので、今度は現物の写真や、生活している種族、町の風景など、世界観を詳細に描いた魅力的なものにする。

 作成したホームページやSNSなどを使い、異世界のリニューアルを宣伝して、広報活動を行っていく。

 そしてさらに異世界のことをよく知ってもらうために、ホームページと動画サイトにアップするPVも撮影した。

 で……PV撮影を任されたレイナの持ってきた映像がこれだ。

 まず異世界フィーラルの青空が映し出されている。そこから少しずつアングルが下がっていき、風光明媚な景色が広がる。ここまではいい。そのあと、レイナが偽物の玩具の剣を握ってゴブリンの集団と戦うシーンに変わる。まぁここもいい。最後にレイナがウインドブレイドを連発して、ゴブリンを切り刻み、肉片と内臓がぶちまけられて、血の豪雨が降りそそぐ。頭からペンキをかぶったように真っ赤になったレイナが満面の笑顔で「異世界フィーラルへようこそ」と言う。はい、アウト。


「どうですか、これ!」


 なぜかレイナは自信たっぷりにこの映像を持ってきた。


「グロい。せっかく流血しないように玩具の剣を使っている意味がない。血まみれで笑っているおまえが怖すぎて、子供が見たら泣くぞ。こんなもの流したら誰も来なくなってしまう」


 輝美から即ボツが出されて、リテイクをくらっていた。

 撮りなおしたPVは、青空と風光明媚な景色はそのままに、ゴブリンの集団と戦っているのが美男美女に差し替えられていた。この美男美女、鎧は着ているのにやたらと肌の露出が目立っている。あざといお色気だが、効果はありそうだ。もちろんその後にゴブリンを切り刻むグロいシーンはなかった。

 次は日本各地とジェネイラにある入場カウンターや、案内看板を清潔な新しい物に造り変えた。もちろん輝美の金で。鳥の糞にまみれた入場カウンターや、錆びついた案内看板を見たら、異世界に行く前にテンションがだだ下がりする。やはり入り口はきれいなほうがいい。

 それからゲートの入場料も値下げすることになった。これまでさんざん醜態を晒しておきながら、お客に一万円を請求するのはハードルが高いという輝美の判断により、入場料は二千円という安価に決まった。これくらいの値段なら学生でもやってこられる。入場料の安さが原因で赤字が出たとしても、来客数が安定軌道に乗ってから少しずつ値上げすれば損失は取り戻せるし、なにより優先すべきは利益をあげることではない。異世界を訪れる冒険者を増やして、みんなに異世界が必要だと想わせることだ。

 それと入場カウンターの警備員は、どちらの世界も美形のエルフを配置することにした。入場前にカウンターでエルフを見かければ、これから異世界に行くんだという期待感が高まるし、ついでにイケメンで女子が釣れて、美少女でキモオタどもが釣れると、輝美が悪徳商人のような顔で言っていた。事実なので否定はできなかった。

 現実世界にある問題点を改善すると、次は異世界の問題点を改善する。

 まずは、はじまりの町であるジェネイラの清掃だ。ちょっとぐらい汚れていたほうが異世界っぽいけど、ジェネイラの現状は目に余る。はっきり言って不衛生だ。ギルド職員だけでなく住民たちにも協力してもらい、道に落ちている吐瀉物や動物の糞尿を一つも残さないように大規模な掃除が行われた。その甲斐あって、建物の壁面や目抜き通りのタイルはぴかぴかになった。

 それから冒険者ギルドのほうには、輝美の家で雇っている家政婦長さんを呼び寄せた。この家政婦長さん、人生経験がゆたかで接客業の心得もある海千山千の古強者だ。その家政婦長さんがじきじきに、ギルドの職員たちに接客のなんたるかを叩き込んだ。イリーシャさんが反攻的な態度をとったらしいが、鼻フックからの背負い投げで黙らせたらしい。本当にそれをやった家政婦長さんにびっくりだ。

 で、矯正されたイリーシャさんは営業スマイルを習得したわけだが……微妙にひきつっていて不気味だった。

 それから職業の改善も行った。さすがに選択できる職業が遊び人だけなのはひどい。ゲームだったら誰もプレイしない。やるとしてもネタとしてプレイするだけだ。

 そもそも遊び人以外の職業が選択できないのは、この異世界が平和すぎて戦士や魔術師に必要な装備が流通していないからだ。

 なのでドワーフが運営する鍛冶ギルドに依頼して、剣や盾や鎧などの装備を大量に造らせた。鍛冶ギルドでは造れない魔術師の杖などは、錬金術ギルドに頼んで制作させた。

 そして装備がそろったことによって、まともな職業選択ができるようになった。

 戦士、盗賊、魔術師、聖術師、狩人。この五つが冒険者の選べる基本職だ。

 強力なスキルなどを習得したら、基本職から魔剣士などの上級職に転職することも可能にした。

 はじめて職業を選択するには、冒険者ギルドでの登録が必要だ。それと同じで、転職したときも変更登録をしなければならない。

 職業を選択すると、職業に応じた装備一式をギルドが無償で与えてくれる。けどそれは最初の一回だけだ。別の職業に転職するときは装備品がもらえない。魔術師から戦士に転職しても、剣や鎧は与えられないということだ。なので、はじめの職業選択はよく考慮してしなきゃいけない。

 もっとも、この異世界での職業はぶっちゃけ冒険者としての雰囲気を味わってもらうための飾りだ。魔術師でも剣を装備できるし、弓を使ったスキルも習得できる。職業は初期装備と初期スキルを決定するための選択に過ぎない。

 それと職業とは別に、称号も加えることにした。ゴブリンを百体倒したらゴブリンスレイヤーというように、特定の条件を満たせば冒険者の紋章に色のついた星が刻まれて、称号を得た証になる。ゲームでいうところのトロフィーみたいなものだ。

 ギルドに製造させた武器は冒険者だけでなく、ゴブリンなどの魔物にも配給する。魔物たちには冒険者と戦ってもらうわけだし、それなりに武器が入り用になってくる。ステージの難易度も武器を持っている魔物がいてくれたほうが調整しやすい。

 冒険者が冒険中に死亡したり、トラブルで武器をロストした場合は、そのロストした武器は魔物に奪われることもある。逆に魔物を倒して、使っていた武器を冒険者が奪うことも許可している。わざわざ武器屋で購入しなくても剣や鎧は手に入るし、魔物から奪った戦利品を売れば金も増えるということだ。

 それとスキルについてだが、この異世界では剣や杖などの武器さえあれば、誰でも剣技や魔術を習得できるそうだ。武器を使い込んでいるうちに、武器そのものに宿った力がスキルとなって持ち主にインストールされる。これは戦の神々によってもたらされた現象らしい。

 だが、武器を入手しても使いこなせない未熟者には、スキルや魔術が授けられることはない。

 そして一つの武器から習得できるのは、一つのスキルというわけではなく、武器によっては複数のスキルを内包している。そういう武器は使い込めば使い込むほど、多くのスキルを得られる。

 内包されたスキルのうち、どれから習得するのかは個人差があるので、覚える順番は決まっていない。レイナから聞いた話だと、その人の趣味嗜好や性格に影響されるようだ。

 武器そのものが大した物じゃなくても、強力なスキルを含んでいる武器もある。そういったものはレアスキル武器と呼称されている。

 逆にスキルが一つも内包されてない低ランクの武器もあったりする。それらの武器は使い込んでも意味がない。こん棒やつまようじは、その類の武器だ。つい先日まで冒険者ギルドにはそんなものしかおいてなかった。最悪だ。

 一度でも習得したスキルは、冒険者の肉体に記録されているので、武器を変えても使えるし、魔術なんかは杖がなくても発動できる。

 だが習得したスキルや魔術が使えるのは異世界にいるときだけだ。現実世界では使えないように封じてある。異世界で身につけた力を現実世界で悪用されでもしたら大変だからだ。

 現実世界でもスキルや魔術が使えるのは、もとからフィーラルに住んでいる異世界人のみだ。その異世界人でも、現実世界でスキルや魔術を悪用するのは固く禁じられている。脅すつもりはなかったとはいえ、レイナはぼくらに魔術をむけて威嚇してきた……特にぼくらは怪我もなく、むしろ反撃にあったレイナがいろいろ痛い目を見ていたので、あれはノーカンにしておこう。

 それとポーションなどの回復薬は、生成方法が不明なので出回っていない。戦闘での回復手段は魔術による治癒だけだ。ポーションの作り方は現在ギルド職員が古文書をあさって調べている。生成方法がわかり次第、錬金術ギルドに調合させて、都市のアイテムショップで売り出すつもりだ。その準備ができるまでは、魔術による回復でがまんしてもらう。なので戦闘中に回復魔術を使える冒険者の魔力が底をつけば、とりもなおさずピンチという状況がしばらく続くわけだ。

 それから魔力は魔術を使うために必要であり、魔力がゼロになったら魔術が使えなくなる。魔力とは、現実世界人と異世界人の内に流れる潜在的なエネルギーだそうだ。心身を休ませれば減少した魔力も自然と回復するらしい。魔力の総量をあげるには、ひたすら魔術を使って魔力切れを起こすしかない。筋肉と同じで、いじめればいじめるだけ強くなっていくということだ。

 アイテムなどの小物は、ゲームみたいにアイテムストレージがないので皮袋か背負い袋に入れて持ち運ぶしかない。膨大な量のアイテムを一遍に持ち運ぶことはできない。そこはかなりの制約がつけられる。

 ダンジョンやステージに行って魔物と戦う他にも、クエストを受けられるようにもした。冒険者ギルドの掲示板に依頼の貼り紙がしてあるので、その依頼をクリアすると報酬がもらえる仕組みだ。

 だが、今のところできるクエストはゴブリン関連のものばかりだ。というのもゴブリン以外の魔物とは連係がとれてないからだ。ギルド職員を他の魔物たちのもとに派遣して交渉させているが、かなり手こずっている。

 それからダンジョンに配置されている宝箱の中身を、武器や防具やアイテムに取りかえた。まちがってもゴミを入れたりはしない。あのがっかり感を冒険者たちに体験させるのは酷だ。

 宝箱の数も配置場所も日によってランダムに変えていく。空になった宝箱は一日経過したら、中身を補充するようにしてある。

 とりあえずこれで、大まかな部分は改善できた。細かいところは後で直していけばいい。少なくとも冒険が訪れて幻滅することはなくなったはずだ。

 異世界のリニューアルに大わらわだったギルド職員たちは、みんながみんな頬がこけて疲労しきっていた。これでようやく一区切りついたと溜飲を下げている。

 だけど実際にお客が入るようになったら、これまで以上に忙しくなる。そのことをわざわざ口にして、彼らのひとときの安らぎを妨げるのは野暮だ。

 今だけは、ゆっくりと休ませてあげよう。



     ◇



 ギルド職員だけでなく、ぼくも輝美から仕事を振られた。

 異世界フィーラルを題材にした小説をホームページにアップするから、それをぼくに書けとのお達しだ。

 レイナからフィーラルについての史料をかりて、史料は現実世界に持って帰れないので異世界の宿屋に泊り、徹夜で読み込んだ。情報量の多さに頭がパンクしそうになった。全てを把握するのは不可能なので重要な部分だけを抜粋して記憶することにした。それでもかなり脳味噌が憔悴し、耳から変な汁が出てきそうだった。受験でもないのに、なぜこんな猛勉強をしなければいけないのか? やり場のない怒りがこみあげてくる。

 ちなみに輝美からは、史実に基づいた物語じゃなくてもいいと言われている。だったらなぜフィーラルの史料を読み込ませたのか? いや、わかるけどね。無知のまま書くよりも、情報を入れてからあえて捨てたほうが書きやすくなるのはわかるけどね。少なくともぼくはそうだ。だから輝美はぼくにこんな拷問まがいな猛勉強をさせてきたんだろう。

 出来上がった作品は、営利目的でないかぎり二次創作を許可するようだ。それこそ勇者や魔王や女神が陵辱されてドエライことになるのもOKだとか。実在する勇者や魔王や女神に申し訳ない。

 そのうちフィーラルのキャラグッズを売ることも、輝美は展望に入れている。もちろん売るのは現実世界でだ。異世界で買ったものは現実世界に持ち帰れないので、初めから現実世界のほうで売買する。

 とりあえずぼくは、異世界フィーラルを題材にした小説を書かなくてはいけない。だから休日の昼下がり、いつものファミレスに幼馴染み三人とレイナに集まってもらい、なにかアイディアがないか募集した。


「エルフを活躍させるべきですね」


 対面の席で、輝美と清音にはさまれているレイナが先陣を切った。


「うん。エルフ族はそれなりに活躍させるつもりだけど」

「それなりじゃダメです。ユウさんの思い描いている百万倍はエルフを活躍させるべきです」

「それってもう、エルフが主役の小説なんじゃ……」

「まさにそうです! エルフを主役にすべきです! エルフは人気者なのに、どうして主役になれないんですか! 教えてください!」

「ぼくに言われても……」

「とにかく、わたしはエルフを主役にするべきだと思います。エルフ最強伝説です。魔王も勇者も神々も圧倒して、エルフが世界を支配し、エルフ王国を築きます。それでいきましょう。ね?」


 いきたくない。ていうかそれはもうエルフ小説だ。エルフが覇者になった小説だ。異世界フィーラルが関係なくなっている。


「和貴は、なにかいいアイディアある?」

「そうだな。登場人物を全員男にするってのはどうだ? 拳と拳がぶつかりあう激しいバトルを連発して、全編を通じて常に熱い汗がとびちっている」

「むさ苦しそうな小説だね。さすがに男だけっていうのは難しいよ。やっぱり女キャラも出して、恋愛要素とかも入れていかないと」

「恋愛だぁ? そんな生っちょろいもんは店に売ってある人形やそこらへんに落ちている石ころとさせときゃいいだろ」

「店の人形や落ちている石ころと恋愛している男たちが、激しいバトルを繰り広げる小説ですか……聞いているだけでカオスですね」


 清音が不味いものでも食べたように顔をしかめる。確かにカオスだ。なんたって登場人物が人形や石ころと恋愛をしているやばい人たちだからね。そのやばい人たちがやばい人たちと戦うんだ。やばい小説にしかならない。


「そういうキヨキヨは、なにかいいアイディアあんのかよ?」

「もちろんです。わたしは和貴先輩のカオスな意見と違って、ちゃんとまともなアイディアを思いついています」


 ストローをくわえてコップのなかのカルピスソーダをじゅるじゅる飲むと、清音はそのまともなアイディアを口にした。


「登場人物たちの語尾に『にゃ』をつけるんです」


 まともなアイディアではなかった。


「それって、どういうこと?」

「そのままの意味ですよ? キャラが喋るときに『にゃ』をつけるんです。かわいいです。そしたら勇者と魔王のラストバトルでこうなります。

『ふふふふっ、よく我がもとにたどりついたにゃ、勇者。ほめてつかわすにゃ』

『え? ちょっ、なに? いきなり語尾ににゃとか? キモイんだけど。マジでやめてくんない? ちゃんと真面目にやってよ』

 ……で、恥ずかしさのあまり魔王は死にます」

「どんな魔王の倒し方? ていうか語尾に『にゃ』はどうしたの? なんで勇者は普通に喋ってるの? 魔王がかわいそうだよ」

「勇者はまともなんですよ。おかしいのは周りの人たちです」


 清音の意見もおかしいのでボツだ。


「さっきから聞いていれば、みんなぶっとびすぎだぞ。異世界ファンタジーということを踏まえて、その枠組みのなかで活かせるアイディアを出さないと」

「そういう輝美は、なにか思いついたの?」


 まぁな、と輝美はとっておきの発明品を披露する科学者のような笑みを浮かべる。


「思いきって恋愛に比重をおいた作品にするんだよ。そしたら女性だってとっつきやすいだろ」

「具体的にはどういうものにするの?」

「勇者と魔王と姫様のどろどろの三角関係だ」


 どろどろの三角関係って、恋愛に比重をおきすぎている。


「魔王城でラストバトルを繰り広げる勇者と魔王のもとに、王都で待っているはずのメンヘラ姫が乱入してくる。そしたらこうなる。

『や、やっぱり……やっぱりそう! あなたわたしの知らないところで魔王と会ってたんじゃない!』

『ち、ちがう! これはちがうんだ! 俺はただ世界を救おうと、魔王を倒しに!』

『そ、そうだ! わたしと勇者は、そのような関係ではない! わたしたちはただ永年の因縁に決着をつけようとしていただけだ!』

『うそっ! うそうそうそうそうそ! うそつかないでっ! わたし知ってるんだから! ふたりがわたしに黙って何度も剣をぶつけあったこと、わたし知ってるんだから!』

 ……姫に刺されて勇者と魔王は死ぬ。そして世界は平和になった」

「だからどんな魔王の倒し方? しかも勇者まで死んじゃってるよ。どんだけそのメンヘラ姫強いの?」


 もう魔王よりも、その姫様のほうが恐ろしい。


「輝美さん。フィーラルの勇者と魔王は女性ですから、そういった恋愛物には発展しませんよ」

「そうなのか? まぁ性別なんて魔術でいじって性転換したことにすればいいだろ。それがダメなら、女同士の百合物にすればいける」


 フィーラルの勇者と魔王がぞんざいに扱われている。その二人には会ったことないけど、心の底から謝りたい。


「で、どうだ? わたしらの意見を聞いて、小説の輪郭のようなものは見えてきたか?」

「見えてくるどころか、むしろぼやけちゃったよ」


 ひょっとしたら使えそうなアイディアがあったかもしれないが……今は頭の中がこんがらがっている。みんながとんでもないアイディアを出したせいだ。


「わたしはユウのやりたいように書けばいいと思うぞ。ユウがどうしたいのか、なにが好きなのか、それを追究すればおのずと答えは見えてくるはずだ」

「ぼくの書きたいもの……」


 ぼくがなにを好きなのか……なにを書きたいのか……そんなの決まっている。一つしかない。ぼくにだって、つらぬきたいものがある。だったらそれを全力で表現すればいいんだ。ひたすら邁進すればいいんだ。


「……ユウ、おまえまさか、勇者と魔王を巨乳キャラにしようとか考えてないよな?」


 ドキリとする。なぜばれた?

 輝美と清音は顔を見合わせると、ため息をこぼす。好きなものを追究しろと言ったからそうしたのに、なぜそんな反応をされなくちゃいけないんだ。


「ユウさん。勇者ルイシスも魔王サタークも、決して巨乳ではないですよ。実物は大したことありません。わたしには遠くおよばないです」


 レイナが勇者と魔王の胸部に対して、失礼なことを言う。


「それって自慢ですか? 自分は胸が大きいという自慢ですか? 大したことないとか言うのはやめてください。持っている人に、持たざる者の気持ちはわかりません」

「ごめんなさい、ごめんなさい! 謝ります、謝りますから、そんなおっぱいをぎゅうぎゅうしないでください!」


 持たざる者である清音は恨みがましい目でレイナを睨み、右のおっぱいをわしづかみにしてもみしだく。すごいな。公然とセクハラをしているみたいだ。

 とりあえず、みんなの意見から使えそうな部分がないかを再考してみよう。ひょっとしたら、川底から砂金をすくい出すように、なにかいいアイディアが眠っているかもしれない。

 それと勇者と魔王が巨乳キャラになることは、ぼくのなかで既に確定していた。



     ◇



 ファミレスでの会議を終えると、空き地のゲートを通って異世界に渡った。冒険者ギルドに行くと、冒険の準備をする。

 本格的にリニューアルオープンする前に、ぼくらで難易度を確かめてみるのだ。ネットゲーでいうところの、ベータテストみたいなものだ。難しすぎれば難易度を下げるし、簡単すぎれば難易度をあげて調整を図る。

 冒険者ギルドを改善したことによって、今回はまともな職業選択ができた。

 輝美は戦士を選び、ロングソードに胸当て、肩当て、膝当ての軽鎧を装備する。

 清音は聖術師を選び、白い杖と、白のローブを羽織っている。

 和貴も戦士を選び、装備も輝美と同じロングソードと軽鎧だ。

 ぼくは魔術師を選んだ。黒い杖と、黒のローブを羽織る。

 こうやってまともな装備を身につけると、これから冒険が始まるんだという高揚感が湧いてくる。前回のアレは一体なんだったのかと思えるほど見違えた。


「あっ、ユウさんユウさん」


 バックヤードに行っていたレイナが戻ってくる。右手に何かを持っていた。

 杖だ。やせほそった老人の腕のような、まがまがしい造形をした紫色の杖をレイナは握っている。


「ユウさんの武器は初期装備のへぼい杖じゃなくて、こっちですよ」

「それ、なに? 見るからに不吉なんだけど?」

「ふっふっふっ、これは終末の杖といって、錬金術ギルドに造らせた特注品です。ジ・エンドというとっておきの魔術を習得できます」


 ジ・エンド……名前からして、とても強力な魔術だとわかる。


「チート武器ですね」

「だな。チートはやっているときは爽快で楽しいが、ゲームの面白味を貶めてしまうから、わたしはあまり好きじゃない」


 ぼくも輝美と同意見だ。チートは好きじゃない。ゲームに限らず、どんな遊びだって定められたルールがあるからおもしろい。チートはそのルールを破壊して、おもしろさそのものを貶めてしまう。チートで得られるおもしろさはゲームのおもしろさではない、ルールを破っているというおもしろさだ。


「だが今回わたしらは遊ぶ側ではなく、お客を楽しませる側だ。受けとるかどうかは、ユウの好きにすればいい」


 輝美の言うとおり、今回ぼくらは遊ぶ側ではない。お客さんを楽しませる管理者だ。純粋に冒険をするのとは目的が違う。

 これが普通の冒険だったら受けとらなかったけど、今回はもらっておこう。有事の際に、こういった武器があれば伏線になったりして功を奏するときがある。

 初期装備の杖をレイナに渡して、終末の杖をもらう。触れた瞬間に呪われるんじゃないかと不安になったが、杞憂だった。

 ジェネイラを出ると、前回と同じくレイナに導かれて西にあるコモレビの森にやってくる。

 森のなかには、冒険者が迷わないようにホワイトボードのような大きな案内板が一定の間隔をおいて設置してあった。これがあるので滅多なことがないかぎり遭難することはない。

 ちなみに今日はテストプレイなので、宝箱は置かれていない。戦いながら進んで行って、難易度を確かめるだけだ。

 ゴブリンたちにも今日のことは話を通してある。

 そのゴブリン族は、コモレビの森の近くにあるゴブリン砦と呼ばれる場所に暮らしているらしい。一族はゴブリンキングという王様にまとめられているそうだ。

 ゴブリンは他の魔物と比べたら、冒険者ギルドに協力的だ。人間との交流も平気でしてくる。魔物のなかでは接しやすい部類に入るだろう。

 戦闘能力のほうは、体格が小柄なこともあってそこまで高くない。最初のステージに出現する魔物にはうってつけだ。


「よし、じゃあ行くか」


 輝美の掛け声とともに、ぼくらはコモレビの森に踏み込んだ。

 のびていた草木は短く刈りとられたみたいで、前に訪れたときよりも見通しがよくなっている。虫除けの薬でもまいたのか、羽虫やクモなども減っていた。冒険者に親切な行動しやすいステージになっている。

 案内板をチェックしながら進んでいくと、並び立つ樹木の影からこん棒を持った一体のゴブリンが飛び出してきた。


「さっそく出てきたか。やはりモンスターは、これくらい早くエンカウントしてこないとな」


 まったくだ。前回みたいにゴブリンが延々と現れることなくひたすら森をさまよい、そのあげく遭難しかけるのはごめんだ。


「あんたらのことはキングから聞いている。手加減なしでいいんだな?」


 ゴブリンは握ったこん棒の先端をむけてくる。キングとは、ゴブリンキングのことだろう。

 しかしあれだな。やっぱりゴブリンが流暢に人語を喋るのは変な感じがする。そのうちなれるだろうけど、しばらくはこの違和感と付き合わなきゃいけない。


「あぁ、本気できてくれてかまわないぞ。ゴブリン一体、チュートリアルにはちょうどいい」


 輝美は右の頬をつりあげると、悠然と歩いて前に出た。


「そうか。なら遠慮なく行かせてもらう!」


 黄色い両目が細まる。ゴブリンは野獣のような唸り声をもらして走り出した。

 はじめて目の当たりにする魔物の敵意に、ぼくと清音は身をすくめて固まった。

 ゴブリンは輝美に肉薄すると、右手に握ったこん棒で殴りかかる。


「ほっと」


 軽快にサイドステップを踏んでかわすと、ゴブリンの振ったこん棒が地面を打ちつけた。すかさず輝美はゴブリンの顔面目掛けて膝蹴りをぶちかます。

 鉄製の膝当てに鼻面を激突させたゴブリンは「ごぶはっ!」と鼻血を噴き出して地面を転がる。


「輝美……剣を使わないと、冒険者をやっている意味がないよ」

「おっと、そうだった。うっかりいつものくせでな。素手での喧嘩はなれているが、武器を使った戦闘はどうもな」


 はっはっはっとのんきに笑っているが、あのリアリティのある殺気を向けられて咄嗟に膝蹴りをかますなんて、まともな神経じゃない。


「まだまだ……」


 鼻からぼたぼた血を流しながら、ゴブリンは立ちあがる。ギブアップするつもりはないようだ。


「和貴、やってしまえ」

「おう、任せとけ!」


 和貴は剣帯に吊るしてある鞘からロングソードを引き抜くと、「おらああああああああああああ!」と咆哮を叫んで突撃する。

 和貴の気迫に臆したゴブリンは、もたつきながら手にしたこん棒を振るおうとするが、間に合わない。和貴のほうが速い。


「筋肉バスタアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 よくわからない必殺技を叫ぶと和貴は白刃を振り下ろして、ゴブリンの脳天に斬撃をぶちかました。それで終わりだ。ゴブリンは真っ二つになる。そう、真っ二つだ。頭も胴体も二つにぱっくりと割れて、ゴブリンだったものは崩れ落ちた。地面に血の海が広がる。


「よっしゃあ、どうよ俺の剣さばき!」


 和貴はロングソードを乱暴に振りまわして付着した血をぬぐい、嬉々とした笑みをむけてくる。容赦とか、そういうのは一切見受けられなかった。


「警察を呼んでください。ここに人殺しがいます」

「なっ! ち、ちがうぜ、キヨキヨ! 俺は人殺しなんかじゃねぇ!」

「言い訳なんて見苦しいですよ、この人殺し。その手に持っているものはなんですか? その足下に倒れているのはなんですか? 答えられるものなら答えてみてください」

「ち……違うんだ。べつに悪気があったわけじゃねぇんだ」


 きつく目を閉じると、和貴は自らが犯した罪に苦悩する。苦悩する必要なんてないのに、苦悩する。


「あの、清音も和貴も大丈夫だよ。死んでもギルドの人が魔術で蘇らせてくれるから」

「ユウ先輩、蘇るとか蘇らないとか、そういう話をしているんじゃないんです」

「そうだぜ、ユウ。死人が蘇ったとしても、俺の罪が消えるわけじゃねぇ。こいつは俺自身の問題だ」


 舞台俳優よろしく和貴は大仰な動作で天をあおぐと、ニヒルな笑みを口元に浮かべる。心なしかうれしそうに見えるのは気のせいだろうか?


「えっと、これで和貴さんの冒険者の紋章にゴブリンを一体倒したことが記録されました。ギルドに紋章を持っていけば、ゴールドがもらえますよ」


 レイナが解説を入れてくる。清音と和貴のやりとりに付き合うつもりはないみたいだ。


「ゴブリン相手に物怖じしないとは、さすが輝美先輩です。わたしとユウ先輩なんてガクブルだったのに」


 確かにぼくはガクブルだったけど、わざわざそれを口に出して言わないで。自分が情けなくなるから。


「おいおい、キヨキヨ。誰かを忘れちゃいないか? ゴブリンにトドメを刺したのは俺だぜ。この俺」

「そうでしたね。殺したことを自慢げに話すなんて、最低だと思います。この人殺し」

「なんと罵られようとかまわねぇさ。俺はもう決めたからな。この罪を背負って生きていくってな」


 抜き身のロングソードを鞘に収めて、和貴は静かに笑う。どうやら罪というワードが気に入ったらしい。


「初心者の大半は襲ってくる魔物にひるみますけど、輝美さんも和貴さんも平気そうでしたね。驚きを通りこして恐ろしいです」

「あの二人はぼくの目から見ても特殊だからね。一般人と比較したらいけないよ」


 まともな初心者なら、ゴブリン相手にもっと苦戦していたはずだ。輝美と和貴を基準にしちゃいけない。

 さらに森のなかを進むと、今度は二体のゴブリンがこん棒を持って現れた。さっきよりも数が多い。

 すぐさま輝美と和貴が動いてボコった。ぼくと清音も実戦経験を積むべきだということで、ボコられて虫の息になっているゴブリンを杖で叩かなきゃいけなかった。


「このっ、このっ、このっ!」


 さっき和貴を人殺し呼ばわりしていたわりに、清音はノリノリでゴブリンを滅多打ちにする。


「なんかこれ、ものすごく卑怯なことをしているみたいで罪悪感が湧いてくるんだけど」


 どうにも杖を振り下ろす気になれない。威勢よく襲ってくるならともかく、弱りかけているゴブリンを攻撃するのは抵抗がある。


「ユウ、これは命がけの戦いだ。敵に情けをかければ死ぬことになるのはおまえだぞ」

「いいか、ユウ。戦いに油断は禁物だぜ。いつだって全力でいかねぇと生き延びることはできねぇ」

「そうですよ、ユウ先輩。こうやって弱っているザコキャラをタコ殴りにできるなんて最高じゃないですか」


 清音の発言が最低だ。ちょっと引く。もしかしたら、この子が一番まともじゃないかもしれない。

 それからも出現するゴブリンを輝美と和貴がばんばん倒していき、ぼくと清音は弱ったゴブリンを攻撃するというおこぼれをもらっていった。

 一連の過程を何度か繰り返しているうちに、みんなそれぞれの武器の使い方になれてきたようだ。ぼくの場合は、杖が腕の一部になったみたいで持っていても最初ほどの違和感はない。ぼくよりも攻撃回数が多い輝美と和貴は、もっと武器が手に馴染んでいるはずだ。


「おっ、どうやらスキルを覚えたみたいだな」


 そして輝美がロングソードから一つのスキルを入手した。

 ぼくらのなかで真っ先に覚えるのは輝美だと踏んでいたけど、まさかこんなに早いとは、舌を巻がざる得ない。


双影斬そうえいざんとかいうスキルを習得したみたいだ」

「スキルの名前って、漢字なんだね」


 ぼくたちはレイナに視線を向けて説明を求める。


「もう、みなさん。いつもわたしにばかり頼ってないで、たまには自分の頭で考えてみたらどうなんですか? ほんと甘えん坊さんなんだから」

「いいからさっさと話してください」

「痛っ! ちょっ、清音さん! 杖で、杖でわたしの頭を叩かないで! それは魔物を攻撃するためのものであって、わたしを殴るためのものじゃないですから!」


 ゴツゴツと清音から杖で叩かれるレイナは逃げるように距離をとった。両手で頭をなでつけて、乱れた緑色の髪を直すと、ぐすんと鼻をすすって説明する。


「もともとスキルには異世界っぽい名前がついていたんですけど、二十年前にフィーラルに召喚された日本人たちが漢字を使っていて、それを見た神々や貴族が『なにそれかっけぇ』ということで、剣技や体術のスキルのほとんどが漢字に名前を書き換えられたんです」


 外国人みたいな反応だな。ある意味、異世界人は外国人だけど。


「おい、輝美。ちょうどいいタイミングで獲物がきたぜ」


 和貴が顎をしゃくる。前方に目をやると、ショートソードを握った一体のゴブリンがこっちに歩いてきていた。


「試してみるか」


 輝美は両手でロングソードを握りなおすと、ゴブリンと向き合う。

 ゴブリンは頬まで裂けた口を開けて笑い、前傾姿勢になって走り寄ってきた。好戦的なゴブリンみたいだ。

 見る見るうちに両者の間合いはせばまる。先に仕掛けたのは、ゴブリンだ。躍りかかるようにショートソードの切っ先で輝美を突き刺そうとしてきた。

 輝美は覚えたてのスキルを使用する。左斜め前方に踏み出して、刺突をよける。ゴブリンとすれ違いざま、相手の脇腹を斬りつけて、背後に回りこむと今度は背中を斬った。

 二連続の斬撃をあびせられたゴブリンは、前のめりに転倒する。


「おぉ~、かっこいいです」


 清音が小さく拍手をする。

 確かに、今のはかっこよかった。


「おらっ!」


 ぴくぴくと震えながら立ちあがろうとするゴブリンの脳天に、和貴がトドメの一撃を刺す。慈悲が欠片もないな。


「くっくっくっ、もう誰も俺を止められないぜ」


 ぺろりと赤い舌で唇をなめる。なんか和貴の変なスイッチが入ってしまった。変というか中二スイッチだ。

 スキルを使ってみた輝美はじぃっとロングソードを握った右手を凝視する。


「不思議な感覚だ。スキルを使おうと考えたら、体が自然と線でもなぞるように動いた。こいつはおもしろいな」


 異世界のスキルがお気に召したみたいだ。これなら他の冒険者たちにもウケるだろう。

 そのスキルがついこの間まで武器が用意できなくて、まったく覚えられない状態だったなんて……改めて残念な異世界だと再確認させられる。

 そのあともゴブリンが出現すると、輝美と和貴が手早く片づけてしまう。ぼくと清音はたまに弱ったゴブリンを殴るくらいしか仕事がない。レイナは傍観に徹するようで、戦闘には参加しなかった。

 そのうち輝美と和貴の二人だけでゴブリンを倒すようになり、ぼくと清音は手持ち無沙汰になる。

 やることがなくなると、清音はローブの懐を探って、ポータブルゲーム機を取り出した。異世界のテストプレイをすると知っておきながら、そういうの持ち込んでいたんだ。

 清音は杖を脇にはさむと、ゲーム機の電源を入れてぽちぽちとプレイしだす。ゲームのジャンルはファンタジーRPGだ。本物の異世界にいるのに、わざわざゲームでファンタジーをプレイしている。


「……清音、なにしてるの?」

「魔物と戦っています」

「それ、ゲームの魔物だよね?」


 できれば異世界の魔物との戦いに集中してほしい。特にやることはないけどさ。


「ほわちゃあ!」


 にわかにレイナが奇声を発して、清音の手にあるゲーム機をチョップで叩き落とした。


「清音さん、ゲームなんてやってる場合じゃないでしょ! ちゃんと目の前にある異世界を見てください! いつどこからゴブリンが襲撃してくるかわからないんですよ! 死んじゃいますよ! 油断してたらあっという間に死んじゃいますよ!」

「そのゲーム、拾ってください」

「いえ、ですからゲームをしてる場合では」


 ゴツンと清音は問答無用でレイナの頭を杖で殴る。


「痛い! ちょっ、痛いです! 痛い、痛いですってば! ごめんなさいごめんなさい! 拾います! 拾いますから! 清音さんの好きなだけゲームをしていいですから! だから杖で叩かないでください!」


 まだ出会って間もないけど、この二人の上下関係は逆転のしようがないほど決定しているな。

 ひととおり森のなかを巡り終えると、案内板を確認しながら入り口まで引き返す。結局スキルを習得できたのは、輝美だけだった。


「どうでしたかみなさん! かなり楽しめたんじゃないでしょうか!」


 リニューアルしたステージに、レイナは鼻を高くする。


「なぜあなたがそんなに偉そうなんですか? 異世界を改善するアイディアを出したのは輝美先輩やわたしたちですよね? あなたじゃないですよね? なのになぜ自分の手柄みたいに喋っているんですか?」

「べ、べつにそんなことは……。それにわたしだって、一応ギルドの職員にあれこれ指示を出しましたし……」


 ちょんちょんと人差し指を突き合わせて、しょんぼりする。清音の言うとおり、レイナはアイディアを出していない。けど、ギルドへの伝達係りとしてよく働いてくれた。ちょっとくらいは偉そうにさせてあげてもいいのに。


「あの、それでコモレビの森を巡った感想はどうでしたか?」

「あぁ、うん。そうだね……難易度とかは問題ないみたいだし、楽しめたことは楽しめたけど……」

「けど……なんでしょうか?」

「何か足りない気がするかな。どう言ったらいいんだろう、達成感というか、冒険を終えた満足感というか……そういうのがないよね」

「わかるぜ、ユウ。まだまだ戦い足りないってことだろ? へっ、俺の剣もさっきから赤い鮮血を求めて唸ってやがるぜ」

「だったら和貴先輩一人でまた森に入ってきたらどうですか? 一人でね」


 冷たい。和貴の中二発言に対する清音の反応が、ドライアイスのように冷たい。

 首をかしげて思案していた輝美は、小さくうなづくと拳で掌を叩いた。


「やはりボスキャラがほしいな」


 それだ。ボスを倒さないとステージをクリアした気分にならない。ボスという明確な目標があるから、冒険は盛りあがるんだ。ぼくが感じていた物足りなさはそれだった。


「ボスキャラですか?」

「あぁ、ここらへんでボスになりそうな強い魔物に心当たりはないか? もちろん強すぎたらダメだぞ。ちゃんと最初のステージに見合った戦闘能力の魔物じゃないと」

「それならゴブリンキングさんがいます」


 ゴブリンキング。ゴブリン族をまとめる王様だ。


「じゃあそいつにコモレビの森のボスキャラになるように交渉しておいてくれ」

「はい、ド~ンと任せてください! なんたってわたしとゴブリンキングさんは仲良しこよしです! 頼んだら一発OKもらえちゃいますよ!」


 レイナは拳で胸を叩く。ぷるんとおっぱいが揺れた。清音が片眉をひくつかせてイラッとしている。また杖で殴らなきゃいいけど。

 親交があるのなら期待していいだろう。ボスの件は、レイナに一任することになった。



     ◇



 翌日、学校帰りに異世界に行ったらレイナからボスの件の報告を受けた。


「……ダメでした」


 ダメでしたか。そうか……。う~ん、ぼくはなぜこのエルフに期待したんだろう? 期待していい相手ではないとわかっていたはずのに。


「ほんと役に立ちませんね。このダメエルフ。昨日あんなに調子こいてド~ンと任せろとか言っていたのは誰でしたっけ? 一発OKもらえるとかほざいていたのはどこの誰でしたっけ? あなたはゴブリンキングと仲良しこよしじゃなかったんですか?」

「ご、ごめんなさいいいいいい!」


 清音のなじりに、レイナは泣き崩れる。無様だ。

 レイナの話によれば、ゴブリンキングは手下のゴブリンを森に派遣するのは了承しているが、自分が森に出張るのは億劫だそうだ。要するに働きたくないということだ。なんたるわがままか。

 レイナがダメなら、ぼくらが直接交渉に行くしかない。レイナに案内されてゴブリン砦に向かうことにした。

 相手が腕力に物を言わせてきたら危険なので、一応みんな冒険者の装備を身につけておく。ぼくはギルドの倉庫に預けられていた黒のローブと、チート武器である終末の杖を再び手にする。

 ゴブリン砦は、ジェネイラの北東にある小高い丘の上に建てられた石造りの塔だ。外観は崩れかけたジェンガみたいで芸術的というか独創的というか……見ようによっては不出来な建造物だ。

 ゴブリン族はこの塔でのんびりと暮らしていて、食糧などは近くの森から調達しているそうだ。

 レイナが門番のゴブリンに掛け合うと、あからさまな舌打ちをされて通してもらった。

 砦の内部は洞窟みたいになっていて、乾燥した空気がこもっている。床面や壁面は石が平らに削られているからとても歩きやすい。意外と清潔で、たまにゴミが落ちているものの前のジェネイラみたいに吐瀉物や糞尿は見当たらない。人間の都市なのに魔物の住処よりも汚かったとは、どんだけ残念だったんだ。

 通路にはゴブリンたちがわんさかといる。みんな小さいが、それよりも小さいゴブリンがいた。おそらく子供のゴブリンだ。

 ゴブリンたちは鬱陶しそうに黄色い目を細めてこちらを睨んでくる。ぞわぞわと鳥肌が立った。歓迎されてないのが、嫌でもわかる。


「なんか、ゴブリンたち不機嫌じゃない?」

「えぇ、まぁ……昨日から何度もギルド職員がボスの件で交渉にきてますから、相当うざがられているようです」


 しつこい訪問セールスみたいなものか。そりゃあ疎まれもする。


「しかしあれだな。こうどこを見てもゴブリンばかりいたら……きもちわるいな」

「輝美、あけすけなのもどうかと思うよ」


 おかげで、ゴブリンたちの敵意がより強まった。

 レイナに連れられて階段をのぼり、最上階までくると広間に出た。壁沿いには何十体ものゴブリンが並んでいる。奥の方には石で作られた玉座があった。その玉座に一体のゴブリンがふんぞりかえっている。あれがゴブリンキングか。


「あの玉座、石でできているみたいだが、腰とか尻とか痛くならないのか?」

「座るところにワラがしいてあるので大丈夫です」


 輝美がどうでもいいことを気にする。緊張感がないな。

 広間の奥まで歩み寄っていくと、レイナが真剣な口調でゴブリンキングに語りかけた。


「ジグラさん。ボスの件を考えてはもらえないでしょうか?」


 ジグラ? ジグラって……森で迷っていたときに帰り道を教えてくれたゴブリンか? あのときのゴブリンが、ゴブリンキングだったのか? ゴブリンはどれも外見が同じだから、ぜんぜん見分けがつかなかった。

 ちょっとした驚きに、ぼくと輝美と清音は顔を見合わせる。和貴は……あのときのゴブリンを忘れているのか、ジグラという名前に無反応だ。

 ゴブリンキング、ジグラは退屈そうにあくびをすると顔面に刻まれた皺を深くする。


「昨日も言ったはずだ。手下ならいくらでも貸してやる。だが俺はやらない。冒険者の相手とか、だるいしな」

「ジグラさんが協力してくれたら、もっと冒険者に楽しんでもらえます。フィーラルを存続させるために、少しでも冒険者を集める努力を惜しんではいけません」

「だったら他の方法の考えるこったな。俺に迷惑をかけない方法を。だいたい俺、命令されるのとか好きじゃないんだよ。キングだから」


 ジグラは鼻をほじると、フッと息を吹きかけて指についた鼻クソをとばす。


「なんですか、あの態度? ゴブリンごときが生意気ですね」

「だな。ハゲでチビのくせに」

「輝美、それぜんぜん関係ないよ。ただの幼稚な悪口だよ」


 玉座の上でジグラは足をぶらぶらさせると、低い声で笑い、ぼくらに焦点をあててくる。


「よく見たらあのとき森にいた冒険者じゃねぇか。なるほど、おまえらがフィーラルを救うためにレイナが目をつけた現実世界の人間か」

「なっ、てめぇあのときのゴブリンか!」


 遅ればせながら、やっと和貴がジグラのことを思い出したようだ。


「ほら、みんな! あいつだ! あいつあのときのゴブリンだぜ! あのとき俺たちに道を教えたゴブリンだぜ!」

「あっ、うん。そうだね」「とっくに知っていたが」「気づいてなかったのはあなただけですよ、バカ貴先輩」

「なんだと……くっ、みんなに遅れをとるとは、俺もまだまだってことか」


 汗をかいているわけでもないのに、和貴は左手の甲で顎先をぬぐう。それは意味のある行為なの、とは訊かない。きっと和貴のなかでは意味のある行為なんだ。たぶん。

 ぼくらのやりとりを聞いていたジグラは、かぶりを振ってため息をついた。ため息をつかれてしまった。ゴブリンにまで呆れられてしまった。恥ずかしい。


「俺を説得するためにそいつらを連れてきたのなら、時間の無駄だぞ。俺は誰の命令も聞かない。どんなものを差し出されてもな」


 メリットになるものを提供されても、首を縦に振らないと宣言してくる。そういうのはレイナやギルド職員がとっくにやっているだろう。はなから交渉の余地はない。ゴブリンの王様ゆえに、ジグラは他者に従ったりはしない。


「だが可能性はゼロじゃない。レイナ、俺ら魔物の間には古くから伝えられている言葉がある。知っているな?」

「……力を持って我らに示せ、ですね」

「そういうことだ」


 レイナとジグラは剣呑な目つきで睨み合う。二人の間で共通の認識が生まれたようだ。刺々しい空気から察するに、いい話ではないのだろう。


「なるほど、そういうことか」

「まさかの展開ですね」

「輝美と清音は、今のがどういうことかわかったの?」

「なんとなくだがな」

「はい。わたしはちっともわかりません」


 わからないのなら、知ったかぶりをしないでほしい。話がややこしくなるから。

 言葉のニュアンスからして、なにをすればいいのかはだいたい読みとれる。


「フィーラルの魔物は自分よりも強い存在に対して従属する傾向にあります。力で屈服させれば、命令には逆らえないということです」

「そういうこった。三百年前の魔王軍も、世界中の魔物を下しては従えていたと聞くぜ」


 俺を従わせたいなら打ち負かしてみせろ、とジグラは言っている。


「てっとり早くていいじゃねぇか。つまりあのゴブリンをぶっ殺せばいいんだな?」


 パキパキと和貴が拳を鳴らす。


「そういうことなら、あいつの望みどおり殺してやろう。殺してそのまま蘇らせないでおこう」

「いや、それだとボスキャラとして配置できないから」

「でしたら上半身だけ蘇らせましょう」

「こわいよ。ホラーだよ」


 冒険者たちがいざボスとの決戦だと勇んでやってきたら、現れたのはゴブリンの上半身だけ……うん、恐ろしさとがっかりが同時に押し寄せてくるな。


「てっきり怖気づくかと思ったが……ここまで乗り気になるとはな」

「ジグラさん。この人たちをなめちゃいけませんよ。なんたってこの人たちはDQNの集まりです。それくらいの脅しじゃあ屈しません。頭おかしいですから」

「誰が頭おかしいんですか?」


 清音は杖の先っぽをレイナの右乳に押しつけると、ねじるようにぐりぐりする。


「ご、ごめんなさい! 頭おかしくないです! みなさんは天才です! 大天才です! だからやめてください! それマジで痛いからやめてください! わたしのおっぱいをぐりぐりしないでぇ!」


 ふん、と鼻を鳴らすと清音はレイナのおっぱいから杖をはなす。


「まともではないみたいだな……」


 レイナがおっぱいを杖でぐりぐりされるところを見て、ジグラは呆気にとられていた。感心されているのに、素直に喜ぶ気にはなれない。

 ジグラが玉座から降りると、他のゴブリンたちはせっせと鉄製の長剣と鎧を運んできて、ジグラに装着させた。冒険者ギルドがゴブリンたちに配給した武具だ。


「レイナはともかく、おまえらは初心者だ。俺が一人で相手をしてやる。他のゴブリンには一切手出しさせないから安心しろ」


 それはありがたい。さしもの輝美と和貴でも、砦内にいる全てのゴブリンを相手取るのは至難だ。戦うのがジグラ一体だけなら勝機がある。


「はぁ? なめてんじゃねぇぞコラ! 全員まとめてかかって、ぐへっ!」


 余計なことを口走ろうとした和貴の後頭部を、清音が杖で叩いた。ナイスだ。


「痛てぇな、キヨキヨ! なにすんだよ!」

「バカを諌めただけですが?」


 ぐぬぬぬぬっと和貴は歯噛みする。


「あいつを倒すだけで終わりなら、楽でいいじゃないか。なめてくれるぶんには儲け物だと思っておけ」


 輝美は余裕の笑みを浮かべる。和貴は不服のようだが、下手に敵を挑発して戦力を増強させるのは得策じゃない。ここはジグラの申し出に甘えよう。


「ちっ、もうなんだっていいぜ。俺の荒ぶるソウルを解放できるならな」


 和貴は中二っぽいことを言うと鞘からロングソードを抜いた。喊声を発してジグラにむかって突っ込んでいく。


「くらえ、ファイナル筋肉アタアアアアアアック!」


 またよくわからない必殺技を口ずさんでロングソードを振り下ろすと、金属音が響いた。和貴の斬撃を、ジグラが長剣で受け止める。


「ぐっ……こいつ本当に現実世界の人間か?」


 和貴の腕力が予想以上のものだったらしく、ジグラのこめかみから冷や汗が流れる。


「和貴先輩、援護します!」


 清音は手にした杖を槍のように投げつけた。いや、武器を投げたらダメだろ。

 飛んでいった杖は、ゴツンと見事にヒットする。和貴の頭に。


「痛てっ! な、なんだ! 後ろから急に?」

「すみません。ゴブリンを狙ったんですが、冷静に考えたら無駄に背の高い和貴先輩が壁になっているので当たるわけがありませんでした。てへぺろです」


 てへぺろじゃねぇ。もっとちゃんと考えて行動して。ていうか武器を投げないで。


「和貴、わたしも援護するぞ!」


 輝美もロングソードを抜くと、逆手に握りなおして、槍のように投げつけた。いや、だから武器を投げちゃダメだって。それ使い方まちがってるから。

 飛んでいったロングソードは、ぐさりと突き刺さる。和貴の背中に。


「ぐはああああっ!」


 和貴は背筋を反らして体勢を崩しそうになる。うん、そりゃあね。背中に剣が刺さったんだもんね。シャレにならないよね。


「ていうか二人とも、さっきからなにやってるの?」

「援護だ」「援護です」

「いや、援護になってないから。和貴にしかダメージがいってないから」


 仲間から攻撃を受けても、決して膝を屈しない和貴の根性には脱帽する。


「レイナ、今のって違反行為にならないの? 冒険者が冒険者を攻撃したけど?」

「えっと、二人とも悪意はなかったようなので、違反としてはカウントされませんね」


 偶然の事故として処理されるみたいだ。こういうグレーな判定は他の冒険者にも適用されるんだろう。けど、さすがに武器を投げたりするのは輝美と清音くらいだ。


「おもしれぇ。まさか俺にここまでの手傷を負わせるとはな。ザコのゴブリンとは違うってわけだ」

「いや、俺まだなんもしてないぞ。おまえが傷ついたのは味方の攻撃……」

「そうだ、和貴! そのゴブリンはザコのゴブリンとは違う、油断するな!」

「和貴先輩ならやれるはずです! ゴブリンキングを倒せるはずです! わたしはそう信じています!」


 二人とも必死に声援を送っている。すべての罪を敵におっかぶせようとしている。なんだかジグラに謝りたいよ。


「レイナ、魔術で援護とかできるかな? もちろん和貴には当てないように」

「任せてください。わたしならちゃんと魔術でジグラさんだけを狙い撃つことができます」


 頼りにされてうれしいのか、レイナは快活な笑みをたたえる。右手を突き出すと魔術で和貴を援護しようとするが、


「手ぇ出すんじゃねぇ!」


 和貴が怒声をあげて拒絶してきた。


「これは男と男の闘い! 俺とこいつ、宿命のライバル同士の対決だろうが! 横からちゃちゃを入れんじゃねぇよ!」

「……俺はそんなつもりないんだが。ていうかおまえのことよく知らないし」


 宿命のライバルに指名されたジグラがめちゃくちゃ困っている。こいつをなんとかしてくれ、とちらちらとぼくらを見てきた。


「そうか、和貴。おまえの意志は受けとった。わたしたちは手出ししない」

「え……こいつを助けねぇの?」


 ジグラのセリフは「俺を助けねぇの」と言っているように聞こえた。というかそう言っている。


「レイナも、魔術での援護はやめろ」

「で、でも……大丈夫なんですか、ほんとに?」


 おろおろしながら、レイナはぼくと輝美の顔を交互にうかがう。

 輝美は取り乱した患者を落ち着かせる心理カウンセラーのような、穏やかな微笑でレイナをなだめる。


「和貴なら心配いらない。……たぶん。きっと。おそらくは」

「憶測だらけで、ぜんぜん大丈夫に聞こえません」


 レイナは突き出していた右手をおろして、魔術での援護を中断する。ジグラの相手は和貴に任せるようだ。


「へっ、俺のわがままに付き合ってくれるとはな。恩に着るぜ」


 和貴は右足を前に踏み出すと、両腕に力をこめて鍔迫り合いになっているジグラを押し返す。


「いくぜ、筋肉ラッシュ! オラオラオラオラオラオラッ!」


 弾き飛ばされたジグラにむかって、和貴は斬撃を打ち込む。打ち込みまくる。連打をしかける。

 ジグラは長剣でさばいていくが、燃えたぎる和貴の闘志に気圧されて動きのキレが鈍い。


「こ、こいつはやばい!」


 振り下ろされる一撃を右に動いてよけると、ジグラは垂直に跳ぶ。和貴の顔面に蹴りをかますと、その反動を使って後退した。

 首をのけぞらせた和貴は鼻血を噴き出すが、獣のような唸り声をもらして、すぐに剣を構えなおした。クックックックッと不敵に笑う。


「どうした和貴? 思い出し笑いか?」

「いや、このタイミングで思い出し笑いはありえないでしょ」


 そこまでやばい人だったら、友達でいられる自信がない。

 和貴は左手の親指で鼻血をぬぐうと、右手に握ったロングソードを天にかかげた。


「ついに……ついにやったぜ! 俺もスキルを習得したぜ!」

「うそつけ」

「うそつかないでください」

「う、うそじゃねぇよ! ほんとだ! ほんとに俺はスキルを習得したんだ! 信じてくれよぉ!」

「和貴、ぼくはちゃんと信じるから安心して」

「……ユウ。やっぱりおまえは俺のベストフレンドだぜ」

「とりあえずさ、その背中に刺さりっぱなしになっている輝美の剣を抜こうよ」

「おっと、それはユウの頼みでも聞けねぇな。こいつを抜くのは、ライバルとの戦いを終えてからって決めてんだ」

「なんで? なんで抜かないの? ぼくさっきからその刺さりっぱなしの剣が気になってしょうがないんだけど? その剣がちらついていろいろ集中できないんだけど? なんでその剣にこだわるの?」

「俺にもわからねぇよ。こればっかりは理性じゃなくて感情の問題だ」


 かっこつけているのか、和貴は自嘲するように笑う。背中に剣が刺さったままなので、あまりかっこよくない。


「あの、和貴先輩。わたしの杖がそばに落ちているので、返してもらってもいいですか」

「ん? これか? ほらよ」


 投げ渡された杖を清音はキャッチする。

 和貴は右手に握ったロングソーを軽く振るい、ジグラと向き合った。


「そんじゃあ覚悟しろよ、我がライバル。俺の習得した新スキル、とくと味わいやがれ」


 和貴は地面を蹴るとダッシュでジグラに接近していく。

 ジグラは長剣を身構えて、防御の姿勢に入った。


「くらえ! 剛竜天翔ごうりゅうてんしょう!」


 三日月を描くように下方から斬り上げると、和貴は高く跳躍した。その姿はさながら天を昇る飛竜のようだ。

 だが、和貴のスキルはジグラに当たっていなかった。スカしていた。

 跳びあがった和貴は地面に着地すると、チッと舌を鳴らす。


「よけやがったか。素早い野郎だ」

「敵は一歩も動いてないよ。和貴が普通に間合いをミスっただけだよ。そこはちゃんと認めようよ」

「男にはな。間違いだとわかっていても、認めちゃいけねぇものがあんだよ」


 よしんばそんなものがあるとしても、間合いをミスったことくらい認めていいと思う。

 和貴は再びロングソードを握りしめて、ジグラに立ち向かう。


「オラッ! 次は外さねぇぜ! 超・剛竜天翔!」


 勝手にスキルに「超」とかつけていた。しかも軽々とジグラによけられている。「超」をつけているだけあって、さっきよりも跳躍力は凄まじい。それこそ高く高く、天井に届くほどに跳んでいた。というか本当に天井に届いてゴンッと頭をぶつけていた。

 地面に降りてくると、和貴の呼吸は切れ切れになる。怪我をしたみたいで頭から血が流れ出ている。


「っ! まだぁまだぁ!」


 それからも和貴は剛竜天翔を連発するが、すべてジグラにかわされる。剛竜天翔しか使ってこないとわかっていれば、動きが読みやすくてよけるのはたやすい。格ゲーでいえばひたすら同じ技を繰り返しているようなものだ。

 そして剛竜天翔を使うたびに、和貴は天井にぶつかって頭から出血する。なんかもうぼろぼろだ。なんでスキルを使っているだけで、あそこまで深刻なダメージを負っているんだろう?


「ぐっ……やるじゃねぇか。ゴブリンキングの名は伊達じゃないってことか」

「俺はなんもしてないぞ。おまえが勝手に自滅しているだけだ。あと俺がめっちゃ強いみたいに言ってるけど、ぶっちゃけ他の魔物の長に比べたら俺は激弱だからな」


 キングといってもゴブリンのキングに過ぎない。他の魔物よりも弱いのは当然だ。


「和貴、一旦さがれ」

「はぁ? なに言ってんだよ? ライバルとの戦いは俺に任せてくれるんだろ?」

「そのつもりだったが、おまえに任せていたら埒が明かない。いいからこい」


 輝美がちょっと怖い目をする。マジ命令みたいだ。逆らわないほうがいい。


「けっ、しょうがねぇな」


 和貴はしぶしぶ後退して、輝美のもとまでやってくる。


「よし、背中をむけろ。わたしの剣を抜くから」

「ん? あぁ、いいぜ。へっ、ついにこいつを輝美に返すときがきたか。さぁ受けとれよ、俺の一部をな。今こそ封印を解くんだ」

「いちいち言うことが中二臭くてムカつきますね」


 和貴には悪いけど、清音に同感だった。

 輝美は和貴の背中に刺さったロングソードの柄を両手で握ると、思いっきり引っぱる。


「痛だだだだだだだだ! て、輝美! これ超痛てぇ!」

「ええい、暴れるな。抜きにくいだろ。じっとしていろ」


 げしと和貴の腰を右足で蹴って固定すると、輝美は一気にロングソードを引き抜いた。


「ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 トドメを刺された悪役キャラよろしく、和貴の絶叫がほとばしる。背中の傷口から鮮血が噴き出て、ただでさえ血まみれだった和貴の赤みがより増した。


「さてと、お遊びはここまでだ。次は全員で仕留めにいくぞ」


 輝美はロングソードを血振りすると、律儀に待ってくれていたジグラに剣先をむける。叫んでいる和貴のことは気にも留めてないみたいだ。

 魔物の本能で危険を感じとったのか、ジグラはぶるりと身震いすると、黄色い双眸を凄ませて突っ込んできた。

 ジグラが動いたのと同時に輝美も駆け出す。

 彼我の距離がせばまると、ジグラは斜線を引くように長剣で斬りかかってきた。その瞬間、輝美は双影斬を使う。ジグラの斬撃をかわしつつ、脇腹を斬りつけ、背後に回りこんで背中にもう一撃斬りつけた。

 ジグラにダメージはない。脇腹も背中も装着した鎧に守られている。初期装備のロングソードでは、鉄の鎧を破壊するだけの切れ味がない。

 ジグラは背後にいる輝美に反撃を仕掛けるのかと思いきや、輝美を無視して前進してきた。後衛にひかえているぼくたちのもとまで走ってくる。


「させるかよ!」


 接近してくるジグラを押さえ込むために、和貴が躍りかかる。満身創痍だっていうのに、それでも身を挺してぼくらを守ろうとしてくれる。やっぱり和貴は、いざというときは頼りになる男だ。


「くらえ、剛竜天翔!」


 なぜ普通に剣を振って攻撃してくれないのか? そんなにスキルを使いたいのか? 言いたいことは山ほどあるが、案の定、和貴の剛竜天翔はひょいっとジグラによけられた。高く舞いあがった和貴はゴンッと天井に頭をぶつけてまた流血する。よく死なないなぁ、頑丈だなぁって思う。

 てか、これはまずい。もうジグラがすぐそこまできている。


「ウィンドブレイド」


 すかさずレイナが魔術を発動させた。疾風の刃が飛んでいく。

 ジグラは長剣を振るい、ウインドブレイドを打ち消す。風の余波は残っていたようで、鎧に守られてないジグラの顔にわずかな傷がつく。

 ギリッと顎を軋ませるとジグラは大きな瞳でぼくらを睨めまわし、清音に視線を定めて一気に走り寄ってくる。


「やばっ!」


 猛然と迫ってきたジグラに、清音は戦慄すると反射的に杖を突き出す。ガンッと杖と長剣が衝突した。非力な清音は軽々とふっとばされて尻餅をつく。


「こんのぉ!」


 清音を守らないと。その一心で、ぼくは側面から杖で殴りかかった。ぼくの一打は苦もなく長剣で受け止められてしまう。

 その刹那、両手で握りしめた終末の杖から力が流れこんでくる。ぼくの内側に、奥底に、深淵に、何かが入ってきた。杖がぼくに力を与えてくれる。魔術という力を。

 輝美や和貴も、スキルを得たときにこの感覚を体感したんだ。

 魔術を習得した喜びに浸ってはいられない。依然として振り下ろした杖は長剣に受け止められたままだ。びくともしない。なんてパワーだ。

 ジグラが短く息を吐くと、ぼくは力負けして押し返される。靴底がすりへり、身体が後ろにふきとばされた。ダウンしないようにかかとに力をこめて全身のバランスをとる。ぐらつきながらもブレーキをかけた。

 ジグラは再び清音を狙って追撃を加えようとしたが、


「おっと、させないぞ」


 後衛に舞い戻ってきた輝美が、牽制するようにジグラに斬りかかる。

 ジグラはちょこまかと器用な身のこなしで輝美の斬撃をよけると、ぼくらから離れて距離をとった。

 ぼくは一息つくと、みんなに言う。


「終末の杖から、魔術を習得できたみたいだ」

「ユウ先輩もですか?」


 尻餅をついていた清音が立ちあがって、ローブに付着した埃をぱんぱんと払う。


「ぼくもってことは……もしかして清音も?」

「はい。さっき突き飛ばされたときに杖から力が流れこんできました。習得したのはヒールっていう、おそらく回復魔術です」


 それは心強い。傷を癒す手段を得たなら、戦局を有利に運べる。


「じゃあ、さっそく」


 ぼくは血まみれの和貴を見る。あれほどの重傷だ。早く回復してあげないと死んでしまう。死んでも蘇るけど、でも仲間を見殺しにはできない。


「わかりました」


 清音も気持ちは同じらしく、神妙な面持ちでうなづいてくれた。普段は和貴のことを雑に扱っているけど、なんだかんだでいって清音は友達想いだ。幼馴染みを見捨てたりはしない。


「ヒール」


 杖を構えて、清音は魔術を発動させた。

 白い癒しの光がそそがれる。……清音に。


「え……なんで自分?」

「実はさっきからお尻がじんじんしてたんですよ。あと杖を投げたときに、指の先っちょを擦りむいちゃいました。もう治りましたけど」

「いや、和貴は?」

「和貴先輩? あぁ……」


 ようやく思い至ったのか、清音は無気力な目で和貴を一瞥する。


「必要ですか?」

「必要ですよ! むしろ和貴にこそ必要だよ! お尻や指の先っちょどころか和貴は全身が血まみれだよ! あんな赤い友達は見たことないよ! むしろなんで必要でないのかを聞きたいくらいだよ!」

「いいんだ、ユウ。傷は男の勲章だ。それにライバルだって、レイナの魔術で軽傷を負っている。俺だけが傷を癒しちまったらアンフェアに……」

「ヒール」


 和貴のセリフを最後まで聞かずに、清音は回復魔術をかけて重傷を治した。


「話が長そうだったので、かけてあげました」


 話が長そうだったからかけてあげたんだ。重傷を負っていたからじゃないんだ。理由としてはどうなんだろう。


「ったく、キヨキヨ。余計なことしやがって」


 和貴はまんざらでもなさそうに笑っている。傷をふさいでもらって、内心うれしかったんだろうな。


「ユウはどんな魔術を習得したんだ?」


 輝美はジグラに警戒の目をむけつつ訊いてくる。


「レイナが言っていた、ジ・エンドっていう魔術を習得したみたいだよ。効果は使ってみないとわからないけど」

「ジ・エンドは一撃でもって敵を戦闘不能に追い込むものだと聞いています。でも注意してください、発動には大量の魔力を消費しますから」


 レイナの説明から察するに、使えるのは一度だけと考えたほうがいい。


「よし、わたしと和貴でゴブキンの動きを封じる。ユウはその隙をついて魔術を当てろ」

「いいけど、ゴブキンって……」


 ゴブリンキングの略なの? とは訊かなくてもわかるけどさ。


「ゴブリンのキンタマの略だ」

「なんてものを略してるんだ! ていうかジグラのことをそんなふうに呼んでたの? 失礼にも程があるよ!」

「冗談だ。いいから魔術の準備をしろ」


 こんなときに下ネタをぶっこむとか、やめてほしい。叫んで無駄に疲れてしまった。

 気を取り直して……取り直せるかどうかは微妙だけど、とにかく魔術に専念する。使えるのは一度だけだから絶対に外せない。


「いくぞ」


 輝美は長い髪をなびかせて疾走した。ジグラを間合いに入れると、ロングソードを横薙ぎに一閃する。金属音が鳴った。刃と刃がぶつかりあう。

 すかさず輝美は双影斬を使う。ジグラの脇腹を斬る。だが鎧に防がれているので、ダメージは与えられない。でも背後に回りこんでからの一撃には力をこめたのか、ダメージこそ与えられなかったが、ジグラは背中から突き飛ばされたようにつんのめる。


「オラアアアアッ!」


 そこに和貴がロングソードで打ちかかった。

 ジグラは長剣で斬撃を受け止めると、後方に弾き飛ばされて足下をふらつかせる。


「いまだ、ユウ」


 輝美からの指示がくる。ぼくはジ・エンドを発動させた。

 杖の先から黒い光が放たれる。光は一直線に飛んでいき、ふらつくジグラに命中した。


「っ、一体なにをしやがった……?」


 ジグラは瞠目する。魔術をあびせられたことに動揺している。

 そしてしばらく経つが……なにも起きない。

 しーんと広間が静まり返る。


「どういうことですか?」


 清音はレイナのおっぱいをむぎゅうっとわしづかみにして、冷たい声で問いつめる。


「あ、あれ? おかしいですね? 錬金術ギルドの方からはとんでもない魔術だって聞いていたんですが……とりあえずおっぱいをむぎゅむぎゅするのは勘弁してください! それ痛いですから!」


 やめろと言われてもやめる清音ではなく、より一層おっぱいを激しくもみしだく。レイナの口から艶やかなあえぎ声をもれる。あの二人は戦闘中になにをやっているんだ?

 いや、それよりもジ・エンドだが……もしかして本当に、なんの効果もない魔術だったのか? よくよく考えてみれば、終末の杖はレイナが持ってきたものだ。期待はできない。


「ただのハッタリか。焦らせやがって」


 にんまりとジグラは大きな口を曲げる。長剣をこちらに向けて攻勢に転じようとしてきたが……グッと息を飲み、握っていた長剣を地面に突き立てて杖のようにすると自分の体を支えた。

 突然どうしたんだ? 様子がおかしい?

 ハァハァと息が荒くなって、顔中から脂汗がしたたっている。

 ジグラは左手で下腹部のあたりを押さえると、そのお腹からぎゅるるるるるるっという音が鳴った。

 ま、まさか……。


「ジ・エンド。それは対象を下痢にする魔術だったんですね。とんでもない魔術です。まさにジ・エンド」


 レイナの説明を聞くなり、輝美はそそくさとジグラから離れた。そばにいて被害を受けるのはごめんのようだ。


「お、俺は……この程度で、ま、負けたりは……」


 ジグラは敗北を認めない。全身からやばめの汗があふれているのに、長剣を構えて戦闘を続行しようとする。


「やめろ! 無茶をするな! このまま戦い続けたらどうなるのか、おまえはわかっているのか! 誰一人として幸せにはならないぞ!」

「そうです! こっちだって下手に手出しできないんですよ! 大惨事になってしまいますからね!」


 輝美と清音が説得を試みるが、二人の呼びかけは通じない。ジグラは一歩、また一歩と、体を震わせながらゆっくりと進んでくる。


「止まらないみたいですね。……ユウ先輩、なんてことをしてくれたんですか?」

「ごめん。でも言い訳はさせてほしい。ぼくだってこんな魔術だと知っていたら、使ってなかったよ」


 そもそもダメエルフであるレイナが杖を渡してきた時点で、危険なものだと疑うべきだった。後悔先に立たずだ。

 ぼくたちも、壁沿いにいる他のゴブリンたちも、みんながみんな戦々恐々としているなかで、たった一人泰然としている男がいた。和貴だ。和貴はいつ暴発してもおかしくないジグラを前にして、フッと笑っている。


「さすがは我がライバル。その心意気はよし。いいぜ、俺が引導を渡してやる」

「マジですか、和貴先輩? あんな状態の敵と戦うつもりですか? ドン引きです」

「男にはな、引いちゃいけねぇときがあんだよ」


 清音の言っているドン引きとは、そういう意味の引くではない。

 和貴はロングソードをジグラに向けると、全力で走り出す。


「いくぜぇ! オラアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 裂帛の勢いで振るわれる一撃を、ジグラは長剣で防ぎ止めた。


「おっぷ! こ、これは…………やばい!」


 ジグラは全身を小刻みに震わせて踏ん張る。踏ん張るのはいろんな意味でまずいけど、それでも踏ん張った。


「オラッ、オラッ、オラッ、オラアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ジグラの苦しみなど露知らず、和貴はのべつ幕なしに斬撃を打ち込みまくる。


「ちょ、ちょっと待って! あ、あんまし強くやんないで! 出るから! なんか出ちゃうから!」

「どうした、どうした、どうしたっ! おまえの本気はそんなもんかよ! もっと出せよ! もっと自分をさらけ出してみせろよっ!」

「ほんとに自分をさらけ出しちゃいそうだ! それこそ胃の中までな!」

「はははははっ! いいじゃねぇか! やってみせろ!」


 だめだ。和貴はぜんぜん話を聞いちゃいない。一人で勝手に盛りあがっている。


「こんのおおおおおおお!」


 ジグラは反撃に打って出る。顔中が汗でびちょびちょなのに、体の内側から力を振り絞って立ち向かう。和貴を打倒しないかぎり、この地獄から抜け出せないと悟ったのだ。


「そうだ! もっとこい! もっともっともっと、打ってこいよ!」


 和貴は感激している。ジグラが本気でぶつかってきてくれることに感激している。だけど和貴は気づいていない。そのジグラがやたらと鼻の穴をひくひくさせて、目元や口の端を痙攣させていることに。臨界点はすぐそこまできている。


「逃げる準備だけはしておこう」

「ですね」


 輝美と清音は酷薄だった。まぁぼくもそのときがきたら逃げ出すけど。


「あっ、やばい! これはもうやばい! うぁ――――」


 ジグラは攻撃を中断すると背筋をぴんと張って硬直する。めまいを起こしたようにふらつき、口から泡がこぼれる。


「いまだ! 剛竜天翔!」


 和貴は真下から斬り上げて跳躍する。金属音が響くと、ジグラが握っている長剣が弾き飛ばされた。宙を舞った長剣が地面に落ちると、高く跳躍した和貴も地面に着地する。

 そして決着を告げるように、和貴はロングソードをジグラの鼻面に突きつける。

 ……勝敗が決した。どうなることかと冷や冷やしたけど、間に合った。ジグラが暴発する前に戦いを終えることができた。


「やれやれ、どうやら俺の負けみたいだな。しょうがない、おまえらの勝ちを認めてやるよ」


 フッとジグラは力なく笑う。


「クールを気取っているが、汗まみれの顔が引きつっているな」

「膝もがくがく震えててやばそうです」

「言わないであげて。せっかくいい感じで終わらせようとしているのに、そういうこと言わないであげて」


 とりあえずこれで一件落着だ。壁沿いに並んでいるゴブリンたちもホッとしていた。彼らもキングが醜態をさらすところを見ずに済んで、人心地がついたみたいだ。


「俺にはとても、さっきのがおまえの全力だったとは思えねぇな。まだやるっていうのなら、受けて立つぜ」

「いや、やらない。遠慮しておく。もう完全におまえの勝ちだ」


 ジグラは渋らずに和貴に勝ちをゆずる。勝利の栄光よりもほしいものが今はあるから。

 

「そうか。だったら今回は俺の勝ちだ。だがもしも再戦を望むっていうのなら、俺はいつでも相手になるぜ。なんたって俺たちは宿命のライバルだからな。そうだろ?」

「あぁうん、そうだ! それでいい! ライバルでもなんでもいいから、もう終わりでいいだろ? な? もうこれで話すことないだろ?」


 和貴は一体いつまでジグラに語りかけるつもりなんだろう?


「やばいですよ。あれやばいですよ。ゴブキンさん内股になってもじもじしてますよ。あれもう行きそうになってますよ。すべてをさらけそうになってますよ」


 清音がぼくのローブをぐいぐい引っぱってくる。落ち着いて、とは言えない。だって本当にやばそうだからね。


「和貴さん、あれわざとやっているんでしょうか? だとしたらなんてマニアックな鬼畜プレイ。感服します」

「ただの天然だと思うよ」


 ていうかマニアックな鬼畜プレイって、そういう発想に至るレイナにびっくりだ。エルフの口からそんな単語を聞きたくはなかった。


「確かに俺たちの戦いは終わった。語るべきことは、すべて剣で語ったな」


 ジグラの肩から力が抜ける。これでようやく、トイレにいけるみたいだ。


「だが、今日の戦いを忘れないでほしい。これからも俺たちの戦いは永遠に続いて……」

「いい加減にしろ!」


 ついに見かねた輝美が和貴のケツを蹴飛ばす。


「痛てぇな。いきなりなにすんだよ? 俺はいまライバルと大切な話をだな」

「おまえが話しかけることで、そのライバルを窮地に追いやっていることに気づけ」

「なんだと? どういうことだ?」

「どういうこともこういうこともない。この失神しそうな顔を見れば一目瞭然だろ。こいつはさっきからずっとトイレに行きたがってるんだよ」

「なっ、そうだったのか! だったらそう言ってくれればよかったのによ」


 直接ではないにしろ、ジグラはずっとそう言っていた。気づいてあげられないのは和貴の罪だ。

 和貴を納得させると、輝美は鋭い目つきでジグラを睨む。


「おまえには今後ボスキャラとして協力してもらうぞ。いいな? わかったなら、さっさといけ」

「あ、あぁ、わかった! つつしんで引き受ける!」


 ジグラは了承の言葉を口ずさむと、長剣を投げ捨てて猛ダッシュで広間から出ていった。間に合ってくれることを切に願う。


「ふぅ、一時はどうなることかと思いました」


 清音は額の汗をぬぐって胸を撫で下ろす。

 ほんとどうなることかと思った。途中から勝敗の行く末よりも、ジグラのお腹の具合がどうなるか心配でたまらなかった。

 おかしな決着のつき方をしてしまったけど、ぼくらは目的どおりジグラにボスキャラとしての役目を引き受けさせることができた。

 今回の戦いを経て、ぼくは心に誓う。

 もう二度と、ジ・エンドを使わないと。



     ◇



 これ以上は変な魔術を習得したくないので、ジェネイラに戻るとぼくは終末の杖をレイナに突き返した。

「こんな稀少な杖をいらないだなんて、ユウさん正気ですか?」

「むしろ、こんな杖をぼくに渡してきたレイナの正気を疑うよ」

 終末の杖を返すと、普通の初期装備の杖と取りかえる。やっぱり普通が一番いい。普通こそが最高だ。

 それからボスキャラになったジグラには、森の奥にある特定の地点で待機してもらうことにした。そこに冒険者がやってきたら、装備した長剣で戦うことになっている。

 もしも冒険者がボスを倒せたら、ギルドから報酬として強力な武器やレアアイテムなどが贈呈されるようになった。

 これでステージをクリアしたときの達成感が得られるはずだ。



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