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ぼくと幼馴染みたちの異世界改善  作者: 北町しずめ
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プロローグ





「えっと、じゃあ今後の展開についてだけど、何かいいアイディアはない?」


 ぼくが話を振ると、テーブルについた三人の幼馴染みたちが一斉にこっちを見てきた。

 ファミレスのなかは喧騒で賑わっている。家族連れや若者の話し声がつきることなく聞こえてくる。休日の昼下がりに似つかわしい光景だ。

 老若男女の談笑が聞こえてくるなかで、ぼくらのテーブルで交わされている話題は小説についてだ。

 ぼく、小此木悠太おこのぎゆうたは趣味で小説を書いている。

 執筆しているのは、ファンタジー小説。最近流行りの異世界転生ものだ。執筆した作品はネットの小説サイトに投稿している。その小説はなかなかウケがいいみたいで、ランキング上位に入ったりすることもある。

 アイディアが湯水のように湧いてきて、いつでもすらすらと執筆できる……ということはなく、ぼくはわりと頻繁に煮詰まる。

 そういうときは、こうしてファミレスに集まって幼馴染みたちから今後の展開のヒントになるようなアドバイスをもらっている。

 ぼくの小説は、ぼく一人で作っているものじゃない。幼馴染みたちと協力して作っている合作だ。

 ふむ、とぼくの対面に座る少女が薄紅色の唇からきれいな声をもらした。

 精緻な筆使いで描かれた肖像画のように端正な容姿で、二つの大きな瞳には凛とした力強さがある。なめらかな黒髪は腰まで届くほど伸びており、女の子のわりには長身なほうだ。手足もすらりとして理想的なスタイルをしている。

 ポロシャツにスラックスとボーイッシュな服装だが、上着越しでも豊満な胸のふくらみが見てとれた。

 明坂輝美あけさかてるみ

 ぼくたち幼馴染みのなかで、リーダーに当たる少女だ。

 輝美はうなりながら頭をひねると、何か思いついたらしく、口元をやわらげた。


「よし、寝取らせよう」

「……は?」

「ヒロインのお姫様いるだろ? あの娘を主人公の親友である騎士に寝取らせよう。うん、衝撃の神展開だな。読者もきっと驚くぞ」

「驚きすぎてブチキレるよ。ていうかダメだよ、NTRなんて。作品のコンセプトが変わっちゃうから」


 ぼくの作品は異世界に転生した主人公が強敵をバンバン倒していく、いわゆる俺TUEEEEのバトルものだ。ヒロインが寝取られたりしたら、世界観が破綻する。


「ん~、いいと思ったんだけどな。親友の裏切りによって、愛憎うずまく寝取られバトルに発展していくの」


 ちぇっ、と輝美は唇をとがらせる。


「しょうがない。ヒロインがダメなら、主人公のお母さんを寝取らせよう」

「もっとダメだよ。ある意味ヒロインよりもダメだよ。主人公のお母さんに手を出すとか、どんな親友?」

「熟女好きな親友。熟女騎士だな」

「そんなろくでもない親友はいらないから。ていうか熟女騎士っていう響きからしてもう嫌だよ」

「じゃあ誰ならいいんだ? 誰なら寝取らせてもいいんだ? 主人公の父親か? 鍛冶屋のオヤジか? 国王か? 師匠の賢者か? どんな親友だ? そいつまともじゃないぞ」

「それはこっちのセリフだよ。そもそも寝取られそのものがダメだから。ぼくの作品で寝取られ展開は発生させないから」

「むぅ、ダメか……。なら発想を逆転させよう。寝取られがダメなら寝取ろう。主人公がいろんなキャラの恋人を寝取っていく。種族も性別も敵味方も関係なく寝取りまくっていく。寝取り王になる。どうだ?」

「どうだ、じゃないよ。そんなことしたら最悪な主人公が誕生するよ」

「これもダメか」


 輝美は頬杖をつくと、右手でコップを握ってストローをくわる。じゅるるとメロンソーダを飲んだ。

 NTRはダメだけど、裏切りっていうのは案外ありかもしれない。頭の片隅にメモっておこう。


「はい」


 ぼくから見て斜向かいの位置、輝美の隣に座っているセミロングの少女が胸のあたりで小さく手をあげる。

 工藤清音くどうきよね

 線が細くて希薄な雰囲気を身にまとっており、小振りな顔立ちは人形のように愛らしい。眠たそうな目をしているので、よく人からやる気がないと勘違いされる。身長は低くて小柄、胸のほうもあまり発育が進んでおらず、ぶっちゃけぺったんこだ。

 でも小柄だからこそ、かわいく見られたりもする。着ている純白のブラウスと黒のミニスカはよく似合っていて実際かわいい。

 清音はぼくたち幼馴染みのなかで唯一の年下だ。学年が他の三人よりも一つだけ低い。この前の春までは中学生だった。


「えっと、じゃあ清音」


 ぼくが指名すると、清音はあげていた手をおろす。いちいち挙手するルールはないんだけどね。


「貧乳キャラです」

「貧乳?」

「はい、貧乳キャラです」


 この子は何を言ってるんだろう? そう疑問に思わなくもないが、一応目線で先を促してみる。


「ユウ先輩の書く小説って、いつも女性キャラは巨乳ばかりじゃないですか?」

「そうかな?」

「そうですよ。ていうか自覚があって言ってますよね?」


 ……うん。あるけどね。自覚。でも素直に肯定するのは抵抗があった。


「たまに貧乳キャラが出てきたと思ったら、噛ませ犬だったりモブキャラだったりして、すぐに物語からフェードアウトします。だからもっとメインに貧乳キャラを据えるべきです。貧乳を活躍させて、貧乳無双で巨乳キャラをばったばった倒すところを見てみたいです」


 なぜだろう。貧乳というワードはまったくピンとこない。はっきり言ってぼくは巨乳が好きだ。小さいよりも大きいほうがいい。いいに決まっている。貧乳好きな人とか、意味がわからない。平たいおっぱいなんて男の胸部とさして変わらないじゃないか。やっぱりおっぱいは大きくてやわらかいからこそ価値がある。平らなおっぱいに価値はない。

 ……とは言わないけどね。言ったら清音を傷つけちゃうし、ぼくが白眼視される。


「考えておくよ。そのうちね」

「ユウ先輩、わたしの意見を聞く気ありませんね?」

「えっ? いや、そんなことは……」

「なんですか、貧乳に人権はないっていうんですか? 貧乳は悪だっていうんですか? もっと貧乳を敬ってください。もっと貧乳に優しくしてください。貧乳だっておっぱいなんです。おっぱいなんですよ」

「清音。とりあえず年頃の女の子が貧乳とかおっぱいって言葉を連呼しないほうがいいよ」

「すみません。つい取り乱しました」


 浮かせていた腰をおろして清音は吐息をこぼす。私情が混入しまくっていた意見だったな。あと清音が貧乳とかおっぱいって連呼したから、周りの客がちらちらとこっちを覗き見ている。ちょっと離れたテーブルにいる若奥様なんて、咎めるような目つきで敵意丸出しだ。小さなお子さんのいる場所で、貧乳とかおっぱいという単語を連発するのはよくないね。


「へっ、こうなったらアレしかねぇな」


 ぼくの左隣に座っている大柄な少年がニヤリと笑った。

 武田和孝たけだかずたか

 やんちゃな男の子をそのまま成長させたような、たくましいんだけどまだ若干の幼さが抜けてない顔立ちをしている。体格はがっちりとしていて上背がある。日頃からかなり鍛えているので、腕や太ももの筋肉は鉄のように硬くて太い。

 なぜか着ているジャケットの前ボタンはいつも全開だ。学校でもちゃんと制服を着るようによく先生から注意を受けている。注意を受けているが、翌日にはまた全開になっている。


「和貴、なにかいいアイディアがあるの?」

「あぁ、筋肉だ」


 そっか、筋肉か。……うん、わからない。


「えっと、どういうことかな?」

「全体的に筋肉の量を増加させるんだよ。人間も魔物も神様も、極限まで鍛え抜かれた肉体を持つ猛者を登場させまくる。むくつけき男たちの血湧き肉踊るガチムチなバトルを繰り広げるんだ。みんな汗まみれになって、激しく肉体と肉体をぶつけあう。ほら、聞いてるだけで燃えてくるだろ?」


 そうだね。聞いてるだけで、ガチでホモな映像しか浮かんでこないね。これってぼくがおかしいのかな?


「マッチョなキャラを出すのはいいけど、さすがに全員がマッチョっていうのはどうかな? なかにはスリムなキャラが好きだっていう人もいるし」

「そんな軟弱なやつは筋肉で黙らせろ。筋肉で挟みこんで、筋肉の素晴らしさを教えてやればいいんだよ」


 顔も知らない人を筋肉で黙らせることなんて不可能だし、もしも筋肉で挟みこんだりしたら、それこそガチでホモな行為になりかねない。


「まぁ一つの案として留意しておくよ」

「期待してるぜ、ユウ」


 和貴は屈託のない笑顔でサムズアップしてくる。

 マッチョなキャラを登場させるのはいいとして、全員をマッチョにするなんて無茶は絶対にしない。ごくわずかな人たちにはウケるかもしれないけど、大半の人にはウケないだろうし、どんなレビューを書き込まれるか、想像しただけで寒気がする。

 幼馴染みたちから聞いた意見をそのまま参考にはしないけど、ていうかしたら墓穴を掘ることになるけど、使えそうな意見だけを抜粋して作品に活かしていこう。

 とりあえず、ぼくの好きな巨乳キャラを新たに登場させることにした。うん、みんなの意見を完全に度外視した発想だ。また巨乳キャラかよ、ってレビューに書かれるだろうけど、そこはゆずれない。だって新たな巨乳キャラを思いついたんだ。思いついたからには書かずにはいられないよ。


「話も一段落したし、そろそろ出るか」


 ん~っ、とバンザイポーズをとるように輝美は身を伸ばすと伝票を手に取った。

 いつもどおり割り勘で会計を済ませて、ファミレスを後にする。

 店外に出ると、快晴の空から陽光が降りそそぐ。まぶしさに右目をすがめた。生温かな風が夏の到来が近いことを告げている。あと二ヶ月もすれば、セミ時雨が響きはじめて蒸し暑くなるだろう。

 輝美が先頭に立って歩き出すと、ぼくたちも人ごみにまぎれるようにして歩いた。


「清音、高校生活にはもうなれた?」


 スマホの画面をぽちぽちしながら歩いている清音に、学校についての話題を振ってみる。


「それなりには。幸いなことに中学時代親しくしていた女子が同じクラスだったので、なんとかうまくやれています。同じ中学の人が誰もいなかったら、ぼっちルートに突入していたかもしれません」


 そっか。うまくやれているのか。なら安心だ。

 清音は小学生の頃、ぼくたちと知り合う前は一人も友達がいない内気な女の子だった。あの頃に比べたら、それなりにコミュ力があがったし、行動力もついている。新しい環境とも、うまく折り合いをつけていくだろう。

 それでも困ったことがあったときは力になってあげたい。もっとも、そういった点はぼくや和貴じゃなくて、輝美に相談しているみたいだ。やはり女の子同士のほうが話しやすいこともあるのだろう。

 ……それにしても、さっきから先頭を歩く輝美のスピードがやけに速い。そのせいで歩幅がせまい清音はついていけず、肩にかけたバックにスマホをしまって小走りになっていた。


「ねぇ輝美。ちょっと歩くの速くない?」


 輝美はスピードをゆるめることなく、首だけで振り向いてくる。

 そして何気ないことのように言ってきた。


「つけられているみたいだ」


 つけられているって……どういうことだ? まさかぼくたちが?


「そういや、この頃やけに視線を感じていたけど……そうか、あれって観察されていたんだな。てっきりみんなが俺の筋肉に見とれているとばかり思っていたぜ」

「自意識過剰もいいところですね。どれだけ自分の筋肉が好きなんですか?」


 じと~っとした目で清音は和貴を睨んでいる。


「つけられているって、いつから? 店を出たところ?」

「いや、もっと前からだ。今日に関して言えば、わたしたちが店内に入ったときから監視されていた。たぶん相手はあらかじめ入店していて、わたしたちが来るのを待ち伏せていたんだろう」


 ぼくたちが店に訪れることを、事前に知っていたってことか。


「気づいていたなら、早く教えてくれればよかったのに……」

「まだ確証がなかったし、客の多い店内だと相手をしぼれなかったんだ。ま、こうして店を出た後もついてくるってことは、間違いなくわたしらを追跡している証拠だな。ついでに相手の正体も暴いてしまおう」


 ふふん、と輝美は鼻を鳴らす。追跡者を捕らえるつもりらしい。

 ぼくは隣にいる清音を見る。気づいてた? と目線で問うてみた。ふるふると清音は首を横に振るう。

 気づいてなかったのは清音も同じらしい。ていうか、なんで輝美と和貴は追跡者の視線を感じとれるんだ? スパイ映画の主人公じゃあるまいし。

 輝美と和貴は昔から運動神経が抜群で、喧嘩とかでも負けたところを見たことがない。いや、和貴は前に輝美にやられたけど。とにかくこの二人はいろいろ常人離れしている。ぼくや清音みたいな普通人と同じカテゴリーに数えちゃいけない。

 輝美は意図して人気のない路地裏に入っていった。ぼくたちもその後に続く。

 陽光が遮られた暗い小道まで来ると、輝美は足を止めてきびすを返す。


「さて、そろそろいいだろ。出てこいよ」


 輝美が目つきを鋭くする。肌がひりついて、ぞわぞわと毛穴が開いた。間違っても、輝美からこんな視線を向けられたくはない。

 そして足音が近づいてくる。ぼくたちが数秒前に通過した曲がり角から影が伸びてきた。追跡者が姿を現す。

 顔は……見えない。パーカーのフードを被って隠してある。身長は高くもなければ低くもない。胸のふくらみからして、女性であることだけは判別できた。


「こそこそわたしたちの周りを嗅ぎまわっていたみたいだが、何者だ?」


 輝美の問いかけに対して、追跡者は右手を突き出すことで応えた。


「ウインドブレイド」


 ソプラノのやわらかい声がした。その瞬間、突風が吹く。強烈な風を全身にあびせられると、傍らに置いてあるプラスチック製のゴミ箱が音を立てて崩れた。

 恐る恐るそちらを見る。ゴミ箱は日本刀でばっさりと斬られたように、斜めの断面をさらして二つに割れていた。


「そのゴミ箱のようになりたくなかったら、おとなしくわたしについてきてください」


 ごくりと唾を飲む。やばい。心音が加速して危険信号を発している。


「輝美……この人」

「あぁ、異世界人だな」

 

 こちら側の世界。現実世界と呼ばれているぼくらの世界で魔術が使えるのは、異世界の住人だけだ。

 こんなふうに魔術を使って人を脅すのは禁じられているはずだが、どういうつもりだ?


「おとなしくついてくれば、危害を加えたりはしません」


 傷つけるつもりはないと明言してくるが、現にこうやって脅してきている時点で信用はできない。


「輝美……どうするの?」

「ん? あぁ、そうだな……」


 輝美はぼりぼりと頬を指先でかくと、靴紐でも結ぶような自然な動作で腰をかがめて、足下に落ちている小石を拾った。


「こうしよう」


 右手首のスナップを利かせて、ヒュッと小石を投げつける。ヘッドショットよろしく、小石は見事に追跡者の額に命中した。


「ふぎゃん!」


 間抜けな声をあげて、追跡者がのけぞる。


「今だ。和貴」

「おうよ。自称『煉獄の狂犬』である俺に任せな!」

「自称なんですか? 恥ずかしいですね」


 猛然と駆け出す和貴の背中を、清音は冷ややかな目で見守る。まぁ恥ずかしい自称だよね。


「痛たたた……って、ちょっ、しま!」


 赤くなった額を手でこする追跡者は、肉薄してくる和貴から慌てて逃れようとする。けど遅い。和貴は素早い身のこなしで追跡者の背後に回りこみ、両脇の下に腕をすべり込ませて、がっちりと羽交い締めにした。


「ロック完了! もう逃がさねぇぜ! 俺の筋肉からは何人たりとも逃れられねぇ!」

「ひええええええ~!」


 追いつめる側から追いつめられる側に転落した追跡者は、情けない悲鳴をあげる。


「清音、トドメだ。やってしまえ」

「了解しました」


 こくりと頷くと、清音は無表情のまま両手をワキワキさせて身動きのとれない追跡者に近づいていく。そして容赦なく、追跡者の胸を両手でわしづかみにした。


「ひぃ、な、なにを……」


 困惑する追跡者をよそに、清音は眉間をひそめると両手の指に力をこめる。まるで粘土でもこねくりまわすように、つかんだ胸をむぎゅむぎゅともみまくった。それこそ形が変わるほどに。


「おおきい……。なんですか? なんなんですか、この脂肪のかたまりは? こんなもの、こんなもの」

「あっ、や、やめ、やめて、やめてくださいぃぃ……」


 追跡者は身をよじり、涙声になって懇願するが、清音は手を休めない。憎悪をこめておっぱいをもみまくる。もみもみもみもみともみまくる。

 ……なにこれ? なんでこんなことになってるの? なんで清音は知らない女の人のおっぱいをもんでるの? 客観的に見たら、完全にぼくらのほうが悪者だ。おまわりさんが来ないことを祈ろう。

 やがて抵抗する気力を根こそぎ奪われたのか、追跡者はぐったりと動かなくなった。


「ふん。どんなもんですか」


 おっぱいから手をはなすと、清音はえっへんと誇らしげに胸を張る。どうしてだろう、手放しでほめてあげる気にはなれない。


「和貴、そろそろいいだろ。そいつを解放してやれ」

「あいよ」


 和貴が拘束をとくと、追跡者は糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちた。地面にへたりこむと、その拍子にフードがめくれる。

 幻想的な美しさがあらわになった。透きとおるような白い肌に、澄んだ青空を鏡に映したような碧眼。現実ではありえない美貌がそこにある。若葉色をした長い髪はせせらぎのように流れていて、髪の隙間からは、人間のそれとは異なる耳が生えている。ぴんと長くとがった耳。エルフの耳だ。


「エルフか……。こうして生で見るのは初めてだな」


 物珍しそうに輝美は目を丸くすると、へたりこんだエルフに歩み寄る。清音と和貴も生エルフを見るのは初めてのようで興味津々といった感じだ。もちろんぼくもエルフを生で見るのは初めてだ。

 ネットにアップされた画像やテレビ画面でなら何度も見たことがあるけど、こうして直に目にすると……なんというか、ファンタジー好きとしては感慨深いものがある。


「さて、このエルフだが……どうしてくれようか?」


 輝美が処分方法を思案すると、エルフはびくりとした。


「ち、違うんです! さっきのは悪気がなかったと言いますか、本当に危害を加えるつもりはなくてですね……とにかくその、すんませんでしたぁ! 後生です! 後生ですからどうかお許しを!」


 勢いよく地面に額をこすりつけて土下座してくる。

 ……なんだろう。せっかくエルフを見ているのに、一気に現実に引き戻されたというか、さっきまでの感動が急激に冷めていく。みんなも同じ心境のようで、白けきった表情になっていた。

 輝美は小さくかぶりを振るうと、膝を折ってエルフと目線の高さをあわせる。


「とりあえず、頭をあげろ」

「は、はい」


 バッと頭をあげるエルフ。地べたにくっつけていた額が真っ赤になり、碧眼は涙にぬれていた。小振りな鼻からは液体が垂れている。なんか、幻想的なイメージがぶち壊された。こんなエルフなら見たくなかったな。


「ファミレスでわたしたちを見張っていたのも、ここ最近わたしたちを監視していたのも、おまえの仕業でいいんだな?」

「は、はい。そのとおりです。わたしがみなさんをストーキングしていました」


 ストーキングって……。そういう言葉を使われると、リアルな不快感が湧いてくるからやめてほしい。


「で? なんでそんなことをしていたんだ? しかも魔術で脅してくるなんて」

「そ、それはですね……深い事情があるといいますか、みなさんに頼みごとがあるといいますか。あっ、でもでも、魔術で危害を加えるつもりは本当にありませんでしたよ! これマジですから! ただ数日間ほど観察していて、みなさんちょっとくらい脅さないと言うことをきいてくれなさそうだなぁって思ったんです! だってみなさん、DQN入ってるじゃないですか!」

「清音」

「はい」


 むぎゅ~、と清音は再びエルフの豊満な乳房をわしづかみにする。


「痛い! 痛いです! つぶれちゃいます! ごめんなさい! DQNなんかじゃありません! 聖人です! みなさんは清廉な聖人です!」


 ふん、と鼻を鳴らすと清音は乳房から手をはなす。

 息を荒くしたエルフはぐすんと鼻をすすった。

 このエルフの言うとおり、輝美や清音は性格からして、無条件で頼みごとを聞き入れたりはしない。基本的に自分たちがおもしろいと思うことしかやらないからね。

 だからといって魔術で脅すのは道徳的にどうかと思うし、腕っ節の強い輝美や和貴を相手取るのは悪手もいいところだ。現にこうして反撃にあい、エルフは泣きを見ている。


「ほいで、おまえがわたしたちに頼みたいことっていうのは?」

「はい、それはですね」


 こほんと咳払いをすると、エルフは地面に膝をついたまま、ぼくたち四人の顔をじっくりと見回してきた。


「みなさんに、異世界フィーラルにきてほしいんです!」


 異世界フィーラル。

 それは、ぼくらの暮らす現実世界とつながっている異世界だ。

 二十年前、異世界の人間が魔術の実験を行い、数人の日本人をフィーラルに召喚した。召喚された日本人たちは異世界で壮大な冒険を繰り広げ……たりはしなかった。というのもフィーラルはすでに勇者と魔王の戦いが終結しており、人族と魔物の間では平和条約が結ばれていたからだ。異世界のどこに行っても争いなんてものはなかったらしい。

 聖剣や魔剣を手にとりドラゴンと戦ったりするようなイベントはなく、これといった苦労もせずにフィーラルに迷い込んだ日本人たちは異世界人たちの手をかりて現実世界に帰還した。

 その際、日本の各地に異世界フィーラルにつながるゲートが出現してしまった。このゲートは現在も残っており、ぼくたちの現実世界と異世界は自由に行き来が可能になっている。

 帰ってきた日本人たちは当然、政府関係者に囲い込まれた。ネットやテレビ、雑誌などのインタビューが連日連夜に渡って押しかけてきたらしい。

 それに対して、帰還した日本人たちが異口同音に答えた言葉が、


「ぬるい異世界だった」


 というものだ。

 その後、日本政府と異世界フィーラルの間で外交が行われ、日本は異世界フィーラルと友好関係を築き、領土や資源の奪い合いをすることはなかった。互いに政治的なことに関しては不干渉をつらぬくことに落ち着いたそうだ。

 そしてゲートが開通して三年後、異世界フィーラルは日本の企業とタイアップして、現実世界の人々に異世界を娯楽として楽しんでもらえるように提供した。遊園地やゲーム大会に行く気分で異世界に遊びにきていいということだ。

 当初は日本人も外国の観光客も、異世界に行けることに舞いあがって熱狂していたが……ふたを開けてみれば大コケだった。

 平和な異世界なので魔物たちは人を襲ったりしないから、ゲーム感覚で異世界を楽しめるようにルールを設けて来客に異世界を冒険させたらしいが、それがめちゃくちゃ酷かったらしい。

 ゲートを潜る前はわくわくしていた来客たちが、ゲートから戻ってくると、げんなりしているか、キレているか、無表情になっているかのどれかだったそうだ。誰一人として笑顔のまま戻ってくる者はいなかった。

 本物の異世界への冒険という企画は興行としてまったく振るわず、年を追うごとに客足は減っていき、管理会社との契約を打ち切られては、別の企業と再契約を結ぶ行為を繰り返している。

 そんなこんなでいつからか異世界フィーラルは、残念な異世界というレッテルを貼られるようになった。

 そして大衆はそこにある本物の異世界ではなく、アニメやゲームや漫画のなかにあるフィクションの異世界を求めるようになっていった。異世界転生ものの小説を書いているぼくも、そのクチだ。本物の異世界が琴線に触れることはなく、架空の異世界に傾倒している。

 エルフからの頼みごとを聞いた輝美は、困ったようにぼくらを見てくる。見られたところでぼくは苦笑を返すことしかできない。評判が悪いだけに、本物の異世界にはそこまで行きたくなかった。

 輝美は肩をすくめると、再びエルフを見下ろす。


「例の残念な異世界にわたしらを連れていって、どうするつもりだ?」

「ざ、残念な異世界……」


 ズーンという効果音がつきそうなくらい、エルフは暗い面持ちになる。自分の出身地をそんな言い方されたら、まぁショックだよね。

 言いたい言葉を飲み込むようにグッと喉を鳴らすと、エルフは真剣な眼差しで見上げてきた。


「詳しいことは、まだ話せません。けど……あなたがた四人に、現在のフィーラルの姿を見てほしいんです。どうかお願いします」


 エルフの瞳は切実そのもので、強い意思が伝わってくる。どうやら軽い気持ちで頼んでいるわけではなさそうだ。

 どうしよう。なんだか無下には断れない。


「やだよ」


 ところがどっこい、輝美はあっさりと断った。


「えええええええ! な、なんでですか! なんでダメなんですか! ちょっとぐらいいいじゃないですかぁ! ここはやれやれと言いつつも異世界にきてくれる展開になるんじゃないんですか!」

「だってつまらなそうだし。なぁ?」

「ですね。わたしたちはヒマじゃないんです。ソシャゲで忙しいんです」

「我慢してくれてもいいじゃないですか! ゲームはいつだってできるでしょう!」

「そのちょっとの時間が他のプレイヤーとの差になるんだ」

「まったくです。わたしが無駄な時間を過ごしているうちに、他のプレイヤーがこつこつとレアアイテムをゲットしてキャラ強化をしていると考えたらイラつきます」


 輝美と清音のゲームにかける情熱には脱帽するけど、あまりにも無情すぎてエルフがかわいそうだ。


「二人とも、ちょっとくらいなら別にいいんじゃない?」

「なんだユウ? もしかしてこの巨乳エルフにほだされたのか? 騙されるな。同情を買おうとするのは詐欺師の常套手段だ」

「そうですよ、ユウ先輩。巨乳に騙されないでください。巨乳だからって安易に信用するのは危険です。ニセ乳の可能性があります」

「わ、わたしのおっぱいは本物ですぅ!」


 なんだか話が脱線している。いや、ニセ乳はだめだけどね。おっぱいは本物にかぎるけどね。


「一度くらいは異世界に足を運ぶのもいいんじゃないかな? ほら、小説を書くための参考になるかもしれないし」


 それはぼくの正直な気持ちだ。残念な異世界と呼ばれるくらいだから、異世界フィーラルには期待してない。けど、小説のネタになることが落ちているかもしれない。

 それにさっきのエルフの表情は真剣だった。あんな顔を見せられたら、やっぱり無下にはできない。


「そうですそうです。きっと小説のネタになるものがたくさん落ちてますよ。そこらじゅうに転がり落ちてますよ。だから、ね? 行きましょう。異世界に行きましょう。ね? そうしましょう」

「ごめん。ちょっと黙っててもらえるかな? きみが喋れば喋るほど、輝美たちの心が遠ざかっていくみたいだから」

「はっ! す、すみません!」


 ピッとエルフはお口をチャックする。

 ほんの数秒前までこのエルフを助けてあげたいと思っていたのに……おちゃらけたところを見たせいか、もうその感情は薄れている。どうやらぼくの心も遠ざかっているようだ。


「まったく、ユウの巨乳好きには困ったものだな」


 輝美は肩をすくめると、口元をほころばせる。


「ぼくの名誉のために言っておくけど、べつにこのエルフが巨乳だから庇ったわけじゃないよ」


 はいはい、と輝美は軽く聞き流す。これはどんなに弁解しても信じてもらえそうにない。


「ユウがそこまで言うのなら仕方ない。今回だけは特別に付き合ってやろう」


 輝美は難色を示しつつも、異世界に行くことを了承した。


「ほ、本当ですか! よっしゃ! ゲッツ!」


 エルフは小さくガッツポーズをとる。


「……おい。やっぱり行くのやめたくなってきたぞ」

「うん、ぼくも」


 どうやらこのエルフ、あんまりオツムがよろしくないようで、すぐにつけあがるみたいだ。


「えっと、清音と和貴はどうかな?」

「輝美先輩とユウ先輩が行くのなら、わたしは構いません」

「へっ、決まってんだろ? 俺はどこまでもユウについていくぜ。銀河の果てだろうと、トイレのなかだろうと、それは変わらねぇよ」


 トイレのなかは勘弁してほしい。一人でゆっくりしたい。

 説得の甲斐あって、みんな異論を唱えることなく異世界に同行してくれるみたいだ。


「なんです、なんでず、みなさんやっぱり異世界に行きたいんじゃないですか。もぉう、だったら初めから素直にそう言ってくださいよ。いけずなんだから」

「よし、行くのやめよう」

「ですね。帰ってゲームしましょう」

「ごめんなさい! 調子に乗ってホントにごめんなさい! だからどうか異世界にきてください!」


 再び地面に屈んで土下座をする。

 こんなエルフ、庇わなきゃよかった。今さらながらに損した気分になる。

 土下座によって引きとめられた輝美は腕組みをすると、憮然とした面持ちでエルフを見つめる。


「ところで、わたしはまだおまえの名前を聞いてないんだが?」

「ハッ! これは失礼をば! わたしはレイナ・クーリエといいます! 異世界の案内役を務めさせていただくので、どうぞかわいがってやってください!」


 さっきまでの言動を顧みるに、かわいがってやる気にはなれない。

 ぼくらは若葉色の髪をしたエルフ……レイナに連れられて異世界フィーラルに向かうことになった。

 案内人が案内人なだけに、先行きが不安だ。




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