お前もか!?
今日も、美和子は後藤さんと会社訪問している。
美和子が必死で働いてるって言うのに、何もしないで彼女にくっついて回ってる俺。
……なんか、俺ってヒモみたいだよな……
生きてる訳じゃないから、養ってもらってる訳じゃないけど、ほら、何と言うか、感覚が、ね……
昼食時になり、今日もオフィスに戻るのかと思いきや、美和子はタクシーを停め、それに乗り込んだ。どうやら誰かと待ち合わせをしてるらしい。
十分程で着いた場所は、大手ファミリーチェーン店だった。
美和子は店内をぐるりと見渡し、相手がまだだと知ると、出入り口から良く見える所に陣取った。それから余り待つ事無くその人物はやって来た。
その相手は俺の幼馴染の武田正行だった。
正行はこちらに気付くと、軽く手を上げにこやかに近付いてくる。
「お待たせ。あれ? 美和ちゃん、なんか明るくなったね。昔に戻ったみたいだ」
正行ははじける笑顔を向け、恋人との逢瀬のように、声を弾ませ熱い視線を送っている。
それに対して美和子は、「そうかな~」と照れながら頭を掻いた。その仕草に色っぽいものは微塵も含まれていない。美和子の態度がいつもと同じで、俺は心底安堵した。
けど、この温度差は……
まさかとは思うが。まさか、とは、お、も、う、が……
こいつも美和子を狙っているのか?
だとすると……これは危険だ。一番の危険人物だ。
だって、こいつ、良いヤツだし……
なんとか二人の邪魔は出来ないものかと考えた挙句、正行の守護霊に協力してもらおうと思いついた。
俺は正行の守護霊に会いたいと願った。
現われたのは……花魁?
それはそれは、妖艶な美女だった。
「あらぁ? あなた、この人の旦那さんじゃなぁい?」
「はあ。初めまして……」
「初めましてじゃないわよぉ。正行と幼馴染じゃなぁい。ずっと成長を見守ってきたわよぉ? 奥さんの守護霊になったのぉ?」
「はあ、まあ」
花魁は目を細め、さもおかしそうに話し掛けてくる。こんな美女と出会った事がない俺は、たじたじだ。
「ふふっ、不思議ねぇ。初めて会うのに、あなたの過去はたくさん知っているのよぉ? 正行と一緒に悪さしてたものねぇ。そんなあなたが警察官になった時には驚いたものよぉ!」
その時の記憶が蘇ったのか、花魁は驚愕の表情を浮かべている。
驚いた顔をしても、美人は美人なんだなぁ。
「小学正の時は秘密基地を作るって裏山の洞窟に色んな物を持ち込んでぇ、そこに家出をした事もあるしぃ、中学の頃は自転車でどこまで行けるかって小旅行と言われる物もしたわねぇ、家出っぽかったけどぉ。計画を立てるのはあなたで、正行はいつも巻き込まれていたわよねぇ」
「高校の時のあれは笑えたわよねぇ。バイクで走ってたら族に次々追い越されてぇ、しかたなく最後尾を走ってたらサイレン鳴らしたパトカーが追って来てぇ、慌ててぶっちぎりで族を追い越して逃げたわねぇ。あれは楽しかったわぁ」
と花魁は俺の恥ずかしい過去をさらけ出して行く。
そして「あなたのおかげで退屈しなかったわぁ」ありがとうと礼まで言われてしまった。
俺のみっともない幼稚園からの過去をこの美女に隅々まで知られてるって、恥ずかしすぎて穴があったら飛び込みたい。
むしろ掘りたい。
掘って埋まってしまいたい……
「でも、なんで奥さんの守護霊なんかになったのぉ? と言うか、なれたのねぇ、不思議だわぁ」
「愛する家族を、そばで守りたかったんです」
俺はダメージだらけの心をなんとか浮上させた。
花魁は美しい顔を曇らせる。
「その気持ちは分からないではないけどぉ。いずれ誰かを愛して、あなたを忘れる日が来るわよぉ? あなたは耐えられるのぉ? 彼女が他人に抱かれるのを、見ていられるのぉ?」
花魁は秀麗な顔をこちらに向け、俺の心中を暴こうと、真っ黒な大きな瞳で俺を射抜く。
このひとは俺を幼いころから知っている。きっと親よりも、親友よりも、俺自身よりも、俺を知っているのかも知れない。そんな人に、どんなに取り繕っても無駄なんだろう。
俺は大きくため息を吐く。花魁の姿勢は変わらない。
「正行は……美和子の事を……」
絞り出した声は自分でも驚くほど小さいものだった。
「ええ、狙っているわよぉ。でも勘違いしないでねぇ。奥さんの事が心配で、相談に乗る内に想いが募ったんだからぁ。あなたが生きている頃は“二人は理想のカップルだ、俺も早く良い人見つけなきゃ”って言ってたんだからぁ」
花魁は、俺の聞きたくなかった言葉を躊躇いもせず一番に告げる。それは、俺が思うよりずっと深く俺にダメージを与えた。
「あなたには悪いけどぉ、私は正行に幸せになって欲しいのぉ。だって、とても良い子なんだものぉ」
そんなの花魁に言われなくても分かっている。
それでも俺は口を開いた。
「あの、ダメ元で言いますけど。……正行の夢に入って、美和子を諦めるように説得してくれませんか……」
「あなた、なに言ってるのぉ!?」
花魁は目をむいている。美人が台無しだ。
じゃなくて。
ですよね……そんな事してくれる訳が無いよな……
「守護霊が夢の中に入れるなんて、聞いた事が無いわ!」
え? そっち?
「え、入れないんですか!?」
「当たり前よぉ」
「……じゃあ正行が寝てる間は、どうしてるんですか?」
「私も寝るに決まってるじゃなぁい!」
常識でしょ! と言わんばかりに、言い切られてしまった。