モテル。のか?
今日の彼女は、初めから明るい春の日差しの中に居る。
桜の樹にもたれる美和子の元に、カーテンをくぐるように会いに行けた。
彼女の名を呼ぶと、嬉しそうに駆け寄って来る。「待ったか?」と訊く俺にふるふると首を横に振った。
はにかむ彼女に俺の顔もほころぶ。
まるでデートでもしてるようだな、と言う俺に、本当ねと彼女も笑った。
「今日は敬太がしきりにパパって言っていたけど、傍に居てくれたの?」
そう言えば、と続けられた美和子の言葉に俺は苦笑した。
「ああ。これからはずっと傍に居るよ」
俺がそう言うと、美和子は顔を輝かせて「じゃあ、いつもオシャレしなきゃ」あなたのために、と呟いて頬を染める。
「美和子は今のままで充分 魅力的だよ」
ふいに出た言葉に、俺はまた苦笑してしまった。
生きていた頃は、甘い言葉なんて掛けたことがなかった。いつも傍に居て、態度で示せてると思っていた。でも、俺の言葉でこんなに嬉しそうに頬を染める彼女を見ていると、全然言葉が足りていなかったんだなと思う。
美和子に対しての愛の言葉も、何より大事な存在だと言う事も、あまり伝えてこなかったように思う。
「何だか不思議ね。会えなくなってからお互いの新しい一面を知るなんて」
どうやら、彼女も俺と同じように感じたようだ。
本当にそうだな。前回ここに来た時に見た彼女は、知らない人のようだった。こうやってはにかむ彼女も新鮮で、俺はそんな彼女にまた惹かれている。
次の朝、昨日よりもさらに美しさの増した彼女がそこに居た。
「………………」
いや、妻が綺麗になることは良いことだと思うよ、うん。でもさ、俺としては、心配事が増えるんじゃないかと言う、不安が、こう、ひしひしと……
……嫌な、予感だ……
俺、感は良いほうなんだよ……
『……よう』
「あ、おはようございます。閻魔さん」
『お前は挨拶は丁寧なのに、その呼び方はどうなんだ』
閻魔大王は、俺の呼び方がお気に召さないらしい。が、俺は替えるつもりはない。絶対に。
『そのこだわりは何なのだ』
閻魔大王は大きなため息と共に吐き出した。
「ゆうべは大変でしたね」
含み笑いをする俺に、ふんと大きな鼻息が聞こえた。
『川崎様、あまり閻魔様を信用されないいうに』
聞こえてきたのは、機嫌の良くない鬼の声だった。
なんだかなぁ。それで俺が怒られるって、どうなのよ。
俺に非は全くない訳だよな? 気を付けろって言ったって、何が書いてあるか分からなかった訳だし。
要は閻魔さんを信じなければ良いって事ね。
ここで「はいはい」なんて言えばお小言が増えると思い、神妙な顔で返事をしておいた。俺の顔が見えているのかは謎だが。
『見えているぞ』
だ、そうです。
見えてんのか、そうか。
そうこうしてる間に、保育園の庭に居るよ俺たち。
「―――――――僕も良く行くんですよ。どうですか? 敬太君とお弁当を持って、今度の日曜はお天気だって言ってましたよ」
キラキラ笑顔でさり気なく美和子を誘うイケメン保育士の声が聞こえた。
え? マジで?
この保育士、年上好きかよ! 美和子は「そうですね~」なんて笑ってごまかしてるけど、はっきり断れ! はっきりと!!
それじゃあお願いします。と美和子は保育園を後にした。
「驚いたぁ。私って誘われたのかなぁ? きっと気のせいね」
と美和子は車の中で一人ごち。
「いやいや、気のせいじゃないから!」
『お前の嫁はモテルのか?』
突然の問いに「あぁ!?」と凄んでしまった。
「いや……どうでしょう。気にしたことなかったなぁ」
口調を和らげ、思い返してみる。
大学で知りあって、俺がぐいぐいアプローチかけて、誰も入る余地もないぐらい片時も傍を離れなかったしな……
美和子はモテテいたんだろうか?
なんて考えてる間にオフィスに着いていた。
ここでは、朝一番の挨拶を交わす為に守護霊が見えるようにしている。
美和子と一緒に俺も守護霊の皆さんに声をかける。
甲冑姿の武将や、髪を結い上げた和服姿の女性。軍服姿の人に、昭和初期のような格好の人など様々。
うん。昨日も思ったけど、コスプレ会場って感じかな。ははは。
「守護霊って、守護霊に着いていない時って、どこに居るんですか?」
隣のサムライさんに挨拶をして、俺は疑問に思っていた事を訊いてみた。
サムライさんは、守護霊の村があるのだと教えてくれた。
神の加護がなくなる七歳ごろ、「守護霊になってください」と呼びかけがあるらしい。それは先祖にしか聞こえなくて、より強く聞こえた者がそれに応え、召喚されるそうだ。それまでは普通に生活しているとのこと。
へえ、なんか不思議だな。と思っていたら「あなたも村から来たのでしょう?」と言われ、笑って誤魔化した。
誤魔化すしかないからな。
そんな話をしていると今日もまた係長に呼ばれた。
今日も後藤さんと外回りをするように言われたあと、声を落とした係長に「飲みに行かないか」と、誘われた。
「え?」
と俺と美和子の声が重なる。
呆ける美和子と、真っ赤に染まった係長の顔。
でも、せっかく落とした係長の声を、近くの席の社員に拾われたようだ。
「飲み会ですか? 良いですね! 皆で行きましょうよ!」
と放たれた言葉は、係長の手を離れ一周して、日時、場所、人数が決まった状態で戻って来た。
何と言う早さだ。
係長は美和子だけを誘ったんだよな、もの凄いがっかりしてるよ。残念だったな。
なんて、呑気に構えてていいのか俺。
日に日に魅力的になる美和子に、ころっといく奴が他にも現われるんじゃないかと、俺はもの凄く不安を憶えた……