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 俺の話を聞いてくれ!

 閻魔大王達の声が聞こえなくなり、辺りに静けさが押し寄せた。

 俺は未だにスポットライトの下に居る。

 先ほどの閻魔大王の言葉を反芻してみる。

 美和子の夢を見たいと思えば見られると言っていたな。そう思い、俺は美和子の夢が見たいと強く願った。

 すると目の前にぼんやりと何かが映し出された。

「私のせいだわ」

 唐突に聞こえて来たのは、懐かしい妻の声だった。でもそれは訊いた事もないような暗くて寂しいものだった。

 モノクロの映像の中を美和子がゆっくりと歩いている。その映像一つ一つの前に佇んでは「これもそう」「これも、そう」と悲し気に呟く。

「疫病神って言われてた。仲良くなった人たちは皆、私のせいで不幸になる。両親も、敬一郎さんも。私の大事な人たちは、私を置いて逝ってしまう」

 美和子のすすり泣く声が聞こえる。

 流れる映像は、どうやら美和子の体験して来た過去のようだ。時折立ち止まりため息を吐く。


 驚いた。

 これは誰だ。

 俺の知る美和子とは大分かけ離れている。

 俺の知る彼女は、いつも朗らかに笑っていて、溌剌としてて、細かい事にくよくよしない性格だった筈だ。少し天然なとこもあるが、そこがまたチャームポイントだった。

 目の前の彼女が、信じられなかった。 

 まさか、こんな夢を毎日見ているのか。

 これじゃあ神経をやられてしまう。

「敬一郎さんは私と出会わなければ良かった」

 ずしりと辺りが闇に暮れていく。

「私と出会わなければ、死ぬ事もなかった……」

 更に闇が濃くなった。

 美和子の口から次々と自分を責める声が聞こえる。

 その度に辺りの暗さは増していった。


 違う。

 俺が死んだのも、彼女の両親が亡くなったのも決して彼女のせいじゃない。

「美和子のせいじゃない」そう叫びながら、俺は夢との境にある透明な壁らしき物を叩いた。

 美和子の夢の中に入りたい。そう願いながら叩き続けるが、一向に入れる気配はなかった。

「なぜだ……」

 壁を叩くのを止め、もう一度心の底から夢の中に入りたいと願った。けれど状況は変わらなかった。

 そうしている間も、夢の中の闇は濃くなる。美和子の身体も闇に沈んで消えてしまいそうだった。

 このまま闇にさらわれて、手の届かない所に行ってしまいそうだった。

 止めろ、止めろ、彼女を連れて行くな。やっと会えたんだ。このまま引き下がるなんて嫌だ。

 閻魔さん。いや閻魔大王様。頼む。俺に力をくれ。

 そう思いながら俺は拳に力を籠めた。

 握り込んだ拳を。俺の介入を拒む壁に叩きつける。見えない壁に薄っすらと亀裂が入ったように見えた。俺はもう一度拳に力を籠めて、もうニ、三発亀裂の入った場所に拳を叩き込んだ。その場所から大きな亀裂が四方に走り、ガラスのような欠片が音も無く崩れ落ちた。

 俺は間髪入れずに夢の中に足を踏み入れると、今にも消えそうな彼女の肩を掴んだ。

 美和子の身体がピクリと震え、怯えるようにこちらを振り向く。

 彼女の虚ろだった瞳が大きく見開かれた。


「……敬一郎さん……」

 美和子が小さく呟く。

「美和子」と呼ぶ俺の声を聞いて、彼女はもう一度俺の名を口にした。その途端辺りに色が着き始めた。

 ここは二人が初めて出会った場所。桜並木の下、桜吹雪が舞いちる。春の日差しの中、爽やかな風が吹いている。

「よっ、久しぶり」

 俺は、努めて明るく振る舞った。

 美和子は目元を細め、潤ませて俺の胸に飛び込んで来た。

「会いたかった」

 そう言って美和子はひとしきり俺の胸で泣いていた。

「ありがとう俺の子どもを産んでくれて。一人で、大変だっただろう?」

 何と声を掛けようかと、迷った挙句に出た言葉だった。もっと他に気の利いた言葉があっただろうに、俺は一番言いたかった言葉を選んでいた。そう言う俺に、美和子は俯いたままかぶりを振る。

 彼女は寂しげに微笑んで「笑わないでね」と切り出した。


「あなたが居なくなって、辛くて、辛くて、毎日泣いて過ごしたの」

 私らしくないでしょ? と続ける彼女の話に耳を傾けた。

「義母さんが心配して付き添ってくれて、私の変化に気付いて病院へ連れて行ってくれたの」

 彼女は、独り言でも呟くように淡々と話す。

「……この子は敬一郎の生まれ変わりだから産んでくれって、私も、この子の為に生きて行こうって……」

 美和子の頬を涙が伝う。俺は美和子の身体を引き寄せもう一度強く抱きしめた。

「名前は……何て言うんだ?」

 抱きしめたままで訊くと、美和子も俺の背中に腕を回した。

「あなたの名前から一字取って、敬太って付けたのよ。あなたに似てやんちゃで」

 と話す彼女の目から、滴はもう零れてはいなかった。

「そうか良い名前だな。これからは俺が二人を守るから。だから、幸せに生きて欲しい」

 俺がそう言うと、美和子ははっと顔を曇らせた。

「美和子が毎晩見る悪夢は、俺が打ち砕いてやる。だから、笑ってくれ」

 それを聞いた彼女は、恥ずかしそうに、はにかむように笑ってくれた。



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