これは、夢の続き?
溺れるシーンがあります。苦手な方は読まないでください。
俺はもがきながら流されている。
そんな俺の周りを、楽しそうに子鬼たちが泳いでる。
これはいったいどういう状況だ。
とにかく、苦しくなってきた。
俺が水を掻いて上に向かうと、不満げな顔をした子鬼たちが俺の足にしがみ付く。
俺を溺れさせる事が目的か。
くそっ。俺はまた死ぬのか。
鬼ども、放せ!
睨みつける俺の目を見ながら、鬼たちは楽しそうに笑ってる。
瞬間、絶望が俺の頭をよぎった。
『聞こえるか』
閻魔さん! 苦しい!
このタイミングで天の声が!! 閻魔さんは天使だったのか!
『あー、わしは天使ではないが。とりあえず空気を送る』
その声と同時に川底から湧きあがった空気の塊に、俺の身体は包まれた。
俺は咳き込みながら、一心に空気を肺に送り込む。
子鬼たちは空気に弾かれたようで俺の周りから遠ざかって、ギィギィと言葉にならない声で抗議している。耳触りだ。
今の内に、水面に顔を出して、とりあえず俺はホッとした。
『その餓鬼どもはお前の邪魔をする。わしは空気を送ってやる事ぐらいしかできん。他は、自分で何とかしろ』
「分かりました。所で、ここは夢ですか、それとも地獄?」
『さあな。どちらにせよ、切り開く事で何かが変わるかもしれん』
話をしてる間に、残念ながら俺の周りの空気の塊は消えていた。
子鬼あらため、餓鬼どもが嬉々として俺に近づいてくる。俺は未だに持っていた木の枝で追い払おうとそれを振り回した。
何の足しにもならないと思っていた木の枝に当たった餓鬼が、力が抜けたように川底に落ちて行く。
何が起こったのか分からずに、俺は足にしがみ付こうとしていた餓鬼を枝で突いた。
すると、またもや餓鬼は力なく川底に落ちて行く。
どうしてこうなるのかは分からないが、俺は、これ幸いと、近くに居た餓鬼たちを突きまくった。
『その枝は、榊のようだな。相変わらず運の良い奴だ』
「さかき?」
『木の種類だ。邪を払うと言われている』
『この先、流れは二手に分かれる。左に行け。左だぞ』
「右は?」
『滝だ』
「分かった。左だな」
俺は即答する。滝には落ちたくないからな。
だんだん流れは早くなる。
俺は立ち泳ぎしながら餓鬼と格闘し、なんとか左側に寄っていった。
よし、これで一安心だ。
俺には分岐点はまだ見えないが、このまま左寄りを流されていれば滝に行く事はないだろう。
なのに、身体が押されて右側へと流されて行く。
何だ? と目線を向けると、数多の餓鬼が俺の身体を押している。
慌てて持っていた枝で振り払うも、餓鬼たちは、後から後から湧いて出た。
ああダメだ。このままでは右側の流れに乗ってしまう。
そうこうするうちに、俺にも分岐点が見えて来る。その場所には、ばかでかい岩が鎮座していた。
『あれに当たるなよ。一発でお陀仏だ』
縁起でもない!
大岩に目を奪われている間も餓鬼たちの攻撃は止まない。
不意に足を引かれ、水中に沈む。とっさの事で肺は萎んだままだった。
苦しい!
『ほれ、空気だ』
また、大量の空気に包まれた。餓鬼たちが遠ざかる。
『今の内に左に寄れ』
俺は言われた通りに水を掻いて左側を目指したが、どうにも間に合いそうに無かった。
『餓鬼たちが左側を塞いでるが、わしがどうにかする。問題は大岩だな。あれに誘導されてる』
あんなのに当たったら、一発で終わりだ。
俺は必死に腕を動かした。
『片腕で当たれよ』
え、痛そう。
『頭うって死ぬよりマシだ。腕一本ぐらい、未来に比べたらたいした事じゃない』
ふ、そうだな。
左側を塞いでいた数多の餓鬼は、大量の空気によって弾き飛ばされた。
俺の身体は引き寄せられるように大岩に迫る。どうにか身体を反転させ、身を縮めて左腕の衝撃に身構える。瞬間、息が止まる程の衝撃が全身に走った。それでも俺は痛みをこらえて、必死に岩を押して左側の流れに乗る事が出来た。
衝突した時に吐き出された空気を、慌てて息を吸いこもうと大量の水を飲んでしまった。
閻魔さん、空気!
思うと同時に空気に包まれる。俺は痛みも忘れて夢中で息を吸った。
『生きとるか』
なんとか
酸素を取り込んで、一息ついて全身の痛みに悶絶する。特に左腕には千切れそうな痛みが走った。
『だいぶ先に流木が引っ掛かってる場所がある。その木に掴まれ。少しなら手伝ってやれる』
『閻魔様、いけませんよ』
『煩いのぅ、好きにさせろ』
『これは、試練です』
『……』
閻魔さん、ありがとう。俺一人で頑張るから。
『……それ、見えてきたぞ』
目を凝らすと、大きな岩と岩の間に大木が横たわっているのが見えた。大木の下は急な流れもそのままに、枯れ葉や枯れ枝がその流れに吸い込まれて行く。俺もうまくいかなければあの流れに吸い込まれるのだ。
左腕はさっきの衝突で、全く使い物にならない。右腕一本だけで、果たして身体を支えることができるのか。
やるしかないんだけどな。
そんな事を考えている間にも、大木が迫っている。
よし。
覚悟を決めた途端に、身体が水中に沈んだ。
また餓鬼たちだ。舌打ちしながら下を見る。大量の餓鬼たちが俺の下半身にしがみ付き川底に向かって泳いでいる。その餓鬼の多さに、その力強さに圧倒され弱気になった。
衝突のさいも放さずに持っていた木の枝を振り回しても、落ちて行く餓鬼を凌駕する勢いで新たな餓鬼が湧いて出る。
頼む。放してくれ。頼む。
願いもむなしく俺の身体は水面から遠ざかる。
どうしても俺を殺すのか。
そんなに俺が憎いのか。
振り向いた餓鬼と目が合った。それはなにも映さず、ただただ真っ暗だった。