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これは夢か、それとも地獄か

 溺れるシーンがあります。ご注意ください。



 気が付いたら、交番の中だった。


「……あ……れ……?」

 辺りを見回す。

「ここは?」

 夢でも見てるのか?

 地獄は……?

 まだ俺は暗闇の中を落ちてる最中なのだろうか。そんな時に夢を見るなんて、どんだけ肝が据わってんだよ俺。いやむしろ抜けてるのか。

 どれくらいぼんやりしてたのか。誰かが交番に入って来て、俺は我に返った。

「あら? 何ぼーっとしてるのよ。パトロールの時間でしょ?」

 えっ?

「美和子! 生きていたのか! 敬太は?」

「……生きていたのかって……勝手に殺さないでくれる? それに敬太って誰よ」

 美和子は機嫌を損ねたようで、腹の底から唸るように声を出した。

「え……、息子の名前も忘れたのか? もしかして記憶喪失?」

 全く話が噛み合わない事に俺は焦りを憶える。美和子の不機嫌さにも拍車が掛かっているようだし、夢ならもっとスムーズに話は進む筈なのに、どうなってる?

 と悩んでいると、美和子が盛大にため息を吐いた。

「あのね、私たちはまだ結婚したばかりなの! 三か月目の、ほやほやの新婚さん! 分かる?」

 え? 新婚で、三か月?

「大丈夫? 寝ぼけてるの?」

 まさか、まさか、

「今は……何年の何月何日だ?」

 声が震える。

「二千ニ十四年八月十四日の、ニ時よ! パトロールの時間!」

 八月十四日。俺が、死んだ日だ。

 俺は、弾かれたように外に飛び出した。

 どうなってる。これは夢なのか? これが地獄なのか? 死んだ日を繰り返すような……

 どっちにしろ関係無い。夢でも地獄でも。今度は助ける。それだけだ。

 浮き輪を肩に担ぎ、自転車をこいで、いつものパトロールコースを行く。

 少し足を延ばし山道を登る。この先には川がある。

 暫くすると、助けを求める声が聞こえた。

 俺はすぐに消防に通報し、浮き輪を持って走りだした。

「お巡りさん! 女の子が流されたんです。助けてください!」

「今度は、助ける!」

 俺はその声を背に聞きながら、川に飛び込んだ。

 一つ々の行動がスムーズで、あの日より時間は短縮できている。

 助かる確率は上がっている筈だ。


 流れに乗って泳ぎながら女の子を目指す。すると、あの日よりも早くに、流される女の子を見つける事が出来た。

 時折沈みながらアップアップと躍らせてる手を掴む。

「大丈夫だ、今助ける。頑張れよ」

 その手を引き上げながら、浮き輪をその身体に被せた。

 この辺りは両脇とも切り立った崖で、上がれる場所は無い。

 ここから先は、あの日に体験しなかった事だ。

 不安げな表情ではあるが、浮き輪があるからか女の子も落ち着いてる。このまま流されて岩場を目指そう。


 流れに乗って暫くすると大きな岩が見えて来た。あれなら登れそうだ。

「いいか、あの岩によじ登れ。押し上げてやるから。頑張れよ」

 俺の言葉に女の子は力なく頷いた。

「大丈夫だ。助かる。今度は助けてみせるさ」

 俺の力強い声に、女の子は「うん」と応えた。

 流されながら岩に近づいて行く。岩の手前に生えていた木をタイミング良く掴む事ができた。

「君、名前は?」

「さ、彩香」

「そうか、彩香ちゃんか。良い名前だ。俺が合図を送ったらあの木を掴んで上に登れ。良いな」

 俺は岩の上の方に生えている木を指差しながら彩香ちゃんに言った。

「分かった」

 彩香ちゃんは元気に頷く。

「よし、良い子だ。行くぞ。せーの」

 俺は弾みを付けて、彩香ちゃんの身体を押し上げる。それと同時に彩香ちゃんは右手を大きく伸ばし、ささやかに茂る木の葉を鷲掴んだ。

 俺は空いた右手で懸命に押し上げる。

 右手に掛かる重さが消えて、彩香ちゃんが岩の上に上がったのだと分かった。

 よし。これで女の子の未来が変わった。女の子の母親も、お兄さんも、もうあんな辛い思いをしなくて済むのだ。

 次は俺の番だ。

 そう思って俺も手を伸ばそうとした時、掴んでいた木の枝が折れた。

 俺は掴んでいた浮き輪と木の枝と一緒に、急流の中に引き込まれた。

 流れに乗り、木の葉のように流される。次の岩場が来るまで待つしかない。

 彩香ちゃんは大丈夫だろうか、心細いだろうな。

 今頃、消防隊が到着して救助活動を開始しているかもしれない。

 きっと大丈夫だ。


「わっ!?」

 暫く流されていると、川の中からボコっと何かが出てきて俺の掴んでる浮き輪に掴まった。

 なっ、なんだ?

 赤ちゃんぐらいの大きさの、鬼?

 目を見張って鬼を凝視していると、その鬼はにぃっと笑った。それと同時に川の中からボコボコと子鬼が顔を出し浮き輪に掴まった。

「おいおい、浮き輪が沈む! お前ら、手を放せ!」

 おれの焦る声を聞いて、鬼たちは良い笑顔を向ける。

 ムカツク。

 鬼たちは笑顔を浮かべたまま、鋭く伸びた爪で浮き輪を切り裂いた。





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