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正しい扉は

たいへん、お待たせしました。

すみません。




 扉の中の世界、俺はよちよち歩く敬太に手を差し伸べている。

「こっちだぞ敬太!」

 そんな声と、明るい笑い声が聞こえて来そうだ。


 ちょっと大きめの制服を着た敬太を真ん中に、淡い黄緑のスーツを着た美和子と紺色のスーツを着た俺が桜並木を抜けて小学校の門を潜り抜ける。

 入学式か。

 ランドセルがやけに大きいな。

 運動会、夏祭り、窓辺を彩るクリスマスツリー、年を追うごとに少年から青年へと成長していく敬太。それを俺達は穏やかに見守っている。

『やり直しの扉』

 俺が死ななければ、体験する筈だった人生って事か。

「―――――くっ――――」

 今更こんなもん見せて、一体なんのつもりだ。

 この扉を、選べる訳ないだろ!

 痛む胸を鷲塚むように、歯を食い縛り、次の扉に向かった。


 次の扉には『未来の扉』と書かれてあった。

 映し出された映像には年配の男女の顔が映し出されていた。

「……これが俺達の年老いた顔か」

 息子の背はずい分伸びて、ひいき目に見なくても、かなりカッコいい若者へと成長している。

「俺似かな」

 隣には可愛らしいお嫁さんと、その腕には小さな命。

「俺も美和子も生きていたら……こんな未来が待っていたのか……」

 俺は項垂れた。

 俺の人生はニ十五年で終わってしまった。

 もっと、その先の人生の方が長かった筈なのに……

 映像の中の息子は、俺の止まった先の人生を歩もうとしていた。

 すごく、切なかった。

 寂しかった。

 涙が、止まらなかった。


 時間が無いんだ。早くしなければ。早く……

 その思いに反するように、俺の身体は動かない。

 どうにか足を動かして、次の扉の前に立った。


 正直、もう何も見たくなかった。

 次に幸福な何かを見てしまったら、決心が鈍りそうだった。

 もう、何も、見たくなかった……


 次の扉は虹色だった。

 キラキラと輝く光の粒が寄り集まったような、とても美しい扉だった。

 俺は、映像が映らない事に内心ほっとしていた。でも、記されている言葉にぐっと詰まった。


『思い通りの人生』


 その言葉を目にした途端、ここに来るまでに見た映像が頭の中に溢れ出して、俺は慌てて頭を振った。


 ダメだ。何も考えるな。

 何かを思い浮かべてしまったら……

 だめだと自分に言い聞かせながら、きらびやかな扉を素通りする。顔を伏せ、鉛のような足を引きずる。


 これ以上何も見たくない。見たくないんだ。


 やっと最後の扉に着いた。

 それは、吸い込まれそうな真っ黒い扉だった。

 そこには『地獄』と書かれてある。

「……ここか……」

 俺の手が無意識に扉に触れた。その途端、息を吹き返したように地獄絵図が流れ出した。

 血の池。針山。火あぶり。俺が苦悶の表情で、それらの拷問を受けている。鬼たちは、快楽の表情を浮かべ、俺を痛ぶっていた。

 俺の足は意思とは関係なく、その扉から離れるように、一歩、また一歩と後ずさる。


 だめだ、時間が無いんだ。

 美和子の為に。

 敬太の為に……


「やめた」


 そう呟いた時、誰かが息をのむ声が聞こえた気がした。

 俺は何も考えず呟いた。固唾をのんで俺の動向を見守っていた閻魔さんにも、俺の考えは読めなかったんだろう。

 人が悪いなぁ、閻魔さんも。俺が正しい扉を選ぶか覗いていたのかよ。

 俺は口元が緩むのを感じた。この状況下で笑えるなんて、俺も相当、肝が据わってるな。そう思うと心の底から笑いが込み上げてきた。

 俺は声を上げて笑った。

「安心してくれ閻魔さん。俺は逃げたりしないよ。この扉を選ぶのは他の誰かの為じゃない。俺の為だ。俺自身が選んだ道だ」

 独り言を言う俺の耳に、「閻魔さん言うな」とかすかな呟きが聞こえた。


 誰かの為にとこの扉を選んだら、きっとその相手を恨む事になる。憎むようになる。

 これは俺が選んだ道。他の誰かの為じゃなく、俺自身の進む道だ。

 そう思いながら、俺はドアノブを強く握りしめ押し開いた。

 口元に笑みを残したまま、迷いなく俺は暗闇に一歩を踏み出した。

 俺は、暗闇を落ちて行った。どこまでも、どこまでも。


 やはりお前は わしの見込んだ通りの人間だったな


 ――――――――困った事があったらわしを呼べ――――――


 落ちる途中で閻魔大王の声がした。

 地獄で困る事とは何だろう。辛い目に遭うんだから困りっぱなしだろうに、ずっと閻魔大王を呼び続けろとでも言うのだろうか、俺はおかしくなって、又、笑ってしまった。

 地獄に落ちると言うのに、こんなに穏やかな気持ちで居られるなんて、なんか不思議な感じだな。


 暗闇をひたすら落ち続ける。が、なかなかたどり着かなかった。

 地獄とは、そんなに遠い場所なのだろうか。

 そう思ったのを最後に、俺の意識は遠のいていった。





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