助けるための方法は
俺は美和子のベットに潜り込んだ。
目を閉じ、美和子の夢の中に入り込む。
今、彼女はどんな夢を見ているのだろうか。目覚めない彼女が、せめて楽しい世界に浸かって居てくれればと願った。
美和子はあの事故の場面を、地上から浮いた場所から眺めていた。
悲鳴を上げながら。息子の名を呼びながら。
こんなものを毎日見ているのかと、俺は顔を歪めた。
場面が切り替わる。
遺体安置所に横たわる、白い布を被せられた小さな身体。恐る恐る布をはぎ取る美和子。そこには変わり果てた敬太の姿があった。
発狂する美和子の姿に耐えられず、俺は力いっぱいその身体を抱きしめた。
――――美和子――――
――――美和子――――
「ん……、あなた……どうして?」
「久しぶりだな美和子。事故に遭った事は憶えてるか?」
俺の言葉を聞いて、美和子は顔を歪め「敬太が」と呟きながら泣き出した。
「敬太なら無事だよ、かすり傷一つない。おふくろと居るから安心しろ」
美和子の身体を強く抱きしめながら、安心させるようにゆっくりと言い聞かせた。
「本当に? 敬太は無事なの?」
すがりつく美和子に、俺は何度も「本当だよ」と頷いて見せた。
「美和子、俺もう行かなきゃいけないんだ。今から言う事を良く聞いてくれ。敬太は助かったけど、美和子は危ない状態だ」
「私は、助からないの? 敬太は、敬太は、どうなるの……」
美和子の身体が小刻みに震える。
「諦めるな。生きたいと願い続けろ。敬太の傍に居たいと願い続けるんだぞ。俺が、何とかするから」
「何とかって?」
「俺を信じろ」
俺は心配かけまいと笑顔を作った。ちゃんと笑えただろうか。そして美和子を抱き寄せキスをした。
「気をしっかり持って、頑張るんだぞ」
そう言って俺は、美和子の前から消えた。
「閻魔大王。俺をそちらに呼んでください」
何度呼びかけただろう。それに応じる気配はない。
今まではうざいぐらい構い倒してたくせに、何なんだこのシカトっぷりは。
俺が「閻魔さん」と呼んでいた事への意趣返しだろうか。だったら大人気ない。
それでもめげずに、何度も何度も俺は呼びかけた。
「あぁ、分かった。お前はしつこいな」
気付けば目の前に閻魔大王がいた。
「じきに嫁の命も尽きるだろう。わしの部下になるか、天国に行くか、選べ」
突き放すような言葉を聞いて、ギリギリと奥歯を噛みしめた。
「まだ死んでない……」
俺の呟きに「時間の問題だ」とすかさず閻魔大王は応える。
俺は顔を歪めた。
「まだ死んでない。頼む美和子を助けてくれ。俺はどうなっても構わないから。っ、頼むっ」
「特例は認められない」
冷たい閻魔大王の声が響く。
「お願いだ。早くしないとっ。お願いしますっ」
「……お前が、天国ではなく地獄に堕ちると言うならば。その魂を焼かれ、茹でられ、貫かれ、そんな日々を受け入れると言うならば。それと引き換えに、あの魂を救ってやっても良い」
いつもの小煩い鬼は、一言も発する事無く静かに傍に控えている。清流も何も言わない。いや、言えないのか。
俺は、下げていた頭を上げた。
迷いなんて無かった。
「それで、構いません。地獄に行きます。家族の為ならどんな責め苦にも耐えられます」
俺の返事を聞いた鬼達は、痛々しい顔で俺を見ていた。
「そうか、分かった。では、この紙にサインをして、左の扉から入れ。複数ある扉の中から、地獄の扉を選んで、必ずそれを開くのだぞ。良いな」
「はい」
俺は手渡された用紙にサインをして、扉を開いた。
狭い廊下の片側に幾つもの扉があった。
一番手前の扉に、映像が浮かび上がる。
出会った頃の美和子。交際を始めた頃。結婚するまでの幸せな日々。扉の中の二人は、とても幸せそうに微笑んでいた。
地獄に堕ちる覚悟を決めて来たというのに、この扉は何だ……
俺は、瞠目した。
扉の上には『過去への扉』と書いてあった。
「---っ――――」
その扉に触れながら俺は顔を歪ませた。
この頃は本当に幸せだった。
一粒、涙がこぼれた。
この扉を開ける訳にはいかない。
俺は重い足を引きずるように次の扉の前に立った。そこには、俺の隣に寄り添う美和子の腕に、生まれたばかりの敬太が居た。




