どうすりゃ良いんだ!!
前話の終りに300文字加筆しました。
清流の勧めに同意し、劇場に足を運んだ。
演目は「バレエ白鳥の湖」だった。
初めて観た俺は、ただただ圧倒された。
ほぅ、と呆けていたら、いつの間にか喫茶店の一席に座らされていた。
「いかがでしたか?」
「凄かった」
すかさず返事を返す俺に清流は苦笑する。
「喜んで頂けて良かったです」
そう言われて恥ずかしくなった。
そりゃあ初めて観たし、ちょっと舞い上がってたし、目がキラキラして少年みたいだったかもしれないけど! そんな生温かい目で見られると、穴があったら入りたい!
清流は慌てて視線を外した。
心を読まれるって、複雑だな。
俺はサンドイッチとコーヒーを注文して、ひたすら俯いて待った。注文したモノが運ばれて来たので顔を上げると、清流の前にはフルーツパフェが置かれていた。
俺が凝視していると「食べてみたかったのです」と言われた。
俺に気を使ってくれたのだろうか。
俺が口角を上げて見ていると「おかしいですか?」と言われ、俺はゆるく首を振った。
喫茶店から出た瞬間、ざわり、と嫌な感じがした。と同時に何かに強引に引っ張られる感じがした。
その力は強すぎて、その場に踏みとどまる事が出来ずに、ずるずると身体が動く。
それを見た清流が「時間ですね」と呟いた。
気が付くと目の前に厳つい閻魔大王が居た。
「早速で悪いが、行ってもらう。つくずく嫁と守護霊の相性はわるいらしい」
閻魔大王は、いつになく余裕がなく焦っているように見えた。
「何か、あったのか?」
「説明してる暇はない。今度は時間を止めてやれぬ。お前の力で何とかしろ」
そう言うと、強制的にどこかへ送られた。
目を開くと車の中だった。
敬太が俺の顔を見て太陽のように笑っている。
うん、可愛い。
でも、俺のせいで辛い思いをさせてる事が心苦しかった。
突然つんざくような悲鳴が上がった。何事かと、助手席に移動すると、美和子とばあさんの驚愕の表情。
このばあさん誰だ? あぁ、前の守護霊か。て、まだ居るのかよ。と思いながら進行方向を見る。
どこかの山道を走行中。急カーブの前方に突如現われたダンプカー。
急カーブを曲がり切れなかったトラックがこっちの車線にはみ出してきたようだ。って実況してる場合じゃねえ。
左に避けようにも断崖絶壁。右には対向車。
絶体絶命だ!
正面衝突は免れない。
閻魔さんは何て言ってたっけ。
―――――今度は時間を止めてやれぬ。お前の力で何とかしろ――――――
時間は止めてもらえない。
俺の力? 俺の力って何だ!
あぁぁぁぁ、くそっ。どうすりゃ良いんだ!!
トラックからも、この車からも、悲鳴のようなブレーキ音が聞こえる。タイヤの焦げた臭い。
ダンプのおっちゃんの驚愕の顔。
ダンプのバンパーにめり込んでいくボンネット。
全てがスローモーションのようにゆっくりとはっきりと俺の目に映った。
くそっ。俺の家族を死なせるもんか。
そのために俺はここに居るんだ。
「うをおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
俺は内なる力を全て解放した。
美和子と敬太を抱きしめる。叫び声が聞こえる。鉄がひしゃげる激しい音。凄まじい振動と騒音がいつまでも響く。
ダンプに弾かれ対向車線に突っ込んでいく。回転しながら岩肌に衝突して車は止まった。
「おい美和子、美和子、大丈夫か?」
美和子は頭から血を流し、意識が無いようだ。
「敬太? 敬太、大丈夫か?」
問いかけで敬太は目覚め、俺の顔を見て笑った。
敬太に怪我はないようだ。良かった。
暫くするとサイレンの音が聞こえてきた。街から遠く無かったんだな。
美和子、頑張れよ。
俺が言うのもなんだけど、敬太を独りにしないでくれ。頼む。
救急車が到着し美和子と敬太を乗せて救急病院へ搬送された。
緊急オペを受ける美和子。
見て居られなくて、ひたすら目を閉じ助かるようにと祈り続けた。
手術が済み廊下に出ると、おふくろが悲痛な表情で美和子に寄り添って、美和子の名を呼び続ける。
俺が死んだ時もこんな風に寄り添い俺の名を呼び続けたのだろうか。そう思うと胸がズキズキと痛んだ。
親不孝な息子で、ごめんな……
美和子は目覚めぬまま。敬太はかすり傷一つ負わなかった。
なぜか俺は美和子から離れて、自由に歩き回る事が出来た。
警察の話によると、大事故だったのに敬太が無傷だったのは奇跡だと言う事。ダンプのおっちゃんも軽傷で済んだらしい。
敬太は念のため一晩泊まって、おふくろと帰って行った。
でも美和子は一週間たっても目覚めない。どこにも異常は見られない筈なのに。
俺が離れられるって事は非常事態なのだろうか。
ちなみにあのばあさんは、もう居ない。