呼びかけられる声
ここに来て三日が経った。
毎日娯楽施設やサーカスや露天に通っているが、未だに制覇出来ていない。
なぜなら、サーカスで言うならば五十もの団体が一日二組ずつ日替わりで公演をするし、露天で言うならば、昼の店のシャッターが閉まるとその場所に新たな夜の店が現われる。お祭り広場が夜になると飲み屋街に様変わりするのだ。
昼の間活動していた人々は夕暮れ時になると宿のある北の通りに移動していき、夜活動する人々は日が沈むころ宿屋を後にする。
もちろん眠る必要が無い為徹夜組もかなりいる。
ずっとここに居る守護霊たちは、退屈せずに済むのだろう。
そんな事より。
昨日から、天から声が聞こえてくる。
子どもの声で『守護霊になってください』と呼びかけて来る。
色んな声で、重なるように絶え間なく。
道行く人は聞こえていないのか、気にも留めていないようだ。
それに、人が空を飛んで行くというか、空に吸い込まれるというか、それに対しても何の反応も示さない。日常の事だから慣れているのだろうか?
それとも俺の目の錯覚か。
あんなにはっきり見えているのに?
「それにしても煩いな」
俺が呟いたのは露店の前だった。
「そうですか? 三日も居れば慣れますでしょう?」
「じゃなくて、あの声」
「どの声でしょう?」
「あれだよほら。守護霊になって下さいって声」
俺がそう言うと、鬼は零れんばかりに目を見開いた。
「あの、声が、聞こえるの、ですか?」
俺は頷いて「あの飛んでく人たちも、目障りだよな」と呟いた。
鬼は、今度は俺の言葉に絶句して固まってしまった。
「おい。こら。もしもし?」
鬼を小突いたり叩いたり、数回繰り返しやっと身じろいだ。
「…………川崎様………」
あ? と見上げるとガシッと抱きしめられた。
痛い痛い痛い。
……痛い?
なんで痛感があるんだ? じゃなくて!
「痛いって!!」
「え……… 痛感もあるのですか………」
鬼は感極まった様子で、おいおいと泣き出してしまった。
突然の事で俺は驚いた。
スーツ姿の大きな鬼に泣きながら抱きしめられる警官の絵図らは、とても目立つ訳で、俺達は大道芸よろしく見物客に取り巻かれてる。
俺は、優しく鬼の背を撫でながらその訳を聞き出そうと「どうしたんだ? 何があった?」と根気よく話しかけた。
要領を得ないが、どうにか嗚咽の合間に聞こえる鬼の声を繋ぎ合せてみる。
要約すると「俺の力は素晴らしすぎる」と言う事らしい。
とにかく俺は鬼をなだめる事に終始した。
「申し訳ありませんでした!」
平身低頭の体で詫びを入れる鬼に、俺は緩慢に頷く。
俺達は西の通りに移動していた。今の俺達に人垣ができる事はない。
「それにしても川崎様の御力は素晴らしい! 想像をはるかに超えています!」
鬼の興奮は未だに醒めないらしい。煩い。
「それはもう分かったから。あれ、どうにかならないのか?」
うんざり顔の俺を見て、鬼は少し落ち着いたようだ。
「ああ、そうですね。視覚、聴覚フィルターが壱に設定してありますので、それを五に引き上げます」
鬼はタブレットを操作して「いかがですか?」と訊いて来た。
天の声も、空に吸い込まれる人も、完全には消えないが、大分薄くなった。
「うん、大分ましになった。ありがと」
次の日。
「ぼくの守護霊になって下さい」
天から声が降って来る。とても優しげな気弱な声だ。この声は四日前から聞こえている。
だいたい一人が呼びかけるのは、一度か二度。多くても四度の呼びかけで二度と同じ声での呼びかけは無い。
思いの強さが声の大きさに比例すると言っていた。なぜ誰もこの声に応えてあげないのか。
そもそも守護霊には、自分の子孫の声しか聞こえないのだと言っていた。呼びかけの声の主と、魂が近い者が声に応えるのだと。
この子どもの先祖は何をしているのか。俺は腹立たしくてしかたなかった。
「なあ、呼びかけに応えてもらえなかった、らどうするんだ?」
「呼びかける者と魂がもっとも近い者をこちらで判別しニ・三人みつくろい話し合いで決めていただきます」
「なんで呼びかけに応えないんだろう?」
「こちらでの生活が楽しくて、応えたくないってとこですかね」
それを聞いたら、居ても経っても居られなくなった。
「あんな切ない声を無視するなんて俺には出来ない。俺が行く!!」
そう叫んだ俺の身体は、空高く吸い込まれていく。
「え? ちょっと? え? 川崎様??」
振り返ってみた鬼の顔がぽかんと口を開けた間抜け面だったのが笑えた。暫くして右往左往してるのが見え少しだけ申し訳なかった。
「なぜお前が来る」
目の前の閻魔大王が憮然とした顔で呟いた。
「誰も応えなかったから。可哀そうだろ」
「元気になったな」
「おかげさまで」
そんなやり取りをしていると、清流と名乗った鬼がパタパタと慌てた様子で掛け込んできた。
「川崎様、勝手な事をされては困ります」
「他の子の呼びかけにはすぐ誰かが飛んで行くのに、何日呼びかけても誰にも応えてもらえないあの子が可哀そうだったからっ」
ぐっと拳を握り込む俺を見て、そこに居た者たちは瞠目した。
「やはり川崎様は規格外ですね」
と言う清流に閻魔大王も頷き「やはりお前が欲しい」と呟いた。