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桃源郷

 がやがやと一気に辺りは騒がしくなった。俺は足元から視線を前に向けた。

 道の中央では大道芸人達が思い思いの技を繰り出し、それを見る人垣に囲まれている。

 広い道の両脇にはずらりと露天が並んでおり、そこかしこから美味しそうな薫を漂わせ道行く人を誘っていた。

 鬼の言った通り、そこはとても賑やかな場所だった。


 広い石畳の両側は、まるで壁であるかのように店が立ち並んでいる。その全てが食べ物屋のようだった。

 団子、たこ焼き、焼きそば、そば、お好み焼き、クレープ、うどん、ケーキ、うなぎ、ラーメン……

 一店舗の間口が一メートル五十センチぐらいで、隙間も無く隣の店舗がある。

 町行く人は、手にした団子やクレープといった物を美味しそうに頬張っていた。

 あれ? と疑問がよぎった。

 霊体になってから今日まで俺は飲食をした事がなかった。空腹も感じないし、のどの渇きも無い。そもそも肉体が無いのだから飲食をする必要もないのだ。

 ここは違うのだろうか、守護霊の村では飲食ができるのだろうか? 首をひねりながら食べる人達を凝視していると「どうしましたか?」と声が掛かった。

「どうして食事をしてるんだ?」

 俺の問いを的確に理解した鬼が一つ大きく頷いた。

「食べている物は胃に落ちる直前に消滅してしまいます。人々は飲食の雰囲気を楽しんでいるのです」

 食べてみますか? と言われ、俺はその感覚を体験してみたくて頷いた。

「焼き鳥一つ」

 店主に声を掛けると、すぐに串が一本差し出された。そこではたと気が付いた。ここは日本円だろうか、それともここでの通貨があるのだろうか。いやでもどちらにしても俺はお金を持っていないのだ。

 あぁ、どうしようと途方に暮れている俺に「金銭は必要ありません」と鬼が助け船を出した。

「え? そうなのか?」

 鬼を振り向くと大きく頷かれた。前を向けば店主も頷いている。それならばと、俺は差し出された串を、ありがとうと言って受け取った。

 歩きながら一口かじってみる。

「旨い! 味覚を感じられるんだな」

 咀嚼して飲み込む。食道を通る感覚もある。胃に落ちたかどうかなんて分かる訳が無い。

「腹一杯にならないから、いくらでも食べられるって事か?」

 俺が疑問を口にすると「飽きなければ」と鬼は頷きながら律儀に応えてくれた。

 その後も何軒かの店に立ち寄り、買い食い(買ってはいないけど)をしてみて気付いた。

 店の間口は隣り合っているのに、あきらかに店中が間口より広いのだ。

 俺が不思議がっていると、鬼が守護霊の村の成り立ちを話始めた。

「そもそもこの場所には魂を癒す為の『春の野』しか無かったのです。時が経つにつれ人も増えて行き退屈だと不満の声が聞こえてきました」

「飽きるよな」

 思わず漏らした声に鬼も頷く。

「そこで何をしたいか魂たちに募り、それぞれがやりたい物を申請し、それに必要な物を提供したのです」

 ふーん、そうなんだ。でも俺の疑問は解決してない。

「何で店の間口より中の方が広いんだ?」

「一軒一軒が異空間と繋がっていますので隣り合って見えますが、じつはかなり離れて建っているのです」

 へぇ……良く分からないや

「皆さん生前の職業を続けたいとおっしゃいます」

 ふーん、そうなんだ

「そうなると川崎様は警察官だったのですから、川崎様が警察官をやりたいと申請をすれば、この店舗と店舗の間に派出所が現われるのです」

「え? このイタリアンとラーメン屋の間に?」

「はい、どうですか?」と鬼は提案する。

 いやいやいや、俺はちょっと静養しに来ただけだし、もっと色々見て回りたいし。

「いや、いい」

 俺は短く応えて、道の中央で繰り広げられる大道芸に目を向けた。

 ジャグリングをする人や、絵を描く人、書道パフォーマンスをする人、バナナの叩き売りに南京玉すだれ、竹の子族? なんて人まで、年代は様々だ。

 やがて広場にたどり着いた。そこには大きな天幕が張ってあった。

 幕をくぐると、サーカスの一団が惜しげも無く技を披露していた。

 今公演しているのは一般的な普通のサーカス団だが、猛獣を使ったサーカス団や、可愛らしい動物が演技する団体や、大きな金網で囲まれた中でバイクを走らせるショーなど様々なものがあるそうだ。

 俺は子どものように興奮した。

 毎日ここにきても飽きないだろうな。楽しそう。

「このサーカスから東の通りが主に露店が並びます。西と南の通りには娯楽施設、北の通りが宿泊施設となっております。飲食店もまんべんなく配置されております」

「温泉もあるのか」

 鬼は「はい、あります」とあたりまえですと言わんばかりに肯定する。

 綱渡りや空中ブランコに見入ってる俺に「劇に興味が御有りでしたら劇場も二棟あります。そこでは喜劇や芸能などこちらも日替わりで公演が行われております」と、まるで秘書のように鬼は説明を続ける。

 劇場もあるのか。新喜劇とか寄席とか歌舞伎も好きなんだよな。それに舞台も好きだ。楽しみが増えた。

 にまにまする俺の顔を見ながら鬼は「この場所は、桃源郷と呼ばれております」と告げたのだった。








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