俺は邪魔者?
「まさか夢の中に入れるの?」
俺はこくこくと頷く。
「まさか、奥さんに毎晩 愛をささやいているの??」
花魁はずいずいと身を乗り出してきた。その勢いに押されながら、俺は「まぁ」と応えた。
その驚きの表情ときたら……
笑える。
花魁とそんなやり取りをする間も二人の会話は進んでいる。
「敬太君は元気?」
「うん、相変わらずよ」
そう言って思い出し笑いをする美和子を正行は楽しげに見つめる。
「思い出し笑いなんかして、なんか楽しい事でもあった?」
正行は愛し気に微笑んで訪ねて来る。
俺の胸がチリチリと痛んだ。
「最近はとくにご機嫌でね、私の横の空間をじっと見つめて『パパ』って手を伸ばすの。敬一郎さんが傍に居てくれてるのかな? もしかしたら今も近くに居るかもよ!」
弾んだ声で楽しそうに話す美和子に対し、正行の表情はたちまち曇っていった。
美和子……そんなに嬉しそうに話して……
気味悪がらずに喜んでくれてありがとう!!
正行には悪いけど、俺は感極まって泣きそうになった。
「ちょっと、どう言う事よぉ。息子にはあなたの事が視えるのぉ?」
俺が美和子の顔をデレット見つめていると花魁が話しかけてきた。
「はぁ。俺にも良く分からないんですけど、敬太には俺が視えているようなんです。でも言葉は聞こえないらしいんですよ。俺を真直ぐに見つめてほほ笑む敬太が可愛くて可愛くて」
引き続き俺は締りのない顔をした。
なんでそんな事できるのぉ? そんなことってある? 子どもを使うなんて卑怯じゃない? やっぱり変わった子よねぇ、昔からそうだったけどサ。おかしいわよね? どおして? 誰かの差しがね? 何かの陰謀? 訳が分からないわぁ!!
花魁が取り乱して、ぶつぶつ呟いて右往左往する様は見ていて面白かった。
花魁は一しきり騒いだ後で俺に向かって「守護霊なんて止めておしまい!」と指を指して叫んだ。そして「あなたって残酷ね。奥さんの事一生独身で居させるつもりなの?」と続けた。
俺がぽかんと呆けていると花魁は我に返り一つ咳払いをした。そして居住まいを正し妖艶な態度に戻った。
「とにかく、私は正行の結婚には賛成よぉ。あなたはもう死んだの。この世に居ないの。奥さんとの幸せな家庭なんて作れないのよぉ。奥さんの幸せを願うなら、奥さんの恋の邪魔はしないで。あなたは村に帰んなさぁい!!」
奥さんを早く解放してあげなさいと、それはそれは冷たい目で凄まれた。
俺の思考は止まった。
そんな事一度も思わなかった。
俺は、邪魔をしていたのか?
俺が居たら美和子は幸せになれないのか?
俺はただ妻を守りたかっただけなのに。
足元がぐらぐら揺れてるみたいだ、頭もぐわんぐわんと揺れている。花魁の言葉も聞こえない。
花魁の指摘は俺を地獄に叩き落した。
衝撃だった。
愕然と見開いた俺の目に睦まじく語らう二人の姿が映り込む。
俺はそれを呆然と見詰めた。
俺が居ると美和子は幸せになれないのか。
俺は邪魔者なのか。
邪魔な、存在なのか……
そんな事をぐるぐる考えていたら、いつのまにか、いつものスポットライトの下に居た。
会社に戻ったのも敬太を迎えに行ったのも、全然記憶にない。
それくらい花魁の話は衝撃的だった。
俺は何度目かのため息を吐いた。
『元気が無いな。お前のそんな姿は珍しい』
天から閻魔大王の楽しげな声が降って来た。
「閻魔さん……」
俺はため息交じりに呟く。
「俺が守護霊になったのは間違いだったのかな」
『何かあったのか』
「俺が守護霊になった事、意味があったのかな……」
『忘れたのか。お前が守護霊になったから嫁は死なずに済んだんじゃないのか』
そうだった。俺が守護霊になってすぐの時、美和子は交通事故で死ぬとこだったのだ。
固く閉ざした美和子の心を俺は溶かす事ができたのだ。
……でも……
「俺は、美和子が幸せになるチャンスを潰してるのかな……」
『なぜ、そう思うのだ』
「俺の親友が美和子に惚れてるらしくって、アイツは人が良くって、包容力があって、凄く良い奴なんだよ。俺は見守るだけで何もしてやれない。美和子が泣いても抱きしめてやる事も涙を拭いてやる事もできない」
美和子の心を繋げ止めて、縛りつけて、誰とも恋愛出来ないように仕向けてる。
「なんか姑息だなと思って……」
『欲がでたな』
「俺はどうしたらいいんだろう」
『いつになく弱気だな』
俺は深くため息を吐いた。
『そうだな。気晴らしに、一度 守護霊の村に行ってみるか? 一週間ほどならチェンジできるぞ。家族から離れて頭を冷やして来ればいい』
隙さえあれば俺を懐に入れようとする閻魔大王が、今日はまともな提案をしてきた。
あやしい。その提案に乗っても良いのだろうかと、すなおには受け入れられない。
でも、とても魅力的な誘いに思えた。
「珍しく……優しいですね……」
『お前は大事な補助官候補だからな。お前の心を守る為なら何でもする』
結局は、自分の為だったようだ。
「まだ諦めていないんですね……」
また一つ俺はため息を吐いた。