母になる
「おかあさぁーん」
私。聖名子は台所にいた母親に居間のこたつから話しかけた。
多分、聞こえてないだろう。包丁はさっきから止まることなくごぼうを切っている。
なぜ私から動かないのか?率直に言うと動く気力がないのだ。だってさっき病院で衝撃の事実を教えられたからだ。
母にはきっと何も聞こえていないのだろう。1人ごろごろしながらスマホをいじっていると目の前にマグカップが置かれた。ごぼうを切り終わったのであろう母の手は赤くなっていた。
「鍋でも大丈夫?」
恐らく母の優しさなのだろう。私は、いいよとだけ返してマグカップに口をつけた。結局のところ、母親以上に愛情を与えてくれる人なんていないのだ。朝帰りでも、赤点でも、スマホをたくさん使っても、私が何をしても優しく見守っててくれるのだ(もちろんやりすぎだと叱られる)。
「ねぇ、お母さん」
母は、なぁに?と私の目を見て話を聞こうとしてくれる。ますます思っていたことが気になって不安になった。
「どうしたの?言ってご覧?」
その声と言葉に後押しされるようにして口を開いた。
「私…お母さんみたいになれるかな…」
母はにこりと笑って言った。
「なれるわ、私も昔はなれるか不安だったのよ」
あなたは私の子供だもの。そう言うと母は台所へ戻っていった。
母の背中は強く美しかった。私もあんなふうにならなきゃ。強く美しい女性に。
私はスマホの画面から電話帳を引き出して発信ボタンを押した。