3-29『挿話/アヤメの花』
一回戦の第七試合が終了したあと、俺は客席を離れてレヴィの元へ向かった。
適当にフェオを言いくるめて一緒に出る。特に不思議とも思わなかったのか、普通について来てくれた。
レヴィは医務本部にいた。
別室にはおそらくピトスもいるだろう。どちらも大した怪我はないはずだが、念のための措置である。
少し迷ったのだが、ピトスと面会するのはやめておく。
彼女は全力で戦っていた。その上で負けた以上、下手な慰めに出向くほうが失礼だろう。
別にあえて避けるつもりもないが、今日はとりあえず、レヴィとの話を優先する。
「――とりあえず、一回戦突破おめでとう」
医務局内で、結局ほぼ怪我もないレヴィにそう告げる。
「ありがと」彼女はこくりと小首を傾けて笑んだ。「久々に、本当に楽しい試合だったわ」
「ま、ならよかったよ」
「……徹しきれてないって言えば、それまでなんだけどね」
あくまで魔競祭における勝利にのみ固執するのなら、戦いを楽しんでいる場合ではないのかもしれない。
だが、俺はそれで構わないと思う。レヴィが本当に結果だけを求める機械のような存在だったら、俺たちは言葉を交わすことさえなかったはずだ。
祭は楽しんでなんぼだろう。
「別に、悪いことじゃないんじゃないか」
そう告げた俺に、
「そうね。……そうだといいんだけど」
レヴィは薄く微笑んだ。彼女にもそれなりに、思うところがあるのだろう。
特段、追及するつもりはない。肩の筋肉を解して、それから言った。
「さて。んじゃ俺、そろそろ行くわ」
「もう? 何しに来たんだか」
「顔見に来ただけだよ。お前ら派手にやったからな、ステージの修繕にちょいと時間食うだろうが、そろそろ試合だろ」
「《天災》の試合だしね。観ておかないと」
「俺は観ないけどな」
結果の見えた試合だ。
レヴィにウェリウスにクロノスと、怪物級の学生がこれだけいる魔競祭においてさえ、メロの実力はさらに一段上を行く。この三人でようやく試合を成立させられるか、というレベルなのだ、まして一般の学生では手も足も出まい。
少なくとも、正面から一対一で戦ってメロに勝てる学生なんて出場していない。運や紛れでは覆せない差が厳然とある。
それでも学院長がメロの出場を許した理由は――さて。
ひとつ言えるのは、さすがレヴィの祖母だけはある、といったところか。
「フェオはどうする? 試合、観てくんだろ」
と、俺はそれまで黙っていたフェオに声をかけた。
「……その、つもりだけど」
「ところでアスタ。彼女のことは、いつ紹介してくれるわけ?」
言われて思い出す。そういえばフェオのことを、レヴィに紹介したことはなかったかもしれない。
てっきり、もう顔を合わせたものだとばかり。
「あー、すまん。そういや言ってなかったな。えー、こちらフェオ=リッターさん。今回はお手伝いに入ってくれてます。で、フェオ、こいつがレヴィ=ガードナーさん。以上」
「……それだけ?」
なんか呆れた表情になるレヴィ。口には出さないが、フェオも瞼を細めている。
「それだけだ。あとは本人同士で交流を深めるべきだろ?」
「面倒がってるだけでしょ……」
「まさか」適当に首を振ってから、俺は言う。「んじゃ、俺は行くわ。フェオ、悪いけどレヴィを会場まで連れてってやってくれないかな。一応ほら、試合のあとだからさ」
「えっ」
フェオが狼狽えてレヴィをちらちらと見やる。俺が声をかけるまで静かにしていた辺り、やはり根本的に人見知りをするタイプなのだろう。初対面のときなんかまさにそれだ。
一方、レヴィの視線は俺に向いた。その双眸が怪訝な色合いを帯びて、「何を企んでいるのか」と問うてくる。
ほとんど無傷なのだから。俺の言葉を不審に思っても、まあおかしくはない。
別段、何も企んではいないのだが。しいて言うなら、確認をしておこうと思ったくらいで。
「なあ、レヴィ。ひとつ確かめておきたいんだが」
「一応聞いておくけど。何?」
「お前――どんな手を使ってでもメロに勝ちたいか?」
「……どういう意味?」
レヴィは胡乱げに眉根を寄せた。構わず続ける。
「さして深い意味はない。感覚で答えてくれればいいよ」
「……そりゃ、勝ちたいとは思うけど」
「そうか」それもそうか。「悪いな、妙なこと訊いて」
「いいけど……ねえ、アンタいったい何考えて――」
「いや。なんでもないって」
訊くまでもなかった、のかもしれない。彼女の覚悟を、悪く言えば疑ったようなものなのだから。
俺が学院に入学したのは、もちろん呪いを解く方法を探すためだ。それだけを目的にオーステリアへやって来た。
しかし――今はもうそれだけじゃない。
ほかの目的ができている。レヴィの意志の力になるという新しい目的が。
そういう契約だから。
仕方ない。仕事はこなさなければならない。だから――、
「で、どこ行くわけ?」
黙ったレヴィに代わり、問うたフェオに俺は答える。
「――喫茶店」
さて。
祭を邪魔する連中は、俺が排除してくるとしよう。
※
同じ頃。
セルエ=マテノの研究室を、ひとりの女性が訪れた。
「セルエ先生、いらっしゃいますか?」
扉越しに聞こえた丁寧な声に、セルエは驚きつつ返事をする。
「学院長? なんでしょう」
扉を開けて応対したセルエに、ガードナー学院長が持ち前のゆったりとした様子で微笑む。
「ちょっと」
「……」
含むような仕草で、学院長はセルエを呼ぶ。
嫌な予感を覚えながらも、セルエは頷いて従った。扉を出る前に一度だけ振り返って、
「ちょっとお話ししてくるから、アイリスちゃんはここにいてね」
「わか……った」
こくり、と頷いて見せる幼い少女に、セルエは笑顔を見せる。それから扉を閉めて出て行った。
残されたアイリスは、ぽつんと身じろぎもせず、大きなソファに身体を沈めている。
しかし、見る者が見れば、彼女が少し落ち着いていないことがわかっただろう。表情変化の少ない彼女の、心境の変化を見抜くには慣れが要る。
アイリスは、どこかそわそわとしていた。
彼女は独りに慣れていないのだ。
と言うと、正確には少し違う。彼女はずっと独りだったのだから。彼女の記憶は、暗く狭く、そして嫌な匂いに満ちた地下の一室から始まっている。それ以前のものは何ひとつない。
彼女の世界は、たったひとつの部屋だけに終始していたのだ。
それが幸か不幸かなど、一概に断言できることではない。ただ少なくとも健全ではない、とアスタやセルエは考える。
アイリスには、もっと広い、外の世界を知ってもらいたい。何かを判断するのなら、そこから先で充分だ。
ふたりはそう考えていたし、それはきっとマイアも同じだったのだろう。
だから連れ出した。
外の世界を見せ、人との繋がりを教えていた。
それはアイリスにとって未知の情報だ。いい匂いがする世界。それを、アイリスは生まれて初めて知った。
名前を貰った。
それを呼んでくれる誰かがいた。
そのことが、どれほどの衝撃を彼女に与えたかわからない。アイリスは初めて、失いたくないモノを知ったのだ。
だから独りが恐ろしい。
恐ろしいと、思うようになってしまった。
「……アイリスちゃん、ちょっといい?」
しばし待っていると、セルエが廊下側から顔を覗かせた。ちょいちょい、と軽い手招きにアイリスは駆け寄っていく。
「なに、セルエ?」
きょとんと首を傾げる少女に、セルエは少し言いづらそうに告げる。
「ごめん! 私、ちょっとお仕事が入っちゃったんだ。これから出かけないといけなくて」
「どこか、行くの?」
「うん。ちょっと、その……迷宮に」
つまりは、それが学院長の持ち込んだ話だった。迷宮に侵入者が現れたらしい、というものだ。
結界が張られているため、管理局を経由しなければ入ることができないはずのオーステリア迷宮に。その結界を破壊し、強引に押し入った者がいるのだという。
なにせ状況が状況だ。罠である可能性は著しく高い。そうでなくとも、迷宮の結界を力技で突破できるほどの使い手がいることは事実なのだ。生半可な実力では、返り討ちが関の山だった。
そこでセルエに白羽の矢が立ったわけである。
なにせ、かつての伝説――七星旅団の一員なのだから。戦力という点ではそれ以上を望むべくもない。問題があるとすれば、あまりにも実力が隔絶しすぎているせいで、彼女について行ける魔術師がオーステリアには存在しないことくらいだろう。
たとえ罠であったとしても。いや、その可能性が高いからこそ逆に、彼女以外には務まらない仕事だった。
無論、学院側はシグウェル=エレクがこの街に滞在していることは把握していた。誰も隠していないのだから、それも当たり前の話ではあるが。むしろ、この期に及んでまだアスタがシグウェルの存在に気づいていないことのほうがお笑いだろう。
最強の二字を冠する管理局つき冒険者。彼に協力を仰げれば、もはや万全とさえ言えたのだが――。
シグウェル=エレクは現在、その消息を絶っている。
七曜教団が《月輪》との交戦が続いているせいだったのだが、その事実を知る人間は、少なくともオーステリア側には存在しない。むしろ彼の不在は、事態をより複雑な方向へと進めている。
ひとつの賭けではあった。
だが結局、ガードナー学院長はこの段階でセルエ=マテノの投入を決定した。セルエ自身もまた、その要請を受けたということである。
そして当然ではあるが、迷宮にアイリスを連れていけるはずもない。
「ごめんね、アイリスちゃん。あとのことは学院長に頼んであるから、ここでお留守番しててくれる?」
「……わかった」
素直な少女は、わがままも言わずにただ頷く。
セルエはアイリスの髪を軽く撫でると、すぐに仕事へと向かっていく。一刻も早いほうがよかった。
当然、アイリスの守りは万全だ。
この研究棟のほうまでは一般客も入って来れないし、結界なども敷いてある。研究職が多い教師陣にも戦える魔術師がいないわけではなかったし、最悪の場合でも学院長がいる。
彼女は、かつて魔導師の位階まで上り詰めた魔術師なのだ。老いてなお、その実力は世界最上位クラスである。
この場所にいる限り、アイリスの安全は保証されていると言っていい。
だから。
セルエにとって誤算だったのは、アイリスが自ら研究室を出て行く可能性を想定していなかったことだろう。
いや、対応策自体はあったのだ。というか保険はかけてあった。
この研究室には、セルエが手ずから構築した結界が敷かれている。印刻魔術師並みに稀有な混沌魔術師、それも七星旅団が一員たるセルエ=マテノ謹製の結界である。外部から解除するなど、それこそ第一団クラスの魔術師でさえ簡単ではないだろう。
混沌魔術という技術自体、そういった《わけのわからなさ》を重視した魔術なのだから。
人間である以上、この結界をセルエの許可なく通行することは不可能に近い。それこそ魔法使いでも連れてこない限りは。それは外から内だけではなく、内から外に対しても変わらない。
だが。
アイリス=プレイアスは、その結界をあっさりと通り抜けた。
セルエが迷宮へと発ってから、しばらくした頃。
突然、なんの前触れもなく、ふとアイリスが弾かれたように顔を上げた。
小さな身体を埋めていたソファから跳ね下りて、透徹した表情である一点を見据える。視線の先は壁だったが、少女が見ているのはその向こう側だろう。
遥か離れた位置から届く、微かな《悪臭》に彼女は気づいた。
嗅ぎ慣れた匂い。アイリスが、まだアイリスではなかった頃に閉じ込められていた、地下の研究室と同じ空気。
この《におい》が嫌いだった。
なぜならこれは、アスタたちの《敵》の気配だから。
だから少女は、悪しき気配の元を絶つために行動を開始する。研究室の窓へ近づくと、それを開け放って飛び出した。
扉から出なかったのは、単純にそちらのほうが近道だったからだ。それ以上の理由は何もない。少女にとっては、どちらも同じ出口だった。
そしていずれにせよ、この部屋が結界で覆われていることには変わりない。出られるはずがないのだ、本来なら。
にもかかわらず、アイリスは簡単に部屋から出て行く。
結界を破壊したというならばまだ納得できよう。その難易度の高さは措くとしても、理論上、結界を抜けるには破壊か改変の二択以外に方法はない。
だが、アイリスはそのどちらもしていない。
というより、何もしていない。
ただ通っただけ。まるで結界など初めからなかったとでもいうかのように、アイリスは結界をすり抜ける。
それが人間であるのなら――たとえ吸血種や獣人種であったとしても、《人間》の枠に入るのなら――例外なく作用するはずの結界が、しかしアイリスの通行だけは見逃した。
かつてのアスタと同じ失敗だ。とはいえ、そんな例外を想定しろというほうが無茶だろう。
魔術は理論に、命令に基づいて決められた効果を発揮する。逆を言うなら、定められていないことは絶対に実行しない。
人間を通さない結界は、人間以外ならば通すということ。
つまり。
その結果だけを単純に捉えるならば。
――アイリス=プレイアスは、《人間》ではないということになる。
※
オセルに向かう途中、ちらっとメロの姿を見かけた。
と言うと少し嘘で、実はわざわざ捜したのだが。いないようならすぐ諦めるつもりだったが、幸い試合を待っているところだったため苦労はなかった。
後ろから近づいていくと、持ち前の野性的勘からか、メロはあっさり気づいて振り返る。
「……アスタじゃん。何、激励にでも来てくれたの?」
「お前の応援なんかしねーよ。負けろ負けろ」
「うわ、ひっどー!」
ぷくっと頬を膨らませるメロだったが、彼女のせいでこちらの予定はだいぶ狂っているのだ。これくらいの意趣返しは許してもらいたい。
「……ったく、なんで出場するかなあ。お前が出たら祭にならねえだろ」
「えー? だってあたしも学生だし? そしたら参加資格はあんじゃん。別に悪いことしてないよー?」
「そういうことじゃねえだろ……」
とは思うが、言ったところで通じる奴じゃないこともわかりきっている。結局、こんな会話はじゃれ合いの一環でしかない、ということだろう。
無論、そんなことをするためにメロのところへ来たわけじゃない。目的はちゃんと別にある。
――俺は、宣戦布告をしに来たのだ。
「メロ。ひとつ、賭けをしようぜ」
「……賭け? どしたの急に」
首を傾げるメロ。彼女はまだ気づいていない。
「二回戦――お前とレヴィの試合の結果だ。俺はレヴィが勝つほうに賭ける」
「……へえ」
すっ、とメロの視線が鋭さを帯びる。
これは挑発だ。彼女はこういった煽りを許さない。それがわかっていたからこそ、あえて言葉に変えたのだ。
「このあたしが、二回戦の相手より弱いっていうんだ?」
凄絶に笑うメロだったが、別にそんなことは言っていない。
「いや? お前のほうが強いに決まってるだろ」
「……何それ」
「だが強弱と勝敗は必ずしも関係しない。極端な話、お前が自分から降参すれば、それでレヴィの勝ちだからな」
「すると思うの?」
「――させる」
メロの問いに、あえてそう断言した。
そんなに自信があるわけじゃない。メロを簡単に制御できるようなら苦労はしないのだ。
それでも、こういうとき、魔術師ならば言い切ってやる。
「予言してやる。お前は必ず二回戦で降参を選ぶ。なぜなら俺がそうさせるからだ」
「……なんだかなあ」
格好つけて宣言する俺に、メロは憮然とした表情を見せた。怒っているわけではなく、当てが外れて困惑した様子だ。
「ちょっと、思ってた感じのと違う」
「そうそうお前の思惑になんか乗らねえよ。下手な挑発しやがって」
「……バレてる?」
ちら、と上目遣いにメロが言った。
なんだか珍しい仕草だ。不意に笑みが零れてきた。
「お前が、俺を戦わせるために出場したことはな。お前を止めるには俺が戦うしかない、だから本気を出させてやろう――そんなところだろ?」
「わかったからって言うかなー。ムカつく」
「だいたい、決勝まで当たらない組み合わせの時点で、止めるも何もないからな。もう失敗したようなもんだろ」
結局、そういうことだ。メロは魔競祭に用があったというよりも、それを俺と戦うための舞台に選んだだけ。
俺だって、何も鈍感というわけじゃない。
セルエに言われなくたって、そのやり方はどうあれ、メロが俺を意識して挑発してきたことくらい察している。
とはいえ、それに乗るかどうかはまた別の話で。
「ま……俺も悪かったとは思ってるんだよ。勝手にいなくなったことは」
「……ホントだよ、ばか」
「かといってお前の安い作戦通りになんざいかねえけどな」
「うわ、うっぜー……」メロは呟く。「でも、なんか懐かしいかもね。そのウザい感じ」
「いや、ウザいって」
今度は俺が表情を歪める番だった。
そして逆に、メロは言葉の割に少し愉快そうだ。
「昔の――まだ全員でいた頃のアスタは、そういう感じだった気がする」
「え。お前、そんな昔から俺のことウザいと思ってたの?」
「そういう意味じゃねー。いやあってるけど」
メロが笑い、だから俺も苦笑する。
まあ、だからってそれでメロを制御できるわけじゃないだろうが。
「ま、何かするっていうなら楽しみにしてるよ。今んとこ、あたしはわざと負けるつもりとかないけどねー」
「失敗したんだから素直に引っ込んだらどうだよ」
「それとこれとは話が違うしー。てか別に、ほかのことが云々以前に、それはそれとしてアスタと戦ってみたいってのも嘘じゃないからね」
「戦闘狂かよ」
「あたしは強い奴と戦いたいのさー」
どこの戦闘民族だよ、お前は。
「今の俺と戦ったって意味なんかないだろうに……」
思わずそう呟いてしまう。
だが、メロは小さく首を振った。
「アスタもやっぱりわかってないねー」
「はあ?」
「今のアスタとだから、戦ってみたいって思うんじゃん」
「…………」
言葉の意味は正直、完全に理解できたとは思えない。
ただ、それを口にするメロの表情は、なんだか印象的だった。どこか嬉しそうで、でもどこか寂しげで。
なんとも言えないというか――何も言えなくなる。
「……つーか俺は、お前となんざ絶対に戦いたくないんだけど」
「別にアスタの意見なんか聞いてないし。あたしがどうしたいのか言っただけだから」
「あっそ……」
そう言われては何も返せない。
まったく、《天災》様は本当に自己中心的だ。決して悪い意味だけではなく。
これで嫌いになれないのだから、まったく得な性格だ。
「んで、賭け金はどうするの?」
メロの言葉に、少しだけ考えてから答えた。
「負けたほうが勝ったほうの言うことをひとつ聞く、って辺りでどうだ」
「……何させる気?」
「身を引くんじゃねえよ。お前の身体になんか興味ねえ」
「それはそれで腹立つんだけど……」
「はは。ま、そこまで含めて賭けだからな。――んじゃまたあとで」
視界の端では、すでに会場の準備が整えられていた。
そろそろ第八試合が始まるだろう。
邪魔になっては悪い。立ち去ろうとしたところで、メロが小さく首を傾げた。
「あれ。そっち客席じゃないけど」
「ん? いや、別に客席には行かないから」
「んん? なして?」
「なして、って……お前の試合なんか観ても意味ねーし」
どうせ勝つんだから。そう思って言ったのだが、なぜだろう、メロは俺の言葉に顔を伏せた。
なんだか笑いを堪えているみたいに、ぷるぷると肩を震わせている。
「……へえ。そういうこと言うんだー……」
「なんだよいきなり……」
「別にー。別に何も言ってないですけど別にー」
ほとんど棒読みみたいな、硬い声音だった。なんだろう、怒っているのだろうか。
嫌な予感がする。たとえるなら、意図しないところで罠の起動スイッチを踏み抜いて、そのまま動けなくなったみたいな。
「……アスタ」
まったく感情の籠っていない声でメロが言う。
俺は答えるしかない。
「な、何……?」
「――ぶっ飛ばす」
「はあ!?」
メロはそのまま踵を返すと、肩を怒らせてステージのほうへと去っていく。どうも地雷を起爆してしまったようだ。
だが何が悪かったというのか。
今さら、試合を観てくれなかったから怒る、という程度の関係でもないだろう。しかし、ほかの理由は浮かばない。
「……?」
俺には、首を傾げる以外なかった。
まったく、女の子というものはわからないものだ。




