表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第三章 魔競祭事件
74/308

3-22『一回戦第三試合』

 ――ちょっと野暮用を思い出した。

 とかなんとか言って去っていくアスタの姿を、ピトスとアイリスはきょとんと見送った。

 試合後、この場所で合流する手筈だったのにもかかわらず、第一試合が終わってもアスタは席に戻ってこなかった。混んでいたから、とのことらしいが、まさかいきなり野暮用が云々と言い始めたのはピトスにとっても予想外だ。

 明らかに取り繕った言い訳に聞こえる。ある意味で嘘を言っているわけじゃないのだろうが、アイリスまで任せたまま消える辺り、何か怪しいという気配はした。

 アスタが、ピトスの思っていた以上にアイリスへ入れ込んでいるのは気づいている。


 もし順当に勝ち進めば、第三、第四試合に出場する四人のうちの誰かと、アスタは準決勝で当たることになる。観戦しておいて損はない、というかそれより優先すべきことなんてそうは思い浮かばないくらいなのだが。

 結局、ピトスは深く突っ込むことをしなかった。

「わかりました。アイリスちゃんのことはお任せください」

 そう笑顔で頷いてアスタを見送る。正直、何が『わかりました』なのか自分でもわからなかったが、頼られたのなら応えたい。

 アイリスもまた聞き分けよく頷いていたが、立ち去るアスタの背をずっと眺めていた辺り、本当はついて行きたいのだろうとピトスは察した。


 アスタの包帯が取れるまで、ほとんど毎日、ピトスは治療の名目で煙草屋の二階に押しかけていた。それは当然、アイリスと顔を合わせる機会も増えていたということ。

 素直で聞き分けのいい、愛らしい少女。

 ピトス自身、アイリスのことは好きだった。少しだけ妹のようにも思っている。一方アスタは兄というよりも、なんだか父親みたいな視点らしくて、そんなところも微笑ましい。


 本当に、アイリスはアスタによく懐いている。

 とても温かく優しい関係は――それと同時に少し歪で、そして悲痛だ。

 少なくとも普通ではない。

 ピトスにはそれがよくわかった。それは近くでふたりを見ていたからでもあるが、それ以上に彼女自身、覚えがある(丶丶丶丶丶)ことだったから。


「……あれ。アイリスちゃん?」


 と、そこでピトスは思わず首を傾げた。

 隣にいるアイリスが突然、ぴくりと何かに反応して立ち上がったのだ。


「どうかしたましたか?」

 訊ねると、アイリスは小さな声で答える。

「……におい、する」

「匂い、ですか……?」

「ん。いやな、においが」

「えっ!?」

 一瞬、ピトスは自分の体臭を気にしてしまうが、アイリスの視線は彼女を向いていない。発生源を探しているかのように、彼女はきょろきょろと辺りを窺っていた。

 ――どうも、様子がおかしいですね……?

 ピトスは思った。アイリスの表情には、普段の彼女からは考えられないほどの険しさがある。

 それを読み取れるくらいには、ピトスもアイリスのことを見てきたのだ。

 アイリスはどこか切羽詰ったみたいに視線を彷徨わせて、その《におい》の発生源を探しているらしかった。ピトスも鼻で息をしてみるが、これといって特別な匂いは感じない。


 ――アイリスちゃんにしか、わからない感覚なんですかね……?


 アイリスが、なぜか他人を《におい》で判断することはアスタから聞いていた。ピトスも何度かそんな場面を見たことがある。

 本当に嗅覚で感じている、というよりは、アイリスにしかわからない何かしらの感覚を《におい》と表しているのだろう。

 つまりアイリスは、言うなればある種の超感覚的知覚を所持しているのではないだろうか。

 とまで言うと少し大袈裟な表現だが、たとえば獣人と総称される種族は人類種より五感が鋭いし、また鬼種や吸血種、森精種も人類種にはない特殊な感覚を持っているという噂がある。

 アイリスがときおり見せる不可解な行動は、この辺りに起因しているというのがピトスの出した結論だった。


 すなわち――アイリス=プレイアスは人類種ではない。


 ……の、かも、しれない。

 という程度のことを、なんとなく考えているくらいだった。別に確証があるわけじゃないし、そもそもピトスにとってはどの種も等しく人間だ。気にするようなことでもない。

 加えて《自分が考えている程度のことなら、アスタならより深く考えているだろう》という、本人が知れば頭を抱えたくなるであろう信頼をピトスが持っていたことも大きい。

 だからピトスは、アイリスに関する自分の考えをアスタに何ひとつ伝えていなかった。

 実際には、アスタは人類種以外に対する知識をほとんど持っていないため、そんな発想はまず浮かばないのだが。これはむしろ、すぐに思いつくピトスのほうが例外的だろう。

 元が地球人であるアスタに、《人間ではあるが人類種ではない》という概念は微妙に理解しづらい感覚だ。ピトスだって、仮にアスタが異世界人だと聞かされても混乱するだけだろう。


 やがてアイリスは、客席の下のほうへすっと視線を向けて呟いた。


「見つ……けた」

「何を――」ですか?

 と訊くよりも早く、アイリスが弾かれたように駆け出した。

 これで慌てたのはピトスのほうだ。

「ちょっ、アイリスちゃん!?」

 様子がおかしいことはわかっていたが、まさかいきなり走り出すとは想定していなかった。なまじ普段からいい子であるために、咄嗟の反応が遅れてしまう。

 しかも速い。

 元より身体の小さな少女は、人ごみの中を簡単に抜けて客席を飛び出していく。

 もちろん、ピトスもすぐさま追いかけた。見過ごせるはずもない。

 しかしピトスも小柄なほうとはいえ、さすがにアイリスと比較になるほどじゃない。するすると人の隙間を縫うように進むアイリスを、見失わないようにするのがやっとだった。


「ちょっ、アイリスちゃん――待っ、あっ、すみません……!」


 祭の客のひとりとぶつかりそうになりながらも、なんとか追い縋るピトス。

 その背後からは、トーナメントの司会であるシュエットの声が届いてくるのだった。


『――それでは、これより一回戦第三試合を開始しま――す!!』



     ※



『まずは東から、我らが学生会長ミュリエル=タウンゼントの入場だ――っ! 前年度二位、準優勝の実力者! しかし彼女はただ戦うだけじゃねえ、魅せる試合を心得た女だぜっ! さあ、今年も愉快な試合を創り出してくれるのか! 演出的な意味で、この次の第四試合に登場するレフィスとのパフォーマンス対決も見逃せないところだぞーっ!』


「相変わらず、ハードルだけ上げてくれるものだよ、シュエは……」

 オーステリア学院学生会長ミュリエルは、小声でそんな風に苦笑しながら、ステージの上へと登場した。

 今年も彼女に司会を任せたのはミュリエルの判断だったが、しかしこうもはまり役とは、逆に心配になってくるレベルだ。いっそ魔術師より向いてるのではないかと思ってしまう。

 まあ期待された分、それに応えるのが学生会長の職務だろう、とミュリエルは自任する。


 ……正直、今年は決勝まで残れるという気がしないからな……。


 今年の魔競祭は、というか今年の二年生は、なんというかわけのわからない奴らばかりだ。

 言ってはなんだが、どう考えてもおかしいと思う。

 まず第一試合――アスタ対カニス戦からして異常だった。開始直後、一瞬で場外に押し出されたカニス。彼のぽかんとした表情は、全員の気持ちを代弁したものだっただろう。

 力で押し出されたわけでもなく、ふわり、とまるで風船のような動きだったのだから。あんな術式は見たことがなかった。同時に元素魔術を掻き消している辺りも意味不明だ。

 幻想を纏うべき魔術師にとって、《わからない》というのはそれだけで強さなのである。


 そして第二試合――ウェリウス対ミルだ。

 運営に携わる立場としてはともかく、心情的にはやはり副会長を応援したいミュリエルである。

 かなりの奮戦だったと思う。ミルは強い。庶務の鬼子を例外とすれば、能力的にはミルが学生会でいちばんだと思っている。去年だって、組み合わせ次第では結果が変わっていただろうに。

 今回は、相手があまりにも悪すぎた。

 扱う魔術は、元素系としては間違いなく最上級。だがそれ以上に、最後まで余裕を消さない底知れぬ精神性と、驚くほど場慣れした立ち回りが異常だ。正直、ミュリエルは恐怖さえ覚えた。

 ――貴族の子という割には、あまりにも戦いに慣れている……。

 才能ももちろん異常ではある。だが魔術はともかく、戦いに対する思考までは才能で片づく話じゃない。

 俗な言い方をすれば、いくつもの修羅場を潜っている、という感じか。もちろん魔術の実在するこの世界では、冗談で済まない重みを持つ。

 ――しかし、果たして彼はいったい、どういう人生を送ってきたのだろう。

 少なくとも真っ当なものではあるまい。ミュリエルはそう結論した。


『続いては西、ノキ=トラスト! 数少ない一年生の本戦出場者、だが……おお、っと、これはいったいどうしたことだ――っ!!』


 驚いたようなシュエットの声に、ミュリエルは思索を打ち切って顔を上げる。

 視線の先には、予選のときにも出会ったノキ=トラストの姿があった。

 それはいい。むしろいてもらわなければ困る。

 問題なのは彼女自身というよりも、むしろ服装のほうであって――。

 シュエットが雄叫びを上げた。


『エ、エ、エプロンドレスキターッ! 戦いの場に、なぜか超可愛らしい衣装で来たぞ、なんて図太い一年だ――っ!』


 そう、ノキはなぜか白黒を貴重としたドレスに身を包んでいた。

 いわゆるメイド服、というアレに似ている。思わず目を真ん丸にするミュリエルだったが、目の前の少女が頬を真っ赤に染めていると気づき笑みを零す。

 どうやら、何も好き好んで着ているわけではないらしい。

 思い返してみれば、その手のパフォーマンスを好む性格には見えなかった。事実、ノキは羞恥に顔を真っ赤にして、縮こまるように俯いている。

 考えを裏づけるかのように、シュエットの声が会場の空気を震わせる。


『先ほど入った情報によりますと、あの衣装は喫茶《オセル》の店員が着る制服だということです! えー、店長を名乗る方から「喫茶《オセル》出張店舗は校門入口真正面! どうぞよろしく」とのコメントを頂いております! 商魂逞しいぜ! 味も評判、店員の可愛さは見た通り! これは一度行ってみないといけないなあ――!』


 俯くノキは、ぷるぷると身悶えを堪えている。羞恥か、それとも怒りからか。

 どうやら体のいい宣伝隊員として使われたようだ。同情するつもりは特にないが、それにしても面白いことになってきたとミュリエルは笑う。

 ――私も、何か面白い衣装でも着てくればよかったかな。

 そんな風に考える会長である。彼女自身は、昨年度の魔競祭で一定の結果を出しており、その事実に充分、満足していた。

 もちろん手を抜くつもりもないが、無理に勝ち進むよりは、ある程度まで祭の盛り上がりを重視したいと考えている。

 その意味では、確かに見た目からこだわっていくのもアリだろう。魔競祭といえば、普通は戦闘用の装備で身を包むため、衣装を派手にするという発想が抜けていた。


「ふっふ! どうやら、私と君がここで当たるのは運命だったようだな!」

 意図的に、いささか間の抜けた台詞をミュリエルは吐く。

 言われた側のノキは、意味がわからずぽかんと口を開いた。もちろん理解できないだろうとわかった上で言っているのだから、ミュリエルも割に人が悪い。

「つまり――私より目立つなど許さないということだ!」


『で、出た――っ! 会長お得意の論点がずれた宣戦布告だ――っ! この挑発に、さてノキ選手はどう返す――!?』


 意味不明な宣言をしてやると、すかさずシュエットが乗ってきた。

 我が意を得たり、とミュリエルは笑う。付き合いが深いだけあって、この手の意思疎通はお互いに上手くいく部分だ。

 一方、さすがに緊張もあってか、話を振られたノキは困りきった様子だ。

 どうやら会場中が自分の返しを待っているらしい、ということは理解したようだが、かといって何を言えばいいのかは思い浮かばない。


「は、はあっ!? い……意味わかんないんだけどっ!」


 盛り上げのコメントとしては落第だろう。

 だが、この場にはシュエットがいる。自分の役割を理解している彼女は、すかさずノキのフォローに回った。


『当たり前の返答だ――っ! 会長、いったい魔競祭の場で何を言っているんですかっ! そんなこと言っても常人には伝わらないぞ――!』

「何っ! だってメイド服だぞ、メイド服! つまりロマンじゃないか、なあ!?」

『いったいなんの話だコレ!?』

「ロングスカートという辺り、わかっていると思わないか? いや、というか魔競祭でミニスカートなど、それはさすがに痴女の域か」

『この会長、見た目に反して中身がオッサンだ――! だーめだコイツっ! 誰かなんとかしてくれ――!』


 しょうもない掛け合いに、ノリのいい観客たちが大いに湧く。

 ノキは完全について来れていないようだが、その辺りはまあ仕方あるまい、とミュリエルは判断した。

 ちら、と横目にシュエットを見る。その意味を正確に理解した優秀な司会は、拡声器を逆の手に持ち直すと、息を吸い込んで、大きく吐いた。


『さあ! 妄言を吐く学生会長と、初心な一年生メイドの一戦! 会場のみんなも、野郎ばかりの魔競祭に、そろそろ華が欲しい頃だろっ! それじゃあ行くぜ! 一回戦第三試合――』


 空気が変わったことを悟り、ノキが臨戦態勢に入る。

 ミュリエルはそれを確認してから、自らもまた小さな杖を取り出してそれに応じた。


『――はーじめぇっ!!』



     ※



 開始の合図とともに、ノキは腰のホルダーから短刀を抜き放って一直線に駆けてくる。

 ミュリエルが平均的な砲台型の魔術師であることは、会長という地位も相まって有名な話だ。そして、そのタイプの魔術師を相手に距離を取ることほど馬鹿らしいこともない。

 その意味で言えば、だからノキの戦術は当然の選択肢であると言える。

 つまり――ミュリエル自身にもわかりきっていたということ。


「――ふっ!」


 短く息を吐きながら、ミュリエルは指揮棒タクトに似た木製の杖を振るう。

 平均的な魔術師の場合、このようなワンアクションだけで起こせる魔術は高が知れている。だからこそ元素魔術師が戦いに向くとされているのだが、生憎とミュリエルは普通魔術科だ。

 その場合、最も一般的な牽制用の魔術は、すわなち魔弾の射出である。魔術師とっていちばん基礎的な魔術であり、極めれば高位の魔物さえ一撃で屠る威力を持つが――それだけの攻撃力を魔弾に持たせようとする場合、多くの魔術師は魔力の溜めや詠唱、強力な媒介や大掛かりな儀式行為を必要とする。

 ミュリエルには、ただ杖を振るうだけで高威力の魔弾を射出することはできないし、その事実もやはりノキには知られているだろう。


 しかし、半端な理解という錯覚は、この場合むしろ落とし穴だ。


 魔術師を一撃で昏倒させるほどの威力はない、と踏んだのだろう。ノキは被弾覚悟で特攻してきた。

 杖の軌跡を目で確認し、魔弾の狙いを予測する――だが。

 ノキの予想に反し、ミュリエルが撃ったのは魔弾ではなかった。突如として、横一直線の白い線が目の前の空間に現れ、咄嗟にノキは刃を振るう。

 顔の高さに刻まれた軌跡と、ノキの短刀が鍔迫り合って弾け合う。

 ガギィン――という硬質な音が響いた。まるで金属同士をぶつけ合わせたかのようだ。

 すうっ、と空中へ融けていくかのようにして、白線の軌跡が消えていく。

 反動に疾走を中断させられたノキは、表情に驚きは出さないまでも、警戒も露わにしてミュリエルを見据えた。

 くつくつと、噛み殺すように笑いながらミュリエルは口を開く。


「――ほう、咄嗟に防いだか。いや、予選の相手ならこれで終わっていたところだろうが。決勝進出も、どうやらまぐれではないらしいな」

 安い挑発だった。実際、ノキはまったく構わない。

「……今のは」

「解説が欲しいか? なら教えてやろう、後輩」

 言うなり、ミュリエルはノキとまったく違う方向へ、杖を軽く二回振るった。

 警戒するノキの視線の先に、先ほどと同じ白い白線が現れた。ミュリエルから見て右側――つまりノキから見て左側の空間だ。まるで杖を白墨チョークに、空間を黒板にでも見立てたかのように見える。

 いわば、これはデモンストレーションだ。

「まあ、魔弾の応用術式なんだがな。宙に魔力の力場を発生させるだけの技法だ。魔弾のように撃ち出すことはできないが、代わりに好きな場所へと自在に設置できる。何、見えているのだから問題はないだろう? 下手に走り回ったりしなければ、ただ硬いだけの棒に過ぎない。うん? この表現は卑猥だったかな」

 おそろしく下らない発言だったが、ノキは顔を紅潮させる。

 初心なものだ、可愛らしい。ミュリエルは後輩の純粋さを素直に嬉しく思った。

 だがノキの側はそうも思わないだろう。微笑むミュリエルに、舐められたと判断したのか舌を打つ。


「……下らない。攻撃力がないんじゃ、こんなの単なる虚仮脅しだ」

「そうかな。――なら、ぜひ試して帰ってほしい」


 言うなりミュリエルが杖を振るう。

 今度は魔弾だ。白光に近い色合いの弾丸が、ノキへと向けて撃ち出される。

 当然、ただ漫然と撃たれた魔弾に当たるほどノキも間抜けではない。咄嗟に右側へ回避しようとした彼女だが――、


「――っ!?」


 足元に何かを踏んづけて、思わず横に転んでしまう。

 そのお陰で魔弾には当たらなかったものの、まさか平坦な魔競祭のステージで躓くとは考えていないノキは驚きに目を見開く。

 足元に、いつの間にか先ほどの白線が設置されていたのだ。彼女はそれに足を取られて転んでしまった。

「……くそ」

 思わず口汚く吐き捨ててしまう。ノキには当然、この魔術の悪辣さが理解できていた。

 ――要するに、硬質な魔力の棒を自在に空間へ固定できる魔術ということだ。

 魔力を用いた攻撃ならば、破壊できないほどの強度ではない。とはいえ、まっすぐ走って直撃すればかなり痛いだろうし、同時に大きな隙を生む。

 そこに魔弾の二、三発も撃ち込まれれば、さすがに敗退は免れないだろう。

 何より、どこにでも自在に出せる、という点が厄介だった。

 基本的に術者からまっすぐ飛ぶだけの魔弾とは違い、この魔力棒はどこに出現するかが読めない。それで隙を作られては、魔弾を受けることもあるだろう。何より身体能力による回避を制限されるのが痛い。

 単純ながら、はっきりと悪辣極まりないコンボだった。

 とはいえ。


「――舐めるな」


 もちろん、この程度で折れるほどノキも弱くない。

 正直、魔術自体の対策は思い浮かばなかった。かといって戦術を変えても、遠距離の撃ち合いでは絶対に敵うまい。

 ――ならば、やはり近距離での戦いに持ち込むべきだ。

 決めてしまえば動き出しも早い。ノキは機敏な動きで立ち上がると、やはりまっすぐミュリエルを目指して駆け出した。

 当然、その行為を見過ごすミュリエルではない。


「甘いぞ」

 目の前に白線が現れる。その瞬間、ノキは後ろ向きに倒れこむように身体のバランスを自ら崩した。

「――どっちがっ!」

「む……?」

 スライディングの要領で、ノキは白線との直撃を避ける。

 崩れた身体のバランスは持ち前の身体能力で立て直し、流れるようにノキはまた駆け出した。

 この時点で、ミュリエルもノキの思惑を悟る。

「――なるほど。ただ身体能力だけで押し通すつもりか……!」

 面白い。ミュリエルはその挑戦を受けた。

 彼女が振るう杖に合わせ、縦に横に斜めに、あるいは上に下に前に後ろに現れる白線を、ノキはひとつずつ回避して進む。ときおりぶつかって痛みは受けたが、魔弾を喰らうよりマシだ。

 当然、まっすぐは進めない。ミュリエルがそれをさせない。

 そんな中で、ノキは少しずつ着実にミュリエルとの距離を詰めていく。時に躱し、時に破壊し――突然現れる白線に対して、ノキは徐々に順応しつつあった。

 まるでアスレチック運動のように機敏かつアクロバティックな、見応えのある肉体運用だ。動きにくそうな制服も、あれで案外、運動の邪魔にならない程度の配慮はしてあるらしい。

 フリルつきのスカートをはためかせ、縦横無尽に駆けるノキの動きは、観客の野郎どもを大いに盛り上げていた。


『はためく、はためく、はためく――っ! あの様はまるで地に落ちた白鳥かっ! 翼を奪われてなお地を駆けるその姿に、会場も興奮を隠せないぞ――っ!』


 シュエットも絶好調だった。わけのわからない比喩を使い、会場を喧騒をさらに煽る。

 ノキは顔を赤くしながらも前に進み、ミュリエルは盛り上がりに満足する。

 そして――前進するノキと阻害するミュリエルの駆け引きが、ついに最終局面を迎えた。


 もはやノキは完全に即興のアスレチックフィールドに適応している。

 足元に現れた白線を跳躍で躱すと、ついで上に現れた白線を片手で掴んで、鉄棒運動のような動きで勢いをつけて前に跳ぶ。

 襲い来る魔弾を短刀で斬り払い、着地と同時に最後の加速を見せた。

 距離を詰めるノキ。

 もはや止める手立てを持たないだろうミュリエルは、振るわれる短刀を見て――、


「――ああ。言い忘れていたが」


 にやり、と人の悪い笑みを見せた。


「その白線、実は稀に――斬れる(丶丶丶)んだ」

「な――」


 瞬間、ノキの腿の辺りを覆うように、四本の白線が四角を作って彼女を囲んだ。

 すっ――と足元を風が通る。

 白線を回避しようと、無理に身体を捻ったノキは、バランスを崩して床へと落ちた。あと一歩のところで届かず、追撃を経過して距離を取った。

 自ら離れなければならないことに、知らず歯噛みするノキだったが――。

 次の瞬間、ミュリエルのひと言に自己を失った。


「うん。ロングスカートもいいのだが、やはりミニも悪くないものだ」

「……は?」


 ぎちぎちと、ノキの視線が足元に向かう。

 そして――思わず絶叫した。


「ひっ、きゃあああああああああああっ!?」


 スカートの生地が、腿の辺りで切り落とされて綺麗に短くなっていたのだ。

 ちょっとでも動けばもう、下着が見えてしまいかねないほどに。

 会場から、野太い歓声が一斉に轟いた。冒険者のオッサンどもである。

 司会のシュエットもまたこの機を逃すまいと、ノキにしてみれば余計な真似である実況を大声で挟む。


『や、やりやがった――っ! 悪魔だ! 断言しよう、あの女は悪魔である! いや、あるいは野郎どもにとっては恵みをもたらす天使なのか!? いずれにせよ羽は黒い! それは間違いないだろう! ノキ選手、予想だにしないミニスカートのお披露目だあ――っ!!』


 ――マジで黙れ。

 心底からノキは思うが、もちろん実況にかかずらっている暇はない。

 ノキは目の前の下手人を鋭く見据えた。というかもはや呪っていた。

 片や、見つめられるミュリエルは柳に風と、ノキの視線を涼しく浴びる。


「うーん、素晴らしい。今ちょっと思いついたんだが、来年から魔競祭で女の子の可愛さを競うイベントも同時開催するというのはどうだろう?」

 ミスコンの概念が、異世界に生まれた歴史的瞬間であった。

 どうでもいい。ノキは歯軋りを堪えて言う。

「い、今さらこの程度で止まると思ったら――」

「もうひとつ言い忘れていたが」

 しれーっ、と。

 ミュリエルは満面の笑みで告げる。


「この白線、実は稀に――爆発(丶丶)もする」


 直後、ノキの目の前で風が起こった。前触れもなく現れた暴風が、彼女の軽い身体を場外へと吹き飛ばす。

 いくら身体能力に優れていたと言っても、まさか空中で動き回れるはずもない。

 場外へと飛ばされていく中、ノキは思い出していた。

 すなわち、先ほど自分が立っていた場所は――初めにミュリエルが白線のデモンストレーションを見せた場所の近くであると。

 余裕のつもりなのだと思っていた。

 だが実際は違う。あれも、単に罠のひとつだった。


 つまり初めから――この白線は目に見えないようにできたということ。


 場外に飛ばされ、そこで待ち構えていたスタッフに、ノキは魔術で受け止められる。

 そのお陰で怪我もない。爆発、というほどの殺傷力もなく、単に押し出されただけだったからだ。

 要するに、ミュリエルの言葉はほとんど大嘘だったわけだ。

 目に見えるというのも、殺傷力を持たないということも、わざわざ解説して見せた行為まで何もかも――最後の瞬間のために用意した、遠回しなトラップだったのだ。


「魔術師が術理の秘奥を敵に教えるわけがない。能力を見るに、君はおそらく迷宮冒険者なんだろう? だからこそ、人間相手の訓練は疎かだったようだな。――敵から受けた説明など全て嘘だと思ったほうがいい」


 ノキの視線の先で、皮肉るでもなく柔らかに微笑むミュリエル。

 結局、これは戦いというよりも、先輩から実戦指導を受けたようなものだったのだ。

 この程度では――敗北感すらもらえない。


「――教訓だよ、後輩。今後に活かしてくれると嬉しい」


 その事実に、ノキは思わず笑いたくなってしまう。

 結局、ミュリエルは初めから先輩として――この学院の会長トップとして戦っていた。自分に足りない部分があったとすれば、きっとその意識の差であったのだと思う。

 魔術学院の層はそれだけ厚い。その事実を知っただけでも、本戦に出場した甲斐はあったのだろう。敗北という結果にさえ、ノキはどこかで満足を覚えていた。

 同時。

 実況のシュエットが、高らかな声で宣言する。


『――勝者、ミュリエル=タウンゼント――ッ!』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ