3-20『勝ちたいのなら』
試合を終え、俺は足早にステージを降りた。
正直、祭を盛り上げる、という一点においては失敗だったような気もする。観客が沸いているのは、あくまで実況役の機転のお陰だ。
学生会の役員メンバーの中では、彼女だけが魔競祭にエントリーしていない。
もちろん彼女もオーステリア学生会のメンバーである以上、それなりの腕があると思う。それでも出場しなかったのは、外から盛り上げることのほうが仕事なのか。
あるいは、単に好き放題しているだけか。
そんなことを考えながらステージを離れると、その途中で、俺は客席のほど近くに立っているレヴィの姿を目にした。
偶然、ではないだろう。俺を待っていたに違いない。なぜなら彼女は、こちらを無言で見据えている。
仕方なく俺から近づいて、レヴィに向けて片手を挙げた。
「よう、レヴィ。何か用か?」
「……いえ」
珍しく、どこか歯切れの悪い様子で彼女は言い淀む。
こういった様子を見たのは本当に久々だ。驚きを隠しつつ俺は訊く。
「どうしたよ。悪いものでも食べたか?」
「……意外と普段通りみたいね」
「はあ?」
「なんでもない。それより一回戦突破おめでとう、さすがね」
軽く手を打つレヴィ。その様子に首を傾げつつも首肯し、
「ま、契約だしな。一回戦は勝ったわけだけど、ところで二回戦も勝たなきゃ駄目?」
「駄目」
「だろうね」
わかりきったやり取りを交わす。
彼女らしくもない、キレの悪い応答だ。普段ならここで冗談や皮肉のひとつはあるだろう。
やはりどこかおかしい。といっても、思い当たる原因などひとつだけか。
少しばかりからかうように、口角を歪めて俺は言う。
「にしても、一回戦がピトスに二回戦がメロとは、お前も運がないな」
「――う」
露骨に狼狽えるレヴィだった。やはり珍しいが、どちらかと言えばこれが素だろう。
彼女にとって、お嬢様然とした気取り顔など所詮は単なる猫被りだ。仮面をつけているに過ぎない。
その隠された素顔が今、わずかに覗けて見えている。
それだけ、彼女にとっても予想外だったのだろう。
「メロ相手に、何か対策は浮かんだか?」
「……どうかしらね」
俺が魔競祭に出場したことなど、メロの前ではいっそ誤差レベルだろう。
というかメロの場合、ともすれば俺が出場したから乗ってきた、なんて可能性も否めない。策に溺れる――というか、まさかレヴィも学院側が反則を参戦させるとは思うまい。実際、俺にも想定外だ。
「さすがのお前も、こればかりはどうしようもないみたいだな」
「……そうね、認める」レヴィは悪足掻きをやめて頷く。「正直勝てる気がしないわ。少なくとも今はまだ。私は《天災》の実力を見たことはないけれど、それでも噂通りの実力なら……あーもー!」
「なんだよ……」
ギロリ、とレヴィに凄まじい眼力で睨まれてしまう。
苦し紛れなのはわかっているので、俺は狼狽えることもない。それ以前に、そもそも睨まれる意味がわからないが。
思わず苦笑すると、レヴィも諦めたのか溜息をついて肩を落とした。
「アンタに当たっても仕方ない、か。この一年、近くで見てたせいかしらね、こうまで差がわかっちゃうのは」
「……誰のことを言ったんだ、それ」
「別に。それより訊くけど、実際のところどう思う?」
レヴィ自身、別に諦めたわけじゃないだろう。でなければわざわざここに来るまい。
俺は、だからこそ思っている通りのことを答える。
「勝てないとは言わないかな。メロ自身は接近戦で戦えるわけじゃないから、場所の区切られた魔競祭のステージでなら勝ち目はある。それに、あいつの魔術は威力が高すぎるからな。対戦相手や観客に大怪我を負わせかねない魔術は使えない。基本的に大技頼りの戦法を採る奴だし、つけ入る隙はあるだろ」
魔競祭という割には、純粋な砲台型の魔術師にはむしろ不利なルールである。
もちろん、この辺りは結局、実力によってどうとでもなってしまうのだが。
「……ま、私もただで負ける気はないけどさ。場合によっては切り札も切る」
「ていうか普通に勝つ気でいるんだろ。単にその切り札とやらを切りたくなかっただけで」
「そういうことは、気づいても言わないのが紳士じゃないの?」
「知らないのか。男なんて、口説く女の前くらいでしか紳士たり得ないんだよ」
親父さんが言ってた。
そんな冗談に、レヴィは晴れやかな笑みを見せる。
「へえ、そうなの。知らなかったわ。覚えとく」
「……言わなきゃよかった」
「楽しみね。アスタはいったい誰の前なら紳士になるのかしら」
「……調子は戻ったみたいだな」
告げると、レヴィは恥じらうように俺を見上げた。
「んー……やっぱり不安になってたのかな?」
「だとすればそれで正常だよ。なにせ相手はメロなんだから」
「正常でいいと思う?」
「さあ」
「さあって。アスタは本当、私には優しくないよね」
「そういう台詞は、お前が俺に優しくなってから言ってくれ」
「……確かに」
「いや納得されんのもアレだけど」
「あははっ」
「……でも結局、勝てる気がしなくても、勝とうとしないわけじゃないんだろ。なら同じことだ」
「ん。……そうね」
とはいえ。
一応、釘を刺すべく告げておく。
「今はとりあえず、まず一回戦のことを考えるべきだろ」
――メロは二回戦の相手だ。
そして、まあほぼ間違いなく勝ち残るだろうとはいえ、それでも絶対ではない。
ならばそのことを考えるよりも先に、もっと考慮するべきことがある。
絶対にぶつかる相手が、ほかにいるのだから。
「メロのことはとりあえず忘れろ。それよりピトスだ」
俺の言葉に、レヴィはこくりと頷いて答えた。
「もちろん忘れてないわよ。まずは一回戦だしね」
「あいつは手強いぞ。この試合、俺は五分だと見てる」
「……ずいぶん打ち解けたものね」
勝率判断の根拠ではなく、関係のほうをレヴィは疑問したらしい。
そっと視線を逸らし、遠くを見つめるように俺は言う。
「打ち解けたっていうかね。むしろ、怖さを知ったというか」
「ああ……」
レヴィもまた遠い目になって身を震わせた。ということは、彼女もピトスの恐怖を知っているのだろう。
まさかレヴィまで恐怖させるとは。この学院において、実はピトスこそが影の番長なのではないかとさえ思えてくる。
「……そうね。ピトスのことも考えておかないと。ああもう! これが魔競祭でなければ大歓迎なのになあ!」
盛大に溜息をつくレヴィ。その様子をもう少し眺めていたい気もしたが、さすがに趣味が悪いと自重。
まあ根本的に戦うことは好きなのだろうが、それ以前に、そしてそれ以上に彼女は勝つことが好きなのだろう。
俺は、助け船を出すようレヴィに告げる。
「レヴィは一回戦のことだけ考えてればいい」
あえて二度言ったからだろう。
元々、察しはいいレヴィだ。怪訝に顔を上げて言う。
「……なんか含みがあるわね。どういうこと?」
「二回戦のことは心配しなくてもいい、っていう意味だ」
彼女の疑問に、俺は不敵さを装って答えた。
実際、ピトスとレヴィのどちらが勝つかはわからない。どちらが勝ってもおかしくないと思うし、だからこそ、俺はどちらにも肩入れしようとは思わない。
ただ――二回戦は別だ。
「一回戦。勝ったらメロの弱点を教えてやるよ」
「……何か、策があるわけね?」
「ちょい違うかな」
実のところ、それは策というほどのものではなかった。
どちらかと言えば願望、藁にも縋るような一縷の望みでしかないのだけれど。
それでも、魔競祭の出場者の中でいえば、メロのことをいちばん知っているのは間違いなく俺だ。
たぶん俺にしか思い浮かばない。
「ま、俺もメロには勝ちたいんだよ。ちょっといろいろあって今、少しあいつを負かしてやりたいと思ってる」
「……それは、さっきの試合と関係あること? 珍しく本気だったじゃない」
「まあ、ちょいと背中を蹴られてな」
「ふうん……ならむしろアスタとしては、私が負けたほうが都合いいんじゃないの?」
「俺が直接戦って勝てるなら苦労しねえよ」
こればかりは無理だ。どうしようもない。嘘やはったりで誤魔化せる次元を超えている。
感情論ではないのだ。最低でも呪いを解かない限り、そもそも勝負の土台にさえ立てないだろう。
けれど、それでも俺は構わない。
それでも勝つすべはある。
何も自分で戦うだけが勝負ではないのだから。
――勝ちたいときにはどうすればいいか。
その問いに対し、七星では全員が別々の答えを持っていた。
マイアなら《勝てる武器を創ればいい》と答える。セルエなら《肉体で駄目なら精神を折ればいい》と考えるだろう。メロの場合は《勝てるまで何度でも戦えばいい》だ。
そして、俺もまたひとつの答えを持っている。すなわち、
――自分で勝てないなら、勝てる奴に倒してもらえばいいじゃないですか。
※
レヴィと別れたのち、客席へ向かうより先に一度、控えの天幕へと寄った。
これからステージ上の整備が終われば、間を空けず次の試合が始まる。
だからだろう。天幕には、第二試合に出場するウェリウスの姿があった。
天幕自体は二箇所に設置されていて、対戦相手と控え室が別れるようになっているのだが。おそらくその試合ごとで、先に名前を呼ばれたほうがこちら側に来るのだろう。
「――や、お疲れ。見てたよ一回戦、さすがだね」
相変わらず胡散臭い笑みを見せるウェリウス。
なぜだろう。どれだけ褒められても、こいつ相手だと素直に喜べない。ほとんど同じ台詞を、ついさっきレヴィに言われたばかりなのだが。
とはいえ、ここでいちいち皮肉で返すのもなんだか意識しているみたいで嫌だ。俺はしいて普通に答えた。
「そりゃどうも」
「それにしても、わざわざ来てくれるなんてね。もしかして応援に?」
「アホ抜かせ。飲み物貰いに来ただけだ。ここならタダだろ」
「なるほど。でもそれはそれとして、別に応援してくれてもいいんじゃないかな」
「そうだねがんばれ」
「はは。……本気で応援してる?」
「ある程度は」
「それは。面白い答えだ」
くつくつと噛み殺すように笑うウェリウス。何が面白かったのか理解できない。
とはいえ、この腹黒相手に探り合いなどごめんだった。レヴィとはまた違った意味で、俺はこの男を苦手としている。
何を考えているのかわからない――そんな部分が、どことなくあの魔法使いと似ているからだろうか。
いや、性格自体はちっとも似ていないが。
「お前は……確か副会長と試合だったか」
「うん。いきなり去年のベスト4が相手だからね、初戦から気が抜けないよ」
余裕の笑みでもって返すウェリウス。
気が抜けない、という割には気負いがなく、落ち着いているように見えるのだが。
「……普通の返しなのに、お前が言うだけでどことなく胡散臭いのはなんでだろうな?」
「酷いこと言うなあ」ウェリウスはなぜか嬉しそうに笑った。「僕、そこまで警戒されるようなこと、何かしたっけ?」
「いきなり喧嘩吹っかけてきたのを忘れたのか」
「あれはあれで必要だと、あのときは思ってたからね。まあ思いの外、みんな君が入ることに不審を持ってる風でもなかったから、今となっては確かに余計な真似だったかもしれないけど。それでも、お互いの実力を確かめる役には立っただろう?」
「正論を言うな、正論を」
そしてウェリウスは、その正論の中にさえ嘘を混ぜ込んでいる。だから信用ならないというのだ。
あのときわかったことなんて、この男がまったく実力を出していなかったという程度のことだろう。お互いの実力を確かめるだなんて言っておきながら、ウェリウスはその実力のほとんどを隠しおおせていた。
こちらが一方的に測られたと考えてもいいくらいだ。
まあ、魔術師としてはそれで正解かもしれない。手のひらで踊らされてはいたが、それで不利益を被ったかといえばそんなことはない。
結果論的に言えば、あのとき迷宮に呼ばれたことはプラスに働いたわけだし。
もしオーステリアやタラスに出向いていなければ、俺は未だにあの《七曜教団》を名乗る連中のことを知らないままでいただろう。そう考えるとぞっとする。
――いや。あるいは、それも偶然ではないのかもしれない――。
「…………馬鹿らし」
さすがに考えすぎだろう。何もかも運命だなんて、そんな捉え方をする気にはなれない。
俺はかぶりを振って、不吉な思考を追い払う。
その挙動にウェリウスが首を傾げたが、そのときちょうど天幕の入口からウェリウスを呼ぶ声がかかった。
「そろそろ第二試合を始めますので、ギルヴァージル選手は準備をお願いします!」
ふっと息をつき、それからウェリウスに向き直って告げる。
「だとさ。んじゃ、またあとでな」
「――ああ」
と、ウェリウスが笑う。だが、その様子は先ほどまでと一変している。
いつもの感情の読めない笑みではない。力強い、なんらかの意志を滾らせた瞳で。
そして、そうかと思えば直後には、ウェリウスは普段通りの感情が読めない微笑に表情を戻していた。
しかし――言葉だけははっきりと宣言する。
「じゃあ、アスタ。二回戦で会おう」
「……意外だな」
と俺はちょっと驚く。
その台詞は、俺の思うウェリウスにはそぐわない言葉だ。
「お前は、そういう言葉を口にはしないと思ってた」
「そうかな。意外と言うなら、君の試合こそ僕は意外だったけどね」
「なんだそりゃ」
「いや、君が負けるとは思わなかったけれど、それでも君があんな風に勝つとも考えてなかった」
俺がヘタレだというのは、どうやら学院における共通認識らしい。
なんだろうね。さすがにちょっと物申したいというか、俺だって結構がんばってませんか、と伺いを立てたくなってくる。
誰に訊こうかな。ピトスやアイリス辺りなら俺を擁護してくれそうだけど。
などという思考がすでにヘタレだという事実は措き、俺は冗談めかして言う。
「……俺だって、たまには気合いを入れることもある」
「はは、そうだね。うん――だから僕も、たまには気合いを入れることにするよ」
ウェリウスもまた冗談めかしてそう答えた。
けれど奴の言葉は本心だ。少なくとも、このときだけはそれが伝わった。普段と違い、今は明確に俺へと感情を伝えている。
ウェリウスは俺を見据えて――こう宣言した。
「――あのときの続きがしたい」
俺とウェリウスの間で言う《あのとき》とは、要するにあの模擬戦のことだろう。
内実はどうあれ、引き分けということで流れた戦いだ。
「今度こそ決着をつけよう。どちらかが勝って、どちらかが負けるまで」
「……またいきなりだな」
「かもね。実際、君の試合を見なければ、僕もこんなことを言うつもりはなかった」
ならば結局、遠回しにこれもメロの責任ということだろう。
あの女は、たとえ直接関わらなくても事態を引っ掻き回してくる。
本当に、メロに《天災》なんて二つ名をつけた奴は責任取って俺に賠償するべきだと思う。
名が体を表しすぎだ。
「今の君なら、僕の挑戦を受けてくれると思ったからね」
「……挑戦、ね。成績はお前のほうが上だろう」
「茶化すなよ、アスタ。君の正体くらいわかってる」
「ああ……まあ、そりゃそうか」
これもメロのせいだな。あいつマジでどうしてくれよう本当に。
俺は思わず頭を掻いて息をつく。ウェリウスは俺の反応に苦笑すると、それからこちらに背を向けて言った。
「なんとなく。僕は、君にだけは負けたくない気がするんだよ。勝ちたいという、気がするんだ」
「……そりゃ、厄介な男に目をつけられたもんだ。気をつけろ、お前ちょっと粘着気質だぞ」
「いい男は愛も深いものだよ?」
「ごめんすげえイラっときた殴っていい?」
「試合でなら、いくらでも」
「……あっそう」
「それじゃ、行ってくるよ」
それだけ言うと、ウェリウスは相変わらず気障な爽やかさを振り撒きながら去っていく。
奴が出て行ったのをしばらく待ってから、俺も後を追うように天幕を出た。
……仕方ないから、飲み物は出店で買うとしよう。
※
『さあ一回戦第二試合、まずはウェリウス=ギルヴァージルの登場だ!! あのレヴィ=ガードナーに続く第二学年二位の実力者、元素魔術科の若きスーパーエリート! その人当たりのいい性格と貴族の御曹司らしい優雅な容貌から、学院の女子には大人気の男だ! 顔よし性格よし家柄よし、おまけに魔術の実力者とか、もうどの辺りから妬めばいいのかわからないレベル! さすがは黄金世代の筆頭! 夜道で襲われないよう気をつけろ――!!』
試合が始まる寸前、俺はピトスを捜して混雑する客席を歩いていた。屋台に寄ったのが失敗だったか。
場所はだいたいわかっていたのだが、人が多くて進みにくい。試合も始まってしまうし、これは合流は諦めたほうがいいかもしれない。ちょっとウェリウスと話し込みすぎた。
仕方なく、俺は階段状の観客席の上側部分に当たる、比較的空いている側へ移動する。
なお途中、観客席の一角に酒盛りをしているオッサンの一団を発見し、しかもその中に親父さんの姿を見つけた気がしたのだが、俺は意図的に見なかったことにして端へ逃げた。
見つかったら宴会に巻き込まれる。心から御免だった。
ステージから遠い、割と空いている辺りの席に腰を下ろす。
まあ、ひとりで観ているのも気が楽でいいだろう。買ってきた飲料で喉を潤わせながら、素直に楽しませてもらうとしよう。
そんな風に言い聞かせながら眼下を見ると、ちょうどウェリウスが実況に紹介され、ステージ上に姿を現すところだった。
観客の――それも主に女性の――黄色い歓声を受け、それに愛想を振り撒きながら登場するウェリウス。周りの反応が俺のときとぜんぜん違う気がするのだが、考えたら負けだろう。
そも別にぜんぜんまったく欠片も微塵も少しも露ほどにも気にしていないし。
『続いては学生会副会長、ミル=ミラージオの登場だあ――ッ! 前年度魔競祭ベスト4の実力者にして、こちらも学院きっての美形男子! ただしキラッキラとして見ていると眼が悪くなりそうなウェリウス選手の瞳と違い、こちらの男はドロッドロに濁った瞳で見ているとこちらの眼まで濁りそうだ! じゃあ大して変わんねえな! やる気なし覇気なし気力なし、しかしこちらも実力だけは折り紙つき! その辺りが一部の物好きに受けるとか受けないとか、いやいやお前ら目を覚ませ! ていうかまずこの男が起きてるのか――!?』
さっきからいったいなんの話をしているのだろうか、この実況は。
紹介の文句と魔競祭の内容にまるで関連性がない。いやまあウケているのだからいいとは思うが、それにしてもやりたい放題具合いが凄まじい。
なんとなく義姉を思い出してしまう。
そんなことを思って、そして直後に身震いした。いや、まったく嫌な想像をしてしまったものだ。
――とりあえず、実況のシュエット=ページには、絶対に近づかないようにしよう。
俺は固く決心する。あの手の奴とは相性が悪い。絶対に。
とはいえ、まあ無関係なところで聞いている分には悪くないと思う。
壇上に上がったふたりが、互いに向かい合って一礼する。何か会話をしているようだが、さすがにここからでは聞こえなかった。
見たところ、副会長のミルはまったくの無手だ。纏っている外套が防御用の魔具であるようだから、ルール上ほかに武器を隠しているということはない。
対するウェリウスもまた武器を持ってはいなかった。こちらは衣服に魔術的な仕掛けが施されている風ではないため、おそらく何かしらの魔具を隠し持ってはいるのだろう。
元素魔術師であることを考えれば、おそらくはなんらかの補助系魔具か、あるいは穴で近接武器か。
魔術師をその戦闘スタイルで《遠》と《近》に大別した場合、普通の魔術師はもっぱら《遠》が多い。こちらはおおむね杖や儀式剣、あるいは装飾品や本の形をとった魔術の媒介を所持する。
逆に《近》のタイプの魔術師であった場合は、何かしらの武器を持ち込むことだろう。ピトスやセルエみたいな格闘型だって、手甲くらいは用意する。
もちろん偽装や思い込みもあり得るため、一概に装備だけで相手の戦法を判断するのも間違っている。
とはいえ、そういった要素から考えれば、今回のふたりは互いにどんな戦法を採ってくるのかが判断しづらいほうだろう。
言い換えれば普通の学生と違い、実戦的な考え方を持っているということだ。
果たして、どんな試合になるのだろうか。
今か今かと待つ観客たちの前で、実況のシュエットが大きく口を開く。
『――それでは一回戦第二試合、始めえ――ッ!』