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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第三章 魔競祭事件
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3-11『オーステリア学院魔競祭』

 ――朝、俺は全身に感じる奇妙な圧力で目を覚ました。

 身体がやけに重たい。まるで、金縛りにでもあっているかのような感覚だ。

 俺は寝惚けた目を薄く見開く。と、まず隣には小さくなって眠るアイリスの姿。昨夜も俺の寝台ベッドで寝ていた。

 そして、もうひとり。

 俺の身体の上に、わざわざ重なるように惰眠を貪るメロを見つけてしまった。


「…………」


 ――何してやがるんだ、こいつ。

 俺は無言でメロを寝台ベッドの上、というか身体の上から床まで落とす。

「みゃっ!?」とかなんとか、猫が潰されたみたいな鳴き声を上げていたが無視。そのまま身体を起こして、机の上から紫紺色の宝石が嵌まった指環を掴み取る。

 それを指には嵌めず懐へ仕舞うと、そのまま黙って部屋を出た。

 背後から、「ちょっと何すんのさー!」という文句が聞こえてきたが、おそらく気のせいであろう。


 洗面所に向かい、身嗜みを整えて戻ってくると、アイリスはすでに目を覚ましていた。

 以前ピトスと一緒に買った、可愛らしい白の寝間着に身を包んでいる。

 何着てても可愛いなあ……誰かと違って。


「おはよう、アイリス」

「ん。おはよ、アスタ」


 普段から最低限の言葉しか喋らない少女だが、それでも声をかければ返事をくれる。

 そのことに自然と微笑みを浮かべながら、俺は壁にかけてある外套ローブのうちのひとつを検めた。今日は魔競祭だし、せっかくだから一張羅の外套ローブを下ろそうか、とか考えていた。

 そのところで、不満げな声を吐く女がひとり。


「いやいやいや、おかしくない? なんであたしには挨拶がないのさ!」

「…………」

 ――うるせえなあ。

 とは思うが、朝っぱらから機嫌を損ねられても面倒だ。

 俺は嫌々、仕方なく、慈悲の心でメロに返事を投げてやる。

「なんだ、いたのかメロ」

「ここでその台詞!? 異議を申すぞー! 扱いの格差に異議ありだー!!」

 答えてもうるさかった。

 うん。まあ、わかってはいたけど。

「わーったって。おはよう、メロ。よく眠れたか?」

「やっと挨拶した! うん、おはようアスタ。そりゃもうバッチリ眠れたぜ!」

 俺の上でな。

「そうか。それは残念だ」

「なんでっ!?」


 なんでも何も、夜中にいきなりヒトの部屋に押し入って、しかも身体に覆い被さって寝る奴が快眠していたら、普通に腹立たしいだろう。

 俺はかなり寝苦しかったというのに。

 まるで気づかなかった辺り、メロはご丁寧にも気配を消して侵入してきたらしい。盗人か何かじゃないのか、こいつ。

 意味のわからないところに、謎の情熱を傾ける女だった。

 いったい誰に似たのやら。

 と考えれば、間違いなくマイアだという辺り、もう残念極まりない。


「にしても、昨日は帰ってきてたんだな」

 呟くように言う。メロはこのところ、どこかで外泊してくることが多かった。

 迷宮から帰ってきて以降というもの、彼女がこの部屋で夜を明かしたのは今日を入れても三回だけだ。それ以外の日は、ずっとどこかに姿を消していた。


 いったい何をしていたのかと訊ねても、メロは「ひみつー」と厭らしく笑うだけで、決して教えてはくれない。

 別に興味自体はないし、あると思われるのも嫌で追及はしなかったが、またぞろロクでもないことを企んでいるんじゃないかと思うと快眠はできなかった。

 いてもいなくても面倒な存在だとは、まったく畏れ入るものである。


「ほら、今日から学院の魔競祭じゃん? せっかくのお祭りなんだから、そりゃ帰ってくるよ!」

 ほぼ幽霊学生の分際で、メロは心から楽しそうに宣っていた。

 祭のときだけ学生ぶるとは、本当に身勝手な奴である。

「たーのしみだなー! いったい何食べようかなー……」

 彼女の興味は、祭に出店される屋台でいっぱいらしい。どこから資金を調達するつもりなのかはしらないが、まあ出店で静かにしていてくれる分には、俺も楽でいいだろう。


 今日、俺とアイリスは、珈琲屋オセルと共同での出店を手伝う予定だ。魔競祭の予選は午後である。

 もちろん、メロを労働力として期待するような愚は犯さない。むしろやりたいと言っても断るつもりでいた。

 メロに客商売だなんて……炸裂するとわかっている地雷を無防備に踏み抜くようなものだ。

 絶対に関わってほしくない。


「それじゃ、着替えるから出てってくれる?」

 ふと、メロにそんなことを言われる。

 なぜ俺が自分の部屋で、他人に気を使わなければならないというのか。本気で理解に苦しんでしまう。

 問いにメロは、殴りたくなるような笑みを浮かべて、

「女の子のお着替えなんだから」

「は? 知るか、今さらそんなこと気にする女か」

「え、何ー? もしかしてアスタ、あたしの着替えが見たいのー?」

「――はっ」

「鼻で笑った!?」

「お前の裸になんざ、一ミリの興味もない。むしろ、そんなものを朝から見せられても不愉快なだけだ」

「むっかー! そ、そこまで言うかコイツ……っ!」

 メロは口で「むっかー!」と鳴いた。

 どんな生き物なんだ、これ。

「さっきからちょっとあたしに対する当たりが酷すぎると思います! 裁判だあ、弁護人を呼べえっ!」

「却下だ。着替えたきゃ、お前が出て行ったらどうだ」

「……む、ぐ……ア、アイリスだって着替えるんだからね!?」

 不利を悟ったか、メロはアイリスを引き合いに出してきた。

 確かに、それを出されては逆転される。

 実は元から出る気ではいたのだ。とはいえ、ただで出て行くのも嫌だったから、せめて捨て台詞だけは残していこう。

「んじゃアイリス。俺は外にいるから、その間に着替えておいてね」

「ん。わか……った」

「メロは勝手にしてろ」

「だから扱いが違いすぎる件っ!」

「当たり前だろ」

「うがー! もう、むっかつくなー!」

 叫び、メロが机の上に乗っていた空の灰皿を投げてくる――って危なっ!?

 顔面狙いの見事な円盤投げを、俺は咄嗟に後ろへ倒れこむように躱した。

 かつん、と部屋の戸で灰皿が跳ね返る。

「危ねえアホか!? 当たったらどうする気だ!」

「残念でしたー、当たらないように投げましたー!」

「そういう問題じゃねえ!」

「うるさいっ! 覚えてろよ、あとで酷いんだからなあ――!」

「てめっ、ヒトの上で寝てたくせに態度が――」


 などと言い合っていたところ。

 微塵も気にしていない様子のアイリスが、早々に寝間着を脱ぎ始めてしまう。

 大物だ、とは思うが今はそういう問題じゃない。

 俺はそそくさと自室から逃げ去った。


 ふたりとも別々の意味で、もう少し羞恥心を持ってほしいものだ。



     ※



 などという朝のひと幕がありつつ。

 俺たちは身嗜みを整えると、三人で学院まで向かった。

 校門に着いたところで、メロは「用がある」と言ってどこかに消えていく。

 首を傾げる俺とアイリスだ。

 奴が神出鬼没なのは今に始まったことじゃない。去る前に伝言していっただけ、むしろマシなパターンだと言えよう。

 しかしいったい、どこへ向かうつもりなのやら。

 この数日間の外出まで含めると、相当に不穏な予感を覚えてしまう。本当に何を企んでいるものか。

 せめて杞憂であってほしいと、俺は祭に相応しい、快晴の空に祈りを捧ぐ。


 俺の勘など、レヴィと比べれば頼りになるものじゃない。

 しかし悪い勘というものは、往々にして的中するものなのだ。

 ああ、気が重い。

 祭の朝には相応しからぬ心持ちで、学院の中に向かった。


 オセルの出張店舗は、学院の敷地からまっすぐ進んだ先の、ちょうど魔競祭のトーナメントが行われる大舞台の近くに位置している。

 セルエに頼んで、この場所を押さえてもらったのだ。

 というと実は嘘になり、本当はそこまでコネは効かない。単に屋台を出そうと考える人間が少ないだけで、要は土地が余っていたのだ。

 この稼ぎどきにわざわざ出店をやるよりは、普通に店舗のほうで稼いだほうがいい、ということなのだろう。出店をやるのは、主に外から来た商人たちだった。

 一方、オセルはこのために店舗のほうを閉めている。

 商売のことはわからないが、店主マスターの判断ならば俺が気にする必要はあるまい。

 そう開き直りながら、準備に精を出す珈琲屋へと近づいた。


「よう。準備のほうはどうだ?」

 声をかけると、せっせと働いていた珈琲屋が胡乱げに顔を上げた。

「遅えよ。何やってた?」

「ああ、悪いな。ちょっと同居人がアレで。これから手伝う」

「同居人……?」

 ちら、と珈琲屋は俺の隣に立つアイリスを見る。

 いやいや。この子なわけがない。

「もうひとりいるんだよ。喧しい輩がな」

「……女か?」

 珈琲屋の、眼帯のないほうの目が俺を睨むように見据えてくる。

 いったいなんだ、と思いながらも、押されて素直に頷いた。

「まあ……そうだが」

「そうか」

「会ったことなかったっけか。メロ――昔の仲間だ」

「知ってる」

「……それがどうしたんだよ?」

「別に」

 ――ただ思っただけだ。

 と、珈琲屋は言葉をつけ加えて俺に言う。


「もげろ」

「なんでだ」



     ※



 ――そして、オーステリア学院魔競祭が始まった。


 開始の鐘がなると同時、学院は文字通りに溢れんばかりの人波で埋め尽くされた。

 この活気には、俺も驚きを隠せない。

 元からヒトの多いオーステリアの街だが、この喧騒は普段のそれに数倍するだろう。遠方からも、わざわざ魔競祭のために街を訪れる者が多いと聞く。

 去年は特に参加せず、ほぼほぼ引きこもっていたせいで、ここまでのものとは知らなかったのだ。


「すげえな……」

 思わず呟いた俺に、珈琲屋がひと言。

「いいから手を動かせ手を」

「……おう」

 さすがに素直に従った。


 さて。喫茶オセルの出張屋台は、なかなかの盛況具合だった。

 普段はコーヒーなんて飲みそうにない冒険者たちが、物珍しさと祭の浮かれ気分に、財布の紐を緩くしている。

 そして一度でも飲めば、客を掴めるだけの味がオセルのコーヒーにはあった。

 がやがやと叫ぶ野郎どもには普通のコーヒーが、甘いカフェオレやココアなんかは女性や子どもたちに受けている。

 軽食の売れ行きも好調だ。


 珈琲屋自身、「やるからには本気マジだ」と闘志に目を燃やしていた。

 店舗の厨房キッチンを、そのまま持ってきたんじゃないかというくらい本格的な調理器具の数々。食材の保管から湯を沸かす焜炉コンロに至るまで、全て魔具で揃えるという気合いの入れようだ。

「実は店を出す前は、移動屋台をやっていた」

 とは、珈琲屋の談である。奴も妙な経歴の持ち主だ。

 時間帯もまだ昼間だからか、一部の冒険者以外は酒を飲んだりということもない。家族連れや子どもの客も多く、慣れない作業に俺は翻弄されていた。


 競合店が皆無という事情があるにせよ、ここまでの繁盛は正直予想していなかった。

 およそ一刻ほど、俺はひたすらに会計を担当し続ける。

 調理や配膳に関しては、開始五分で戦力外通告を言い渡されてしまっていた。


 時間も昼前に近づいてきて、珈琲屋も、バイト店員のモカちゃんも忙しそうにしている。ちなみにもうひとり、この学院に通っているというノキ=トラストという少女が店員として加わっていた。

 彼女が例の、もうひとりいるというオセルのバイトであるらしい。ひとつ下の一回生だとか。

 忙しすぎて挨拶の暇もなかったが、なかなか可愛らしい女の子だと思う。言葉少なだが、少しくすんだ赤毛が特徴的な、ちょっと気の強そうな少女だ。

 こんな少女に、これまた可愛らしい制服を着せて雇っているとか、俺に言わせれば「お前がもげろ」である。普通に妬ましかった。


 忙しなく、だが同時に可愛らしく働く女子陣。といっても、俺以外は意外に余裕そうな辺り、仕事には慣れているのだろう。

 この眼福な光景も、オセルが繁盛している理由のひとつではないかと思う。

 可愛いからな、ここの制服。ちょっとメイドさんっぽい。

 加えて、おそらくは最も売り上げに貢献している店員が――何を隠そう、ウチのアイリスである。

 と俺は思う。


 そう、彼女は今、このオセルの制服を借りているのだ。

 白地に黒を基調としたシックなデザインの、ふりふりしたスカートが一体となったエプロンドレス。英国風のメイド、とでも表現した感じだろうか。詳しくはないが。

 そんな格好をして、小さな身体でとたとた配膳に回るアイリスは実に可愛らしい。

 割と広い範囲を借りてあり、ちょっとしたオープンテラス風になっているのだが、そこを駆け回るアイリスに客も皆ほっこりしているようだった。

 ウチの子は可愛らしいだろう。

 はっはっは。


「――煙草屋、会計ぃっ!」

「あ、はい」


 見ている暇は、ぶっちゃけなかった。



     ※



 午後に入って、俺はようやく仕事から解放される。

 そう――これから魔競祭の予選があるのだ。客足も会場にばらけてしまうため、店も空き始めてきている。

 俺が抜ける穴は、珈琲屋の呼んだ助っ人さんが埋めてくれるのだとか。なんでも知り合いらしい。

 挨拶しておきたかったが、その暇はないようだ。


「んじゃ、俺は予選に行ってくる」

 作業もひと段落して、俺は珈琲屋に告げた。

 珈琲屋は特にこちらを振り返りもせず、声だけで短く答える。

「ああ。せめて本戦には残れよ」

「当たり前だろ。アイリスのこともよろしく頼むな」

「――は?」


 いや……。

 は? は、って何?


「おい……元からそういう話だろうが」

 予想外の反応に思わず突っ込む。

 すると珈琲屋は「ああ」と何か頷いて、それから小さく言った。

「そうか。そうだったな。わかった」

「おいおい、頼むぜマジで」

 俺の言葉に、珈琲屋はけれど別なことを言う。

「そっちこそノキを頼む」

「はあ?」

「ノキも出場するんだよ、魔競祭に」

「あ、そうなんだ?」

 と俺は、初対面であるバイト店員ちゃんに振り返った。

 彼女は緊張した面持ちで、赤毛の前髪で視線を隠しながら呟いた。

「えっと……はい。お、お手柔らかに、お願いします……」

「そんな緊張しなくても」

 俺は苦笑。勝気そうな印象を持っていたのだが、意外と引っ込み思案なのだろうか。


 正直、彼女からはそう強い魔力を感じない。量で言うなら珈琲屋や、なんならアイリスよりも少ないくらいである。

 つまり一般並み。これでは、予選を勝ち残るのは難しいかもしれない。

 まあ、あくまでルールのある試合だ。単純な魔術戦とは違うから、策の練りようによっては戦えるとも思うけれど。


 ここは名門オーステリア学院なのだから。

 そこに入学できたという時点で、魔術の素養に関しては疑いようもない。

 そう、あくまで普通の魔術師としては、だが。


 ――だから、俺の周りの人間が異常すぎるだけなんだって。



     ※



 魔競祭予選の試合形式は、全部で六つのブロックに分かれての総当たり戦だ。

 何十人かで同時に行うバトルロイヤルで、最後のふたりになるか、もしくは一定時間が経過するまで生き残っていれば本戦に出場できる。

 人数が適当な分、本戦トーナメントでの試合数はレヴィやウェリウスたちシード枠の選手が埋める仕組みだ。無条件に本戦へ出場できる彼女たちだが、人数によっては本戦でもシード枠が適用される。この辺りは運、というまあ割と適当な仕組みだ。お祭りだけはある。

 仮にどのブロックからもふたりずつ勝者が出た場合、2人×6ブロックで計12人、そこにシード枠4人を足した16人になるため、本戦でのシードはない。

 逆にばらつきが出た場合は、成績上位のレヴィから優先して一試合減るような割り振りがなされる。

 とまあ、要はそんな仕組みだ。

 厳密なルールを強いるより、現場での盛り上がりを重視しているらしい。


 会場には、本戦で使う決闘用の特設舞台ではなく、学院の試術場を用いる。六ヶ所で一斉に行われるため、観客が観戦できるのはどれかひとつのブロックだけだ。

 まあ予選はおおむね、本戦の一試合より時間がかかる。その辺りの都合だろう。

 ブロックの割り振りは、登録選手に前もって通達されていた。

 俺は第六ブロックで予選を行う。


「ちなみに、ノキは何番のブロックなんだ?」

 と、俺は連れ立って会場に向かう、後輩の少女へと訊ねる。

 呼び捨てでいい、とは言われてあった。

 緊張か、それとも別の理由か。ノキはただただ前を見据えて答える。

「第六ブロックです」

「あ、同じ会場か……お互い残れるといいな」

 ルールでは、区切られた領域エリアの中を出るか、あるいは気絶させられることで敗退が決まる。

 さすがに魔術学院だけあって、そこは割とマジな戦いが行われる。

 大人数で行う以上、単純な強さ以上に、立ち回りの戦術が求められる形式だ。

「お手柔らかにお願いします」

「……うん」

 俺を見向きすらせず言うノキに、俺は頷くことで答えた。

 ……この子、意外と取っつきづらいわ。

 客商売をしているとは思えない。緊張しているというよりは、どこか不機嫌そうに見えた。

 勘繰りすぎかもしれないが、もしかすると、珈琲屋が観戦に来ないことが不満なのかもしれない。

 ……どういう関係なんだろう。

 一応、積極的には狙わないでおこう、という程度の配慮はするつもりだが。


 という思考がすでに上から目線だったが、俺にもそれなりの自信はあった。

 その根拠は、エイラに依頼していた新しい魔具ぶきだ。

 まだ試作段階ではあるが、彼女はこの短期間で、本当に新しい武器をひとつ完成させていた。


 といっても、直接的な攻撃能力があるわけではない。

 彼女が創った魔具は指環だった。朝、机の上から持ってきた、紫紺色の宝玉が嵌められたあれだ。

 単に魔力を通すことで、空間に直接ルーン文字を刻めるだけの投影器具だ。戦闘力自体はまったく上がらない。

 だが、これがあるとないとでは大違いなのも事実だ。

 特に持ち前の魔力が制限されている現状、この魔具自体がすでに俺の切り札と言っていいだろう。

 それこそ、負ける気がしないというほどに。


 思えば旅団の解散以来、初めて自分の力だけで、本気で勝とうと俺は考えているのかもしれない。

 そんな風に思う日が、まさか来ようとは考えていなかった。

 だが、だからこそ無様な戦いだけはできない。たとえどれだけ強かろうと、学生相手に負けるなんてことは許されないのだ。


 ――俺だって、七星旅団セブンスターズの名を背負っているのだから。


 ああ……いやまあ。

 レヴィが相手になったら、八百長で負けるんですけどね?

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