1-05『挑発と仕込み』
その申し出の意味がわからず、俺は思わずこう言った。
すなわち、
「…………は?」
と。考え得る限り最悪の反応だったという自覚はある。間が抜けているというか、間が悪かったというか。
我ながら、もう少しマシな反応があったと思う。
案の定、ウェリウスの視線が硬さを増した。
「どうかしたのかい、アスタ=セイエル。もしかして不満なのかな」
「いや、不満っていうか。いきなり模擬戦とか言われても」
「いきなり……?」
ウェリウスは怪訝そうにレヴィを見た。
今さらの話だが。やはり、下手人はこの女だったか。
「ちょっと。……おい、レヴィ」
――顔を貸せ、と視線で告げて彼女に近づく。
彼女はやはり悪びれるでもなく、「何?」とあっさり俺に言った。
顔を近づけ、俺は小声で糾弾する。
「何、じゃねえんだよ。どういうことだ、聞いてねえぞ」
「そうでしょうね。言ってないもの」
あっさりと言ってくれるレヴィであった。
まあ、こいつの考えはわかっている。大方、ここでわだかまりを解消しておこうという腹だろう。
考えるだけなら勝手だが、俺になんの相談もなくコトを進めるのはやめてもらいたいものだ。
「お前な……」
「お互いの実力を知る、いい機会でしょ。魔術師は手札を隠すものだけど、冒険者は必ずしもそうじゃない」
「まあ、そりゃそうだが……」
レヴィの言っていることは正しい。
この国において、《冒険者》という言葉はそのまま《迷宮攻略者》を指している。そして迷宮攻略者は基本的にパーティを組むものであり、その場合、お互いがどんな魔術を使えるのか把握しておくことは至極当然の戦略だ。やらないほうがあり得ない。
ただ。
「だからって、別に戦って把握する必要はないだろ。口で言えば済む話だ」
「それじゃ納得できないってことでしょ。――それに、これはアスタ。アンタも一緒よ」
「…………」
「アンタが信頼を得ることも必要だけど、アンタがみんなを信頼することだって同じくらい大事なんだから。そのためには、この方法がいちばん手っ取り早いってワケ」
「……わかったよ」
諦めて俺は諸手を挙げた。降参を示したつもりだが、そもそもこの手の立ち回りで俺がレヴィを上回ったことがなかった。
結局いつも通り、彼女の思う壺なのだろう。
「オーケー、受けりゃいいんだろ」
「別に、勝てとまでは言わないわよ? むしろ可能なら、いい感じのところで負けてもらうほうが都合いいと思うし」
「信頼がどうこう言ったその口で、今度は八百長しろってか?」
「そんなこと言ってないけど」
「そうだな。言ってない。今のは流せ」
というか仮に言われたところで、《いい感じのところで上手く負ける》なんて器用な真似、できるわけもないのだけれど。もう一度言うが、俺の実技の成績は学年最下位である。
――ウェリウスは強い。その実力なんて俺は知らないが、学院で実績を残しているという事実がそのことを証明している。
ただでさえ、俺の学年は「数十年にひとりレベルの天才が、何を間違ったか一年のうちに集まった」などと言われているのだから。
その上、目の前には百年にひとりレベルの天才までいる。
その女が認めた相手を下に見ることなんて、少なくとも俺にはできなかった。
レヴィとの密談を終え、俺はウェリウスに向き直る。
目の前でこそこそと話し込んだのだ。ただでさえ悪い心証が、さらに下がったことだろう。
「悪かったな。聞いてなかったからちょっと戸惑った。その模擬戦受けるよ」
「そうか。まあ受けるならいいだろう。準備してくれ」
「別にいいよ。特にやることもない」
「……わかった。ならさっそく始めようか」
ウェリウスは羽織っているいかにも魔術師然としたローブを、翻しながら試術場の中心に向かう。
この男はいちいち気障っぽい動きをしないと生きていけないのだろうか。
まあ実際に貴族なのだから、合っていると言えば合っているが。学院には、彼に惚れている奴も多いと聞く。
腹の立つ話だ。嫉妬さえできない。
試術場の中央で、俺とウェリウスは向かい合うように立つ。
互いに無手だ。中には得物を持つ魔術師もいるが、俺とウェリウスの戦いはあくまで魔術合戦の形になりそうだ。
審判はレヴィが引き受けた。
観客はピトスと、名前も知らないもうひとりの女子だけ。ほかに見ている人間はいない。試術場を覆う結界魔術により、外部から中を覗き見ることはできないようになっている。
だから――あとはもう、戦うだけだ。
「――アスタ=セイエル」
ウェリウスが、俺の名前を呼んだ。試合前にエールの交換、という名の挑発でもするつもりだろうか。
魔術師という人種は意外に目立ちたがりが多く、公開試合における戦闘前の罵り合いは、それだけでひとつの見世物になっていた。
とはいえ、ただの模擬戦で付き合う理由もない。俺は軽く肩を揺らして答える。
「いちいちフルネームで呼ばなくてもいいぞ」
「ならアスタと。――アスタ、僕はね、どうにも君が気に食わない」
「……そら、またいきなりだな」
直截的な発言に思わず苦笑する。
別に好かれているつもりはなかったが、まさかこうまで嫌われているとも考えていなかった。
「なんでかって、理由は教えてくれるのか?」
「僕はガードナーさんを信用している」
いきなり話が変わった。思わず面食らう俺に、彼は続ける。
「その彼女が信頼しているんだ。だから君も、きっと実力のある魔術師なんだろう」
「……意外な評価だ」
てっきり馬鹿にされていると思っていたのだが、ウェリウスの思考は冷静だった。
ほかでもないあのレヴィ=ガードナーが、私情でパーティを選ぶはずがないと知っているらしい。
まあ、《実力》にもいろいろな形があるわけだが。それは俺から言うことじゃないだろう。
「でも、ならなんで俺が気に食わないと?」
「もし君が、彼女の信頼通りの魔術師だというのなら。つまり君は、学院で実力を隠していたということになるからだ」
「…………」
「僕は、そういう怠惰が許せない性質でね」
なぜか前髪を撫で上げてウェリウスは言う。
――ごめん。俺にはそこで格好つける理由がわかんない。
「君が本当に僕らの仲間として足るだけの実力を持つというのなら――僕に、その力を見せてくれ」
まるで物語の中の英雄かと見紛うようなウェリウスの立ち姿に、俺はこう返す。
「……お前、そうやって格好つけないと絶対に喋れないの?」
「それも、貴族の責務でね」
――あ、やっぱ意図的にやってるんだ?
さすがお貴族様は大変である。その割には結構、ノリノリに見えるのだが。
ともあれ、とウェリウスは仕切り直す。
「学院にまで隠していたその実力、見せてもらおうか」
「……勘違いしてるみたいだから言っておくけど、俺は試験で手を抜いたことは一回もないぞ」
「……何?」
怪訝に眉を顰めるウェリウスだったが、これは嘘じゃない。
学院の試験結果は、紛うことなく俺の実力だ。
「それでも、見せろっつーなら見せるけど。期待外れでも怒らないでくれよ」
「それも含めて、確かめさせてもらおうか。――元冒険者なんだろう? 七星旅団並とは言わないにせよ、せめて僕に比肩するくらいの実力がなくてはね!」
言うなり、ウェリウスは右腕を、掌がこちらに向く形で伸ばした。
魔術師に特有の構えだ。挙げられた手に魔力が集中していくのが感じられる。
「……まったく。どいつもこいつも、迷宮とくればすぐ七星の名前を出すもんだ」
「比べられるのは不満かな?」
「別に」
告げて、俺もまた体内で魔力を練り始める。
いつでも戦える準備は整った。
それを見てとって、レヴィが開始の宣言をする。
「準備はいいみたいね。――では、始めっ!」
その言葉を皮切りにして。
巨大な火球が、こちらへとまっすぐに飛んできた。