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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第三章 魔競祭事件
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3-07『依頼(逆)』

 セルエの研究室を出て以降、俺は道すがらフェオに契約内容を伝えていた。

 ちなみに、アイリスを肩車しながらだ。

 あまり歩かせ続けるのもどうかと思ったので、提案してみたら素直に乗ったのだ。片腕が吊られた状態でも、軽い彼女なら問題ない。

 この状態で歩いているとさすがに目立つだろうが、今は気にしないことにする。


 というか、魔競祭までの間は、むしろそれなりに目立っておいたほうが都合はいいだろう。

 ――いわば釣り餌だ。

 俺が目立てば目立つほど、穴馬ダークホースとしてのフェオが輝いてくれる。いくらなんでも学院外から助っ人を呼んでくるなど本来は不可能なのだが、いやはや、やはり持つべきものはコネである。

 まあ、やっていることがかなり汚い自覚はある。が、なに、バレなければ無問題。

 ……それに、場合によっては予期せぬ獲物(丶丶丶丶丶丶)が釣れるかもわからないし。

 しばらくの間は、積極的に目立つ行動を取っていこうと思う。


「……要はアスタたちと組んで、レヴィってヒトを勝たせればいいわけね?」

 説明を受けて、その要諦をフェオが端的に要約した。

 どこか不機嫌そうに見えるのは、彼女が根本的に真面目な気質だからだろうか。こういった影での暗躍や約定が、不義理に思えるのかもしれない。

 しかし、それで不信感を持たれるのは避けたいところだ。俺は言い訳のように告げる。

「一応言っとくけど、この程度の密約は誰だって当たり前みたいに交わしてる。予選なんて、半ば集団チーム戦みたいなものだからね」

「……別に、そんなことに不満持ってない。ある意味で当たり前だと思ってるし」

「そっか。まあ、ならいいけど」

 その割に納得いっていないように見えるのは、ならば俺の気のせいだろうか。

 別にわかった気になって彼女の内心を語るつもりもない。フェオが気にしていないと言うのなら、それを信じておくことにしよう。


「もし途中で負けたらどうするの?」

 フェオが問う。当然の疑問ではあるのだろうが、俺はその点を心配していない。

「大丈夫だと思うよ。フェオの実力なら、少なくとも予選は突破できる。組み合わせ次第ではあるけど、もし真剣にれば優勝も目指せるんじゃないか?」

「それ、本気で言ってる……?」

「本気だよ。実戦経験で言えば、本職プロのお前に匹敵する奴はそうそういないし。さらに言えば、そもそもルール上、近接戦闘を得意とする奴のほうが、遠隔で戦う魔術師より有利になるからな」

 あくまで魔術ではなく戦闘の強さだけで競う以上、経験に勝るものはないだろう。

 そして限られた戦場の上だからこそ、発動に時間がかかる魔術より、近づいて斬る殴るするほうが速いし強い。


「ま、今さらだけど強制するつもりはないよ。もし本気で優勝を目指したいなら、この話はなかったことにしてくれてもいい。その場合は……そうだな、ほかのこと手伝ってもらうから」

 俺は言った。これくらいは、たぶん最低限の配慮であると思う。

 その場合、強敵がひとり加わってしまうことになるのだが――それも問題ない。

 残酷、といえば残酷な判断かもしれないが。

 ――本気で戦えば、フェオはレヴィに勝てないだろう。

 近接での戦闘で同等の実力があるからこそ、魔術の差でレヴィに軍配が上がってしまう。

 そもそも、真っ当に戦ってレヴィに勝ち得る魔術師などこの学院にはいない、と思う。まぐれや偶然では覆せないほどの、厳然たる実力差が存在しているはずだ。

 確定的に言えないのは、単に俺が知らない実力者がいるかもしれないというだけで、やはり普通に考えればレヴィ並みの学生などそうそういるわけがない。

 しいて上げればウェリウスだが……アイツもアイツで、実力を隠している風だから正直わからん。

 結局のところは、組み合わせ次第と言えるだろう。


「……別に。そもそも参加するつもりだったわけじゃないし、それでいいよ」

 と、果たしてフェオはそう言ってくれた。

 ならばあとは、彼女にも作戦の一環として組み込まれてもらうだけだ。

「ありがとう。恩に着るよ」

「…………」

 フェオは押し黙った。やはり、どこか納得いかない感じの表情をしている。

 その理由を訊ねようと俺は口を開きかけた。だがそれより先に、彼女のほうが言葉を作る。

「それで。これからどこか行くの?」

「ん、ああ。これから、お前の親戚に会いに行く」

「親戚……って」

「そう」

 俺は頷いて、それから言った。


「――エイラのところだ」



     ※



「――ああ、アスタか。いや、そろそろ来るんじゃないかとは思ってたよ」

 研究室を訪ねると、こちらを一瞥すらせずにエイラ=フルスティ――高名な魔学発明狂マッド・インベンターは言った。

 彼女はだらしなく椅子の背もたれに身を預け、両足を机の上に投げ出している。とてもじゃないが、年頃の女の子が人前でやっていい格好じゃない。

 かの天才魔具職人も、現実を見ればこんなものということだった。

「とはいえ、まさか三人で連れ立ってくるとは予想外だったね。やるじゃないのさ」

 エイラが言う。

 ちら、とこちらに顔を上げて、普段通り知ったような表情で笑って。

「いや、何を褒められてるのか意味わかんねえけど……」

「こっちの話さ。気にするほどのことじゃあないねえ」

 相変わらず、ワケのわからないことばかり言う女だった。

 天才と呼ばれる奴は、どいつもこいつも常人には理解できない人間ばかりだ。

 そんなエイラは、俺から視線を切るとフェオを見て微笑む。


「久し振りじゃないのさ、フェオ。会うのはいつ以来だったかねえ?」

 彼女にしては珍しく、本当に嬉しそうにエイラは言った。

 フェオもまた、特に気負った様子なく答える。

「久し振り、エイラねえ。確か三年振りくらいだと思うけど」

「もうそんなか。いや、こう籠もってばかりいると、どうも時間の流れに疎くなる」

「エイラ姉は、相変わらずみたいだね」

「アタシはもうずっとこうさ。そういうアンタは、このところ大変だったみたいだね?」

「それなりにね。でもまあ、おおむねは片づいたから大丈夫。エイラ姉には迷惑かけないよ」

「アタシとしちゃ、むしろかけてもらいたいくらいだったけどね」

 噛み殺すように笑うエイラと、呆れつつも丁寧に応対するフェオ。

 あまり会っていないようなことを言っていたが、それなりに良好な関係ではあるらしい。


 と、それはそれとして、気になる言葉がひとつあった。

 機会もほかにないだろうから、俺はフェオに向き直って訊ねる。


「……エイラ姉、ってのは?」

「え、何か変?」

「変じゃないけど……そういえばフェオって、歳はいくつなのかと思って」

「……十七だけど」

 まさかの年下だった。てっきり同い年だと勝手に思っていたのだが。

 そうか。メロと同い年だったのか。

 言われてみれば、別に外見は年齢相応なのだけれど。特に大人びて見えるということはない。

 思い込みってのは怖いものだ。なんの疑問も抱いていなかった。


「まあ、久闊を叙するのはこのくらいにしておこうか。しばらくこっちにいるんだろう?」

「あ、うん。そのつもり」

「なら、また話す機会もあるだろうしね。アスタの話に移ろうか」

 言うなり、エイラはべとり、と椅子から落っこちるみたいにして床に降り立った。

 セルエも相当だったが、エイラもエイラで、かなり疲れているらしい。

 まあ彼女の場合、大方また寝食を忘れてマッドな研究に打ち込んでいただけだろうが。趣味に打ち込めているだけ、セルエよりは幸せだろう。

 ぼうっとしていると、彼女にまたぞろ実験台として使われてしまいかねない。

 俺も早々に本題へ移らせてもらうとする。


「――ある程度はピトスから聞いたけれどね、ずいぶんと大変だったそうじゃないのさ」

「まあ、否定はしないでおくよ。修羅場だったことは否めない」

「仮にも七星旅団セブンスターズだったアスタが言うんだからね、その点は事実だろうさ。報酬には色をつけておくから、その辺りは心配しないでくれていいよ」

 あっさりと俺の身元をばらすエイラ。

 おそらくピトスから聞いているからだろうが、それにしても心臓に悪い。

 ともあれ、俺は用件を告げる。

「そのことなんだけど」

「なんだい? 報酬の釣り上げなら好きにしてくれて構わないけど」

 金銭に執着のないエイラから、あっさりそう言われるのも逆に怖いものだ。仮に相場を無視した要求をしても、彼女ならあっさり支払ってしまいそうである。

 あるいは、そんなことはしないだろう、という彼女なりの信頼の表れなのかもしれない。

 実際、言いたいことは違うにしろ、報酬に関わる話なのは事実なのだが。


「今日は依頼主としてじゃなく、魔具職人クリエイターとしてのお前に会いに来た」

「まさか、製作の依頼かい? そりゃ驚いたね!」


 途端、エイラは眼鏡の奥の翡翠の瞳を、爛々と期待に輝かせた。

 見てくれは美人の、それも楽しそうな笑みではあるのだが、やはりどこかマッドな感覚があるのは否めない。


「まさかアスタから依頼を貰えるとは思わなかったよ! いや、面白くなってきたさねえ!!」

「そこまで食いつかれると引くんだけど」

「それで、どんな武器をお望みだい!? 今ちょうど新しい術式理論の実験をしていてね、そいつを応用した面白い武器が――」

「聞けよ」

 こいつの言われるがままに武器を作らせていては、どんなトンデモ兵装ができ上がるか知れたものじゃない。

 魔具職人としてのエイラ=フルスティを、最も効率的に運用するすべは――初めからこちらの指定通りに、唯一品オーダーメイドの魔具を作ってもらうことだ。決してエイラの手綱を放してはいけない。

 ただここで面倒なのが、それが彼女にとってつまらない仕事だと、途端にやる気を失くしてしまうことだった。好き勝手作らせたときのほうが、その是非はともかく、質としては最高のモノを完成させてくる。それがエイラという職人アーティストだ。

 ゆえにこそ面倒臭いのだが、着手から完成まで全てに依頼主も関わったほうが、エイラは最終的にいい仕事をしてくれる。

 だから今回も話し合いながら逐一、彼女の仕事振りを見ていきたいと思っていた。


「術式補助具が欲しい。詳しい話はまた後日詰めたいと思うが、印刻ルーンの処理速度を向上させられるものが必要でね。制作費は報酬分からそのまま引いてくれ」

「……そらまた、輪をかけて意外さね」

 エイラはちょっと驚いたように言った。

「そうか? 俺だって、お前の腕は買ってるんだ、誰に頼むかと言われれば、まず真っ先にお前を選ぶに決まってる」

「ん、あー、そうか。その意味でも確かに意外さね」エイラは頷きながら苦笑した。「まず真っ先に頼む相手が、アタシ以外にいるんじゃないのかい?」

「はあ? いや、ほかに誰がいるっつーんだよ」

「マイア=プレイアスがいるじゃないのさ」

「…………」

 予想されて然るべきの、けれどまったく予想していなかった名前に、思わず俺は閉口する。

 エイラは珍しく、熱の入った様子で言葉を重ねた。

七星旅団セブンスターズ団長リーダーにして、《辰砂の錬成師》の二つ名を持つ最高の錬金術師。それを義姉に持っていて、アタシが選ばれると思うほど自惚れてないさね」


 ――アタシは同業者をあまり尊敬しないけれど、それでも尊敬する数少ない魔具職人クリエイターのひとりが彼女だよ。

 エイラはそう、いつかも聞いた言い回しでマイアへの賛辞を口にする。

 自負がありながら、それ以上に敬意が込められた、おそらく同職の人間としては最高の褒め言葉だ。

 マイアが聞けば、きっと心から喜ぶことだろう。


「考えもしていなかった、って顔だねえ……」

「まあ、そうだな。否定はしない」

 苦笑するエイラに、俺も頷きを返すほかなかった。

 とはいえ、それを選択肢に入れてもなお、やはり選ぶのはエイラだろう。

「でも姉貴には無理だ。俺の個人的感情を一切無視しても、アイツにゃそもそも向いてない」

「どうしてさ?」

 俺はこめかみを押さえつつ答えた。


「――アイツの場合、何を作っても戦略兵器になるんだよ」


 たぶん、空気が凍ったと思う。エイラは苦笑し、フェオは呆れている。

 ちなみにアイリスはといえば、俺の肩の上で眠っていた。バランス感覚がいい。

 という問題でもないことは措くとして。


「……さすがは戦略級魔術師、と言っておくべきかい?」

 エイラの言葉に、俺は首を振ることで答える。

「気を使わなくていい」

 どうしようもない奴なのだから。

 なんていうか、存在そのものがテロリストみたいな女なのである。

 マイアに細かい術式具など作れるわけがない。アイツは常に大威力の、使いどころがない戦略兵器しか作らない――というか作れないのだから。

 本来、印刻ルーン使いよりも戦闘に向かない錬金魔術師アルケミストが、七星旅団セブンスターズなどというバリバリの戦闘系クランで頭を張っていた辺りから、察してもらえると俺も助かる。


「あんなのに、魔競祭で使う武器を頼めるものかよ」

「……アンタまさか、出場するつもりかい?」

「その驚かれ方にはもう慣れた」

 俺は肩を竦めて流す。俺だっていろいろと考えていることはあるのだ。


 ――別に俺は、レヴィに頼まれたからとか、お金だけが目当てで出場を決めたわけじゃない。

 まあ、あくまで念のためというか、予防線のひとつでしかないのも事実だ。

 セルエやメロだって、それぞれに考えていることはあると思う。それをいちいち、確認することまではしないけれど。


「なるほどね。合点がいったよ、レヴィの差し金かい?」

「話が早くて助かるよ」

「了解了解。そういったことなら、確かにアタシが適任かもしれないね。わかったよ。その依頼、請けようじゃないのさ」

「そっか。ありがとう」

「構わないさね。で、どのくらい自由にしていいんだい?」

「基本的な設計は一任するよ。ただ製作に取りかかる前に話はしよう」

「形は?」

「武器として使える必要はないかな。取り回しがいい、小さめの装飾品アクセサリとかで纏まれば最高ベストかな」

「オーケー。じゃあアタシが草案を作って、アンタが修正する形でいいね?」

「ああ」

「いやあ、楽しくなってきたじゃないのさ! このところ依頼をくれる学院生も少なくて、ちょっと張り合いがないところだったからねえ。研究も上手いこと使えそうだし、楽しみに待っててくれるがいいさ!!」

 割と不安が残るが、相手も本職プロ。信頼しておくことにしよう。

 エイラ自身もかなり乗り気になってくれているみたいだし、最高の魔具ができるはずだ。

 俺も俺で、完成を楽しみにしておこうと思う。


「――みゅ?」

 と、エイラがあまりにもうるさかったせいだろう。

 俺の頭に顎を乗せて眠っていたアイリスが、どうやら目を覚ましたようだった。

 エイラがふと気づいたように、首を傾げて俺に問う。

「そういえば不思議だったんだけどね。その子、いったい誰さね?」

 言葉に、フェオもまた首を傾げていた。

 俺のことを知らない彼女は、逆に今まで疑問に思っていなかったようだ。

 俺もまた俺で、何度目かになる説明を彼女たちに告げる。

「いもうと」

「ん。アイリス、です」

 肩に乗った少女も、俺に続いて胸を張るように言った。

 その重みを身体に感じながら、俺もまた決意を新たにするように思う。


 ――戦力の増強は、何よりアイリスを守るためなのだから。



     ※



 武器の依頼を終えたため、俺たちはエイラの研究室をあとにする。

 今日はいろいろなところへお使いイベントをこなしたが、目指すのは最後の目的地だ。

 わずかとはいえ、眠って体力を回復したらしいアイリスは、俺から降りて自分の足で歩いている。その横を、意外にもフェオもついて来ていた。


「道がわからないから」


 そう言って、俺の目的地まで随伴するフェオ。

 別段、いられて困ることもないため、一緒に最後の目的地を目指している。

 本日最後の目的地は、オーステリア学院の図書室だった。


「――魔術関係の書物は、かなり揃ってるからね」

 道すがら、ふたりに説明するように俺は言う。

 アイリスはともかく、フェオはこれから利用することもあるはずだ。

「俺が学院に入学したのも、いちばん大きな理由は図書室を使いたかったからだ」

「……そういえば、呪いがあるとか言ってたけど」

 思い立ったように言うフェオ。

 わかっているのか、それとも違うのか。アイリスも興味ありげに俺を見上げる。

「ああ。昔、迷宮のトラップにかかってな。以来、俺は呪詛のせいで戦力が下がってる」

「道理で……」

七星旅団セブンスターズの癖に弱い、か?」

「…………」

「いいよ、言っても。事実その通りだ」

「……どんな呪いなの?」

 話題を変えるようにフェオが訊ねた。

 そういえば、呪いに関して詳しく説明した相手は学院だとレヴィくらいな気がする。

 こればかりは戦力に直結する事柄であるため、詳細は隠しているのだけれど。フェオ相手ならば構わないと判断して、この機会に説明しておくとする。

「基本的には、魔力阻害の呪詛だ。容量というよりは、出力のほうを制限されている」

「……つまりどういうこと?」

 訊ねるフェオに、わかりやすくたとえて説明する。


 魔術師を、水を溜める容器タンクだと考えればわかりやすいだろう。

 容器タンクに溜められた水が魔力だ。蛇口を捻ることで魔力みずを出し、そのパイプの大きさが、そのまま魔術師の出力である。

 この容量――つまり魔力の最大容量と、蛇口の太さ――つまり一度に取り出せる魔力の量は個人個人で生まれつき決まっている。

 これが最も根本的な魔術の才能だ。修練によって多少は上げることができるものの、その上昇幅は決して大きいとは言えないし、そもそも上げられる幅の大きさが才能次第だ。

 基本的には、ほぼ生まれついて変わらないと考えたほうがいい。


 俺は、いわばその蛇口を破壊されたのだ。

 それが俺にかけられた呪詛だった。

 元あった蛇口を、小さな、しかも錆びた蛇口に交換された、とでも表現すればいいだろうか。

 一度に排出できる魔力みずの量が少なくなり、しかもぼろぼろなせいで水を通せば通すほど壊れてしまう。無理に出そうとすれば容器タンクそのものまで影響が出てしまい――そのせいで俺は、魔術を使うたびに反動を受けて筋繊維が断裂したり、口から血を零したりする。

 だいたい最大魔力量の、五分の一も排出すれば蛇口がイカれるため、結果的には魔力の容器タンクのほうも制限されたに等しかった。

 蛇口も容量タンクも、決定的な崩壊を避ければ時間経過で修復できるが、それも呪われた状態まで。

 決して呪われる前の状態にまでは回復しない――それが俺にかけられた呪詛の正体だ。


「そのせいで、同じ魔術を使っても、昔と今じゃ威力がぜんぜん違う。魔力の息切れも早くなったし、最低出力にさえ届かなくて使えなくなった魔術まであるんだから、戦力の大半は削がれたようなものだよ」

「……そう聞くと、逆にこの状態で戦えてるアスタがおかしいって感じするけど」

 慄いたように言ったフェオ。俺も特に卑下することはしない。

 戦力が削がれたとはいえ、培った経験は残っているし、魔術自体だって使えないわけじゃないのだから。

 印刻ルーン魔術自体が、そもそも消費の少ない魔術であることが幸いしたのだろう。そのお陰でなんとか誤魔化せている、といったところだった。

 とはいえ、気取って格好つけてこその魔術師だ。自分が強いと思い込む魔術師は――精神論ではなく本当に強くなる。

 身に纏う幻想イメージこそが魔力のルーツなのだから。

「――これでも一応、七星旅団セブンスターズの一員だったからね」

 そう笑う俺に、フェオもまた、小さく笑ってこう答えた。


「……すごい魔術師だったんだね、本当に」


 ――ああ、だった(丶丶丶)のさ。

 と、そう答えかけて結局、俺は口を噤む。

 下らない自虐を、フェオに聞かせるのは馬鹿らしかったからだ。

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