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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第三章 魔競祭事件
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3-06『中途(二人目)』

 アイリスを連れ、セルエの研究室を出ようとしたところだった。

 扉に手を伸ばしかけたところで、俺はぴたりと動きを止める。

 廊下の向こうから、誰かの歩いてくる足音が聞こえてきたせいだった。


「……誰か来るね。来客の予定が?」

 背中越しにセルエへ訊ねたが、彼女は首を振って答える。

「予定はないけど……まあ、いろいろと忙しいから」

「予告なく誰かしら来ることが多いと」

「……そうだね。ああ、また仕事が増えるよう……」

 なんだが絶望的な表情をしているセルエ。

 教師って大変なんだなあ、と俺は他人事のように思うだけだった。

 ある意味では冒険者時代以上に忙殺されている彼女だ。


 そうこう言っているうちに、扉がこんこん、と軽くノックされる音が部屋に響いた。

 本当なら先んじて部屋から出ておくべきだったのだろうが、不覚にもタイミングを逃してしまった。

 仕方なく俺は扉の前から退く。せめて通行の邪魔になるのだけは避けておこうと。


「――す、すみませーん……」

 数度のノックののち、か細い声が室内まで届く。

 女の声だ。それもつい最近、どこかで聞いたことがある気がするのだが……さて。

 場所を考えるに学院生の誰かだと思うのだが、どうにも思い出せない。

 結局、その答えに思い至るよりも早く、セルエが室外に向かって答えた。

「はーい、どうぞー」

「し、失礼しまーす……」

 扉が、外にいる人物の手でゆっくり押し開かれる。

 廊下側から現れたその顔を見て、思わず俺は口を開いてしまっていた。


「――え、フェオ……?」

「あ――アスタ……っ!?」


 俺の姿を確認して、現れた彼女もまた驚愕に目を見開いている。

 銀色鼠シルバーラットの構成員にして、その団長の妹。

 タラス迷宮の事件で会った、フェオ=リッターが……いや、というか。


 ――なんでフェオが学院にいるんだ?



     ※



 奇しくも、というべきか。

 フェオもまったく同じことを口にしていた。


「な――なんでアスタがここにいるのさっ!?」


 ぎょっとしたように腕を上げて、奇妙に身構えるフェオ。

 なんか中国の奥地とかで、仙人が修行してる拳法みたいな格好をしていた。

 という比喩が正しいか否かはともかく。いきなりの過剰な反応(オーバーリアクション)である。

 驚いたのは俺も同じだったのだが、さすがにこんな格好を見せられては素に戻るというか、苦笑せざるを得ない。

「よう。久し振りだな、フェオ」

「う。あ……おう」

 おうって。もうなんかキャラが定まっていなかった。

 彼女にとってはアウェイな場所だし、まあ仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。


「――確か、銀色鼠シルバーラットの」

 と、間を執り成すようにセルエが口を開いた。

 そのクラン名を聞いたからか、フェオもようやく平静さを取り戻す。

「は、はい。フェオ=リッターです。えっと、ガードナーっていうお婆様に、ここがセルエ様の部屋だと教えてもらって……」

「別に様付けしなくてもいいよ。でも、そっか。学院長から」

「そ、そのですね。その節は、その、大変なご迷惑を……」

「いやいや。気にしなくていいよ」

 朗らかに笑むセルエだったが、逆にフェオのほうは恐縮しきっていた。

 仮にも伝説の魔術師――七星旅団セブンスターズの一員が相手となれば、彼女も対応に困るということなのだろう。

 その割に俺への対応が変わっていないことについては……まあ、とやかく言うまい。

 セルエやメロに比して、俺だけ図抜けて弱いことは否定できないから。


 しかし、誰も気にしないだろうとはいえ、俺のせいで旅団の評判を下げてしまうのはさすがに申し訳ないという気持ちが、まあ少しだけ湧かないこともない。

 善意とは関係なく、無関心から興味を持たない連中ばかりとはいえ、だ。

 そろそろ本格的に呪いを解く方法を見つけ出さないといけない。

 俺だって別に、今のままでいいと思っているわけじゃない。単にそれどころではなかっただけだ。


「今日は改めまして、銀色鼠シルバーラットを代表して謝罪の挨拶に、ですね……」

 若干、たどたどしい口調でフェオは言う。

 言ってはなんだが、彼女にこの手のことは向いていないと思うのだ。

 さすがに団長のシルヴィア当人が出向くことはできないだろうし、そうするとほかに選択肢がなくなってしまうことは理解できる。フェオが選ばれたのは単純な消去法だろう。それも二択の。


 フェオに聞いた限りでは、タラス迷宮で彼女たちを裏切った連中はほとんどが新入りという話だった。

 だが、ならばほかの、古参の幹部たちはいったいどこへ消えたのか。

 副団長であったガストまで姿を消していることを鑑みれば、あまり楽観的な考えは持てない。

 若いメンバーしかいなかった野営地。

 組織立って、メロを襲う別働隊まで用意できていた七曜教団。

 その両者を考慮すれば、幹部は裏切ったか――あるいは。

 いずれにせよ、銀色鼠シルバーラットという集団クランそのものが存亡の淵に瀕していることは間違いなかった。


「大変な時期なんでしょ? 本当に、気にしなくてもいいんだよ」

 その事情を、ある意味では俺以上に理解しているはずのセルエが言う。

 実際、その点は俺も同感だ。

 彼女たちに求める賠償などあるわけがないし、そもそも。

「もしかしたら、巻き込んだのはわたしたちのほうかもしれないからね……」

 セルエは、それだけは小声で呟いていた。

 その声は俺にも、もちろんフェオにも届いていたが、言われた彼女は首を傾げるだけだ。


 ――七星旅団セブンスターズは、それ自体はあくまで迷宮攻略クランだった。

 方々で妬みや僻みくらいは買うかもしれないが、かといって恨みまで買うとは思えない。

 もっとも、問題なのは団体としてではなく、個々人がいろんなところから恨みを買っていておかしくない連中ばかりだということだが……それは措くとして。

 七曜教団、などという明らかに七星旅団おれたちを意識した名前が関わってきては、話も変わってきてしまう。

 奴らは本当に銀色鼠シルバーラットを標的としていたのか。

 あるいは、真の狙いは俺たちのほうで、彼女たちは巻き込まれただけではないのか。

 そんな疑念を覚えなかったといえば嘘になるだろう。

 何もわからない以上、それをフェオへ説明するつもりもなかったけれど。


「……アスタも。その……ありがとう、ございました」

 フェオが、俺に向き直って感謝を口にする。

 けれど俺の答えも、もちろんセルエと変わらない。

「こちらこそ。迷宮では助けてもらったからね、お互い様ってことで」

「でも……あれだけ迷惑かけて、何もしないわけには……」

「そう言われてもね。逆に訊くけど、いったい何ができるわけさ?」

 苦笑してそう返すと、フェオは面白いように言葉を詰まらせた。

「う」

「賠償ったってな。金か? 払えないだろ、今の銀色鼠シルバーラットじゃ」

 もともと金銭で解決するような類いの話でもないけれど。

 まあ、それはそれとして、である。フェオは苛めると楽しいので、俺は少し調子に乗っていた。

 わかっているセルエは呆れて溜息をつき、わかっていないアイリスは小首を傾げていた。

「団長殿だって、そのためにお前をここに送ったわけじゃないと思うぜ?」

「……まあ、そうだろう……けど」

「てか、シルヴィアはなんて言ってたんだ?」

 なんの気なくそう問うと、フェオは途端に顔を紅潮させ、恥ずかしそうに視線を伏せた。

 その反応は予想外だったため、思わず首を捻った俺に、フェオは消え入りそうな声で答える。

「……その。か、……う」

「は?」

「か――身体で、返してきなさい、って……」

「…………」いやいや。

 顔を真っ赤にして、そんなこと言わないでほしかった。

 誤解されたらどうしてくれるという話である。

 とはいえ、確かにフェオが返せるものなど、労働力としてのそれくらいしかあるまい。


「ま、お前にはそれが向いてるかもな」

 そういった意味合いで言うと、だがフェオはますます顔の朱色を濃くする。

 その瞬間、俺は言葉が間違って伝わったことには気づいていた。

「わ、わっ……わかってるわよ!」

「何がわかったんだ」

「私の肉体が目的なら、好きにすればいいじゃない!」

 びしぃっ、と。

 俺を指差してフェオは言った。


 ――なんの宣言だよ何もわかってねえ。


 何を勘違いしてやがる。肉体って表現するんじゃねえよ。心中だけでそう突っ込んだ。

 俺も俺で呆れ果ててしまう。セルエは逆に無関係とばかりに笑っていた。助け船くらい出してくれてもいいだろうに、彼女も大概ではあった。

 大方、シルヴィアにからかわれたとか、そんなところだろう。それをフェオが本気にしたに違いないと推測する。

 というか、俺が本気で肉体を求めると思っているのか。それはそれで失礼極まりない。

 もう突っ込むのも嫌だったので、俺はむしろ、フェオの勘違いに乗っていく方向で舵を切る。


「そうだな。じゃあお前の言う通り、身体で返してもらおうか」

「――ひっ」

 マジ悲鳴を上げられた。

 なんだろう、これもうなんか逆に傷つくんだけど。

 構わず続ける。

「お前、どれくらいオーステリアにいられるんだ?」

「え――あの、しばらくはいられ、ます……けど」

 フェオは敬語に変わっていた。

 もう腹立たしいので完全に無視して、俺はセルエに向き直った。

「セルエ、ごめん。仕事増やすね?」

 確認ではなく宣言だ。

 セルエの笑顔に一瞬だけ亀裂が走っていたが、やはり見なかったことにした。


「――俺だけじゃなくて、フェオも魔競祭に出場登録エントリーさせておいてほしいんだけど」


「いや……そう言われても」

 困惑するセルエだった。嫌な予感がするからか、わずかに口角を引き攣らせている。

「魔競祭に出場できるのは、飛び入りを除けばオーステリアの学生だけだよ?」

「知ってるけど?」

「……その飛び入りも、あくまで予選を盛り上げるための演出であって、実際に勝ち進むのは駄目っていう不文律的なものが……」

「それも知ってる」

 俺は満面の笑みでセルエに言った。

 まあ、簡単な話だ。

 学生しか参加できないのなら、学生にしてしまえばいいというだけなのだから。


「――フェオを、オーステリアに入学させてやってくれ」


「…………」とセルエは絶句し。

「は――はあ!?」と、フェオは驚愕していた。

 想像した通りの反応だといえよう。

 俺としては、この反応を見られただけで「してやったり」の気分である。


「できるよね? 俺と、何よりセルエの紹介なら、余裕で」

 この辺りが、オーステリアの実力主義たる所以だろう。

 実際、メロなんかはその方法で裏口入学している。彼女はマイアからの紹介なのだから。

 名のある魔術師からの紹介というのは、それだけ大きな意味を持っている。

 セルエは俺の提案に対し、途轍もなく面倒そうな呟きを零した。

「いや……まあ、できる、けど……ええー。ホントに?」

「まあ別に臨時でもいいからさ。交換留学みたいなノリで?」

「それ言葉の意味が絶対に違うんだけど……」


 とはいえ、問題ないといえば問題ないのは事実だった。

 実力がなければ、どれだけの大金を積まれても門戸を開かないオーステリア学院だが、逆に実力さえ保証されていれば結構な無茶が通ってしまう。

 俺自身、セルエやマイアに実力を保証してもらっているからこそ、普通の魔術が一切使えず、さらに魔力まで制限されてなお学院の生徒になることができているのだから。

 ちょうど魔競祭が入学試験代わりにもなるし、予選を通過できるだけの実力を見せれば、学院長は絶対に否と言わない自信がある。

 あの一見して温厚そうな老魔術師が、あれで案外、横紙破りを好む大胆な性格であることを俺は知っていた。

 さもなければ、レヴィの祖母など務まらないのかもしれない。


「――つーわけだから、フェオ」

 俺はセルエから視線を外し、狼狽えている彼女に向き直る。

「へ……ふぇっ!?」

「魔競祭で、身体で貸しを返してもらおうと思ってるんだけど、構わないか?」

 というのは嘘で、実際には貸し借りなんて存在しないと思っているのだけれど、こういうのは形として受け取っておいたほうがいいのも事実だった。

 ならば、いつかの約束通り、フェオを学院に紹介してやるのは悪くない考えだと思ったのだ。

 聞いた話、銀色鼠シルバーラットはオーステリア近郊でしばらく活動休止になるらしいし、そのついでだと考えればちょうどいいだろう。

 と、俺は思っていたが、さすがにフェオのほうはそう簡単に受け入れられないらしい。

「いや、構うとか構わないとかじゃなくて……っ」

「無理なのか?」

「む、無理ってことはないけど……でもっ」

 はい言質取ったー、と俺は気にせず話を進める。

 多少、強引なくらいのほうが、互いにとっていいと思うのだ。彼女が学院に興味を持っていることはすでに知っている。

 フェオにとっても、ここで指導を受けられることは決してマイナスにならないはずだ。ひいては銀色鼠シルバーラットのためにもなる。

 もちろん、俺が楽になるから、という一点があっての提案なのは否定しない。


「ま、詳しい話はあとでするけど。今度、魔競祭っていう学院の祭があるんだよ」

「……それは、知ってるけど」

「そっか、なら話も早い。――それ出て勝って」

「か、勝ってって……そんな簡単に」

「大丈夫、フェオの敵になるような奴は少ないから。それで貸し借りなしってことにしよう」

「いや、でも……」

「わかった?」

 俺は笑顔でごり押した。

 剣幕に押され、フェオは反射的に頷いてしまう。

「わ、わかっ……た?」

「はい。それじゃあ話は終わり! あとのこと詰めるから一緒に来てくれ」

「え――えっ!?」

 俺はフェオの肩に手を置き、身体の向きを反転させて部屋から連れ出そうとする。アイリスは何も言わずとも、俺の後ろをきちんとついて来てくれた。

 扉の奥にフェオを押し出し、それから俺は振り返ってセルエに告げる。


「――そういうことになったから。悪いけど、あとのことはよろしく頼むよ」

 セルエは、苦々しさと晴々しさがないまぜになったみたいな笑みを見せた。

「わかったよ、もう」

「悪いな、仕事増やしちゃって」

「今さらだし」それに、とセルエは笑う。「アスタが何をしたいのかも、察したつもりだよ。実際、悪くない対応だとは思う」

「…………」

「けど、やっぱり強引だよね。うん、前々から思ってたんだけどさ――」

「……なんだよ?」

 どこか噛み締めるように呟くセルエに、俺は首を傾げて訊ねた。

 問われたセルエは一度頷くと、まるで昔のことを回顧するように目を細めて、それから言う。


「やっぱり、アスタと先輩は姉弟きょうだいだね。――よく似てる」


 俺は何も答えずに、無言のまま外に出て扉を閉めた。


 ――まったく。

 こんなに酷い罵倒を受けたのは、生まれて初めての経験だった。

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