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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第一章 はじまりの日
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1-04『パーティメンバー』

 その翌日。俺は朝早くから、レヴィに呼び出され学院に出向いていた。

 てっきり迷宮の入口辺りで待ち合わせるかと思ったのだが、どうも学院に集合するらしい。

 まあレヴィのことだから、きっと何かしらの考えがあるのだろう。

 呼ばれた俺は仕事をするだけだ。と、何も考えずに登校した。


 昨日の酒はもう抜けている。迷宮に潜る前日に、自己をなくすほど呑むことなんて、レヴィが許すはずもないのだ。

 彼女の被った皮は厚い。中身は獅子か虎かというのに、高貴な猫を騙っている。

 無論、そんな無理のある変装など、見抜ける者には筒抜けだったが。

 少なくとも、学生で彼女の本性を知る奴は少ないと思う。奴はむしろ同年代にこそ猫を被る。特に仲のいい友人か、さもなくば俺のように完全な偶然でそれを知った奴くらいだろう。


 待ち合わせの場所は、学院において《試術場》と呼ばれている区画だ。

 術を試す、などと言えば聞こえはいいが、実際には血の気の多い魔術師の卵が、どんぱち模擬戦を繰り広げる学院きっての危険地帯でもある。区画を区切る魔術結界によって、外部に影響が出ることはないが、それでも中の地形が変わるくらいのことはざらだ。

 普段はもちろん、魔術の実践講義や試験などを行う場所として使われている。ただ申請さえすれば、こうして借り受けることもできるのだ。

 無暗に広い敷地の、およそ半分近くが試術場であることからも、その内情は理解してもらえるだろうか。


 俺は、いくつかに区切られた試術場のうち、《第三試術場》と番号づけされたところに入る。

 今回はそこを借りたのだろう。手回しのよさから言って、たぶんレヴィの仕業だ。

 昨日のように遅れて行ってレヴィを刺激するのも嫌だった俺は、待ち合わせよりだいぶ早い時間に試術場へと出向いた。

 さすがにいちばんに着いただろう、と思っていたのだが、予想に反して先客がふたり。

 一方は言うまでもないだろう。

 きっと誰よりも早く、ここへ来ていたに違いない。


「――おはよう、アスタ。体調は平気?」

 亜麻色の髪の若き女傑――レヴィ=ガードナーがそう言った。

 昨日の飲酒の影響など、微塵も感じさせない振る舞いだ。

「おはよう、レヴィ。そうだな、気分以外は、おおむね好調ってところだ」

「つまり普段通りってことね。ん、なら問題ないわ」

「ヒトの話聞いてた? お前の体調が心配になってくるけど」

「アンタに心配されるようじゃ、確かに不安になってくるわね」

 朝も早くから皮肉の応酬を繰り広げる俺とレヴィ。

 猫はさっそく脱ぎ捨てたらしい。隣に立っている少女が、ぽかんとした表情で俺たちのやり取りを見ていた。

 この顔を見せるということは、きっとそれなりに仲はいいのだろうが。


「昨日一度、顔は合わせてるけど」レヴィが言う。「紹介しておくわね。こいつがアスタ=セイエル。……ま、知らないってことはないでしょ」

 レヴィに横にいた少女が、声を向けられて慌てて頭を下げた。

「あ、はい。もちろん知ってます。えっと――初めまして、でいいですか?」

 薄茶に近いセミショートの髪と、くりくりと丸い茶色ブラウンの瞳が印象的な少女だ。子どもかと見紛うほどに体格が小さく、知らなければ同級生おないどしとは気づかないだろう。

 なんというか、怯えた仔リスを彷彿させるような少女だった。妙に庇護欲を掻き立てられるというか、意味もなく守ってあげたくなるというか。

 いずれにせよ、魔術学院には決して多くない部類の人間だろう。

「話すのは初めてだし、まあいいんじゃないかな。どうもご紹介に与りました、アスタ=セイエルです。以後よろしく」しなくてもいいけど。

 我ながら皮肉っぽいことを考えながら挨拶する。

 決して友人が多いほうではないため、こういうときは対応に困った。

「は、はい! よろしくお願いしますっ!」

「…………」

 ぺこぺことお辞儀を繰り返す少女。

 どこか小動物然とした態度で、おどおどとこちらを窺いながら言う。


「――わ、わたしはピトス=ウォーターハウスでしゅっ」


 ……思っきし噛んどる。

 そう思ったが、突っ込む勇気は湧かなかった。

 目の前で、ピトスが「はぅわっ!?」となんだかあたふたしていた。いろいろと大丈夫なのだろうか、こいつは。

 助け船を出すように、レヴィが苦笑しながら言う。

「ま、アスタはともかく、ピトスの紹介はいらないかもね。学年四位。私の友達よ。気の弱い子だけど、これで優秀な魔術師だから。迷宮でも心配はいらないわ」

「えっと……はい、すみません。ピトスです。儀式魔術科リチュアルの二年で、主に治癒魔術の勉強をしています」

「……へえ」

 落ち着きを取り戻したピトスの言葉に、俺は少しだけ驚いた。

 ――治癒魔術、ときたか。


 その練度は別として、基本的にはどの魔術も学ぼうとすれば習得できる。だが基本には当然、例外もあるわけで。《治癒魔術》がそのひとつだった。

 完全に才能に依存した能力で、生まれつき使えない人間では一生修練しても絶対に使えない特殊な魔術だ。その上で、才能だけでは絶対に使いこなすことができず、小さな切り傷を治す魔術でさえ、数年の訓練と勉強がなければ使えないほどだ。

 そんな超高難度魔術を学んでいる学生が、この学院にいるとは知らなかった。

 レヴィの友人というだけあって、確かに実力のある魔術師なのだろう。


「まあ、ともあれよろしく」

 名前までは正直覚えてなかったのだが、言う必要もないので俺は手を差し出すに留めておく。

 彼女はおっかなびっくりといった感じで、おずおずと握り返してきた。

「ど、どうぞよろしくです、セイエルさんっ」

「アスタでいいよ。同学年だし、敬語もいらんけど」

「で、ではアスタさんとお呼びしても!?」

「……いいけど。こっちもピトス、でいいか?」

「ひゃいっ!」

 果たして肯定と受け取っていいのだろうか。

 レヴィに目をやると、小さく笑んで肩を竦めたので、まあいいのだろうと納得しておく。

 ともあれ名前の交換は済んだ。繋いだ手を離して足を引くと、ピトスはなぜか、ずいっとこちらに詰め寄ってきた。

 なぜこちらに来る。思わず狼狽える俺に、取り戻したはずの落ち着きはどこへ消えたのやら、彼女は勢いきって俺に言う。


「あ、あの! アスタさんにお訊ねしたいのですがっ!」

「え? あ、はい。なんすか?」

「その……不躾なのですが、アスタさんはもしかして、レヴィ様とお付き合いされているのですか!?」

「……お前、様づけで呼ばれてんの?」

 俺は失笑してレヴィに訊いた。質問の内容より、そちらのほうが面白い。

 彼女もさすがに恥ずかしいらしく、少し頬を赤らめて、視線を逸らして言った。

「仕方ないでしょ。言っても聞かないんだから」

「はっ。似合わねー」

「放っとけバカ」

 意外な弱点を発見した気分で、俺はレヴィを追い込める。

 些細なこととはいえ、彼女が自分の意思を押し通さず、されるがままになっているなんて珍しい。

 この分なら、ピトスとは仲よくできそうだ。むしろぜひ仲よくしたい。


「質問の答えだけど、そいつはノーだ。このお嬢様が、色恋なんかに精を出すと思う?」

「そうなんですか? いきなりパーティにお呼びするくらいだから、てっきり……」

 意外にも、と言ったら失礼かもしれないが、ぐいぐいと訊いてくるピトスだった。

 そういうことに興味のあるお年頃なのだろうか。……いや同い年か。

 どうしてか、妙に年下のように思えてしまう奴だった。

 返答に困った俺に代わり、助け船を出すようにレヴィが言う。

「違うわよ、ピトス。そんな関係じゃないから」

「そうなんですか……すみません、ヘンな邪推をしてしまって。アスタさんも」

「あ、いや。別に構わないけど」慣れていると言えば慣れている。

 魔術師とはいえ、学生ならば色恋沙汰に興味を持つのも、まあ仕方のないことなのだろう。

 俺はともかく、学院でもトップクラスの有名人であるレヴィは、善意悪意を問わず様々な噂につきまとわれるものだった。

 羨ましいとは欠片も思わないが。


 ――ともあれ。

 まあ、そんな感じで、俺は新しい友人と交流を深めた。

 それこそが、レヴィの目的なのだと思い込んで。


 学院は、魔術を学ぶ場であるのと同時に、人材交流の場でもある。将来有望な魔術師同士が、互いの未来のために学生時代からコネを作っておくのは、ある意味で当たり前の話なのだから。

 学院長室でレヴィたちが言っていた『貴重な機会』という言葉は、そういう背景を含んでいる。

 そしてそれ以上に、互いに信頼できない魔術師同士が、そのまま迷宮に潜るなど自殺行為にも等しい。レヴィはそれをわかっていて、俺が集団に溶け込めるよう配慮したのだろう。

 俺は、そう考えていた。


 それだけのはずが、なかったのに。


「――来たわね」

 と、レヴィが言った。

 見れば試術場の入口に、ふたり分の人影がある。

 見覚えのあるふたりだった。昨日、学院長室で顔を合わせたばかりなのだ。忘れているはずがない。

 その片方が、来るなり俺を指差した。

 金糸の髪に碧玉の眼。ヒトの上に立つ者のみが持ち得る風格を纏ったひとりの青年。

 ウェリウス=ギルヴァージルが。

 俺に向かって指を突きつけ、こんな風に宣言する。


「――アスタ=セイエル。君に、模擬戦を申し込む」

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