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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第二章 陰謀の迷宮区
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2-19『天災』

「お前……どっから降ってきた」

 思わず呆然と呟いた俺に、メロはくるりと踊るように立ち上がって答える。

「上からだよ――ほら」

 メロが天井を指で示す。

 その途端、彼女の降りてきた天井の穴が塞がり始めた。まず石壁が再構築され、続けて周囲の光景と同じ白い壁面が綻びを修繕するように広がっていく。まるで迷宮の壁を、内側から塗装コーティングしていくかのように。

 迷宮けっかいの内側に拠点けっかいを作った、という推測は当たっていたらしい。

 メロは続ける。


「なんかさ、オーステリアから戻ってくる途中で、ヘンな奴らに襲われて」

「変な奴ら……?」

「うん。黒尽くめの、いかにもな感じの魔術師が十人くらい。まあフッツーに倒したんだけど」

「お前を襲うとか……自殺志願者かよ、そいつら」

 十人いれば、メロに勝てるとでも思ったのだろうか。俺は俺が十人いても、メロとは絶対に戦いたくないけれど。

 人間如きが天災に対抗しようなど――考えるほうが馬鹿げている。

「んで、そいつらなんか転移の術式が刻まれた指環を持っててさ」

「ああ……」そりゃまた、見過ごせない情報ではあるが。「それで?」

「うん。――それ見て、転移魔術覚えたから使ってみた。そんでここに来たって、それだけ」

「…………」


 さすがに絶句した。おいおい。いやいやいやいや。

 そう思う一方で、まあメロならやりかねないと思う自分もいるのが怖かった。

 術式を読み解くのと、それを再現するのとでは話がまったく違う。

 ただ術式を目にするだけで、一度も使ったことのない魔術を再現する――。

 天才ならぬ天災の、それが所以の一環だった。


「――とんでもないことを、当然のように言うなあ……まったく」

 と、そう呟いたのは俺じゃない。アルベルだ。若干の平静を取り戻したのだろう。

 アルベルの復活は早く、そして対応は迅速だった。

 周章狼狽から脱した奴は、腕を濡らす血を振り払って宣言する。


「――逃げさせてもらうよ」


 あえて口に出したのは、奴なりの縁起担ぎジンクスだったのだろうか。

 さすがのアルベルも七星旅団セブンスターズをふたり敵に回して勝つ自信はないらしい。

 ……いや、違うか。

 メロひとりで、きっとお釣りが来るだろう。


 そのメロは、アルベルの逃亡宣言を聞くや否や、酷く嬉しそうに口角を歪ませていた。

 実に嫌らしい顔をしている。どちらが悪役かわかったものではない。


「逃げる? うん? 君、今あたしを前にして逃げるって言ったの?」

「もちろん。かの《天災》を前に勝ちを拾えると自惚れるほど、僕は自分を過信していない」

 言葉としては冷静だった。実際、それがいちばん妥当な判断なのだろう。

 ときおり狂気じみた物言いをするアルベルだったが、根本の軸は強固な理性に保たれている。

 アルベルは、あくまで理性的に狂っていた。

 だが、それは奴にとって、決して有利に働く事実ではない。


 メロ=メテオヴェルヌは――理が通じないからこその《天災》なのだから。

 天敵というのなら、それこそ俺たちのようなタイプの魔術師にとって、メロ以上はいないことだろう。


 理性ある災害は、酷薄な笑みをかんばせに浮かべる。

 獲物を見遣る、それは狩人の瞳だった。


「このあたしから逃げられると思う時点で、普通はそれを自惚れって言うんだけど」

「……傲慢は大罪ですよ、七星」

「そうだね。実際――君は何かしてきそうだし」


 ――すごく愉しみだよ。

 言うなり、メロは無造作に前へと足を進めた。完全に無防備な挙動だ。

 対するアルベルの反応は、いっそ憐れみを誘うほどに性急だった。

 俺を殺すために用意していた魔弾を、アルベルは一斉にメロへと放つ。

 不可視の弾丸――アルベルの《隠蔽》によって、それがそこにある(丶丶丶丶丶)という感覚さえ希薄なそれは、もはや必中の攻撃と評してもよかっただろう。


 極まった魔術師同士の戦いは、たとえるなら将棋やチェスに近いものがある。

 魔力の流れを視認し、構築される術式を読解し、次に採るべき最適の行動を選択する。それが魔術戦における読み合いというものだ。

 だからこそ、自らの手を隠蔽できるアルベルの特性は効果を発揮する。いわば相手の駒が透明な状態で、勝負に臨まなければならないということだ。

 そんなものは、もはや必勝を別の言葉に置き換えたようなものでしかない。


 ――相手が、天災でさえなければ。


 放たれた必殺の弾丸を、メロは無造作に掌で受け止めた(丶丶丶丶丶丶丶)

 まるでキャッチボールの相手を勤めているだけだと言わんばかりに。

 メロは片手を適当に動かして、全ての魔弾を受けきった。


「く……!」

 呻くアルベル。当然だろう、こうも簡単に攻撃を無効化されては、アルベルも立つ瀬があるまい。

 それでも冷静さを失わなかったのは見事だと言えた。ある程度は予測はしていたのだろうが、実際に目の前で見せられると、まず心のほうを折られてしまう。魔術師という人種ほど、彼我の戦力差に敏感な臆病者はいない。

 そしてひとたび精神の調子を崩せば、魔術とは発動さえ難しくなるものだ。

 だが。抗えば抗うほどに、天災はその脅威を増していく。


「なるほど……こうやってるんだ(丶丶丶丶丶丶丶丶)


 ――面白いなあ。そう呟くと、メロは魔弾を止めた手をつい、と軽く振った。

 直後、彼女の周囲に夥しい数の魔弾が浮かび上がる。

 数にして優に数十。瞬きの間に構築された魔弾は、彼女の手の動きに指揮された軍勢の如く、宙を漂って整列する。

 通路の全てを埋めんばかりの魔弾の海――。

 その戦法は、かつて《超越》と呼ばれた七星旅団の第二位――彼女の師を真似たものだ。

 だが、彼女が天災たる所以はその先にこそある。


 ぱちん、とメロが指を鳴らした。

 瞬間、魔弾の海が全て《隠蔽》され、不可視の弾丸へと変貌を遂げる。


「――馬鹿な」


 今度こそ、アルベルは呆然と自己を失った。

 当然だろう。あの《隠蔽》は奴が編み出した固有魔術だ。すなわち、それは本来ならこの世にアルベル以外の使い手が存在しないという意味である。

 それを――メロはただ一見しただけで完全に再現してみせた。


「わ、さすがにこの量はちょっと難しいな。でもまあ、なんとかなるか」


 あっけらかんと宣うメロに、言葉を返せる者などいない。

 ――天災。

 メロ=メテオヴェルヌ。

 彼女は得意な魔術など持たない。彼女は他人の技術を真似るが、それを自身の技とはしない。

 メロは決して魔術の天才ではなかった。

 儀式魔術、元素魔術、印刻魔術、治癒魔術、混沌魔術、結界魔術、概念魔術――ありとあらゆる既存の分類に属する魔術を、だから彼女は決して使わない。

 一度でも目にした魔術ならば、彼女は自分なりに再現できる。むしろ自分なりにしか再現できない。

 その場に応じて即興アドリブ、彼女だけの理屈で魔術を改良アレンジする魔術師。

 だからメロは他者の魔術は再現できても、自身が過去に使った魔術は二度と再現できない。彼女が用いる魔術は、常に最新の(丶丶丶)魔術だけだった。

 メロはその場で魔術を創る。新しい魔術だけで、彼女は戦闘を運営する。

 それは言うなれば、常に世界の法則を新しいものに変えているということだ。

 扱う全てが彼女にしか使えない、彼女にのみ許された固有魔術オリジナルスキル――。


「それじゃあ、自分の魔術の上位互換。避けられるもなら、避けてみせてよ」


 それが最強の名を冠する、世界にただひとりの《創作魔術師マジックメイカー》。

 メロ=メテオヴェルヌの戦法あそびかただった。


 ――そして、不可視の魔弾が空間を飽和せんばかりに射出された。



     ※



 目に見えない弾着を、通路に響き渡る轟音と、床面から巻き上がる土煙が伝えていた。

 結界がその構築力を弱め、残像を撒きながらぶれている。なんとか崩壊までは至らずに済んだらしいが、空間そのものさえ歪める攻撃力には驚きを通り越して呆れさえ覚える。

 それこそアルベルから盗んだ隠蔽の術式など、児戯にも等しいと告げられた気分だ。


 やがて視界が晴れる頃。その先に、アルベルの姿はなくなっていた。

 肉片さえも残らなかった、というわけではさすがにないだろう。

 不可視の飽和攻撃を前にして、アルベル=ボルドゥックは本当に逃げおおせたらしい。


「うっそ、ホントに……?」


 さすがのメロも驚きに口を丸くする。すでにこの場には、アルベルの姿が影も形もなくなっていたのだから。

 隠すことと、逃げることだけは得意だと。

 その言葉は確かに事実だった。こと隠蔽と逃亡の技術ならば、アルベルを越える魔術師がこの世に存在するかは疑わしいまでの領域だ。

 俺どころか、メロまでもが掴めないというのだから。

 その逃亡の才能は、完全に常軌を逸している。


「わ、ホントにどうやって逃げたかもわかんないや。すごいな、本当にしてやられちゃった」

 逃亡せしめたアルベルの手腕を、メロは手放しで賞賛していた。

 いくらメロとて、敵を故意に見逃すほど甘い性格ではないだろう。直接戦うならばともかく、逃げに徹したアルベルを捕捉するのは彼女にとってさえ難しいらしかった。

「転移、じゃないのか……?」

 俺は口に出してみる。言いながら、どこかで違うのだろうとは思っていた。

 そう、俺たちは見ていた。

 奴がまるで、煙になるかのようにすっと空間へ融けていく様子を。

 その場から突如としていなくなる――その過程だけを見れば、確かに転移魔術のそれと酷似してはいるのだが。

「違うんじゃないかな。その割に、空間が干渉された様子がまるでないし」

 言うなりメロが、ふとこちらへ掌を向けてくる。

 なんだ、と疑問に思うも一瞬、俺はその掌の中に魔力が集まっていることに気がつき、

「――どわあぁぁぁぁっ!?」

 その狙いを察して、俺は慌ててメロの背後へと逃れた。

 メロの背中側に回るが早いか、彼女は放射状に圧縮した空気の魔術を通路へと撃ち放った。

 たとえるなら、迷宮に存在する空気を通路に沿ってそのまま押した(丶丶丶)かのような魔術だ。この術式も今、即興で編み出したものだろう。

 と、それはともかく。


「何すんじゃボケェ!」

 俺は叫んだ。叫んだ瞬間、先ほどの緊急回避と合わせて肋骨の辺りが軋みをあげた痛い。

 だが叫ばずにはいられない。直撃してたら、後ろへと弾き飛ばされてお陀仏まっしぐらだ。

 阿弥陀仏がこの世界に存在しているのかは知らないが。

「えー。助けてあげたのにボケとか酷くない?」

「助けた亀を今、自分で殺そうとしてたじゃねえか……」

「かめ?」

「いや、まあそれはともかく。やるなら言ってからやれよ……」

「だって、言ったら気づかれるかもしれないし」

 要するにメロは、まだ近辺にアルベルが隠れ潜んでいる可能性を考慮したわけだ。

 転移で逃げたわけじゃないのなら、魔術で透明にでもなった(そんな魔術が存在しているなどと過分にして知らないが)のか、ともあれまだこの場に残っている可能性はあった。

 それを潰すために、避けようのない攻撃を行ったというわけだ。

 確かに、言ってからでは逃げられるかもしれないが。

 その代わりに、普通に俺が死ぬところだった。

「いいじゃん、避けたんだからー」

 ぜんぜんよくない。

 が、愉しげに笑うメロにはきっと何を言っても無駄だろう。

 俺は観念して、迷宮の床へそのまま尻をついた。

 それから、俺は顔を見ないで、かつての仲間へとこう告げる。


「……悪い、助かった。ありがとう」

「んや、別にー?」


 首を振りつつも、だがメロはとても嬉しそうに妙なステップを踏んでいた。

 ――そうして笑っている分には、歳相応の可愛らしい女の子なのに。

 なんて、珍しくそんな風に思ったのだが、もちろん言葉にはしなかった。

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