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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第一章 はじまりの日
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1-03『レヴィとの密談』

 ――話し合いが終わった午後。

 俺とレヴィは、学院の近所にある酒場の一角で待ち合わせていた。

 無論、何か甘い意味のある逢瀬ではない。これは単に、俺が彼女に文句を言うためだけの場なのだから。

 もっとも、誘ってきたのは彼女のほうからだが。


 俺が店へ入ったとき、レヴィはすでに端の席で待っていた。

 その席の対面に腰かけて、俺は彼女を睨みつける。


「――とんでもないことしてくれたな、オイ」

「仕方ないでしょ。私は絶対、次の大会で優勝するつもりなんだから」

 被っていた猫を脱いだレヴィは、普段の優等生面からは想像もできないような別人に変わる。

 礼儀正しい完璧な少女から、口と性格の悪い強気な女に。

「私が学院を成績一位で卒業する――そのためにできる全ての手伝いをするのが、アンタと結んだ契約(丶丶)でしょう?」

「だからって、あんな強引な形で俺を巻き込むんじゃねえよ。あくまで俺が目立たない形で、というのも契約に含まれてたはずだろ?」

「だから、パーティのみんなには口止めを約束させるわ。何か問題でも?」

 ――問題しかねえよ。

 俺は吐き捨てるように言った。ほとんど負け惜しみのようなものだ。


「……だいたい、お前なら実力で十五層くらい突破できんだろ。俺なんかいなくたって」

 テーブルに肘を突き、せいぜい泣き言のように不平を漏らす俺へ、レヴィは悪びれもせずに言う。

「迷宮では何が起こるかわからない。なら、少なくともいちばん信頼できる魔術師を引き入れておくに越したことないでしょ」

「はっ。お前が俺を信頼してたとは意外だね」

「ヒトとして……じゃなくて魔術師としてはともかく、冒険者としてアンタ以上を学院で探すのは不可能よ。褒めてんだから、少しは素直に受け取ったら?」

「それで褒めてるつもりなら、まずは俺じゃなくて自分の人格を疑うんだな」

「あら。学院きっての優等生の人格を疑うなんて、貴方こそ少しひねくれすぎているみたいね」

「そうか、よくわかった――地獄に落ちろ」

「ええ、わかってもらえて嬉しいわ――お前が落ちろ」

 悪しざまに罵倒し合う俺たちだった。それも満面の笑顔を作って。

 隣の席で呑んでいた冒険者風の男たちが、ぎょっとした表情でこちらを見る。なんだか驚かせてしまったようだ。

 俺たちは特に反応をしない。まあ、これでおおむね普段通りだと言えた。


 ――レヴィとの付き合いは、俺にとって《よくわからないもの》というのが本心だ。

 男女の仲ではない。繰り返して言うようだが、そんな甘い関係で俺たちは決して繋がっていない。

 だが、ならば友人なのかと問われれば、そういうのとも少し違うと思うのだ。

 ただの同級生でもない。魔術師として同じ志を抱いているわけでもない。むしろ相性としては最悪の部類だ。

 言うなれば――そう、共犯者。

 その表現が、今のところいちばんしっくりくるように思う。


「――ま、今日は私の奢りだから。好きなだけ飲んでいいわ」

 レヴィの言葉に、「そうさせてもらおう」と遠慮なく答え、店員に酒と肴を注文する。

 迷宮区にほど近く、よって冒険者たちの御用達であるこの酒場は、だからこそ柄の悪い客が集まった。さすがに騒ぎが起きるほど馬鹿な真似に出る奴は稀だが、決して空気がいいとは言えない場所だ。

 そんなところで、特に気にするでもなく酒を頼む学生ふたり。傍から見れば、なんだかお寒い組み合わせだろう。貴族の姫君と、お付きの下男とでも思われているのだろうか。

 あるいはレヴィひとりなら、無謀にも声をかける男の数人は現れることだろう。

 その場合、どんな結末になるかといえば――まあ、推して知るべしと言ったところだ。


 俺は持ち歩いていた煙草を外套から取り出し、火をつけて一服する。

 吸わない相手の前では、基本的に喫煙しない主義の俺なのだが、その数少ない例外が目の前の女だった。こいつ相手に遠慮とかあり得ない。

 そもそも周りの人間が、平気で喫煙しまくっている。こんな場所じゃあ、今さらだ。

 肺に溜め込んだ煙を吐き出す。親父さんの店は、あれでいい品を揃えているのだ。


「まだそんな古い外套着込んでんの?」

 ふと、レヴィにそんなことを言われた。余計なお世話だ、と俺は返す。

「貰い物なんだよ。まだ着れるんだから問題ないだろ」

「……ま、気に入ってるならいいんだけど」

 特に追求するでもなく、レヴィはそこで言葉を止めた。

 肺に溜め込んだ紫煙を吐き出す。それを追うように、今度は俺から言葉を作った。


「――んで、なんのつもりだよ?」

 問いに、レヴィは薄く笑った。

「やっぱ察したか。ま、そうでなきゃ面白くないけど」

「当たり前だろ。どれだけの付き合いだと思ってる」

「一年もないじゃない」

「密度の話だ。――いいから答えろ」

 確かに、ある問題(丶丶丶丶)を抱えて魔術を満足に使えなくなった今の俺でも、迷宮でならばそこそこ役には立つだろう。

 俺は迷宮に特化した――というより、生存(丶丶)に特化した魔術師なのだ。正面きっての戦いは不得手だが、なんでもありの殺し合いバトルロイヤルでなら生き残る自信がそこそこある。

 だが、レヴィがああまでして俺を巻き込んでくる理由はわからなかった。

 もちろん迷宮は魔窟だ。常に命の危険と隣り合わせになる。

 とはいえオーステリア迷宮はそこまで危険度の高い部類ではないし、ましてその十五層までなら、レヴィが死ぬようなことなどあり得ないとさえ言い切れるだろう。単独ソロならともかく、集団パーティでならなおさら。半月もあれば充分だと思う。

 彼女はそれくらいに強い魔術師だ。


「――ほかの三人は使えないのか?」

 問いに、レヴィは首を横へ振った。

「だったら初めから組まない。彼らは充分、戦力になるわ。普通に考えれば、アンタよりもね」

「いちいち俺のこと下げないと会話できない?」

「そんなつもりないけど。だってアンタ、普通じゃないし」

「……なら、なんで?」

「勘」レヴィは断言し、それから苦笑した。「って言ったら、怒る?」

「別に。何、マジで勘なの?」

「なんとなく、嫌な予感がするのよね……」

 真面目な顔で勘だと断言するレヴィだが、俺は混ぜ返すような真似をしない。

「あれか。女の勘ってヤツか」

「いえ。私の勘よ」

「なるほど。――それは信用できる」

 レヴィは不愉快そうに顔をしかめた。だが俺に皮肉のつもりはないし、彼女もそれはわかっている。

 実際、彼女の勘は馬鹿にならない。統計的に当たりやすい、などという領域ではないのだ。彼女の勘には、きっちりとした根拠がある。ただそれを理屈では説明できないだけで。

 ともすれば俺は、レヴィ自身よりも彼女の勘を信じているだろう。


「迷宮の攻略自体を、諦めるわけにはいかないのか」

「それは無理。私には私の目的がある。アンタと同じようにね。そのための最短ルートを、勘なんかで潰せるわけがない」

「あ、そ。優等生は大変なこって」

「混ぜ返さないで。わかってんでしょ、アンタだって」

「…………」俺は答えなかった。

 彼女がそう言うのなら、俺から文句などひとつもない。

 元より、そういう契約だった。

「……そういうアンタこそ、いいの? このままで」

 レヴィが言う。一瞬、なんのことかわからず首を傾げた俺に、レヴィは続けた。

「また《冒険者》に復帰するつもりはないのか、ってこと」 

 レヴィの言葉に一瞬、口を閉ざす。そう、俺は元冒険者だった。一時期はずっと迷宮に籠もりっ放しだったほど生粋の。

 彼女が、ひいてはセルエが俺を推薦したのは、そのことを知っていたからだろう。

 煙草の火を揉み消して、なんでもないことのように俺は言う。

「当分はな。――あのパーティ以外で、迷宮に挑む気は今のところない」

「……」レヴィは黙った。

 俺は苦笑する。

「んな顔すんなよ。いいんだって別に。オーステリア程度の迷宮は、挑む(丶丶)のうちに入れてない」

「わたしもヒトのことは言えないけどさ。アンタも充分、自信家よね」

 まったくだ、とふたりで笑った。


 運ばれてきた麦酒の杯を持ち、互いに「乾杯」と軽く合わせる。景気づけ、というよりは、いっそ自棄酒のつもりで、俺は杯を一気に空ける。

 レヴィはわずかに苦笑すると、何も言わずに俺に続いた。

 この程度の酒精で呑まれる俺たちではない。酒も飲めない魔術師なぞ――云々という格言があるくらいだ。

 それでも今は、互いに無言を貫いた。

 別に、彼女が何を考えているかなんて俺にはわからない。

 けれどおそらく、俺が考えていることは、彼女に筒抜けなのだろうと思った。


 周囲の騒ぎは耳に喧しい。けれど、決して嫌いな雰囲気ではなかった。

 冒険者の話題なんて、どうせパターンは決まっているのだ。

 酒か、煙草か、女の話か。

 たまに真面目を気取るときは、このところ名前を挙げてきた冒険者集団の名前や、近場の迷宮における魔物の数の増減なんかを語ってみたりする。

 雑談の中でこそ、情報を交換するのが冒険者の流儀だった。

 今も耳を少し澄ませば、それなりの情報が入ってくる。


「知ってっか? 今度《銀色鼠シルバーラット》の奴らが、東の《タラス迷宮》の踏破に挑戦するらしいぜ」「ああ、あいつら最近ノッてるよなあ……いいなあ、俺も入れてほしいもんだぜ」「お前は若いのに混じりてえだけだろ」「ばれたか」「つーか、無理だと思うぜ? 奴ら、本隊のパーティは七人で固定してるらしいからな」「出たよ。最近多いよな、《七星旅団セブンスターズ》を真似る奴ら」「どうかね。奴らはむしろ超えるつもりらしいぜ? 『七星にできたことが、自分たちにできないはずがない』とか。そんなこと言ってたって噂があらぁ」「そらまた。あのクランの頭って誰だっけか」「シルヴィアだろ。確か南で騎士団長やってた女だ」「へえ。騎士様が一転して冒険者ねえ……何考えてんだか」「さあな。それこそ七星への対抗心とかじゃねえの。気の強そうな女だったしな」「なんだ、見たことあんのか。美人だったか?」「かなりな。でも俺ァ、ああいう気の強そうな女はあんまな……」「いやー、俺はむしろ、そういう気の強い女のほうがそそるけどな」「はっ、それでカミさんの尻に敷かれてたら世話ねえぜ!」


 ――七星旅団セブンスターズ。伝説となった魔術師の氏族クラン

 解散から時間を経た今も、冒険者たちのはその名を自然と話題の俎上に乗せる。

 彼らの下品な会話を漫然と聞きながら、俺はレヴィに声をかけた。


「んで、いつから潜るつもりでいる?」

 彼女はあっさりと答える。

「明日からでもすぐに」

「そうか。まあ、ほかの連中との調整は任せるぞ。さすがに繋がりないし」

「もちろん、わかってるわよ」

「目標は?」

「とりあえずは五層かな。可能ならもう少し潜りたいけど」

「まあ初日は五層でいいだろ。腕にもよるけど、連携の把握も終わる前に十層までは潜りたくない」

「慎重ね」

「賢明だろ。ただ、その代わり七日以内に終わらせる」

「あれ。もしかして意外とやる気だったり?」

「言ってろ。俺だって忙しいんだ、一ヵ月も使えるかっちゅーの」

 鼻を鳴らして言った俺に、レヴィは薄く、けれど美しく微笑した。


「――ん。期待してるわ、アスタ」


 その笑みが、珍しい彼女本来の、作り物でない笑みだと知っているから。

 俺は小さく頷いて、彼女にこう答えるのだった。


「ああ。俺も期待してるよ」

「なんの話よ」

「とりあえずは――今日の払いの話かな」


 それから答えも待たずに振り返って、近くを通る店員に声をかけた。

 察したレヴィが慌てて止めに入るが――遅い。

「ちょっ、アスタまさか!」

「すみませーん! 店員さん、この店でいちばん高い料理って――」

「――調子に乗るなっ!」


 乗らずに飲まずにいられるか、と。

 今日のところは、安酒に酔わせてもらうとする。

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