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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第二章 陰謀の迷宮区
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2-09『仕事の中身』

 椅子に座り、俺たちは淹れてもらった茶を頂く。

 上座の椅子は開け、互いに向かい合うような形で席へ着いた。互い、とはもちろん俺たち四人と、《銀色鼠シルバーラット》のトップふたりのことだ。

 大きな天幕テントの、入口から縦に伸びる長方形の長机。その向かって左手に、奥からメロ、俺、ピトス、シャルの順番で腰を下ろした。

 そして真ん中にいる俺とピトスの対面に、それぞれシルヴィアとガストが座るという席順で並んでいる。


 外にはうっすらと気配を感じる。こちらを窺うような気配だ。

 本来、冒険者のクランが客を迎えるには、あまりよろしくないものだろう。下っ端が上の話を盗み聞きに来るなど、組織として褒められた統制ではない。

 面倒なので、特に言及はしなかったけれど。きっと全員、気がついている。


 茶の味はあまりわからなかった。場の奇妙な空気のせいでもあるし、荒っぽい職業に慣れすぎたせいで、他人から渡された飲み物にはどうしても警戒心を抱いてしまうせいでもあった。

 まさか毒が入っているわけもないのに。地球にいた頃は、思い浮かべすらしなかった抵抗だ。

 茶に毒はなくとも、俺の思考は異世界に毒されているらしい。まったく笑えない話である。


 誰もが口を開かないまま、だた茶を啜る音と、菓子を咀嚼する音だけが天幕テントの中に響いていた。

 まったく落ち着けている気がしない。

 気まずいとまでは言わないにせよ、居心地がいいとも言えないだろう。

 だからまあ、何も言わないわけなのだが。


「――味はどうだい?」

 と、目の前のシルヴィアにそう問われた。茶ではなく、これは菓子のほうの話か。

 何もわざわざ、男の俺に声をかけなくてもいいだろうに。

「ウチは若い冒険者が多くてね。それもフェオ――ちょうど君たちと同じくらいの歳のが作ったんだ。口に合うと嬉しいけれど」

「……そうですね。美味しいと思います」

 実際、それは本心だ。この異世界で美味いと思える菓子を食べたのは久々である。

 地球と比べれば科学水準は遥かに劣る世界だけれど、これでなかなか技術レベル自体は捨てたものでもない。

 代わりに魔術が存在するからだ。

 これらは意外にも日常生活において強く反映されており、地球で言う冷凍庫や持ち運び式の焜炉コンロくらいなら、安価とまでは言えないものの手に入れることはできる。それらは主に迷宮ダンジョンの魔物から産出(という表現で正しいのかは知らないが)される《魔晶》を加工し、それを機械に嵌め込むことで製造されていた。

 だから基本的には職人の手造りハンドメイド、一品モノであることが多い。

 こういった嗜好品クッキーなんかを焼くには当然、火を点けられる器具や、もちろん砂糖や小麦粉などが必要になってくる。だが、いかな迷宮でも食料までは産出されない。

 材料を揃えるだけで手間だろう。まして作る暇も少ないだろうに――。


「まあ別に、半日も飛ばせば街に着くからね。補給はそう難しいことじゃないさ」


 と、思ったのだが。シルヴィアにあっさりそう答えられ、なるほどと俺は納得した。

 確かに、行こうと思えば街まで充分買出しに行ける距離だ。銀色鼠シルバーラットも全員が攻略に携わっているわけではないだろうし。買い出しなど下っ端がやってくるか。

 人数の少ない七星旅団セブンスターズを基準にしていたため、どうも感覚がずれていたらしい。


「僻地にある、高難度ハイクラスのダンジョンに挑むときはこうもいかないだろうがね。この程度のダンジョンならば、そう苦戦することもないさ」

 自信に満ちた言葉で断言するシルヴィアであった。未踏破迷宮を本気で攻略せんとする、真の意味での《冒険者》の姿だと言えよう。

 その意気に興味を感じたのか、隣に座るメロが少し反応していた。本当にやめてくれ。

 大方、シルヴィアが強者ならば手合わせしたいとでも考えているのだろう。武人というより、タチの悪い戦闘狂バトルジャンキーの発想だった。冒険者は本当に血の気が多い。

 頼むから余計なことはしないでほしい。そう切に願う俺だが、望みは薄かろう。

 メロの正体がばれたら、絶対に面倒なことになる。

 ……やっぱり、連れてこないほうがよかったかなあ……。


「ウチは若い団員が多いからね。いちばん年上なのは――ガスト、君だったかな」

 団長シルヴィア副団長ガストに言葉を振る。

 黙々と菓子を貪っていたガストは、その問いに「あー」と頭を掻いて、

「どうだろなァ。まあ上から数えて三番以内だろうけどよ。正確なとこァ知らねえな」

「まあ最近は新入りも増えたからね。その分、魔術師としてはまだ未熟な者が多いが、私とて冒険者としては駆け出しだ。きっと至らない部分もあるだろう」

 ――これでも集団を統率することには自信があったのだが。

 などと苦笑するシルヴィアに、さて、なんと答えるべきなのやら。


 外からは、少し慌てるような気配が漂ってきた。確かにこれは未熟と評するほかにないだろう。

 済まなそうにシルヴィアが顔を伏せる。俺は気にしていないと首を振ったが、

「――しゃァねえわな。悪ィがお客人、少し外すぜ」

 溜息交じりに、ガストが頭を掻きながら天幕の外へと出て行った。説教でもしに行ったのだろう。

 気配が散り、にわかに沈黙の帳が下りる。シルヴィアは恥ずかしげに恐縮していた。

 周りが何も言わない以上、俺が口を開くしかないようだ。


「あー。とはいえ、これだけの速度で規模を増やしているクランもそうはないでしょう。それだけ貴女の評判が若い冒険者たちに知られているということでは?」

「だが、評判だけ先行してしまっては問題だろう? まだまだ未熟さ。君たちのほうが、少なくともウチの若い連中よりは、よほど優秀だと見受けるよ」

()たちのことはともかく。囁かれる噂だって、冒険者にとっては実力のうちでしょう。使えるモノは、使っておくに越したことありませんよ」

「……噂も実力、か。なるほど、なかなか面白いことを言うな。君は冒険者志望なのか?」

 口が滑った――というほどでもないか。正確には未来ではなく過去の話だ。

「まあ、そんなところです」曖昧に答えた。

 シルヴィアは苦笑し、それから「どうだろう?」と言葉を発する。

 何を言うかは、なんとなく読めていた。


「それなら、卒業したらウチに来ないか? 優秀な仲間は、いつだって歓迎している」


 いわゆる青田買いというヤツか。この場合、俺の実力はさしたる問題じゃない。

 もともとオーステリア学院の学生というだけで、ある程度の魔術の腕は保証されているに等しい。もちろん魔術の技術がそのまま冒険者としての実力に結びつくわけではない。魔術の才能と戦闘者の才能は、必ずしも両立するわけではない。

 お利口な学生に魔術の腕では劣っても、叩き上げの冒険者のほうが迷宮では役に立つ――なんて話はままあることだ。逆も然りと言えるし、要は本人次第なのだが。

 前線に立てないのなら、後方支援という役割に就けばいいという話でもある。

 学生の勧誘自体に、だからデメリットはほぼ皆無だ。まして彼女の従妹であるエイラのような天才がひとりでも見つかれば、お釣りが溢れるほどの儲けであることだし。悪くない皮算用だろう。

 魔術学院という場所自体が、そもそもそういった側面を持っている。

 だからわざわざ、魔術の大会なんかが開かれたりするわけで。


 そういえば、例の大会もそろそろ近い。本命はレヴィが鉄板だろうが――メロがなあ。

 こいつ、まさか大会に出場するつもりなのだろうか。遠くで見ている分には、面白いことになりそうだけれど。

 ちょっと考えたくない。話を元に戻そう。


「まあ、考えておきますね」

 心中と正反対の言葉。日本人的お断り文句で俺はお茶を濁した。

 ただ生憎、それは異世界人には通じない言い回しらしい。シルヴィアには「ぜひ考えておいてくれ」と、笑顔で返されてしまった。

 いや、考えるだけならタダだし。銀色鼠シルバーラットと繋がりができたこと自体は、単純に歓迎すべきことだろう。素直に喜んでおくとする。

「君たちも、もし冒険者を志しているのならウチに入ることも考えておいてくれ」

 続けて女子陣を勧誘し始めるシルヴィア。新人確保リクルートに余念がない様子だ。

 とはいえ、この程度なら結局、雑談の範疇だろう。彼女とて本気で誘っているわけではない。言うだけならタダ、というところだ。

 ここまでは互いに腹の探り合いだった。俺としては、そんな回りくどい行為はレヴィ相手で充分だが。

 何も敵対しに来たわけじゃない。学生らしく、ここはストレートに訊いてみることにする。


「ところで、シルヴィアさん」

「うん? ……何かな?」

「――まさかピトスを呼んだのも、勧誘が目的だったんですか?」

「…………」

 シルヴィアは、少し苦笑して押し黙った。俺もまた言葉を止めて待つ。

 やがて彼女は「うん」と頷くと、表情を切り替えてこちらを見た。冒険者としての表情で。


「――そうだね。そろそろ、仕事の話に移ろうか」


 お茶が温くなり始めていた。

 冷めた残りをひと息に飲み干した俺に、彼女は続けてこう告げる。


「というわけで、悪いが君たちは席を外してもらっても構わないかな? ピトスさん以外は」

 隣のピトスが瞬間、少し身を硬くしたことには気がついていた。

 俺は気がつかない振りだけをする。シルヴィアは続け、

「もちろん、今すぐ帰れとは言わないさ。今晩は泊まっていってくれ。天幕にも余りはあるから」

 言葉に、俺は小首を傾げて言う。

「なぜ?」

「なぜ……とは?」

「いえ。できればその仕事のお話に、同席させてもらえないものかと」

「……なぜ」今度はシルヴィアがその言葉を紡いだ。「君たちは運び屋だろう? もう仕事は終わったじゃないか」

「まあ、武器のほうはそうですね」

「……明日には帰るつもりだと思っていたけれど。違うのかい?」

「ええ。僕たちは護衛の任務も請け負っていますので」

「護衛……? ピトスさんのか?」

「ま、そういうことです」

 軽く頷く。護衛に同級生、というのもなかなか笑える話だろう。

 そう思ったのだが、生憎とシルヴィアはあまり面白くなかったらしい。

 さすがに矜持プライドは高そうだ。彼女は眉を顰めて言う。

「私たちでは彼女の身を守るのに不安があると?」

「さあ? 僕たちはただ、頼まれただけですから」

 俺は肩を揺らして取り合わない。ただそれで、シルヴィアには伝わったらしかった。

「……エイラか。まったく、勝手な真似を……」


 顔を歪めるシルヴィアだったが、不愉快とまではいかない様子だ。困惑が近いか。

 無論、元を言えば従妹エイラに無理を言って学院の治癒魔術師を紹介させたのは彼女のほうだ。それはつまり、危険な迷宮攻略に友人を送り出してほしい、と告げたに等しい。

 エイラが友人を心配するのは当たり前の話だろう。責めることなどできないはずだ。

 俺は正面にいるシルヴィアから、あえて目を逸らしながら訊いた。


「そもそも、どうして治癒魔術師をご所望で? 怪我人がいるってわけじゃないですよね」

「……クランの内部事情を、君たちへ話す必要があるか?」

 さすがに警戒し始めたのか、シルヴィアが視線を鋭いものに変える。

 賢しげな学生ガキに偉そうな口を叩かれれば、無理もない反応ではあろう。むしろこれでもだいぶ甘い対応ではある。

 申し訳ないとは思うが、落としどころを見つけるまで付き合ってもらうしかない。

「いいえ。ただ知らないままですと、一応は護衛ですしね。――もし彼女を迷宮へ連れて入るつもりなら、ちょっと困ってしまうなあ、と」

「……わかって言っているのかもしれないが。本人の了承は得ている。そうだったろう?」

 と、シルヴィアはピトスに向かってそう訊ねた。

 ピトスはちら、と俺の顔を見て、それから頷いて言う。

「はい。今回の攻略に限ってですが、迷宮攻略のパーティとして参加する契約を結んでいます」

 ピトスは言い切った。疑問といえば、彼女はなぜそんな話を受けたのだろう。それがいちばんの疑問だ。

 よもや前回、三十層まで潜ったことに自惚れた、なんてことはないと思うけれど。さて、彼女は迷宮攻略者志望だったのだろうか。

 思いの外、ピトスの態度が頑ななものに感じられてしまう。


「心配してくださるのはありがたいですが、これは私がお受けした仕事です」

 ――だから護衛はいりません。と、そういうつもりの言葉なのだろう。

 その態度を《らしくない》などと言えるほど、俺は彼女のことを知らなかった。

「そういうわけだ。悪いが、彼女以外は連れて行けないぞ」

 シルヴィアもまた、ピトスの言葉を受けて言った。

 ま、そりゃそうだろう。手の内を晒す理由はないし、信頼できない相手と迷宮に潜るなんて馬鹿げている。そんな行為は自殺と大差がない。

 ピトスが呼ばれたのは、彼女自身が貴重な治癒魔術師である事実と、あとは従妹であるエイラへの信頼があったからだろう。ともすれば、あの迷宮での件も聞き及んでいるかもしれない。


 とはいえ。まあ、それくらいは初めから織り込み済みだ。

 俺は苦笑して、それからこう告げる。


「連れて行ってくれ、なんてひと言も言ってませんよ」

「何……?」

「僕が認めてほしいのは、この場所への滞在と、いざというときに介入することです」

 別に同行するつもりはない。ただ、もし迷宮で想定外の自体が起きた場合のみ助けに入る。

 そのことだけ認めてもらえれば、俺としてはそれでよかった。

 護衛としては、いささか中途半端な姿勢かもしれないが。とはいえ、迷宮へ潜ること自体は、あくまでピトスが選んだことだ。その責任まで横取りすることは許されない。

 俺たちは、いわば保険として機能すれば充分なのだ。

 それ以上は求められていないし、求められたとしてもやるべきではない。


「……こう訊いてはなんだが、それに意味はあるのか?」

 怒っているわけではなく、単純に疑問といった風情でシルヴィアが問うた。

 あるいは、俺が何を言っているのかわからないという風でもある。

本職プロの私たちで無理なら、まして学生の君たちには対処できないと思うが」

「かもしれませんね」

「金がほしいのなら、エイラの依頼分の報酬は私が払ってもいい。残ったところで、おそらく時間を損するだけだと思う」

「……ありがたいお話ですが、お断りさせてください」

 シルヴィアの提案に、俺は首を振って答えた。一瞬、本気でぐらついたけれど。

 頼まれた以上は、それを受けた以上は――もう投げ出すことなどできない。

 なぜなら、


「そんなことをして帰ったら、こわい同級生に殺されてしまいますから」


「……エイラのことか?」

「彼女も相当ですが」思わず苦笑する。「同じくらい怖い奴が、学院にはほかにもいるんです」

 エイラに比肩するほどの天才が。あの学院には、もうひとりいる。

 友人を見捨てて帰ったなど知れたら、本気で殺されてしまいかねない。

 ただ、そんな事情を知らないシルヴィアに、俺の言葉は伝わらない。

 彼女は怪訝に首を傾げ、不可思議そうに呟いた。

「……。私はエイラを知っている。だが、だからこそあんな天才が、そう何人も存在するわけがないことも知っている」

「そうですね。そう何人もいちゃ堪りません」

「……まあ、好きにするといい。残るというなら止めないさ。皆にも伝えておこう」

「ありがとうございます」

 俺は微笑んで首肯した。

 まあ本来は、彼女の言っている通りだと思う。調子に乗った学生の戯言だと、そう捉えるのが普通だ。

 こちらが天災メロという鬼札ジョーカーを伏せていることなど、彼女は知る由もないのだから。

 それがなければ、俺だってこんな大口を叩けなかった。


「――まあ、ともあれ今日は休んでくれ。天幕テントをひとつ貸そう。申し訳ないが、設営はそちらでやってくれ」

「ええ、もちろん。ありがとうございます」

「ピトスさんは、すまないが話がある。残ってくれないか。――君たちは、悪いけれど」

「ええ、出ています。失礼しました」

 わがままは通した。これ以上は食い下がれないだろう。

 情報は命だ。それを知るには、こちらも命を懸ける必要がある。そこまでは不要だ。

 頷き、俺はシャルとメロを連れて外へと出た。


 先ほどより、空はずいぶんと暗くなっているようだった。

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