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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第七章 セブンスターズの印刻使い
305/308

7-07『意地』

 ピトスとふたり《過去の王都》を駆け抜ける。

 目指す先は王城。この威容ばかりは今と大きな違いがない。


 背後からは雷の轟くような爆音。

 戦いの様子は、少し振り返れば確認できるだろう。

 けれど、俺もピトスもそれはしない。

 任すと決めた以上、やるべきは一刻も早く目的地へ辿り着くことだ。


「……出てきてないのはアイツだけ、か」


 小さく、すぐ後ろを走るピトスにも聞こえないだろう声音で俺は呟く。


 あるいは出てこられないのかもしれない、という考えになることは自然だろう。

 アイツの存在濃度はもう限界だ。

 ほかの五人とは違う。ただでさえ一年以上も前から、その上、現実空間で完全に死んで(ヽヽヽ)送られている。

 それは魂だけの状態で《世界の裏側》という最高密度の情報流の中に晒され続けていたということ。

 それで一年以上も個を――我を保っていること自体が奇跡に等しかった。

 あのアルベル=ボルドゥックでさえ、彼女と比べれば遥かに短い時間で限界ギリギリにまで自我を削られていたのだから、いかに反則的な事態かはわかるというもの。

 魂を抜き出されたのはほかの五人も同じだが、姉貴曰く、その魂はすぐに裏側から引き出された《情報殻》とでも呼ぶべき器によって守られている。

 逆を言えば、たとえ姉貴たちでも魂だけの状態で晒されればすぐに裏側に呑まれていた可能性があるということだ。


 残り少ない時間を思えば、わざわざアイツまで出てくることはない。

 いや。あるいは出てこようとした瞬間に、アイツが限界を迎えてしまうかもしれない。

 そう考えるほうが当然なのだろう。


 ――彼女のことを、知らなければの話であるが。


「城門に着きます!」


 意識を思考から引っ張り上げるような、ピトスの声が短く響いた。

 俺は頷き、彼女に答える。


「ああ。そのまま入ろう!」

「はい……!」


 ピトスが速度を上げ、俺を抜き去るように少し前へ出る。

 巨大な門が閉ざす王城の入口。――それを、


「お、……らァあっ!!」


 掛けられた閂など知らぬとばかりに、ピトスは思い切り蹴り抜いた。

 どずん、と深く轟く重低音。扉は大きく軋み、弾かれた閂は封鎖の状態を保てなかった。

 まあ仮にも俺たちは、城への侵入者だし。

 そのくらい派手な入城のほうが、むしろらしい(ヽヽヽ)のかもしれない。


 速度を落とさず、蹴り放たれた城門から敷地の中へと駆け抜ける。

 と、境界を超えた瞬間、――再び周囲の景色が歪んだ。

 まるで城門からワープでもしたかのように、辺りの光景が一気に場内のそれへと変化していく。

 景色はわずかに仄暗く重たい。

 窓の類いはなく、光源となるのは並ぶ柱に備えられた燭台の灯りだけ。

 城へ進んだ、というよりも……これは城に戻ったというほうが正解なのだろう。


「……結界を出て、元の城に戻ったみたいですね」

「城の中に城ごと街があって、その街の城が元の城の最奥に繋がっている……ってコトか」


 小さく呟くと同時、それに答えるかのように。




「そう。そしてこの先は城の奥の尖塔。長い螺旋階段を上った先が、玉座の間だよ」




 そいつは城としては、ずいぶんと不自然な造形だ。

 なんて茶々を入れようか迷った気がしたが、口をついて出たのは結局、まったく別の言葉だった。


「出てくるとは思ってたけど。まさかいちばん美味しいトリを、マイア相手に譲らせるとはな」

「ま、確かにマイアは渋ったけどね。意見が分かれたら、やることは決まってるでしょ?」

「……まさかお前」

わからせて(ヽヽヽヽヽ)あげちゃった(ヽヽヽヽヽヽ)。そんなの、生前だってなかったのにね?」

「――――――――」


 絶句する俺であった。

 ……さすが、俺の知る限りこの世で最も重い女は、言うことが違えぜ……。


「ま、いいんだけど。今回は用があるの、別にアスタじゃないし。アスタは先に行っていいよ」


 なんでもないという自然体で、彼女は柔らかく微笑む。

 どうしよう。こわい。こわいなあ。

 すっごく可憐な笑顔なのに、この世でいちばんこわい気がするぅ……。


 ――七星旅団セブンスターズ、第四番。

 治癒魔術師キュオネ=アルシオンは、花の咲くような笑みでそこに在った。


「……行っていいのか」

「わたし、別に足止めとかさせられてるわけじゃないし」

「え」

「そりゃ《月輪》に捕まったわけじゃないんだから、当然でしょ? わたしはわたしのようで来たの」

「その用って……」

「うーん? それはほら、やっぱり――」


 そこで初めて、キュオの視線が俺から外れる。

 俺の隣で口を閉じていた、ピトス=ウォーターハウスに向けて。


 言った。




「――泥棒猫には、ご挨拶くらいしておかないと」




 行っていいらしいのでもう行こうかな、とかなり本気で俺は思っていた。

 これでも俺は七星旅団セブンスターズの中でも、生き残りにかけてはトップといわれてきた男。

 その直感が告げている。

 ここは危険だ。俺にとって、ここより危険な場所などこの世のどこを探してもないレベル。

 でも、そういやここはこの世かどうか怪しいしな、冷静に考えて。

 なんの話?

 ダメだ冷静じゃない俺。


「アスタくん」

「はぴぇ」


 なんか変な声が出た。

 慌てて息を整え、名前を呼んだピトスに問う。


「ご、ごめん。えっと……なんだろう?」

「行ってもいいそうなので、先に行っててもいいですよ?」

「ああ、……そう? じゃあそうさせてもらっちゃおうかな今日のところは、みたいな?」


 本当に何言ってるんだろうな俺は。

 なんか、なんか息が苦しい。なんだこれ。何かの呪いか?


「わたしもわたしで、ほら――用がありますから」

「…………」

「とっくに死んだってのにいつまでもつき纏われたら、迷惑しちゃいますからね?」

「――――――――」


 HELP。

 HELP ME NOW。


「へえ……。ずいぶん不謹慎なこと言うね? ねえアスタ、付き合いは選んだほうがいいんじゃない?」

「おや、付き合いとお認めいただけるとは驚きですね。祝福してくださっても構いませんよ?」

「あはは、面白いこと言うね。そういう文脈じゃないことくらい、普通に考えてわからないモノかなあ」

「確認の必要がありますか? おやおや、これはちょっと皮肉が難しかったようです。ごめんなさい」

「うわあ、びっくり。性格悪いんだあ。いや、悪いのは意地かな? それとも諦め?」

「うふふー。貴女に言われたくないですね、ええ本当に。よろしければ丁寧に弔って差し上げますけれど」

「お断りするよ」

「おやそれは残念ですぅー」

「送ってくれる相手くらいは選びたいからねー」


 HELL!

 I'M IN HELL NOW!!


「あ。あの、じゃあボク、そろそろ……あの、行きますね?」


 恐る恐る俺はそう切り出した。

 できれば口も開きたくないのだが喋って存在をアピールしないのも流れ弾で死にそうだし。

 みたいな……。


「あ。ちょっと待ってくださいアスタくん」

「えっ……」


 だがピトスがそんな俺を止めた。


「行く前にひとつ」

「あの。な、……なんでしょう」

「まあちょっとこっちに来てください」


 笑顔のピトスに手招きされる。

 逆らえるはずもなく、俺は素直にピトスへ近づいた――、と。


「えい」

「――むぐ……っ!?」


 いうなりピトスは俺の頭に手を伸ばし。

 そのまま強引に、唇を、奪わ――きゃあああああ!?


「ちょ、ま、ピ……んぐっ!?」

「はむ――……、んっ」

「んんんんんんんんん!?」

「れろ」

「――――――――――――――――!?」

「ふ……ん、んちゅっ。ん、……ぷは」


 いや。あの。今。あの、……入っ、


「ご馳走様でした」

「お前これ世が世なら問題になるからね!?」


 言うことはそれじゃない気がするがほかに思いつかなかった。

 あと振り向きたくない。さっき一瞬、背中のほうから《死》の概念が嗅ぐってきた。


「というわけで、行ってらっしゃいアスタくん」

「…………お前ホントいい性格してるよな。俺もう後ろが怖くて泣きそう」

「しつこい昔の女を処理したらすぐに追いかけますから大丈夫です」

「もしかして俺の声は届いていらっしゃらないのかな?」

「――いいんですよ。余計なことは、考えなくて」


 くすり、笑ってピトスは言った。


「余計なことって……」

「余計なことです。アスタくんはアスタくんがすべきことだけを考えてればいいんですから」

「ピトス……」

「人に頼れるのがアスタくんのいいところですけど。それで巻き込んだ人のことまで背負ってちゃ潰れちゃいますからね。――身軽に行きましょう。荷物は、ここに置いていくのが吉です」

「……重い女がよく言うよ」

「そうですねー。わたし、すっごく重いので。ほかなんか後回しで、真っ先に抱えてもらわなくっちゃ」

「言ってることが数秒前と違うんだよなあ……」

「ちーがーいーまーせーん」


 まあでも、お陰で肩の荷は下りた気がする。

 すべきことだけ考えればいい。

 なるほどその通りだ。それ以外のことを、この先に持っていけるほど器用じゃない。

 ――だからこそ。




「悪いが、そいつはお断りだ。全部抱えたまま俺は行く」

「……はい。それでこそ、アスタくんというものです」




 まるで俺がそう答えると、わかっていたかのように。

 ピトスは薄く笑ってそんな風に言い切った。


「あと任せたぜ」

「ええ。なんなりと」

「そういうわけだ。――俺は行くぜ、キュオ」

「……ん」


 ようやく背後を振り返った俺に、キュオは笑って頷いた。

 それだけでいい。

 彼女と交わすべき言葉なんて、きっともう充分すぎるほど伝え合ったから。

 キュオは言う。


「行ってらっしゃい。夕飯までには帰ってきてね?」

「いや、何言ってんですか。アスタくんが帰ってくるべきはわたしの胸の中です。見てなかったんですか? わたしたちもうラブラブなんですよ。わかります?」

「アスタの初めての女はこのわたしだけどね」

「……ぶっ飛ばす」

「かかって来いよー、二番目の女」

「はー昔の女が偉そうにー!」

「えー? それって実はあなたのほうなんじゃないですかー」

「俺もう行くね!?」


 やっぱりなんか締まらんなあ、と思いつつ俺は駆け出す。

 ピトスを置き、キュオの横を抜けてその先へ。止められるようなことはなかった。

 回廊を抜けてさらに先。

 その先はキュオが言っていた通り、細長い尖塔になっているらしい。

 長い螺旋階段が、遥か頭上へと伸びていた。それを一歩ずつ俺は上っていく。


 ――みんなのお陰でここまで来られた。

 なら、あとは上りきるだけだ。それくらいできずに、いったい何に応えられるだろう。


「待ってろ、《日輪》。俺が来るのはわかってるんだろ?」



     ※



 アスタが去った空間で、ふたりの少女がお互いに向かい合っている。

 言葉はない。ただ意地悪くも愉快そうに歪められる口角を見て、目を細めながらピトスは問うた。


「言いたいことがあるなら聞きますけど?」

「ないよ。貴女に話すことなんて、何ひとつとして」

「……そんなにわたしが気に喰わないですか」

「どうかな。別にわたしは、アスタが決めたことに文句を言う気はないんだけど――」

「けどなんです?」

「まあ、趣味はよくないかもね」

「…………」

「――守られるだけの女なら、アスタの傍にはいらないから」

「っ――――!」


 瞬間、ピトスはその場に頽れるように膝をついた。

 言語化するのも難しい強烈な不快感が、胃の腑の中で渦を巻いている。

 ――何をされた?

 わからない。ただ何か感覚を致命的に崩されたのだとわかる。


「づ……、ぅ――」


 それでも睨みつけるように前を向くピトス。

 視界の先には、覚めたような目で睥睨するキュオネの姿があった。


 ――呪詛。そう、これは呪いだ。

 なんの接触も干渉もなく、前兆さえ見いだせないほどの自然さで気づけばピトスは呪われていた。

 天使ような笑みを湛えたまま、悪魔さえ逃げ出さんばかりの苛烈さでキュオネ=アルシオンは呪詛を取り扱う。


 彼女は、人を傷つけることが嫌いだった。

 だからこそ、何よりも残酷な能力を己の武器に選んだのだ。

 傷つけることに覚悟を問うため。

 誰より優しい能力を持って生まれてきたからこそ、敵に対して絶対に容赦をしないと決めた。

 優先順位は間違えない。

 守ると決めたものだけを最優先に、それ以外を見捨てて受ける呪いは全て背負う。


 その覚悟が、お前にはあるのかとキュオネ=アルシオンは問うている。


 別段、キュオネはアスタが何を選ぼうと口は挟まない。

 この先、彼が誰を愛そうと、誰と結ばれようとキュオネは祝福しただろう。

 そんなことで、キュオネの愛はほんのわずかだって揺らがない。

 愛した男が幸せに死ねるならなんだって構わない。彼女は本気でそう考えている。

 だから。

 だからこそ――それを揺らがせるのであれば決して容赦はしない。


 ただの恋人であるのなら、守られるだけの弱者であっても構わなかった。

 けれど、彼の道行きに口を出すのなら、そんな半端はどちらにとっても幸せじゃない。

 ――お前はどうなんだ。

 ただそれを確かめようとしたキュオネの眼前に――刹那。


「っ――あぁああぁっ!」

「くぅ――――っ!?」


 拳が迫った。

 咄嗟にガードしたキュオネだが、防いだ腕が骨まで痺れていることを自覚させられる。

 いや。というかこれ、たぶん腕の骨が折れている――。


「……痛ったいなぁもう、この馬鹿力……。文明社会に適応できてないんじゃない? もしかして野生動物なの?」

「っさいんですよ、この小姑が……。上から目線でどうこう言われる筋合い、ねーっつーんです……」


 言い切りながらピトスは唾を――血の混じったそれを口内から吐き出す。

 ――呪詛は確かにかかった。その呪いを破られたわけでもない。

 それがわかっているキュオネは、自身が同じく治癒魔術師であるからこそ気がついた。


「呪い、喰らったまま動くとか気合い入ってんじゃん。そういうのは意外と嫌いじゃないよ」

「は――別に傷ついた先から治してきゃあいいだけのこってしょう。知らないんですか? 死ななきゃ安いって名言を」

「いや知らないけど。まあでも、同感だね。これならお互い、相手を殺さずに済みそうで何よりだよ」


 答えながらキュオも一瞬のうちに腕の骨折を癒す。

 お互いが治癒に長けるからこその、それはある意味で最も泥沼の競い合いだ。


「別に、上から目線に文句を言われる筋合いはないかな。格上が我を通すのが魔術師の在り方だし」

「意外と野蛮ですね……でも同感です。それ、要はブッ飛ばしゃあ文句ないって意味ですもんねえ?」

「やってみなよ。――胸くらいは貸してあげるから」

「結構です。――だいたい胸なら、わたしのほうがサイズありますから」

「…………」

「…………」


 まあ、なんというか、要するに。




「絶対泣かす」

「やってみろ」




 それは目の前の気に喰わない女を、ただぶっ飛ばすためだけの。

 お互いが持つ、しょうもない意地を比べ合う戦いなのだ――。








     ※



 最終連戦第六関門。

 戦争。


 ピトス=ウォーターハウスvsキュオネ=アルシオン。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 治癒士同士の泥仕合でテンション上がってたら、あまりにもどストレートな『戦争』に吹き出したw
[良い点] 戦争で笑った
[一言] キュオネにはなんだかんだあってら物質界で幸せになって欲しかった
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