7-04『進行』
そうして俺たちは城の中へと進んでいく。
石畳の通りを抜け、門の中へ。
ところどころ空間がひずむように景色を揺らめかせる、世界の裏側の城。
それこそ、ゲームか何かのラストダンジョンを思わせる佇まいだ。
「で、どーするわけ!?」
駆ける六人。その先頭を進むのはフェオだ。
その彼女が背後のこちらに向かってそう叫んだ。
意味するところは明白だ。
この先、このまままっすぐに一番目の元まで辿り着けるとは思えない。
ああしてシグが現れた以上は、それ以外のみんな――俺を除く《七星旅団》のメンバーが足止めに出てくることは想像に難くない。
さきほどはウェリウスが一騎打ちを買って出たが、この先はどう対応していくべきか。
と、走る俺たちの目の前に、再び巨大な扉が現れる。
城ってのは、どうしてこうも何もかも大きく作られているのやら。
「……なんで一番目は、わざわざこんな真似をしたんだろうな」
扉の前で立ち止まったところで、俺は考え込んで言った。
受けてレヴィが、当然だとばかりに肩を竦める。
「そりゃ決まってるでしょ」
「……言うほど決まってるか?」
「うん。――アンタと、一対一で相対するため。それ以外にない」
「…………」
「そりゃ思うところもなくはないけど。ま、そういうのは今さら言っても仕方ないし」
レヴィと一番目の関係を思えば、言いたいことのひとつやふたつや――百くらいはあることだろう。
それらを呑み込む彼女に、返せる言葉なんてなかった。
とはいえ、一番目が俺に対して持つ執着は、言ってみれば余興に近い。
――地球からの来訪。
未ださしたる実感こそないが、本当に俺がこの世界へ来た理由が奴に対するカウンターであるとするのなら、それを受け止めようという思いは彼にもある……ということなのだろう。
ただ奴は俺個人ではなく、単に俺の背景に興味があるだけで、それも大して大きなものではない。目的と比べれば捨てていい程度の、安い好奇心といったところか。
いや……ある意味ではもっと悪いか。
奴にとっては結局、どちらにしろ同じことに過ぎないのだから。
「じゃ、こっちはアスタを送るためにあと五人、アレを相手にしないといけないワケか」
小さくシャルが言う。ピトスが頷き、
「となると、やはり一対一ということになりますかね」
「まあ、なるだろうね。向こうも、意識は普通にあるみたいだけど、こっちと戦うってコトは避けられないみたいだし」
「……厄介ですね、運命操作。意思を残しているところが逆に厄介です」
「とはいえ、さっきの様子じゃひとり残れば追ったりはしてこないみたいだけど」
「《足止め》と言ってましたしね。それ以上の制限がないから、ひとり残ればそれでいいってことなんでしょう」
「かといって手加減は期待できそうにないけど」
シャルはそう言って鼻を鳴らした。
ピトスもそうだが、彼女たちの様子に気負いは見られない。
「……ちょうど七対七ってのが、なんかね。それこそ運命めいた感じだね」
ふと、フェオが言った。
目を向ける俺に、彼女は小さく笑って。
「あはは。にしても、あの《七星旅団》のメンバーと一対一か。ホント……少し前までじゃ考えられないや」
「……自信、ないのか?」
「どうだろ……そんなの本当はあったことないのかもしれないし。やるとなったら、やれることをやろうとするだけ、かな」
淡々と語るフェオ。その様子もやはり安定して見える。
まったく頼りになりすぎるほど成長してくれちゃったものだ。
もちろん、アイリスはアイリスで、最年少なのになんならメンタルはいちばん信頼できるまであるし。
「つーか今思えば、ウェリウスとかノリノリだったしな……」
「……あー。なんならウェリウスは、このことを予測してた感すらあるよね。いや、予測っていうか、期待か」
「一応これ最終決戦的な流れで来てるのに、あいつ《できたらシグと戦いたい》とか思ってたん大物すぎるんだよな……」
「メンタルの図太さは大物でしょ、少なくとも」
そこまで言って、ちらとシャルは俺に目を流す。そして、
「で? 誰が誰とやるか、だけど。その辺り、アスタは何か考えがある?」
「……俺に訊くのか」
「そりゃ、相手の手の内を知ってるのはアスタだし。誰を誰に当てるか考えがあるなら、聞いておこうかと」
当然の問いではあるだろう。
こちらの戦力と、そして相手の戦力。その両方を最も把握しているのは俺だ。
「ちなみに何か希望はあるか?」
全員の顔を見回して、俺はそう訊ねた。
戦力を考えれば、思い返すとシグの担当がウェリウスになるのは、たとえ考える時間があっても同じ流れだっただろう。
こと戦いに限れば旅団の中でも最強なのがシグだ。こちらも最強を当てる必要がある。
……あの噛ませ貴族、最後までマジで最強のままだったな、俺らの中で……。
ちょっとは加減しろという話だ、まったく。どいつもこいつも、思えばまったく予想通りにならない。
しばらく返事を待ったが、答えたのはひとりだけだった。
「……わたしはあります」
「ピトスか……」
「ええ。まあ絶対にとまでは言いませんけど、できれば戦いたい相手が」
「……そうだな。悪いがピトス、お前の相手は決まってる。これは譲れない」
顔を上げて、俺はピトスにそう断言した。続けて、
「……治癒魔術が使えるお前じゃないと、同じ土俵に立てねえ」
「それを聞いて安心しました。――わたしが戦いたいのはその人ですからね」
「まあ、……正直そんな気はしてたけどさ」
なんつーか、まあほら、……アイツがいちばん旅団の中で悪辣な攻撃してくるからね。
呪いとか、ピトスレベルの治癒魔術師じゃないと解呪できないでしょ。
言うたら《通常攻撃が耐性無視の即死攻撃のお姉さん》だからね。好きじゃないです怖いです。
まあ対処法がないわけじゃないけど、相性を考えれば、回復能力のあるピトスがいちばん安心できる。
「ほかは……特に希望はない感じか?」
再び周りを見る。みんなも俺を見ていた。
と、そこで俺は「ああ」と気がつく。
「……言わないだけだな、お前ら。まあいいか……」
「んー……まあね」
「ちょっと因縁もなくはないし」
「ただまあ、その辺りはアスタに任せるけど」
レヴィ、シャル、フェオがそれぞれ口々に言った。
本当に誰でもよさそうなのはアイリスくらいのものらしいが……。
まあ、俺が決めていいというなら、そうさせてもらおう。
――たぶん、それぞれ希望と合っている気はするし。
「よし。振り分けはこうだ。いいか――」
※
大きな扉を押し開き、俺たちは城の中へと進んでいく。
先は大きな広間になっていた。
左右に分かれる道もあるが、目指すべきはおそらく中央の大きな階段だろう。
ただ。
その道を塞ぐように、階段の前に立つ人影がひとつあった。
「――悪くない」
その男が言う。
まったくこいつは、敵に回したときの恐ろしさで言えばある意味でシグ以上まであるな。
「よう、教授。出てくるならもっとあとかと思ってたぜ」
「……まあコレは特別だ」
七星旅団、ナンバー3。
魔導師――《全理学者》ユゲル=ティラコニア。
およそ《魔術》を扱う者としての頂点に立つ男が、そこに待ち構えていた。
「ほかの連中よりは、俺のほうがまだしも操作に逆らえる」
「案の定あっさりとすごいこと言ったし」
「完全ではないがな……まあ、とはいえ安心しろ。手は抜いてやるさ」
「抜けるんだな……」
「どうかな。出力を、殺せる最低限にできる程度だが。まあほかの連中には期待するな。できて俺だけだ」
「なんでこう、味方が敵に操られてる状況だってのに悲壮感がないんだろうコレ……」
アホな会話な気がしてくる。
とはいえ立ち塞がる教授の様子には、油断も隙も微塵もない。
「まあいいや。話してる時間はない。足止めするのはひとりでいいんだろ? 俺は先を急ぐぜ」
「ああ。ほかの連中もこの先だ。俺の相手は誰だ?」
「わかってること聞くなよ。俺らの中で教授と戦えんのなんか決まってんだろ。なあ、――アイリス?」
「――ん」
いつも通りの、言葉少なな頷きを返して、俺たちの中で最も幼い少女が前へと踊り出た。
「よ、きょーじゅ」
「アイリスか。……ああ、まったく悪くない。実に。悪辣でな」
「ん、だいじょぶ。勝つから」
「そうなることを期待しようか」
言って、教授はこちらに右手を向けた。
向けられた指先に、魔力が集中していくのがわかる。
――なるほど。
本当に、そいつは優しい合図だった。
「――アイリス」
「おう」
「教授のことは任せた。――ぶっ飛ばせ」
「よゆ」
直後、俺たちはまっすぐ走り出す。
そこへ向けて、教授の手から魔術が放たれる――不可視の魔力波。それを、
「――ふっ!」
先んじて前へ出たアイリスが蹴り飛ばす。
彼女の異能によって、術式ごと魔力が食い破られて破戒される。
土台、魔術という土俵で教授と戦うなんてほぼ自殺行為だ。
たとえ彼なりに手加減した、こんなにも前兆のわかりやすい攻撃だとしても。
魔術として対抗しようとするだけで、必殺の一撃になる――なってしまうのが教授という相手だ。
だが。
アイリスにだけは、それを覆し得る反則がある。
すなわち、触れるだけで魔力を喰らう《略奪》の異能。
そして、それを十全に機能させ得る、鬼種の因子がもたらす身体能力。
「ふ、――やっ!」
地を蹴り、先頭を請け負ったアイリスが教授へと奔る。
華奢で小柄な体躯も、この速度があれば小回りという強靭な武器だ。
矢のように飛び出るアイリス。
その蹴りの一撃を――教授が障壁で受け止める。
「っ……!」
目を見開いたのはアイリスだ。
それも当然。触れるが先に喰らう彼女の異能に対し、障壁など本来は意味を持たない。
にもかかわらず、当たり前のように魔術でそれを防ぐ男が異常なのだ。
「とまあ、このように対処法はいくつもある。たとえば、喰われる先から魔力を流してみたり――ふん」
「――――っ」
言うなり障壁を自ら割り、教授は目の前の少女に掌底を放つ。
その勢いに、むしろ流される形でアイリスは背後へ飛んだ。
俺たちの位置がそこで入れ替わり、教授さえも抜かして階段の元へと辿り着く。
教授はこちらを見なかった。――ただ、
「――――」パチン、
と無言のまま指を鳴らす。
それを契機に、大広間の至るところが爆発した。
ひとつひとつはアイリスを狙っていない。
だが、爆発によって抉れる床や壁の瓦礫が、アイリスに向かって飛んでいく。
「くぅ……っ!」
アイリスは瓦礫を躱すが、なるほどそれは悪辣な攻撃だった。
魔力をじかに当てるのではなく、ほかの物質によって攻撃を仲介する。
アイリスの《略奪》に対する単純明快な回答。
階段を踊り場まで登ったところで振り返った俺の視界に、すでに部屋の入口まで追い返されるアイリスの姿が映った。
「……俺を相手にアイリスを当てたのは失敗だったかもしれないな、アスタ」
こちらを見ないまま教授は言った。
俺が立ち止まったことを普通に把握していることはともかく、――その言葉には頷かない。
「魔術師殺しとしての才能はあるが……経験が足りん。格上に通じるものじゃないぞ」
「いいや。そうでも――」
「――ないっ!」
壁際に追い詰められたアイリスが、ふとその右手を高く上げた。
「……っ!」
何かを察した教授が、速攻で魔術を形作る。
その反応だけでも、教授の言う《手抜き》の小ささがわかるというもの。
反射や対応は完全に全力だ。教授が言うほど一番目の支配が小さくないことは明白だった。
ゆえに、
「ばっくん」
その一撃は、アイリスの実力を証明する。
たとえるなら、それは獣があぎとを閉じるのに似て。
勢いよく上げた手を振り下ろすアイリス。
その動きと連動するように、目に見えない異能の鬼の腕が大広間へと振り下ろされた。
「づ――、ぐ」
初めて目に見える形で、教授がよろめいた。
……ただ正直、これには俺も驚いていた。
「ふ、――は。いつの間にか、略奪の規模を上げられるようになっていたか、アイリス」
「うん。……おしえてくれたから、きょーじゅが。せいぎょ」
「鬼種の因子との合わせ技だな……鬼にとって自然とは肉体の一部だ。空間そのものを腕として振るったか」
軽くかぶりを振って、それだけで教授は元に戻った。
とはいえ、今後は教授も簡単には動けない。
広域の魔力食いは、それ自体に攻撃力がないとしても、下手な行動を致命傷に変え得るのだから。
「ああ、――本当に悪くない。教え子が育つのは、いつだって」
そんなふうに教授は言う。
この位置から顔は見えないけれど――その表情は、きっと。
「ど? きょーじゅ」
「言ったろう、悪くないさ」
「……ん」
「ならば最後の教材はこの俺だ。悪くはないぞ。なにせ――」
「……っ……!」
言葉の切れ目で、アイリスが反射的に警戒を取る。
一方の教授は何もしていない。ただ前髪を流すように手で後ろへと払っただけ。
それだけで。
「――俺以上の魔術師など、この世にはいないのだから」
教授が、本気になった。
そのことがわかった。
わずかに一番目に逆らって出力が下げられるはずだったのに、それが今ここで無意味になったのだ。
――認めてしまったからだ。
アイリスは、全力で戦うべき相手であるのだと。
実際、俺自身もアイリスがここまでのことを可能にしているとは知らなかったくらいだ。
実力を見せてしまったことは、なんなら教授を相手に悪手だった可能性まである。
対魔術師において最高の能力を持つアイリス。
だが対するは、魔術師としては間違いなく世界最高峰の男。
こと魔術の技量だけなら、ユゲル=ティラコニアの能力は魔法使いを遥かに超える。
なるほどそれは、確かにアイリスにとっては最高の教材となるのだろう。
「――アイリス!」
だから俺は踊り場から叫んだ。
こちらを見る妹に、ありったけの信頼を込めて。
「教授のこと、任せたぞ! 殴り飛ばして、助けてやれ!」
「――ぶい!」
と、そんなふうに言って。
悪い兄の影響で覚えたピースサインを、アイリスはこちらに向けてくれた。
※
最終連戦第二関門。
卒業試験。
アイリス=プレイアスvsユゲル=ティラコニア。




