7-03『突入』
――朝が、訪れた。
特に普段とは変わることのない朝だ。
窓から差し込んでくる日差し。埃っぽい煙草屋の二階の間借り。
もう二度とこの部屋に戻ってくることはないかもしれない、なんてことは考えなかった。
別に生還することを心から信じているわけじゃない。
意気が全てを決めるとは妄信していないからだ。だってそんなのは、単なる前提に過ぎないのだから。
単に俺は、普段通りであろうと自然に思っていただけ。
繰り返す穏やかな日常。それを尊く思えるようになったのはいつの頃からだろう。
「歳を取った、って言うのかな……言わんか。親父さんや教授に笑われそうだ」
第一、冷静に考えて俺の日常が穏やかだったことはあまりない。
なんならまったくなかったかもしれないレベル。そういうのは地球に置いてきたまである。
置いてきた覚えないけど。
持ってこられるなら持ってきたかったって、まあ言っておくつもりだけれども。
「……それが日常になったって話か」
時間で言えば、まだまだ地球で過ごした時間のほうが、異世界に来てからより倍は長いというのに。
なかなか人間とは図太いもので、俺はとっくに、この世界での暮らしを受け入れているらしい。
隣を見れば、同じ布団に潜り込んで眠っているアイリスの姿。
まあ、特に起こさなくてもいいだろう。むしろゆっくり体調を整えてほしい。
アイリスの力は必要だ。
魔術師相手には特攻と言っていい異能は、俺たちを助けてくれるだろう。
いつも通り朝の支度をして、それから階下に降りる。
親父さんはもう店にいた。ほとんど客もないのに律儀なことだ。
「おはよ」
「おう」
朝っぱらから煙草をくゆらせる親父さん。
煙草を吸うと早死にするよ?
俺? 俺は吸わなくても早死にしちゃうんですよ。物理で。
「先出るわ。アイリス起きたら言っといて」
親父さんにそう伝える。
親父さんも普段と特に変わらない様子で。
「ん、ああ。……あ? 出るってどこに」
「そりゃ学生だし。行くところなんて決まってるだろ」
「……今は休校だろがよ」
「生徒会は復興作業とかいろいろやってるよ。本部になってっからな、学院が」
「あん?」
「ま、落ち零れの学生だけどさ。いや、だからこそちょっとくらい手伝わないとでしょ」
「……物好きめ」
「そりゃ今さらでしょ」
軽く肩を揺らして笑い、扉を開けて通りに出た。と、
「――あ、」
「ん――?」
ちょうどその瞬間、通りかかる見知った眼帯姿に気がついた。
レン――俺と同じ地球人である指宿錬。
親父さんも実は、ということを考えると、異世界とは思えぬ地球人密度だ。
「よう、珈琲屋」
「なんでこのタイミングで出てくんだよ、煙草屋」
「俺は煙草屋じゃねえ」
なんてやり取りも、なんならお馴染みという感じで。
珈琲屋は軽く肩を竦めると、挨拶もそこそこに再び歩き出す。
いや、てかなんならされてないな、挨拶。別に。
多少の悪戯心……というわけでもないけれど、先を行く珈琲屋に追いつくように隣へ並んだ。
露骨に顰められた顔を眺めるには、まさに特等席だと言えるだろう。
「……なんで並ぶ」
苦々しげに珈琲屋は言う。
もうちょっと砂糖とミルクを足すべき男だ。
「行く方向が同じなんだよ」
「並ぶ理由になってねえだろ」
「じゃあ行き先も同じだ」
「……なんでお前が俺の行き先を知ってる」
「いや、知るわけねえけど。どうせ学院だろ。違うのか?」
「……チッ」
俺は苦笑。
今の『チッ』は舌打ちではなく『違わない』の頭文字なのである。
「チッ」
「二回も舌打ちするんじゃねえよ。一回目は舌打ちじゃなかったことにしてやった優しさを返せ」
「なんの話だ」
「俺の脳内の話だ。まあ特に気にしなくていい。……学院になんの用だ?」
「別に。単なる雑用だよ」
特にこちらへ視線を寄こすこともなく、淡々と珈琲屋は語る。
結局、このくらいがお互い、似つかわしい距離感ということなのだろう。
「この街の商会には世話になってる。忙しい時期くらいボランティアやっても罰は当たらねえ」
「はぁん……まあ、お前にゃお前でいろいろあるわな」
「なんだその馬鹿の感想」
「うるせえな……じゃあ店は閉めてんのか」
「いや、そっちはノキとモカが見てる。別に店は開けてねえけど」
「ノキ……、あー。魔競祭のときの子か」
俺あんま学院に友達いねえな。
と、なんか若干ながら落ち込んできた。
モカちゃんの気だるげな接客で癒されたい気分である。
なんてことを考えながら、通りを進んでいく。
もうすぐ学院というところまできて、ふと珈琲屋は進む方向を変えた。
特に何も言わない男に、俺は。
「寄り道か?」
「ああ」
「そっか。んじゃここで」
「もともと同行してたつもりねえよ」
けんもほろろな対応には、まったく苦笑を禁じ得ない。
こいつのことだ。本当に何か用事があるのだろう。
俺は校舎の方向へと向かい、そこで彼とは別れることにした。
と。そんな背中に、ふと。
「次は、きちんと金持って客に来い」
……その放言に薄く笑う。俺は答えた。
「デレた?」
「バカ言え――俺は元から客には優しい」
そんなことを言うレンの顔は、見えないけれど、きっと。
※
早起きしたため、少しだけ時間があった。
だからまあ、本音を言えばこれは時間潰しの散歩みたいなものだったのだが。
「やー、こういうとき便利だよな、お前の数秘術は」
「なーになにアスタ、急に持ち上げるじゃーん? まあこれで喰わせてもらっとるし、役にゃ立たんとな」
「……お前ってそんな殊勝なコト言うキャラだったっけ……?」
「ひっど! マイナー魔術使い同士のカターい結束、まさか忘れたん!?」
「そんなものないし。あとお前の数秘術は数秘術じゃない」
「セブンスターズの印刻使いさんに言われたないわ」
「……顔バレ広まってるなァ……」
「うっはははは!」
呵々と笑う学院きっての変わり者――《数秘術師》レフィス=マムル。
相変わらずの長すぎる髪はそのまま、今日も見た目に似合わぬ喧しさで学院にいた。
去年まではよく話していたのだが、そういえば最近はあまり交流がない。
レフィスは学院の整地を担当していた。
ここも戦場だ。荒れた瓦礫なんかをレフィスはすすっと動かして片づけている。
数秘術――と本人は言い張っている――当人の認識内で書き換えた数字を現実に反映する、という魔術の法則を無視したインチキふざけんな魔術が、今はお掃除に使われていた。
「改めて見ると舐めてるよなお前の魔術。なんつーか、世界を」
「だからそれ、アスタに言われたなくないんよな。こっち数字ならアスタは文字だし、文字。なんなら上位互換まであらぁな」
「いや俺できねえから、コレ。何コレ。どういう理屈であの瓦礫は地面を滑って移動してんの?」
「摩擦係数をゼロにして滑らせたり」
「わお」
「してたんだけど面倒くなって。今はほれ、瓦礫とゴミ捨て場の距離をゼロに書き換えとるワケよ」
「なんて?」
「だから距離の書き換え。距離のほうをゼロにしとけば、近づくのが当然ってコトよ」
「ふざけろ。当然じゃねえんだよ。なんだ数値の書き換えって。前から思ってたけど、お前の《数遣い》って目立たないからってそこらにあっていいレベルの能力じゃないんですよ。本当。そこらを歩いてていいチート具合いじゃない」
「いや、ふざけとらんわ。お前に言われたないからそれ。いやこれマジで。これみんな言ってる。覚えとき? 第一、お前ならやろうと思えばそれ以上のコトできるだろ」
「やろうと思えばって言われてもな……、そうかあ?」
「言うて俺の出番がないのはお前とキャラ被ってるから説ありまっせマジで」
「なんだ出番って。あと被ってねえよ、お前とだけは」
「…………何を話しているんだ、君らは……」
俺とレフィスのやり取りに、呆れたようなツッコミが入る。
傍で話を聞いていた、ミュリエル=タウンゼント会長のお声である。
「まあ構わないが……とりあえず助かったよ、レフィス。アスタも、手伝いに来てくれてありがとう」
「ああ、いえいえ。俺もここに通う学生のひとりですからね」
「お前見とっただけやんけ」
「言うな黙ってろ」
「ははは……。まあ君にはこれから大きな仕事がある。こんなことで魔力を使っている暇はないだろう?」
薄っすらと微笑む会長。
そのことをあまり広めたつもりもないのだが、と目を見開く俺に、彼女は笑って。
「これから戦いに出向く者の顔くらい、見ればわかるさ。ここ最近は特にね」
「……そういうもんですか」
「はは。まあ、種を明かせば私も立場があるからね。ティアヌ学院長から話は伺っていたというだけさ」
「ま、そういうわけだ。後ろのことは気にせず、せいぜい面白おかしくからかってこいや、アスタ」
同じく話を聞いていたらしいレフィスも、受けて冗談めいたことを話す。
なるほど、それは心強い。安心して挑めるというものだ。
――この街には、強い魔術師がいくらだっている。
それはレフィスや会長だけではない。ミル副会長やスクル書記、シュエット会計といった学生会の面々は、今も各地で復興のために走り回っている。
もちろん、わかっていたことではあるけれど。
それでもこうして、改めてオーステリアという街の強さを目にできたのはいいことだった。
――なにせ気合いが入るからね。
「後顧の憂いはないだろう? 学院長から話は伺っているから、第三試術場は空けてある。自由に使ってくれ」
「……っす。どうも、ありがとうございます、会長」
礼を以て俺は頭を下げた。
会長は、嬉しそうにそれに答えて頷く。
……充分だろう。
もう帰ってくることがないかもしれない街の様子なら、目に焼きつけることができたと思う。
そのことで、ちゃんと帰ってこようという思いが改めて心に根づいた気もした。
俺が故郷と呼ぶのは地球だ。
この世界では一か所に留まっていることが少なかったから、第二の故郷、なんて思える土地もこれまでなかった。
けれど、この街なら。
それにぴったりじゃないかと今は思えている。
※
それから一刻ほど経って、時刻は昼前。
俺は、ミュリエル会長が空けておいてくれた《第三試術場》へと足を踏み入れていた。
「アスタ遅い」
と、レヴィ=ガードナーが口にする。
俺は軽く肩を竦めて、
「バカ言え。俺は朝早くから来て準備進めてたんだ。ちょっとくらい休ませろ」
「……そんなのみんな同じでしょ?」
「まあ、……そりゃそうか。ともあれオーケイ、全員いるな」
軽く顔を見回し、俺は言った。それから笑って。
「……本当に全員来るんだから馬鹿どもだ。夜のうちに冷静になってやっぱやめるとか思わんもんかね」
自分で言ってているわけないと、思っているのだから俺も馬鹿だろう。
生きて帰ってこられる保証なんてひとつもない。
勝ち目なんて計算すらできていない。
彼らは魔術師だ。まあアイリスだけは違うけれど、ともあれ皆が、判断を理性的に行う生き物であることは間違いがない。
一時の感情や衝動的な干渉に呑み込まれる魔術師なんて、誰もが三流だと断じるだろう。
そんな奴らは必要ない。
ならばここに集っている奴らは、そう――あくまで理性的に《この先へ進む》と決めた者だけだということ。
ほら見ろ。
そんな連中が、馬鹿以外のなんだっていうんだろう。
「……にしても懐かしいね」
ふと、ウェリウスが言った。
いつも通りの気取った笑みを余裕然としたまま浮かべて。
「アスタと最初に模擬戦をしたのがここだった」
「……気づいてたけど言わなかったのに」
苦虫を噛み潰したような表情になる俺に、シャルが薄く笑って。
「そういえば、あのときいた面子は全員ここにいるわけだ」
ピトスもこくりと頷いて言う。
「ああ、確かにそうですね。今思うと、アレも懐かしい気がしてくるから不思議です」
「そこは『でしゅっ』じゃないの?」
「は? なんですかこの根暗、喧嘩売ってる?」
「はあ?」
「どうして今の雰囲気の中で突如として喧嘩を始められるの君ら?」
思わず呆れて突っ込む俺に、ピトスとシャルはふと目を合わせると、軽く肩を竦めて答えた。
「なかよしだから、ですよ」
「そういうこと」
「……ぜんぜんわかんない……」
なんなら怖いまであった。
女同士の友情ってそういう感じなんだろうか。わかんねえー……。
軽く首を振りつつ、俺はとてとてと横に近づいてきた少女を軽く受け止めて。
「あのときいなかったのはアイリスと……」
「ん」
「それ私もだね」
フェオが小さく頷く。
こいつはこいつで本当に成長したもんだ。
伸びしろで言ったらトップだろう。
「…………ああ」
本当に。
俺はいつだって、いい仲間に恵まれてきた。
とはいえ。
「――さて、と」
かぶりを振る。
感傷に浸るのは今じゃない。
全てはこの戦いを、終わらせてからで構わない。
「んじゃ、今さら覚悟は問わないし、礼も言わない――お前らに渡すのは役割だけだ」
――かつてこの場所でウェリウスと戦ったときとは、もう違う。
結果ありきの模擬戦じゃないし、かといって練るような作戦もない。
ただ、初めて迷宮に潜ったときや、タラスに行ったときとは明確に違うことはもうひとつある。
もう俺が守ってやろう、なんて話にはならないのだ。
初めから、そんなの俺のキャラじゃない。俺はもっと頼りないし弱っちいし、きっとそのことに意味がある。
「――任務はひとつ。どんな手を使ってもいいから、俺を《一番目の魔法使い》の元まで送り届けてくれ」
あいつと戦うべきは、きっと俺になるのだろう。
けれど、それは役割ではなくて。
今はただ俺自身が、そうするべきだと思っているに過ぎない。
「レヴィ、ウェリウス、ピトス、シャル、フェオ、アイリス――そんで俺。この七人が、今回限りの新生《七星旅団》ってわけだ」
中心に立ち、手を地面につけてから全員の顔を見回した。
魔力を込めて術を起動する。
そこから先は出たとこ勝負で駆け抜けるだけ。
俺はいつも通りに、信頼を込めてみんなに言った。
「突入だ。行くぜ、――運命を書き換えにな!」
※
「っ……ここは」
入り込んだ先には、城があった。
歪んだ空間。通常の物理空間からは切り離された世界の裏側。
そこに、城を建築したのは魔法使いなりの皮肉だろうか。
――ラスボスはここにいるぜ。
と、まるで誘っているかのように。
「まあ一本道だ。目の前の城に入って玉座に向かう――わかりやすい歓迎で助かるじゃない」
ウェリウスが言う。
確かに奴の言う通りだった。俺は頷く。
「よし、足を止めてる暇はないな。駆け抜け――」
――直後、おそらくは全員が顔を上げた。
城の向こう。高く連なる塔の、そのいちばん上の辺り。
そこに光を見たのは顔を上げてからで、つまり顔を上げた理由ではない。
単に、莫大な魔力の気配を感じただけに過ぎなかった。
「っ……は、走れ――ッ!!」
咄嗟に叫んで足を投げ出す。
その直後には、これまで立っていた地面に光の柱が降り立った。
「づ……っ、マジかよ……この魔力、おい――!」
そして同時、俺は離れた塔から移動してきた魔力を背後に感じて振り返る。
熱線が突き刺さった地面。まるで何もない空間に石畳の道が続いているようなそこに、影がひとつ降り立ったのだ。
それが誰かなんて、確かめるまでもなく知っている。
まっすぐ熱線を――魔弾を撃つのではなく、天を経由して注がれる起動。そして狂った魔力量と威力。
「……シグ……!」
「…………ああ、悪いな」
名を呼んだ俺に、シグはわずかに目を伏せて答えた。
七星旅団最強の魔弾使いが。
明確に、――敵として俺たちを見据えながら。
「見ての通り俺は操られている」
「……っ! あの野郎、そのためにみんなを――ッ!!」
「洗脳の類いならともかくな。魂だけの状態で運命を操られては逆らいようもない。足止め役というワケだ」
それも当然。一番目は本来なら、俺なんかを相手にしなくてもいい。
ある程度の時間さえ稼げば目的は達成できるのだろう。
これは単なる、彼流の趣向というワケだろう。まったくもって、顔を殴りたいほどいい趣味だ。
――どうするべきか。
ここでシグと戦っては消耗を避けられない。
全員で一丸となって突破するのが最も安全策だが、それは全員が一律に戦力を削がれるという結果に繋がる。
だから。きっと俺の理性は、最も的確な方法をとうに弾き出していて。
「――ここは引き受けよう」
そう彼が言い出したことには驚いても、断る選択肢は初めから持っていなかった。
「ウェリウス……」
「ここは任せて先に行け、っていうヤツさ。一度言ってみたかった」
「……は。本当に、お前はいつまでも変わらんな」
「なに、実は僕にだっていろいろ、思うところはあったのさ。この機会は、逃せないね」
「――アスタ」
短く、レヴィが俺を呼んだ。
意味はわかっている。
だから全員、何を言うこともなく踵を返し、ウェリウスを置いて前に進んでいく。
……そういう展開は想定内だ。
重要なのは、誰よりも俺が最奥へと辿り着くこと。
たとえ途中で別れても、それを優先しなければならないから。
「ウェリウス」
最後に残った俺は、短くウェリウスに声をかけた。
言うべき言葉は間違わない。何を目的としてウェリウスが残ったのかは、俺だってわかっている。
だから。
「勝てよ」
「当然」
それだけを言って、俺も足早に城を目指した。
※
ウェリウス=ギルヴァージルが残った理由など単純だ。
別に、捨て石になったつもりはない。なんなら彼だけはこの展開を望んでいたと言ってもいいだろう。
「……悪いな」
「いえいえ。貴方には用がありましたからね、――シグウェル=エレク」
「……?」
不思議そうに首を傾げるシグ。
ウェリウスはその様子を見て笑った。
「いや本当、完全な洗脳じゃなくて助かりました」
「お前たちの実力を思えば、それでは足止めにならない。まあ相手の意志を残した上で操るなど、一番目にしかできんだろうが」
「そうですね……ともあれ貴方からは、貰わなければならないものがありましたから」
「なんだ、それは」
「それを持ったまま退場されてしまっては敵いません。ここで貴方と戦えて、本当によかった」
「……、……」
「これは挑戦だ、――最強」
ふっと手を挙げ、ウェリウスは挑発するようにシグを誘う。
その戦いに余分は含んでもらいたくない。
手に入れるべき称号を、彼はまだ持ったままなのだから。
それを奪うための戦いにおいて、余計な干渉など持ち込まれては困ってしまう。
「悪くなんて思わなくていい。お互いの間に因縁もない。求めるものは余分のない決着だ」
「……なるほどな。思いのほかふざけた奴だ。この状況で我欲を優先するか?」
「ええ。僕は、貴方が持つその肩書きを、奪うためだけに貴方に挑む」
「その結果どうなってもか?」
「もちろん。――勝てば、いい話だ」
「……そうか。ならば俺も、全力で応える意味があるな」
瞬間、シグの纏う魔力に活力が宿った。
手抜きはない。操られているだなどという余分な意識もない。
目の前の男はただ、最強という座を欲して自分に挑んでくる挑戦者だ。
死ぬ気で来る男を相手取るのに、殺す気のない弾など放てるものか。
彼我の間に、諒解などそれだけあれば十分すぎる。
「安心しろ、手は抜かん。この勝敗如何で何がどうなろうと、お前が望む戦いだけは約束する」
「……ありがとう。それを持つのが貴方でよかった。だからこそ挑むだけの価値がある」
「――《七星旅団》シグウェル=エレク」
「ウェリウス=ギルヴァージル。――今はまだ、名乗るべき肩書きは持っていない」
「ならば、何に誓う」
「貴方から奪う、最強に」
刹那、戦いが始まった。
それは――この世で最も強い者を決めるために。
※
最終連戦第一関門。
最強決定戦。
ウェリウス=ギルヴァージルvsシグウェル=エレク。
というわけで最終第七章は、新旧最強七大決戦編といった感じでひとつ。




