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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第二章 陰謀の迷宮区
30/308

2-08『銀色鼠の頭のほう』

「――メロ、先に言っておくぞ」


 オーステリアを出発した直後、俺は馬車を操りながら、背後へ向けて言葉を紡いだ。

 本当は出発前に意識を共有しておくべきなのだが、今回は強行軍ゆえ仕方がない。こだわるよりは臨機応変なほうがベターだろう。

 依頼者のエイラとしても、何も要人の娘が如く過保護にピトスを守れ、などと言っているわけではない。そこまで足を踏み入れるなど逆にあり得ない。

 そもそも、ピトスは稀少な治癒魔術師として求められているのであって、何も戦力として期待されているわけではないはずだった。ピトスの実力は高いものだが、仮にも本職の冒険者である《銀色鼠シルバーラット》の連中が、学生に頼るとは思えない。何よりプライドが許すまい。


「んー、何ー?」

 背中に届いたメロの声へ、振り返りもせず返答する。

「念のため、お前の正体はばれないようにしておけよ? 少なくとも自分からは名乗るな」

「え? どうして?」

「お前みたいな有名人が、この辺りの狩場を荒らすのはよくないんだよ」

 それもあるから、俺はわざわざメロを使わず依頼を請けたのだ。冒険者とて気を使う必要はある。実力者の縄張り荒らしは、これがかなり疎まれるのだ。

 別に俺たちが迷宮に潜るわけではないけれど。それでも、メロの正体を隠しておくに越したことはないだろう。

 ……聞いた話、銀色鼠シルバーラットの団長はなぜか七星旅団セブンスターズに対抗意識を持っているらしいし。

 面倒ごとは、可能な限り避けるべきだろう。

「別に嘘までつく必要はないけどな。ばれたらそのときはそれでいい。否定してばれるといちばん厄介だ」

「えー……嘘つかずに騙すって、そんな難しいこと言われても」

 ぶーたれるメロに苦笑する。

 心配せずとも、初めからメロに演技や騙りなど期待していない。というか、どうせメロの噂はオーステリアにまで流れるだろう。初めから時間の問題だ。

 俺たちが帰るまでの間、凌げるだけの単純な手で構わなかった。

「つまり、適当に偽名でも名乗っときゃいいんだよ」

「ふーん……んじゃ、前にマイねえが使ってたのでも借りようかな」

「ああ、それでいいだろ」

 メロに偽名のセンスを期待するのは間違いだからな、と胸中で苦笑する。

 と、話が聞こえていたからだろう、ピトスが小声で口を開いた。

「えっと、アスタさん?」

「ん?」

「横から口出して申し訳ないんですけど、ひとついいですか?」

「あ、質問? いいけど」

 最近は学院でも、誰かにこうして何かを問われることが多くなってきた気がする。

 例の迷宮攻略パーティに抜擢された御蔭せいだろうか。

 だとするなら、あるいはそれも、レヴィの悪巧みの一環なのかもしれない。


「偽名ってことは結局、嘘をついてることになるんじゃ……?」

 と、そんなピトスの問いに、一瞬だけ呆けた。

「え? ……あー」

 単純に疑問だという風に問われて、数秒の後に納得する。

 確かに、これは冒険者の流儀を知らなければ不思議かもしれない。

「いや、偽名はいいんだよ。偽名は普通、責められない」

「どうしてなんですか?」

「たいてい誰もが偽名だから」

 特に自身の本拠地を離れて活動する場合は、冒険者はまず間違いなく身許を隠す。

 この辺りは、冒険者同士ならば暗黙の了解に近い部分だった。

 ゆえに、偽名は嘘に入らないのである。断言。


 まあ、今回はメロ以外が偽名を使う理由はないだろうが。

 ピトスは指名依頼ゆえに隠しようがないし、俺とシャルに至っては初めから偽名だ。

 何が起こるかわからないが、銀色鼠シルバーラットのメンバーに目をつけられたりはしないだろう。


「冒険者なんてやってるヒトは、だいたい嘘つきが多いからねー」


 自らを棚上げにして宣うメロに、俺は小さく溜息を零した。舌が文句を吐きそうになるため、誤魔化すように煙草を咥えた。

 この火がついている間は、余計なことを言わなくて済むだろう。

 だから代わりに、心中だけで言い訳する。


 ――俺だって嘘はほとんどつかない。

 ただちょっと、ヒトを騙そうとするだけだ――と。



     ※



銀色鼠シルバーラット》は総勢にしておよそ五十人前後の、いわゆる中小規模クランのひとつだ。

 団長リーダーはシルヴィア=リッターという、騎士あがりの女性魔術師。元は辺境で王属の騎兵団を率いていたらしいが、半年ほど前に突如として職を辞し、周囲の反対を押し切って冒険者へと転身したのだとか。

 栄転、どころかエリートコースからの転落に等しい選択だ。けれど、彼女は結果を出した。

 結成から間もない新鋭のクランとしては、ほとんど破格と言ってもいい速度で規模を拡大し、あちこちの迷宮に顔を出しているという。安定した稼ぎを求める同職組合ではなく、あくまでも攻略を目標に掲げる生粋の冒険者集団として。

 妬み嫉みは世の常だ。出る杭は打たれ、引っ込んでもなお叩かれるという冒険者の中で見事に頭角を現したシルヴィア。女だてらに荒くれ者どもを纏め上げ、銀色鼠シルバーラットを一端のクランへと育て上げた彼女は、その整った容姿も相俟って、かなり早い段階で二つ名が囁かれるようになっていた。


 曰く、《銀嶺の氷華シルヴァリー・ブルーム》。

 金属を飴状になるまで細くかしたようと評される銀の長髪は美しく、見る者を射抜く切れ長の双眸はまるで凍りついた水色の花弁だ、とかなんとか。

 いずれにせよ今、オーステリア近隣では最も話題の冒険者である――。


 と、いうようなことを俺は酒場で聞き出していた。

 一杯奢れば、たいていの話は聞かせてくれるものである。



     ※



 そんな噂を聞いていたため、俺はおそらく「相容れないだろうな」というようなイメージを、銀色鼠シルバーラットの団長に抱いていた。

 なんつーか、お堅い怖い女なのだろうと。プライドも高そうだし、俺たちのような学生は見下されるに違いない。

 そんな卑屈な考えだ。俺は基本、物事をあえて負の方向に捉えるよう心がけている。


 たいていの場合、現実はそれを下回っていくからだ。

 すっぱりと諦めがつくだけ、甘い考えを抱くよりいくらか楽に生きられる。


 事実、野営地の訪れたときの感覚では、あまり歓迎されていない様子である。

 日も沈み始めた頃。野営地まで辿り着いた俺たちは、止めた馬車の中からその様子を窺った。

 いくつか張られた天幕テントからは、射るような視線がいくつも飛んでくる。こちらからも向こうを窺っている以上は同じ話だが、どうしてもアウェイな感覚は否定できない。

 とはいえ、俺やメロが今さらこの程度のことを気にするわけもない。ピトスは少し気にしているようだったが、彼女の場合は明確に客人なのだから気に病む必要はないだろう。

 意外なところで、シャルはそもそも視線に気づいていないらしかった。絶妙に鈍感である。


 その銀色鼠シルバーラットをこちらから見た印象であるが、まず第一に「若い」という感想を強く抱かされる。

 平均して二十歳にも届かないだろう。上は三十過ぎから、いちばん下は十歳前後にさえ見える者もいる。というか子どもが極端に多く、大人は数えるほどだった。

 まあ考えてみれば「なるほど」と思わされることではあろう。ごく短期間で集められた銀色鼠シルバーラットの面々は、皆が団長リーダーのシルヴィアに心酔して加入した若者たちなのだろう。

 そもそも迷宮に攻略という形で挑む人間など、若い世代がほとんどだということもある。現実を知らず、ゆえに夢を追って冒険者に憧れる者たち――。

 そのほとんどが魔術学院に通える金銭的な余裕など持たず、叩き上げて実力を磨こうとしてきた者たちなのだろう。俺たちのような、世間的にはエリートと看做される連中に敵意を抱く心理はわからなくもない。

 実際には俺も、どちらかといえばむしろそちら側だと教えてやりたいところである。


 先に俺が馬車を降り、野営地のほうへと向かっていくことにした。

 強い警戒の視線をひしひしと感じながら、叫ぶようにして声を上げる。


「――エイラ=フルスティからの依頼で来た! 誰かいいか!?」


 こういうとき、自然と代表を任される性質って損だと思うのだがどうだろう。

 実は周りが女の子だけという衝撃の事実(本当に今ようやく気づいた)もあることだし、別に吝かではないのだけれど。一応、女の子を相手には格好つけたい、と思わなくもない程度には男であるつもりだし。でもなんとなく釈然としないというか。

 まあ要するにいつも通りだった。


 少し待っていると、背の高い男が奥の天幕テントから現れた。

 若い――といっても二十代中盤くらいか――くすんだ金髪の男だ。細いが筋肉質の締まった身体をしており、体格の割には威圧感がある。

 おそらく幹部級だろう。身のこなしが戦う者のそれだった。嗜み程度ではなく、確実に武術を修めている者の動き方だ。そういう魔術師は決して多くない。三白眼気味の瞳に、左頬には切り傷の痕がある。そのため決して人相はよくないが、それも歴戦の冒険者である証と見るべきか。


「おう、テメエらが学院から来た使いか」

 見た目通りの柄の悪い口調。言うなればヤンキーっぽい、というところか。

 ただあまり苦手には感じない。たぶん、こちらを見る視線に悪意が籠もっていないからだ。

「どうも、アスタ=セイエルです。エイラさんの依頼で荷物を運んできました」

「俺ァ、ガストってもんだ。悪ィな、ウチの姫のワガママに突き合わせっちまってよ」

「いえ、仕事ですから」

「そうかい。でもまあ疲れたろ、誰かに茶でも用意させっから、こっちの天幕でゆっくりしてけや」

 男――ガストは、右の親指で背後の天幕を示して言う。

 ……ああ。柄は悪いが、なんかすげえいいヒトっぽいんですけど。

 言うなれば煙草屋の親父さんみたいなタイプか。

「では、お言葉に甘えさせてもらいますが――その前に。そちらの天幕に、団長さんはいらっしゃいますか?」

「ああ。今ァちょうど会議が済んだトコでな。呼んだほうがいいか?」

「いえ――こちらから荷を持って伺うので、確認をお願いします」

「んじゃ頼まァ。俺は向こうに伝えてくっからよ」

「では、お願いします」

 頭を下げて、俺は馬車まで引き返した。待つ三人に「降りよう」と告げ、後ろから運んできた剣を持ち出す。

 半分はメロに運ばせて、野営地の中へと入っていた。

 いちばん奥の、いちばん大きな天幕から出てきたガストさんが、


「おう、こっちだ!」


 と叫んで、俺たちを招き入れてくれた。

 ――その間も、こちらを探る視線の雨は止んでいなかったけれど。



     ※



 天幕の中にはガストさんのほか、ひとりの女性の姿があった。

 おそらくは、彼女が団長のシルヴィアだろう。

 聞いていた通りの風貌だ。異世界でも珍しい銀色の髪で、設置された長机のいちばん上座に腰を下ろしているとなれば間違いはあるまい。

 その彼女が立ち上がって、入口近くの俺たちまで近づいてくる。


「――銀色鼠シルバーラット団長リーダーのシルヴィア=リッターだ」


 そう言うと、彼女はこちらへ手を差し伸べてきた。

 単なる一介の、運び屋に過ぎない学生にずいぶんと丁寧な対応をするものだ。そういった余裕のある立ち振る舞いが、彼女の格を上げているのだろう。

 思っていたよりは、話の通りそうなヒトである。


「これはご丁寧に。アスタ=セイエル、オーステリア学院の二年です。《銀嶺の氷華シルヴァリー・ブルーム》のお噂はかねがね」

「世辞はいいさ」

 シルヴィアはあっさりと切り捨てた。

 事実、世辞ではあったわけだが。

「それより、後ろの彼女たちも紹介してもらえるかな」

「左からシャルロット=セイエル、メルト=シール、そしてピトス=ウォーターハウス。メルト以外は全員、学院の二年です」

 それぞれを紹介する。メルト=シール、というのは当然、メロの偽名だ。

 こういうとき、俺とシャルが同じ姓なのは非常にわかりづらくてよくない。これで揃って偽名なのだからなおさらだ。

「……ん、ひとり違うのか?」

 と、シルヴィア。メロのことだろう。

 俺は頷き、一瞬だけ逡巡してからこう答えた。

「メルトは本職の冒険者です」

 本当のことだ。特に嘘をつく必要もない。

 シルヴィアも特に気にせず、頷いて手を差し出した。

「そうか。まあ、よろしく頼む」

 全員と握手を交わしていくシルヴィア。メロとピトスのときだけ一瞬止まったが、そこでは何も言わず俺へと向き直って彼女は言う。


「早速だが武器のほうを確認したい。まあエイラの仕事は信頼しているが、一応だ」

 エイラは信用していても、運ぶ俺たちは別という話だ。

 などと穿って考えるつもりはない。確認されないほうがむしろ困る。

 契約の上で、形式というやり取りは重要なのだ。

「では」

 俺とメロが運んできた剣を広げる。うち十本は、シルヴィアの目配せを受けたガストが外へと運んでいった。まあ、そちらは言ってしまえば量産品だ。

 シルヴィアがエイラに出した依頼の、本命は唯一のひと振りだろう。

 ひとつだけ、明らかに意匠が異なる剣。白とも、薄い水色とも取れない、素材さえ不明なほど澄んだ不思議な鞘に収められている。

 それをシルヴィアは、ゆっくりと右手で抜き放った。現れた銀の刀身を見て、彼女は「ほう」と息をつく。その美しさに思わず呑まれたのだろう。

 俺もまた、その冷たい魔剣に魅入られていた。


 美にはそのまま魔が宿る。古来より魔術師の間で囁かれている言葉の通り、この氷のような剣にも強い魔力が秘められているらしい。

 薄い刃だった。触れればそのまま折れてしまいそうなほど脆く見えるにもかかわらず、同時に空気が凍てつくほどの魔力を纏っているのがわかる。

 シルヴィアは、すっと無言のまま剣を構える。目の前で剣を持つ人間に、けれど俺は警戒さえ抱くことがない。ただその様を眺めていた。

 そして――剣が振り下ろされる。

 空気を断つ一閃。にもかかわらず、それは音もなく静かに走った。刃の軌跡が時間を裂き、まるでそこだけ空気が冬に変わったかのような錯覚を俺に抱かせる。

「……アイツは、本当に天才だ。もはや感想さえ浮かばん」

 苦笑交じりに呟くシルヴィアに、俺もまったくの同感だった。

 さすがはエイラ渾身の力作。見事、などと評することさえ馬鹿らしいまでの出来だ。

 迷宮産ではない人造の魔剣で、おそらくこれ以上を望むことは不可能だろう。

 それほどに完成されている。行き着く場所まで至っている。

 ――言い換えるのなら、終わっている。

 これを創ったのがエイラだというのだから、まったく天才という人種は全てが末恐ろしいものらしい。

 そしてなぜ俺のときは筆記具剣ペンブレードなどという珍妙極まりない武器を創ったのやら。もうちょい、いい武器創ってくれてもよかったんじゃないの?

 思わず嫉妬してしまうほどの出来だった。


「……うん、確認した。問題ない、ありがとう」

 シルヴィアは剣を鞘に戻し、そのまま腰にそれを提げた。

 俺は無言で首肯する。奥からガストの声がして、


「おう姫さんよ、茶ァ淹れたんだが話は終わりかい?」

「……ああ、済まないガスト。わざわざありがとう」


 タイミングから言って、たぶん偶然ではなく見計らっていたのだと思う。強面な外見の割に、といったら失礼かもしれないが、ガストは冒険者にしては気の回る男らしい。

 シルヴィアはちら、とこちらを窺って、それからガストに言う。


「悪いが、こちらに運んできてくれないか」

「あァ。フェオが作った焼き菓子も用意したから、せっかくだ、客のいるうちに喰っちまおう」

「君が働かなくてもいいだろうに。――副団長なんだ、どっしり構えていたまえ」

「いや、今出さねえと若ぇのに喰われっちまうからな。菓子なんざ、野営じゃあんま望めねえ贅沢だろ?」

「君という奴は……」

 苦笑するシルヴィア。どうやらガスト、銀色鼠シルバーラットの副団長であったらしい。

 なんだか結構、いいコンビに見える。互いに配慮し合うその姿は、俺のいた七星旅団セブンスターズとは大違いで泣けてくるほどだ。


 料理を用意するの、俺とセルエしかいなかったよなあ……。


 昔を思い出してトリップする俺。

 それに気づかず、シルヴィアはこちらに向き直って言う。


「――疲れただろう。少し、ここで休んでいってくれ」


 運搬の依頼を済ませ――あとは本題ピトスのことだが、それは後回しということか。あるいは、それを見越してガストがこのタイミングで茶を運んできたのかもしれない。

 特に断る理由もないので、俺たちはふたりの厚意を受けることにした。


 それが、本当に厚意なのかどうかはともかくとして。

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