7-00『手記/無題』
思えば遠くへ来たものだ――。
などと、ひと言で済ませられる感慨ではなかったし、そう考えれば今さら振り返っている時間もないという気はする。
それでもこうして、手記の形で何かを残しておくことには意味があると思う。少なくとも、それを書いている自分自身にとって。
まあ、長々と文章を書くのは得意じゃない。
魔術師として、そういえば論文のひとつも書いたことがないのは、どうだろう。今にして思うと失格だろうか。
いずれにせよ手短にいこう。
これを書置きとして遺すつもりはない。誰かの目に触れることもおそらくはないだろう――なければいいと願っている。
土台、初めから世界を救おうなどという感慨は一切なかった。
そんなものはただの結果論で、自分自身がそれを目的として持ち合わせていなかったことは断言できる。
根幹にあったものはもっと原始的で、どこまでも俗で、祈りと呼ぶに値しない欲求だった。
ただ生きていたかっただけで――
ただ、生きていてほしかっただけなのだから。
そんな、生物としては前提でしかない本能を祀り上げられても辟易してしまう。
いちいち殊更に文句をつける気はないが、温度感の差くらいは周囲にも理解してほしかったものだ。
あるいはわかっていた上で、みんな無視していたのか。
かもしれない。振り返ってみれば、そんな風にも思えてくる。
人間はそれほど愚かではない。
その残酷さを一概に愚劣と切り捨てるのは、それこそ思考の放棄だろう。
ああ。それとわかっただけでもこれを書く理由はあった。
郷愁以外の感情を、懐かしさと呼べるほどに、気づけば自分も染まっていたとわかったのだから。
だが。
この世界はそれでも詰んでいる。
たとえば英雄を医師と比喩するならば、救世とはどこまで行っても延命に過ぎない。
末期に至った病において、可能なのはそれが精いっぱい。人の身で根幹治療などできるはずもないのだから。
その上で、繰り返して言うが、自分という個に世界を救おうなどというモチベーションは存在しない。
今となっては、それ以外の目的さえ希薄になった。
繰り返し流転する生はすでに輪廻の枠を外れて久しく、その連続が精神を摩耗させていったことは認めざるを得ないだろう。
構うまい。
元よりヒトという種は、劣化と成長に見分けがつかない生き物だ。変化など、変化としてしか受け止められない。
だから、もう、どうでもいいと思ったのだ。
――なんてセンチメンタルな感傷があったわけでは実のところ、ない。
どうでもいいとは確かに思っていたが、それは諦念や絶望ではなく単純な理解だ。世界を読書して得た純粋な知識。
この世界はどうでもいい。
初めからそういうものとして創られている。所詮は単なる代替に過ぎない。
棄てられたモノを、どう利用しようと勝手だろう。
その勝手を通していいと自らに言い聞かせられる程度には――この世界を救っている。
だから、手足を集めた。
《運命》が視える以上、障害はわかる。だが障害をそれだけで敵と見做すほど、狭量であるつもりはない。
結局のところ、どちらでも同じこと――どうでもいいのだ。
障害となる者たちを排除する方法など、手足に任せておけばいい。失敗しようがなんだろうが変わらないし、どちらかと言えば個人としては、生き残る人間は多いほうがいい。
だから、まあ――そうだな。
これを見るのが、果たして娘になるのか、それとも君になるのか。
その揺らぎもまたどちらでもいいわけだが、それでもあえて、この言葉をここに遺しておこう。
止めない。
君を止めることをしない。
それはきっと、君がこちらを止めることをやめないように――ゆえに。
同じ惑星の同胞である君よ。
かかってきなさい。
というわけで7章です。
本格再開はまだ先になりますが、ひとまずお待ちを。




