6-33『vsレヴィ=ガードナー』
気負いはなく、心はこれまでの戦いの中で最も平静を保っていた。
これは、必須の戦いだ。
止めにきたその当人に追い返されそうなのだから、考えてみれば間抜けな話ではあるが、同時にわかりきっていた展開でもある。そりゃそうだ、やろうとしている者が、止めようとする者に従うわけもない。
だからこそ、これはここまでの戦いにおいて最も純粋な、魔術師同士の決闘なのだと思う。
どこまで行っても、魔術師の争いとは互いの我と我のぶつかり合いだ。
強く、固く、折れぬ者が我を通す権利を獲得する。
その背景に複雑な主義や、譲れぬ主張があったとしても、事ここに至って全てはもはや無関係。
どちらがより強固であるかを示すための、根源的な闘争に堕している――昇華している。
レヴィは万全だ。
ここまで集中力を高めて、準備を進めてきたのだ。俺が来ることもわかっており、対処法は考えてあるだろう。
一方、こちらのコンディションは、ほとんど最悪と言っていい。
疲労は限界、魔力は尽きかけ、義手は壊れて手持ちの魔石も尽きている。体ひとつで当たるほかにない。
だが。
そんなものは俺にとってハンデじゃない。
敗色濃厚、それで上等。劣っているのが平常で、足りていないのが日常なのだ。そうじゃなかったことのほうが珍しい。
レヴィの最強にぶつける己は、これで最強だと胸を張ろう。
「――――」
彼我の距離はおよそ五メートル。
お互い、安易には攻撃を仕掛けなかった。
心許ない距離ではある。レヴィの刃の攻撃圏内からは外れているが、詰めるとなれば一瞬だろう。
彼女は魔術師であると同時に卓越した剣士でもあるのだ。
接近戦は論外。ただの剣ならともかく、彼女の《鍵刃》はこちらの防御など空気よりも容易く斬り裂いてくる。
閉じる――つまり《封印》の概念効果を持つ、ガードナー唯一にして最強の魔術剣。
その刃の前では、あらゆる攻撃魔術は根本の魔力から封印され、ゼロへと還ることになる。斬り裂く必要性すらなく、ただ刃が触れるだけで魔力を封じ込められるのだ。
ましてや《印刻》。
そいつが《封印》に対してどれほど劣勢を強いられるかなど考えるまでもない。
俺が印を刻むのに対し、彼女は刻んだ印そのものを封じることができる。偶然とはいえ、嫌な名前だった。
まずは距離を取る必要があるだろう。
鍵刃を抜きにしても、そもそも近接戦闘能力で圧倒的に劣るのだ。ましてや徒手空拳と武装状態。近接戦闘ではお話にもならない。
虚を突いてあえて接近する――なんて選択は、初めから作戦にもなっていない特攻だろう。こちらが有利を取れる火力の撃ち合いに持ち込むのは必須と言えた。
とはいえ、相対するレヴィだってそのくらいは理解している。
簡単には距離を取らせてくれないないだろう。彼女が不用意に近づいて来ないのは、こちらの遠距離戦に持ち込もうとする狙いがわかりきっているから。近づいて移動されるより、移動された先に近づくほうが合理的だ。
俺は。
「――動かないのか?」
だから、あえてわかりきった言葉を口にする。
安い小細工、二束三文の挑発。あるいはそれにすら劣る、ただの悪足掻き。
だとしても――、
「なら、こっちから先に――」
――行くぞ。
その言葉を告げるより早く、もう魔術は起動していた。
騙し、賺し、はぐらかす。
俺の全力とはそれが方法論なのだから、全力で虚を狙っていく。
こちらから行くぞ、とあえて告げ、攻撃のタイミングを教えた上でずらす――口頭だけで済む格安のトリックだが、集中している相手にこそ意外と効く。
「――《秘密》、《水》――」
「……!」
印刻によって発生させたのは、目晦ましのための霧だ。
《水》で集めた水分に、《秘密》によって隠蔽の概念を乗せ視覚情報を遮断する。要は即席の煙玉みたいなものである。
単純だが効果は高い。この手の目晦ましは物語だと大抵通じないが、実際のところ、効果があるから使われるのだ。
もちろん、目晦ましで終わらせるつもりもない。
というよりも、ただの霧では、それこそ霧ごと斬り払われる。
「《火》」
「――っ!」
重ねたルーンで、発生させた蒸気を強制的に熱する。触れれば火傷では済まない温度だ。
単に火を発射するより、熱した空気を放つほうが防御も回避も圧倒的に難しい。
そして鍵刃の弱点――というのは本来おかしいのだが――は、鍵である以上、差し込まなけらば閉じられないこと。
目晦ましを喰らったとき、相手が取る行動は大きく二択だ。
すなわち《追う》か、それとも《離れる》か。
そのうち前者を《火》によって防ぎ、相手の選択肢を狭める。行動を読むとは、相手が次に何をするのかを考えるのではなく、相手が必ずそれをするという道へ誘導することを指すのだから。
魔術の戦いなんて、そう言ってみればじゃんけんだ。
そしてじゃんけんの必勝法とは、相手が出す手を読み取ることである。
もちろん、こちらからの視界も自分で出した水蒸気には阻まれる。
だがレヴィが背後へ引いたことは、魔力の気配で読むことができるのだ。
逆を言えば、レヴィにもこちらの行動は――俺がその場から動いていないことは伝わってしまうだろう。
――だからこそ。
この場合、俺が選んだ目論見とは。
「《人間》、《駿馬》」
無論、俺の位置を誤認させることである。
レヴィは走っていた。水蒸気を回り込み、側面から俺を叩くつもりだろう。
そこに、俺はひとつの嘘を置く。
「――《日一》――」
繋げる印刻は《一日》の逆式。
循環を意味するその文字で、俺は時間を遡る。
と言っても、これは時間魔術ではない。単なる小狡い奇策だった。
循環を意味する印刻の逆式で遡らせたものは、俺が歩いてきた道のりであり――端的に言えば足音だ。
レヴィに会うために当然、俺はこの場所まで歩いてきた。
そのときの気配を《人間》で再現し、《駿馬》を使って加速。《一日》が逆循環させるそれは、いわば《今の位置から後ろ向きに走って逃げる俺の気配》――それを生み出す魔術だ。
もちろん、それは今この場にいる俺の気配を消す魔術ではない。
だがそんなものは、とうに布石を打っていた。
最初に打った《秘密》と《水》がそれに相当する。
呪いの減衰に伴って解禁された、俺の切り札のひとつ。
――複層印刻。
あるいは、複数解釈印刻。
それは一度の印刻で、複数の魔術を行使する反則技法。
《水》の印刻には、感性や、あるいは霊能、流動などの意味も込められている。
それらを《秘密》で覆い隠し、俺は魔術的気配の完全遮断として再解釈。
同時に《水》を三重解釈によって《人間》に乗せ、気配の流れを完全に騙しきる。
いくらレヴィでも――むしろ彼女ほどの魔術師であるからこそ、視界を塞がれようと相手の気配の察知は怠らない。
魔力の流れを必ず読み取っている。
――だからこそ嵌まる。
遠回しで、ゆえに悪辣な接近戦妨害の戦術。俺の気配を追うことで、レヴィは自ら俺との距離を空けてくれる。
これは詰め将棋だ。
実力が拮抗、ないし上回られているときこそ、圧倒的に勝利しなければならない。
否、圧倒的でもなければ、勝てない。
あとは詰めだった。
レヴィの気配の向かう先に、単純に魔術を撃ち込めばいい。
正面から撃った魔力攻撃は封印される。
だが鍵刃が斬らなければならない術式である以上、不意打ちは有効だということ。
まったく予想外の方向から来る攻撃ならば、相手の虚を突ける。
ゆえに俺は、
「――《雹、」
「そこ」
まったく予想外の方向から――真っ正面から――霧の目晦ましを突き破るように飛び込んできたレヴィに、完全に虚を突かれてしまった。
突きが。
鋭利に過ぎる剣閃が、俺を縫い留めようと目前に迫った。
身体制御が、もはや間に合わない。
印刻の発動もすでに不可能。
それでも躱そうとするのなら、すでに放った印刻に再解釈を重ねるほかなく――、
「《人間》――っ!!」
「――ッ」
マルチプルで強引に身体を制御する。
無理矢理体制を崩し、自分の体を魔術で操って転ばせる――それが限界の対応だった。
突きは頭の横を掠めて辛うじて直撃を免れたが、俺はそのまま転倒する。髪をほんのわずかに切られたが、肉体には傷がついていない――いや、違う。レヴィが、俺に血を流させることを嫌って、掠めるくらいならとわざと外したのだ。
さすがの判断。重傷ならばまだしも、流血さえ媒介にする印刻魔術師に軽傷を負わせるなど、むしろ不利になりかねないと見切ったのだろう。俺でさえ、ちょっと切られたほうがよかったと少し思った。
だがこの状況なら、一撃目を諦めて二撃目を刺したほうが、圧倒的に成果が上。
それでは駄目だ。一瞬、ほんのわずかに稼いだ時間で、俺は次なる印刻を準備する。
「《氷》ァ!!」
「――閉式鍵刃」
直後、地面から生えるように、氷の棘がレヴィに向かい。
それはレヴィの刃の一閃で、あまりにも容易く、完全に薙ぎ払われた。
魔術による直接攻撃は、やはりレヴィに対してまるで通じない。
だが構わない。
この一瞬、刃を攻撃ではなく防御に使わせただけで、さらに時間が稼げるのだから。
「――――」
稼げた時間は、ほんの刹那。
俺の印刻は、印刻魔術としては例外的に、早い。
それは煙草の煙を、その揺らめきを文字であると強引に解釈することで、印刻魔術において必須である《印し刻む》過程をあらかじめ終わらせてあるからだ。それが終了している以上、あとは発動するだけで済む。
だが。
だからといって、魔術である以上――魔力を回すという一工程だけは絶対に省略できない以上、近距離の攻防において、単純な肉体運用にはどうしたって追いつけない。
極まった近接魔術師の身体能力は、魔力の回転を接近戦闘において凌駕する。
レヴィの剣は、俺の早さを上回るほどに――速いのだ。
省略の一工程は、最速の零工程に劣るのが道理。
ならば。
この状況で俺が取れる手段は。
もはや――時間そのものを覆すこと以外にない。
マイナスに、手を入れる。
刹那、ただそれだけでレヴィが硬直し、俺に対する追撃をやめた。
……悟ったのか? 魔術を使う前から――さすがに、彼女はこのことを知らないはずだが――いや、今はいい。
正直めちゃくちゃ使いたくなかったのだが、レヴィが想像を超えてきた。
こちらも、それには応じなければ、決して勝利は掴めない。
「――《××》――」
直後、俺は時間魔術によって一気に距離を取った。
広い迷宮空間の、壁端にまで下がって背中をそれに預ける。本当は、これ以上もう後退できないという位置まで下がるのは悪手に繋がりかねないのだが、今は取れるだけ空間が欲しい。
時間魔術による、それは過去への印刻設置。
あらかじめ印し刻んでおいたことになった《駿馬》を発動、さらに重ねがけの時間加速で俺は、レヴィの身体加速を上回る速度でその場を離れたのだ。
「――う、ぐ……っ」
瞬間、フィードバックが現れた。
当然だ。本質的に、俺は時間魔術に対する適性がない。
これはあくまでアーサーによる《独占》の逆説で、誰かひとりは時間魔術を使える者がこの世にいる、という概念を通じ強引に使用権を得ているだけなのだ。矛盾を許さない世界の強制が、俺の肉体に強烈な反動を押しつけていた。
ただ加速するだけでも反動を受けるのに、その上で強引な仕様の反動まで来る二重苦。
全身の痛み。
とはいえ傷ができるほどじゃない――大した問題ではない、と言い切ろう。
ただ少なくとも、レヴィの近距離で時間魔術を使うのは避けたほうがいいだろう。痛みに停止させられる一瞬で、俺のほうが斬り伏せられかねない。
だからこそ距離を取って、とにかく火力戦闘に持ち込むレンジを得たところで――俺は。
剣を逆手に持ち替え、すでに次の行動へ移っているレヴィを目にした。
その目は完全に、そして正確に俺を捉えている。
「ば……っ!?」
――なぜだ。
なぜ、俺がどの行動を選ぶかがわかった?
どうして俺の現れる場所を、知っていたように次の行動に出ている?
俺の加速は今、ほとんど瞬間移動にも等しい速度だった。
痛みで若干の間があったとはいえ、それでも先に攻撃できるのは、俺のほうであるはずだったのに――なぜ。
いや。
そうだ。そもそもおかしい。
なんでレヴィは、俺の魔術に騙されなかった?
なぜ、俺のほうがレヴィに騙されている?
理屈がわからない。だってレヴィは、特に妙な魔術を使っている気配がないのだ。
ごく普通に戦っている。そこに、なんらかのタネが見いだせない。
だと、いうのに――。
「――開式鍵刃――」
直後。
背後の壁から生えてきた氷の棘が、俺の持つ煙草を抉り飛ばした。
「ま、ず……っ!」
媒介を消された。――不味い。
が、レヴィは彼我の距離を離したまま、再び剣を構え直すだけで距離を詰めてこなかった。
彼女は、言う。
「――今の――」
「……!」
そうか――時間魔術か。
レヴィも知らない、俺の最新の反則。印刻を防げば勝てるはずが、まさか俺にそれ以外の手があるとは知らなかった。
だから攻めてこられない――ギリギリ拾った命綱だった。
とはいえ、それはそれで、俺には不可解だった。
――レヴィの奴、本当に何も気づいてないんじゃないか。
ならばなぜ、まるで俺の行動を読んでいるかのような対応が取れたというのか。
「……驚いたよ」
しばし考えた末に、声をかけてみることにした。
正直、これは賭けではある。
いやいやアスタさん戦闘のとき基本的に賭博しかしてないじゃないですか、とかピトス辺りは言いそうだが、それはベットするに値するだけの勝算あって初めて賭けていること。
これに関しては、――マジで単なる、時間稼ぎのために言葉だ。
「今の、開式鍵刃……発動したのは俺の魔術だよな」
「その通り。さすが、わからないはずもないわね」
果たしてレヴィのほうは、特に気負いもなく答える。
……まあ、そうか。
別に俺を殺すための戦いではない。憎み合っているわけでもない。
伏せる必要がないのだから、話したって問題ないわけだ。
「そりゃそうだろ。使われてるのが俺の魔力なんだ、気づかないほうが無理だ」
俺は頷き、ほぼ確信に近い考察を口にする。
「つまり開式鍵刃――その術式で、一度閉じた魔術を取り出せる、ってコトだな?」
「当然だと思うけど? 私のは消去じゃなくて封印なんだから。ただ閉じるだけ――同じ鍵なら開けるのは道理じゃない」
「……簡単に言ってくれる」
脅威にも程があるだろう、それは。
つまりレヴィは、攻撃されればされるほど、それを自身のストックとして保有可能だってコトなのだから。儀式すらただ剣を振るうだけなのだから、それは自ら魔術を用いるよりも速く、安価で、にもかかわらず効果の劣化がない。
シャルとは別の意味で、レヴィはこの世にある魔術を全て使える――そう表現してもいいくらいだった。
いや。しかも想定されることとして。
「……当然、封印中の魔術のストックは相応に保持してると思っていいんだよな?」
「そういう質問って、肯定すると逆にブラフだと思われたりするのかしら。そのほうが都合がいいけれど」
「ふざけろよ……」
「ふふ、ごめん。怒んないでよ。実際ね、その発想に一瞬で行き着くのはさすがだと思うよ」
気づくに決まっている。レヴィは当然、準備として多数の魔術を封印しているはずだった。
それは、何も自分以外が使った魔術である必要すらないのだ。
別に自分の魔術を封印しておいたっていい。
たとえばあらかじめ、自身の魔力で使えるだけの術式を組み立て、保存しておく。そうすれば魔力が回復したのち、戦闘において彼女は事実上、魔力消費なしでストックした魔術を放てるわけだ。保有魔力は単純に、それで二倍と同義。
これまで保存してきた量が一日分程度だとも思えないし――これは無限ならぬ、いわば無尽の魔力保有。
厳密に言えば、彼女は《鍵刃》に魔力を使っている。これ自体は魔術である。
だがそこがミソというか、より重要なのは充分な魔力さえストックしておけば、彼女が戦いで使う魔術は《鍵刃》ただ一種類だけでいい――ということ。
おそらくこの術式は、魔力をほとんど消費しない。何も気にせず連発しているのがその証拠だ。
そして、最も得意である魔術一本で戦い抜けるのであれば、彼女は負傷や疲労によって魔術の制御を失敗するということがないだろう。これはなかなか、言葉の印象よりも大きなアドバンテージだ。
「ついでに、もひとつ訊かせてほしいんだが」
流れに乗って言う俺だったが、これにはレヴィは目を細めて。
「待って。今度はこっちのターンでしょ。教えた分は、こっちにも渡しなさいよ」
「……道理だな。何が聞きたい?」
「当然、今の術式よ。アスタが魔術を発動するより、絶対こっちが斬るほうが速いと思ったのに。何したの?」
「それは……お前も薄々、気づいてんじゃねえのか? ――時間魔術だ。時間の加速と、加えて過去の改変まで使ってギリギリで避けたんだぜ? 感謝してくれ」
「か、改変って……アンタさあ」
「お前が思ってるほど便利じゃない。お前が思ってるほど便利なら、過去のお前を倒してんだろ」
「あ、そっか……って、いやいや。それより、そもそも時間魔術を当たり前に使ってることがまずおかしいってのに」
「貰いモンだ。そんなに便利なものじゃないから、そう警戒することはないんだぜ?」
「……アスタの場合は、本当にブラフ交えて喋ってるよね。性格悪いなあ」
くつくつ、レヴィは笑い。
それからこちらに、どうぞ、と手を差し向けた。俺のターン、ということだろう。
頷き、
「じゃあ訊くが。――あのとき、お前、俺が逃げたと思って追ったんじゃなかったのか? 目晦ましのあとだ」
違う、ということは結果が証明している。しかし解せない。
俺は確かに、蒸気の目晦ましを回避して走るレヴィの気配を、感覚で捉えていたのだから。
俺の問いに対し、またしてもレヴィはあっさり。
「その答えは最初に教えたじゃない」
「あ――……?」
「開式鍵刃」
レヴィは本当に、それ以外の魔術は使っていないと言う。
「これから私が何をするつもりでいるのか、忘れたわけじゃないでしょ」
「何を、って。だから、裏側の世界を閉じに」
「――それをするために。私は、肉体から魂魄を切り離して裏側に入らないといけない」
「っ……まさか、それをやったのか!? 今ここで!?」
驚きに目を見開く俺だったが、レヴィはごく当たり前のように。
「開式による魂魄の解放。――まさかぶっつけ本番で試すわけにもいかないし、訓練はしてあるわよ。もっとも、私もこんな形で、小細工に利用できるとは思わなかったけど」
「……っ、肉体と魂を、精神の接続だけ残して切り離したのか。だから俺は、魔力のない肉体ではなく、高エネルギーを持つ魂のほうを本体だと錯覚した――いや、わかった。それはいい。方法なんて実はどうでもいいんだ」
「次は私のターンのはずなのに、言い回しがずるい……いいよ、何?」
「――なんで気づいた。俺がその場に留まってるって?」
こんなやり取り、本当はあり得ない。
それは絶対に敵に対して訊くことではないのだから――いや。
レヴィは、敵ではないのだろう。
彼女は言った。俺から敵に見てもらえたことが嬉しい、と。
でも、それは――たぶん、厳密には違うのだ。
彼女は強敵ではあっても、敵ではない。
お互いに。矛盾しているようでも、俺はそういうふうに思っていた。
そして。
レヴィは俺の問いに、軽く肩を揺らして笑って。
「――気づいてないわよ。むしろ私のほうも、同じこと訊きたいくらい――どうやったのか、って」
「な……っ!?」
「ぜんぜん、まったく意味わかんなかったっての。何あれ。後ろに走ってたじゃん。なんで動いてなかったわけ?」
完全に想定してなかった解答に、俺は盛大に目を見開いてしまう。
だがレヴィは、そんな俺の様子すら意外だとばかりに、肩を竦めてこう言った。
「いやいや。アスタはむしろ、ちゃんと知ってるはずのことだけど」
「は……? お前、それ、どういう……」
「それとも何、久々すぎて忘れちゃった? それってちょっと友達甲斐がないんだけど――」
「…………っ! まさか――」
軽く。レヴィは微笑み。
「――私の勘、結構当たるのよね」
そうだった。そういえばお前は――そうだった。
こいつ、なんだか異様に鋭い勘を持っていた――それはそうだが、こいつ――マジで。
マジで俺に、騙されたままで、その上で勘に従ったってのか。
だがわかる――わかってしまう。
レヴィは本気で言っている。
なぜなら、俺が時間魔術を発動しようとした瞬間に脅威を感じ取り、使った直後には出現場所を見つけていた。
それらを全て、本当に勘でやったというのなら――。
「じゃ、次は私のターン。――この一回だけ外してあげるから、対処法――見せてみなさいよ」
「――は?」
ターン、というからには質問が来るのか。
そのはずが、なぜかレヴィは剣を大きく振り被っており――。
「開式鍵刃――」
「待、て……おい、」
「――弐刃・機能拡張」
「ターンって、そういう意味じゃ――」
直後。
レヴィが、その剣を振り落とす――。
「う、おぉぉぉあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!?」
情けない悲鳴と共に、もんどりうって回避する俺は、直後――確かにその目にした。
今し方まで、自分が立っていた場所が。
レヴィの立ち位置から、遥か離れた刃の届かぬはずの位置が。
ザン、
と空間ごと斬り裂かれていることを。
※
其は、ガードナーの完成形が完成させた、開式の秘奥。
概念を開き、機能を拡張し、物品がもともと所有していた性能を強引に引き上げる《開放》ならぬ《解放》の術式。
概念を解放された剣は、離れた場所を、斬れぬ物を、それらの道理を理不尽の刃によって切断する。
剣が所有する《切断》の概念が、あらゆる法則を超越して適応される。
それが可能なまでに、剣の機能が限界を突破し、完成にまで至らしめられている。
あらゆるものの性能を、概念が届く限りにおいて《解放》する――それが開式の秘奥。
機能拡張。
世界の物理法則そのものを塗り替える、概念の刃である。




