6-30『サードパーティー』
未完結のまま2020年になってしまった……、すまねえ……。
「ガードナー家は、昔からこの街を守ってきた一族なのよね」
結界空間を進んでいると、ふとレヴィがそんなふうに語り出した。
雑談がてらの自己紹介――という感じだろうか。実際、そこそこやり取りはしている。
少なくとも最初、俺はそう理解して、歩みを止めずに頷いた。
「知ってるよ。この街に来て、さすがにガードナーの名前を知らないってことはない」
「そう。それはどうも」
「防人の家系――ゆえの《守護者》。特に次代の当主は、歴代最高の天才と名高いらしいな」
「ただの学生よ、今はまだ。当代最高の伝説に褒められるほどじゃないわ」
「……俺のほうが、そんなふうに呼ばれるほどじゃないんだよなあ」
軽く皮肉るように笑ってはみるが、その言葉にレヴィは目を細めて。
「伝説の魔術師の謙遜は、聞いていてあまり気持ちのいいものじゃないわね」
「別に謙遜のつもりはないんだがな。気に障ったなら謝るが」
「卑下のつもりならもっと悪いけど――謝ってもらう必要はないわ。アンタが悪いわけではなく、これは単に、私の勝手な在り方の問題だから」
「……なるほど」
なんでもない会話。そこからわかる、レヴィ=ガードナーという人間の性質。
それはプライドが高いが公平で、己に課す高いハードルを他人にまでは強いないということ。不器用とも言えるやり口を器用な才覚で覆っている。そんな感じか。
基本的に魔術師には利己主義者が多い傾向があって、レヴィの気質もその傾向から外れてはいない。
ただし、その上でこうもまっすぐである人間はそう多くはないと思う。
「ガードナーの人間に代々伝えられる魔術、知ってる?」
話を戻すようにレヴィは言った。
俺は頷き、セルエとも話した情報を口にする。
「《鍵剣》だろ。さすがに、詳しい術式の内容までは知らないが」
「ほとんど言葉の通りだけどね。《閉じられたものを開く》、あるいは《開かれたものを閉じる》――それだけ」
「……ふむ。要するに、剣を媒介にした《開閉》の概念魔術ってことだろ」
「おおむね正解、ね」
もっとも厳密には《開閉》というより、いわば《解封》に近いのだろう。
その焦点は《解放》と《封印》。
そのくらいでなければ、秘法というほどではないからだ。
しかし。
「考えてみると、あんま護り手っぽくはない能力だな」
「かもね。もともと、オーステリアという街の支配者ってわけじゃないから。市長は市長で別にいるのよ」
「ふうん……。いやでも、言われてみれば見たことがある気がするが」
「挨拶くらいしてあげたら?」
「……一介の学生に挨拶されても、向こうが困るだろ」
「意外と頑固よね、アンタ。別にスタンスは勝手なんだけどさ」
その通り。もちろん俺も譲らない。
本当を言えば、こんなふうに迷宮の奥底まで救出に従事しに来ることすら避けたかった。
正直、レヴィに救出が必要だったようにも今は思えないし。
「で、どう思う?」
「……え。いや、どうって何がだよ」
レヴィから投げられた唐突すぎる質問。
その意味がわからず首を傾げると、レヴィは苦笑して。
「んーまあ、ちょっとした相談とでも思ってくれればいいんだけど」
「相談って……会ったばっかの俺にか?」
「そこは、ほら。せっかく会えた伝説の魔術師に、って思ってくれればいいかな?」
伝説――やけに強調してくるな。
別に、俺の機嫌を取ろうとしているわけではまったくなさそうだが。
「なんだよ。将来は、実は冒険者志望だったりするのか?」
あまりお勧めできる進路ではないのだが。それこそ、優秀であればあるほどに。
俺自身《七星旅団》なんていう普通とはかけ離れた集団にいたから説得力はないが、それでも《冒険者》という職業が基本的に、学のない魔術師が腕っ節で食うための仕事、であることに間違いはない。
宮仕えするもよし、学院で研究職に就くもいい。パトロンが見つかれば個人で魔術の深奥を追い求めることもできる。
未踏破迷宮を攻略して一攫千金!
なんて選択肢がいいのは聞こえだけだ。魔晶の供給源――という異世界現代のライフラインと深く密接する大事な仕事であることは間違いないが、それにしたってシグのように管理局直属になる道がある。フリーの冒険者は、まあ、博打だ。
「……そんな選択肢、私にはないわよ。この街からは出られないもの」
質問に、レヴィはそんな答え方をしてきた。
少しだけ、意外に思う。その言葉にはある種の憧憬と、そして諦念が込められていたからだ。
彼女なら目的には一直線に向かうだろう。
その気質は、こうして迷宮の奥底に勝手に潜り込んでいる時点で立証済み。
「街から出られない……ってのはなんでだ? まあセルエにいろいろ枷が掛かってるのは知ってるが」
「単純にしきたりの問題。古くからの慣習っていうのかな。あるいは――そう、責任ね」
「……責任、か」
「言ったでしょ、私は防人の一族だから。その役割はほかでもなく、この街を守ることにある。――母とは違う」
その言葉に込められた重みを思えば、軽々に何かを発するべきではあるまい。
だからこそ。
「ま、そりゃ立派だわな。是非ともがんばってくれ」
「他人事ね……そりゃそうだけど」
「いやいや。別に、だからって自分のやりたいことまで犠牲にする必要はないと俺は思うがな。お前だって、両立すりゃあいいだけだとは思ってる」
「……また簡単に」
「他人事だからな、無責任なもんさ。お前の責任を俺が負うほうが間違ってるし失礼だろ」
「そうね。うん、それは正論」
「それに誰だって――夢を追おうとするなら大なり小なり苦労するのが当然だ。別に普通のことだと思うけどな。お前だけじゃなく、誰にとったって。やることやった上でやりたいこと重ねるなら、そりゃあ疲れも倍になる。単純な話だ」
「……なるほど」
「ま、その上でお前にやりたいことがあるなら、何かのよしみだ。ちょっとくらいは手伝ってやるさ、無責任にな。ほら、ときどき気晴らしに出かけたくなったら、呼んでくれれば付き合ってやるよ。――悪い生き方を教えてやる」
「――――」
だからこそ、あえて軽く告げた言葉に、レヴィは目を丸くする。
俺は薄く笑った。生憎と、こちとら野蛮な冒険者だ。あまりお利口なことはやっていない。
それを見て――レヴィもまた力を抜いたように笑みを見せた。
「言うじゃない。そんなこと言われて、遠慮するほど控えめな性格してないけど?」
「ああ、まるでわかってない。遊びに遠慮を持ち込まれるほうが失礼だ。こりゃ姉貴の受け売りだけどな」
「……姉貴……」
「マイア=プレイアス。うちの団長様だよ。人生は遊戯で世界は遊び場だと本気で認識してるタイプの厄介な怪物だ。もし見かけたら即逃げることをお勧めする。すると掴まるからな」
「そう……そうね。彼女ほどの魔術師がそう言うのなら、確かに正しいのかも。別に、直接会ったことはないけれどね」
俺の冗談にレヴィは乗らなかったが、それでも肩の力はなくなったようだ。
別段、俺は彼女と話すことに、何かカウンセラーの真似ごとじみた意味合いを込めてはいなかった。
それでも、こうして笑う彼女の表情からは、何かがほんのわずかだけ、抜け落ちてくれたようには見えるのだ。
何かに――焦っているように見えたのだ。
「第三者的な視点って、結構頼りになるものね」
「無責任に言えることがプラスに働くことも、たまにはあるさ。当たり前のことを見落としていると、意外と誰も指摘してくれなかったりするしな。俺も覚えはある」
「へえ。含蓄あるじゃん」
「なんか話し方砕けてきたな、レヴィ……いやまあ、長く冒険者やってりゃな。これでも七年くらいやってる。引退が早い業界だからな、割とベテランなほうだ」
「ふぅん……ね、次はアスタの話が聞きたい。伝説の魔術師なら、武勇伝くらいはあるでしょ?」
「ないとは言わないけどな。生憎と呪いにかけられて力が落ちた身だ。今はできない過去の栄光を、嬉々として語るのは気が引ける」
「アスタのその、基本的に主張が薄いのは処世術? 伝説なんだし、多少のプライドは持ってくれないと周りの魔術師の立つ瀬がないけど」
「……人をプロファイリングするなよ」
まあ間違っちゃいないが。
周りと比較して、やはり飛び抜けて若い――なんなら幼かったほうだから。出る杭として打たれるよりは、まあ。
「生憎、俺は傲慢でね。他人がどう思うかより、自分が楽なほうを選んじゃう奴なんだよ」
「ふぅん? それは……傲慢というより、むしろ強欲なんじゃない?」
「……、そうか?」
「欲望の優先順位が高いってことでしょ? まあ魔術師なんて、誰しもその傾向にあるとは思うけど」
「なるほど……。なんか面白い知見だ、参考にするよ――ところで」
強欲がてら、俺はレヴィに向き直って言う。
ちょうどいいタイミングだ。たぶん、セルエもその意味を込めて俺を選んだのだろうし。知らんけど。
「少し気が早いが、ここらで報酬の話をしておきたいな」
「――というと」
「もちろん、お前を助けに来た報酬だ。一応、これ仕事でやってるんでな」
「へえ……管理局からの依頼なら、相応の報酬は約束されてから来てるはずだけど? 私が依頼したわけじゃないし」
そう言うレヴィの表情は、むしろどこか愉快気なもので。
気を悪くさせるかもしれないと思っていたから、俺はわずかに驚いた。
「生憎と極秘の任務でな。管理局側も表立って動けない。わかるだろ? それは予算を正当には使えないって意味だ」
「そんなの別にどうとでもなるでしょ。第一、報酬の約束もせず、現地で交渉なんてあり得ない。違う?」
「…………」
「……? どうしたのよ」
「いや。……正論で論破されたな、と思って。どうしたもんか」
「あんたねえ……」
レヴィに、ものすごく呆れた表情を見せつけられてしまった。
いや。でも実際、当たってるしな……。
「せっかく交渉を楽しめるかと思ったのに。もっと食い下がって来てよ、そこは」
「せびられてる側がそれを期待すんのも変な話だろ……。いや、俺はハッタリが通じないと弱いんだ」
「そこをなんとかがんばりなさいよ」
交渉相手に励まされてしまった。なんだこれ。
ただまあ、確かにせっかくの機会だ。俺にはひとつ狙いがあった。
「……そうだな。正直、金には興味がないんだ」
「ふうん。別に目的があると」
「そうなる。そしてそれは、お前相手なら頼めるんじゃないかと思っている」
「でしょうね」
「……こういうのはどうだ? 俺は、お前を助けにきた。確かにお前が頼んだわけじゃない。言うほど窮地に陥っていたわけでもない。なんなら報酬は別途貰える。それでも――」
「……それでも?」
「それでも、わざわざ助けにきてくれた同級生に何も返さないというのは、お前の気が咎めるかもしれない」
「――――」
「魔術師なら魔術師らしく、受けた借りは等価で返したいだろう。俺はお前に、恩を返すうってつけの情報が出せるんだが……どうだ?」
我ながら滅茶苦茶を言っている自覚はある。
ただまあ手札もない今、言えることといったらそのくらいで。
「――ふっ。なるほど、それは……面白いわね。交渉でもなんでもなくなってるけど」
「なんだ。いいのか?」
「普通ならダメだけどね。相手が《紫煙の記述師》なら、話も別でしょう。繋がりを手放すのは惜しいし。正直、私に何を求めるのか自体にも興味が湧く。いいわ、言ってみなさいよ。――何がお望み?」
「学院にあるという禁書庫が見たい」
「――――」
まっすぐ告げた俺に、さすがにレヴィも眉を顰めた。
「無理か?」
「……難しいわね。私の管轄じゃないのよ。そこはもともと母が管理してたんだけど――いろいろあって今はお婆様、学院長の管理下に戻ってる。ちょっといろいろ、手を打ちたいところね。目的は解呪の手段探し?」
「それ以外には使わないことは約束してもいい。そもそも俺はルーン以外使えない体質でな、だから禁術の類いが俺から外に漏れることはないことは言っておく」
別に、俺が習得する以外の方法で外に伝えることは余裕でできるが。
そこまで言う必要はないだろう。少なくとも俺はやらない。
そもそも、その程度の対策はおそらく取っている。でなければ書庫の意味がない。
「別に信用してないわけじゃないわよ。それ以前の問題なのよね。時期が悪い……いや、さすがに時効かなあ。でも、私が言うのは……うーん」
「……難しいか」
「報酬として高いわけでは、ないとは思う。でもハードルは高いわね。ちょっと考えさせてもらえる?」
「ああ。いや、それだけでもありがたい。頼むよ」
「……今ちょっと手段を考えるから」
「あー……前向きに検討してもらってるところありがたいが、なんか急に辞退したくなってきた」
いきなり不穏なこと言わないでほしい。
こいつ、まさかとは思うが忍び込む方向で考えてないだろうな?
「ね、アスタ」
レヴィが言う。俺は頷き、
「なんだ?」
「私――強くなれると思う?」
「……」
どう答えるべき問いだろうか。
言っちゃなんだが、現時点でも充分すぎるくらいには強い。
それでも、なれるかどうかを問うレヴィに、俺は。
「そんなもん、俺に訊くな」
「…………」
「なれないなら諦めるのかよ。だとしたら、それがなれない理由だと俺は思うね。手段を選ばずなりふり構わず、足掻いた先で初めて確認しろよ、そういうことは」
「……そっか。うん、そっか」
「まあ、なんだ。死ぬ気になって天才どもと関わってりゃ、俺みたいなのでも伝説にはなれる。……それでも、強くなったかどうかまではまだ、わかんねえけどな」
「あんたでもそういうこと言うんだ。うん、いいこと聞いた――かな」
「……着くぞ」
俺は言った。
そこは迷宮の中心部。結界の基点となっているはずの場所だ。
おそらくなんらかの防御機構は働いている。
つまり、戦いになるだろう。
そのことはレヴィにも伝えてあった。
「ん、――出るわね」
レヴィがひと言。俺も感じた。
怪物がその姿を現したのは次の瞬間で。
「魔物……いや、使い魔の類いだな。自動人形だろう――質がいいな」
五メートルはあろうかという巨躯を見上げる。
石製の、それはゴーレムに近い人形だ。ただ表面が滑らかで、駆動性がいい。
「古代の遺産ってとこね。現代じゃたぶん再現できない。貴重な歴史資料なんだけどなあ」
「壊すぞ」
「そうね……普通は壊せないんだよなあ」
「お前がやんだよ。言っとくが俺の戦力になんぞ期待すんなよ」
「そういうこと平気で言うし――よしっ!」
レヴィが、ふとこちらに振り返る。
その視線は正面から、意を決したように俺を見据えていて。
「私も、手段は選ばないことにした。報酬については約束してあげる」
「なんだ急に? ……そらどうも」
「ええ。だけどね、そのためにはあんたにも、いくつか協力してほしいことがあるの」
「……何?」
「ええ、ええ。私も心苦しいけれど。それでも恩返しのためなら仕方がない。それにほら、せっかくできた繋がりを無駄にするのも、魔術師としてはあり得ないじゃない? やっぱりそこは強欲にいかないと」
「待て。レヴィ、お前、何を言ってる?」
「ここを出たら教えてあげるけれども。そうね――実は私には野望があるのよ。その助力を願える魔術師が、いるに越したことはない。でしょう?」
話の流れが不穏だった。
なんだ。俺は何かを失敗したのか。
いつ。どこで?
今の他愛ない会話の中で、俺は何を起こしてしまったというのだろう。
「お、おい……悪いが、俺は――」
「悪いけどもう、巻き込むって決めたから」
「巻き込む!?」
「あんたほどの魔術師を、無責任な第三者に置いておくなんてもったいないでしょ? 強欲にいかなきゃ」
言葉と同時、レヴィは剣を抜き放った。
そして使い魔に向き直り。
「援護よろしく。――見せてよ、伝説の実力を」
「は――、い、や……」
「それと!」
そう言ってレヴィは俺に振り返り。
そのときはまだ見慣れていなかった――悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「――あんた。今日から、私の共犯者になりなさい」
そんなことを、当たり前みたいに宣言するのだった。




