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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第六章 運命を超える意志
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6-21『ダメ男再び』

平成中の完結を誰も信じてない……だと……?

……そうだね……ごめんね……。

「っ、――――――――あ」


 微睡み。その自失がことのほか穏やかだった理由はなんだろう。

 目が覚めたと同時に気を失っていたことに気づき、気絶で済んだということは死んでいない――まだ生きているということ。ああまったく、本当に俺は悪運ばかり強いらしい。


「……ここ、は……?」

「あ、もう! ようやく起きたよっ」


 まだ薄れている視界。目の焦点ピントを合わせようとしていたところに、かかる声があった。

 それと同時、頭の下にあった感触がふっと消える。


「――いでっ!?」


 そのせいで頭を打った。

 打った頭より、その衝撃が全身に響くほうがどちらかと言えばキツい。

 キツい、程度で済んでいること自体が幸運な状況なのだろうが。


「ヒデェな……こっちは連戦続きで大怪我だっつーのに。落とすんじゃねえよ、弾みで死んじゃうだろ」

「いや、そんな弾みで死なないでよ。そうならないように助けてあげたんだから、無駄働きになっちゃうじゃん」

「来るのがちょっと遅かったんだって。もう少し早く来て? そしたらもっと楽だった」

「みんな止めたのに、勝手に走ってった奴が言うことじゃないと思う」

「……正論」


 静かに首を振ってみる。

 まあ。こうしていられるだけ、ある程度まで傷は癒えているはずなのだ。

 感謝こそすれ、恨み言をぶつけられる筋合いじゃない。


「……悪ぃな」

「いやまったくホントだよ。サイアクって言ってもいいね」


 再び。柔らかなものが横たわる俺の身体を包んだ。

 温かな感触。彼女を通じて伝わってくるものが冷えた体に熱を通す。


「ありがとう」

「もっと言って」

「ごめん」

「そういうのじゃない」

「愛してる」

「バーカ死ね」


 その小さな体に、俺を抱き締めるようにして。


「――本当。あたしがいないと、ぜんぜんダメなんだから、アスタは」


 メロ=メテオヴェルヌは、なんでか不機嫌そうな表情でそう言うのだった。

 その頭の上に、何やら真っ黒な塊を乗せながら。――これは。


「……クロちゃんじゃん」

「かわいいよね。あたし気に入っちゃったよ」


 頭の上から真っ黒の毛糸玉もどきを下ろし、胸の中でもふもふするメロ。……ちょっとかわいい。

 クロちゃん――とは、かつてこの迷宮で見たシャルの使い魔だ。


「……シャルから連絡貰ったわけだな」

「そ。この子が、アスタの魔力を追ってくれたんだよ」

「……俺、どのくらい寝てた?」


 少し考えて訊ねてみる。

 あのあと――アルベルとの決着をつけたあと、瀕死の俺にすぐさまメロが駆けつけてくれたはずだ。でなければ即、死んでいただろうから間違いない。

 ならば、あれからの経過時間はほぼメロが俺を見ていた時間と同じくらいだろう。


「べっつに? 大して時間は経ってないよ」

「そっか。まあ、それならよかった――ありがとな」


 改めてメロに礼を告げる。そしてシャル、ホントマジでファインプレーです。

 彼女だけが迷宮の壁や床を通り抜ける魔術を使うことができるからだ。先に走った俺に、あとから最速で追いついて来られる魔術師なんて、それこそメロくらいだろう。

 あとは今、メロが持っているペンダント――に宿っているキュオネ――の魔力で俺を回復してくれたわけだ。。


「……ありがとな、じゃないんだよなあ」


 さきほどはお礼を求めたくせに、今度は顔を背けて唇を尖らせるメロ。

 ……なんだ? 思えば、さっきからちょっとメロは機嫌が悪い。いかにも不愉快という様子を隠していない。その割には完全に怒っているというわけでもない様子だ。そもそも本気で怒ったメロが怒りを隠すはずもない。


「ともあれ、俺はそろそろ行くぜ」


 よっ、と起き上がってメロに告げる。

 休んでいたい気分だったが、休んでいる暇はない。何より、下手に藪をつつくのも馬鹿らしい。


「来てくれてありがとな。お陰で助かったぜ」

「…………」

「ま、あとは悠々と待っててくれ。すぐレヴィを連れて帰ってくるから――」

「――何言ってんの?」


 呆れた、とばかりのメロの声が響いた。

 まあ、だよな。でなきゃそもそも追ってもこないよな、お前は。


「……何って?」


 それでも、ここで無駄な体力を消費するのは避けたくて、俺は問う。

 だが、そんなカマトトはむしろ逆効果かもしれない。


「あんだけボロボロになって、それでもまだ降りてくのはどういうつもりか訊いてんだけど」

「……、そりゃそもそもそれが目的だしな」

「あたしは別にいいんだよ」


 立ち上がって前を見る俺。もう振り返ろうとは思っていなかった。

 メロは、その背後から声をかけてくる。


「別にアスタが何やっててもアスタの自由だし。あたしたちは、それは止めない」

「…………」

「だけどアスタが怪我をして、死にそうになるんなら話は別でしょ。わかってんの? さっき、ホントに死ぬとこだったんだよ? あたしが……キュオ姉がいなかったら、本当に死んでたんだよ……?」

「……メロ」


 決意があっさり揺らがされる。なんとも弱いものだ。

 珍しくも弱々しい、震えたメロの声音に俺は振り向いてしまった。


「無茶にも限度ってものがあるよ。勝算もないのに突っ込んでいくなんて馬鹿のすることだ」

「……別に、何も勝算がないってわけじゃ――」

「あたしはそんなの許さない」


 まっすぐに。決意を持ってメロは言う。


「レヴィだのなんだの、そんな人のことあたしは知らない。世界なんて、どうなっても知ったことじゃない。――だけど、アスタが死ぬのは許せない」

「……なんだよ。お前がそんなこと言うなんて、ちょっと意外だぜ」

「茶化さないでほしいんだけど。あたしは真面目な話をしてる」

「――――、お、おう」


 ……なんてこった。こいつは完全に予想外。

 メロが、あのメロがこんな風に、まるで情に訴えるようなことを言ってくるなんて。


「もう帰ろうよ。地上うえまでならあたしが連れてったげるから」


 その言葉に俺は、首を振った。


「……それはできない」

「なんで?」


 きゅっと。両手を胸で包むようにメロは零す。


「あたしたちより、レヴィってヒトひとりのほうが大事なの?」

「そういう問題じゃねえよ。別に、助けてくれって頼まれたわけでもねえし」

「なら、これはアスタには関係ない問題でしょ」

「それも違う」

「だから――なんで」

「――別にいつもと変わんねえよ」

 俺は言う。

「やりたいこと、やりたいようにやってるだけのことだ。あいつに勝手やらせたくねえから止めに行く。そんだけの話だ。でなきゃ誰が好き好んで命なんか張るか」

「死ぬよ、アスタ」

 メロは言った。

「今度こそどうしようもない。あたしには言い訳にしか聞こえない。考えなしにも程がある」

「……お前に考えなしと言われる日が来るとはな」

「茶化さないでって言ったはずだけど。聞いてなかったの?」

「――――」

「もう、いいじゃん。アスタがやらなきゃいけないことなんて、ホントはないんだよ……もう、帰ろうよ」


 ふう、と小さく息をつく。

 メロは必死だった。

 幼い彼女なりの、それが優しさだとわかるから、止まってやりたくなる。

 だけど、それはできなかったから。


「……悪いな」

「わっ」


 右手の甲で、こつん、とメロの額を叩く。

 まったく力づくで来られるより厄介な方法を取られたものだ。誰に習ったんだろうな。


「それでも俺は止まるわけにはいかねえんだよ」

「…………」

「まあ確かにいろいろ限界だ。正直、勝算もほとんどなくなってる。でも、もうそういう問題でもねえんだよ」

「……そっか」


 小さく、メロは呟いた。


「わかってくれたか」

「うん。……ごめんね」

「いいよ。わかってくれたなら――」

「――ごめん、キュオ姉。やっぱりこの方法はあたしにはムリだ」

「は?」


 こつん、とメロの握られた右の拳が、俺の鳩尾に優しく触れた。

 その直後だった。


「ぐ、――うぉあっ!?」


 衝撃。接着面を起点に迸った魔力の波が、俺の身体を勢いよく貫いていった。

 もんどり打って、俺はそのまま背後へと押し出される。なんとか転ぶことは耐えたが、お陰でメロと距離ができた。

 その隙に、メロは逆に一歩、背後へと飛び退るようにして、さらにお互いの距離を空ける。


「いやまったく! アスタってホント、――最低の男だよねっ!」

「え」

「そんないい話風にして誤魔化そうったって、そうはいかないからね? そんなのあたしには通じない」

「えと」

「つかさ。助けに来た相手に言うことがそれってどうなの? 何考えてんの? 頭おかしいの? バカなんじゃないの? ホントむかつく。あ、ダメだむかついてきたホントに。ブッ飛ばしたい。アスタ嫌い」

「いや、つか……何して」

「――約束、忘れたわけじゃないよね?」


 ニヤリ、とメロは笑った。歯を見せて。

 彼女らしい、実に普段の《天災》らしい獰猛な微笑み。

 さきほどまでの態度が嘘だったかのような変貌。

 いや。こちらが、やはり彼女の素なのだ。


「約束って……」

「――『いつ襲ってもいい』」

「……………………」

「その約束、まだ取り消しにされた覚えは、あたし、ないんだけど?」

「い、や……だからって、おま……いくらなんでも時と場合を」

「あたしにとって、それは今、ここだよ。そこにいったいなんの問題があるってのさ」


 ――だって、わかってたもん。

 と、メロは言う。


「言ったってアスタは止まんないって、あたしはわかってた。ずっと前からそんなこと知ってた。だけど、あたしはやっぱりそれは許せない。アスタが死ぬなんてあたしは嫌だ」

「…………」

「だから、力づくでもここで止める」

「お、前……」

「悪いけど――今のアスタに、あたしが負けるとは思えないから」


 瞬間だった。

 攻撃の気配を感じ取り、俺は即座にポケットへ手をやった。

 懐から煙草を取り出すためだ。

 だが――、


「――やっぱり、その遅さはアスタの弱点だよ」

「ぐ……ぅ、おあ――!?」


 迸る水流――それが正面から俺の身体にぶち当たった。

 全身がびっしょりに濡れる。もちろんその勢い自体も強かったが、それ以上に濡れたこと自体が不味い。

 なぜなら。

 煙草が、湿気った。


「……マジかよ」


 いや、マジだ。

 メロ=メテオヴェルヌがこの上なく本気マジなのだ。

 なにせ煙草が湿気ったこと以上に、そもそもそれを取り出すことすらできなかったのが問題だ。


 ――体が、動かせない。


「テ、メ……何、しやがった……」

「――まさか、最初の一撃がただ距離を取るためだけだったとは思わないよね?」

「っ――あの衝撃波か……」


 そうだ。なぜ俺が吹き飛ばされる、程度の威力だったのか考えろ。

 俺を止めるなら一撃で意識を刈り取ればよかった。こちらがさっきまで死にかけだったことを考慮してメロが手加減したにせよ、いくらなんでも威力が低すぎる。

 なら彼女は、魔力の用途を威力ではなく別の効果に割いたということで――、


「――アスタの体内の魔力循環を阻害してる」

「お前……そんな、」


 それは、まるで――


「呪い、みたいな……っ」

「みたい、じゃないでしょ?」


 メロは微笑む。そして俺は同時に悟った。


「キュオの、魔術か……っ」

「キュオ姉だって同意見ってことでしょ」

「ひっ」

「手伝ってくれるってさ」

「……いやおい。おいおいおいおいおい……待て待て待て待て」


 なんでだ。

 どうして。

 なんでこんな無理ゲーの窮地ばっかやってくるの?

 バグってるよ。

 おかしいもん。


「心配しないでよ。ちゃーんと手は抜いてあげるからさ」

「……いや、お前これ、これはいくらなんでも、ちょっと大人げないというか――」

「子どもだからわかんない☆」

「うっそだろ!?」

「大丈夫。大丈夫。ちゃんとお世話はしたげるから」

「……おせわってどゆこと……?」

「あたしが看病してあげる。ごはんとかつくってあげるし、トイレも連れてってあげる」

「ねえねえねえねえねえおかしいおかしいおかしいなんの話なんの話」

「だから安心して――」

「できない!」

「――動けなくなっててね☆」

「キュオネ――ッ!!」


 何した!? メロにいったい何した!?

 ヤバいよ目がヤバいって! 絶対なんか普通じゃないって!

 騙しただろ! 何言ったか知らないがあいつのことだ、言葉だけでメロを操ってるだろコレ!

 なんて女だよ、そんなことするか普通!?

 クソ。さすが呪詛使い、言葉という原初の呪いひとつでメロをこうまで操るかよ。いったい何を吹き込んだら、あのメロが俺を動けなくして部屋に閉じ込めてお世話するから平気みたいなヤンデレ結論出すようになんの!?

 いや感心してる場合じゃねえ――!


「ど、どど、どうする、どうする俺どうするコレ――!?」


 メロというか、その背後で糸を引いているキュオと戦わされている気分。

 いや、もう戦いになっていない。だってすでに詰んでいる。

 体ボロボロ片腕消えてる魔術使えない煙草湿気てる何よりそもそも動けない――いやこれ終わりじゃんビックリするわ。


「それじゃ」


 と。メロは言った。


「――行くね?」


 こわい。


「……たっ、助けてクロちゃ――んっ!!」


 という情けない俺の悲鳴とともに、メロが魔術を起動した。



     ※



 レヴィ=ガードナー奪還戦。

 第五戦。


 vsメロ=メテオヴェルヌ(withキュオネ=アルシオン)。

《いつでも襲っていい》《クロちゃん》

など、懐かしの設定再び。

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