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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第六章 運命を超える意志
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6-06『星の下から』

「……参ったなあ。どう、しよっかなあ……」


 学院からとぼとぼ帰路につきながら、愚痴るように零す。

 ウェリウスだぜ、ウェリウス。

 無理だよ。あんな怪物にどうやって勝てっていうんだ、あり得ない。

 もともと奴の才覚は常軌を逸していた。八重属性複合――ふざけているとしか言いようがない。

 いや。そんな肩書きの部分に奴の強さがあるわけではない。


 何度シミュレーションしても結果が変わらない。

 アスタ=プレイアスの全霊は、ウェリウス=ギルヴァージルに決して及ばない。


 元より、俺の戦法は格上殺し(ジャイアントキリング)が基本だ。

 そんなものを基本にしてもらいたくないのだが、基本的な数値ステータスで俺を上回る敵が多かったのだから仕方がない。

 そんな相手を、俺は策を練り、手の内を隠し、挑発を繰り返し、最後には味方に頼ることで乗り越えてきた。


 ――だが奴は違う。奴にそれは通じない。

 俺の戦法全てを知っているからだ。奴は俺を決して見下さないだろう。

 もちろん奴も知らないはずの切り札だってあるが、それも同じ。要するに、根本的な戦い方が知られているということ。

 天才貴族、なんて肩書きが孕む傲慢さのイメージと、ウェリウスはまったく結びつかない。

 奴の自信は客観性の発露であり、それは頂点を知るがゆえにいつだって挑戦者の気構えを忘れないという在り方だ。

 あいつが都合よく、俺を相手に手を抜いてくれるだろうか?

 当然だ、あり得ない。あいつは本気で俺を倒そうとするだろう。


 そして――その全てを比べたとき、勝てるという結論を俺は弾き出すことができない。


 ルールのある戦いで、ギリギリ下すことができたに過ぎない。

 むしろ、一度試合で勝ってしまったことが今、足を引っ張っていると言える。

 初めから俺より強かったことくらい、知っている。

 それでも超えられたと考えてしまう辺り、俺にもなけなしのプライドがあったということだろうか。


「……あー、くそ。悔しいな、なんか。……くそっ」


 情けなかった。物語の主人公とは到底思えないような姿であった。

 いや、わかってるけどね。俺なんか主人公なんつー器じゃないってことは、ええ、知っておりますとも。教授やマイアが言うような可能性が、自分に眠っているとはまったく思えない。


 ていうか、なんだろう。

 どうせならもう数年早く覚醒とかしたかった感があるよね。

 どんだけ苦労して、どんだけ死ぬ目に遭ってきたと思っているのか。

 俺がそんな、世界なんて大層なもんを守れるほど強くて凄い存在だというのなら、あんなに酷い目に遭わなくても済んだはずではないだろうか。今、こうして生きていること自体、なんなら割と奇跡じみている。

 都合よく必殺技とかに開眼して、かっちょよく敵を倒すアスタさんがいてもいいじゃないか。


「……うん」


 わかってるけどね。そんなことあり得ないってことくらい。

 そもそも別に覚醒するとか言われてないしね。たぶんしないしね。

 覚醒ってなんやねんってお話だしね。

 つまり俺は、今の俺のままで《日輪》を倒さなければならないというのだろうか。

 ……無茶を仰るもんだぜ。


 言ってみれば《日輪》――《一番目の魔法使い》はラスボスってヤツだ。

 遥か悠久の時を、転生を繰り返すことで永らえてきた超越存在。魂ひとつを保存して摩耗を防いだ彼の精神性は、もはや人間という枠組みを超えているだろう。

 いや……実際、奴は魔人になっているはずだ。

 元から人類最強だった奴が、さらに人類を超える強さを手に入れているとか。なんなのそれ?

 一方、こっちは弱くなったりとかしてるんですけど? 舐めてるの?


 うだうだと考えながら、俺はひとり、とぼとぼと自宅代わりの煙草屋に戻った。

 二階に上がって部屋を見れば、どうも明かりが漏れている模様。


「ただいま」


 そう言って開けると、中から小さな影が俺を出迎えてくれる。


「ん。おか……えり」


 そう言ってこちらに飛び込んできたアイリスを、すっと両手で抱き留める。


「えい」

「ぐふっ」


 ……ちょっと威力が強いなあ。かわいいからいいよ、許す。

 アイリスを受け止めながら奥を見れば、ベッドの上にだらしなく体を投げ出す女がひとりいた。


「あー、お帰り、おにいちゃん」

「……人の部屋で何してんの、シャルちゃん? だらしないよ?」

「しょぼくれて帰ってきた男に言われたくないなあ」


 ひらひらと振られるシャルの手には、手紙がつままれていて。

 それは、俺がウェリウスから受けた呼び出し。

 つまるところ事情は把握済み、と言ったところだろう。勝手に読みやがって、と責められる立場ではない、か。

 アイリスの面倒を見ていてくれたのだろう。


 いや。なんか、どっちかって言うとアイリスが面倒を見ていた気がしないでもないが。


「ウェリウス、なんだって?」

「向こうにつくってさ」

「あっそう」


 興味もなさげにシャルは応じる。

 というかまあ、さすがに察する話だろう。


「ま、それも間違っちゃないしね。つくったって言ってみればレヴィの護衛でしょ、ウェリウスの仕事は。戦力としては申し分ないし、それで世界が救われるなら……まあ、考え方としてはアリなんじゃない?」

「意外とさっぱりした考え方するのね、シャル」

「何、思い悩んでたほうがよかった?」


 シャルは小さく、意地悪く笑って。


「ま、でも確かにね。一応、レヴィの代わりに私が犠牲になる目だって、残ってないわけじゃないからね?」

「……わかった、悪かったよ。俺が悪かった。すまん」


 そんな面で悩んでいるわけではない。

 だけど、そんなことを言わせたのなら俺の責任だ。

 シャルはわずかに肩を竦めて。


「だから私としてはもう、流れに身を任せるだけって感じ。……せっかくおにいちゃんが、死ぬ目に遭ってまで、私をひとりの人間にしてくれたんだから」

「そんないい台詞を、なぜベッドに寝転がったまま言うんだお前は。台なしだよ」

「きゃーあ、おにいちゃんがー、えっちな目で妹を見るぅー」

「男のベッドで無防備に寝っ転がってるほうが悪い。襲うぞ終いにゃ」


 照れ隠しのようにそう伝えた。この部屋のベッド、女性が寝た回数自体は多いよね。

 言葉通りの意味すぎる辺り悲しいけど。

 アイリスを離し、俺は自分の椅子に座って呟く。


「……もう、どうしようもないのかね?」

「は?」


 シャルは目を細めて言った。

 ゴミを見る目だった。


「何が?」

「何がって……」

「や、だって何を訊かれてるかわからんし」


 シャルは大仰に肩を竦め、やれやれと実際に呟いてアイリスを見た。

 別に慰めてもらいたかったわけじゃないが、そのリアクションは想定していなかった。


「まったく。本っ当に面倒なおにいちゃんだよね。妹は大変だよ、ねえ、アイリス?」

「……ん。アスタは……ばか」


 …………。

 嘘。心がつらい。


「んなもん迷ってる時点で答え出てんじゃん」


 だがシャルは容赦がなかった。痛烈に俺を批判してくる。


「助けに行きたいんでしょ、レヴィを。だからわざわざ考えてる。今だって方法を探してる」

「それは……そうだが。でもその方法がないからだな――」


 レヴィを犠牲にしなければ星は救われない。

 逆を言えば、彼女を助けた上で星を救う方法がわからない。

 いくら俺だって、そうなれば迷いもするというもの。

 無責任に、この世界の全ての人類を巻き込むことなんてできないのだ。


 だがシャルは、そんな俺の考えを喝破する。


「そんなもんは連れ戻してから考えればいいでしょうが、バ――カっ!」

「な……」


 バカと俺を詰るシャルの、あまりにバカな結論に開いた口が塞がらない。


「そ、そんな無責任な、お前?」

「責任? 責任って何? なんで勝手にアスタが責任おっ被さってるわけ?」

「……シャル」

「そんなことのためにみんな話したわけじゃないでしょ。なんなの、なんでここで迷うの、ほんまもんのバカなの? いや違うね、結論は出てるはずだよね! だったら動けばいいじゃん、いつもみたいに!」

「でも……できるかどうか」

「そうだね」

「え、ああ……そこは、そっか。肯定するんだ……」

「だって、アスタは弱いもんね本当は」


 若干落ち込む俺に、シャルは微笑みかけるように。

 弱さを、包み込むように肯定した。


「周りの人間に頼らなきゃ生きていけない。だけど今回は、今まで頼った人たちを頼れない。だから……自分ひとりで戦う方法を探してた。できないと結論づけちゃった。だから――動けない」

「……よくわかるな」

「妹ですから。なんだかんだ言って、結局動いちゃうのはよく知ってるつもり」

「そりゃ……敵わんな」


 俺は小さく息をついた。重荷のひとつを降ろした気分で。

 別段、何が解決したわけでもない。問題は山積みで、最も的確な解決策が《何もしないこと》なのは明白。

 これはただ、俺がそれでは納得できない、とわがままを言っているに過ぎないのだ。


 その事態は今も変わらない。

 変わったのは心で、その向かう先だ。

 解決策がないから何もしない、そう考えることをやめて、それでも足掻いてみようという意志。

 下らない、取るに足らない自己正当化の理屈だ。きっと悪に分類される行為。


 けれど魔術師であるのなら――我を通して何が悪いだろう。


「……あいつさ。夢が、あるんだって言ってたんだ」


 小さく、俺は思い出を語る。あいつと初めて出会った頃の話だ。


「具体的なもんじゃない。そうだな……地方の子どもが、都会に行ってでっかくなりたいとか言うような、そういう漠然とした夢だった。だけどあいつ、それを自覚した上で、……どっかで諦めてたんだよな」

「……それが納得いかなかった?」

「そうじゃな……いや、結局はそういう話か。俺はこの世界で好き勝手生きてたからさ。それができるよう姉貴たちが助けてくれたから。だから今度は、それを返そうと思ったんだよ。別に、レヴィじゃなくてもよかった。ただあの日、あいつと出会ったってだけのことだ――今度は俺が、それを返せる側になれるって思ったんだよな」


 ほかに、どうせやることもなかったのだ。

 呪いを解くなんて言って学院に入ったはいいものの、成績は低空飛行、解呪の目途はまるで立たない。

 そんな中――お互いに協力し合える相手を見つけたことが、俺たちにとって幸運だった。

 あいつは解呪の手立てを共に探し、俺はあいつが自らの責務に向き合うまでの時間、せめて広い世界を見せる――。

 それだけの契約。

 きっと、本当は誰も悪くないはずの共犯関係。


 だからこそ、ここから先は俺の我だ。


 あいつは俺に、一度だって自らの役割から逃げ出したいとは言わなかった。

 それを受け入れた上で、過程を彩ろうというのが決意だったのだ。俺の知る限り、誰も彼も自由人である魔術師の中で、ただひとり生まれついての責務に身を投じていた少女。

 俺の望みは初めからひとつ。

 あいつに、魔術師としての楽しさを、教えてやることだけ。


 だから、それを延ばすのは俺のわがままだ。

 あいつはきっと許すまい。だとしても、俺なんかと絡んだのが運の尽き。

 星のために死ぬなんて、そんなわがまま(丶丶丶丶)は許さない。


「……きっと、怒られるだろうな。みんなに」

「だろうね。あんだけ釘差されてまだ無視しようってんだから、みんな止めに来るんじゃない?」


 誰だって優先順位を決めている。

 レヴィも、ウェリウスも、そうして自らの道を決めた。


「お前はどうなんだ? ……止めるか、俺を」

「言ったでしょ」


 問いに、シャルは笑った。

 その隣には、同じように微笑むアイリスがいる。


「私は流れに乗るだけ。……だから、アスタが決めたことを、全力で応援するって最初っから決めてたよ」

「わたし、も。同じ。アスタ、と、がんばる……よ?」

「まったく仕方のないおにいちゃんだよね。妹にこんだけ苦労かけるなんて」

「まったく、だ」

「……ああまったくその通りだな。迷惑かけるぜ本当に」


 だけど。少なくともここにふたり、俺のわがままを手伝ってくれる人間はいる。

 なら俺は我を通そう。

 方策なんて思いつかない。追いかけて行った結果、無駄に消耗し、あるいは命を落とし、結果としてレヴィを助けられないかもしれない。いや――あるいはこの惑星ごと自滅してしまう可能性もあるだろうか。

 それでも俺は迷わない。

 初めから、どうせ俺はそうするつもりだったのだから。


「だったらお礼がいるんじゃない? ねえ? かわいいふたりの妹に、何かあってもいいと思うけど」


 ふと、シャルがそんなことを言った。

 身を起こして、アイリスと隣合ったままベッドに座り込む義理の妹。

 その表情を見て――ああ、なるほど、と。言いたいことを悟る。

 だから俺は手を伸ばし、ふたりの頭にそっと触れて。


「……ありがとな。そんじゃいっちょ三人で、友達を助けに行くとするか!」

「ま、策はなんにもないんだけどね」


 ふん、と顔を背けてシャルは言う。

 まったくかわいくない、かわいい妹の反応だった。


 ……求められたときだけは、頭を撫でていいらしいからな。



     ※



 準備してくる、と言い残してシャルは自宅に戻った。

 アイリスはそれに従う形で、俺はひとりになっている。


「……気を遣われたかな」


 実際、どうしようという話ではあるのだ。なんだか空気が夜逃げのよう。

 邪魔する奴らを片っ端から倒して、レヴィの下に辿り着いて、止めることができたとしよう。

 そのとき俺たちには、レヴィを使わず惑星の崩壊を防ぐ方法が求められることになる。


 ――そんな都合のいい方法が、果たしてこの世にあるというのか?


 なければ終わりだ。だとしても動かないよりはいい、と考えて行動を起こしたとはいえ、それは考えることをやめていいという話ではない。

 煙草に火を点け、俺は夜空を見上げた。

 星。というならこの宇宙に、それこそ無数に浮かんでいる。だけど、それとこの星とは違うのだ。


「たとえばこの星を捨てて、いっそ物理的に別の住める星を探すとかどうだろうな……言ってみれば宇宙進出」

「――いや。もちろん不可能だが、仮に可能でも意味ねえんだよ、そいつは」


 いきなり背後から駆けられた声に、俺は驚きを隠せなかった。

 背後に人がいたこと、ではない。彼はこの店に住んでいるのだから、ここにいて当然だ。いることも知っていた。

 何より彼が、そんなことを言ったこと自体に、俺は心の底から驚いたのだ。


「お……親父さん?」

「世界ってのは星の決める枠組みさ。逆を言えばこの星が軛だからな……惑星が死ねば世界丸ごとだよ。その先に進むにゃ概念が足りねえ」

「親父さん!?」


 なんだろう。

 どうしてこんなわかった人みたいなこと言ってんだろうこの人。


「なんだァ、アスタ? さっきまで辛気臭いツラしてたが、今はちょっとマシになったじゃねえか」


 下宿先の喫煙具店、その主。

 親父さんが、店から出てきて俺の横に立った。


「火ィくれ」

「……え、えっと」

「今日は星が綺麗だからな。仕舞い込んでた貴重品を持ち出してきたのさ。……こいつは、こういう日のための煙草だ」


 混乱を抑えつつ、言われたように《カノ》で着火する。

 親父さんはしばらくそれを味わったあと、軽く首を振って答えた。


「ったく、いつ見てもお前の魔術はいかれてら」

「……そりゃ悪かったね」

「本当だぜ? 地球じゃそいつは逆に難しいんだ。そんなあっさりできやしねえ」

「―――――――――――――――え?」


 今、この人、なんつった?


「……おいおいおい。なんで驚いた顔してんだよ、え? お前、まさか気づいてなかったっつーのか?」

「いや。ちょ……ちょっと待って。なんで親父さんが地球を知ってんだよ?」

「なんでお前が知らねえんだよ……それにびっくりしたぜ。あのなあ、マイアの知り合いだからって、誰も彼もにわざわざ部屋貸すわけねえだろ。――あいつから聞いてねえのか? こりゃ単に、同郷のよしみ(丶丶丶丶丶丶)って話だぜ」

「てことは、まさか……!」


 その驚きの、その割に結構どうでもいい新事実に。

 傍点つきの台詞で、俺は驚きを露わにする。


「――親父さん(丶丶丶丶)地球人だったのか(丶丶丶丶丶丶丶丶)!?」


 親父さんは、心底呆れたという顔で。


「いや、マイアは言ったっつってたぞ?」

「はあ!? いや、聞いてな――あ、いや確かに俺以外に地球人の知り合いがいるとは言ってたけど!」


 マイアは初めから俺が異世界人だと受け入れていた。

 だから聞いたのだ。

 そして確かに、俺がオーステリアに来るときも、そこに住んでいる知人のつてを紹介すると言っていた。

 言ってはいたが――それで親父さんが同郷だなんて結びつけたりはしなかった。


「ったく。お前、頭いい割にそういうとこ抜けてるよな。――《これで信じるかい》?」


 最後の台詞だけ、親父さんは言語を変えて言った。


「……今の、日本語……?」

「父方が日本人の血を引いててな。俺も日本に住んでたのさ。ちなみに母方はアメリカ人だ」

「マジ、かよ……言ってくれりゃよかったのに」

「もう帰れねえ故郷の話なんかしねえよ。つーか俺も、お前が知らねえで住んでるとは思わなかった。ああ、ついでに言えば、オレはあの珈琲屋と同じ、――魔術師ってヤツだったのさ。地球でな」

「だ、だから今の……そうだったのか」


 まあでもマイアの知り合いだし、魔術的な知識を持っていること自体はおかしくない、か……。

 戦う力はないし、この世界の魔術はほとんど使えないとも言っていたが。それだって地球で魔術師だったこととは、矛盾しないと言えばしない。

 ……気づかなかった俺がおかしいのか……? うそぉ……。


「まあ別に、オレだって事態を何もかも把握してるワケじゃねえよ」


 親父さんはあっさりと言う。

 相変わらず旨そうに煙草を吸うもんだ、なんて、そんな状況と関係ないことを考えてしまった。


「マイアから多少は聞いてたがな。だからってオレに何できるわけでもねえし」

「……ある程度、わかった上で宿を貸しててくれたのか」

「いや、まあ家賃は貰ってるワケだしな。懐かしい人種の顔を見たんだ、そのくらいの融通は利かせるさ」

「親父さん……」

「ま、つまりお前の役割どうこうでやってたわけじゃねえよ。大した理由ねえのさ」

「……はは。参ったね、どうも」


 本当に。俺って奴はどこまでも、出逢いにだけは恵まれてやがる。

 初めから、それはそうだったんだろう。きっと、それはこの世界に来た、ということ自体の話。

 だってそうだろ?

 異世界に来なきゃ、異世界人とは友達になれなかったんだから。その時点でとっくに恵まれている。

 まして、こうして同郷の人間もいないわけじゃないんだ。


「……行くんだろ、戦いに」


 親父さんはそう言った。

 俺は軽く肩を竦めて、


「どうかな。出かけてはくるけど、戦いになるかは向こう次第さ」

「は。ならねえとは思ってねえってツラしてんぞ。そんな獰猛な空気纏って気取るんじゃねえ」

「……わかるのか?」

「これから戦いに出る男のツラはわかるさ。お前のは特にな。何度見たと思ってる」

「格好いいこと言ってくれるぜ。決まってるよ、親父さん」

「放っとけボケ」


 不服そうに顔を歪める親父さんは、それから自分が吸っていた煙草の箱をこちらに投げ渡した。


「これは――」

「餞別だ。持ってきな、アスタ」


 さきほどから少し気にはなっていたものだ。

 そいつは、明らかにこの世界の煙草とは作りの違うパッケージ。


向こう(丶丶丶)からこっち(丶丶丶)に持ち込んだ、たったひとつの残りさ」

「……貴重品じゃねえの?」

「古い品さ。魔術で保存ができる世界で助かったってところだな。だが、」


 そこで親父さんは。

 普段の仏頂面とは違う、珍しく柔らかな笑みで。


「――お前にゃ似合いの銘柄だろ?」

「ったく……格好つけすぎだろ」


 地球にいた頃、俺はまだほんの中学生だった。当然、喫煙なんてしたことがない。

 だけど、その銘柄は知っている。なるほど親父さんは日本に住んでいた、と言っていたか。


「悪い、貰ってくわ、んじゃ。――それから行ってくる」

「嬢ちゃんたち、待ってなくていいのか?」

「もしここに戻ってきたら、先に行ったって伝えてくれよ。ま、シャルとアイリスなら俺の居場所はわかるだろうけど」

「いいのか、それで」

「別に置いていくつもりはないさ。ただ――呼び出しなんだ、仕方ない」


 道の先を俺は眺めた。

 その先から、こちらに流れる魔力を辿る。

 ああ、これには逆らえない。こいつは仕方ないんだ。

 なにせ――、


「――団長の呼び出しとあっちゃなあ。団員としては従わねえと」


 たとえ、それが決定的な反発であるのだとしても。

 あいつなら――姉貴ならわかるさ。

 俺が、どうせ、何を言われたところで止まりゃしないってことくらい。


「結局のとこ、俺が勝手に動かないとは、俺以外の誰ひとり思ってなかったってことか」


 こいつは締まらない話である。

 釘を差したくらいで、アスタ=プレイアスが諦めるはずがないと――知らなかったのが俺だけだというのだから。

 親父さんに貰った煙草を握り締めて、言葉を発した。


「なあ、親父さん。――親父さんの本名、なんつーんだ?」

「ああ? 名前なら知ってんだろが。こうして思いっ切り看板にも出てる」


 上を見上げれば、確かにそこには《ジョージ喫煙具店》の文字。

 なるほど、確かに名前は知っている。だけど考えてみりゃ、店名に姓ではなく名を使うのも不思議な話だ。

 それを視線に込めて問うと、親父さんは軽く肩を竦めて、俺を追い払うように手を振った。


「もう行け。呼ばれてんだろ姉貴によ」

「……隠すこたねえだろ」

「うっぜえ……」


 軽く首を振って。俺もまた踵を返して道に出た。

 その背に、親父さんの言葉がかかる。


「――ジョージ=スズキだ。いや、鈴木譲司、と言うべきかねえ、お前には」


 そいつは、なるほど。似合ってねえなあ、親父さんよ。

 答えることはせずに駆け出す。餞別として貰ったものに、俺は再び目を落とした。


 ――その煙草は、七つの星を銘としていた。



     ※



 道を駆けて中央通りに出れば、その先にひとつ、人影がある。

 この辺りは被害の大きかった地区で、住人はとっくに避難済みだ。

 そこを選んだこと自体、つまりはそういう意味なのだろう。

 まったく、らしい配慮というか、それで配慮しているつもりでいることがまず驚きと言うか、だ。


「よう。こんな時間に呼び出すなんて、相変わらず常識ねえのな、――姉貴」

「アスタこそ。こんな深夜に、いったいどこに行くつもり?」


 七星旅団、団長。ナンバー1。

 そして俺の義理の姉。

 マイアがそこで、待ち構えていた。


「らしくない探り入れてくるなよ。わかってんだろ、姉貴?」


 俺は笑う。目標には一直線で向かっていくのが、この誰より主人公気質の姉だ。

 そんな様子はらしくない。どうしてこう、複雑な表情をしているのやら。


「……そうだね。アスタの言う通り、私らしくないことしてるなあ、とは思うよ」

「だろ?」

「うん。それもそうだ。じゃあじかに訊くね。――レヴィさんを助けに行くつもりなの?」

「ひと言で答えるぞ。――その通りだ」


 マイアは、らしくない鋭い視線でこちらを睨んだ。


「わかってるよね? それは、この世界を犠牲にするかもしれない行為だって」

「もちろん。全部わかった上で俺は行く。あいつの人生を、そんなもののためには使わせない」


 なるほどな、と俺は思った。

 だからこう告げる。

 親父さんからの餞別の煙草を取り出して。


 議論に意味はない。どんな静止の台詞も俺の意志を留まらせない。

 そんなもの、呑み込めずして何が魔術師だろう。


「一度だけ言うぜ。――そこをどけ。邪魔をするならブッ倒す」

「一度だけ答えるね。――ここから先へは進ませない、通りたければ私を倒していけ、って」

「だろうな」

「だろうね」


 ならば。

 俺たちは、口を揃えて結論に向かう。


「――姉弟喧嘩だ」


 直後、マイアの纏う魔力の質が決定的に変質する。


 ここからだ。

 さあ、策を回せ、アスタ=プレイアス。


 その名に、――愛すべき姉に貰った、その姓に恥じることがないように。


 マイアは弱い。七星旅団の中では、おそらく俺に次いで基本的な能力値に劣る。

 だが、そんなものは結局が、俺よりは強いという意味でしかなく。

 そして何より――、




「ていうか、さ。アスタ。アンタ、――私に勝てると思ってるワケ?」




 街が、蠢く。

 澄むもののなくなった石と煉瓦と金属と。その全てが、意志を持って俺の敵となる。

 そうだ。当然の話だ。

 本当に弱いだけの人間に、七星旅団のリーダーが務まるはずがないのだから。

 マイア=プレイアスが強くある必要などどこにもない。

 彼女は、彼女の生み出すあらゆるものを、自らの強さとして保有する。

 そう。確かに彼女は、単身では弱い。俺くらいに弱い――だが。


 その総戦力(丶丶丶)は、――七星旅団、最強だ。


 建物が。道路が。家具が。外灯が。椅子が。機械が。

 およそ人間の創造し得る――あらゆる文化の形そのものが。

 あるいは火が。大地が。大気が。水が。

 およそ世界を構成し得る――あらゆる要素の塊そのものが。


 この戦場において、全て俺の敵となる。


 彼女は火だ。原初を司る一。

 それを、彼女は攻撃的にするのではなく、ただ《鍛造するもの》として解釈する。

 母なるもの。

 七星旅団の長を張るのは伊達ではない。

 最強と名高い《魔弾の海》を従えることができた理由は、彼女もまたそれに並び立つ者であるから。

 海と空とを彼は従える。

 ならば、それさえも従える彼女を。


 ――人々は、《原初の火(プロメテウス)》と呼んだのだ。


 シグウェル=エレクは海を、そして空を得た。

 それは、――大地が、彼女のものであったからだ。その場において、シグに従うものがなかったから。

 初めに輝く彼女こそは、あらゆる人間の知恵を照らす明かりそのもの。

 想像と創造の化身(トリックスター)にして創り出す英雄(カルチャーヒーロー)


「勝つさ。それが必要ならな。こんなところで、立ち止まってる暇があるかよ」

「死ぬよ? 向こうはもう、アスタを生かしておく理由がない。アスタが死んだら全部が終わりだ」

「レヴィが死んでも俺は終わるよ。それを見過ごして生きる奴に――」


 ――姉貴の弟を名乗る資格は、ない。



     ※



 レヴィ=ガードナー奪還戦。

 第一戦。


 vs《辰砂の錬成師(オリジナルスター)》マイア=プレイアス。

というわけで、お待たせしました!

ボスラッシュ開始だぜ!

第一戦!

vs主人公!


……あれ、もう詰んでるのでは……?

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