6-04『現状確認Ⅱ』
「――驚かないんだ?」
「いや……」
アスタは首を振った。別に驚いていないわけではない。
ただ、それ以上に不愉快に思っただけのこと。
「……それなら一番目は、自分の娘を殺そうとしてるのかと思ってな」
「ていうか、死んでもらうために生ませたんでしょ。因果が逆」
「――――…………」
「あの男はそういう人間なんだよ」
マイアは、ただ当然のように語る。
その口調はおそらく、あえて硬いものなのだろう。
「善悪に頓着しない……というか、善悪を判断の基準にしない。アレにとって運命ってのは自分の力で変えるもので、それがあまりにも容易だから、自分にとって都合のいい条件は必ず起こるものだと疑ってない」
「運命を、……疑ってない」
「そこだけ聞いたら、それこそ英雄って感じだけどね。でも違う。単に初めから疑う理由がない――だって、アレにとって、必要なことってのは必ず起こることと同義だから」
長い時間をかけ、およそあらゆる策を練っていた教団。
けれど、その野望に比べ、彼らの計画そのものは偶然性が高く、各幹部たちの独自性に強く縛られている。それは星を冠する彼らが、ただ従うだけの性格ではないからと同時に、何より《日輪》にとっては――別段、なんだって構わなかったのだ。
どんな道を通ろうと、彼はまったく気にしない。
どうせ、必要な点は必ず通過するのだから。経過など、結果さえ手に入るならゴミも同然だ。
「……それで。それと、レヴィの話がどう繋がる」
「言ったでしょう。彼の目的を達するには、ガードナーの血を引き継ぐ最高の才能を持った魔術師が必要だった。だけど彼は、必要なら手に入るとしか考えていない」
「必要、なら……」
「ちょっと手を加えてやればいい。たとえばガードナーの女と子どもを作って、自分の偉大なる才能を分け与えれば、時間を飛ばしてガードナーが完成する、とかね。無茶苦茶以前に理屈にもなってないけど、彼はそう思ってるし――実際、本当にそうなってる」
「……それで、ガードナーの……レヴィの母親に近づいたってことか」
「さて。それが真っ当な恋愛の結果なら、あるいはそれ自体は批判することではないのかもしれないけれど」
「どういう、意味だ」
「……エリファ先生は大恋愛だったそうよ」
「先生?」
「恩師なのよ、ある意味ね。彼女はガードナーの、オーステリアのしきたりを無視して出奔してしまうくらいには自由な人だった。出会った相手と真っ当に恋愛して、そしていっしょになるつもりだった。――でも」
と。マイアは言う。
「――その相手が一番目だったとは言っていない」
一瞬、意味を捉えられなかった。
自分の想像力が、しかし直後に不愉快な想像力を働かせたことで、アスタは顔を歪める。
「先生も馬鹿じゃない。ただ子ども利用したいってだけで近づいてきた男に気づかないほど馬鹿な女じゃない。だからレヴィさんにとって、血の繋がった父親と、戸籍上の父親は違う。そして――これを言えばわかるかな」
「…………」
「――《日輪》の部下には《水星》という、変身魔術の使い手がいた」
アスタは、何も答えなかった。
それ以上のことを考えたくなかったという理由だけで。
そして。それを理解しきった上で、マイアはあえてこう告げる。
「まあ、そんな話はどうでもいいとして――だ」
「…………」
「私がしたいのは、この先の話なんだよ」
マイアが、ちらりと視線を向ける。その矛先はユゲルだ。
受けて彼は小さく嘆息し、それから首を振ってアスタに向き直った。
「――《日輪》は、かつて英雄だった」
「そう聞くな」
あえて淡々とアスタは答える。ユゲルは続け、
「彼がいなければ世界――この惑星は滅んでいただろう。だから呼び出された」
「呼び、……出された」
「仕方がない話だ。惑星が動くのはいつだって自己保存のため、自らの滅びを避けるためだ。だが動くという時点で滅びは決まっている。言い換えよう、滅びを回避するための要素を、自らが所持していないためだ」
「……何を言ってんだ、教授?」
「さきほど語っただろう? この惑星は生命だ。そのものを《肉体》と称するなら、内側に渦巻く魔力流が《精神》。――ならばこの場合、星にとっての《魂魄》とは何か。星を運営する大いなる意志。そういった概念を仮定する場合、適切な言葉はひとつだろう――」
ひと息。ユゲルは言った。
「――人間は、そいつを《神》と呼称するのさ」
まあ、あえて概念を言葉にするのなら、だが。
そう言い添えるユゲル。ただ、確かに間違った表現ではないのだろう。
さらに続けて。
「星の魂、すなわち神が星を運営しているわけだ。いわゆる竜種や不死鳥、魔力異空における幻獣を我々が神獣と呼び習わすのは、それが星の端末……魂の触角であるからさ」
「……魂の、触覚」
「惑星精神活動……とでも言えばいいか。そうすることでしか干渉できないんだよ、肉体にな。それより話を戻そう。もうわかるだろう? 星の魂は考えたわけさ。このままでは自分は外的要因によって滅ぼされる。それを覆せるものが何もない。ならどうする? 決まっている。星の中にないなら、《ほかの場所》から呼び寄せる以外にない。ではほかの場所とは? 星中を探しても見つからない滅びに対う抵抗をどこから召喚する? ――そうだ。異世界だ」
「《日輪》が、地球から召喚された魔術師だ、って話だろ?」
わかってはいたことだ。初め、オーステリアの迷宮で《地球の言語》を見たときから。
一番目の魔法使いが地球出身であることなら、想像ができていたことである。
「その先の話だよ」
だがユゲルは続けた。
そう。そんなことはわかっている。
ならばその次だ。
「――遥か古の時代、この惑星はそうして滅びを回避した。だが今度は、そのために呼び寄せた英雄が、負債となって敵に回った。この星にできたことはひとつ。そうだ、――同じことを繰り返したんだ」
「それ、が……」
「その通り。それがお前だよ、アスタ=プレイアス。いや、一ノ瀬明日多。神に、つまりがこの惑星そのものに召喚された用意されし星を救う者。世界を救う権利を、その能力を持つ者。厄介な魔術の能力を奪い取られ、ただひとつの武器として印刻を……唯一の神秘だけを纏わされた存在」
「…………」
「お前とは別に彼――指宿錬がこの世界に呼ばれた理由もひとつ。お前に存在しない魔術の知識を与えるための、器」
言うなれば外部記録媒体。
この惑星は失敗した。生き永らえるために最強を呼び寄せることで、その英雄に裏切られた。
だが、ほかに取れる手段はない。だから今度は、星を救うこと以外できない者を召喚することにしたのだ。
通常の魔術は使わせない。
武器はひとつだけ。
必要な知識は、それを持つ人間を呼び寄せることで補完する。
いわば与えられた知識をこなすためだけの人形。
それが、一ノ瀬明日多の正体である。
「鍵はお前だ。お前さえ失敗しなければこの星は救える――少なくともその可能性は残る」
「……勝手を言ってくれるもんだ」
「無論、絶対ではない。なぜなら相手もまたお前と同じ立場のものだからだ。そうだな、たとえるなら、ふたつの別々の英雄譚の主人公同士が戦うようなものか。は、――勝敗の予想などつけられんな」
「そして勝手を言うもんだよ。んなこと言われたって、別になんだって話だしな。だろ?」
「――そうだね」
と。マイアが受ける。
「今さらっちゃ今さらだからね。こんなことでアスタがショックを受けるとも、私は別に思ってないし」
「それはそれでどうなのよ。偶然ってならともかく、神様に弄ばれてたってんなら割とショックじゃねえの? 結構な不幸さんだぜ、今の俺」
「……そうだね」
「肯定されるのもなんだかねって話だが。ったく……天に神様がいねえことくらい知ってたけどよ、まさか代わりに足下にいるとは思わねえっつー話だ。ま、お星様が神様っても、ある意味で分かりやすい話だが――嗤えてくるぜ」
まあ、それに巻き込まれたレンほどではないのかもしれないが。
軽く肩を竦めるアスタ。
レンがアスタとの交流を避けたのは、おそらく自分が使われていると知っていたからか。
「で? 何が言いたいんだよ」
アスタは問う。義姉は答えて。
「言いたいことなら言ったよ。――要するに、アスタは替えが利かない切り札ってこと」
「そりゃどうも……だから?」
「うん。だから当然――死なせるわけにはいかないんだよ。たとえ、誰を助けるためだとしてもね」
※
衝撃的といえば衝撃的な。
あるいは、わかりきっていた話だといえばそれもそうな。
その程度の会話を終えた夜のことだ。
アスタ=プレイアスはひとり、夜のオーステリア学院を訪れていた。
理由は様々ある。いくつかある用事を纏めて済まそうと思ったことが最たるものか。
そして、その中でも最も大きな理由といえば、ひとつ。
アスタは一路、試術場を目指した。いつだったか、ここで戦えと強制されたことがあった気がする。
今、ここに来る理由など本来ないのだが。
それでも、仕方がない。
「呼ばれちまったら……仕方ねえよな」
「……そう言ってくれると、うん。助かるな。呼び出した甲斐がある」
アスタをこの場へ呼び出した人間は、彼が来るより前に、すでに待っていた。
思惑はわからない。今までどこにいたのかも謎だ。
とはいえ、その呼び出しを無視することもまたできないのだから。
だから、これは仕方がない話なのだ。
「――で? どこ行ってたんだよ、お前。今まで」
「はは。まあ僕は僕で用事がいろいろあったと思ってほしいな。これでも忙しい身なのさ」
「どうかね。少なくとも俺のほうが忙しいとは今のところ思ってるが」
「いやあ、どうかな。ほら、僕ってば女の子に人気だろう? その約束は重たいって話だからね」
「なるほど。――はっ倒すぞ?」
「おっと。その全てより優先して、わざわざ君に会いにきたっていうのにな」
「気持ち悪ぃわ」
「いやはや、言っていて僕も同感だよ。だから――早いところ用件から済ませようか」
夜闇。月明かりの下で。
いつか向かい合ったのと同じ地平の先に、金髪の美青年が立っている。
「さて。わかっていないとは思いたくないけれど、それでも、あえて言葉にしておこうか。アスタ」
「――ウェリウス」
彼は。
ウェリウス=ギルヴァージルは。
常と変わらぬ穏やかな笑みで。
「――突然だけど、アスタ。僕は、君の敵に回ることにするよ」
そうひと言、いつものように穏やかに、敵対を宣言して笑っていた。




