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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第六章 運命を超える意志
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6-02『全員集合未満』

 シャルによる介添え――見張り、あるいは監視のほうが近い気もするが――を受けて一路、オーステリアの外へと向かった。

 街を囲う壁も、一部が戦いによる衝撃で破損している。とはいえまあ、これは別になかったところでという話なので誰も困らないだろうが。

 今時分、オーステリア迷宮に入ろうなんて物好きもいないだろう。つーか入れない。


 七曜教団の幹部も、ほとんど撃破していた。

《金星》は俺とピトスで、《木星》は俺ひとりでなんとか倒した。《火星》はメロに敗北し、《水星》はピトス、フェオ、そしてアイリスの三人がかりで下したという。アイリスと別れた《土星》は、その後、この街で星に還ったと聞いている。約束を果たしたのだろう。

 実際、奴に経路を教わった《地脈移動術》が使えなければ、オーステリアには間に合わなかったかもしれない。


 ……俺は使えなかったんですけどね?

 使えたの、シャルだったんですけどね本当はね。なんかしら解釈を当てはめて、使えるようにしておいたほうがいいかもしれないな……《車輪ライド》辺りをこねくり回してみるか。


 中では特に、《水星》による手数(丶丶)がなくなったのは大きいか。

 連中、教団などと宗教的な団体名を名乗る割には、少なくとも布教に熱心だったわけではないようだし。

 いや。ことここに及んで、もはや必要ではなくなったということなのだろうが。

 倒されたあとも厄介な《金星》の置き土産――神獣たちも、シャルやウェリウスたちの力によって倒されたそうだ。


「……アスター……」


 と。街の外で待っていたわけではないだろうが、いきなり聞き慣れた声がする。

 こちらに駆け寄ってくる小柄な少女に、軽く片手を上げて答えた。


「おう、アイリス。……モカんトコいなくていいのか?」

「ん。だい、じょぶ」


 アイリスちゃんは親指を立てて答えた。かわいい。


「アスタのにおい、したから……きた」

「鼻がいいなあ(?)」

「見てないと、あぶない……から。アスタ、しんぱい」

「そして信用がないなあ」

「あるわけないでしょ、おにいちゃん」


 シャルのツッコミが入る。

 はいはい。かわいいかわいい、ふたりとも。


「しかしアイリスが来てくれたのは割と都合いいかもな。安全装置になる」

「そうだねー。いくらピトスの治癒があったからって、病み上がりのおにいちゃんじゃ制御ミスるかもだ」

「ん……?」


 こくり、首を傾げるアイリス。

 俺は彼女に、ここへ来た理由を説明する。


「ほら、義手を貰ったからな。せっかくだし、機能を確認しておこうと思って。シャルに相手を頼んだんだ」


 ま、慣らし運転ってとこだろう。

 片腕に慣れきってしまうほどの機関はなかったが、かといって義手にすぐ順応もたぶんできない。

 本当は学院の試術場を借りる手もあったが、あそこは今オーステリアの中枢となっている。迷宮管理局は実質封鎖――それもまあ、おそらくオーステリア迷宮内のどこかに《日輪》、及び《月輪》がいると思えば当然だ――街としての機能は、学院に集中していた。

 さすがに邪魔はできない。となると約束の時間まで、機能を試すには街から出る必要があったわけだ。


「アイリスがいれば魔術の余波は気にしなくて済むからな」

「おー。まかされ……た!」


 およそ魔力を放出するタイプの魔術は、軒並みアイリスが吸収してくれる。非常にエコだろう。

 というわけで。


「ほんじゃ、シャル、結界頼むわ。試運転といこう」

「ん」


 若干アイリスっぽい返事とともに簡易的な結界の形成。

 それから彼女は言った。


「にしても……意外と普通だよね」

「普通って何がだ?」

「その義手。……いやもちろん、技術的には凄まじいレベルのものってことはわかるよ? だけど……なんというか」

「――あのふたりが携わったにしては、って?」

「そうそう。なんか、もっと変態的な腕になるかと思った」

「そんなもんつけたくねえ」

「似合うと思うけど?」


 失礼だなあ、こいつ。

 まあ、言わんとせんことがわからんでもないけど。


「半分は冗談にしてもさ。せっかくの魔術義腕なんだし、いろいろ付加効果とかつけてもよさそうなもんだけど」

「ないじゃないけどな。こいつは結局、拡張性に重きを置くことにしたらしいぞ」


 シャルの疑問にそう答える。

 まあ理由の一端に、《元の腕との差を可能な限り減らす》という製作コンセプトがあったことも事実だが。

 それ以上に。


「俺は印刻使いだからな。あとからルーンによる改変が利きやすいようにしてあるんだ。そのほうが結果的に俺にあってるだろ?」

「なるほど。あのふたりよりも確かに、変態性ならアスタが上だもんね」

「何もなるほどじゃないんだけど」

「さすがおにいちゃん」

「ことあるごとに煽ってくるようになりやがったな……」


 距離が縮んだ、と一概に喜ぶのもなんだかね。

 いつだって俺は絶妙なとこばかり引いてしまうんだから、まったく珍奇な星の下に生まれたものだと思う。


「――さて。アホの姉貴が起きるまでの時間を潰そう」


 ずっと研究室に籠もっていた姉貴――マイア=プレイアス。

 彼女と話をすることが今日の目的だ。

 今は義手製作の疲労を癒すため眠っているが、あとで落ち合う予定になっている。


 聞いておくべきことが、あとどれほど残っているのかは知らないが。



     ※



 シャルとの組み手が終わったところで一度、煙草屋に戻って汗を流した。

 ここにも彼女はついて来る。義務感というより、もう単純に俺を監視すること自体を楽しんでいる気がしてならないが、その辺りは考えないでおくことにしよう。ていうか考えたくない。

 自宅に戻らなくていいのかと問うと、こっちのほうが近いしどうせ合流するでしょ、と返される。


 親父さんは不在のようだった。

 このところ見ていない。忙しくしていることは聞いていたので、まあそんなものだろうと思っているのだが。

 親父さんも《オーステリア青年会》なる謎組織の一員だという話だし。よく知らないが。


「シャワー。アスタも、いっしょ、はいる?」

「お兄ちゃん義手がアレしてアレだから、アイリスはシャルといっしょにね」

「わかっ、たー……」


 などというやり取りはちょっとしたお茶目なので、ヒトをそんな目で見るんじゃありませんよシャルちゃん。

 ふたりが汗を流すのを待ちつつ、最近じゃ散らかしっ放しになっている部屋を片づけたり。テーブルの上を片づけつつ、投げ出してあった紙に目を通すなどした。


 それから。


 身を清めたところで再び着替えて、次に向かったのは喫茶オセルだ。

 珈琲屋――指宿いぶすきれんに曰く、被害こそなかったものの客が来ないため実質的な休業状態だとか。ならばと教授の一存により、今や拠点として流用されている。

 あの珈琲屋が抵抗せず素直に貸し出したことは意外と言えば意外なことだったが、まあ理由があるのだろう。俺の知る限り、脳の出来という意味合いでは教授と珈琲屋は一、二を争う。考えていることなど読めやしない。


 オセルへ入ると、奥のテーブルですでにみんなが待ち構えていた。


「お、アスタお帰りー。シャルさんとアイリスちゃんも、ごめんねアスタを任せちゃって」


 ひらひらと手を振りながら笑うのはセルエだ。

 なんだか心外なことを言われている。あえて触れずに俺は肩を竦めた。


「別にここ、俺の家じゃねえし。お帰りも何もないだろ」


 当然、無視された。


「どうも、セルエ先生。アスタは無事です」

「うん、よかったよかった。義手ができるなり暴れるんじゃないかと心配してたよ」

「だいじょぶ。わたし、も……見て、る」

「そっかそっか! うん、アイリスちゃんがついてれば安心だね」

「ん」

「……お前ら絶対許さないから。アイリス以外」


 不平だけ表明しつつ、店内に目を通す。

 カウンターの奥には珈琲屋。どうやら料理をしているらしい。ピトスとフェオがそれを手伝っている。

 食事をしているのはシグとメロ。まあ手伝わないほうがマシなふたりだから、それはそれで構わないのだろう。その近くの席では、テーブルに突っ伏して寝息を立てているマイアの姿もある。


「……また寝てんのか」

「だから仕方なく運んできた。そろそろ起こせ、お前で最後だ」


 マイアの横で優雅にコーヒーを飲んでいる教授が、そんなことを言った。いやお疲れ様です。


「ほら姉貴、起きろ。――話すんだろ」

「……わかってるよーだ」


 もしかしたら起きていたのだろうか、どこか不満そうにしつつもゆったり起き上がるマイア。

 なんだか機嫌が悪そうだ。それはおかしいだろ、と突っ込む隙がない。

 別段、怒ったところで威圧感はないのがマイアなのだが。さて、いったい何を考えているのやら。


「いろいろ暗躍してたみたいだけど。そろそろ、何をしてたのか話してもらうぜ?」

「……別に、言うことなんてそんなないよ。ていうか、言わなくたって大方は察してるでしょ?」


 むくりと起き上がったマイアは、拗ねる子どもに似ている気がした。

 いや。元から大人っぽいところなどないのだが。いつにも増してはいる感じだ。


「まあ……そうだね。とりあえず結論から言おうか」

「結論?」


 近くの席に腰を下ろした俺。こちらを見て、マイアは頷き。


「うん、結論。結局のところ話すべきは『これからどうするか』の一点でしょ?」

「……それはそうだが。なんだ、なんかやることがあんのか?」


 思えば、この姉貴から《七星旅団セブンスターズを再結集する》という手紙を貰ったのが、遥か昔の気分だ。

 実際にはそこまで期間も空いていないけれど。なんだろう、これも密度が濃かったからか。


「やることはないよ」


 マイアはそう言って首を振った。


「あん? ないって……」

「ないことはないけど。それも結局はあとのことだし、しばらくは暇なんじゃない?」

「――どういう意味だ?」

「だって、そりゃそうでしょ。確かに《一番目の魔法使い》――いや、今は《日輪》かな。彼の野望は止めないといけないよ? 結局のところ、その目的は広く言えば世界征服なわけだし」

「まあ……そういう言い方もできるのか」

「だけど、それらは全部、あとのことになる。少なくとも教団が世界を救おうとしていたこと自体は本当なんだから」


 ――だから。

 と、マイアは言う。


「予定通り世界を救ってもらわないと。――彼らを止めるのは、そのあとでいい」


 すなわち、マイアは言っている。


 ――レヴィ=ガードナーは犠牲にするべきなのだと。

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