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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第六章 運命を超える意志
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6-00『プロローグ/誰に読まれるわけでもない日記』

 初めてアイツ(丶丶丶)と出会ったのは、オーステリアの迷宮の中でのことだった。

 当時の私は、なんというか、こう……多少荒れていた(丶丶丶丶丶)から、初対面でいきなりケンカになったことをよく覚えている。私は強くなることに必死だったから、それを止めようとするアイツが敵に見えてしまったのだろう。

 それに、どこをどう見たって、少なくともアイツは強くは見えなかったから。


 実際には違った。見る目がなかったのも、何も知らなかったのも、全部全部私のほう。

 だってアイツはあのときもう、とっくにそれを知っていた。

 私が求めてやまなかった、何かを為した人間だけが知る頂からの光景を。アイツは知っている人間だった。

 うん。まあ、あの段階でアイツの正体に気づけってほうが無理だと思うんだけど。

 落第ギリギリの成績でしかない新入生が、煙草屋に下宿しているだけの目立たない同級生が、妙に皮肉屋な癖に格好つけしいの男が――まさか伝説の旅団の一員だなんて誰が思おう。


 だけどアイツは、その身に、人の魂にはきっと余るだろうほどの呪いを受けてなお、伝説としての一端を示した。

 その上で、そんなものにはまるで価値がないとばかりに笑うのだ。いやはや、勝てるはずがなかった。

 けれど実際、アイツは本当に、そんなものには価値を見出していなかったのだと思う。

 アイツは確かに凄い奴だったけど、それでももっと上がいることを知っていたし、望んでその場に至ったわけでもない。それが必要だったから、為さなければ生きていけなかったからというだけ。

 アイツが見出した価値は、強さとか、名声とか、そんなものではなかったのだ。


 なんて。そこまで擁護するのも癪ではあるんだけど。

 アイツは単に、そこに行くまでに出会った人間であるとか、途中で見た自然の景色であるとか。そういうものにだけ価値を置いていた。

 戦いに勝つことに楽しさなんて感じていないし、むしろ争いを嫌っている。それは平和主義とかそういうことではなく、単に死ぬことを恐れていたからだ。

 アイツは言うだろう。


 ――楽しいことなんてたくさんあるのに、どうしてそんな面白くないものを誇らなきゃならないんだ?


 とか。いつも通りの、気の抜けた腹の立つ表情で、当たり前みたいに。

 この世界(丶丶丶丶)に、それはきっと、存在しない価値観だ。

 私は――いや、少なくともオーステリア学院に入学するような生徒たちにとっては、魔術そのものが目的なのだ。それで身を立てることを考えている。私だって、ガードナーの後継に相応しい実力を身に着けることが役割だと理解していたし、それが義務として課されたものであるとわかった上でなお、応えられることに喜びを感じていた。私はそれを否定しない。


 だけどアイツにとって、魔術なんてモノはあくまで手段でしかなかったのだ。


 たとえるなら、護身のためにと手渡された剣か。

 それは必要なもので、自分を守るためには振るわなければならないし、扱いの上手い敵を打倒するためには、自分自身もある程度の習熟が求められる。実際、アイツは剣の扱い方を学んでいたし、それに長けた。熟練するまでに重ねてきた努力を否定することもないし、上達する実力に満足だってしただろう。――そこは、ほかの誰とも変わらない。


 だけど別に強くなることが目的だったわけではないし、最強になりたいとも考えていたわけではないというだけ。


 そこが違う。オーステリアに集う学生は、誰もが皆、一度は神童と、天災と呼ばれたものばかりだろう。自己を自己たらしめる、言ってみればアイデンティティのひとつとして魔術を認識している。

 だがアイツにとって、魔術なんてモノは所詮、後づけの装備(丶丶丶丶丶丶)に過ぎなかった。

 そこに価値なんて見出していないし、たぶん不要になったらあっさり捨てるだろう。それほどに執着がない。言ってみれば、ちょっと高性能な玩具、だとでも思っているんじゃないだろうか。

 高名なあのお義姉さんの影響もあってか、あいつは自分が《楽しむ》という部分に人生の重点を置く。


 アイツの、自信家の癖して妙に卑屈なところは、きっとその辺りに理由があるのだ。


 まあ実際問題、アイツの周りにいた人たちは、きっと全員がアイツより強い人間だったのだろうけど。そういう相対で、自己を認識してしまうのは、もうアイツに染みついた癖なのだと思う。

 だけど本当は違うのだ。

 アイツには、おそらく卑下しているという自覚すらない。むしろ自慢しているつもりですらいるのだと思う。

 いつだってアイツは、自分の仲間を、自分と比較して凄いと言う。だけどそれは、彼にとっては、むしろ誇らしいことですらあったのだ。


 ――俺は、こんなにも凄い奴らと友達なんだぜ、って。


 それがアイツの認識する価値なのだ。ルーン魔術に長けていることとか、なんだかんだで強いこととか、そんなことよりずっと素敵で綺麗なものだと、アイツ自身が思っている宝物。そういう人たちと出会えて、そんな人たちといろんなものを見られたこと。アイツは、いつだってその宝物を、自慢して言葉にしているのだ。

 ほら。俺の友達は、みんな格好いいんだ、って。

 だから俺も、それに追いつけるようにがんばっているだけなんだ――って。

 何ひとつ捻じ曲がることなく純粋にそう思えることが、きっとアイツの凄いところなんだと思う。


 言葉にするのは恥ずかしいけれど。

 だけど。だから私は、きっと、あのとき考えたんだと思う。




 ――私も、そんなアスタの友達になりたいんだ、って。

第六章開始です。よろしくお願いします。

週一更新くらいが目途です。

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